9/27・インカレ予選 その2

慰めの声など掛けられる雰囲気ではないので、その横で「沖の南西の風が落ちてきましたね。天気予報では北の風なので、これで風が落ち、北風が下りてくるまで風待ちがありそうですね」と、OBとみんなに聞こえるように僕の楽天的予想を話します。
「きっと十分な時間があるから、落ち着いていこう」とみんなに声を掛けます。
「しっかりチューニングしてから慌てず行こう」と、みんなからも声が上がります。

チューニングが出たので、湖面に下ろし、再び曳航してレース海面に疾走します。
レース状況は、僕の楽天的予想がピタリと当たり、風が落ちてスタート延期になっています。
ラッキー、ラッキー、逆転3位に神様も味方してくれているようです。

しばらく風待ちをした後、北から風は下りてきて、エース艇のチューニングチェックのために、S級レース前練習に付き合います。
第9レースがスタートしました。
470に続き、問題のS級スタート。
リコールフラッグが上がります。
1艇スタートラインに戻ってから再スタートしました。
なんと当方の艇ではないか。
リコールフラッグが降りたので、彼だけがフライングしたようです。

この時点での彼の順位はビリ。
懸命の挽回が始まります。
他の2艇の位置を、僕のレース用双眼鏡を交代要員として乗っている部員に渡し、その報告が上がってきます。
どうやらあとの2艇はトップに絡んだ位置にいるようです。
団体戦は3艇合計点数なので、頑張って欲しい。
途中経過では、3艇合計で3位の学校よりかなり成績がよく、16点差を逆転しています。

目視ですが、2位・4位・19位でフィニッシュ。
レギュラー艇の1艇をメンバーチェンジしたのが良かったのか、スーパーサブが4位を取ってくれました。
ライバル校も盛り返し、逆転はなりませんでしたが、2点差まで追いつきました。
これはもう同点と言える点差なので、泣いても笑っても最終レースで勝った方が全日本切符を手にします。

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時々、弱い風が入るものの持続せず、また長い風待ちに入りました。
レース艇が食べ物を取りにやってきます。
全艇に点差を伝えます。
470級キャプテンからの指示で、スタートしにラインギリギリに早めに止め、他校のフライングを誘ったそうです。
それが見事に成功し、スタートやり直しになったことを聞きました。
470のスタートが遅れると、自動的にS級スタートも遅れるので、チームで時間稼ぎをしていたようです。
「こいつら凄いな」・・・仲間のピンチをみんなでカバーしようとしました。

「今日はついてるぞ、必ず風が入ってくるから、焦らず待とう」と声を掛けました。
13:30になっても、とうとうまともな風が入らず、N/Aフラッグ(本日のレースは終了)が本部船に上がりました。
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残念ながら仕方ないです。
暫定ながら、470は3位通過、Sは2点差4位で4回生引退・来年のチームに交代です。
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9/27・インカレ予選 その1

日曜日は、全日本インカレ予選のコーチングで、琵琶湖に行ってきました。
このレースで3位以内に入らなければ、全日本インカレ出場がなくなり、4回生部員は引退です。

2日間終了時点で、470級は、D社・金沢に続いて3位です。
2位にも4位のRitzにも点数が開き、あと2レースを残すものの失格を喰らわなければ大丈夫でしょう。
S級は、D社・金沢・京産に続き4位です。
8レースが終了していますが、エース君が破竹の4連続トップフィニッシュで実力を見せていますが、何とその4回目のトップがスタートリコール(フライング)により失格で、4位に甘んじています。

2週連続の練習参加で、体調管理・マテリアルトラブル・横文字(フライングや審問での失格)が、団体戦勝利のキーワードになると話してきましたが、やってしまいました。
当方の方が3位よりスピードがあるようなので、残り2レースあれば逆転可能です。

5:30から身支度を開始し、6時に「招き猫CB400SB」で出発。
中国道~名神~湖西道路経由の定番コースで、6:59・ハーバー近くの「セブン-イレブン大津松山町」で、「たっぷりハムと卵のサンド・270円」を朝食として購入。
数人の部員の他、次男と同期の監督・S級コーチも買い出しにやって来ました。

ハーバーで、バイク装束をバイクに置き、上からバイクカバーを掛けて、艇庫に向かいます。
レース日なので、他大学もレース艇をフィッティングしています。
他大学の選手を含めみんなに挨拶し、レースキューに荷物を乗せながら、サンドイッチを食べます。
院生として京都に残ってる若手OB・OGが、レース運営要員などで来ています。

朝から三井寺の3~4m/sの風が入り、レースコンディションとしてはグッドです。
出艇前ミーティングで、最終日は他大学も入れ込んでいるので、ケースに気をつけることと、気持ちがハイになり過ぎずに、リコールに気をつけるように伝える。

8時、出艇許可フラッグが揚がり、レース艇が次々に出艇していく。
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他大学もそうですが、下級生がレース海面に向かってハーバーを離れていくレギュラー艇に向かって大声でエールを送っている。
何度見ても、気持ちの良い光景です。
スポーツエリートが揃うプロスポーツにはない素人集団の、そして若者の清々しさを感じます。

僕の母校も関西地区の全日本予選の最終日です。
そちらの観覧船ドライバーの打診もありましたが、僕はこちらを選びました。
母校の後輩も、今同じ気持ちでレース最終日に気合満々で臨んでいるでしょう。

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次男同期のS級コーチ・S君は、1歳半と年中さんのパパさんです。
ピアノを習いだしたばかりなのに、発表会に出るそうです。
女の子なのでそれなりの衣装を、爺ちゃん婆ちゃんが買うと張り切っているそうです。
奥さんは、元ヨット部マネージャーなので、彼らの結婚式には、コーチとして僕も呼ばれ、スピーチをさせてもらいました。
彼女も仕事・子育てと張り切っているようです。

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S級チームのレース前練習を見て、470級チームの練習を見ていると、S級エース艇にトラブルが発生したと、1回生を乗せている観覧艇から連絡が入りました。
全速力で、ハーバーバックしているエース艇を追いかけ、曳航してハーバーに戻ります。
エース君は、予定通り9時スタートなら到底間に合わないので、申し訳無さそうに首をうなだれています。
マストを支えるシュラウド(ワイヤー)が切れそうになっており、ハーバーにフル装備で置いてある予備艇のマストを一式載せ替えることにしました。

ハーバーに電話し、残っている部員にマストを外させます。
ラーキーだったのは、このレース艇はS君の会社から借りているものだったことで、S君もその艤装に精通しています。
ハーバーに戻ると急いで陸上に上げ、寄ってたかって載せ替え作業します。
僕らが諦めたら、終わりです。
精一杯目の前の作業をやるだけです。

レース海面からは、レース進行状況の連絡が届きます。
S級のスタートは、470級の5分遅れです。
9時スタートの470級は、ラッキーな事にゼネラルリコール(スタートやり直し)になりました。
これで、10分はスタートが遅れる・・・「よっしゃ~、神は我が方に味方している」
エース艇に乗る選手2人は、悲壮な顔をして黙々と作業しています。

今年も11月は東京へ

数日前に、我が家のお墓参りに行った時の様子と、大野山キャンプ場の様子を、お爺ちゃんがお墓に植えた彼岸花が咲いてる写真などとともに、息子たち夫婦に報告しました。
すると次の日の夜に長男から自宅に電話が入り、「また11月に東京においでよ」と誘われました。

去年も、11月に誘われ、僕のお誕生会を開いてくれました。
「また誘われて、お父さん好かれてるね」と家内に言われましたが、「そっくりそのまま返すわ、僕一人なら誘われないよ」と返しておきました。
息子たちにとって、ずっとちょっと自慢できるお母さんだったからね。

その次の日の土曜日の朝、4:30に目を覚まし、5時に出発し家内の実家・加古川のお墓参りに行きました。
朝から西行き中国道は、交通量が多いです。
連休後の週末なので空いていると思ったら、さにあらずです。

