11/27・ボクの妻と結婚してください

今月2度目の家内とお休みが合う日、もちろんデートです。
先週美濃と近江をバイクで走り、綺麗な紅葉を楽しんだので、家内と一緒に観たくなリ、京都洛北東山の麓の寺社巡りしながら紅葉を楽しもうと計画しました。
曼殊院とか詩仙堂とか狸谷不動尊とか。
車では駐車場に困るので、家内を京都駅でピックアップし、通勤リード110タンデムを
考えていました。

ところがお天気が雨予報から変わらず、日中ずっと降るようです。
風邪を引かせてはダメなので、車で亀岡「湯の花温泉」界隈の寺社巡り&紅葉狩りの第2案を考えました。
ところが前日になり、日中降水量がコンスタントに1ミリ以上になり、両案とも断念することにしました。

映画鑑賞コースに切り替えです。
クリスマスが近づき、ハートウォーミングなラブストーリームービーの季節ですが、ドンピシャな映画はありません。
美女や美少女は登場しないようですが、織田裕二「ボクの妻と結婚してください」と、阿部寛「疾風ロンド」でいいかな。
両主演とも、好きな俳優さんなので、いいだろう。

「ボクの・・・」は、ロードショー終盤で、午前中しか上映がありません。
朝、4時過ぎに目が覚めゴソゴソし、朝食を食べて、8:30に家を出ました。
あいにく予報通り雨が降っており、カッパを着て通勤リード110にタンデムです。
車なら楽なのですが、TOHOシネマが入るイオンモールは、日曜日はいつも混むので、スクーターが便利です。

朝から激混みで、駐車場に入る車の列が続いています。
スクーターなのでスイスイと駐輪場に入れます。
雨がラッキーで、いつもより自転車・バイクが少なく、屋根のある場所に置けました。

イオンに貼ってあるポスターを見ながら、「今日はブラックフライデーなんだ」と家内から。
僕は知らなかったのですが、アメリカ発祥の商習慣で、11月最終週の週末3日間の大安売り期間を指し、最近日本にも上陸しているそうです。

アメリカは、「サンクス・ギビング・デイ」(11月第4木曜日)から、クリスマス商戦が始まるそうです。
ヨーロッパからの移民は農業を知らず、先住民のアメリカ・インディアンから施しを受けたり、農作業を習ったりして、最初の収穫を得、命をつなげました。
それに感謝する日です。

10/31「ハロウィン」は、英語圏の日本で言うお盆に該当する死者を迎え、先祖の里帰りを迎える行事ですが、カボチャを飾る収穫の祭でもあります。
11/23は、アメリカ占領軍により、「勤労感謝の日」と祝日の意味を変えさせられてしまいましたが、本来は日本の「新嘗祭」(自然の恵みに感謝する日)です。

10月・11月は、収穫に感謝する秋祭りが各地で行われます。
「勤労感謝」として勤労者に感謝するんじゃなく、自然の恵みに感謝する古来からの日本人的思考を伝えたいなと思います。
アメリカだって、自然の恵みに感謝しており、これは人の本来の姿に見えます。

「サンクス・ギビング・デイ」から始まる最大の消費期間の始まりの週末を盛り上げるために「ブラック・フライデー」が出来たのだとすぐ想像できたけど、株の大暴落があった「ブラック・マンデー」が思い出され、ネーミングとしてどうなのかな?と思っちゃいます。

映画館に上がり、チケットを購入します。
「君の名は」はまだ4回上映で、「人気いまだ衰えず」という感じです。
観たいけど、家内が「アニメは・・・」なのでパスです。

9:10「ボクの妻と結婚してください」
この映画は、素晴らしく良かった。
余命半年と宣告された放送作家が、人生最後の「企画」として、まだ小学生の息子を抱えることになる妻のその後の生活を安定させるべく、妻の再婚相手を探そうとする物語です。

暗い現実ですが、出演者が皆前向きに捉え、相手を気遣い自分のできることをする。
そして皆、素敵な周りの人の気遣いや優しさを、この企画から得て、素敵な物語を体験する。
涙もろい僕は、今年一番涙を流してしまった。

幸い僕は、健康ではなかった子供時代から想像できないほど、病気なしの高校生以降の人生を歩め、最良の妻を得て、子を授かり、孫まで授かっちゃいました。
僕の人生は100点でお釣りが来ます。

もし、主人公のように、子供が小学生の時、余命半年の宣告を受けたら・・・と想像しながら観ました。
妻の再婚相手を探すまではしなかったと思うが、健康に自信のない過去から、すっと僕が先に死んだら再婚して欲しいと思っていた。
家内は子育て中だってフルタイムで働き、僕の実家でもあり、経済的には大丈夫だと思うが、40才はまだ人生の半分です。
子供はいずれ別世帯を持つのが自然なので、同世代の配偶者の存在はとても大きい。

元健康優良児で、学生時代から実家でしっかり働いていた家内を見ながら、僕に万が一のことがっても、この人なら大丈夫だと安心して結婚できた。
今の僕らみたいに、お互い励ましあい、補い合い、人生の最終盤まで、笑って過ごす人生こそ素晴らしいと思います。
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11/20・高速で帰宅、11/25・紅白歌合戦

ここで解散し、皆さんで「北陸道・長浜IC」に入り、僕が遅れ気味になり、前方でCさん・Sさんがスピードアップして離脱し、16:53Kさん・Aさんに続き、僕も「多賀SA」に入ります。
20161120TokuS066s.jpg 淡路島のたこせんべいさんのお店があるようで物色しましたが、僕は思ってたのがなくパス。
KさんもAさんもたくさん買っていました。
20161120TokuS067s.jpg 載せられるのかな?

僕が先に離脱しましたが、やがて混み出して、時速20~40km/hの渋滞です。
途中で、Kさん・Aさんに抜かれました。
新名神との合流・草津まで渋滞すると思ったら、上り坂が終わったらところで流れ出しました。
「なんなんだ、あの渋滞」、上り坂でスピードダウンするのが引き起こす渋滞だったようです。

SA・PAのない「京滋バイパス」で帰ろうと思っていたので、名神最後のPA「草津PA」に入ります。
新名神との分岐もあるので、案内板に注意しながら進みます。
一旦新名神分岐道に入ってからすぐPAなのですね。

17:54「草津PA」
トイレを済ませ、渋滞情報を聞きます。
20161120TokuS068s.jpg 電光掲示もされており、名神は「京都東IC」まで断続的に渋滞です。
「京滋バイパス」は「笠取」手前で少し渋滞しているだけ。
でも吹田JCTまでは、共に60分ということでした。

ならば、往路で「京滋バイパス」を走ったので、名神で帰ろうと決め走り出しましたが、分岐手前から名神は渋滞しており、「京滋バイパス」に入っちゃいました。
「笠取」手前の渋滞もほんの少しで、順調に「大山崎JCT」まで来ました。

間違えずに名神大阪方面に乗り、渋滞もなく「中国道・豊中池田IC」で一般道に出て、19:01自宅最寄りの「伊丹産業・セルフ北村SS」で給油。
240km/9.56L=25.1km/L。
平均燃費は24km/Lですが、この日は良かった。
SさんのNC700は、2気筒なので35km/Lも伸びるそうです。
僕のVTR250の32km/Lより良いとは驚きです。
僕は、CB400のモーターみたいなサウンドが好きで買ったので、多分壊れるまで乗ると思います。

給油後、明るいスタンドの片隅で、車載カメラとナビを外し、いつものように乾拭きをしました。
夏の19時ならまだ明るいので、車庫前で作業できるけど、もう真っ暗です。

自宅に戻ると家内がいました。
「御飯食べる?」「うん」
いつものようにお互いの今日の出来事を話しました。
ああ、楽しかった。

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11/25
朝のNHKニュースを見ていたら、紅白歌合戦出場者の発表をしていた。
マンネリ化の解消なんだろうけど、ベテラン歌手の大量落選と聞いていました。
初出場歌手が紹介されていました。
北島三郎が、去年紅白から引退すると宣言したけど、衣装が話題だった小林幸子さんの名もありませんでした。

PUFFYやKinki kidsが初出場なのに驚いたが、大竹しのぶも出るんだとこちらも驚いた。
歌手ってイメージがないのですが・・・。
家内が喜んでいたのが、4月に生まれた2人目の孫・こうくんに会いに新潟のお嫁さんの実家に行った時、3才のりょうくんが、踊り付きで披露してくれた「RADIO FISH」が初出場することでした。

更に、夏やってきた時に、車での移動中に歌ってくれた「桐谷健太」と「星野源」も選ばれていました。
星野源は、2回目の出場でした。
俳優としては、NHKコント番組「LIFE」に出てくる人というだけの認識でしたが、りょうくんのモノマネで歌手であることも知り、俳優としても意識するようになりました。
メールで長男のお嫁さんに教えてあげよう・・・アメリカでも紅白歌合戦が見れるのかな?


11/20・林道・鳥越線

ここから帰路です。
R417をブーンと戻り、「横山ダム」からR303へ右折し、琵琶湖方面へ。

13:32「道の駅・夜叉ケ池さかうち」
「夜叉ケ池」は、近江と美濃を隔てる南北に連なる山系の1つ「三国岳・1209m」山頂近くにある稜線上の池です。
如何にも謂れのありそうな池の名なので、以前調べてみました。

『日照りが続き困っていた村の長者が、蛇に「雨を降らせてくれたら、娘をやる」と言うと、その夜枕元に蛇が現れ、望みを叶えるという。それを3人の娘に話すと、優しい心を持った次女が蛇の嫁に行くという。蛇の化身である若者とともに娘は三国岳を登って行った。心配した長者が三国岳に登ると、龍神が住むという池があり、ひと目会いたいと娘に声を掛けた。波立ち龍が現れ、「私は既に姿を変えてしまいました」と再び池に消えていったそうです』

三国岳は、各地の三国岳の謂れがそうであるように、近江・美濃・越前、3つの国が交わる位置にあります。
「夜叉ケ池」への道は標高750mぐらいまで舗装されているという情報を得ているので、そこまではいつか登ってみたいと思っている。

この道の駅の名物は、「ダチョウ」です。
以前ここでダチョウハンバーグを食べましたが、まさか昼食を食べた後に更に入るわけがなく、「ダチョウコロッケ・150円」を買い、皆さんとシェアしました。

R303を更に少し西に走り、「鳥越林道」に突っ込みます。
前回は、近江から下ってきたのでわかりませんでしたが、美濃側の入口は見つけにくいです。
沢道になっており、リーダーからの注意事項として、車間距離を取るよう指示されている。

僕はそんなこと考えなくても遅れだし、すぐに一人旅になった。
沢道から見える紅葉が素晴らしく、「紅葉は谷筋が綺麗」の定番通りです。
京都の紅葉の名所・東福寺も、「谷にかかる通天橋から観る沢沿いの紅葉」が売りです。

この林道は、「広域基幹林道」なのでそれほど細くなく、それほど荒れていません。
落ち葉の季節でもあり、落ち葉・落枝満載状況ですが、特に危険な箇所はありません。
でもスピードオーバーは禁物です。
この時間帯なら大丈夫でしょうが、鹿との遭遇は日常でしょうし、クマが生息する山系でもあります。

14:23、皆様に随分遅れて「鳥越峠」着。
峠は、美濃側と近江側の両方が見下ろせます。
20161120TokuS056s.jpg 美濃側は山並みが続きますが、今走ってきた林道も見えます。
前回は、ここから美濃側から上がってくれバイクが見えていたので、峠を見上げながら、先行された皆さんのバイクの走行や顔が見えたらいいなと思いましたが、下から
は無理でした。
20161120TokuS058s.jpg 前回、琵琶湖側は琵琶湖の湖面まで見下ろせましたが、雲が掛かっていて見えません、残念。

近江と美濃をつなぐ旧道峠で有名なのが3つあり、北から「八草峠」「鳥越峠」「国見峠」です。
伊吹山から三国岳まで、1200~1300mの峰が続き、尾根でも屏風のように2国を遮っています。
その北にある「北国街道」は、越前にしか抜けられず、南の「関ヶ原」は「中山道」が通ります。

「八草峠」は美濃側は廃道化のようで、「国見峠」は舗装済で走行可のようで、いつかチャレンジしてやろうと思っています。
その他にも峠はありますが、いずれもオンロードバイクでは無理そうです。

20161120TokuS059s.jpg 皆さんと、達成記念写真を撮りました。
対向車はスズキスイフト1台のみ。
両方共、僕と同じ林道好きが乗る車です・・・好きですね、ご同輩。

20161120TokuS057s.jpg 横に、金糞岳(1317m)山頂が見えます。
この峠の標高は、1040m。
地図によると、比高300m・距離2km。

近江側に下ります。
またすぐに離され一人旅です。
前回、美濃から越前に抜ける「冠山林道」通行可情報を得て、梅雨明け早々に「鳥越峠」を越えて行ったので、雨水で流された小石が路上に多く残っていました。
今回もそれに注意したのですが、ずっと路面が綺麗でした。

20161120TokuS060s.jpg 14:54、林道の近江側エンド「高山キャンプ場」
20161120TokuS063s.jpg 観光案内板を見ているAさんから、「金糞岳」ってなんて読むの?と質問があり、「かなくそだけ」と答えました。
命名の謂れがあったなと思い出そうとしましたが、しっかり思い出せず、「伊吹の神様と金糞の神様が喧嘩して、糞を・・・」なんて適当に答えました。

帰宅して、琵琶湖北岸ツーリングした時、神社の謂れに買いてあったことを書いた日記を検索し、分かりました。
嘘八百教えてるし・・・。

『伊吹山の神様と、金糞岳(浅井岳)の神様が高さ比べをして、負けた伊吹山の神様が腹を立て、姪である浅井岳の神様の首を撥ねました。飛んだ首が琵琶湖に落ち、竹生島になった』というのと、『金糞岳は鉱山の山で、そこから出る金屎が山名の由来』とい
うのがごっちゃになっていました。
頭の中を整理し直せました。

先頭のリーダーさんは、バイクの前を猿が横切ったそうです。
道なりに草野川沿いを下っていくと、r264になり、草野川を渡りr265、雰囲気の良い「谷坂トンネル」をくぐりr276、r273を西進しR8、R8を南下し、15:43「スターバックス・滋賀長浜店」で解散休憩です。

2度目のスターバックスで、システムが良くわからないけど、「ドリップコーヒー280円・ラズベリーチョコレートパイ440円」を注文し、屋外スペースで皆さんと歓談しました。


11/20・徳山ダムとダムカレー

これで全員だそうで、リーダーさんからブリーフィングがあり、予定の8:30より少し早く出発しました。
参加予定に載ってたHさんはお休みのようです。
用事ができたのでしょう。

僕は、徳山ダムも鳥越林道も走ったことがあるので、希望通り最後尾になりました。
良かった、これで後の方に気を使わずに走れます。
80~90km/hで巡航し、「関ヶ原IC」下車。

R21~r53で池田町に出て、R417を北上します。
R157・温井峠を越えて、越前・大野に下った時と同じルートです。
9:35、岐阜県揖斐郡池田町「セルフ池田SS」で給油。
160km/6L=26.7km/L。



今回は、揖斐川沿いを北上です。
山に入っていくと、紅葉がとても綺麗です。
対岸に県道が走っているのか、より森に包まれてあっちを走りたくなります。

20161120TokuS015s.jpg 10:20、「道の駅・星のふる里ふじはし」で休憩。
少し手前で、煉瓦造りの水力発電所が見えていたので、早速そちらを見に行きます。
「日本最初の国産立軸水車」がありました。

20161120TokuS007s.jpg  『大正14年(1915)揖斐川電気株式会社(現イビデン)が建築した西横山発電所の機械で、昭和38年(1963)まで動いていた。当初は、大垣市内の摂津紡績大垣工場(ユニチカ)への電力供給を最優先目的に建設された。横山ダムの完成で湖底に沈むことになった』

