1/29・福家堂本舗 1/2

夕方から雨が降る予報でしたが、気温は平年より高く、バイクに乗れるっと思っていましたが、家内から「お墓参りしよう」との提案がありました。
親父の誕生日は2/1で、命日が2/14バレンタインデーです。
「お父さんに・・・」と言われると、「うん」と答えざる終えません。

実の息子の僕がいいかげんなのに、家内は僕の両親のことも気遣ってくれます。
仏壇の手入れも、ご飯やお水の入れ替えも、全て家内におんぶに抱っこされています。
僕の大切な宝物です。

車に乗り、r12で北上し、「道の駅いながわ」でお花を買います。
霊園事務所でも売っているのですが、事務所が建替え中で、駐車しにくくなっています。
それに道の駅の方が種類が多いし。
お墓参りの季節ではないので、仏壇用のお花ばかりで、お墓用の枝の長いのがなかったけど、まあいいかと購入。

霊園の雪は消えていましたが、周りにはところどころ雪が残っていました。
お花を差し、線香受けの掃除をします。
萎れたお花は、霊園職員が処分してくれるので、いつも気持ちよく参れます。
線香を上げ手を合わせ、家内は「お誕生日おめでとうございます」しています。
お墓から下界の景色を眺め、帰路につきます。

午後からバイクに乗ろうかな?と思っていましたが、家内の自転車の荷台にセットしたままの子供キャリアを外し、籠をつけて欲しいと言われ、ホームセンターに寄ります。
自転車用リア籠は小さすぎて、家内要望の荷物は載せられません。

11:54「コーナン川西店」で、折りたたみコンテナ・1550円+ワッシャー・198円+ボルト・ナットセット100円×2=200円+取付金具478×2=956円を購入。
家内の普段履きに「セーフティースニーカー・1980円」を買いました。

先月から探し始めた「すみれの種」を探しましたが、季節外れなのでありませんでした。
そこで、我が家御用達の植木屋さんに向かいます。
店員さんに探してもらいましたが、並んでいる種は今蒔く品種メインで、秋に蒔き冬に咲く「すみれ」の種はありませんでした。
スミレ科の品種が花盛りで並んでおり、12:17「山中育樹園」で「すみれ花苗」2種258円+108円=366円を購入しました。

帰宅し、家内とドラマを見ることにしました。
このドラマは、アマゾン制作のアマゾンプライム配信のドラマ「福家堂本舗」です。
アマゾンで注文する時、無料でプライム会員になったことがあります。
配達日が最速になるサービスですが、2年目から基本料金が掛かるので外れたことがあります。
朝注文して夕方に配送されるような緊急を要する注文なんてしないので、必要ありませんでした。

そのプライムサービスが拡大され、既存映画やドラマ・TV番組まで無料視聴できるようになっています。
コンテンツが増えているようで、TVでアマゾンプライムの宣伝まで始まり、コンテンツを調べてみました。
その中に、アマゾン制作ドラマがあり、目についた「福家堂本舗」を少し見てみました。

舞台は京都で、老舗和菓子屋の三姉妹が、古いしきたり・老舗の伝統の中で織りなすラブストーリーです。
着物・和菓子・お茶・お華・見知った京都ロケで、家内が好きそうなので、2人で見ようと思っていました。

自転車荷台改良を後回しにして、僕のPCを食卓に載せ、鑑賞しました。
少女漫画が原作ですが、浅野ゆう子・早見あかり・市原隼人・佐々木希など豪華俳優陣で、地上波ドラマに引けを取りません。
シーズン1・全12話(1話30分)です。

エピソード1から見始めると、予想通り家内は大喜びで、TVドラマよりずっといいねと、僕の株を上げてくれました。
エピソード4まで、2時間ぶっ続けで見てしまいました。

三姉妹の長女・佐々木希さんは、とても着物が似合います。
以前ETVの趣味講座で着物着付け体験MCをしていた時、「めちゃ着物が似合う」と僕の中でモデルさんランキングが一気に上がりました。
首が細く長く撫肩で華奢な感じが素敵です。

家内の着物姿にとても似ています。
着物の似合う日本的な女性が好きなんですよね。
お喋りではなく、品があり微笑んで聞き上手な女性が好きなんだよね。

学生時代、初めて家内の家を訪問した時、見せてもらったアルバムの中から、1枚写真をもらいました。
小学生4・5年生頃の写真で、着物を着てお茶のお手前をしています。
背筋がピンと伸び、あどけない横顔ながら、とても小学生とは思えない凛としたものを感じました。

その写真は、その日から僕の定期入れ財布の見開きに入り、未だにその場所に収まっています。
今まで何人の人に「娘さんですか」と聞かれたことか、ロリコンと思われないよう「はい」と答えることもありますが、親しい人には「家内の子供の頃の写真です」と正直に答えています。

画像はイマイチですが、ユーチューブにもアップされています。

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ゆき過ぎたポリティカル・コレクトネス 2/2

日本だって同じ傾向が進んでいます。
表現の自由を憲法で謳うのに、「ヘイトスピーチ禁止法」が成立した。
相手を侮辱する表現は耳障りが良くなく、多くの国民から支持を得られるとは思えないから、あだ花として放置しておけばいいと思うが、法律の規制対象になってしまった。
ならば公平な運用をと願ったが、「反中・反朝鮮」のスピーチのみが対象と言う感じの運用が成されているように感じる。

反面、「日本死ね」が流行語大賞にノミネートされ、それを国会で使った民主党女性議員がニコニコしながらノミネートに笑顔でスピーチしている。
「日本死ね」はヘイトスピーチではなく、「在日朝鮮人特権をやめろ」がヘイトスピーチだという。

明らかに、友好国の在日アメリカ人より在日朝鮮人は優遇されている。
犯罪を起こしても、警察は本名と通名両方を発表しているのに、マスコミによっては通名のみの公表で、明らかに在日朝鮮人の犯罪を日本人の犯罪として隠している。
この根底にあるのは、「部落解放運動」で大挙して頻繁に役所などに強訴し、権利を獲得した歴史にある。
「日本人は押せば引くいじめられっ子体質」だと侮られている。
「部落居住者は、虐げられたかわいそうな人々」というPC運動からの発展です。

韓国に竹島を取られ、中国に尖閣列島を取られようとしている。
日中共同研究で「南京大虐殺事件」を検証しようと研究者が集まって始まった研究会も、「南京大虐殺があった」という証拠が、次々にウソであったというのが発表されただけで、新たな「あった」という証拠が出てこず、新たな研究対象が現れず研究会は解散された。

日韓共同研究も、「軍人による強制売春婦」の証拠は出ず、旧軍属・吉田清治著書で明らかにされた済州島現地調査では、「もし婦人が強制的に連れて行かれたら、誇り高い韓国人男性は、黙って見ていない、命を賭して妨害する」との発言に代表されるように、ウソであったことが明らかになった。
吉田清治自身、朝鮮半島に渡った渡航歴がないし、著作内容はフィクションであったとご自身の口で語っている。
日韓共同研究も解散され、証拠がないのに、「かわいそうな人を助けようと思う感情がないのか」と日本人研究者は罵られたという。

日本人・朝日新聞がきっかけを作ったとはいえ、反日日本人弁護士も加わって国連に働きかけ、ウソを事実のように誤認させてしまった。
それを拠り所に、北朝鮮工作員に操られた韓国組織が、少女売春婦像を世界各地に建てていっている。

市内にその像が建てられたことで、子供がいじめられているという実害を被った在外日本人が裁判を起こしている。
長男一家が暮らすニュージャージー州にも、ウソを刻んだ碑が建っており、孫が被害を受けないか気をもんでいる。
市内に、少女売春婦像が建てられないことを願うのみです。
遠い世界のことではなく、僕は今、我が息子一家に迫る現実として、ウソを広める反日団体(中国¥北朝鮮共産党&日本の共産勢力の暗躍)を危惧している。
日本政府が、正面から国際社会に対して「あれはウソです」と、常時継続的に反論して欲しい。
日本のような世界で信頼される政府の公式見解の方が、NPO組織より信頼されるに決まっているのに、なんで放置しているのか・・・
日本政府は、日本領土・領海・領空を守り、在外日本人も含めた日本人の生命財産を守るために存在するのに・・・

一般のアメリカ人なんて、世界のことはあまり気にしていない。
日本と挑戦の歴史なんて、知ってる人の方が圧倒的に少ないはずです。
一党独裁の中国や北朝鮮の共産党活動家が、銅像を建て熱心に言いふらしたら、ウソだって簡単に信じ込まされてしまう。

僕は、PCの行き過ぎに反対だ。
共和党政権・トランプ大統領に、その是正に期待したい。

ゆき過ぎたポリティカル・コレクトネス 1/2

APAホテルの客室に置いてある書籍が「けしからん」ということで、中国共産党政府がAPAホテルに中国人が泊まらないよう指導し始めた。
「30万人南京虐殺事件がなかった」などの記述があるそうだ。
早速APAホテルに問い合わせ注文したが、大反響で注文殺到のようで、送ってくるのはいつになるか予想出来ないらしい。
まあ、気長に待ちましょう。

APAホテルには、一度だけ泊まったことがある。2013年5月GW翌週に信州ツーリングした時、3泊目を富山県魚津駅前のAPAホテルでした。
客室は海側の西向きではなく東向きで、雪を被った白山方面が正面に見え、素晴らしい景色だった。

魚津APAに泊まった時、聖書が置いてあったように記憶しているが、話題のこの本の存在は記憶にない。
宿について風呂に入り、20時ぐらいに寝てしまい、翌朝4時に出発したので、ゆっくり部屋で過ごさなかったから、目につかなかったのかもしれない。

当日、上杉謙信の居城・春日山城で、「魚津ぐらいまで行けるかな?」と思い、電話予約した。
フロントでの応対も気持ちがよく、部屋も清潔で何の不満もなかった。
素泊まり4700円。
十分すぎるコストパフォーマンスでした。

到着時に中居さんがずらりと並び、豪華料理に舌鼓し・・・という旅館もあるが、絶景・歴史遺産・寺社訪問の旅好きな僕には、ホテルはただ泊まればいいだけの場所。
一泊2000円のコンドミニアムで満足です。
バックパッカーが気楽に泊まれる宿が、もっと増えたら海外に押されている旅客を、国内に回帰させることが出来るように思う。
このビジネスホテルという業態は、ビジネスと一人旅ニーズに応えているように思う。

この一連のAPAホテル騒動で、いろんな話題を見つけた。
ホテルに聖書が置いてあるという文化は、アメリカから入った文化で、宿泊客の要望でホテルが置くようにしたと思っていたが、日本のキリスト教普及活動として国際ギデオン協会という組織が無償で配布しているのだと知りました。

そして、アメリカ人が日本のホテルに聖書が置いてあることに驚いている映像も見つけた。
「本家のアメリカには、置いてなかったのか」と思ったのですが、「置いてあったけど、撤去された。でも日本のホテルにはまだ置いてある」という驚きだった。
「はぁ~」と思い調べたら、民主党政権時代に進んだポリティカル・コレクトネス(PC)運動により、キリスト教以外の信仰を持つ宿泊客に配慮して撤去されたとのことだった。