お墓参りを終え、帰りの高速に乗り宝塚トンネルに差し掛かると、反対車線の下り線はノロノロ運転になっていました。
7時なので、宝塚トンネル渋滞ができていました。

ドライブ中に、「次男の結婚式前に、長男一家と次男の嫁さんご家族との顔合わせをしたらどうかな?」と家内に相談しました。
去年、僕らがご両親に会いに行った時は、長男がTOEICテスト当日だったので、長男たちを紹介できませんでした。
弟が結婚する時、両親が結納に弟のフィアンセさん宅にのに、僕ら一家も同行しました。
僕もどんなご家庭かわかったし、向こうのご家族(ご両親・お姉さん夫婦)も、長く付き合うことになる僕らと話せて安心できたと思います。

次男のお嫁さんお実家は埼玉で、長男たちが住む東京と近いので、次男夫婦が適当な機会を作ったら簡単なことです。
ご実家に寄せていただくなら、妹さんやBFさん、近所に住むお婆さんも加わられたら、楽しい時間になりそう。

帰宅後、そんな提案をメールで次男夫婦に送りました。
それと同時に、長男からのメールを受け取りました。
「往復の航空券手配したから」と予約番号とバーコードが載ったeチケットが添付されていました。
これを持って、直接保安検査場に行けばいいようです。
引き落としマイル数は、24000マイルでした。
このマイル数がどんなものはよくわかりませんが、長男が出張などで貯めたマイルを使ったのでしょう。
「マイルが貯まるから、旅行に行く時は言ってよ、チケットをプレゼントするよ」と、いつも言ってくれます。

さらに、僕の誕生日祝いを次男たちにも声を掛けているようで、次男たちも来るようです。
また長男のお嫁さんの手作りケーキを味わえそうです。
両親が健在な時は、家族4人+両親の誕生会を、毎回全員集まってやっていました。
僕らは、両親のためでもあるけど、息子たちのためにやっていました。
家族の思い出を沢山経験させてあげたかったから・・・
きっと長男も、我が子のためを考え僕らを呼ぶのだと思います。
呼ばれるまま、のこのこ出かけていくのが、次世代・次次世代を育てるように思います。

9/23・大野山アルプスランド

r12に戻り、北上開始。
「杉生」交差点で信号待ちしながら見上げた空は、雲1つない上天気・・・心変わりして「大野山」に登ることにしました。
遠くまで見渡せるといいな・・・

左折してr507、右折して一方通行の猪名川展望台への道をウネウネ登ります。
陽が上がってしまったので、鹿さんに出会えないかも? と思いながらも期待しつつ・・・

予想通り、山頂直下のキャンプ場は賑やかのテントの花が咲いていました。
6:18到着。
早起きの方が、散歩をしています。
バイクも数台停まっています。

展望台に上がってみました。
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篠山盆地は霧の下でした。
また、朝霧雲海と登る朝日の大スペクタルを撮りに行かなきゃ。

大野山山頂から、朝日が顔を出しました。
弥十郎ヶ岳・八上山を、北側のビュー説明板を見ながら確認。
南側のビュー説明板で、六甲山・中山連山・大船山を確認。アジサイを見ながら、バイクに戻ります。
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ここはあじさいの大群生地で、今でも青い花が咲いています。

トイレ拝借後、キャンプサイトに入ってみました。
ドーム型の多人数用もあり、1本支柱の三角錐型もあります。
1人用の小さなテントの横に、バーナーが出ており、昨夜のお一人ディナーの名残りを感じる・・・

遠くから聞こえる朝のおしゃべりに、チビな息子たちを連れてキャンプしてた頃を思い出しました。
倉庫には、使われなくなったテントが4張りぐらいあると思います。
ガスコンロも転がっているでしょう。
3世代でキャンプもいいかも・・・。

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猪名川天文台の入場料は200円。
木金土日・祝日の13:30~21:30オープンだそうです。
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満天の星の下でテント泊・・・いいな。

帰路に着きます。
2頭の鹿さんの会えました。
この山は鹿密度高しです。
1/2以上の確率で出会えていると思います。

r507~r12~r319。
7:06、上佐曽利の生花畑激写タイム。
あぜ道には、彼岸花が並んで赤い縁取りを作っています。
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ダリア畑で、黒蝶などいろんな品種のダリアが、畝ごとに植えられています。
横の田は稲刈りを終え、三角錐ピラミッド藁束が整然と並んでいます。

r319~r33、西谷大池にはもう釣り人が10人ほど出ていました。
~r325~長尾山トンネルを抜けて帰宅し、バイクを乾拭きして玄関を入ると8時でした。

実家の仏壇をチンと鳴らし、手を合わせていると、家内もやってきて、「ぶどう引き上げるね」と、弟が供えてくれたぶどうの箱を引き上げます。
仏壇には数粒供えてあるので仏様はそれで満足でしょう。

NHK朝ドラを見ながら朝ごはんを食べていると、「皮まで食べられる種無しブドウ・マスカット色」が数粒デザートで出てきました。
「お、ありがとう。最近このぶどうが多いね、流行りかな?」
「そうね」

北摂お彼岸参り&大野山

9/23・お彼岸お墓参り&猪名川サーキット

前日、弟一家がやってきて、仏壇に手を合わせお供えしていきました。
我が家のお墓参りの帰りです。
弟は、奥さんの実家に住み、マスオさんをしています。

奥さんによると「腰が痛い」と言っていたお母さんは亀裂骨折だったらしく、入院させたそうです。
殆どで歩かなくなり、部屋にこもったきりで、夜中でも心配だったけど、ホッとしたそうです。
もう病院から帰宅できないかもしれないけど、自宅から近いしベストかもしれません。

父が亡くなった後、我が家の隣の僕の実家に1人で住むようになった母が心配で、毎日気にかけていました。
幸い寝こむこともなく、ピンピン・コロリという最高の亡くなり方をしましたので、残念だけど、ホッとしたというのが正直な気持ちでした。
80年生きれたら御の字です。

弟の供えてくれたお花が綺麗なうちに・・・と、お墓参りに行くことにしました。
前日の晩、「5時出発・7時帰宅コース」を家内に打診すると、「私の分まで参っといて」ということになりました。
家内の実家のお墓参りは、連休終了後の早朝を予定しています。
高速道路を使わないとダメなので、連休中は早朝といえど渋滞にハマりそうです。
こちらもお姉さん夫婦が参ったとこなので、そのお花がくたびれる前に参ると楽です。
早朝お墓参りは、お花の調達ができないことだけがネックです。

目覚めたら4:30。
さっさと着替えて、お墓参りセットを「里山VTR250」に載せて、4:58に出発しました。
長尾山トンネル~r325~r33~r319を進みます。
5時になってもまだ暗く、r12に出る5:20頃になって、やっと明るくなってきました。
そろそろ北摂も朝霧の季節になるので期待していましたが、空振りでした。

5:37、お墓到着。
バケツに水を入れ、柄杓を使って、墓石や墓誌に水をかけます。
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彼岸花が真っ赤な花を咲かせており、綺麗です。
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雑草は弟達が綺麗にしてくれており、コスモスが交じるお花も整ったままで、何もする必要がありません。

お墓参りセットからお線香を出し、チャッカマンを探したけどありません。
ケースに入ったマッチにトライしますが、全く火がつく気配なし。
いつも家内が出してくれる墓石を掃除するマットやブラシもないので、別のお墓参りセットを持ってきてしまったようです。
仕方なく手だけ合わせて退散。

まだ時間があるので、r12を北上し、後川から羽束川沿いを帰ることにしました。
r12まで下って気が変わり、少し戻って「猪名川サーキット」を見に行くことにしました。
霊園の最高所から南の峰に上がると、今年探索した山城があります。
その山の西側の谷にサーキットがあります。

r12を少し戻り、手前の谷筋の道を入っていきます。
動物霊園を過ぎると、ススキが両側から伸びた道になり、5:56サーキット到着。
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しかしゲートが閉ざされ、サーキットを見れませんでした。