20161120TokuS009s.jpg 道の駅からも、煉瓦の発電所が見え、良い佇まいでした。
「イチゴジャム・400円」を購入。
毎日寝る前にプレーンヨーグルト450gを食べるので、ちょいと入れるジャムは、いくらあってもすぐなくなります。
お土産で買うと、少々高いのですが、素晴らしい景色を堪能させて貰えるので、それへのおひねりと思って買うようにしています。

「横山ダム」で、共用していたR303は近江の方に分岐して行き、R417は美濃最奥部に向かいます。
横山ダムのダム湖沿いをワインディングしながら走ります。
対岸の紅葉が鮮やかで、よそ見キョロキョロ。
当たり日に来たようです。

朝の予想に反し、くもり空ですが、それでも十分堪能出来ます。
春の新緑の方が、夜明けがどんどん早くなり、野鳥のさえずりが森全体を包み成長を感じるので好きですが、色鮮やかなのはやはり秋ですね。

徐々に前と離れて行き、一人旅になります。
リーダーさんには、前もって「置いていってください」と伝えてあるので、マイペースで景色を楽しみながら走ります。
四輪が追いついて来られたので、左ウインカーで2台パスしてもらいました。

ナビを見ていると、「藤橋城」が近づいてきます。
どんなとこかな?と気になりながら走っていると、僕の前のSさんが分岐に少し入り、ハザードを点滅しています。
その前に3台のバイクがあり、予定変更なんだと分岐道に入り、ルートから外れました。

20161120TokuS027s.jpg 10:46「藤橋城」
綺麗な天守が建っており、石垣の年代はそれより古そうですが、天守を持てそうな石高領主を支える穀倉地がない立地です。
中世の豪族の館ぐらいはあったのかもしれないなと、帰宅後調べましたが、完全オリジナルのプラネタリウムだそうです。
山頂ではないので、天空が広く広がっているわけではありませんが、星空は綺麗だろうな。

20161120TokuS018s.jpg 『林道・塚線・冠山線冬季通行止めについて 冠峠にて降雪が確認されたため、冬季通行止めが実施されています。平成28年11月14日~平成29年6月上旬まで』

11月中旬から通行止めなのですね。
美濃~越前を結ぶ3つの主要林道のうち、温井峠・冠峠は走破しましたが、塚線の高倉峠は、今年も走破できないまま終了したようです。
「がけ崩れ通行止め」が多く、高倉峠は、今年も開通しないままです。
3つの峠制覇を狙ってから、この峠だけお預けが続いています。

林道を登り、近くから見る冠山は素晴らしく、峠から見る稜線は、高所感半端ないなと感じました。
社名不明ですが、神社もありました。



R417に戻り、11:05「徳山ダム」
20161120TokuS030s.jpg 貯水量日本一です。ロックフィルダムで、ダム下流への傾斜が緩やかで、僕の好きなダム型式です。
20161120TokuS032s.jpg 駐車場横にある小さな展望台に登り下流を見ると、全山紅葉と言える素晴らしい秋色です。
20161120TokuS033s.jpg 工事に使ったダンプカーのタイヤが展示されており、その巨大さにびっくり。

20161120TokuS041s.jpg ダム堤に上がり、上流の徳山湖を見ると、こちらも秋色が鮮やかです。
遠くに雲に隠れる山並みがあり、越前との国境・冠山連山でしょう。

木曽川水系になるのですね。
このダムが竣工し、洪水の多い濃尾平野に住む方の生活は大きく改善されたのでしょうね。
江戸時代まで、東海道で唯一船に乗って迂回したのが、木曽川・揖斐川・長良川の三川が流れ込む尾張でした。
三河から船に乗り伊勢に渡るのが東海道の正式ルートです。

大雨が降ると大水が出て、河川流路を治水する土手など、暴れ川により、意味を成しません。
新潟も江戸もそうですが、治水により水が集まる地形ゆえ大耕作地が出現します。
適当に洪水することで、肥料なしでも山の恵みが耕作地に入り、地力が衰えません。

更に奥に進みます。
湖面沿いを走り、徳山ダム湖に突き出た半島にある「徳山会館」に、11:47到着。
昼食です。

20161120TokuS051s.jpg おすすめメニューは、「徳山名物・地獄うどん定食1100円・グツグツ煮立ってるうどんを醤油につけて食べる」
「ダムカレーブームの限定20食、ついに登場!徳山ダムカレー850円・ご自身でカレーをダムに放流していただきます」
「味噌カツ定食1100円・ガッツリ食べたい方にオススメ、ボリュームたっぷり」
「ガッつ~んとくる辛さ・ツンツンわさび飯定食1100円・衝撃のツンツンをお試しください」の4品です。

僕は「地獄うどん定食」、他の方は「ダムカレー」を注文しました。
ダムカレーは、横長のお皿に、ご飯が縦長に2本盛られ、お姉さんがお皿の一方が上がるように下敷きをセットします。
お客さんが上流部の方に、別容器に入ったカレーを注ぎます。
2本のご飯の間を通ってカレーが下流に流れ、下流にある具に合流します。
大の大人がわーわー言いながら、カレーを放流し、それをビデオで写しているおじさん・・・。

他のテーブルを見回すと、一番人気はダムカレーのようです。
パット見で既に20食は越えてそう。
あの「限定」は何だったのか?
注文する時、「あの~限定ダムカレーありますか?」「有りますよ」の答えに、すぐ注文した「限定」に弱い日本人が揃っているようです。
「1時間に20食か?」「いや、30分やろ」・・・


11/20・久々のグループツーリング

家内が仕事の勉強会で、1人遊びの日になりました。
奈良・法隆寺界隈の夫婦サイクリングや、京都修学院離宮界隈のタンデム寺社散策を計画していたのですが、金曜日になって計画倒れになってしまいました。

グループ・ツーリングを探したら、雨でのびのびになっていた「徳山ダム~鳥越林道」ツーリングがありました。
参加人数も5人と少なく、ラッキーです。
僕は遅いので、大世帯に入ると、僕の前に車間距離が大きく出来、後の方に迷惑を掛けますので、遠慮していました。

前と千切れて、僕が別の道を選択してしまい、後続の方全員をかなり遅れて次の集合地点に到着させたこともあります。
抜いていってくれるといいのだけど、順番を守る優しい方ばかりだから、申し訳なくて
余計気を使ってしまいます。

ややこしいところだけトレイン走行で、それ以外はフリー走行のリーダーさんのツーリングに参加したことがあります。
皆さんものすごく速く、すぐに見えなくなったし、後続車も抜いていったけど、マイペースで走れ気楽でした。
目的地でのトレッキング修行や食事などだけで、皆さんとワイワイ出来て良かったです。
最後尾に置いてくれると、千切られても1人でも次の集合場所に行く自信があるので、気楽なんです。

リーダーさんに連絡すると、「ドタ参OK」とのことで参加することにしました。
集合場所は、8:15「名神・黒丸PA」です。
スキーフリークやってた頃、福井県や岐阜県のスキー場に行く時、よく利用しました。
「チェーン規制」のポイントでもありました。
土曜日に、主なポイントのデータをゴリラナビに登録します。
これで1人ぼっちになってもOKです。

3時に目が覚めてしまいました。
あまりに早く二度寝したら、4:30に目が覚め寝床でゴソゴソしていました。
5時になリ、階下で家内が動き出した音がし始めたので、起きることにしました。
冬場毎日履いてるワークマンのズボン下と、これまたワークマン丸首シャツを着て、夏用メッシュプロテクター上下、その上にセーターを着て、更に春秋定番の釣り用DAIWAカッパスーツを着ます。
5℃以上あれば、これで平気です。
ネックウォーマーも考えましたが、要らないでしょう。

高速道路に長く乗るので、「招き猫CB400SB」を選択。
6時に出発します。
到着予定時刻は7:30です。
途中で2回休憩しても間に合いそう。
余裕があるので、中国豊中ICはパスし、名神吹田ICから高速に乗ります。

名神を走り、大山崎JCTから「京滋バイパス」に入ります。
大山崎JCTは、急カーブが多く、分岐が多いので、道標を注意しておかないと、明後日の方向に行ってしまいます。

無事東向きに乗れ、巨椋池を過ぎ、宇治川沿いの山岳部に入ります。
ここから霧になりました。
朝霧が出ているということは、上空は晴れが定番なので、素晴らしいツーリングが期待できそう。

「瀬田東JCT」で名神に合流し、また名神を走ります。
名神に入っても朝霧で、琵琶湖方面の水田地帯が、素晴らしい景色を見せてくれます。
停まって写真を撮りたいけど、高速道路上なのでそうも行きません。

栗東が近づき、競走馬輸送トラックが対向車線に目立つようになりました。
何処かでレースなのでしょうか?
レース日に輸送しても、馬は万全の体制でレースに臨めるのだろうか?

京滋バイパスには、SA・PAがありません。
名神なら「大津IC」で休憩が定番なのですが、名神に合流して最初の「草津PA」で休憩予定でした。
草津は、JCTがあり「新名神」との分岐場所で、PAとJCTの関係がよくわからず、中央車線を走っていたので入れませんでした。

仕方なく、7:13、「菩提寺PA」で休憩です。
麦茶140円を購入し、ベンチで家から持ってきたバナナを朝食代わりに食べます。

7:31、集合場所の「黒丸PA」到着。
ナビは、次のIC下車で引き返すルートを計算していたようで、菩提寺休憩したのに、計算より早く着いちゃいました。
バイク置き場に行くと、リーダーKさんのBMWが既着です。
僕より早いなんて・・・、でもリーダーさんはいません。
食事でもしているのかな?

店内をウロウロして、「リョウマの休日」というフリーペーパーをゲットし、バイクの見えるベンチで、四国観光名所紹介に目を通していました。
僕の横に、別のバイクが停まっています。
Kさんがバイクに戻ってこられ、声を掛けようとしたら、お店の方にいた新たなバイクの方と親しくお喋りを始められたので、もう少し雑誌を読むことにしました。

読み終えたので、お二人の所に行き声を掛けました。
後から来られた方はKiさんで、以前に一度原付二種のツーリングでご一緒した方でした。
背が高い方という印象が残っています。
これから飛騨高山に日帰りするそうです。
凄いな、僕には無理そう。

白のモトグッチが来られました。
お初のCさんです。
横置きV字エンジンが独特です。
エンジンガードもV字でかっこいいぞ。
お二人とも、機関銃トークでめちゃくちゃ楽しそう。

Sさんが来られました。
前は僕と同じCB400SBだったのに、NC700に乗り換えられたようです。
最初にご一緒した時は、スズキ・バンディット1250だったような・・・。
20161120TokuS002s.jpg 最後に、紅一点Aさんが到着。
前、原付二種との合同ツーリングでご一緒し、スーパーカブ110だったような。
今回は、セローです。
軽くて、僕のような林道好きにはピッタリのバイクですが、座面が小さく、お尻が痛くなりそうで敬遠しています。


11/13・ハッピーバースデー

僕の誕生日です。
お誕生祝いに、家内へのプレゼントを買いました。
スポーツ用と普段用の中間使いのタイツです。
家内は、トレッキングやサイクリングの時、タイツの上に短めのスカートを履きます。お若いモデルさんに敵うものではありませんが、O脚でもX脚でもなくまっすぐ伸びた細い足が気に入っています。

お出かけの時は、スカートを履くことも多いですが、お出かけのない冬の仕事日は、「冷えるから」と何枚も重ね着をします。
それを少しでも少なくしてあげたくて、履き心地が良さそうで、温かさもありそうなスポーツタイツを探しました。

朝起きて階下に降りると、家内の第一声が「お誕生日、おめでとう」でした。
家内と同級生ですが、家内は5月生まれなので、毎年半年間姉さん女房です。
僕の誕生日が来ると、何だか楽しそうに祝ってくれます。
旦那が同じ満年齢に戻るのが嬉しいのかもしれません。

「ありがとう」と応えた後、用意してたプレゼントを渡しました。
「え~、逆だよ」なんて笑っています。
「開けてもいい?」「もちろん」
「うわあ、今日履いてみる」と掃き出し、「どう?」と。
細い足が真っすぐ伸び、「きれいな足だな、僕気に入ってるんだ」とナゼナゼしました。

2人で片付けの日なので、8時からあれやこれや、どうのこうのして終えると、「お墓参りに行かない?帰りにケーキセットを食べたいの」と言うので、「何故お墓参り?」と聞くと、僕の誕生日を両親に報告するためだって。

車に乗り、川西能勢口からr12で北上します。
「道の駅いながわ」に入ります。
11時過ぎですが、ほぼ満車の盛況ぶりです。
お花を買いに入ると、野菜売り場でもあり棚の野菜が次々に売れていきます。
一通り売店を見て回り、夏に帰省した長男一家と来て、孫と水遊びした裏の川を見ます。

11:30と早めだけど、十割そばを食べます。
僕「山菜とろろそば950円」、家内「たぬきそば750円」、出汁がとても美味しく、細麺のそばが美味しい。
満足して道の駅を出て、12時頃お墓に着きます。
掃除をして、お花を供え、お線香を上げて、僕の誕生日を報告します。
天気が良く風が穏やかで、暖かくて気持ちが良い。

往路目についたお店、道の駅の道を隔てたところにあるカフェ、猪名川酒造建物にあるロペス、バイカーズカフェ・アンクルを天秤にかけ、ロペスに寄ります。
以前来た時は、開店前の時間帯でしたので、今回が初入店です。

猪名川酒造の建物は雰囲気抜群で目立ちます。
中に入ると、ビンテージ物のバイクや車が贅沢なスペースを取りながら展示されています。
席は何処かな?
お姉さんがカウンターにいたので、「ケーキセットありますか?」と聞く。
ここで注文・精算し、屋外にガーデン席があるそうです。

展示車を見て、ガーデン席に行くと、先客さん4人グループさんがいました。
店前の駐車場に僕の車しかなかったので不思議に思っていると、どうやら裏にも駐
車場があるようです。

家内はチーズケーキとホットコーヒーのセット、僕はアップルパイとアイスジンジャーエールのセットです。
アップルパイ生地が柔らかめでとても美味しい。
いつものように、お互いのケーキをシェアします。

20161113Lopez451s.jpg
家内が、僕とケーキセットを携帯電話で写真に収めます。
僕のPCにその場で送り、「子どもたちにメッセージ付きで送るように」だって。
確か去年も、こんなシチュエーションで写真を撮り、祝ってくれたような。

4人組さんの1人はバイク乗りのようで、バイクの話をされている。
後からやってきた消防団さんは、お食事を注文されていました。
いい感じの量で、好感が持てます。

消防団さんはバイク教習所通い中で、4人グループさんのバイク話の輪に加わっていました。
4人グループさんの中で最も華奢で瀬も低い女性が、なんとH2乗りだとわかりました。
消防団さんとともに、僕もビックリ。

BMWのオープンで男性が来られました。
見えるところに車を停め、常連さんらしく店員さんとおしゃべりしながら、スマホ相手にゆっくりとした時間を過ごしています。

大型バイクで男性がやってきました。
この方も常連さんのようで、先にカウンターで注文するスタイルを飲み込んでいます。
続いて2台のバイクがやってきて、ツーリング中と思われる男性2人が、お食事を注文されています。
みんなバイク乗りさんばかりです。

僕は、ちょっと裏を探索しに出かけます。
未舗装ですが、広い駐車場があります。
ゆったりした時間を終え、店を出ます。
家内を裏に誘い、広い駐車場を経て、建物をぐるりと回って車に戻りました。

r12をブーンと帰宅し、僕も最も好きな映画「ジョーイ」を見ることにしました。
まだDVD化されておらず、昔買ったVHSビデオを見ます。
家内の部屋のTVはVHS一体型でしたが、それはデジタル化とともに変わり、僕の部屋のVHSビデオデッキで見ます。
「使えるのだろうか?」と数年ぶりの使用を心配しましたが、TVとの配線を切り替えるだけで問題なく動きました。

僕らが大学4回生だった頃の映画で、ジョーイの兄・ジョンキャパレティを中心に描いた一家のノンフィクション物語です。
ジョンは、ロサンゼルス・ラムズのランニングバックで、ハイズマントロフィー(全米学生最優秀賞)を取ったアメリカンフットボール・プレイヤーです。
その大学時代(ペンシルバニア州立大学)3年間を描いた秀作です。