僕は、左派が推し進めるこのポリティカル・コレクトネス運動が嫌いだ。
『政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す』
とても良いことで、進めるべきと思いますが、配慮が過度に進みすぎているように思う。

一時販売禁止になった「ちびくろサンボ」という童話の「くろ」という部分が、黒人蔑視に繋がるという。
童話の内容は、黒人を蔑んでなんかいない、平和に暮らす黒人一家を主人公にした物語です。
「シナ」という言葉を使うなと言う。でも「南シナ海」と地図表記され、世界的に使われている。
中華人民共和国の国名だって、「China」と表記され、日本同様「チャイナ」と読む国もあるし、「シナ」と読む国も多数ある。

何故、日本人だけ「シナ」と言ったらダメなのか・・・。
僕は中国というときもあるし、日本の中国地方との混同を考慮し、チャイナと言ったりシナという時もある・・・どれでも良いと思う。
差別用語として指定されることに疑問を感じる。

アメリカでは、「メリークリスマス」の表現も、PC運動の美名のもと駆逐され、「ハッピーホリデー」が主流です。
アメリカ東海岸に住む息子のお嫁さんからのカードもそうだった。
キリスト教国ではない日本に溢れる「クリスマス」の表現が、その輸入元のアメリカからなくなりつつある。

アメリカの憲法に、「キリスト教を土台に建国する」と書かれ、トランプ大統領が就任式で聖書の上に手を置いて宣誓し、就任演説で『・・・Thank you, GodBless You, And God Bless America.』と締めくくったアメリカで、キリスト教の創始者の誕生日に「メリークリスマス」と祝えなくなっているのは不自然です。

共和党・トランプ大統領は、メリー・クリスマスの復活を願っているらしく、今年から復活していくかもしれない。
アメリカの文化として長年親しんだ「メリークリスマス」・・・復活したら良い。
マイノリティーが、PCを旗印に自らの権利を多数の犠牲を伴って拡大させていくのは、おごりではないのか・・・
違う文化の国に来たなら、違う文化を壊し、自らの文化を通そうと戦うのではなく、謙虚に違う文化と共存すべく、折り合いをつけながら、馴染もうとする方を優先すべきではないのか・・・

1/25・プリスクールお誕生会

長男のお嫁さんから、メールが届きました。

1/17の誕生日に中耳炎になってしまい、プリスクールでのお誕生会が流れてしまった孫のりょうくん・4才は、順調に回復し、カップケーキによるお誕生会をプリスクールで開いてもらいました。
親がカップケーキを人数分購入し、持っていくとお誕生会をしてくれるそうです。
おやつの時間を兼ねて、みんなで祝うのでしょう。
参加したお嫁さんが撮ったビデオや写真を、グーグルドライブ経由で見ました。

りょうくんを主役に、みんなが大きなテーブル2つに別れ、座っています。
先生:Happy birthday, ready.  one, two, three.   
みんな:Happy birthday to you,
Happy birthday to you,
Happy birthday, dear regal,
Happy birthday to you.
みんながりょうくんの方を見ながら歌ってくれます。
りょうくんを、もうひとりの先生が正面からタブレットで撮ってくれています。
IMG_1888s.jpg パチパチパチパチ・・・りょうくんはニコニコです。
テーブルの自分の前に置かれたカップケーキを手に取り、むしゃむしゃ・・・
IMG_1890s.jpg 何かお話しています。
みんな、誰かの誕生日があると、ケーキが食べられラッキーだね。

「dear Ryosei」はアメリカ人には言いにくいので、「dear Ryo」と予想していたら、「dear regal」でした。
「regal」は「帝王の」「王者らしい」という形容詞なので、男の子の誕生日には、こういう表現をするのだなと勉強になりました。
それとも別の意味があるのかな?

家内と「女の子ならどう表現するのかな?」という話になり、家内は「Princess」他色々な名詞を言っていたが、僕は「それは名詞だから、男の子同様、形容詞で表現するんじゃないかな?」と、「Elegant・品のある」「Graceful・優雅な」がいいんじゃないかなと思った。
好きな言葉である「Precious・貴重な」もいいと思うけど、物や景色・道を形容する事が多いと思うので、人を形容する時に使うのかな?
なんて、いろいろ想像出来て面白かった。

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こうくん・9ヶ月は、離乳食が固形物が加わってきて、よく食べるようになってきたそうです。
ドロドロの離乳食は好きじゃないみたいで、食が進まなかったのですが、ぐんぐん食べるようになったそです。
ハイハイ・お尻ズリズリ移動の練習中のようで、ゆっくり見守っているようです。
こうくんは、4kgオーバーで生まれ、大きめで推移しているので、ゆっくりでしょう。
3ヶ月遅れで生まれた次男の子・すみれちゃんは、反対に1.9kgで生まれ小さめで推移しているので、ハイハイなどの動きは早いかもしれません。

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1/9に、りょうくん誕生日プレゼントとして送った絵本「岩波こども絵本・ひとまねこざるシリーズ3冊」が届きました。
安い航空便で送りましたが、アメリカ東海岸まで約2週間のようです。
喜んでもらったようです。
「ひとまねこざる」はアメリカのキャラクラーで、英語版の絵本を買ったそうで、同じエピソードなら、英語と日本語の表現を比べられますね。

絵本は毎晩寝る前の日課なので、たくさん読んでもらうでしょう。
僕も同じ本を読んでもらって成長し、息子たちにも読み聞かせました。
親子3代同じ絵本です。
面白いね。
いっぱい本を読んでもらうと、僕ら2代の前例では自分で読むようになり、本好きになるはずです。

1/19・離乳食開始

次男のお嫁さんから、ビデオと写真が送られてきました。
郵送ではなく、DropboxとGoogleDriveというクラウドサービスを使ってです。

長男の次男に続き、次男の長女も離乳食を始めました。
4月と7月生まれの同学年です。
義理姉の長男にも3月に長男が誕生するので、親戚内に3人も同じ学年の子がいることになります。

初めての離乳食・重湯おかゆのビデオを見ていると、次男の差し出したスプーンに口を開け、モグモグしてゴックンしました。
我が子のことはもう忘れちゃったが、初めての時から食べてたかな?

次男とお嫁さんは、大喜びで上出来の娘を褒めまくっています。
ただ食べるだけ(半分以上こぼしてるけど)の映像ですが、かわいくて仕方ありません。

お嫁さんが娘と通っている「産婦人科ベビー教室」と「ベビーマッサージ教室」のウェブサイト・ブログのアドレスも載っています。
クリックすると、お母さんとお子さんの教室での写真が紹介されています。
赤ちゃんだけでも、すぐに孫の顔はわかるものですね。
どう客観的に見ても、すみれちゃんが圧倒的に可愛い。
ジジバカとわかっていますが、遺伝子の成せる技なのかな?と思いました。

1/22・上甲子園

そのまま北上すると、遠い記憶に残っている小川の両側に道がある道になります。
3歳までしかいなかったのですが、幼児の記憶として思い出せる道です。

そんな話を家内に披露していたので、JR甲子園口の方に曲がります。
僕の生まれた家付近を見せます。
「この道沿いのこの辺だったんだよね。大学時代は記憶に残る塀が残っていたんだけど、もう何もないんだ」
大学時代は、塀だけは昔のまま遺っていたのですが、すでに塀もなくなり、昔の我が家が特定できません。
その塀も、遠い記憶に遺っています。

そこは父が勤めていた会社の寮で、親戚がやってた商社の大阪支店長をやっていました。
寮の敷地内に、社長の大阪の家があり、社長が在阪中はその家におり、庭で遊んでいる僕は、社長の膝の上でTVを見ました。
当時、TVは珍しかったはずで、記憶しているのは、戦艦大和が沈んでいく場面です。
戦争映画をやっていたのでしょうか?
他の番組もやってたはずなんだけど、何故かそのシーンが記憶に残っています。
そのシーンを見ながら社長が泣いてた記憶があるからだろうか・・・
戦争を知らない僕は、歴史事実としてそれを知っているだけで涙は出てきませんが、その時代を生きた人には、他の想い出とリンクし、感情を高めるのだろう。

更に北上し、三好病院を見ながら土手道に戻り、北上してR171。
父は復員後初めて勤務した社員寮のあった地に、最期戻ってきました。
家内が買い物をするということなので、伊丹市街地に家内を下ろし帰宅しました。

昼食を食べ、お風呂タイム。
年賀状の当選をチェックすると、末等が2枚当たっていました。
TV見たり、ウトウトしたりして風邪の回復に努めていて、目を覚ますと雨音がします。

「ありゃ、こりゃまずい。家内は傘を持っていません。迎えに行かなきゃ」
携帯に電話すると、バスに乗ったとこのようで、最寄りのバス停まで迎えに行くことにしました。

バス停の反対車線の歩道に乗り上げて車で待っていると、バスがやってきて、家内が席を立つのが見えました。
道路を渡ってくるだろうと思ってると、家内が来ない。
「あれっ」っと思って、窓を開けると家の方に向かって歩いている。
僕が顔を出したのに気づいて、Uターンしてきた。
「お父さんの車に似てるなと思ったんだけど、違うかもと思って走って帰ろうと思ったの」
席を立つとき、こちらを見ていたのに・・・家内の行動が読めません。
家内は我が家の車を、「白くて四角い」ぐらいにしか認識していなくて、高速道路のSAに停めると、方向音痴も加わって車を探せず、よく迷います。
迷子になると困るから、家内を見ていますが、彼女の行動をこっそり見ていると実に楽しい。

家に戻り、2度目の風呂に入り、読書タイムしました。
ぬくぬくになり、映画DVDを観ようと提案したら、旅番組があるというので、そちらを見ました。
山形蔵王と金沢でした。
「モヤモヤさま~ず」まで空き時間が中途半端だったので、映画DVD鑑賞は止めました。
「もやもや」を見て、NHK大河ドラマを見て、最後の風呂に入って寝ました。

1/22・ららぽーと甲子園

家内もおやすみでしたが、僕が風邪気味になってしまい、アクティブな外出を控えることにしました。
既に治りかけなのですが、大きく息を吸ったら肺の下部が痛みます。

目が覚めたのは、相変わらず4時台ですが、ゴソゴソしながら、8路を過ぎてから階下に下りました。
そしたらすでに家内が着替えを済ませており、「体調どう?良かったら駅まで送っていってくれる?」との要望がありました。
「明日は寝てた方が良いよ」と言ってたのに、人使いが荒いです。
でも、もちろん即答でOKしました。
咳も出ないし、熱もないもの、平気です。

あわてて朝食を食べ、着替えながら、「どこ行くの?」なんて聞いたら、「行ったことないので、ららぽーと甲子園に行く」と言う。
「場所分かってるの?」と聞くと、「うん、阪神甲子園駅に行けばわかると思うの、書いてあるでしょ」と言う。

う~ん、このパターンは怪しい。
方向音痴甚だしい家内なので、「わかんなかった~、だから・・に行ってきた」とか、「途中で・・に寄って帰ってきた」になりそう。
明後日の方角に行ってしまい、元の駅にさえ戻れなくなり、シクシクしながら電話を掛けてきたこともあった。