彼岸参り&大野山 1/2

新・平家物語・全16巻 吉川英治

「新・平家物語・全16巻」吉川英治 講談社 ★★

過去、一度読んだことがある「平家物語」の吉川英治版です。
「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」で有名な冒頭で始まる平家物語は、教科書で一部読んだのが始まりです。
冒頭の言葉は暗記させられたように記憶している。

読書好き・歴史好きの僕が、惹かれるのは戦記物です。
多数の戦国時代物は、男の子なら誰でも血沸き肉踊ると思いますが、鎌倉時代から室町時代へ変わる時代を描いた「太平記」と、初めて武士政権が成立した平安末期から鎌倉時代に移る「平家物語」にも僕は惹かれます。

この2つの書は面白いのですが、とても長い。
「太平記」も長いが、「平家物語」は更に長い。
中国の「三国志」はもっと長いけど、あれは登場人物が中国名なので、混乱してわからなくなり、2度挑戦したが読了に至っていない。
やはり日本のこの2つの書がいい。

天皇や法皇を警護するため、清涼殿の滝口や、院御所の北面に武士が駐屯していた。
貴族である藤原氏を窓口に、地方豪族の師弟が京に上り、交代で勤めた。
天皇在所の清涼殿警護の滝口武者から自力をつけていったのが、平将門などの時代で、公地公民制が名目的となり、税金を治めなくても良かったり軽減されていた寺社や貴族に全国の土地が集まり、政治的には貴族の専横がきつく、庶民は苦しい生活を強いられた。
船を持つものは、倭寇となって朝鮮半島や中国大陸に出稼ぎしたりするようになり、武力という力を持った武士が、貴族への反乱を起こしたのが、平将門・藤原純友の乱であった。

それは失敗に終わったが、次第に武士の武力を貴族では抑えられなくなり、貴族間の政権奪取を伴う対立に、子飼いの武士を使ったのが「保元の乱」「平治の乱」であった。
この2つの乱の主役が、源義朝であり平清盛です。
その生い立ちから、この書は始まる。「保元の乱」でともに勝利した両者ですが、再びの戦乱「平治の乱」で袂を分かち、平清盛が勝利し、敗戦した源義朝は本拠地関東に下る途中で、同じ源氏であった同族に裏切られ散った。

武士の2大勢力の一角・源氏が野に下ったので、中央政権は平氏・平清盛が台頭し、対抗馬を失ったために貴族も天皇・法皇も、武士の力を削ぐことが出来なくなり、ついには武士が殿上に上がり、直接天皇や院と会話し、貴族おも動かし、清盛は武士初の太政大臣にまで上り、政治を動かす存在になった。
そして天皇に平氏の娘を嫁がせることで、天皇の外戚の地位を得、中央政権の各種要職を占めるようになっていった。
ついに、清盛の義理の弟・平時忠が、「平家に非ずんば人に非ず」という有名な台詞を吐くほどな栄華を誇った。

しかし、冒頭の「盛者必衰の理をあらわす」の言葉通り、平家の専横を良しとしない後白河法皇の反撃が始まり、地に伏した源氏諸氏に檄文が飛び、源義朝の遺児・頼朝が伊豆で旗揚げし、木曽では義朝の弟の嫡子・木曽義仲が呼応した。
頼朝は地方平氏勢力に潰されそうになった危機を脱し、鎌倉を本拠地に関東の源氏を糾合し自力を蓄えることに専念した。

一方義仲は、信州から北陸道に出て、倶利伽羅峠の戦いで、平氏の本隊に大勝利し、一気に京に攻め入り、平氏を京から追い出した。
喜んだ後白河法皇だけど、田舎者の木曽勢の乱暴に幻滅し、頼朝に檄を飛ばす。

木曽義仲と源頼朝は、同じ源氏でお爺さんが源為義です。
為義の嫡男が義朝が次の河内源氏の頭首であったが、父・為義と仲違いして、京を逐電し、本拠地関東に帰ってしまった。
才覚により自力をつけてきたので、為義は義朝の逐電により嫡男になった次男・為朝を関東に派遣し、義朝を討とうとした。
これを察知した義朝は、為朝を急襲し討ち取ってしまった。
嫡男義仲は危うく木曽に逃れ、信州で勢力を蓄えていた。
つまり、2人は従兄弟同士なのですが、親の敵なので協力する下地がない。

頼朝は、大将軍に弟・範頼と義経をして、関東武士団をその下に付けて西上した。
範頼・義経軍は、木曽軍を凌駕するほどの軍勢ではなかったが、木曽軍の統制が取れておらず、破竹の快進撃した勢いは既になく、内部瓦解に等しい状態で義仲は近江の地に散った。

京の鎮守将軍となった義経の治安維持能力が素晴らしく、同じ源氏でも義経軍の将兵は略奪行為もせず、京に平和が戻るように思われた。
しかし、京から西下した平家が、本拠地の西海・九州で勢力を盛り返し、長門国・壇ノ浦、讃岐の国・屋島を本拠地に、かつて清盛が一時都を移した摂津国・大輪田の泊・福原に大兵力を上陸させてきた。

ここからまた義経の有名な大活躍が始まり、一の谷・屋島・壇ノ浦で次々に平家軍を打ち破る。
こうして天下を取った頼朝ですが、織田信長や豊臣秀吉の没落同様、自らの猜疑心により義経を遠ざけ、奥州藤原氏に逃げ込んだ義経を討つようにし向け、義経を失った奥州藤原氏を弱しと攻め立て滅ぼした。

次に、子飼いの弟・範頼も陰謀で討ち、裸同然になり、頼朝の死以降は、頼朝の血筋を保護するものがおらず源家も滅び、平家の血筋である北条氏が、鎌倉幕府の執権という立場で実権を握る。
結局、平氏・源氏とも滅んでいく。
頼朝に、讒言で義経を遠ざけさせた梶原景時は、頼朝亡き後すぐに政権中枢を追われ、京に逃げる途中で一族・郎党もろとも討ち取られた。

数々の盛者必衰の逸話が散りばめられた物語から、組織が瓦解するのは内部要因がほとんどだなとの認識を更に深めました。
頭領の家族や部下への猜疑心が、自らからの離反の原因になり、その「弱い者いじめ」の行為は周りに見られており、周りから自分が取り除かれて行く。

一ノ谷合戦で、青年・平敦盛を討ってしまった熊谷直実が、法然のもとで髪を下ろし・・・
屋島の合戦で名を上げた那須与一の弟・大八郎が、九州平家落ち武者追討の過程で、山奥の椎葉村で出会った平家部落に郎党ごと同化して、平家の姫と幸せな数年を暮らすラブロマンスも、「盛者必衰」へのアンチテーゼ的に語られ、物語としてよく出来ている。

長編故、僕の飽き性もあり、途中で他の本への浮気も数多く、読破に結局1年弱を費やしてしまった。
でもこれは、一気に読んでしまい楽しみを失うより、長く楽しもうとした故もある。
その間、「安宅の関」や「平時忠が流された能登半島珠洲の時忠家」も、大きな感慨を持って訪問できた。

判官びいき故、義経にも惹かれるが、やはり木曽義仲が最も魅力的に映った。
正妻と2号さんが、それぞれの女性部隊を率いて、戦場で行動をともにするなんて、女性から見てどれだけ魅力的な人物だったか想像できる。
倶利伽羅峠も探索してみたいし、椎葉村もじっくり訪ねたい。

9/20・ヨット部コーチング 3/3

6~8m/sほどの良い風で、各3回ほどのスタート練習を加えながら、レース練習を5回しました。
総合トップは3回生レギュラー確定Oくん、2位が3回生Wくん、3位レギュラー確定4回生Aくん、4位が同点で3艇目レギュラー争いの2艇。
面白い結果が出ました。

コーチボートには、S級チームのマネージャーや下級生が乗っていますが、みんなに聞くと「最近Wくんがとても調子が良い」とのことです。
僕なら、今調子が良いWくんを3艇目レギュラーとして、得意な風域に合わせて交代出場させると思います。