僕は、この物語の父親が好きで、家内との結婚を決めていたので、やがて生まれてきてくれるだろう我が子に対して、「こんな父親になろう」と決めました。
地味な目立たない父親ですが、妻を労り、5人の子どもたちの成長に、いつも前向きなアドバイスをします。
特に一番下の子・ジョーイ(白血病で運動が苦手)をよくサポートし、彼がやりたいベースボールのコーチを務め、三振とポロリばかりのプレイにも、笑顔と前向きな言葉を掛け続けます。

なんど見ても素晴らしい映画で、家内も覚えていたので、家内と最初に観た映画かもしれない。
未だに、生涯最高の映画です。
映像は随分劣化していましたが、大感動とともに映画鑑賞を終え、その後「モヤモヤさま~ず」や「京都大原の里」に住む方が紹介された番組を見て、1日を終えました。

11/12・次男一家軽井沢 11/17・長男一家ハドソン川

11/12
次男のお嫁さんから、メールが届きました。
IMG_0913s.jpg 軽井沢にいるようです。
IMG_0985s.jpg 孫のすみれちゃんは、初めてのお泊り旅行のようです。
生後3ヶ月を過ぎ、子育てに余裕が出てきたようです。

IMG_0852s.jpg 交互に娘を抱っこしてる写真が添付されており、ドロップボックスに入れられたムービーは、「初めて声を出して笑った」という笑ってる様子で、親の驚き喜んでいる声も一緒に入っています。

次男夫婦は仲良し過ぎで、どちらが電話を掛けてくると、いつも真横に相方がおり、2人で話しかけてきます。
週末は、子育てで自宅周辺ばかりのお嫁さんを連れ出して、気分転換させているのでしょう。


11/17
長男のお嫁さんから、「僕のバースデイおめでとうメール」が届きました。
写真も添付されていました。

自宅でくつろぐ孫達の姿に加え、自宅のあるニュージャージー州の最北端、ニューヨーク・マンハッタン島をハドソン川越しに望む「リバティー州立公園」からの写真もありました。

IMG_0878s.jpg ハドソン川は、トムハンクスが機長役で主演した映画「ハドソン川の奇跡」の舞台で、河口には「自由の女神像」やヨーロッパからの移民が入国する時必ず通った移民局があった「エリス島」があります。

IMG_0914s.jpg 長男一家4人は、ハドソン川越しマンハッタン島をバックに、写真に収まっている。
マンハッタンでひときわ目立つ最高層ビル「ワン・ワールド・トレード・センター・ビル」(541m)がバックにそびえている。
このカップルが夫婦になる前、台湾旅行した時、「台北101ビル」(509m)をバックにした写真を送ってきたことがあり、超高層ビルが好きなようです。

孫のりょうくん・3才は、プリスクールライフをエンジョイしているようで、先生や友達に、「グッモーニン」「バーイ」と自然に挨拶しているようで、夫婦でホッとしているようです。
大好きなパパに、「歯磨きするよ」と言われた時、「No,No,Stop it」と言いながら家の中を逃げ回ったそうです。
これが、家族に使った初めての英語で、「なんだかな~」と思ったそうです。

ものすごいスピードで英語のヒアリング力が上がっているようで、アメリカ生活の先輩に聞いたら、3才からプリスクールに通えば、1~2年で同年齢の幼児が日本で日本語を使うレバルの日常会話が英語でできるようになるそうです。

この調子だと、次に帰国する時には、すでに僕の英語力は3才に負けていそう。
ということで、次りょうくんとあった時、一緒に歌えるよう「ABCの歌」を覚えました。
それを家内に披露すると、翌日食卓の家内の席のテーブルクロスの下に、「ABCの歌」の歌詞をプリントしたペーパーが挟まっていました。
更に、中学生の英語のドリルを買ってきており、毎朝数ページずつの勉強を始めていました。
「大学生の時は、英語の家庭教師をしていたのに、忘れてて情けない」と言っています。
家内は小中学校では学年トップの学業成績優秀子女なので、僕は取り残され気味です。

11/6・林道・橡谷西ノ谷線

R425を西進して「坂本ダム」に戻り、ダムを渡って、12:52「林道・サンギリ線」に突入。
小さな滝や花、絶景を見つける度に激写タイム。
山の斜面に刻まれたこれから走る林道や、走ってきた林道を見つけると、満足感満点です。

13:16、往路ジジババさん達がクライミング・シダ取りをしていた場所でバイクと停める。
往路は前下がりだったので、バイクから離れると自走して倒れそうで、怖くてバイクを降りれませんでした。
20161106TochiS172s.jpg 2段の緩やかな滝があり、男性的な雄大さはありませんが、なかなか良い感じです。
帰宅後調べたら、「大鍋小鍋の滝」という名が付いていました。

13:24、「サンギリトンネル」
上空を見上げると、雲の流れが早い。
風があり、雲も朝以上に増えており、大峰山脈の絶景は見えそうにない。
でも行ってみよう。
20161106TochiS178s.jpg これから進む方向に、「林道・橡谷西ノ谷線」の表示が立っていました。

「サンギリトンネル・850m」は、「林道・サンギリ線」の最高所ですが、ここからぐんぐん登ります。
峰の東側を走っていましたが、西側に林道ルートが変わると、強い風を感じます。
風速で8m/sは吹いているでしょう。
樹木が少なくなり、吹きっ晒しです。
西の展望が開けますが、予想通り大峰山脈は霞んでいます。

13:42、「展望東屋」到着。
風が強いので、グローブが飛ばないようにカウルの影に置きます。
すぐに軽四が反対方面からやってきて、ご夫婦が降りてこられました。
挨拶するが会話にならず、そそくさとサンギリトンネル方面に下って行かれました。

20161106TochiS196s.jpg 僕は、ここで食べようと残してきたバナナを持って東屋のベンチに座り、霞んだ絶景を見ながら食べます。
20161106TochiS194s.jpg これから進む峰の林道の下で、紅葉が始まっています。

「さあ行こう」とバイクに戻り、グローブを・・・「あれ、片方しかない・・・」
路上にもない・・・片方のグローブがガードレールの向こうの斜面を2mほど下がったところに飛ばされています。
なんとか回収できて良かった。



更にゆるく登り、ここらが最高所のようで、標高1100mです。
ここを過ぎると、道が急角度で下り、バイクだと「登り」ではなく「下り」で利用したい感じです。

20161106TochiS210s.jpg 何度も絶景激写を繰り返し、14:14「瀬以呂トンネル」
20161106TochiS216s.jpg 14:24、r226との分岐・350mに降りてきました。
 前回大台ケ原探索の時、「ここかな?」と思った場所がビンゴでした。
「渓谷の秘境・小処温泉、山のホテル・バンビ 6km」と書かれた看板がある90度カーブです。
20161106TochiS213s.jpg 「大平瀬橋」を渡っていくのが、「林道・橡谷西ノ谷線」です。
20161106TochiS215s.jpg 「ならクル・南部一周コース・道の駅」と書かれたサイクル看板が立っています。
なぜ「道の駅」なんだろう。
この先に道の駅などないのに・・・。

r226を下り、R169に乗り換えて北上開始です。
15:19、すぐにある「道の駅・吉野路上北山」で、アイス・150円と干しぶどうきなこ・324円を購入。
「干しぶどうきなこ」という珍しいお菓子を買ってみましたが、帰宅後家内と食べた感想は、イマイチ。
家内が好きな「きなこ」がまぶされた「わらび餅」の食感を想像したのですが、「きなこ」が卵の殻のようになっており、その中に干しぶどうが入っているだけです。
でもカッパえびせんのように、ポリポリ半分ぐらい食べちゃいました。

ここにある温泉施設に、ローディーやトレッキングスタイルのグループが入っていきます。
1日遊んだ疲れを取っていくのでしょう。



R169を北上していくと、速度は制限速度の50~60km/hですが、北山川沿いのワインディングが楽しく、大台ケ原分岐まであっという間でした。
後続の四輪も高速で差を詰めてくる車はなく、前に時々見える四輪に少しずつ近づくものの同じぐらいの速度で、離れたり近づいたりで楽しく、「道の駅・杉の湯川上」到着。

朝感じたように、何かイベントをやってるようで、車が多いです。
道の西側の駐車場にバイクが誘導されました。
スペースを見つけて横並びで置きましたが、次にやってきたグループが、ガードマンに先客バイクの後ろに置くように言われ、「出れないじゃないか、何考えてんねん」と怒って、出ていきました。



R169を北上し吉野、往路同様r222~r255でワインディングを楽しみます。
圧倒的スピードで、大型バイクが3台抜いていきます。
R169に合流。
畝傍の「橿原神宮」から混みだし、「大和高田バイパス」に乗ったら、後はスッキリ70km/hで「南阪奈道」に道なりに乗り、近畿道~中国道で、17:36近所の「伊丹産業セルフ北村」で給油。
280km/11.84L=23.6km/L。



帰宅すると、家内はすでに帰宅しており、大台ケ原の南の山道を走ったと告げると、「紅葉はどうだった?」と。
電車で出かけるといつも持ち帰る観光パンフレットを持ってきます。
阪急電車とJRのもので、沿線の紅葉ポイント特集されています。
「来週の日曜日は、ここに行きたい」と、美作の因美線の紅葉列車が紹介されたページを示します。

もう一つ、「凄いの見つけたの」と見せてくれたのが阪急電車のパンフレットで、1ページ全部使って、「桜谷軽便鉄道」が紹介されています。
長男一家を連れて行った「隠れたちびっこ大満足ポイント」です。
孫のりょうくんが大喜びで、結局最後まで連続乗車し、運転手帽子を被り運転もさせてもらいました。

「あ~、これでメジャーになっちゃうのでは・・・」
貸し農地の一角で、ボランティアが集まり、月1回だけ無料運転してるだけなのに、大勢詰めかけたらどうなるのだろう・・・。

11/6・R425・千尋滝・不動滝・銚子滝・かくれ滝

「ありがとうございました」と言って退散。
R425を今度は東に向かい、11:08橋を渡るところで、景色を激写タイムしようと止まってパシャパシャし始めると、そこに止まっていた車から男性が降りてこられ、「写真取るなら、素晴らしい滝があるよ。ゆっくり歩いて20分だけど、道が整備されてるから迷わないよ・・・」
と声を掛けてくれました。

この方は、R425を西に走っている時、鎌を持って歩いていた方で、「シダ取りかな?」と思った方です。
小屋の横に、「これより上流、全面禁猟区」と書かれた看板が出ており、案内されるままそこを入ると、木の階段があり、「千尋滝 これより300m・徒歩20分」と書かれた看板が立っています。
20161106TochiS113s.jpg 国道から見えないので、これに気づく方は無さそうです。

「往復1時間か・・・」と計算し、せっかくの縁なので行くことに決定。
前述の「上北山村の滝」に載っています。
ダムで会った方には、こちらに滝はないと聞いていたので、あっても大したことないと思っていたのですが、このご主人は押してくれます。
更に、ダムで会った方に紹介された2つの滝も勧めてくれました。

「観に行きますわ、ありがとうございます」と言い、バイクに戻りヘルメットを脱いで帽子を被ります。
この帽子はバイクに常備しており、内蔵の網を下ろせば、顔・首を網が蚊やハチの襲撃から守ってくれます。
園芸用ですが、山城探索の必需品です。

11:15、いざ入山。
20161106TochiS117s.jpg 階段を登り、人一人しか通れない山を削った獣道を進み、雑木を組んだだけの橋で地面のないところを渡り、スリル満点です。
落ちても木が生えてるので、どこかに引っかかりそうで意外に安心。
獣道なので道がわかりにくいところもあるが、木の階段や橋が目印で、見渡せば見つかります。
一旦沢に降りて、また登り返し、まだまだ先だろうなと思っていると、突然木々の間から滝が見えました。

20161106TochiS126s.jpg 11:24、「千尋滝・落差82m」到着。
見事な滝です。
滝の下には、巨岩がゴロゴロしており、滝壺が出来る前に、岩が崩れ落ちるようです。
大満足し、帰路につきます。
R425に戻ったのが、11:31。
看板の「徒歩20分」は、片道ではなく往復だったようです。

R425を東進し、坂本ダムを通過して更に東に向かっていると、先程の鎌おじさんが何か探しています。
「ありがとうございました。良かったですわ」
「そやろ、次の滝は道路から見えんけど、案内板が立ってるよ。徒歩1分だから、見てみな」

次の滝に期待を膨らませていた11:54、カーブを曲がると、目の前に鹿。
緊急ストップしましたが、鹿は逃げません。
バイクを置いて、カメラを構えて間合いを詰めます。
キジに続き、この日2度目の野生との遭遇です。
結局、その後またキジに出会い、この日は3度野生と遭遇しました。

ダム湖の方を見ると、先程の「備後橋」と同様な構造の赤い「出合橋」が見えています。
20161106TochiS135s.jpg 道なりに、「出合橋」を対岸に渡り、12:03「不動滝・落差70m」が目の前に見えてきました。
20161106TochiS138s.jpg ダム湖に直接落ちる滝で、ダム湖がなければもっと落差があるでしょう。

不動滝は双子滝になっており、不動滝の上に「銚子滝・落差40m」があります。
赤橋の上が展望スポットで、僕が写真を写していると神戸ナンバーの車が止まり、カップルが降りて来られました。
もっと滝に近づこうと、少し山に入りましたが、やはり橋の上が一番です。

旦那さんに会釈し、スマホで写真を撮っていた奥さんと「上にも滝がありますね」と話し、坂本ダムで会った方に勧めてもらった滝に向かいます。
「ロッククライミング滝登りをまだしてるかな?」
目当ては、「クライマーの車が停まってる」です。

12:22、小さな谷筋に車発見。
小さな案内板が立っています。
20161106TochiS147s.jpg 「ならクル・上北山ルート かくれ滝」
これまで何度も見たサイクリングロードの道案内で、自転車のスピードなら見えるけど、車なら見過ごしそう。

山に入り、雑木で作った簡易の木の橋を渡ると、滝の横顔が見えてきました。
巨岩ごろごろで、これ以上整備されたルートはなく、適当に岩を歩きます。
20161106TochiS157s.jpg 滑るので、両手も使い近づくと、12:26ドカーンと「かくれ滝・落差103m」
残念ながら滝登りをしているお二人の姿はなく、きっと更に上流に沢登りをしているのでしょう。
坂本ダムの方の話では、1人が登り、もう1人がザイルを持ってサポートしていたそうです。
交互に登って行くのでしょう。

全ての滝共通ですが、最近雨があまり降っていないので、水量が少なめです。
梅雨時などに来れば、大迫力でしょう。
20161106TochiS158s.jpg 12:28、バイクに戻りました。

ここで思案です。ナビに帰宅ルートを訪ねると、R425を東進し、三重県の海岸に出ると、250km・4時間。R425で尾鷲に出て、紀勢道~伊勢道~第二名神~名神~中国道という大回り・高速道路ルートです。
多気町からR166で奈良県・櫻井に抜けるルートだとショートカットだけど、時間的にはもっと必要です。

対して、R425を西に向かい、R169を北上するルートだと、170km・4時間半。
あいにく「備後橋」が通行できないので、再度「サンギリ峠」経由出ないと無理だけど、高速道路より楽しいに決まってます。
よって、往路走れなかった「橡谷西ノ谷林道」を走ることにしました。


11/6・林道サンギリ線・R425「坂本ダム」・備後橋

R169に戻り、更に南下。
大台ケ原への登るr40分岐を過ぎ、R309分岐も過ぎます。
7月に走破したR309は、一部通行止めのようです。
また土砂崩れを起こしたのでしょう。
現在R425の一部が長期通行止めですが、紀伊半島中央部は、国道でもしょっちゅう通行止めになります。

8:53、「道の駅・吉野路上北山」
20161106TochiS059s.jpg 売店は開店前ですが、トイレ休憩します。
駐車場では、車からロードバイクを下ろしたり、走り出す姿がチラホラ。
ここを起点に、大台ケ原などにヒルクライムされるのでしょう。
僕にはとても無理です。