「僕も行ったことないから、一緒に行くわ」ということになりました。
R171で武庫川河川敷に出て、土手道路を南下します。
父が最期を迎えた三好病院が見えてきて、家内が懐かしいと言う。

R2に出て右折し、すぐに左折し、甲子園球場への道に乗り南下する。
僕はJR甲子園口駅近くで生まれたので、地元です。
落ち着いたこの町が好きで、ここに来ると毎回なんだかウキウキする。
とても好きな街です。

今では本当に歩いたのか考えられない距離だが、JR甲子園口から甲子園浜までが、幼児の僕の散歩コースだったという。
母によると、駅にSLがいると、吐き出す蒸気に興味津々で動かなくなったという。
次に動かなくなるのが甲子園浜で、沖を走る白い帆を目が追いかけていたそうだ。
僕が3才で入園した保育園で、選んだマークがSL・・・
そして、高校生になって入部したのがヨット部で、それを報告すると母親に驚かれた。
その時、幼児の頃のエピソードを聞かされた。
まさに「三つ子の魂、百までも」です。

甲子園球場横を通り、ほぼ向かいにある「ららぽーと甲子園」に入ります。
屋上の駐車場に駐車し、ショッピングセンターに入ります。
時刻は10時を回っていたのに、それほど混んでいない。
伊丹のダイヤモンドシティの方が混んでいます。
この手の巨大ショッピングセンターは、人が多いし、目的のお店までの距離があり苦手です。

インドア派の家内は、ウインドウショッピングが好きなので、あっちこっち覗きます。
2Fは子供服のお店が多く、孫へのプレゼントを物色しているようです。
目を肥やしておかないとね。
中央の吹き抜けの左右に回廊があり、その外側に専門店が並んでいます。

吹き抜けを通して1Fに「Hollister」のお店を見つけました。
長男のお嫁さんが、働いていた時、仕事でアメリカに行った時、プレゼントとしてよく買ってきてくれたカジュアル・ブランドです。

モデルのようなお若い男性店員がおり、それ目当ての女性客も多いとか。
それを聞いて、そういう戦略のお店もあるんだと驚きました。
家内もホリスターの女性ブランド品をプレゼントしてもらったことがあります。

ここでお終いかな?と思ったとこはカーブになっており、今までの倍以上先が見えます。
めちゃ大きい。
全館閉店セール中で、プライスダウンが高率です。
既に閉まっている店舗もあります。
3月にリニューアルオープンだそうです。

1Fに降り、更に先に進みます。
孫とのお遊びポイントとして「キッザニア」を見たかったが、まだやってないみたい。
午後からなのかな?
更に先に続きますが、疲れてきたのでUターンします。

11:01、「チキンラーメンひよこちゃん期間限定ショップ」で、キッズマグ864円×2・キッズ丸プレート1296円×2を購入。
チキンラーメンのひよこマークが可愛い黄色いお皿とコップです。
孫が来た時に使いましょう。
喜んでくれるかな?

Hollisterのお店に入ります。
西海岸カジュアルファッションのようで、男女両方あります。
お嫁さんがプレゼントしてくれたのは、もっとも落ち着いたデザインのもののようです。
甲子園のお店にはありませんでした。
並んでいるのは、もっと若者向けで、僕がもらったデザインのものは、日本に入れてないのかも?

吹き抜けから2Fを見上げ、家内が「あれっ、こっちにもスターバックスがあるよ」と言う・・・
「それ、さっき前を通ったお店だよ、Uターンして来たよ」というと、「え~」とひどく驚いている。
「もう、どっちに帰ったらいいかわからない」と笑ってる。
こういう時の家内の仕草がとてもかわいい。
天然キャラというものでしょうか。
仕事をしている家内は、落ち着きながらもテキパキ動きかっこいいのに・・・このギャップが凄く、大抵の男性は助けたくなるでしょう。
そして愛おしくなる。

キッチン専門店に寄り道し、「H&M」に寄り、2Fに上りスポーツ用品ショップに寄りました。
百均で、家内が買い物し、車に戻りました。
弟のお嫁さんの母校・武庫川女子大前を通り、ヨット仲間のジブショップ前を通り、R2を渡ります。

ここの「旧甲子園ホテル」は素晴らしい。
現在は、武庫川女子大・建築学科の建物だけど、この建築物はずっと遺して欲しい。
庭では業者さんが何かをやってたので、また映画などでロケに使われるのかな?
この道は、僕が幼児の時歩いたはずです。

1/21・トランプさんの大統領就任演説

「週刊ニュース深読み」で紹介されたトランプさん大統領就任演説を聞いていて、腑に落ちない部分がありました。
『We were make America great again』と演説の最後に言ってるように聞こえる。
「be動詞(過去形)+動詞」「S+V+V」という文法の並びで、動詞がダブルで続くのはどういう意味だ?
ってすごく違和感を覚えました。
部屋に入ってきた家内に聞いても、「そんなのあったっけ?」と言われました。

「S+V+V」並びの例を1つ知っている。
人形劇・サンダーバードで毎回登場する有名な台詞です。
国際救助隊に依頼があった時、真っ先に現場に向かうサンダーバード1号が発射する場面です。

「Five, four, three, two, one」のカウントダウンに続き、「Thunderbirds are go!」という台詞をバックに、1号が飛び立っていく。
ずっと「サンダーバード・ア・ゴー(サンダーバード発射)」だと思っていたが、文法的に「ア」が変で、調べたことがある。
「go」は動詞ではなく、「用意ができて」「正常に作動して」という形容詞だった。
つまり、「S+V+V」ではなく、「S+V+C」だった。

ならば今回のトランプさんの演説での「make」も形容詞なのかと英和辞典で調べたら、当てはまりそうな訳や例文が載っていなかった。
そこで、トランプさんの英文演説を検索したら、『We will make America great again.』だった。
「will」を「were」と聞き間違えていただけだった。
「S+未来を表す助動詞+V+O+C」

トランプさんの演説はゆっくりで聞き取りやすいと思っていたが、英語耳がなく間違って聞いていたようです。
文字を読めばわかるのに・・・。

観光ではなく、何度か小中学生のナショナルチームを、日本国を代表して引率し海外レースに参加したことがあるが、困るのは会話です。
仕事で英語を使うことがなく、スクールイングリッシュだけなので、情けない。
選手たちには、「英語喋れたのですね」なんて言われるが、四苦八苦して大事な要点のみ聞き取れ、伝えられる程度です。

次男が海外遠征でお世話になったアルゼンチン人コーチを、日本ジュニアヨット協会で招聘した時、僕が彼の担当で、大学生になっていた次男がコーチングに協力してくれた時があった。
新幹線ホームに迎えに行き、車に乗せ移動し、コーチボートでサポートしたが、「お父さん、英語できるんや」と驚かれたことがある。
僕が使えるのは、中学英語程度で、長い文章は接続詞や関係代名詞の修飾関係がごちゃごちゃになるので、ショートセンテンスと単語の合せ技しか無理です。

2つ以上の単語を繋げて喋られると、お手上げです。
だから、「Pardon?」とか「Please speak easy」や「Please speak slowly」のお世話になります。
一度使ってしまえば、後はゆっくり簡単な言葉で喋ってくれます。

突然「I'll」などの続け単語が出ると、「I will」と聞き取れない。
もちろん僕が「I'll」と言ったって通じない。
ゆっくりしたスピードで、日本式に単語を1つずつ区切って話すとまだ通じる。
英会話授業で習ったような英語喋りをしたら通じず、単語をカタカナで読むような喋り方の方がよっぽど通じる。

第2外国語のイタリアなどの国の方の英語の方が少しは聞き取れるし、英語が公用語の1つになってる東南アジアの方の英語は、より聞き取れる。
シンガポールなどの中国系の方の英語は、公用語が中国語・英語・マレー語の3つある国だけど、単語を区切る英語なので聞き取りやすい。
こういうのを経験すると、日本の英会話授業で、なんでネイティブのような流暢な英語を習うのか不思議に思ってしまう。
イタリア訛の英語、中国語訛の英語丸出しで、堂々と英語を使っておられる。
日本の英会話教育を、「日本語訛OK」「カタカナ英語OK」にしたら、英語を毛嫌いする日本人は減るだろうし、もっと早く上達するはず。
戦前の英和辞典は、英語の発音をカタカナで書いてあり、とても簡単に見える。
確か、ジョン万次郎の英語辞典だって、発音はカタカナ表記だった。

『We will make America great again.』と知ってから、何度かトランプ演説を聞き返したが、willが聞き取れないままでした。
女性の聞き取りやすいスピーカーの方もいますが、トランプさんの英語は聞き取りにくいのかな?
やさしい単語をゆっくり大きな声で喋ってる感じがするのですが・・・。
こりゃ、保育園の保母さん・クラスメイトやお医者さんの言葉を理解できている「りょうくん・3才」に、すでに負けているな。

1/15・成人の日

今年は、1/9が振替ハッピーマンデー成人の日になったが、本来は1/15が「成人の日」です。
日曜日と祝日が重なると、祝日を振り替えて休日を多くしたり、連休になるよう祝日をずらしたり、僕にはどうも合点がいかない。
国民全部が休んで祝う祝日って、「その日時」に意味があるように思うのだが、簡単にポンポン変えるような性質のものだろうか?

「海の日」や「山の日」という祝い事もない日を、日本国民全体で祝う祝日に指定するのには無理があるように思う。
「海の日」が、神武天皇が即位した2/11「紀元節・建国記念日」や、11/3「明治天皇誕生日・天長節」などと同じ祝日になるのは、軽すぎる気がする。

11/3は、戦後やってきたGHQが、日本を再生できないよう天皇を中心とした国民の結束を崩そうとした歴史がある。
それに抗した当時の日本国指導者が、「日本国憲法公布の日」とした。
何とか「文化の日」という名前で、祝日として残した。
学校で教えてもらわなかったこの事実を知った時、戦後すぐの日本を引っ張った先人の知恵に唸ってします。

さらに、当時皇太子だった今上天皇の誕生日に、A級戦犯の処刑を行った。
次の天皇誕生日という祝い日でありながら、他国民に日本の指導者を処刑された悲しみの日を重ねられた。

祝日と言う日は、単に休日ではなく、「日本国民はみんなで休んで先人の功績や国の重大な出来事などを祝いましょう」という趣旨のものと思う。
だから、ハッピーマンデーなどとして、日本の歴史上重要な日を連休にするためだけのために動かさないで欲しい。
まあ、本当に重要な日はハッピ-マンデーにならないのだけれど。

1/15は、「元服の儀」が行われた日で、男子にとって子供から大人になる日です。
最近は、成人式での大暴れが話題になり、「最近の若者は・・・」の代名詞になっているが、僕らの頃に比べ、出席者も多いし真面目な出席者が多いように思う。
僕の成人の頃は、「成人式に出席する=ダサい」風潮があり、僕も出席しなかったし、家内も実家の仕事を手伝っており出席しなかったとのことです。