17時ハーバーバック予定なので、16:30にレース練習を終了しようとあと1レースを考えていましたが、1回生ペアがひっくり返りました。
遠目ですが、横倒しのボトムからセンターボードが見えません。
「ひょっとしたら、センターを落としてしまったのかも?」
センターボードは、ヨットの横流れを防ぐために、ボトムから真下に突き出たマテリアルですが、これを失ったらまともに帆走できません。

ホイッスルを吹き、レース練習終了を伝え、フィニッシュしたS級リーダー艇に、「レスキュー行く」と言って全速力で1回生ペア艇に向かいました。
到着前に艇は起き、風上側から近づきました。
トラブル艇に近づく時は、風上から近づくのが鉄則です。
こちらの声が向こうに届くことと、再びひっくり返った時も、マストが風上側に倒れてくることは少なく、ほとんど風下側に倒れるからです。

センターは失わなかったそうですが、ジブセイルのクリュー部分が少し破れたそうです。
「ジブのフルセイルはせずに、メインセイル主体でハーバーに戻るように指示し、マネージャー1名に専属見張りしてもらい、上マークを回収します。
スタートラインに戻り、2つのマークとコーチボートのアンカーを回収しました。

どうやら1回生ペアは、無事戻ったようです。
S級練習海面に移動し、集合ホイッスルを吹いて基本練習をしました。
ですが良い風が落ちてきて、風上海面にもブローがありません。
16:45、ここで全体練習を終了し、クルーとスキッパーのポジション変更してハーバーバックを指示しました。

本日も無事練習を終了し、バイクに戻り、船を片付けている選手より先に合宿所に戻ります。
18:20から全体ミーティング開始。
監督の話の後、僕の番です。
レースまであと1週間、体調管理面を話し、この日の練習で気付いたことを話します。

一見コーチボートが固定されているように見えるマネージャーのドライブの努力も披露しました。
最後に、母校クラブの変遷や他の強豪クラブとの比較で、このクラブの雰囲気がとても良いことを伝えました。
レースに出たくても出れず、縁の下の力持ちに徹する女子マネさん達を全日本に連れて行ってくれ!
30分以上、熱く話してしまいました。
結婚式披露宴などでは、「話が長いねん!」と敬遠されるタイプですね。

お腹が空いているのに、長時間のお待たせを謝り終了。
続いて食事タイムです。
選手からの個別相談に応じていると、僕用の食事をマネージャーが持ってきてくれましたが、「家内が食事を用意してくれているので」と丁重に辞退し、帰路に着きました。

湖西道路はスムーズで、エンドの横木ランプもノンストップでした。
そのまま名神京都東ICに入り、20:07「桂PA」休憩。
ここでの定番「ビックリソフトバニラ・140円」で糖分補給します。

中国道豊中ICまで走り、バイクを片付け、21時過ぎに帰宅しました。
家内はまだ起きており、「食事食べる?」「うん」。
お休みだった家内は、午前中に中山寺に参ったそうです。
家内はこのお寺によく行きます。
どこかに連れて行ってあげたかったけど、ヨットを優先しちゃいました。
来週も家内が休みなのに、僕はコーチ優先です。
申し訳ないけど、1年間の集大成なので、わがままさせてもらうね。

我家の庭で、彼岸花があちこちに満開・・・
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9/20・ヨット部コーチング 2/3

AMは、470の練習に付き合います。
コーチボートには4回生女子マネ・3回生女子マネ・1回生女子マネ+1回生男子部員数名です。
2~3m/sほどの不完全燃焼イマイチな風です。

艇隊帆走練習では、1回生ペアが少しずつ遅れますが、よくやっています。
ジブラフのシワなど数艇にアドバイスをしながら走ります。
「真後ろについて」
「風上側真横」
「風下側真横」とコーチボートの位置を指示しますが、ドライバーのマネージャーが的確迅速にボート位置を動かし、安心してコーチングに専念できます。
1回生には「なぜ、そうすると速くなるのか?」の疑問が多いと思うので、適宜その理由や見方を教えます。

12時にハーバーバックの予定でしたが、一時上がってきた風がまた落ちてきて、風上側湖面を見渡しても、ブローが見えません。
そこでマネージャーに合宿所に電話してもらい、「30分早めの昼食がOKか」聞いてもらいました。
答えはOKだったので、11:30ハーバーバックを470リーダーとS級についているもう一艇のレスキューボートに伝えました。
午後の風に期待します。

11:30にハーバーバックし、一足先に歩いて合宿所に戻ります。
女子マネさん5名が準備万端待っていました。
全選手が戻り、キャプテンの「今回のメニューは?」、料理人マネさんから「ヘルシー中華丼です」。
キャプテンの「頂きます」で、一斉にがっつきます。
僕は、いつも少なめに盛ってもらいます。
速攻で食べて、先を争ってお代わりする学生の食欲にはついていけません。

ハーバーに戻る時、後ろから追いついてきたS級レギュラー4回生くんと話しました。
4回生マネさん達は、もう就職も決まったと聞いているのですが、選手4回生の動向がわかりません。
半数以上が院に進み、就職する者も既に決まっているそうです。
法学部の院進学2名は、両方共法曹界志望で、うち1人は裁判官と決めているそうです。
従兄弟が県弁護士会会長さんをしていますが、検察・弁護士がガーガーやってるのを、バシンとジャッジする裁判官の強さを話してくれたことがありました。
いずれにしても、次の進路が決めているので、気持よくヨットに打ち込めるね。

PMは、懸案のS級のコーチングです。
午前中乗っていた去年のキャプテンがコーチボートに乗ってきます。
午後からやってきた監督(次男と同期)が、470の1回生のクルーとして乗り込みます。
「やっぱり乗る方が楽しいですから・・・」と言っていましたが、僕も母校コーチの時は、一緒に乗っていました。
今も乗りたいけど、この学校のOBじゃないから、船でも壊したら・・・

AMの不安定なSEの風から、NE60度方向からの風になり、風が上がってくるのを期待できます。
琵琶湖南湖は、北湖から吹き付ける北方向からの風の時が、最も安定します。
本番のレース海面で練習したかったのですが、金沢がいいとこにマークを打って練習していたので、少し西の湖面にマークを打ちました。

スタートラインの両エンドにマークを打ち、右側のマークラインでコーチボートを固定します。
マーク用の軽いアンカーなので、ボートを固定する事はできません。
そこでエンジンを切らずに、適宜動かしながら許容範囲に固定します。

さらに風が上がり限界を越えたので、めちゃ重いコーチボート用アンカーを打ち、そのボート側先をボートから外し、マークを結びます。
レース練習で、スタートしたらそのマークを離し、全速で風上を目指します。
左から優勢なブローが下りてきて、左有利です。
1回生たちに「左からブローが入ってるのわかる?左海面を使った艇が上位に来るよ」とアドバイスしながら、適切な位置に上マークを打ちます。
予想通り、左海面選択の艇がトップ回航し、なぜそうなるかまたアドバイス。

一目散にスタートマークに戻り、スタートライン右側エンドマークを引き上げて再び元の位置で固定。
いちいちアンカーまで上げたら、コーチボートがあまり動けないので、苦肉の策です。

----我家の庭で咲いてる2種類のニラ
ニラ・ネギ科・・・食べられない
20150916花ニラ・ネギ科食べられない672

ニラ・ユリ科・・・食べられる
20150918花ニラユリ科002

9/20・ヨット部コーチング 1/3

日曜日は、先週に続き琵琶湖に大学ヨット部のコーチングをしに行きました。
近畿北陸ブロックでは、D社さんが一歩抜け出ており、2位は金沢・立命・京産と当方の4校で争いになりそうです。
なんとか両クラスとも2位以上に入りたいものです。

470クラスは、風域によってはDさんと渡り合えます。
Sクラスは、Dさんには手が届かない感じがします。
本番1週間の連休を、気持よく楽しみたい。

6:15に、一週間前同様「招き猫CB400SB」で家を出ました。
前日から水曜日まで、世の中はシルバーウィークという連休です。
ひょっとしたら高速道路渋滞してるかな?と思いましたが、豊中ICから乗った中国道は、いつもどおりの日曜の朝の交通量でした。
でも下り車線は渋滞が発生しています。
行楽やお彼岸帰省の方でしょう。
そういえば、墓苑からお彼岸伸ばす運行の案内が届いていました。