ここから本日のメインイベント・高所林道「林道・サンギリ線」に入ります。
r226・から「林道・橡谷西ノ谷線」に分岐する道が定かではないので、まず前回確認済みの「サンギリトンネル」に登る道にアプローチします。

北山川を渡り、「ここかな?」と思いながら野生の勘で入っていくと、どうやらビンゴのようです。
20161106TochiS061s.jpg 順調に標高を稼ぎ、木々の切れ間から山並みが見え始めました。
晴れていますが雲が多く、コンデションはイマイチですが、高所感が素晴らしい。
20161106TochiS067s.jpg 道は舗装され、幅も広いので、四輪の離合も問題ないです。

20161106TochiS072s.jpg 9:34「サンギリトンネル」
標高850m。
20161106TochiS076s.jpg R169が走る谷を隔てて大峰山脈が見えていますが、クリアに視認とまでは行きません。
ここまで、対向車1台と写真を撮っている間に抜いていった3台の年配者グループ車のみで、都会を離れた絶景を自由に気の向くまま楽しめるのが良い。
舗装林道は最高です。

トンネルを抜け、東側に出ます。
20161106TochiS081s.jpg 『これより18km先・備後橋通行不可』、ここまでに『R425まで・・km』と書かれた案内板を何度か見てきましたが、備後橋はR425の通行止め橋です。
TVニュースでは、紅葉の名所紹介されていますが、関西の紅葉はまだのようです。



西ノ谷をR425に向けて下ります。
9:49、抜いていった年配者3台グループが停車しており、なんとお爺さんがロープを垂らしています。
下を見ると、滝が見えます。

緊急停止し、「野草取りですか?」と聞いてみました。
よく聞き取れませんでしたが、ロープを伝って鎌を持ったお爺さんが上がってこられます。
メンバーにはお婆さんも混じっており、幼馴染~悪ガキ一味~そして現在もダイナミックな山遊び仲間って感じで、たくましさを感じます。
「ヤマメ取り」と聞こえたのですが、まさかこんな山奥の高所の滝つぼで、ヤマメ取りはないわな~と思いました。

20161106TochiS087s.jpg 更に下っていくと、木々の切れ間から眼下の湖が見えてきました。
「坂本ダム湖」のようです。
10:15、「坂本ダム」
慰霊碑があります。
ダム建設で落命した殉職者の名前が刻まれています。
昭和37年完成のようです。
ダム堤上が道路になっており、そこを渡ったところが、R425との合流部でした。

20161106TochiS091s.jpg ダムの川下も湖になっており、「池原ダム」のダム湖と連結している形になっています。
巨大ダムを見下ろし、次の訪問地や帰路ルートを考えていると、R425三重県側から軽四がやってきて止まりました。

良いタイミングです。
20161106TochiS098s.jpg 「R425で海岸線まで抜けられるか」聞こうと思って会釈したら、先に「どちらから来られました?」と聞かれたので、山の方を指差すと、「サンギリ峠」越えですかと聞かれました。
「ここから三重県海岸まで、R425は通れ、良い道だ」という情報を仕入れ、サンギリ峠の情報を伝えました。
どうやら、「国道より県道、県道より林道が好き」という同じ嗜好の方のようで、話が弾みました。

近隣の滝のことを聞くと、少し三重県側に走ったとこに良いのがあるらしい。
以前、「上北山村」ウェブサイトから仕入れ、プリントアウトした滝の地図がTMのページに挟まっており、「不動滝」と「かくれ滝」のようです。
「かくれ滝」では、ロッククライミングで滝登りをされていたようで、聞いたら6時間掛けて登るのだとか。
車が停まっているとのこと。

お爺さんがロープを垂らして「山菜採り?」をしていたことを話すと、「それは、シダ取りでしょう」と、三重県在住の方なので詳しく教えてくれました。
三重県では、年中玄関にしめ縄を張る風習があるらしく、しめ縄にシダを挟むのだとか。
裏白のシダが良いのだそうです。

三重県のジジババは元気で、お勤めの会社の社長さんが消防団団長をされており、行方不明が出ると、駆り出されるそうです。
行方不明になった爺さん本人も慣れており、日没したら動かず体力を温存し命をつなぐそうです。

「かくれ滝」でロッククライミングを見て、坂本ダム湖・出合橋からr228を北上し、廃墟を見てきたそうですが、かなり怖かったそうです。
r228の探索も考えていましたが、亡霊に取り憑かれてそうで止めることにしました。



風が強く、グローブがバイクから落ちました。
三重県に出て、帰宅することに決め、「じゃあ、R425通行止めの備後橋を見に行きます」と言って別れました。
軽四さんは、「サンギリ峠」方面に上がっていかれました。
せっかくの縁なので、遊びの名刺を渡しておきました。

僕は、R425を西進します。
20161106TochiS103s.jpg 一旦下り基調で、また登って、また下り、11:02「備後橋」到着。
少し手前から赤い橋が見えており、「災害で落ちた」と想像していたので、「あれっ」って感じでした。
「鋭意再建中の工事現場が見れる」と思っていたのですが、拍子抜けです。
橋手前の車の前に作業員さんがおり、これから仕事を始めるようでした。

「通れないよ」と笑顔で言われましたが、バイクを置いて見に行きます。
見た感じは通れそうで、老朽化しているのだろうが、このような橋はたくさんありそう。
場違いに「養蜂箱」があり、不思議に思う。


11/6・林道サンギリ線を目指して・R169「川上」の「すごい滝の連続」?

コーチしてる大学ヨット部の全日本団体戦最終日です。
会場は愛知県蒲郡。
過去何度も息子のレースのサポートや、ジュニアヨット協会理事時代に全日本や世界選手権最終選考会で、事務局・広報委員長として詰めていた思い出の多いハーバーです。
しかし、日帰りには遠すぎるので、参加出来ないと選手たちに伝えていました。

土曜の夜、「やっぱり行こう」と仕事を早めに切り上げました。
「車に布団を積み込み仕事後走り、眠くなった所で寝て、どうせ夜明け前に起きるのだから、そこからまた走ってハーバー入りすれば、体への負担を減らせるだろう」と。
スキーに行くときのいつものスタイルです。
ところが、お腹の調子は悪くなり、何度もトイレのお世話になってしまい、自重することにしました。

夜中何度トイレに駆け込むかな?と思いながら22時過ぎに床に入ると、朝までぐっすりで体調は一気に回復しました。
4時に目が覚めたので、ツーリングに出ることにしました。
家内は、仕事の勉強会です。

先週時間入れで行けなかった兵庫県福崎町の北・「笠形山・千ヶ峰周辺の林道」も候補でしたが、奈良県南部・大台ケ原の南・R169とR425を結ぶ「栃谷西ノ谷林道」にチャレンジすることにしました。
標高1100m超えの高所舗装林道です。
空気の澄んできた秋なので、晴れていれば大峰山系の高峰の連なりが一望できるでしょう。

1週間前の山岳寺院「日光寺」への細道のようなところはなさそうなので、「招き猫CB400SB」で出かけます。
5時に出発し、阪神高速空港線~東大阪で近畿道に乗り換え、南阪奈道で奈良県入りし、高田バイパスで橿原へ。
R169を南下開始。
GSが殆ど無いエリアに入るので、オープンしてたセルフ店で給油します。
6:01、「セルフ畝傍御陵前」193km/8.27L=23.3km/L。

6:28、今年3度目の高取城址への登り口にあるコンビニで、バナナと麦茶を購入。
店内で、朝食としてバナナを1本食べます。
更にR169を南下し、「道の駅・吉野路大淀センター」前を通過して、r255~r222で広域農道的なワインディングを楽しみ、吉野川に下って再びR169。

7:00、前から気になっていた「大名持神社」に寄り道。
『祭神:大名持御魂神・須勢理姫命・少名彦名命 延喜式神名帳に大和国吉野郷10座の1つとして列せられ。大月次新嘗の官弊にあずかる。貞観元年正一位の神階を授けられた。神社下の吉野川潮生淵に毎年6月30日、海水が湧き上るとの伝えがあり、国中地方から当社に参詣し。この淵で禊する「大汝詣り」が今日も続いている。境内妹山樹叢は、天然記念物指定されている』

「大名持御魂神」は大国主命で、「須勢理姫命」はその妻、「少彦名命」は大国主の国づくりに協力した片腕で、チビだったそうです。
一寸法師民話のモデルです。
神明式のコンクリート鳥居から、30~40段の階段を登って行くと境内があり、何の変哲もない拝殿があります。
板玉垣に囲まれた後の本殿は、茅葺屋根で雰囲気が一気に上がります。
20161106TochiS006s.jpg 謂れ板に書いてあった天然記念物の社叢は、本殿後の大杉がひときわ目立ち、原始からの営みを感じます。
樹齢は如何ほどなのか?

R169を南下します。
「道の駅・杉の湯川上」を過ぎます。
この日は何かあるのか、朝早くからガードマンが出ています。

r258との分岐を過ぎ、TM(ツーリングマップル)に、「このあたりすごい滝が連続」と書かれている「上多古川」上流「上谷」地区探索するために、R169から枝道に入ります。
雰囲気の良い細道が続いており、大石ゴロゴロの上多古川沿いの道が気持ち良く、何度も激写タイムを取ります。
20161106TochiS054s.jpg 四国には負けますが、水が綺麗で少し深いとエメラルドグリーンです。
2つの沢流が合流する合流する所で道が分かれ、それぞれの川に沿って遡っています。
そこに道標が立ち、「上谷」は「Kodani」と発音するようです。

20161106TochiS020s.jpg 「上谷」へゆっくり登っていくと、樹齢何年?と言うような巨杉が時々現れる原生林という雰囲気になってきました。
鹿が出そうです。
7:59、前方の枯れ葉が道路を前面に覆う状態になり、倒木が道路を塞いでいます。
ここまで意外に舗装路が続いており、問題なく進んできましたが、ここでジ・エンドのようです。

20161106TochiS027s.jpg バイクを降りて見に行くと、倒木ではなくゲートでした。
開閉して進めるかな?
と思ったのですがビクともせず、退却することにしました。
ゲートを過ぎれば、また道路を覆う枯れ葉が少なくなっているので、林業関係者の交通量はありそうです。

20161106TochiS033s.jpg 『火元じゃと 7代たっても 人が言い /北村林業』俳句で火の用心しています。
『作業道及び岩石の崩壊を招くため、沢登りを固く禁ず /山主』
20161106TochiS049s.jpg 「ちぐさモノレール」と座席に書かれた真新しいモノレールが、斜面を上がっていました。
林業関係者が敷設したのでしょう。
簡単な構造で、容易に敷設撤去でき、原付エンジンでぐんぐん登るモノレールは素晴らしい。

20161106TochiS055s.jpg TMに載ってる「すごい滝の連続」はありませんでした。
更に奥にありそうですが、トレッキングでチャレンジしないと無理です。
「すごい滝の連続」は拝めませんでしたが、気になる道を消せたし、原生林に迷い込んだような体験ができ楽しかった。




11/11・孫りょうくん・プリスクールからの連絡メール

長男のお嫁さんから、プリスクール(幼稚園)から毎日送られてくるメールを、転送してくれました。
リンクをクリックすると、嫡孫・りょうくんのアップ写真が2枚。
2cr26aJ5z6SQXPrQ6MP6F5s.jpg トンネル遊具をくぐっているのと、床で人型パズルを組んでいる写真。
満面の笑みで、楽しくやっているのがわかります。
3mVM2Y4RYNs3s8FGzDSoZs.jpg 室内なのに靴を履いているのが、アメリカ式です。

もう一つのリンクをクリックすると、ムービーが立ち上がりました。
皆で椅子に腰掛け、テーブル上に紙を置いて何かを書いているようです。

「ABCの歌」を皆で歌っています。

りょうくんは何処かな?と探すと、将来の美人間違い無しのブロンド女子の横にいます・・・狙った席か? 男子たるもの、こうでなくちゃ・・・

背の高さは、他の子に比べ少し小さめな感じです。
日本の幼稚園と違い、年齢が同じとは限らないので、年齢が違うのかも?
黒人系の子、ブラウン系の肌の女の子が1人、アジア系なのか黄色人種の子が3人ほど、総勢15名のクラスです。

「この声は聞き覚えがある」と歌を聞いていたら、カメラが移動し、りょうくんの口の動きとピッタリで、やっぱりと思いました。
体は小さいが一番大きく口を開け、最も大きな声で歌っています。

歌詞中の「Now I know my A - B - C. Next time won't you sing with me?」も聞き取れ、まだ通い初めて3週間なのにもう覚えちゃったんだと、耳の良さに感心しました。

お嫁さんからの「すぐに慣れて、楽しくて仕方無さそう」というレポート通り、同年齢の集団生活を謳歌しているようです。

先生からのレポートには、「昼食は全て食べた」などの他に、「computer lab」コーナーに、「We practiced typing the words "MOMMY" and "DADDY" on the computer.」と書かれていました。
アルファベット文字を書くだけじゃなく、コンピューターのキーボードで単語をタイピングしているのだと驚きました。
まだ3才です。

「creative art」コーナーでは、マガジンからユニークアイテムを切り抜いて、アートを作ったそうです。

「language arts, circle time」コーナーでは、ファミリーメンバーを作ったそうです。
「such as aunts, uncles, cousins etc.」と書かれていたので、両親や祖父母はわかっても、おじさん・おばさんや従兄弟が誰かなんてわかって無さそう。

「motor skills, b.a.s.e., outside time」コーナーでは、「We practiced using jump ropes in the gym and decided to take them out on the playground too. How high can you jump?」と書かれていました。
縄跳びをしたようです。

「music/movement」コーナーでは、「We sang the name game.」と書かれていました。
「name game」と言う歌を調べたら、

でした。
幼児がいろいろアレンジして歌えそうなので、これだと思います。

IMG_0835s.jpg 最後に、りょうくん個人の様子が書かれています。
「Ryosei was working very hard at the Math center today! 」で始まり、「but he  got the perfect pattern at the end! Awesome job Ryosei!」で終わっていました。
園内に「数学室」という数学を学ぶおもちゃなどが揃った部屋があるのかな?