Gパンで出席したりする者もいたし、女の子も全て着物ということはなかった。
僕ら夫婦は、中学受験組で地元中学校に通わなかったので、地元の友人との縁が小中と地区の学校に通ったクラスメイトより薄いのも影響していると思う。

でも、同じ環境だった息子たちは、きちんとスーツを着て出席した。
これは世代の差でしょう。
同窓会的なことがあるにせよ、「大人になる日」を自ら大切にしているように思う。
女の子が例外なしに日本の着物で着飾るようになった。

次男もそうだったけど、結婚式が僕らの頃のチャペル一辺倒から、神前の割合が増えている。
パワースポットや歴女というムーブメントは、若者の日本文化への回帰の流れで起こったブームだと思う。
次男夫婦は、初めての子の安産とお礼参りで靖国神社に参り、そこで頂いた御朱印帳にいろんな寺社御朱印を頂いている。
若者や外国人の参拝者が多いそうだ。

日本の共産化を狙う共産党や左派は、神社を政教分離違反として攻撃するが、神社は日本文化の中心であり、天皇を中心にした自然の存在する八百万の神に、豊かな恵みに感謝する対象です。

成人式の大暴れが、今年もニュースで流れ、コメンテイターが、「最近の若者は・・・」「成人式のこの風潮は・・・」と嘆いていた。
確かにごくごく一部であれ、酒飲んで暴れるのは難儀だが、僕が小中学生の頃吹き荒れた大学紛争は、こんなもんじゃなかったよ。
成人式でもないのに大学校舎を占拠し、ゲバ棒を振るい拡声器で独特の左翼演説を通年でやっていた。
全員とは言わないが、今年の成人式の暴れん坊より、よっぽど多かったよ。

団塊の世代と思われるニュース解説者や知識人が、「最近の成人式の若者は・・・」とコメントする度、「あんたらが言うな」とつぶやいている。

去年の参議院選挙での年代別政党支持率を見ると、自民党支持率が最も高かったのが18・19才でした。
次いで20代・30代と続き、若者は保守支持です。
反対に共産党支持率は、70代が最も多く、60代・50代と年齢低下とともに減っていき、18・19才がもっとも少ない。

お先が短い高齢者は、育った思想を変えず、人生が長く残っている若者ほど、現実的です。
「若者を戦地に送るな」「戦争する国になるから、相手を刺激するだけなので防衛戦力さえ持たない方が良い」と左派は言うが、当の日本の防衛を担う若者たちは、体を張ってでも国を守ろうと言う意志を示している。

2010年、民主党政権だった時、尖閣列島領海内で中国漁船が海上保安庁艦船2隻に衝突してきた。
海保職員が逮捕したのに、政府は弁償もさせず無罪放免してしまった。
体当りしてくる映像を公表した海保職員を、なんと解雇までしてしまった。
事実を隠して国民に伝えなかった首相に呆れた。
身内の海保職員さえ守れない首相や民主党に、こいつらダメだなと思った。

ヨットレースやプレジャーボートで、衝突の経験が何度もある僕には、その恐怖がよく分かる。
ちょっとした衝突でも、人力ではどうすることも出来ない大きな力がある。
当たりどころが悪ければ、沈没する。

それまで、領海侵犯・接続水域侵犯なんてほとんどゼロだったのに、2010・約50回、2011年・約10回、2012年・約400回、2013年・800回、それ以降は毎年700回以上続いている。
警告のみで何もしない日本は甘く見られ、漁船から海警局艦船になり中国軍艦になった。
2016年は、中国軍情報収集船が領海侵犯した。
空軍機も領空侵犯したよ。

何故、日本政府は、海上警備行動を発令し、停船・拿捕しないんだ。
完全になめられている。
何も対抗措置を取らないから、足元を見て行動をエスカレートしている。
新聞やTVニュースは、連日の接続水域・領海侵犯をほとんど報道せず、国民に事実を伝えない。
コメンテイターは、「冷静に対処し・・・」などと明後日を向いたコメントでお茶を濁している。

火事は、火種の小さなうちに消火しておかなければ、家が全焼してしまう。
今年は正念場の年のように見える。

1/17・阪神大震災 & バースデー

22年前、阪神淡路大震災が起きました。
我が家も震度6を経験し、大きな被害を受けました。
でも職場の片付け、自宅の片付け、インフラが止まっている間両親を含め6人で役割分担した経験は、大きな財産になりました。
振動が収まった直後の暗い静寂の中、長男の「みんな生きてる?」の言葉が今でも蘇ります。
あの一声から、我が家は再生へ舵を切りました。

毎年、市内の公園で行われるローソク慰霊に参加していましたが、日曜日からの雪・低温で夜明け前にバイクで走るのは危険と思い、自宅で仏壇に手を合わせるのみでした。

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この日は、初孫・りょうくんの誕生日でもあります。
4年前、新幹線内の長男から、お嫁さんの破水があったと連絡を受け、緊張しました。
でもすぐに生まれず翌日に持ち越しちゃいました。
東京から急遽お嫁さんの実家・新潟に向かい、サポートに入った長男から、「まだ生まれないんだ」との連絡を受け、更に次の日の1/17に生まれるんじゃないかと頭に浮かびました。

お嫁さんの妹さんが看護師&助産士として勤務する産婦人科の妊婦室はホテルの1室のような個室で、長男はお嫁さんと同じ部屋に2泊しました。
予想通り、1/17に誕生し、あの震災で亡くなった多くの人の霊を感じました。

子宮の収縮を促す陣痛促進剤というお薬があります。
2人の息子、3人の孫ともに、お世話になったことはありませんが、2人の息子の時、「大丈夫なのか?」と思ったことがあります。

僕が家内好き故、つい妊娠中なのに・・・ややこしいことをしちゃって、子宮が石のようにカチンコチンになりました。
「やばい、流産しちゃうかも?」と本気で心配しお腹を擦っていたら、元に戻りました。
びっくりしたけど、「大丈夫そうだな」と・・・つい・・・また・・・僕は母体・胎児虐待してたのだろうか・・・
長男が生まれてきた時は、「起こってないだろうか?」なんて、ちょっと思いました。

あれは、陣痛促進剤の代わりになるのだろうか?
お医者さんにも聞けないし、お嫁さんたちにアドバイスも出来ないし、未だに永遠の謎です。
僕と家内だけの秘密です。
長年夫婦をやってくると、いろいろ秘密がありますわ。

そんなりょうくんの誕生日の様子が、お嫁さんから写真・ビデオ付きで送られてきました。


IMG_1830s.jpg
誕生日イブに、お嫁さんの手作りケーキを前に家族で祝っています。
しっかりローソクの火を消せました。
ケーキは、「おさるのジョージ」です。
お嫁さんは料理が好きで得意なので、毎年素晴らしい作品です。
1才の誕生日ケーキは、アンパンマン。
DSC08554s.jpg 2才の時は、妖怪ウォッチでした。

IMG_1820s.jpg 「ママ、りょうくんのために飾り付けありがとう」と言われ、少年に成長しているなと涙が溢れてきたそうです。

僕が小2の時、母の日にお小遣いでハンカチを買ってプレゼントしたことがあります。
その時、母親の目から涙が溢れました。
何故泣いてるのか不思議でしたが、子を持つ親になって、その感情が理解できました。
親は子供の世話をしているつもりでも、毎日それ以上の喜びを子供からもらっています。
無邪気な仕草に幸せをもらいます。

りょうくんからの感動を、素直に義理両親・義理弟夫婦に披露できるお嫁さんはいい。
こういう幸せを気軽に披露し合えるよう、僕は僕ら夫婦のラブラブな休日を惜しげもなく披露してきました。
家系として続いていって欲しい。
そして、僕は次の肉体を持って生まれてくるとき、僕の子孫に生まれたい。

IMG_1837s.jpg
横に座る弟のこうくん・9ヶ月は、ケーキを食べさせろとガン見し、グズっています。
離乳食段階なので、まだちゃんとしたものは食べられません。
お嫁さんによると、離乳食のお椀を無視し、お兄ちゃんや大人のご飯に手を伸ばすそうです。
誕生日まであと4ヶ月、りょうくんは1才の誕生日に初めてケーキを食べたので、こうくんも4ヶ月後には食べれるでしょう。

りょうくんは、初めてのケーキに「この世にこんな美味しいものがあるのか」と得も言われぬ表情を見せたので、こうくんはどんな顔をするか楽しみです。

「好事魔多し」・・・翌日(りょうくん誕生日)のプリスクールで、りょうくんは熱を出してしまい昼前のお迎えになってしまいました。
カップケーキを人数分用意し、りょうくんの誕生をプリスクールで祝ってもらう手はずだったのに、本人不在でキャンセルになっちゃいました。
日を改めて、やってくれるそうです。
その時は、お嫁さんとこうくんも参加するそうです。

お嫁さんがお迎えに行くと、別室で先生と一緒におり、自分の誕生日がなくなっちゃ事と、カップケーキが食べられなかったことで、泣いていたようです。
みんなと一緒に誕生会をすると駄々をこね、先生を困らせたようです。
覚えた英語を駆使して、抗議したことが素晴らしい。

医者に行くと、軽い中耳炎だったそうです。
それ以上にびっくりしたのが、「靴を脱いで台に上がって」とか「起き上がって口を見せて」とか、お医者さんの英語の指示を理解しており、サポートが要らなかったことだそうです。
最近は、お嫁さんの方が、英語の発音を直されることもあるようです。
お嫁さんも英語は堪能で、産休に入る前は、世界を飛び回っており、職場復帰を考え会社に籍を置いているのに・・・
まえは出産恐るべき、幼児の記憶力・理解力・聞き取り力。

寒波が去ったプリンストンは、暖かな日が続き、17℃の日もあるようです。
-10℃の日もあれば、17℃の日もあり、寒暖差がとても大きいそうです。
水温変化の少ない海に囲まれている日本は、冬が温暖なのですね。
大陸のアメリカとは、基本的なところが違うようです。

こうくんも含め既に複数回風邪に罹ってしまったようで、加湿器や水を満たした洗面器の設置をアドバイスすると、既に2台の加湿器が活躍中だけど、アメリカンサイズの家は大きく追いつかないようで、濡れタオルを室内に下げるなど更なる対応をしようと思っているそうです。
素晴らしいお嫁さんがいてくれて、長男も心強いね。
ありがたい。

1/15・ツキノワグマ~母と子の知られざる物語

夕食を食べながら、大河ドラマ「女城主・直虎」を見て、この日4度目の風呂に入り、自室に上がり寝る体制です。
NHKで「ツキノワグマ~母と子の知られざる物語」というドキュメンタリー物を見ました。

子育て中の母子に、オスが寄ってきます。
「やばい、子供が殺される」と予想した通り、オスは子を狙い、母はオスを追っ払おうと対抗します。
でも子はオスに噛み殺されてしまいます。
厳しい自然の掟です。

自分で子孫を残せないオスは、自分の子を残そうとメスを探します。
メスが子育て中(授乳中)なら、生理が起きず受精しません。
そこでオスはまず、他所のオスの子を殺します。
授乳しなくなったメスは、生理が始まり子を宿す準備が整うので、オスはそのメスに自分の子孫を宿してもらうのです。
子を失ったメスは、憎き我が子殺しのオスにも関わらず、子孫を残すという本能に従って、オスを受け入れ子を宿します。