名神に乗り換え、「桂PA」でトイレ休憩します。
入って驚いたのは、バイクの量です。
ハーレーの10台ぐらいの集団がゼブラエリアにいます。
タイミング良く、バイク駐輪スペースに停められましたが、四輪スペースではあちこちにバイク集団が駐輪しています。
グループツーリングの待ち合わせ場所になっているのかもしれません。

流石に連休で、いつも開店前の売店がオープンしていました。
6:48「ハムチーズたまごサンド・290円」を買い、ベンチに座って朝食にしました。
横にハーレー集団が集まり記念写真撮ったり、今後の予定?を話しており、こちらまで気持ちがウキウキします。
お揃いのチームネーミング入りの革ジャンを着て、楽しそうな笑顔が破裂していました。

僕が出発準備していると、ハーレーさん達が出て行きました。
その中のおそろい革ジャンウエアでタンデムで行かれたご夫婦?の後ろ姿が、とても幸せそうでした。
おじさん・おばさんになっても、こんな風に遊べるご夫婦のご家庭は、円満家族でしょう。
お子さんたちは我が家同様、巣だったのかな?夫婦は、こういう環境になるまで一緒に寄り添って「ホントの夫婦の良さ」を満喫出来ると思います。
こういう夫婦ばかりになると、素敵で落ち着いた2世ばかりになり、素晴らしい日本になると思います。
日本は安全で、文化を大切に残し、勤勉で・・・こういうご夫婦が綿々と続いてきたのでしょう。
僕ら夫婦も、その一つにならなきゃ。

京都南ICは渋滞中でした。
クリアな車線もあり、スピードダウンだけで難なくクリアすると、再び快調に流れだしました。
「大津IC・渋滞中」のサインもありましたが、手前の京都東ICで下車し、湖西道路に乗ります。
今年から制限速度が70km/hに上がっており、名目上も高速道路並みになっています。
原付・小型特殊自動車・自転車・歩行者は通行禁止ですが、原付二種はOKです。
2度ほど通勤リード110で走りましたが、80~90km/hで四輪が走っているので、あまり走りたくない道路です。
でも、R1~R161ルートだとかなり遠回りになるし、側道もないので一択です。

京都大文字焼きの代表格「大」の火文字が描かれる大文字山の峰続き東にある如意ヶ嶽。
古くは天狗が住む峰だった。
その東側(琵琶湖側)への峰(尾根先に三井寺)の下をトンネルで貫通している道ですが、トンネル入口から峰を見上げると、如意ヶ嶽の東側山中を探索してみたくなります。

中世に大勢力を振るった天台宗総本山・比叡山延暦寺と、そこから喧嘩別れした天台宗圓城寺派・三井寺圓城寺は、以来何かと反目しあって、何度も互いの僧兵による兵火を起こしている。
琵琶湖と京都を結ぶ山越えの「山中越え」ルートを隔てて、比叡山と対峙する南東山の如意ヶ嶽。
中世の歴史遺産がたっぷり眠っているような気がする。

坂本ランプを下りハーバー着。
バイクプロテクターメッシュ装束を脱いでバイクに置き、バイクカバーを掛けます。
寒いかな?と思いながら先週同様ラッシュガードの上にメッシュジャケットを着てきましたが、やはり腕がひんやりしました。
でもその上からライフジャケットを着ているので、胸や背中はむしろ暑いぐらいでした。
ライフジャケットの防寒・暴風力は、半端ないです。

みんなに挨拶し、S級リーダー・470級リーダーから現状と本日の練習メニューを聞きます。
470はレギュラー3艇ペアが決まっていますが、S級は、3艇目が4回生Kくんと2回生Tくんのどちらか決めかねているそうです。
「決めてくれませんか?」
なんて言われましたが、僕はこの学校のOBではないのでそれは任の外なので、参考意見として練習終了後に伝えました。

我が家にヤブランが咲いた。
毎年秋になると咲きます。
20150916ヤブラン081s

運のいい人の法則

「運のいい人の法則」リチャード・ワイズマン博士 角川文庫 ★★★ (星3つは満点です)

同氏の著書「その科学があなたを変える」が面白かったので、それ以前に出版され、文庫本化されたこの書を購入しました。
著者はマジシャン出身で、20代には世界的に活躍する成功者になっていました。
マジックというものは、巧みにオーディエンスの心理を誘導し、その虚を突くものが多く、人の心理に関心を持ち、再び学生に戻り、博士号まで取って大学で研究室まで持つようになった学者です。

よく、「俺は運が良く、懸賞によく当たる」「私が運がなく、いつも男に騙されてばかり」など、運の良し悪しを話題にする。
「ならば、実験してみよう。運が良くなる法則が明らかにしてみよう」と、新聞やTV番組を使って、大量の被験者を集め宝くじで社会実験をしました。

その結果わかったのは、「よく宝くじに当たる人は、当たった経験のない人より、圧倒的にたくさん宝くじを購入していた」
「雑誌の懸賞によく当たる人は、それに応募するのを趣味にしている」・・・など、運の良い・悪いと自認する人と、その当選率に相関関係はなかった。

被験者との待ち合わせ場所の喫茶店のドアの前に現金を落としておいて、それを見つける確率。
わざと待ち合わせ時間に遅れて実験者が現れ、待っている間の被験者の行動を見る。
・・・多くの実験を重ね、運の良し悪しに関係する部分も見えてきた。

それは、本人の性格や行動・気の持ちように大きく関係するということ。
10回に1度当選したことに、「俺は運がいい」と思うか、「1回しか当たらないと、運が悪いと思うか」。
運の良い人は、1つの目的に集中しておらず、待ち合わせ場所に向かっている時も、リラックスしているので周囲に気が行くので、落ちている現金を見つけてしまう。

運の悪い人は、実験者が遅れていることにイライラし、会うことに頭が集中しているので、隣の席に座っている方と会話もしない。
でも「運の良い人」は、そんな状態でもリラックスしているので、気楽にお隣さんに声を掛け、意気投合して思わぬチャンスが飛び込んでいく。

ポイント1・・・『運とは、自分は運がいいと信じることだ。 /テネシー・ウイリアムズ』

ポイント2・・・『運の良い人は、肩の力を抜いて生きている』
周囲に目配り出来るので、友人が多くなり、チャンスの話を聞く機会が増える。

ポイント3・・・『運の良い人は、新しい経験を喜んで受け入れる』
つまり、同じチャンスに対しても行動が違うので、別の人生になってしまう。

ポイント4・・・『勤勉は、幸運の母である。/ベンジャミン・フランクリン』
運の良い人は、たとえ可能性がわずかでも目標を達成するために努力して、失敗しても諦めない。

ポイント5・・・『運の良い人は、対人関係がうまくいくと思っている』

ポイント6・・・『運の良い人は、不運を幸運に変えることが出来る』
毎日起こる身の回りの出来事は、一見不運に見えても、裏から見れば幸運の場合が多い。
幸運の面に気づきそれを引き出せるかどうかで、人生は大きく変わる。
『運の良い人は、不運のプラス面を見ている』

これらの法則を見出し、被験者にそれを教え、そういう行動を取るように実験した。
そして多くの被験者に「幸運」の結果を出させたことが書いてありました。
読んでいて、楽天的な僕の性格に良さを感じ、そうでなく身内に対しても猜疑心の強かった身近な人の人生を重ねてみた。

楽天的故に、子供の頃から積極的に行動し、故にリーダーに担ぎあげられ多くのことを経験し、社会人になった今、親の僕らがびっくりする活躍をしている息子たちの人生にもピタリと重なった。
新たに2冊購入し、息子たちに贈ることにしました。

100年後の琵琶湖・南湖

高校生の時に、学校のヨット部に入部してから、ずっとホームポートは西宮です。
高校大学時代に練習した海面は、その後埋め立てられ人工島が出現し、新しいヨットハーバーが出来、母校ヨット部ともども僕のホームポートもそちらに移った。
一時は、写真の現像液と表現していた海面が、今水質が改善され、冬期はハーバー内で2メートルぐらいなら海底が肉眼で見える。