「!」マーク連続なので、よく頑張り、パーフェクトに仕上がったようです。
「Awesome job」なので、「good job」以上の出来栄えだったのでしょう。
アメリカ人は、基本的に陽気で持ち上げ上手ですが、これを読むと、親はりょうくんを思いっきり褒めたくなっちゃいますね。

息子たちを保育園に通わせていた時、連絡帳がありました。
その日の様子を、先生が書いてくれ、家庭からもメッセージを書き込み、子供とともに連絡帳もやり取りします。
お昼の献立などの連絡事項と、縁での様子を先生が生き生きと書いてくれており、毎日それを読むのが楽しみでした。

家庭からのメッセージは、基本僕の当番で、「長男から、先生ガスキーに連れて行って欲しいと言われましたが、私はOKですよ」なんて書いたことがあります。
新手のナンパではなく、「ホントですか?ぜひ連れて行ってください」の返事が来て、息子と僕の中高大の友人(独身)とともに、綺麗な保母さん(独身)を3人も乗せて、スキーを楽しんだことがあります。

10/30・柳田国男生家・かっぱの河次郎

スルーして、生家の方へ。
20161030NomaS242s.jpg 野猿があります(昨日、妖怪の出て来る野猿としりました)。
20161030NomaS248s.jpg 生家は、予想通り、茅葺屋根の小さな家でした。

20161030NomaS243s.jpg 『柳田国男は、明治8年(1875)この家に生まれ、10年間過ごしました。彼は「日本一小さな家」と言い、「この家の小ささという運命から、私の民俗学への志が発した」と語っている。4畳半2間と3畳2間で、江戸時代中期の建築と考えられ、当時の一般農家の基本的平面を持つ民家としても貴重』

『柳田(旧姓・松岡)国男は、医師であり国学者であった松岡操の6男として生まれた。当時ここに、両親・長兄鼎夫婦・国男・弟静雄・輝夫の7人が住んでいた。その後、鼎夫婦が実家へ帰ってしまったのが、先祖代々の故郷を捨てて国男の母の実家・加西市北条町へ移り、千葉県布佐へ移住する原因となった。国男の民俗学の研究の底に常にこの家があり、風習についてこの土地と比較して見た。
柳田国男民族学の原点と言える。この家の西にある「鈴の森神社」は、国男の氏神様で、想い出の深い場所である。大きな「ヤマモモの木」は、当時の姿そのままに残っている』

20161030NomaS255s.jpg 隣接の「神崎町歴史民俗学資料館」に入館してみた。
300円ぐらいかな?と入ろうとすると、館員さんが出てこられ無料でした。
名前と住所を記入し、パンフレットを頂いて見学。
20161030NomaS257s.jpg 建物の脇に、神崎町内で出土した石棺が置かれていた。

資料館は、明治の洋館風の建物で、資料館ように近年建築されたと思ってたら、「県指定文化財・旧神崎町役所」で、明治19年に建設されたものを、昭和57年に移築したそうです。

『木造2階建て・下見板張り・ペイント塗り・日本瓦葺・基礎は花崗岩。玄関部はギリシャ建築様式を取り入れた2段式で、1階部は角柱でドリス風柱頭飾、2階部は丸柱・コリント風柱頭飾など、外部の意匠に特色を持つ明治建築物である』

僕の子供の頃見覚えのある昭和の時代の調度品、神崎町の祭りの様子、薬袋のパッケージ、足踏みミシン、炭火アイロン、床屋道具、女性ファッション・髪型などの懐かしい日常と、古墳・出土品・縄文時代の麻の着物など古の時代の物が展示されていた。

「鈴の森神社」に参った。
その手前に、「学問成就の道」があります。
なぜ学問成就かというと、長兄:医師、3男:医師・歌人・国文学者、次弟:海軍大佐・言語学者・民俗学者、末弟:画家、他は早世という学問で大成した兄弟が生まれ育った家だからです。

孫達も、学問をしっかりやって欲しいので、絵馬300円を授かりました。
20161030NomaS298s.jpg 自由に取り出し、初穂料をお賽銭箱に入れるスタイルです。
20161030NomaS302s.jpg 柳田国男が遊んだという境内を歩き、それを見守った「ヤマモモの木」(町指定天然記念物)を見上げた。

14:27になったので、帰路につこうとバイクに戻ろうと河童のいる橋のところに来ると、子供たちが池を覗き込んでいる。
その親達も含め明らかに多くの人が池を見ているので、「河次郎」の登場時間かな?と思い、僕もその人数に加わった。

しばらくすると、池の中央からボコボコ泡が立ち始め、「おならみたい」と子供たちが笑っている。
20161030NomaS309s.jpg やがて、河次郎が顔を出し、すぐにまた沈んでいきました。
「へ、これで終わり?」と思っていると、子供たちのアンコールリクエストに応えたのか、再び泡がボコボコ、それを数度繰り返した。

ここで僕がバイクに戻ったが、バナナを食べていると、池の方から音も流れてきた。
また河次郎が登場したようだ。
それなりの音の演出を伴って数度登場しているようです。

20161030NomaS305s.jpg 『お客さまへお願い 辻川山公園は、田舎にしては珍しくポケモンがたくさんいますが、ここでスマホを見ながら歩いていますと、橋でつまずいて池に落ち、大事なスマホも水没して、せっかく捕まえたポケモンが全部逃げてしまうとか、「ありえますので」歩きスマホはお控えくださいませ』

ふふふ、洒落た文面だね。
河次郎が池から登場するなど、神崎町のセンスあるプロデューサーに拍手です。

14:32、出発。
福崎ICから中国道に入る予定でしたが、播但道へのICしか見つけられず、r23を東進し、北条駅前・北条市街地に出て、ここから中国道表示に従い、r24で加西ICから中国道に乗りました。

15:22、「社PA」に入り、ファミリーマートで「チョコバリ・129円」を買って休憩し、宝塚トンネル渋滞8kmを経て、帰宅しました。
山陽道合流まではクリアに走れ、西宮名塩SAに至る登りから渋滞でした。
峠を超え下りになると、まあまあ流れるので、8kmならそのまま渋滞にツッコミ、15kmなら下車して迂回路が常套手段です。
1年後には、新名神が開通予定ですので、あと少しの我慢ですね。

帰宅し、残ったバナナを2本食べ、家内が用意してくれていた夕飯を食べ、ヨーグルトを食べながらTVを見ていると電話が鳴りました。
19時前で、遅くなり過ぎず良かった。
夜中の女性1人歩きは危険です。

「バスに乗ったから、バス停まで迎えに来て、荷物が重いの」
バス停で待っていると、バスがやってきて家内が降りてきました。
「う~ん、お洒落が決まってて素敵な美人だ」

スーパーで買った食材が重いようで、通勤リード110に乗せて、一緒に歩いて帰宅しました。
講師の接待と、参加者の親睦を兼ねて、神戸牛を食べに行ったそうです。
1日中のハイヒール生活で、足が限界だそうです。
ならば、駅までお迎えに行ったのに。



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昨夜、風呂から上がり、いつものように自室でヨーグルトを食べようとTVを点けました。
NHKがつまらなかったので、他局にチャンネルを動かしていると、「星野源」さんが出てきた。
3才の孫・りょうくんが好きで、今年の春生まれたりょうくんの弟に会いにお嫁さんの実家・新潟の家に寄せてもらった時、歌手でもある「星野源」さんの歌を、フリ真似付きで披露してくれた。

このドラマには、「新垣結衣」さん主演で、2人は偽装夫婦?の間柄でした。
NHKのコント番組「LIFE」にも「星野源」さんはレギュラーで、いい味を出しておりお気に入りの俳優さんです。

「新垣結衣」さんと「星野源」さんのドラマは、先週か先々週初めて見て、シチュエーションが飲み込めなかったが、2回目で何となくわかってきた。
新垣結衣さんは、相変わらず可愛く、最近映画で観なかったのでどうしているのかな?と思っていました。
美人さんは、観ているだけで心がウキウキするね。

CM中チャンネルを動かしたら、ETV「知恵泉」をやっていた。
いつもこの番組を見ながら、夢の中に落ちていたようです。
番組としては「知恵泉」の方が面白いけど、総合力では新垣結衣さんに軍配が上がります。

10/30・播磨・日光寺~柳田国男生家

20161030NomaS189s.jpg 道の戻り、山を目指して走っていると、枯れ木が林立する異様な山が目に入ってきた。
キクイムシの仕業なのか、ヤバイなここ。
山道になり、13:06道路脇の木々が切れ下界が一望できる場所でストップ。
東屋もあります。
20161030NomaS192s.jpg 福崎盆地が一望です。

四輪はすれ違えない道を、カーブでホーンを鳴らしながら登っていくと、目指す「日光寺」と思われる寺院が谷を隔てた中腹に見えます。
20161030NomaS196s.jpg 電波塔がその上に建っています。

13:14、鐘楼があった。
20161030NomaS198s.jpg 「日光寺」は枝道の先にあるようです。
コンクリート舗装路は更に登っており、電波塔への点検路として整備されたようです。
慎重にバイクを停め、山道に入っていきます。

地道との分岐があり、「大善寺2.4km・岩尾神社3km」と書かれています。
そう言えば途中に、気になる神社がありました。
20161030NomaS209s.jpg 『播磨中の本山日光寺由来 大化元年37代・孝徳天皇御代、法道仙人の開基。日光月光万多羅の三寺建立。40代天武天皇白鳳元年、勅命ありて再建。宝暦年間、奈良の僧・了心明道聖人復興業起し、13棟建立。姫路城主代々信仰あり。鬼門除けの守護寺とし、表門建立禄を給う。
小松宮後光明寿院一品太王侍従如月随で来住。世に播磨御室御所尊唱し、瀬戸水運将・河野直賢出家来住するや、多くの財寄進隆盛。明治より3度廃亡、昭和6年現住職僧正・淳明復興業起し、本堂倉裡初め、求聞寺堂研修所鐘堂8棟3度復興す。
 寺宝/本尊千手十一面観音・左甚五郎策大黒天・徳川家康直筆』

『真言宗音室派の中本山で、かつては天武天皇勅願寺、霊元天皇の御猶子隠居所として栄えました。日光寺山から、姫路平野・播磨臨海工業地帯、遠くは六甲山系や明石海峡大橋を一望できます』

石仏や電波塔の写真を撮りながら、景色が良さそうな本堂に歩いていると、何と年配の男性がいました。
山道ですれ違うものはなく、車も停まっていなかったので、人がいるとは思っていなかった。
リュックを背負ったトレッキングスタイルです。

「歩いて上がってこられたのですか?僕はバイクです。凄いですね」
「下から、いえ家から歩いてきました。3時間です」

「お気をつけて」で別れました。
20161030NomaS215s.jpg 本堂前に展望ポイントが整備されており、かなりくたびれておりますが、100円双眼鏡まであります。
秋の晴れた休日、これを目当てにハイカーが上がって来られても良さそうですが、距離が有りすぎるのと、ずっと舗装車道だから人気がないのかもしれません。
20161030NomaS219s.jpg 市川を中心に広がる福崎盆地から市川の河口にある姫路の工業地帯、更に海まで見えます。

バイクに戻り下ります。
13:38、「岩尾神社」
『石造鳥居と石橋 この鳥居は、姫路城主・池田輝政が慶長16年(1611)建立したもので、県指定の重要文化財です。石橋も同じ時期に造られたもので、造り方は簡素で反橋の形式となっている。
建立された時は欄干があったが、今は親柱を差し込んだ跡が残っているだけ。県指定の重要文化財』

鳥居は、慎重の高い人なら頭をぶつけそうに低く、石橋は雑草で半分埋まっている。
20161030NomaS234s.jpg 『岩尾神社本殿 一間社流造・柿葺 創立は一条天皇の正歴2年(991)と伝えられ、慶長年間池田輝政が幕命により、前殿・拝殿・鳥居を修造した。小規模の社殿は、よく保存されている。蟇股などは、極彩色で桃山時代の様式を伝え、絵様彫刻等細部手法も、その頃の手法を示しており、貴重な遺構である』

『鳥居は凝灰岩製で、沓石がなく、直接地中に埋められている。各部材が細く、柱に内転がないこと、全体に背が低い事など古い様式を持っている。柱の断面が隅丸方柱状で、この地方の特徴をよく表している。高さ3.5m・柱間3m。柱に刻銘が有り慶長16年(1611)に造られたことがわかる。
石橋は、全長6.2m・川底からの高さ3.1m。架橋手法が簡素で、古調を帯びることから、鳥居と同時期頃造られたと考えられ、近世初期の神橋形式を知る上で貴重』

14時が近づき、タイムリミットの15時が近い。
16時になると暗くなってくるので、それまでの帰宅を考えると、もう余裕がない。
笠形山周辺の林道、千ヶ峰周辺の林道を前回断念した夏時期ツーリングでは計画していたが、とても無理です。
日没が早くなると寂しいな。

TMを見ると、柳田国男生家が近い。
r23に出て、13:53生家到着。
駐車場が満車に近い。
どうせ藁葺き屋根の家がポツンとあるだけと予想していたのに、意外に人気です。
小さな子連れの家族が多い。

学問成就の道というのがあり、そちらに歩いていると橋を渡った。
下に池があり、鯉が泳いでいる。
池の畔に、河童の銅像が建っている。
さすが歴史民俗学の大家だと、謂れ板を読む。

『河童の河太郎と河次郎 福崎町には、市川という大きな川が流れています。この川の岸に、駒ヶ岩という大きな岩がありますが、そこには以前河童の兄弟が住んでいました。2匹は、川へ遊びにやってきた子供の足を掴んで引きずり込み、「尻子玉」を抜いてしまうのです。やがて子供たちは遊ばなくなり、2匹は後悔しました。ある日の夜、柳田国男先生に謝ろうと、生家のあるこの辻川山公園にやってきたのです。柳田先生に会いたくて、毎日この池で待っていました。兄の河太郎は池の畔で、弟の河次郎は池の中で何年も待ちました。とうとう河太郎は頭の皿の水がなくなり、池の畔で固まって動けなくなったまま、今も巌橋の方を見て、柳田先生の帰りを待っています。弟の河次郎は、今でも池の中から出てくることがあります。池の中をずっと覗いていると、尻子玉を抜かれるかもしれませんよ? *この物語はフィクションです。 河童の出没時間は、駐車場公衆便所前の掲示板にてお知らせしています』

あ~、ここだったんだ。
ネットで、河童が池から出てくるのを見たことがあります。
だから子供が多いのですね。

20161030NomaS241s.jpg 「尻子玉」を帰宅後調べてみた。
『肛門付近にあるとされた架空の臓器で、これを抜かれると腑抜けになると伝えられている。 これは、人間が溺死すると肛門括約筋が弛緩して肛門が大きく開き、あたかも玉を抜かれたようにも見えることから、「河童が尻子玉を抜いた」と言われる』




10/30・播磨・やちよの森公園~貴船神社~神積寺

バイクに戻り、気になった「森のホテル・エーデルささゆり カフェ&レストラン」を見に行くことにしました。
道標に従い、枝道を入ります。
すぐに「やちよの森公園」の看板が見えてきて、更に枝道に入り寄り道します。
広めの山道を登っていくと、250ccクラスのSSを道端に停めている方がいました。
会釈して通り過ぎ、11:16「やちよの森公園」到着。

「尾根0.5km・展望台1.4km」と書かれています。
森林ハイキング公園のようです。
20161030NomaS109s.jpg せせらぎに木製の遊歩道が掛けられ、夏は楽しそう。
事務所を覗いたが、誰もおらず、パンフレットや展示物を見て、トイレを拝借し退散。

20161030NomaS115s.jpg 『クマの目撃情報 6月に多可町内でクマの目撃情報が多発しています』の看板が、建物正面に掲げられていました。
20161030NomaS118s.jpg 11/20「里山ハイク」の案内看板が置かれていました。

往路おられた方が、別の場所で、マイバイク写真を撮っていました。
そのすぐ下でバイクを停め、往路気になった「竹谷山道」に入ってみます。
石仏が左右に並び、石畳の道です。
どこまで続いているのか、何があるのかわからず、適当に退散します。
沢沿いを登っていくようです。

元の枝道に戻り、進んでいくと、11:32「エアレーベン八千代」がありました。
目的のホテルではなく、小型の道の駅のようなものでした。
「割れおかき・540円、大粒干しぶどう・540円、柳豆腐出汁付き・432円、柚子羊羹・378円」を購入。
「手作り豆腐」案内が多いので、それが名物なのでしょう。

バナナを取り出し、駐車場で昼食にしました。
横には体育館と運動場があり、町のスポーツ・レクリエーション施設です。
この北側にホテルがあるようです。

次の目的地「日光寺」を目指します。
ナビ案内は、r24ですが、地図に峠を思わせる箇所があるr369経由を選択します。
「野間山城」取り付き口まで戻ります。
山城の山容を見上げ、何処に主郭があったのか確かめようと思って。
20161030NomaS134s.jpg 走りながら枝尾根の正面から見上げられる箇所があり、おおよその場所がつかめました。

r143を南下し、r34を西進します。
11:56、「貴船神社」に寄り道。
ナビに神社を表示するように設定してるので、神社マークが近づくと、確認するようにしています。

珍しく、小さいけど、遥拝所があります。
20161030NomaS137s.jpg 東を見ると、素晴らしい青空に、里山の稜線が美しい。
20161030NomaS141s.jpg 龍とボタンの立体彫刻が素晴らしい。
20161030NomaS143s.jpg 摂社の彫刻は鳳凰なのか鶴なのか、こちらもナイスです。
木鼻の龍に玉眼が入り、田舎のお宮なのに素敵です。
左右の柱の榊の葉も、緑が濃く枯れていなし。
宮司さんがいないお宮だけど、地域の世話が行き届いています。