この自然の摂理は、現京都大学総長・元京大霊長類研究所所長・山極さんの著書を2冊読んで知りました。
ゴリラは、子殺し・妊娠・子育て・子殺し・・・の摂理そのままの生活をしているので、密林の王者であるにも関わらず、頭数が増えません。
反対に言えば、適切なテリトリーを守るため、増えないようにしています。
ゴリラは、1頭のオスを中心に数頭のメス・そのオスの遺伝子を持った数頭の子という単位で生活するので、より強いオスが出現すると子殺しも凄惨を極めます。
自然の摂理により、より強いオスの子を次世代に残しているのです。
何でもかんでも、「かわいそう」として助けようとする人間とは大違いです。

チンパンジーやニホンザルは、特定のオスの子とわかることで起きる悲劇を回避するため、主にメスの欲求から、子供の男親がわからないように集団生活・フリーセックスの生活に移行します。
種内部の子殺し発生をなくし、オスが集団で集団を守ることで、より強い敵からも集団を守り、頭数を増やし種としての勢力拡大に成功しました。

樹上能力に劣る人間は、密林での餌場獲得闘いに負け、森からサバンナとの接続部に生活の場を移します。
しかしサバンナには肉食獣が闊歩し、多種からの被害が増大し、種の存続が危ぶまれるようになりました。

ここで人間が取った肉体改造は、多産です。
毎年子を宿す多産で、多死に対抗しました。
1年で独り立ちする熊と違い、人間は1歳になっても親の庇護が必要です。
とても今まで同様の「メスが1頭の子育て担当で3~4年」ではやって行けず、メスは子育てにオスを参加させる作戦に出ます。

集団生活内に親子関係が特定される家族単位を作り、オスに「我が子」を認識させます。
これが霊長類の進化の歴史です。
ニュースで、「シングルマザー母子家庭にやってきた別の男が、前夫の子を虐待する」というのが流れますが、山極さんの本を読んで以降、オスの本能だなと理解できるようになりました。

このドキュメンタリーは、山極さん達が開発した霊長類研究方法の「餌付けではなく、適度な距離を保って自然に生活する姿を見守ることによる研究」と同じ手法です。
カメラマンが何日も何日も空振りを重ねながら、足尾の谷を粘り強く探し遠くから生体を見る手法で撮られた映像を重ねた番組でした。

こういう気長なドキュメンタリーに資金提供出来るのが、スポンサーに左右されないNHKならばこそと思いました。
色々批判はありますが、このような放送局があっていいと思う。

1/15・降雪のため都道府県対抗女子駅伝

家内が神戸でお仕事の会合&新年会です。
バイクで何処かへ・・・と思っていたのですが、土曜の夜に雪が降り、庭が雪化粧です。
表に出ると、道も白くなっており、どこにも行けそうにありません。
まずは風呂に入り、身体を温めます。

家内を駅に送ることも自重し、バス停に向かう家内を見送るだけでした。
1/15は「成人の日」ですが、雪が降ってるので、日の丸の掲揚は止めます。
仕方なくバイク倉庫に行き、先日買った『スーパーナット・バイク用12Vバッテリー充電器 BC-GM12-V(12V用)・2980円』を、「招き猫CB400SB」に繋いで充電します。

シートを外し、バッテリーの+-に付属していたケーブルを繋ぎます。
そのケーブルをシート外に出し、そこに充電器を繋ぎます。
バッテリーからのケーブルのソケット部は、水などが入らないようにしっかりしたカバーがついており、そのままにしておいても問題なしです。
ケーブルを追加購入し、「里山VTR250」用にも繋いでおきましょう。

帰宅し、風呂に入り、昼食を食べます。
雪が降ったり止んだりで、まだ出かけられません。
ヨットハーバーに行き、行方不明になってしまったクルージング艇のジブリーダーを物色メンテナンスしようと思っていたのですが、この状態ならデッキ上に雪が積もっていそうで止めにしました。

TVで「都道府県対抗女子駅伝」を見ます。
雪が降る寒いコンディションの中、可愛いお嬢さんたちが頭の上に雪を載せたまま走っています。
鉢巻も冷たそう。
でもスポーツはいいね。
僕自身体育会系だったからだろうが、「がんばれ~」って力が入ってします。
見知った京都の通りに多くの観客が取り巻き、素敵な世界を伝えてくれます。

全9区間で、1区間5kmが殆どで、8区・中学生区間が3kmで、最終9区が10kmでした。
優勝争いが大接戦で、最終9区にバトンタッチする時点で、トップ4人がほぼ横並びでタスキが渡り、アンカー勝負になりました。
地元・兵庫県がトップ4から脱落し、第2グループにも差がつけられていた岡山県のリオ・オリンピック次点選手が猛然と追い上げ、トップ京都に2秒差まで肉薄しました。
最後は、マイペースを守って余力を残していた京都がスパートし、逃げ切りました。

まだ雪が降っています。
外出を諦め、風呂に入り昼寝します。
ガチャ・・・物音で目を覚まし急いで階下に下りドアを開けようとしたら、一瞬家内の鍵の方が早く、「ただいま」と帰ってきました。
もう20時になってる・・・

神戸異人館街にあるホテル(北野倶楽部かな?)での新年会だったそうで、坂道を三宮から歩いたそうです。
レインブーツを履いていったのですが、滑らなかったそうで良かった。

1/9・アメリカ便り 雪かきと誕生日会

長男お嫁さんから、アメリカ便りが届きました。
IMG_1721s.jpg プリンストンは、ニューヨーク州の南、ハドソン川を隔てて隣接するニュージャージー州の中部・北緯40度なので、日本列島に当てはめると、秋田市や岩手県盛岡市に位置するのですが、日本よりよっぽど寒く、1月に入り連日のマイナス10℃だそうです。
晴れた日中でも、外に出れば耳や顔が寒さで痛く、15分が限界だそうです。

この日の天気予報を見たら、旭川が最高-3~最低-12℃でした。
プリンストンは、華氏26度~7度だったので、摂氏なら-2℃~-18℃です。
はぁ~旭川より寒い・・・びっくりです。
「℃=(°F-30)/2」という簡易計算方法を学びました。

新婚旅行で行った富良野スキー場の環境に住んでいるようなもので、「生きて帰ってこいよ」と祈るばかりです。
大阪平野にある伊丹なんて、真冬でも真っ白の山なんて視界に入ることがなく、日常使いなら4DWどころか、スタッドレスタイヤも必要ありません。

長男一家は会社から貸与の通勤車に加え、日頃お嫁さんが乗る用に4WD車を買いました。
4WDなので少し安心ですが、スタッドレスタイヤのことを聞きました。
そしたら、スタッドレスタイヤが売っていないということでした。
日本のタイヤの規格にはないオールシーズンタイヤが標準でついているということですが、スリップ事故車も目撃しており、慎重に運転しているそうです。

もみの木・生木のクリスマスツリーの処分はどうしているのか聞きました。
クリスマスツリーは、1月中旬に片付け、「もみの木は、・・までに出してね」という情報が回ってくるそうです。
ゴミの日に出しておくと、回収してくれるのだそうです。
お店などでは、1月を過ぎても飾ってあるそうです。

室内の寒さ対策は、北海道のようにセントラルヒーティングでポカポカだそうですが、暖炉を使いたくなってきたようです。
以前、室内の様子を携帯電話のカメラで映しながら説明してくれましたが、その時暖炉がついたお洒落な家だなと思っていたのですが、現役で使うための暖炉のようです。

IMG_1733s.jpg 年明け早々に、またプリスクールのお友達のバースデーパーティーがあり、1/17生まれのりょうくんは、「次は僕の誕生日会?」って聞いてくるそうです。
今年はみんなを呼んでのパーティーは予定しておらず、来年は頑張って準備するそう
です。

今年のりょうくんの誕生会はどうするのかな?と思ったら、プリスクールに事前に伝え、クラスメイト人数分のカップケーキを持っていくと、おやつの時間にお祝いしてくれるそうです。
親が参加してもよく、お嫁さんは弟のこうくんを連れて、一緒に加わるそうです。
日本と違い、こういうところが自由でいいね。

IMG_1736s.jpg パーティーでは、日本式のピースサインで写真に写っており、お食事テーブルではブロンド美少女に挟まれた位置を確保し、お隣さんとお喋りしています。
物怖じしない性格が長男そっくりで、たくましいです。

雪の量は日本より少ないですが、家の前をパパと一緒に雪かきしており、雪団子を毛糸の手袋で持っているところを見ると、湿雪ではなく乾雪で雪が固まりにくく、溶けて手袋から染みてくることも少なそうです。

無事に極寒の冬を乗り切れるよう、毎日神様にお願いしようと思いました。

1/8・34丁目の奇跡

せっかくのお休みなのに雨です。
お正月映画も、気になるのは観ちゃったし、冬の冷たい雨なのでバイクに乗る気にもなりません。

夜明け前に起きてゴソゴソし、家内の買い物で車を出し、用事のある家内を市内に置いて、帰宅しました。
冷蔵庫に食材を片付け、風呂に入ってから午前中なのに昼寝です。
昼頃帰ってきた家内とお喋りし、昼食を食べてまた昼寝。
怠惰な生活の典型です。
こんな休日が、年に1日ぐらいあります。

夕方に起きて階下に降りると、家内が漢字の勉強をしています。
「・・って、どんな字だったっけ?」の質問に答えられました。
家内は、アメリカに住むようになった孫に負けないように、中学英語のドリルを始めてから、お勉強モードになっているようです。
僕も、以前聞いていた英会話テープをまた聞き出そうかな?
そう言えば、英語の読み書きソフトで、毎日10分ほど勉強していた時期もありました。
PCを買い替え、OSが変わって動かなくなってから、勉強を止めてしまいました。

DVD「34丁目の奇跡」を2人で観ました。
家内は初めてだったらしく、いたく感動していました。
この映画は、りょうくん・3才が、4才になる今年のクリスマスプレゼントにしようと思っています。
去年のクリスマスプレゼントとしても考えましたが、岩波子供の絵本シリーズの「ひとまねこざる」を3冊贈りました。

岩波子供の絵本は、僕が幼児の頃、母が買ってくれた本で、シリーズ本の殆どを読んでもらった。
やがて自分で読めるようになり、愛読書第1号になった。
息子たちが生まれた時も、新たに買い直し、毎日読み聞かせた。
やがて長男は1冊丸暗記してしまい、幼児の記憶力の凄さに驚嘆した。
孫にも買うようになり、既に10冊以上プレゼントしている。
お正月に帰省した次男の第1子に、最初の1冊「ふしぎなたいこ」をプレゼントしたところです。

長男の第1子にプレゼントした「ひとまねこざる」は、アメリカの作家作だったので、アメリカのTV番組に出てきて大喜びしたということを聞いていた。
そこで、「凧をあげるひとまねこざる」「ロケットこざる」「ひとまねこざると黄色い帽子」をプレゼントした。
郵送料も1410円で高くなく、これからも気軽に贈れそうです。

「34丁目の奇跡」は、「サンタクロースは本当にいるよ」という映画ですが、なぜ「サンタクロースなんていない」と大人は言うのだろう?
目に見えないものは、いないものなのかな?
じゃあ、心に浮かぶ「こんな人になりたいな」という希望は否定されるものなの?
「この人が好きだ、ずっと一緒にいたい」とドキドキする気持ちは何?