日本の河川や海岸は、総じて汚染が劇的に改善してきていると思うけど、1ヶ所ずっと悪化してるように見えるところがあります。
それは、琵琶湖の南湖。
学生時代から何度もレースで遠征し、卒業後も息子のレースや練習で何度行ったかわかりません。
ここ十数年は、同じ大学ヨット部のコーチをしているので、その艇庫・合宿所から定点観測している。

大学生の頃は、琵琶湖のレースでも藻をケアする必要はあまりなかった。
息子がジュニアの頃から、海面下のマテリアル(舵など)に藻が引っかかりスピードダウンするので、定期的に手を突っ込んでケアする必要が出てきた。
そしてここ5年ほどの真夏のレースでは、湖底から湖面にまで届く藻が島になり、それを避けるレースを余儀なくされている。

元艇庫の合宿所横に、比叡山からの小川が流れ、合宿所前で琵琶湖に注ぎ込んでいる。
僕の学生時代は、艇庫前から出艇出来ていたけど、息子が学生の時は、小川の堆積砂で河口が沖に移動し、そこまで船を移動させないと湖面に出れなくなった。
そして今、更に河口が沖に移動し、50mほど移動しないといけなくなった。
それで、艇庫をヨットハーバーに借り、元艇庫は合宿所のみの機能になった。

昨夜の、NHK「歴史ヒストリア」は、信長の城だった。
「安土城は安土山にあり、回りは水田が広がっているが、信長が健在だった時代は、琵琶湖に突き出る半島だった」
と説明されているのを聞き、「そうなんだよね、城域から直接琵琶湖に水軍を出すことができたんだよね」と反芻しました。

滋賀県の地図を見ると、現在の南湖は、湖と名が付いているけど、大きな北湖と大阪に流れ下る瀬田川をつなく、広めの水路のように見える。
昔の琵琶湖は、堅田で東西の岸が迫り、北と南に分断されたひょうたん型の湖だったと思うが、今は南湖が堅田の狭さとあまり変わらなくなり、鍵型になってしまっている。

このままでは、100年後の南湖は細長い大湿地帯になっているだろう。
ヨットレースなんて、とてもじゃないけど出来なくなっているだろう。
ひょっとしたら、八郎潟のような大穀倉地帯が広がっているのかも・・・

突然、彼岸花が咲いた

月曜日の朝、庭のいつものところを見ると、彼岸花の茎が伸びていました。
僕は草刈りはやりますが、木に水をやることもしない(家内がやってくれる)し、庭の手入れもしません。
なのに、毎年同じ所にチューリップが咲き、ゆりが美しい花をつけてくれます。

現在は、白い韮の花が咲いており、紫色のヤブランも咲いています。
秋のお彼岸まで10日余りになり、いつも彼岸花の咲く場所を毎日見るようにしていました。
母親は、「死の花」として嫌っていましたが、僕はあの繊細な作りが好きでした。
田んぼの畦道に真っ赤に目立ち、秋の風景です。
お墓参り好きなので、お彼岸のお墓参りを連想させる点も好き。

9/21のお彼岸まで、あと1週間なのにおかしいな・・・「ひょっとしたら、全滅したのかな?」と思っていました。
ところが、14日(月)の朝見ると、前日まで気配もなかったのに、突然20cmぐらい茎が伸びていました。
花の部分も赤さが見えています。
毎年、「あっ、咲いてる」と驚かされるけど、今年は毎日気にしてそこを見ていたので、!!!ぐらいの驚きになりました。
今朝16日の朝、真っ赤な繊細な花が咲いていました。

今年は、ヨット部のコーチングで、9/20・9/27ともに日曜日にお墓参りできないので、早朝お墓参りになりそうです。
早朝お墓参りで困るのは、お花屋さんが開いていないことです。
家内の実家のお墓参りは、お姉さんたちが参った後にしようと思う。
我が家の墓参りも、弟たちが参ったあとにすれば、前日にお花を用意しなくていいな。
家内と、お墓参り日程を、あ~だこ~だおしゃべりしました。

9/13・コーチングで琵琶湖へ 2/2

キャプテンの「頂きます」の前に、「今日のメニューは?」の恒例質問があり、料理人が簡単に説明します。
「うまそう」「腹減った~」と言っていた部員が、一斉にがっつきます。
気持ちの良い光景で、こんなにガツガツ食べてくれたら、マネージャーさんも作り甲斐がありますね。
すぐに、おかわり行列ができていました。

「来週から京女の授業が始まるので、クオリティ高い食事も、今日で終わりです。コンビニ弁当に戻ると思うと、ガックリです」と嘆いていた部員の言葉が、僕の学生時代を思い起こしてくれました。
僕も学生時代は、食事時間が待ち遠しいものでした。
普段は、1回生が順番に食事当番ですが、女子マネさんが来てくれる時は、食事クオリティーが一気に上がりとても嬉しかった。

親になって、次男が下宿することで一番心配したのは、食事のことでした。
ヨット部に入ってくれたので、週末の練習日だけはまともなご飯を食べさせてもらえると、安心したものです。

午後は、スナイプの練習を見ました。
9月に入り、8月までシングルハンド艇で練習していた1回生が、ダブルハンド艇に乗り換えており、全7艇の大所帯です。
470も8艇なので、全15艇での練習は圧倒的な存在感です。

フルハイクアウトのいい風(6m/s)が入り、気持よくかっ飛んでいます。
各挺の真後ろ・真横にコーチボートをつかせ、至近距離からメインセイルのリーチ・ラフ、ジブセイルのリーチ・ラフ形状を見ながら、変更点を指示しスピードアップするかどうか見させます。
1回生女子マネさんのドライブも、安心して任せられるようになってきました。

1回生ペア・2艇も予想より上の出来で、走り出しは上回生についていけます。
しばらく走ると置いて行かれますが、楽しそうに乗っており、僕の指示に応えてチューニングを繰り返し、スピード差が縮まって行く感じがして、僕のやり甲斐も満足させてくれます。
1日・1日伸びていく時期ですね。

課題の一つに上げていたスタートの練習も、密度濃くしました。
リコール(フライング)直前の粘りがないので、「諦めるな、絶対に出るな」とマイクで指示しました。
スタート前の横の艇とのやり取りが甘いので、あえてスタート3分前にラインに並ばせ、自艇を止める技術の修練をしました。
細かいハンドリングができるかどうかが、良いスタートを切るための肝です。

16時半になったので、基本練習しながらハーバーバックしました。
ホイッスルをガンガン吹き、タック・ジャイブ・360度回転・トレイン・・・充実した練習で、ハーバー前まで来て、クルースキッパーのポジションチェンジで浜着け指示を出して終了。

18時半から合宿所でミーティングです。
全体ミーティングで30分ほどお喋りしました。
1回生が予想以上に乗れていたことを褒め、マネージャーのドライブも上達していること、強風セイリングのチューニングポイント、最大の協力者・親への情報提供のためのウェブサイト活用、OBが気持ちよく寄付してくれるように日頃の情報提供・・・
2週間後の目標達成に結びついてくれればいいな。

全体ミーティング終了後に、帰路に着きました。
これからみんなは、夕食&個別クラスミーティングです。
美味しい匂いに後ろ髪を引かれました。

湖西道路は、R1合流部先頭に渋滞していました。
バイクの特典で難なくクリアし、京都東から名神入り。
いつものように「桂PA」でアイスクリーム糖分補給休憩予定でしたが、通り過ぎちゃいました。

20:33、「出光セルフ宝塚176」で給油。301km/12.21L=24.7km/L。
帰宅すると、かなは既に床の中で、食卓に用意されていた夕食を食べ、お風呂に入り気持ちの良い眠りに入りました。