『1541年、旱魃時の水争いを機に、中野間の貴船神社から分社された。本殿は江戸時代前期1672年、淡路の北条助五郎源清重棟梁の浦村大工が建てた。摂社は八幡神社・八坂神社。元旦には、八幡神社神前で、雨乞い神事「雨散散(ゆうわらわら・うばらばら)」が行われる。輪状にした藤の蔓と半紙で包んだ洗米をくくりつけたシキミを捧げ持ち、「雨散散」と唱える氏子に村神主が御神酒を振り掛ける神事です。貴船の称する神社は、京都・貴船神社はじめ全国に500社ありますが、4社(中村・中野間・下野間・下三原)が近隣に揃って鎮座する例は珍しい』

総本宮「京都・貴船神社」は水源に位置します。
中野間の貴船神社も水源に謂れがあるのかもしれません。
故に、水争い時に分社されたのかも?

r369に突入します。
峠トライです。
突っ込むとすぐ、ロードバイク2台を追い抜きました。
広くない峠越え林道なので、ゆっくりカーブをこなしていきますが、ロードバイクが次々に前に現れます。
ヒルクライム御用達の道のようです。
峠はさほど緊張するような細さではなく、難なく超え、下ると今度は登って来るロー
ドバイクとすれ違います。

12:12、下ったところに満開のコスモス畑がありました。
コスモスの美しい季節ですね。
道なりにr24に合流し、中国道の高架を抜け、r23に出合い右折して西進します。

道なりに再び中国道をくぐり、播但道手前を北に向かう枝道に入ります。
「日光寺」に向かって登る道ですが、12:38「神積寺」に寄り道。

『991年、慶芳上人によって開基され、七堂伽藍と52ヶ寺を有する大きさで、書写山・法華山と並び、播磨六山の中に加えらていました。一条天皇・三条天皇の勅願寺として栄えましたが、1309年の火災で焼失し、天正15年(1587)に木堂が再建されました。境内には、藤原時代の代表的仏像・薬師如来があり、国指定重要文化財に指定されています。また山道右側には「妙徳山古墳」があり、古墳時代後期の円墳です』

まず、「妙徳山古墳」に寄り道。
『市川の東岸、妙徳山の麓に作られた古墳です。直径35m・高さ6m。横穴式石室を持ち、全長12.4m玄室(げんしつ・死者を葬る部屋)があり、土が中まで入っているので正確な高さは不明。金属製品(刀子・とうす)・須恵器片が採集され、6世紀末のものと考えられている。石室の大きさは、神崎郡最大級です』

20161030NomaS160s.jpg 古墳周囲が歩けるようになっており、南側は石室が覗けるようになっています。
20161030NomaS161s.jpg 見事な大きさでした。
神積寺の境内に上がります。
鐘楼を持った立派な寺院です。

20161030NomaS173s.jpg 『自由に撞いてください』とあったので、ゴーン。
本道の蟇股の立体龍彫刻が見事です。

本堂裏から、「西国33ヶ所巡礼の道」が登っており、これを含め「ふくさき三獅子山ふれあいの森」になっており、森林浴里山ハイキングの道になっているようです。
バイクに戻る途中、梵字が彫られた石碑が、半分土中に埋まっていました。

謂れ板には、『阿弥陀種子板碑 高さ151cm・幅82cm・厚さ19cmの凝灰岩製。中央に大きく阿弥陀の種子を薬研彫で刻み、その下に1行4字12行の銘文を刻んでいる。これには弘安9年(1286)崩御された後堀河天皇の皇后・安嘉門院の百ヶ日にあたる5/15に供養のため造立したと記されている。鎌倉時代の石造遺品として貴重』


10/30・播磨・野間山城

20161030NomaS010s.jpg 横に簡易階段が斜面を登っており、9:40攻城開始です。
階段が入っているということは斜面が急です。
ここが大手道なのかと疑うほど急斜面で、当時も獣道程度しかなかったのかな?と、時折息を整える目的もあり立ち止まり、周囲を見回して地形を見ます。
鹿糞が落ちており、ご多分に漏れず鹿の山のようです。
イノシシの掘り返し跡もあちこちにあります。
ミミズでも探したのかな?
勾配が急な箇所はロープが張ってあり、まあ安全です。

9:50、三角点到着。
三角点ですが頂上はまだ先で、ここから勾配がゆるくなりました。
地形が見えてきました。
山城によくある枝尾根を利用した縄張りで、尾根に上がったところです。

20161030NomaS018s.jpg 左右は急勾配で落ちる尾根上の緩斜面を登っていくと、9:57目の前がひらけ、山頂が見通せました。
まだ半分ぐらいしか登っていない感じですが、果たしてあれが山頂で、本丸郭がるのかどうか?怪しいものです。

中世の山城好きなので、里山の道を走る時は、自然に山の頂上を見上げています。
扁平な頂上を見つけると、「山城あり!」と満足感を得ます。
今回もそのように走ってきたのですが、ここは下から典型的な本郭地形を確認できませんでした。
「登り30分」ということだけで攻城しています。

20161030NomaS021s.jpg 尾根上に大岩が積み重なった場所があり、その横を簡易階段が上がっています。
大岩エリアを過ぎ、勾配を少し増した尾根道を上がっていると、10:13左右の木々が途切れ、下界を見下ろせる場所になりました。
20161030NomaS026s.jpg 北~北東のこの城の取り付き口方面、南東の八千代盆地がクリアに見えます。
山城攻めには、こういうご褒美がないとね。

すでに周囲の里山ピークと同じぐらいの標高を稼ぎました。
八千代盆地が南東にあるので、朝霧雲海鑑賞ポイントです。
取り付き口の標高が100mほどで、ここが300mほどなので、比高が200mあり、条件が整っています。
白い雲海の上にオレンジの朝日が昇り、素晴らしい朝のスペクタクルが堪能できそう。

ここから、本格的な山城遺構が視認できました。
石垣を積むのではなく、切岸しながら大岩を残す感じで、岩が土の間に目立ちます。
大きく深い堀切があり、見事です。
最初の防御郭でしょう。
横は急勾配で谷に落ちているので、ロープが張ってあります。

郭を迂回する幅1m程の道の正面に蜘蛛の巣があり、枯れ枝を拾い、露払いしながら進みます。
週に1人ぐらいの訪問客かも?

20161030NomaS045s.jpg 10:23、石積みがありました。
中世の山城で石積みがあるだけで、経済力の高い豪族の城と想像されます。
石垣と言うほど素晴らしく積み上げられていると、守護や守護代の経済力がないと無理です。

10:26、郭に登ってみます。
下の狭い尾根道を見通せ、防御の要です。
上の方を振り返ると、石積みが埋もれながらも、上の郭が見えます。

20161030NomaS059s.jpg 次の郭のサイド、帯郭と思えるところを歩いて、10:29郭に上がると、また木々がなくなり、周囲が見通せます。
20161030NomaS052s.jpg 南方面の山並みが遠くまで見通せ、山城にしては相当高い位置にあるのがわかります。
この標高では、日頃在所して政治するのには不便です。
詰の城以外の使い途はなさそう。
ここが、副郭・二の丸だったようです。
焚き火の跡が数ヶ所残っており、城跡整備で登った地元の方が、伐採した雑木を焼いたのかもしれません。

もう一段上がったところが、主郭でした。
20161030NomaS077s.jpg 横幅の狭い細長い山頂部です。
更に置くまで歩いていくと、人工的とはとても思えない巨大自然堀切があり、再び登って少し低そうな場所に続いていた。
山は更に奥に続いているようなので、最悪ここを落とされても独立峰ではないので、更に逃げられます。

主郭最奥部は、10:39。
ここまでちょうど1時間でした。

帰路は、じっくり見ることも息を落ち着かせるための休憩もなく、写真だけ撮って下り、11:07登城口に着きました。
帰路30分。

20161030NomaS102s.jpg 「マムシ生息地」に脅かされ、足元に気をつけて登りましたが、下草がはびこったところはなく、安心して登れました。
10月末なので、スズメバチ「風の中のマリア」の勢力も衰えており、夏の蜘蛛の巣・ヤブ蚊にも悩まされることなく、当然汗ダラダラもなく、気持ち良く山城攻めができました。

DAIWA釣り用カッパを脱げばもっと快適ですが、赤いジャケットなので目立つので、山に入る時はこれを着るようにしています。
この日も、猟銃の音が聞こえており、バイクメッシュジャケットの茶色では目立ちません。
11/15~2/15の猟期には早く、まだ松岳山の季節ですが、害獣駆除は通年で実施されており、常に警戒中です。
有名な山城攻め以外で、人に会ったことなど皆無ですから。

山城への道では、時折聞こえる猟銃の音に加え、車の爆音がひっきりなしに聞こえていました。
近くにサーキットがあるようです。
帰宅後調べると、「セントラルサーキット」のようでした。
フィアットのミーティングも、そこが目的地なのかもしれません。

トランプさん 2/2

「アメリカ・ファースト」が、トランプさんの合言葉でした。

僕が最も好きな映画「ジョーイ」(原題・Something for Joey (1977) )を思い出します。
アメリカ映画で、ハイズマントロフィー(全米大学No1選手賞)を獲得し、NFLに入りランニングバックとして活躍したジョン・キャパレティの実話です。

ペンシルバニア州立大学アメリカンフットボール部ランニングバックのジョンは、メキメキと頭角を現していった。
地元の家具工場に勤める家具職人で、コツコツと仕事をしながら、ジョンの活躍が楽しみだった。
ジョンの兄・ジョンの下に弟・妹、更にその下に息子・ジョーイを持ち、自宅は広く、「これがアメリカの標準家屋」と言える、日本人の僕にはとても贅沢な家と余裕のある生活を送っている。

幸福そうに見える両親と家族だが、大きな心配事を抱えていた。
ジョーイが白血病で入退院を繰り返していたことだ。
時には髪の毛をすべて失いながらも、ジョーイは兄・ジョンの活躍に期待し、明るく振る舞っている。

父親は、ジョーイに自信をつけさせようと、地元少年野球チームのコーチになり、息子をサポートする。
ジョーイは守ればポロリ、打てば三振という選手だが、父親は腐り気味になるジョーイを励ます。

秋季のアメリカンフットボールシーズンに入ると、週末ごとにジョンの試合を応援するために、家族を車に乗せ300km走り、大学のフットボールコートに通った。

ジョンも、ジョーイの頑張りと期待に応えるべく、フットボールで結果を出し続ける。
そして、ジョンは最終学年のシーズンを終え、ハイズマントロフィーに選出されるという栄冠をつかむ。

その授賞式でジョンは、スピーチをすることになる。
壇上に上がり、周囲を見渡し、目を輝かせている家族がいることを確認し、スピーチを始める。
チームメイトに感謝し、次にコーチへの謝意が続き、最後に家族への感謝の言葉が・・・

「ハイズマントロフィーを受賞することは、スポーツマンにとって生涯の栄誉です。
私はこの瞬間を愛する者と分かり合います。父と母です。
母は涙もろいのが欠点です。小さい頃から僕はがに股で、母が苦労して治してくれました。おかげで走ることが出来ます。
父は地味な人です。先日父親としてどう思うか聞かれました。僕は誰よりも父を尊敬します。
兄弟であるマーティーとマイケル、そして妹のジーンは絶えず僕を支えて、力になってくれました。
うちで一番小さい弟・末っ子のジョーイは、病気です。白血病です。
弟が幸せを味わえるなら、賞を受けた甲斐があります。
僕が戦うのは、フットボールをする時だけですが、ジョーイは常に痛みと戦っています。いっときも休まずに・・・。
この賞をジョーイに譲ります。これは弟のものです。僕は弟に教えられたのです。皆さんありがとう」

この映画を、好きなアメリカンフットボールの映画だと思って観たのは、大学4回生の時でした。
衝撃を受けました。
ジョンにではなく、父親の生き方に。僕もこんな家族を持とうと思い、常に笑顔で家族を応援するこんな父親を理想としました。

今回の選挙結果を州別に見ると、北東部と西部太平洋岸の州をクリントンさんが取り、中南部がトランプさんでした。
現在のアメリカ経済を牽引している銀行・証券などの金融業の北東部、シリコンバレーなどIT・ソフト関連企業が立地する西部南半分太平洋岸、ボーイングなどの航空機産業が立地する西部北半分太平洋岸と、農村・かつてアメリカ経済を牽引した自動車産業が立地する中部・南部に支持が別れています。

家具職人であるジョン・キャパレティの父親一家が豊かな生活を送っていたのは、ペンシルバニア州アッパーダービーというフィラデルフィア郊外の街です。
ペンステイツより西から西海岸の州に至るまで、トランプさんが勝利した州です。
あの素晴らしい映画の舞台と、トランプさんの「アメリカが一番だった時代を取り戻そう」がオーバーラップします。

アメリカは、第二次世界大戦前夜、経済の低迷で苦しんでいました。
ルーズベルトが大統領に就任し、ニューディール政策という大規模公共事業を実施し、公的仕事を創出し、失業者の雇用を創出しました。
でも足りずに、トントンまで回復するに留まりました。
さらなる公共事業として戦争を始めました。
日本は、その政策に引きずり込まれました。

ルーズベルトの予想通り、アメリカ経済は大発展し、先進工業国であったヨーロッパ諸国や日本が戦争で生産設備に壊滅的被害を蒙り、アメリカの一人勝ちの時代が始まりました。
そのモノづくり大国・アメリカに影が差してきたのが、優秀な日本車叩きが始まった1980年代です。

ドイツの復興も相まって、アメリカの優位性が少しずつ失われ、僕が子供の頃よく見ていたアメリカドラマのアメリカ庶民生活が下がっていきました。
今でもアメリカ全体では成長していますが、金融とITに牽引されてところが多く、その業界に所属する方の所得は増えていますが、田舎の多くの雇用を抱える農業・製造業従事者の所得は、1980年代以降減り続けています。

かつてのアメリカの栄光を知る中部の庶民は、一部が超裕福になるアメリカから、アメリカ国民の多くが繁栄を謳歌するかつてのアメリカへの回帰を語るトランプさんを選択した選挙だったように思う。

来年以降のアメリカの利益を第一に考えた政策を取っていくでしょう。
アメリカ現地生産せず、輸出ばかりしている企業や国には厳しくなるでしょう。

日本は、自国防衛を始め、自立が求められます。
独立国としては「当たり前」なのですが、「尖閣有事に、米軍は助けてくれるか?」なんて他人任せな論議が、マスコミ有識者で議論されますが、まずは自分たちがどのように全力で立ち向かうかという「当たり前」が論議される国にならなければなりません。
僕は歓迎です。

トランプさん 1/2

トランプさんが、アメリカ大統領に当選しました。
「キワモノ」「泡沫」「世界の終わり」などと、評論家さん達にボロカスだったトランプさんが、勝ち切りました。

最初に「ダメ候補」として注目を集めたのが、「メキシコ国境にメキシコの資金で壁を作り、不法移民を断つ」発言でした。
マスコミや有識者がこぞって、「人権侵害」や「移民でGDPを押し上げてきた移民国家・アメリカなのに」との理由付けで、排除しようとしました。
でも僕は、「法律違反である不法移民を排除し、秩序を取り戻そうとしているだけ」の主張にしか思えませんでした。
英語が聞き取れないので理解しているわけではありませんが、評論家やマスコミが言うように過激な表現かもしれませんが、「まとも」な主張です。
もし日本の一部に、恒常的に不法移民が侵入している場所があったら、僕は「取り締まれ」というに決まっています。
正式な移民は、なにも制限しようとしていないし・・・。

大阪府知事・大阪市長として大改革を行った橋下徹さんに、オーバーラップして見えました。
夕張市に続く財政再建団体転落の危機だった大阪の財政に大鉈を振るい、転落の危機を脱しながら、私立高校も含め、全ての高校授業料を無料化した「年寄りから若者へ」の税金の使い方変更に唸りました。