サンタクロースは明確に存在します。
親から子へ、その子が親になり、更にその子へ・・・。
サンタクロースは、親の心の中に生き続け、永遠に不滅です。

夕食を食べ、NHK「ダーウィンが来た」で、りょうくんが好きなティラノサウルスを見ました。
来週は「丹波竜」だそうで、恐竜シリーズのようです。
NHK新大河ドラマ「女城主」を見ました。
井伊直虎の物語です。

数年前の信州ツーリングの時、明智光秀・森可成の生誕地・本拠地・城跡を巡った時寄った「岩村城」のことだと思っていたら、井伊家の本拠地の物語のようで、間違っていました。
勝手に親近感を持っている好きな森可成が登場すると思っていたら、登場はないかもしれません。
稀ではありますが、群雄割拠する戦国時代には女城主も複数存在しており、真田丸同様今後の展開が楽しみです。

その後、21時から民放の「幸せの記憶」を見た。
家内からのおすすめで、好きな女優・北川景子も出演している。
2時間の長編ドラマでしたが、とても楽しめました。
いつもなら21時過ぎに寝てしまう家内が、楽しそうに見ているのを見て、ドラマの幸せな展開同様、僕の幸せも感じました。

1/3・神戸異人館街

20170103KobeS143s.jpg 前回家内と「朝ドラロケ地巡り」で来た時、化粧直し中だった「萌黄の家」を見学します。
「風見鶏の館」との両館見学券650円を買います。
20170103KobeS160s.jpg ワンルームが広く、天井も高く快適です。

20170103KobeS163s.jpg 館内に、朝ドラのシーンの写真が飾られています。
朝ドラのクランクインは、この館からだそうです。
この館でロケをした、その他の映画の写真も飾られている。

20170103KobeS166s.jpg お嫁さんも、娘と同じ名前の「すみれちゃん」が主人公の朝ドラを毎回見ているそうで、「明美さんが、おむつの作り方を教えていたところだ」と、すぐにそのシーンを蘇らせていました。
結婚式の写真も飾られているので、ガーデンウェディングにも使われているのかもしれません。

20170103KobeS201s.jpg 11:50、次は「旧トーマス邸・風見鶏の館」です。
20170103KobeS180s.jpg ここは、1977年朝ドラ「風見鶏」のロケ地で、平均視聴率40%・最高視聴率50%でした。
20170103KobeS195s.jpg このドラマの大ヒットにより、神戸異人館が全国区の一級観光地になり、学生時代路上駐車してデートに来た場所は様変わりしてしまいました。
観光案内所で、お嫁さんはスタンプを朱印帳にペタンとし、トイレでおむつを取り替えます。

東に向かってあるき出し、「うろこの館」目指して山を上がりますが、「オーストリアの家」に寄り道。
20170103KobeS209s.jpg デンマーク・オーストリア・オランダ各大使館がありました。
20170103KobeS210s.jpg 気持ちの良いテラス席があり、お食事と思いましたが、喫茶程度でした。

オランダ坂を下り、神戸北野美術館で食べようと思ったが、こちらも喫茶軽食という感じです。
異人館通りに戻り、西進し駐車場前の「ラ・テラス北野」で昼食にしました。
家内とお嫁さんが、「神戸牛カレーセット・1200円」で、玉ねぎが入っているようで、微妙に甘くコクがあって美味しい。
次男は「ハンバーグセット・1800円」で、僕は「パスタセット・1200円」。
観光地のランチなので期待していませんでしたが、美味しくお腹いっぱいになりました。10:54~13:28「Dパーキング北野町3丁目」2500円。
2時間半も楽しんだかなと思うぐらい、あっという間でした。
ちょっと高すぎる駐車場に入れてしまった。

R43~R171で帰宅しました。
元日12時を回った時、お嫁さんの実家にいたので、みんなで近所の氏神様に初詣したそうです。
こちらの氏神様にも詣りたいというとこなので、そのまま神社に乗り付けました。
20170103KobeS224s.jpg 僕らも初詣です。
10月に、すみれちゃんの初宮参りをして頂いた宮司さんの息子さんもおられ、お嫁さんが御朱印を頂いていました。

靖国神社で買った御朱印帳に、この3日間だけでも、神社・お寺・道の駅・観光地など、いろんなスタンプを押していました。
僕の御朱印帳は、四国八十八ヶ所巡りで買ったので、1番から88番まで予めお寺名が書かれています。
こういうアバウトな御朱印集めはいいな。
お嫁さんのおおらかな性格は、周りの人をふんわり包みそうだ。

外見的には、まっすぐに細い足が伸びた今時のお嬢さんですが、すみれちゃんを抱っこするために添えた手を斜め後ろから見た時、手の幅が狭いなと思いました。
そこからしなやかな指が長く伸び、マリッジリングが馴染んでいた。
まさに竹久夢二の描く女性でした。
良いお嫁さんと縁を持てて、次男のそして我が家の財産だなと思いました。

荷物を積んで新大阪駅まで送ろうとしたら、R171軍行橋で大渋滞しており、JR伊丹駅に送りました。
電車の方が早いです。
名残惜しいけど、楽しい3日間でした。


1/3・西宮えびす神社~神戸港~神戸異人館街

前日の箱根駅伝往路は、青山学院が優勝しました。
でも2位・早稲田と30秒差なので、まだまだ総合優勝争いはわかりません。
駅伝は、20kmほどでランナーが変わるので、ごぼう抜き選手が出て、1区間で2分ぐらい平気で逆転されるから、マラソンより面白いです。

8時半に出発します。
R171を西進し、全国の恵比寿神社の総本社・西宮戎神社に寄り道します。
お嫁さんはもちろん初めてですが、「福男レース」のことは知っていました。
いつものように、隣の成田山円満寺駐車場に入れようと思ったら、ガードマンに駐められて、「円満寺にお参りしてから西宮戎に参ります」と正直に話したら、「成田山専用だからダメ」と言われてしまいました。

仕方なく、9:12西宮えびす神社正門西側の旧西国街道に駐車して、寝てしまったすみれちゃんとお留守番です。
20170103KobeS125s.jpg 3人が入って行く直前に、猿回しのお猿さんが入っていきました。

つまらないので、目を覚ませとじっと見ていたら、以心伝心すみれちゃんが目を覚まし、おしゃべししてあげるとニコニコご機嫌です。
僕のテレパシーをキャッチする超能力の持ち主のようです。
持ってるね!

5分ほど、指を握らせたりして遊びましたが、そろそろ寝ているのが限界そうで、抱っこしてあげました。
20170103KobeS126s.jpg 「えべっさん」の方を向かせると、前を通る車を目で追います。
信号手前でスピードダウンしていますが、目がついていけるようです。
どこにも異常なしで、神様・仏様・ご先祖様に感謝です。

やがて3人が帰ってきました。
猿回しをやっていたそうで、境内内や路上の露天が開店するタイミングで、まだ参拝客も多くなくナイスタイミングでした。

R43に出て西進します。
神戸に入り、10:22、神戸港メリケン波止場・メリケンパーク着。
駐車場に入れたら、なんとバス専用駐車場でした。
すぐに出口の料金所にパーキングチケットを入れると無料でした。
オリエンタルホテルの方に聞くと、駐車場はかなりバックする感じなので、路上駐車してまたお留守番です。
と言っても20mほどで港なので、車を離れても見えてるからOKです。
20170103KobeS128s.jpg カワサキワールドに入りたかったのですが、1/3まで休館でした。
20170103KobeS129s.jpg 
20170103KobeS131s.jpg 
異人館街のある北野まで、適当に北上します。
どうせ近くの駐車場は満車だろうから、家族を下ろし僕だけ駐車場まで行こうと思っていたら、意外に開いていました。
「30分・500円、1日最大2500円」、10:46高いけど足の便がいいので入れちゃいます。

20170103KobeS135s.jpg 「神戸シューズのお店」に入ろうとしたら、「NHK朝ドラ・べっぴんさん」のすみれちゃんラッピングの循環バスがやってきました。
20170103KobeS138s.jpg 六甲牧場のソフトクリームを食べ、坂を上がって観光案内所のあるメイン広場へ。

20170103KobeS139s.jpg トランプ手品をしている人、占いの方、メイン広場では大道芸さんがパフォーマンスをしていました。
ボールを使う芸で、3つ・4つ・5つのボールを器用に操ります。
正面に座っていた中国人一家(夫婦と小さなお嬢さん)のお父さんが指名され、アシスタントとしてあれこれ。
ダメ出しされた後、お嬢さんが上手にボールを入れ、みんな大笑い。

15分ほど楽しませてくれ、自己紹介されました。
日本で唯一のサーカス学校の3回生で、4回生中にはボール7つを操るようにするそうです。
ボール5つを高か~い一輪車の上でくるくる操っていたので、もう十分プロとして食べて行けそうです。

ハットに100円寄付しました。
1000円札の方もおり、太っ腹です。
気持の良い青年でした。
サーカスで、ピエロの化粧をして舞台に立つのだろうな。


1/2・淡路島 2/2 鳴門海峡渦潮観潮

洲本からは、r76で海岸線を南下します。
釣り好きな家内のお父さんと、一緒に釣りに出た友ヶ島が見えてきます。
出港した由良港横を通ります。
アワイチ(サイクリングで淡路島一周)中と思われるロードバイクが、坂道で奮闘しています。

怪しい「ナゾのパラダイス」を通過し、アワイチ最難関のアップダウンを抜け、淡路島南岸・紀伊水道側に出ます。
日本列島最大の断層・大地溝帯に沿うので、独特な地形美があります。
淡路島で一番好きな道を西に走り、12:01「モンキーセンター」着。
20170102AwajiS072s.jpg ここで昼食にします。
お猿さんが数匹降りてきており、モンキーセンター入口は賑やかです。

更にr76を走ると、12:57「灘黒岩水仙卿」
20170102AwajiS074s.jpg 斜面に水仙が咲き、綺麗です。
満開だけど激混みの2月より、ガラガラの1月の方がいいね。



r76~r25で、13:48「福浦港」
うずしおクルーズ日本丸2000円のチケットを購入。
14:10の出発時間まで、お餅つきなどを見ます。
20170102AwajiS075s.jpg 子供が餅つきをしていたので、次男夫婦も列に並び、僕が2人の餅つきをビデオに録りました。
ぜんざいが振る舞われるので期待していましたが、出港時間になるので諦めて船へ。

20170102AwajiS080s.jpg バウに女神が装飾された帆船タイプの大型船です。
観潮は小型船の方が迫力あるけど、大型船のみのようです。
正月なのに行列ができることがなく、昔よりずっと観光客が減っています。

かもめの餌があるようで、子どもたちが投げています。
20170102AwajiS096s.jpg 出港してもずっとついてくるかもめが、それを空中でナイスキャッチします。
上手だな。
途中で、もう一隻の観潮船・咸臨丸とすれ違います。