9/13・コーチングで琵琶湖へ 1/2

大学ヨット部のコーチングです。
今月末に、インカレ予選が迫り、練習期間はあと2週間となりました。
近畿北陸ブロックからインカレ本戦に駒を進める事がで
きるのは3校。
全国制覇候補のD社の次を争うのは、北陸の金沢を含め4校です。
その中には入っていますが、少しでも実力を高めて、2週間後の本番に臨みたいものです。

僕の母校も、同じ日程で関西地区予選に臨みますが、D社同様予選ブロックでは抜けており、優勝は間違いないところです。
その支援艇として、先輩たちと共有するクルーザー使用打診が届いており、先輩から日曜日のドライバーの打診もありました。
こちらはコーチング優先で、琵琶湖に行く予定ですが、僕のここ一番も気になります。

8時出艇なので、6時に「招き猫CB400SB」に乗って中国道に乗りました。
名神に乗り換え、「桂PA」でトイレ休憩です。
曇り空ですが、午後は晴れの天気予報なので、多くのバイクを予想しましたが、先客はカワサキのZシリーズ1台だけでした。

シンプルだけど特徴のある涙滴型燃料タンクで、すぐにそれと解ります・・・カッコイイ。
でもそれ以上細かくはわかりません。
ゼファーなのか、Z・・なのか皆目・・・。

トイレから出てバイク置き場を見ると、Zさんがいます。
「お話できるな」と歩いていると、オフ車が2台の間に入ってきました。
バイク置き場に着き、テントと思える荷物などを満載しているオフ車さんに声を掛けました。

「キャンプに行かれるのですか?」、「行くというより、山口県まで行った帰りです」
多くのソロバイク乗りさんとの一見の会話が盛り上がるように、今回も同じ展開になりました。
「山口県とは、角島ですか?」、「角島もそうですが、本州最西端・毘沙ノ鼻が目的地でした。東西南北・本州四端を完全制覇出来たので、何が送られてくるか楽しみなんです」
岩手県宮古市・山口県下関市・和歌山県串本町・青森県大間町が四端だそうです。
面白いことをしてる人もいるな。

Zさんも後ろで僕らの会話を聞きながらニコニコしています。
オフ車の乗り心地などあれやこれやお喋りし、「どこまで帰られるのですか?」「栃木県です」「え~、ならばまだ帰路の半分じゃないですか」
「ではお気をつけて」の合言葉を残し、僕はPAを出発しました。
きっと、Zさんとの会話が更に盛り上がっているのでしょう。

京都東IC~~湖西道路を北上し、7:00・セブン-イレブン大津松山町店で、味付き乗りエビマヨネーズ・120円を買いました。
ハーバーに入って行くと、部員たちが続々と合宿所からやってきます。
脱いだプロテクターメッシュ上下を盗られちゃわないようにワイヤーに通し、バイクに括りつけます。

バイクカバーを被せ、艇庫前で行きみんなに挨拶し、キャプテンからスケジュール・練習内容を聞きます。
荷物をコーチボートに置きに行き、さっき買ったおにぎりを朝食として頬張ります。

全く風がなく、湖面も鏡です。
8時の出艇は見合わせ、1時間遅れで沖に出ました。
この1時間は、艇庫前で先週末に愛知県蒲郡であったインカレ個人戦に出場した選手達とおしゃべりしました。
その後のレポートや戦績で大まかには掴んでいましたが、生の声から別の面も浮かび上がります。

例年同様、強風域のボートスピードが課題のようです。
今回の優勝者は、母校の後輩でした。
数年に一度優勝者が出るので、お祭り騒ぎにはなりませんが、年間最大の目標であるインカレ団体戦(6艇総合)優勝に向けて、明るい兆しです。

午前中は、470チームについて、気付いたことをマイクでアドバイスしながらコーチングします。
課題の強風が吹けばいいのですが、微風・軽風に終始しました。

12時にハーババックし、合宿所までトコトコ歩きます。
コーチボート上で、選手が褒めていた合宿所の昼ごはんです。
1回生女子マネさんの料理クオリティーが高く、栄養科で学ぶ子が2人入部し、彼女たちが上回生マネさんも巻き込んで、家庭でも出ないような「ナニコレ?」と驚く素敵な美味しい献立が並ぶそうです。

地団駄は島根で踏め わぐりたかし 光文社新書

前回楽しく読めた語源ハンター氏のもう一冊です。
「ゴリ押し」「あこぎ」「二の舞」など全32の語源を現地で探り触れる旅ノンフィクションです。
1つの語源にフォーカスしながら、その土地の人とのふれあいや名物・うまいもんなど、ハプニングも含め自然にユーモラスに書かれており、好感が持てます。

僕が「街道を往く・司馬遼太郎」や、NHK朝ドラ「まれ」のワンシーンを実際に見たくて、バイクツーリングに出るのと似ている。
最初の目的は1つなのだけれど、道中の歴史遺産を一筆書きに訪問し、そこで感じたことを書き残すツーリング紀行に似ている。
海音寺潮五郎や山本周五郎の史伝も、その場所を見てみたい心に響きます。
同じ史実でも、見方によっていろいろに見え、後の為政者が自分に都合のいいように書き残す歴史書と真実自体が違うこともある。
一般的な歴史小説は、作家が調べたいろんな説を種々選択し、自分が考える一本の歴史を書くものだが、史伝は「こういう説もあります。でも私はこうだと思う」と注釈のように本文中に書かれている。
これを読むと、「僕はその場所に行けば、いずれの説を真実だと思うだろう」と、なっちゃう。

「縁の下の力持ち」は、大阪の四天王寺さんに語源があった。
この寺を建立された聖徳太子さんを顕彰する「精霊会舞楽大法要」の長年完全非公開だった「縁の下の舞」というのがある。
縁の下で舞われるから「縁の下の舞」で、大阪の「いろはがるた」に採用され、やがてそれが東下していく過程で、名古屋あたりから「縁の下の力持ち」と変化し、今に伝わるそうだ。

「お払い箱」は、お伊勢さんに語源がある。
由緒ある神社には、御師と呼ばれる神社の御札を全国に配る神職がいた。
各地の有力者を巡って、神社の御札を配り、見返りに神饌料をいただく。
黒田官兵衛の祖父も、備前福岡から姫路の広峰山(牛頭天王信仰総社)に上り、秘伝の目薬を製造し、このルートに載せて全国に売りさばき、莫大な利を得た。
これが東播磨の雄・小寺家に仕えながら、最大の軍事力を持ちある程度気ままに行動できた黒田家の財を支えた。

同様に、伊勢神宮の御師によって、全国の有力者に配られた御札の入れ物が「お払い箱」である。
翌年また新しいお払い箱入り御札が届くと、炊きあげてもらうために古い御札を御師に返す。
すると、手元に古いお払い箱が残る。

「うだつがあがらない」は、徳島県脇町にルーツがある。
ここは着物を青く染める藍の全国一の生産地です。
日本にやってきた西洋人が驚いたことに、染め物としてとても難しく、あまり西洋になかった鮮やかな青が、日本にあふれていたこ
とがある。

この本には書いていなかったけど、ジャパンサッカーチームのユニフォームがブルーが基調であることにルーツを見た気がした。
サッカーチームの胸に描かれた3本足のカラスは、神武天皇を紀伊半島南部から吉野に導いた八咫烏であり、熊野三山の守り神である。
古きを大切にする日本文化を継承するところが、僕をジャパンサッカーチームに惹きつける。

脇町の藍で巨富を得た家は、防火設備でもある「うだつ」を屋根の上に上げる。
「うだつが上がる」とは、大商家を意味し、「うだつがあがらない」とはその反対を意味する。
この脇町の「うだつ」は、実際に観に行ったことがあるので、「ふむふむ」という感じで読めた。