日本は、「国際人権規約」で謳われている「高等教育も含めた無償化」に逆行し、大学・大学院の授業料を値上げしてしてきました。
ヨーロッパ先進国の多くは、大学・大学院を含め授業料が無料です。
ジュニアヨット協会理事の時、デンマークから20代前半のコーチを招聘したことがありました。
彼は、コーチ業で稼ぎお金を貯め、帰国して医学系大学に入学し勉強するという明確な将来像を持っていました。
授業料が無料で、入学試験の難しくないので、大学へのエントリー・維持は楽だけど、ハードに勉強しないと卒業できないのだと、デンマークの教育事情を教えてくれた。
生活費さえなんとかなれば、親から独立した生活が出来るのだとか。

次男が大学時代、フィアンセさんがオランダに1年間留学した。
外国人である日本人でさえ、授業料は無料でした。
義務教育である中学までは無料ですが、高校から授業料が家計を圧迫します。
一気に大学院まで無償化するのは難しいと思いますが、「まずは高校から」と実行してしまった橋下徹さんの行動力に敬服します。
問題発言で何度も叩かれる橋下さんですが、綺麗事を並べるだけで行動力のない知事さんよりずっとマシです。

東京都知事選に出馬し、5位で落選した「桜井誠」さんとも共通するところがあるなと思いました。
3人以外の泡沫候補の中で2位で、大健闘しました。
「在日特権を許さない会」代表の櫻井さんは、過激発言ゆえ「ヘイトスピーチの代表」になりましたが、主張していることは、実にまともです。
朝鮮人学校に不法占拠されていた公園を取り戻したり、暴力なしの実力行使抗議活動で行動しています。
選挙後、「日本第一党」を立ち上げ、日本の選挙制度により、真正面から公約を実現しようとしています。
与党になることはないと思いますが、一石を投じれると思います。
「日本維新の党」とともに、躍進して欲しい党です。

10/30・播磨・野間山城へ

2週連続で家内とデートでしたが、この日は家内がお仕事です。
仕事仲間のグループのトップを長年やってるので、その研修です。
講師を関東から呼んでるので、お洒落してお出かけするのでしょう。

グループツーリング参加も考えましたが、VTRやCBで参加できるツーリングは、以前距離があり辛かった方面だったので、日が暮れるのも早くなったのでパスし、ソロツーリングすることにしました。
原付グループのはありましたが、通勤で毎日乗ってるスクーターで参加になるので、最近新鮮味がなくなっています。

以前、降雨により途中で帰ってきたルートに再挑戦します。
播磨の中世の山城「野間山城」攻めです。
目を覚ましたら、階下で家内が活動している音が聞こえ、時計を見ると6時前になっていました。
夜明けとともに山城アタックを考えていたのに、大幅遅れです。

家内と朝ごはんを食べ、ゆっくりと家を出ました。
お供は、「里山VTR250」です。
高速道路利用予定ですが、風も強くなく、2つ目の目的地・「日光寺」が山の上にあり、細い急傾斜林道が予想されるので、CB400SBではコカした時難儀します。

7:58、「出光・セルフ宝塚176」で給油。
228km/7.78L=29.3km/L。
宝塚ICから中国道に乗り、8:23「名塩SA」
バイクが10台以上います。
ソロそうな方も、グループの集合場所であるような方もいます。
トイレを拝借し、出発。

中国道を更に西に走り、「加西IC」下車。
r24を北上し、9:10「ローソン加西満久町店」で、バナナ4本149円・ローソン麦茶100円を購入。
右サイドミラーからの後方視界がイマイチなので、工具を出してゴソゴソしていると、ルパン三世が乗ってるようなフィアットが行列でやってきました。
高速道路を走っている時も、フィアット行列が抜かして行っていたので、愛好家ミーティングがあるのかもしれません。
ワーゲン・ゴルフなども混じっていました。

r24を北上し、r143にチェンジして野間川を遡ります。
9:37、「野間山城」
20161030NomaS003s.jpg 車が10台ほど停められる駐車場があり、「こんなにメジャーなの?」と訝っていると、「ほたるの宿路 八千代区俵田」という看板が立っており、6月の蛍狩りのお客さん用のようです。
20161030NomaS004s.jpg 「まむし生息地」という物騒な看板もあります。

20161030NomaS005s.jpg 交差点には、「森のホテル・エーデルささゆり カフェ&レストラン あと1.5km」という看板も上がっています。
横を流れる「野間川」の水はとても綺麗で、青サギが休憩しています。
ロードバイクが数台通り過ぎ、サイクリングに来ても楽しそうです。
Tマップルを取り出し、「ここまで車で来て、野間川沿い~杉原川沿い・ダム湖翠明湖沿い・森のホテルで昼食」という「夫婦でサイクリング」プランが浮かびました。
川沿いの道は、基本的に勾配が緩やかです。

20161030NomaS007s.jpg 川を渡ったところに、「野間山城」案内板が立っています。
『この山城は、野間城の「詰の城」で、南北朝時代に築かれました。その後、在田氏が野間に本拠地を移して改修し、今の形になりました。鶴が翼を広げた姿に似ているので、「鶴琳城(かくりんじょう)」と呼ばれています。非常時に立てこもる城で、一部に石垣が残っています』

在田氏は、播磨守護・赤松氏流れなので、大きな力を持っていました。
鎌倉幕府を倒した足利尊氏とともに後醍醐天皇を中心にして戦った悪党・赤松氏は、室町時代に入り大きな勢力になりました。
その後嘉吉の乱で、幕府将軍を暗殺したことで没落しますが、後醍醐天皇が持ち去った三種の神器を南朝から取り戻し、播磨・備前・美作守護の座を取り戻しました。

戦国の世に移り、浦上氏に下克上され、浦上氏自身も宇喜多直家に下克上される世になると、赤松氏末裔達は、本拠地播磨内で独立した大きな存在になりました。
羽柴秀吉に兵糧攻めで滅ぼされた別所氏であり、黒田官兵衛が仕えた小寺氏です。


希望

NHK朝ドラ「べっぴんさん」を見ていて、僕も感じている真実の言葉を聞いた。
4人で始めたベビー用品製造販売店から、主人公・すみれの女学校時代の同級生2人が、家庭の事情と体調不良で抜けてしまった。

主人公・すみれと、元すみれの家で働いていた女中さんの娘・明美ちゃんが、入院中の同級生・君枝ちゃんを病院に見舞った。
君枝ちゃんは、根っから体が弱い子だったが、旦那さんから請われて結婚し、一児の母となっていた。
旦那さんが復員し、妻を労る気持ちに応え、働きたいけれど仕事から抜けた。

見舞った病室から帰る時、明美ちゃんが、「看護婦の経験では、現状維持を願うより、治した後の希望が治療に最も重要」という趣旨のことを、旦那さんに言う。

僕の経験からも、全くその通りだと思う。
ニュースでは、貧乏が自死に繋がるようなことを言うが、生活保護の制度が充実している日本では、アジアやアフリカの最貧国のような生活をしている人はいない。
そんな生活をしていながら、目を爛々と輝かせて写真に写る子供は、日本人の子より輝いているように見える。
貧乏やお金持ちなんて、関係ないのです。

ずっと豊かな生活をしている人が、自死を選ぶのが日本です。
人が死を選ぶ時の理由は、「将来への希望を失った時」「自分の未来が想像出来なくなった時」、そして「自ら責任を取る時」の3つがあると思う。

僕の幼児の時のお気に入りの場所が、父のあぐらの上だった。
大東亜戦争・南方戦線帰りの父は、よく戦争の話をしてくれた。
ボルネオに渡る時、輸送船4隻に分乗したが、途中で他の3隻は、米潜水艦魚雷により撃沈し、無事着いたのは父の乗った船だけ。
上陸後の米の艦砲射撃は花火の何十倍も美しく、午前中と午後の定時に始まるので、よく観に行った。
朝ごはん・昼食・おやつ時間には、艦砲射撃がなく米軍の余裕を実感した。
その間は、こちらもリラックスできた。

斥候として小隊を組んで前線に出る時、米兵の小隊は時々機関銃を連射し、日本兵と鉢合わせしないようにしていた。
お互い、殺し合いなんてしたくないので、そこにいるとわかったら、お互いを避ける。

米戦車が来るという情報が入り、夜中蛸壺(ジャングル内に自分で自分が入る穴を掘り、爆弾を抱えて中に入る)に潜んでいると、「お母さ~ん」(お父さんと叫ぶ者はいない)と叫ぶ同じ境遇の友軍兵の声が聞こえてくる。

部下に往復ビンタなどしていたら、戦闘が始まった時、後ろから友軍兵に撃たれる(部隊長・小隊長は、最前線で指揮をするので)。
だから、日頃恨みを買っちゃダメ。
喧嘩をしても、勝ち切ってはいけない。
少々負け気味で止めるのが良い。

銃弾も食料も欠乏しているので、ジャングル内を逃げ回っていた。
途中で道端に座り止まると死が待っている。
皆食料が欠乏しているので、体力的にはさほど変わらない。
生死の境は、希望のあるなし、生き抜き家に帰る将来が想像できなくなると足が止まる。
カエル・蛇・・・なんでも食べた。
食料なんて、なんとでもなるが、希望は誰も与えてくれない。

極限の世界を生き抜いた父からの言葉は、幼児ながら心に深く刻まれた。
僕は父からの言葉を人生訓として生きてきた。
そして家族が希望を失わないように、行動し笑顔で接し言葉を掛けてきたつもりです。

息子たちを一度も叱らなかった。
警察に身元引受に行った時も、裁判所に行った時も、停学1ヶ月を食らった時も、いつも家内に任せず、当主である僕が仕事を休み、警察や学校・相手様のところに出かけていき、頭を下げる姿を息子たちに見せた。
そしてその帰り、笑顔で冗談を言い、「どんなことがあっても、お父さんはお前の味方だから」ときちんと伝えた。
世界中が敵になって、たった一人になっても味方でいようと決め、今まで貫いてきた。

ヨット部で何度も経験した、風が強くなり波が荒れ翻弄されても、一旦ホームポートの防波堤内に入ると、いつも変わらず穏やかな水面と温かい艇庫が待っていてくれる。
家族にとって僕は、そんな人であろうとし、最後の防波堤になろうとしてきた。

このドラマ、すみれちゃんの父親・坂東さんが良く、靴屋さん・麻田さんが素晴らしい。

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本日は、米大統領選の日。
クリントンさん有利ということで投票日を迎えたが、家内はクリントンさんが勝つと予想し、僕はトランプさん勝利を予想している。

トランプさんの過激発言ばかり、日本のマスコミが取り上げて、人格的欠陥のあるトランプさんは大統領にふさわしくないと言っていますが、僕には「本音」の吐露に過ぎないように見えます。
過去の大統領の所属政党を見て、共和党政権の方が、日本にとってプラスに働くと思います。

イギリスがEU離脱の時、僕は離脱した方が良いと書きました。
EU離脱すると、関税が復活しイギリス経済にマイナスとマスコミの殆どは言っていましたが、ポンド安で関税分は相殺されると予想した通り、現在ポンド安でイギリス経済は絶好調のようです。

ドイツに、イギリスやフランスが束になっても勝てません。
第一次世界大戦以前からそういう構図です。EUの関税なし統合で、結局ドイツの一人勝ちになりました。
小国のベネルクス三国が協力しようと始まったEUですが、ドイツの大量移民受け入れ賛成が引き金になって、心の底に抑えていた「本音」を口にするようになりました。
いずれ解体に向かうでしょう。

EUは大きくなり過ぎました。
軍事同盟・NATOは、そのまま残るでしょうが・・・

イギリスのEU離脱の選択も、アメリカのトランプ現象も、「将来への希望」という人間が本来持っている本能からの選択に思えてならない。

待ち合わせ おまけ

大学時代家内と知り合い、初めて家内を家まで送って行った時、自宅に近づくと、「良いもの見せてあげようか?」と、播州地場の「太和殿」という結婚式場の駐車場に誘導された。
「え~、積極的~」と思いながらエントランスに入っていくと、吹き抜けの壁を見上げている。
僕もそれを見ながら・・・
「ん?ひょっとして・・ちゃん?」
お色直しの着物衣装で着飾った家内が、大アップでそこにいた。

これにはタマゲました。
小学生の頃から、お茶とお華を稽古しており、すでに免許皆伝者です。
地元でも「美少女」として目立っていたので、プロじゃないけど、お茶お華の先生を通じて、着物モデルのお話がよく来るそうです。
着慣れている人じゃないと自然観が出ないのだとか。

背筋を伸ばし、細い首が伸び、凛とした佇まいで歩く後ろ姿が美しく、それを褒めたことがあります。
お茶をやっていれば、自然に皆そういう歩き方になるのよ・・・。
因みに数年後、太和殿がローカルTV局でCMを流すようになり、砂浜の海岸を走るモデルが藤原紀香さんでした。
家内も、関西ローカル局・サンテレビですが、地元企業CMに出演していたことがあります。

僕は就職で東京に転出し、家内とは遠距離恋愛になりました。
僕を「新幹線・新大阪駅」まで見送りに来てくれた日、「東京には綺麗な人がたくさんいるから、私のことは忘れてくれてもいいよ」なんて言います。
頬には涙が溢れており、「そんなことないよ。毎日電話するから」と言って、しっかり抱きしめた。
女性の涙は、最強です。
家内はいつも、自分の希望・意思を上手に伝えて来ます。
僕もこの時負けたと思いましたが、僕らの子供たちを一度も叱らず、上手に育て上げました。

出発時間になり、車内に入り、ドア越しに家内と別れ席に着くと、隣のおっちゃんが僕らを見ていたようで・・・というより、めちゃめちゃ目立ってたので、視線をたくさん感じながら、家内の目を見つめていた・・・
「兄ちゃんやるな、彼女大事にせなあかんよ」と言われた。

ホームでのこの様子を、なんとTV局に撮られていた。
涙を濡らしながら電車で帰る家内に、TV局から接触があり、家に帰る電車内でもずっとカメラで撮られていました。
インタビューも受け、僕らの馴れ初めや現在の状況など聞かれたのだとか・・・美人は、何かと得です。

後日家内から電話があり、「あのね、短い番組になってTVで流れるよ、いい?」って。
新幹線の駅での恋人の別れのシーンを撮ってたようで、スポット的に放送されました。
そういうのが何本かあり、数年後、「シンデレラエキスプレス」というスポット番組になりました。
そして、JR東海の「シンデレラエキスプレス」や「クリスマスエキスプレス」のCMに発展していった。
今でも、新幹線ホームでは、恋人たちの「シンデレラエキスプレス」が日曜の夜に花を咲かせているだろう。

1年後、大阪支店の欠員が出て関西に戻るまで、毎月1回、行ったり来たりの遠距離デートをした。
荒井由実の歌詞に出てくる「山手のドルフィン」で食事をしたこともある。
東京駅と新大阪駅で、再会を喜び、涙の別れを毎月繰り返した。
携帯電話がないからこそ、駅で会えないかも知れない不安を感じながら家内を探し、再会の喜びが倍増する。

そんな想い出が素敵で、家内と待ち合わせる時、携帯電話の電源は入れながらも、前もって電話で現在地を聞くことはしない。
この電車かな? 次かな? と思いながら、待ち人の顔を浮かべながら、改札口から出てくる人波を見ているのが好きだ。
これからも、待ち合わせ時間に遅れないよう早めに行って待つ人生を送っていこう。


10/31・アメリカのハロウィン

長男のお嫁さんからメールが届きました。
アメリカのハロウィン便りです。

長男が仕事で、嫡孫遼くん3才がプリスクールに行っている間、地元図書館で催された「ハロウィン絵本読み聞かせ」に次孫航くん0才を連れて参加したそうです。
IMG_0597s.jpg床に座り、読み聞かせお姉さんのほうを向いている次孫君の背中に「バットマン」が目立ちます。
小鳥の着ぐるみの子もいます。

週末は、家族4人で、プリスクールのハロウィンイベントに参加したようです。
IMG_0571s.jpg 孫くんたちは2人共バットマンの着ぐるみ姿での参加です。
遼くんは、日頃のトレーニングでお腹が6つに割れており、かっこいい。
こういうのを長男は好きなので、「遼くん、かっこいい~」って横で大盛り上がり、孫くんをその気にさせている姿が目に見えます。
僕もそうで、息子たちは自分がヒーローだと、かなり勘違いしたと思います。

IMG_0554s.jpgカボチャに切接して作った目や口のシールを貼ったようです。
収穫に感謝し、玄関に飾るのかな?