20170102AwajiS102s.jpg そして大鳴門橋の下にやってきて、渦に突っ込みます。
大型船なので揺れませんが、上から見る渦は大迫力です。
鳴門渦潮が初めてのお嫁さんが、「すご~い」とビックリしています。

20170102AwajiS108s.jpg 徳島側から小型船が数隻出てきており、あっちの方が揺れて楽しそう。
僕が子供の頃は、細長い漁船だったから、渦に突っ込むと舵が取られ、渦に巻かれていくのを感じることが出来、歓声が上がっていました。
左右の揺れも大きく、自分の側が下に傾くと恐怖さえ感じ、アトラクションでした。
観潮船は、徳島側からが良さそう。



港に戻り、13:50「びわジャム」540円を購入。
帰路につきます。
R28~r31で「西淡三原IC」から高速道路に乗ります。
伊弉諾神社に寄る予定でしたが、時間切れです。

予想外で、津名一宮ICを過ぎると渋滞が発生していました。
次の北淡ICを過ぎても続いており、時間を食っちゃいました。
帰省自然渋滞かと思ったら、事故渋滞でした。
処理された事故車の横を過ぎたら、一気に快走路でした。

17:20、淡路SAで休憩。
次男は会社へのお土産を買っていました。
1年間の産休中ですが、同じ会社なので、2人であれこれ選んでいました。
その間、僕がすみれちゃんを抱っこして、店内をあちこち移動しながら、話しかけあやします。
とっても楽しい、幸せな時間です。
20170102AwajiS123s.jpg 観覧車に光が入りとても綺麗。



明石海峡大橋を渡り、電光掲示を見て思案です。
山陽道~中国道経由なら渋滞18km、阪神高速神戸線経由は不明。
渋滞がないのは、阪神高速7号線~有馬温泉経由だけど、ワインディングがお嫁さんや赤ちゃんには辛いかも。
阪神高速7号線~中国道なら渋滞は少なそうだけど、阪神高速神戸線がどれ位渋滞するのか知りたくて、神戸線を選択しました。

須磨出口で渋滞し、魚崎まで渋滞していました。
休日の阪神高速神戸線を選択したらダメだね。
R171も渋滞していそうなので、西宮ICで下りずに、尼崎西ICで下車し、R43を東進し、r13を北上し、地元伊丹市街地まで渋滞無しで帰ってきました。

家内オススメのイタリアン「グラツィエ」で、夕食です。
先月、映画の帰りに家内の要望で、下見したレストランです。
パスタセットと一品を注文し、お互いの夫婦間でシェアします。
長男夫婦もシェアしており、我が家の定番の食べ方です。
酒蔵通り駐車場19:27~20:43・200円。

そのまま帰宅し、明日の奈良観光を、お嫁さんが行ったことない神戸観光に変更して解散しました。


1/2・淡路島 1/2 七福神・八浄寺

箱根駅伝のTVを見ながら、年賀状を整理します。
長男や次男の年賀状が、いまだに我が家に数通届きます。

アメリカ・東海岸・ニュージャージー州にいる長男のお嫁さんから、1/1/11:10にメールが届いていました。
時差の関係で、現地は12/31/21:10。
年が明けるまで、あと3時間と書かれていました。

12/31にクリスマスカードが届いたと、メールしたことへの返事です。
12/18に発送したそうで、2週間掛かるようです。
仕事もプリスクールもクリスマス前の12/23に終わり、1/3まで10日間のお休みだそうです。
りょうくんのプリスクールは、1/2からだそうで、クリスマスより新年・お正月を祝う日本と違い、ニューイヤーはクリスマスの「ついで」の扱いです。

クリスマスにニューヨーク1泊し、いったん帰宅した後、ワシントンDC1泊旅行に出たそうです。
ニューヨークとフィラデルフィアの中間にあるプリンストンという町に住んでおり、両大都市に車で1時間の距離です。
フィラデルフィアからワシントンが200km程なので、自宅から高速道路で3時間ほどでしょう。

ニューヨーク・マンハッタンのクリスマスショーを観たそうで、ワシントンではリンカーンモニュメントとホワイトハウスを観たそうです。
リンカーンが椅子に座ってる有名な巨大像ですね。

その他は、自宅近くのスケートリンクで、りょうくん・3才が初スケートに挑戦しましたが、号泣で終わったとか。
プリンストン大学美術館など、プリンストンを楽しんだそうです。
元旦は、プリンストン大学チャペルで開催されるコンサートに行くそうです。
欧米の大学は、日本のように塀に囲まれた閉鎖空間ではなく、一般住宅と混在していたりして、いつの間にかキャンパス内に入っていたりしてるオープンな雰囲気がいいです。

次男一家とともに、淡路島に向け、8時に出発しました。
次男宛の年賀状を渡し、私に届いたヨット関係の年賀状も見せます。
次男のジュニアヨット時代のライバルの親からたくさん届いているので、懐かしそうです。
彼がいたことで出来た私の友達です。
真剣に世界を目指したライバルだからこそ、お互いをリスペクトしあって長く友人関係が続いています。

僕自身も、学生時代のライバルと今でも交流があります。
高いレベルで競えば競うほど、相手を信頼出来、いずれ強い絆で結ばれます。
今の日米同盟も、先の戦争を経て強い絆で結ばれるようになったのだと思います。
未だに、空母を中心とした機動部隊同士の空戦を伴った艦隊決戦をしたのは、日米のみです。
かつて世界の海を席巻したイギリスの太平洋艦隊でさえ、日本の敵ではありませんでした。

中国道~山陽道~阪神高速で、明石海峡大橋を渡ります。
お嫁さんは初めての明石大橋です。
世界一の吊橋の大迫力に驚いています。

橋を渡って、9:15「淡路SA」で休憩します。
20170102AwajiS064s.jpg いつ見ても、明石海峡大橋は迫力があります。

20170102AwajiS065s.jpg 東浦ICで降り、R28を南下し、10:19淡路七福神総本院・八浄寺。
20170102AwajiS066s.jpg 大黒天を祀っています。
20170102AwajiS069s.jpg お坊さんのありがたいお話を聞き、おすすめの1000円で仏足祈願用紙に願い事を書きました。

ここのお寺はお返しが豊富で、七福神の掛け軸を頂きました。
次男夫婦も祈願し、書を頂いていました。
僕が頂いた掛け軸は、我が家ではなく次男夫婦にプレゼントしました。
我が子や孫の幸せな人生を願ったから、それでいいのです。
次男たちは、お嫁さんのおばあちゃんの家が新築されたばかりだから、そのお祝いにすると言っていました。
ちょうど良いのが出来ました。

東海岸沿いを走るR28を南下します。
子どもたちを連れて何度も行った「ONOKORO愛ランド」、洲本に入ると、山のてっぺんに洲本城が見えます。

学生時代、家内と海水浴に来た海水浴場の横を通ります。
水着姿とともに、初めて家内の手作りお弁当を食べました。
「私は下手よ、お母さんに手伝ってもらったの」とはにかみながら、僕の「美味しい」の言葉を待っていたように思います。
僕のために早起きして作ってくれたんだなと想像し、愛おしくなりました。


2017/1/1・姫路城 2/2

白塗りにお化粧直ししたリニューアル姫路城を初見学します。
城東野駐車場に入れたので、南の大手門に向かます。
20170101HimejiS003s.jpg 途中で姫路城をバックにパシャリ。
20170101HimejiS009s.jpg 護国神社は、初詣の行列が境内から歩道にまで伸びていました。

20170101HimejiS011s.jpg 内堀の橋を渡り、大手門から場内に入り、広場を経て入場門へ。
元日は入場料・1000円が無料なので、観光客が多いと予想しましたが、そうでもなく天守閣登城待ち30分でした。
2年前、化粧直し中の元日とさほど変わりません。

20170101HimejiS025s.jpg 登城整理券が配られ、人数制限されているようです。
僕らは赤ちゃんがいることもあり、人の多い登城はパスし、途中から列を離れ、天守閣前公園へ。
20170101HimejiS045s.jpg 次男の名前は、家内の生まれた播州を守護したこのお城の城主の名から拝借しました。

「怪談・播州皿屋敷」で有名な「お菊井戸」を覗き城を出ます。
屋根を白い漆喰で塗る作業現場や、明治・昭和・平成の鯱の展示なども見ました。
13:31和菓子「玉椿10」1296円で購入し、帰宅後会う予定の弟一家との席用にします。
11:54~14:00・姫山駐車場600円。



姫路城で2時間も長居してしまったので、時間が押してきました。
昼食時間をカットし、コンビニでおにぎりなどを買って、車内食にします。

往路とは逆コースで、播但道~山陽道で、「三木小野IC」下車し、15:01お墓参りします。
すみれちゃんは、初めてのお墓です。
ご先祖様に、「はじめまして」

中国道を一気に帰ります。
元旦なので渋滞なしと予想していましたが、宝塚トンネル・5km渋滞が発生していました。
宝塚渋滞は動くので、イライラする事もなく16時に帰宅。
お墓で家内が弟のお嫁さんに電話した時は、我が家のお墓からの帰りで食事中ということだったので、すでに実家に着いているものと思っていましたがいません。
でも少し室内が変わっています。

電話なしに帰ることはないと思い待っていると、17時前にやってきました。
中学生の姪のヘアスタイルが変わり、家内可愛くなっています。
通学電車の中で、男の子に声を掛けられそうです。
買い物に行っていたようで、お正月の挨拶を交わし、主役のすみれちゃんを囲んであ~だこ~だ。

家内が、和菓子とお茶を出し、おせんべい・洋菓子など食べながら、いつもの雑談です。
弟夫婦に、アメリカの長男から送られてきた写真やビデオを見せます。
僕が生まれた時に両親が買ってくれたベビーイスに、すみれちゃんを座らせます。
私・弟の第1世代、長男・次男の第2世代、弟の長男・長女の第2.5世代、そして今第3世代である長男の2人の子と、次男の長女すみれちゃん・・・歴代のこの椅子の主の名前が、椅子の脚に書かれています。
目出度く、次男が我が子の名前をマジックで記入します。

弟たちが帰宅し、そのまま実家でおでんを食べます。
サラダやご飯・おかずでお腹いっぱいです。
明日、8時に出発し、淡路島に行くことにして解散しました。
隣の我が家に戻ります。

2017/1/1・姫路城

2017年が明けました。
大晦日の夜は、久しぶりに紅白歌合戦を長時間見ました。
夕食を取りながら「乃木坂46」から見始め、孫のりょうくん・3才が歌い踊ってくれた「RADIO FISH」を見ながら似てると笑い、同じく歌ってくれた「桐谷健太」さんの歌を聞き、これを歌ってたんだなと喜び、最も好きだという星野源さんの「恋」を見てから寝ました。

星野源さんは、NHKコント「LIFE」で親しみのある俳優として認識していましたが、りょうくんの歌で歌手でもあるということを知りました。
好きな新垣結衣さんとの共演ドラマのエンディングの「恋ダンス」がヒットし、大活躍の年でした。