そして本番の10/31、会社の同僚の子達と一緒に、近所の家庭を巡り、お菓子をたくさんゲットしたそうです。
IMG_0639s.jpg 何故か日本人と思われる子ばかり5人で、女の子の衣装がお姫様で可愛らしい。
アメリカ人スタッフやその子がいると、要領がわかっており安心なのに・・・
まあ、アメリカ赴任では先輩の日本人の子なんだろうけど・・・
IMG_0647s.jpg遼くんが一番年長のようで、先頭に立ってお家を訪問している感じです。
僕同様、息子におだてられ、自分はなんでも出来ると勘違いして、ピンポーンしているのでしょう。

本場アメリカのハロウィンの盛り上がりは、物凄いそうです。

10/28・お嫁さんの誕生日

10/27は、長男のお嫁さんの誕生日です。
家内が、お誕生日おめでとうメールを送っていたので、僕も送った。
時差が11時間あるので、「日本時間10/28/12:00までなら間に合うから送ってね」と家内に言われたいたから。
これまでは、プレゼントを送っていましたが、遠く離れちゃったので、メールだけです。

返信メールに、写真が添付されていました。
家族で「お誕生日祝い」をしたそうで、いつもなら料理好きなお嫁さんの手作りケーキなんだけど、購入したケーキの写真がありました。
IMG_0372s.jpg 日本にはないような縦長のケーキで、ローソクが螺旋状になっており、珍しい。
アメリカのケーキは、びっくりするほど甘いそうで、あの体格になるのは当たり前なのかも。

孫の遼くん・3才は、プリスクールに通い初めて1週間で慣れ、行きたがらずグズグズしていた姿はもうなく、喜んで行くようになったそうです。
言葉が通じなくても、同学年のお友達がたくさんおり、一緒に遊べて楽しいのでしょう。

ケーキを見てる遼くんの笑顔が最高です。
2人の子を育てた経験では、3~6才が最高に面白く可愛かった。
長男夫婦は、幸せの絶頂期です。
いいな・・・

10/24・次男お礼参り

次男のお嫁さんが、家族共有Dropboxに写真を投稿してくれました。
写真 2016-10-22 15 36 09s アップリカの3輪乳母車を購入したようで、そのお披露目です。
写真 2016-10-22 17 05 14s 植物園と芝生での写真で、一家3人の笑顔が爆発しています。
次男は家族の時間を大切に、家族を楽しんでいるようです。

靖国神社に奉拝したようです。
写真 2016-10-23 14 53 20s 御朱印をもらっています。
お礼参りだけだったのかな?
秋の例大祭に行ったのかな?
遊就館も、日本人なら一度は見といた方がいいよね。

そういう僕は、まだ一度も参ったことがありません。
知り合いのお婆さんが、「A級戦犯も一緒に祀られている神社になんて行くもんか、亡くなった息子は骨のない箱で帰ってきたけど、お墓を立てて参っているから」と怒っていました。
息子を亡くした母親の気持ちは、そうなんだろうなと察しました。

それもありずっと靖国神社に足が向きませんでしたが、東京での長男の結婚式の翌日、上野でバイクをレンタルし、家内とタンデムして、東京巡りをしました。
八重洲の長男の勤める会社、次男が設計した農業レストランと、同じく設計した築地のレストランなどを巡り、靖国神社初訪問しました。

ところが、右翼の街宣車が大音量で宣伝しており、機動隊バスが近くに止まり、騒然としていたのでスルーしちゃいました。
主義主張はあるにせよ、国の歩みの中で殉じた尊い命に、落ち着いて参拝できないのかな?

そう言えば昨日・11/3は、祝日「文化の日」でした。
僕は、父に習って、祝日に国旗を門に掲げます。
祝日は、素晴らしい出来事を、国民皆で仕事を休んで祝う日で、単なる仕事休みの休日ではありません。
明治天皇の誕生を祝う日として祝日になりました。

現代から振り返っても、大植民地時代でも独立を保ち、現在の日本繁栄の礎になった明治時代の大発展を成し遂げた象徴の明治天皇。
昭和21年(1946)のアメリカの占領下、GHQの日本解体・弱体化の方針の下、風前の灯火だった明治天皇誕生日を、日本国憲法公布日にすることで、「日本国憲法公布」記念日として祝日を何とか保った。
因みに、日本国憲法が施行されたのが、公布6ヶ月後の5/3「憲法記念日」です。
先人がGHQの日本弱体化陰謀から守った「憲法公布の日」記念日をも風化させようとする「文化の日」という呼称。
後世の日本国民に託した、いつかアメリカの暗雲を振り払い、元に戻してほしいとの願いが篭った思いを感じる。
日本国民皆が、自分の生まれた国を誇りに思う「明治天皇誕生日」としての「天長節」としての呼称に戻した方がいいなと思う。

今月は、もう一度祝日がある・・・11/23「勤労感謝の日」
本来は、天の恵みである農作物の豊作に感謝する「新嘗祭」であった。
これもGHQと、天皇制反対勢力の共産党系により、本来の意味を失った「勤労感謝の日」になってしまった。
アメリカのハロウィンと同じ「天の恵みに感謝する日」から、「労働する人に感謝する日」へ。
更に共産党系勢力により、5/1メーデー(国際的な労働者の日)に変更されようとした経緯もある。
アメリカのハロウィンのように、本来の意味する「新嘗祭」に戻す方が、ストレートにどういう日か子供にもわかる。

こういう流れが出来ると、単に連休にするために、毎年祝日を変更している現在の馬鹿げた日本の歴史を顧みない祝日制度が、元の「その日を大切に祝う」風潮に戻りそうだ。
次男は、結婚式も着物を着た神前結婚を挙げ、日本を意識した人生を送っている。
最近の若者が、左派系労働運動に疑問を持ち、左派系思考から、日本を大切にし、日本にアイデンティティーをリスペクトする思考に変化しているのが頼もしく思う。

10/24・アインシュタイン銅像 & 収穫感謝農業まつり

長男のお嫁さんから、メール添付で写真が送られてきました。

IMG_0150s.jpgプリンストンの住宅地に住んでいますが、プリンストン大学校内を散歩した様子です。
欧米式で、日本の大学のように塀がないのだろうから、住宅地を歩いてれば、いつの間にか大学エリアに入っちゃうのだろう。

素敵で古風な大学の校舎とともに、アインシュタインの銅像の前で子供たちと写真に収まっています。
20161024IMG_0166s.jpg将来、孫達が「知の巨人」になるといいな。

アインシュタインは、ヒトラーから逃れるために、ドイツから亡命したユダヤ人で、「E=MC2」という有名な特殊相対性理論を発表したノーベル物理学賞学者で、アメリカ原爆の生みの親の一人でもある。

近くの農場のFallフェスティバルに行ったそうです。
IMG_0218s.jpg 木製のトラクターに乗る遼くんはかっこよく、大きなカボチャが並んでいるので、ハロウィンのために買っていくのがアメリカ流なのでしょう。 

待ち合わせ その3

そんな経験をして、4回生になり同じ大学の同学年の家内と縁が出来た。
1回生の時、昼休みの学生食堂で「優」の評価をしていた彼女で、彼女と同じ学部のヨット部員から、所属を聞いていた。
ヨット部の女子マネさんとゼミが一緒でもあった。
後で知ったのですが、マネさんに、「いい子を紹介してあげようか?」と2回生の時言われた子でした。

大学外での資格試験の講習会で、たまたま一緒になり、昼食に誘ったのがきっかけです。
夏休みの2週間ぐらいの講習会で、毎日お昼ごはんを食べた。
当然僕のことは知らなかったが、男子の多い学部で、英語のクラスに女子が3人だけだから目立ちます。
1人はヨット部マネージャー、もう一人も僕の中高の同級生の彼女だった。
縁があるなと感じたし、話をしていっぺんに気に入った。

色白で、シミひとつ無いきめ細かな素肌美人です。
僕はどうも、美人の第一要件が「お肌が綺麗」のようで、お人形のような肌の人に惹かれる。
当時茶髪などなかったのに、彼女の髪は少しブラウン系に見え、少しブラウンアイです。
「100%の日本人じゃない」と直感したので聞いたら、両親も祖父母も日本人だけど、子供の時から良く外人と言われたとのこと。
うちの家に連れて行った時、母親の感想は、「フランス人形みたい」でした。

3つのポイントが決め手で、その講習会が終わるときには、「この子と結婚するかも」と感じた。
1つは、彼女が3世代で住んでいたこと。
もう1つが、親に叱られた経験がないこと。

僕は長男なので、いずれ親の面倒を見ることになるから、3世代経験があるのはありがたい。
僕は母親に叱られて育ち、母親が嫌いになっていたので、そんな家庭になりたくないと思っていた。
親子喧嘩のない家庭が理想で、喧嘩になるのは、子供の要求に対する親の対応なので、全ての親子喧嘩は親が原因だと思っている。
子を叱らない人と家庭を持ちたかった。

そして最後が、「付き合ってる人を、4時間待ったことがある」こと。
1回生の時から付き合ってる人で、いつも遅れる人だそうです。
彼は家庭教師を一生懸命しており(卒業後、就職せずに、中学受験塾を開業した)、彼女は女兄弟の妹ですが姉が嫁いだので、婿を取って実家を継ぐ予定で、友達以上ガッツリ付き合い未満という関係です。

「よく4時間も待てるね」と聞くと、「だって、後1分で来るかもしれないじゃない。そしたら悪いし・・・。それにどこに連れて行ってくれるかわからないけど、帰っても予定はないし・・・」と答えるのを聞きながら、「この子好きだな」とドキンとした。

その後2ヶ月で、彼女の親戚をドライブデートで周り、「結婚してくれない?」とプロポーズし、「いいよ」と軽くあっさりと満額回答をもらった。

僕らの婚約発表パーティーを、甲子園駅近くのレストランで行った。
幼馴染片思いの彼女にも来てもらった。
家内が作ってくれた可愛い招待状を彼女の家に持っていくと、お母さんが出てきて、場の悪そうな顔をしていた。
「娘のフィアンセさんが来ているの、婚約したの・・だから会えないわ」と。

僕の婚約パーティーの事を話すと、いっぺんに顔が明るくなり、「おめでとう、良かったね」と僕の幼稚園時代を知る人なので、母親のような笑顔で讃えてくれた。
すぐに裏に走り、彼女とフィアンセさんを呼んできて、お互いのことを報告した。

7才年上のフィアンセさんによると、彼女がアルバイトで医学部付属病院の受付に入ったら、院内でものすごい美人が来たとすぐに噂になり、インターンだったフィアンセさんが日参して口説き落としたとのことだった。

その後、お互いの結婚式に出席した。
今でも続いている幼稚園の同窓会に家内を連れて行ったことがある。
10名以下の人数が集まるのですが、みんな下の名前で呼び合う仲です。
僕も片思い彼女も長いプラトニックな関係を何処かで意識しているのか、女の勘なのか、家内は1回で何かを感じたようで、2回目はパスされ続けています。

クリスマスイブに振られちゃった彼女にも、僕の婚約の報告をするために電話をしました。
お母さんが出てこられ、こちらも気まずい感じだったので、先に僕が婚約したとの要件を話したら、「おめでとう」と喜んでくれ、「実は娘もそうなの、クラブで知り合った先輩の方と婚約してるの。お相手は1年前に就職して東京にいて、卒業と同時に東京に嫁ぐことになっている・・・。娘はいないけど、伝えておくね」と教えてくれた。

彼女とはゼミが一緒だから、毎週顔を合わせ話をする仲だけど、婚約のことは知らなかった。
一時期、家にお邪魔しお世話になったお母さんなので、お礼を言って電話を切った。
大学卒業式後の謝恩会を終え、彼女と2人数時間話をし、彼女にもお礼が言えた。
彼女が僕と付き合ってくれたお陰で、僕の大学生活はより充実した。

後日彼女から手紙が届いた。
僕のフィアンセの学部も名前を伝えたので、卒業アルバムで見てくれたようで、「綺麗な人ね・・・」など、面と向かって僕に言葉で言えなかった気持ちを、文面で吐露してくれた。
とても嬉しかった。

僕の「待ち合わせ」の泣き笑い想い出です。

待ち合わせ その2

男女共学大学生になり、男子校ゆえ女の子に免疫のなかった僕も、女の子に声を掛けるようになった。
同じ学部の別の英語クラスに、学部学年一の美人さんがいた。
高校同級生と同じクラスだったので、そのことを話すと、彼女はクラスの誰かを気に入ってるらしいとの噂があるという。

そいつも、もう一人のクラスの女子(彼のクラスには女の子2人だけ)が気に入ってるらしく、彼に声を掛けてもらい、お昼ごはんを4人で食べた。
彼女とはお付き合いが始まり、神戸異人館などいろんなとこをドライブデートした。
異人館街に「占い館」みたいなとこがあり、「私達の将来を占ってもらおう」と誘われるまま、占ってもらったこともある。
「結婚」というワードが出ると赤面してしまうが、女の子はこういうことが平気なんだとわかった。
僕も、「この子とは結婚はしないけど・・・」という気持ちで付き合ったことはないけど、流石に言葉には出さない。

僕の所属するヨット部のマネージャーになろうかな? なんてことも言ってくれたが、実現しないままだった。
きっと、僕の「彼女が同じクラブにいると、からかわれてかなわん」という気持ちが表に出ていたのだと思う。

その年のクリスマスは、ヨット部主催のスキーツアーに参加してくれた。
彼女はプロポーションが素晴らしく、ヨット部内で評判になったが、2人だけでラブリーな時間を過ごすなんてことは、周りの目がありできなかった。
僕のGFさんと話していたので、部員に羨ましがられた。

1回生の後期試験は、学費値上げ闘争の影響で、試験が中止されレポート提出で代用された。
彼女の家に行き、こたつで2人でせっせとレポートを書いたりした。
文字好き・作文好きの僕は、お陰で「優」のオンパレードで1回生を終えた。

一緒のゼミを取ったり交際は順調だったが、春から秋までのヨットシーズン中、休日を一緒に過ごせないのが寂しいらしく、ボーリング同好会に入部した。
高校時代、バスケットボール部だったので、運動をするのが楽しく、後で知ったのだが部内で1年先輩の虫がすぐついてしまったようだ。

「お前の彼女、知らんやつと手を繋いでいたぞ、別れたんか?」と友人に言われ、「まさか」と無視していた。
12月になり、神戸でデートしてた時、イタリアンレストランのクリスマス・ディナーチケットを買った。

「その日はここで待ち合わせて・・・」と約束も出来上がり、ウキウキでその日を迎える前日、彼女から電話が掛かってきた。
僕の家に連れてきたこともあるし、うちの母親を連れて3人で、美術館ドライブデートをしたこともあるので、母親と長電話した後僕に代わった。

「クリスマスディナーに行けなくなったの・・・ボーリング同好会の先輩と付き合うようになったの・・・ごめんなさい。学校でしか会えないので、寂しかったの・・・これからは、良い友達として・・・」
ショックだったけど、仕方ないと思った。
約束の前日まで、僕に別れの言葉を言い出せず、苦しんだのだろう。
「うん、わかった」と答えるだけだった。

気持ちの整理がつかず、クリスマスディナー当日、待ち合わせ場所に待ち合わせの時間に行った。
ディナーチケットは、お互いが持っていたので、来るかもしれない・・・。
もちろん来るはずがなく、約束の時間が過ぎ、暗くなってきても、ただボーッと待っていた。
多くのカップルが落ち合い、笑顔とともにその場を去っていった。
僕は、ただそれを見ているだけ・・・。


山下達郎・クリスマスイブの歌詞のように、雪が降ってきた。
「きっと君は来ない、一人きりのクリスマスイブ♪・・・」
雪が強くなり、失意のうちにその場を離れた。
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のりまきターボ

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