大晦日に長男一家から届いたクリスマスカードに、返信メールしました。
「返事書いといてね」「はーい」と、家内からの指示・要望です。
「RYO」と書かれたサインも書かれていました。
プリスクールでアルファベットを勉強しており、自分の名前を書けるようになりました。
今までは、ぐちゃぐちゃの線で書かれた絵だったのですが、成長しました。
同年代の子達と保育園で遊びながら、ぐんぐんボキャブラリーを増しているそうです。

次男一家が、9:40着の飛行機で帰省するので、家内と迎えに行きました。
9時に出発しようと、チャイルドシートをセットしだしたのですが、固定に手間取り9時を過ぎてしまいました。
玄関を入り時計を見てびっくりし、家内に声をかけると、「今、何時~」とのんきに迎える準備をしています。

慌てて着替え、8:15出発。
でも10分ほどで空港に着くので問題ありません。
JAL到着ロビーに着くと、10分遅れの表示が出ていました。
出雲や新潟など他地域からの便は、皆早めの到着に変更されているのに、羽田便は元日でもお客さんが多いのでしょう。

10時頃、次男一家が出てきて、7月に生まれたすみれちゃんと、10月の初宮参り以来の対面です。
知恵がついて「人見知り」が始まっていたら、「ぼくは蚊帳の外だな」と思っていましたが、まだ始まっていませんでした。

「人見知り」は、自然に備わった人への警戒反応なので誰にでも起きます。
日常多くの時間接する母親に対しては起きませんが、たまにしか会えない僕を警戒して当たり前です。
りょうくんは、僕を再開してから1時間ぐらい人見知り警戒していました。
両親が僕と親しく話すのを見て警戒を解き、それ以降は懐いてくれました。
家内は女性だから、人見知りされませんでした。
初対面だった次男のお嫁さん(当時フィアンセ)には、むしろ積極的に寄っていき、「こいつ、やるなあ」と思いました。
我が家男子の伝統・女性好き遺伝子を、幼児の時から発揮していました。

空港駐車場・9:28~10:10・210円。
一旦帰宅し、カメラなどを持って、そのまま家内の実家のお墓参りに向かいます。
宝塚ICから中国道に入り、山陽道に乗り換え、三木SAで休憩します。
いつもなら、三木小野IC下車してお墓なのですが、そのまま西進し、福崎JCTで播但道に乗り換え、花田ICで下車し、姫路城に到着。

20170101HimejiS001s.jpg お城に向かう車からもお城の白さが際立ちます。
創建当時の材料を再現してのお色直しなので、まさに白鷺城という姿でした。

12/30・スキーツアー 2/2

家内を僕のやってるスキーツアーに誘い、正規料金を払い、その時だけスタッフではなく、お客さんとして参加しました。
でもね、常に僕はツアー責任者として参加してきたので、あれやこれやスタッフが僕に相談を持ちかけ、ラブラブなエスコートが出来ませんでした。

最終日は、家内が入った初心者クラス全員を連れて、バスで奥志賀高原に遠征し、リフトに載せ林道・初心者コースツーリングを楽しませたりして、全くスタッフ同様のことをやってたし・・・。
「彼、かっこいいね、羨ましい」って、他の初心者クラス女子に言われたそうで、帰路、横に座った家内はルンルンでした。

箱入り娘で、修学旅行以外で外泊の経験がなく、「絶対に許可してくれない」と言っていたので、パンフレットを持ってお父さんに直談判しました。
「僕が一緒にいくので、お嬢さんを安心して参加させてください」って粘り、渋々了解を得ました。

1回目が僕としてはエスコートとして不本意だったし、家内もスキーを楽しめたようだったので、もう一度スキーに誘いました。
2度目もお父さんに直談判しました。
でも今度はもっと一緒にいたかったので、ツアーで使っている白馬アルプスホテルを、個人的に取りました。
「ここに参加します」と見せたパンフレットでは志賀高原と書かれていましたが、スタッフに言い含め、同じ日程で白馬に電車で行きました。

新幹線で名古屋に出て、最終大糸線で北上し、ホワイトな休日を過ごしました。
ナイタースキーも滑ったし、ホテル内に呼びかけられたホテルチャペルでの結婚式にも参加しました。
そして、ここで結婚式を挙げようと決めました。

楽しいホテルステイが終わり、タクシーで白馬乗鞍駅に下り、駅のホームで帰りの列車を待ちました。
冬にしては暖かい風が、ホームをゆっくり渡っていきます。
その風に吹かれながら、「あ~、終わっちゃった」と思った。
何も言わずベンチに佇み、春を告げる緩やかな風に髪が動く、家内の横顔が愛おしくてしようがなかった。



お父さんは、陸軍将校上がりの眼光鋭い方で、中国戦線で活躍した播州地方で部隊長でした。
勇猛で知られ、戦時中は何度も地元の新聞に載ったそうです。
「・・部隊」の・・の所に義理父の名前が入るほどの方です。

戦後数年して、シベリア抑留から帰国するとの報が新聞に載り、それを見た家内の母方の祖父が、「長女と見合いをさせよう」と決めたそうです。
優秀な長女を嫁に出さず婿を取らせ、姫路駅前に持っていた土地に店を出させ、本家を継ぐ長男のサポートをさせようと思ったそうです。

しかし、見合いをした義理母は義理父に惚れてしまい、家の束縛から逃れたくて、駆け落ちのようにしてお嫁に行ってしまいました。
ある国家資格を持ち、教師をしていた母は、実家を離れても生活に困ることはありませんでした。

シベリア抑留で帰国が数年後になったので、戦犯を逃れたのかも?と言われてもいます。
長男は、「お爺ちゃんは怖かった」と言います。
眼光鋭い、旧日本軍将校そのままでした。
家内には父親に逆らうなど思いもよらぬことで、戦前の「女の子はこうあるべき」という姿そのままに育てられた。

若かりし日の僕は、かなり無謀でした。
ひょっとすると、家内にとっての絶対的存在に向かって平気で嘘をつき、自分をその殻から連れ出そうとする僕を頼もしく思ったのかもしれない。
結局、スキー場での結婚式はお父さんの反対で実現しませんでしたが、良い思い出です。

僕は学生卒業とともに、仲間と作った会社から抜け就職しましたが、会社はその後10年は存在し、TV深夜番組でスキー場情報を流していたりしました。
「情報提供・・」と立ち上げた会社名が出て、驚いたことがありました。

「しろくま」は、スキー以外の旅行全般に進出し、海外旅行なども手がけています。
数年前、旅行社で個人旅行を相談している時、パンフレットの棚に「しろくま」を見つけたので、旅行責任者名を見たら、彼の名前が書かれており、懐かしかった。

12/30・スキーツアー 1/2

TouTubeに、「しろくまスキーツアー」の宣伝が登場するようになりました。
この宣伝は、期間を区切り、視聴者全員に配信されているのだろうか?
その方の検索ワードから、興味がありそうな方向けに配信されるターゲット広告なのだろうか?
YouTubeの広告はどのようなシステムになっているのだろう・・・

なんて、ちょこっと思いながら、「しろくまスキーツアー」の広告を見ながら、社長のことを思った。
彼とは中学から大学までの同級生です。
中学の時に、LPレコードを貸したまま、未だに返してもらっていません。
何度か、「返してくれ」と催促しましたが、きっと亡くしたのか壊しちゃったのか、あ~だこ~だ言い訳しそのままです。
僕もひつこくないので、日頃の交流はずっと続き、数年の1度思い出したように催・・・って感じでした。

大学生になり、彼は自分で作った探検部に入部し、僕はヨット部へ。
洞窟探検や沖縄でスキューバダイビングしたりの話が、別世界の話で面白かった。
船で沖に出てダイブするのではなく、岸から泳いで沖に出るのだそうです。
沖縄の海はサンゴ礁が沖まで広がり、その影響で沖の荒波がリーフに遮られ、海岸線まで届かず穏やかな熱帯魚いっぱいの海を作っているそうです。

その珊瑚礁の海を沖に向かって泳ぎ、サンゴ礁の切れ間のリーフまでやって来ると、そこに沖からの波が打ち付けている。
ここで一気にバタ足を強め、リーフの切れ間から荒波の海に突っ込むそうです。
波に巻かれ、どっちが上か下かもわからなくなり、ポコンと海面に顔が出ます。
その時、沖に出ていればいいが、再びリーフ内に戻されていたら、再チャレンジするのだとか。

ヨット部で、資金集めのために、シーズンオフにスキーツアーを企画して稼いでいました。
小学生の時、数度スキーをしたことがありますが、1回生の時にヨット部スキーツアーが、僕のスキーの初めと言っていいぐらいです。

秋にパンフレットを作り、11月になると、練習の合間のウィークデイに大学の正門前でパンフレットを配り、ツアー参加者を募った。
自分の大学だけじゃなく、神戸方面・大阪方面、そして京都方面の大学にも遠征した。
出会いの機会が少ないのか、女子大は成約率が高く、特に力を入れていた。
結果、お客さんの殆どが女子大生というツアーになったりした。

クリスマスとお正月に合計で5台ほどバスを出し、当時1台バスを満席にすると20万ほど粗利が上がったので、この収益でレース艇を1艇購入できた。
ヨット部員は半分ホストとしてツアーに参加し、雪上運動会・ダンスパーティー・・・あれやこれや楽しかった。
同世代の女の子と知り合え、話せるのも楽しかった。

ここで「羨ましい」と思ったのが、インストラクターです。
経費を落とすため、大学のスキー同好会の部員を、「タダでスキーツアーにさっかさせるから、教えろ」と誘いました。
これがモテるんですよね。
「スキー場でスキーの上手い奴は最強」です。
モテたい男の性で、スキーが上手くなりたくてよくスキーに行くようになった。

ヨット部のスキーツアーに、同志社筆頭に他大学ヨット部員も来てくれたが、甲南大学のアーチェリー部員も来てくれた。
「女の子、いっぱい来るぞ」と誘えば、簡単にやってきた。

ここで知り合った甲南アーチェリーの1人とその先輩と僕で、大学3回生の時スキーツアーメインの会社を立ち上げた。
学生のネットワークは素晴らしく、スキーの上手い奴・イラストの上手な芸術系大学に通う女子大生などスタッフが揃っていった。
旅行会社の資格が無いから、既存の旅行会社にコンタクトを取り、その会社内にデスクも持った。
事務をしてくれる女子社員を1人つけてもらった。
学生バス・スキーツアーの黎明期で、既存旅行会社としてはそのノウハウを得たかったから、高待遇だった。

宿と話をつけ、バス会社と交渉し、貸しスキーも用意した。
今住んでいる我が家は、実家の隣で、僕が高校3年生の時に売りに出たので親が買っていた。
住む人がいなかったので、貸しスキー板や靴の倉庫と化していました。
他のスキーツアーにも貸し出し、この部門だけでも利益を生んでいました。
毎年新品スキーを導入するのですが、3回貸し出すと元が取れるので、収益率は良かったです。

幼稚園の同級生の女の子のお兄さんがやってた「サミーツアー」や、同級生が探検部仲間を立ち上げた「しろくまスキーツアー」他が、ライバルとして存在していました。
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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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