「火蓋を切る」は、強大な当時史上最強の武田騎馬軍団を、新兵器の鉄砲で打ち負かした「長篠の戦い」の織田・徳川連合軍にルーツがある。
火縄銃は、銃を立てて銃口から火薬を入れる。
次に弾丸発射用火薬と弾を入れ、長い棒で奥まで押し詰める。
火皿を覆っている安全装置の「火ぶた」を開いて、点火用の火薬を火皿に盛る。
安全のため、一旦火ぶたを閉じる。火のついた火縄を火ばさみに挟む。
銃を構えて、敵を狙う。
「火蓋を切れ」の号令で、安全装置の火ぶたを切る。
「放て」の号令で、敵に狙いを定め引き金を引く。
引き金を引くと、火縄を挟んだ火ばさみが火皿に落ちて、火薬に点火する。
火皿の火が、瞬時に小さな穴を通じて銃身の中の弾丸発射用火薬に引火する。
発射用火薬が爆発して、弾丸が発射される。

「地団駄を踏む」は、今でも世界一の鋼を製造している奥出雲の鉄製造工場「たたら」にルーツがあった。
この地で鉄を多く生産出来たのは、豊富な砂鉄と製鉄工場に必須の火力の源・木材が豊富だったからです。
鉄の最重要部品・玉鋼を製造する過程で、3日間高温を保たなければならない。
そのために常に新鮮な空気を送り込む必要がある。
その送風装置「ふいご」が地団駄で、左右の足で板を踏んでその下の復路の空気を送り込む。
この作業を数分もすれば汗が吹き出し、1時間交代3人制で3日間踏み続けるそうだ。
その作業に新人が入ってくると、ベテランさんはその下手くそぶりに、「あ~まどろっこしい、いらいらするわ。ほんと地団駄を踏むようだ」と表現する。

奥出雲吉田の地に、この「たたら」を見に行ったこともある。
この吉田の25代続く田部家当主が、日本一の山持ちと言われている。
そちらにも興味があり、そのお宅や蔵群を見た。

今度四天王寺さんを訪問するときは、「縁の下」をじっくり見たいし、お伊勢さんでは「お払い箱」を想像したい。
そしてちょっと遠いけど、長篠城と設楽原古戦場も訪問したいという気持ちがムラムラしてきた。

鬼怒川

昨日の夕方、家内から、「次男から、会社の退社指示で夫婦(同じ会社)で帰宅した。被害はなしと連絡を受けた」と連絡を受けました。
「台風が刺激した雨がそれほどひどいのか」と驚き、ネットNHKニュースを見に行きました。
そこでのニュース映像に、驚いてしまいました。
関東は雨が降りそうだなとは思っていましたが、台風本体は日本海に抜けており、ここまでの被害が出るとは思っていませんでした。

次男夫婦の家は、千葉県最北部の丘陵地で、北に下ると利根川が東西に流れ、南には小河川が東西に流れています。
地形的には、水害に遭うようなとこじゃないので安心なのですが、家から5kmほどの鬼怒川が氾濫しており、その下流で利根川に合流しています。
栃木県日光から流れ出し、宇都宮を経て流れてくる鬼怒川は、宇都宮に伯母さんが住んでいたこともあり、毎年のようにお盆の帰省時に訪問していた馴染みのある土地で、河川です。
河川が合流する場合、その合流部は渋滞が起き、より細い方の河川の少し上流部に圧力がかかります。
堤防決壊部を地図で見ると、まさにその典型的な場所でした。

消防や自衛隊のヘリコプターが、取り残された住民の救助に当たっており、株を上げました。
そして今日の昼休みに、昼食を食べに帰宅すると、近所の陸上自衛隊基地を飛び立った自衛隊のヘリが飛び去っておくところでした。
救助ヘリのような丸っこい単発ヘリを先頭に、2列目に細い攻撃型ヘリ・アパッチ、3列目に丸っこいヘリが2機、4列目に双発の輸送ヘリが綺麗に並んで上空を通過していきました。
関東に行くには、アパッチは不似合いだし・・・と見ていると、西に進路を変え見えなくなりました。

食事を終え外に出ると、機関銃の連射音が鳴り響きました。
基地正面を通ってみると、創立記念日だったようです。
自衛隊OBや政府要人を迎えて、華々しく模擬演習をやっているようでした。

私の履歴書

僕も毎日、新聞を読んでいます。
朝一番に、家内が食卓でパンと珈琲を飲みながら読んでいる日本経済新聞が、次に僕の手に渡ってきます。
他紙も読むのですが、子供の頃から両親が日経を取っていたので、一番愛着があります。
そして、一番面白い。

中学生の時は、株式欄が充実しているので、仮想株式投資もしていました。
ノートに売り買いと投資額を書いて、ゲームのように楽しみました。
一部上場企業に年初来最安値の銘柄が出れば買いノートに付け、更に年初来最安値に下がればまた買い、その銘柄が年初来最高値になれば売るを繰り返したら、どんどん資産が増えました。
でも手持ち投資額も増えていったので、ここからの利益を使う方に回すのは、人生の最後の頃になりそうだとわかりました。

親父がスポーツ日本新聞もとっていたので、競馬の予想欄もよく見ていました。
専属の予想屋・A氏・B氏・C氏それぞれに従って、同額投資したらどうなるかノートに書き出し、それぞれの戦績を表にしました。
またそれぞれの予想(二重丸・一重丸・三角・☓)に点数(4・3・2・1点)を配分し、毎レース最高得点に投資したらどうなるか、点数2番目に投資するとどうなるか・・・を表にしました。
これも実に面白かった。
殆どの競馬投資は、長期にやれば各氏の実績は平均化され、プラスマイナスゼロになりました。
唯一プラスが続いたのが、4氏総合2番人気馬に単勝投資することでした。
儲からないものとわかったので、今まで競馬場に入ったこともなく、ギャンブルに投資したこともありません。
自分では、スポーツ新聞を取ったことはありません。

朝日新聞が一番長かったけど、読売新聞も毎日新聞も日経と平行して読んでいました。
日経やスポーツ新聞のように数字がなく、どうでもいいことを大きく膨らまして記事にしている感じがして、そのままゴミ箱行きのことも多かったです。
今は全て整理し、日経のみです。

日経のもう一つの楽しみが、最後のページに連載される「私の履歴書」です。
立派な仕事を成され、第一線を半歩引かれた方が、自らの筆で語ったご自身の半生なので、どんなノンフィクションよりも迫力があります。
小説のように、読者の気持ちを盛り上げる演出もなく、鼓舞したり媚びたりもしません。
むしろ自分の実績に関しては控えめで、運や周りの人の協力の方が強調されます。
この書味は、筆者が変われど同じで、とても気持ちよく読めます。
ジェネラリストな専門家であり、スピーキングの専門家でもある大学教授の講義が面白くないのに、小さな分野のスペシャリストである商店の親父の話が実に面白く引き込まれるのに似ています。

子供の頃、母から聞かされた僕の先祖がパトロンになって学資援助した黒澤西蔵さんなど、ちょっとでも自分に関係のある偉人のは、特に興味を持って読みました。
連載終了後に刊行される単行本も数冊持ち、永久保存版にしています。

今年は、日揮の重久吉弘さんや京大・理化学研究所の松本紘さんなど、興味深く読みました。
そして連載が始まったばかりの荒蒔康一郎さんも、楽しく読んでいます。
キリンビールの元社長さんで、営業経験なしなのにグループ内の稼ぎ頭・医薬品事業を立ち上げ軌道に載せた実績を買われ、グループトップに着かれました。
その会社に長男が奉職し、とても楽しそうに世界を飛び回っているので、感謝の気持ちを持って読んでいます。
長男も次男も日経読者なので、家族で読んでいるだろう。
いずれわが子達も、私の履歴書の執筆を日経から頼まれる予感を感じながら。

中学で出会った生物の先生の影響で、小学生時代の虫取りの延長が中学でも続き、先生について屋外で捕まえてきた虫・魚・・・何でも解剖の楽しい時間を過ごす。
でも母親には受け入れられず、母親に根負けして受けた医学部に合格したのに、医学に興味が行かず、入学式前に家出して抵抗します。
そして、やっとこ母親を説得し、子供の頃から好きだった生物の分野に進むべく予備校に通い、東大2類に合格しました。

そして何と、ヨット部に入部されたとのこと。
当時は、僕らの時のようにライフジャケット着用ではなかったので、先輩が練習中に落水で亡くなったそうです・・・そんなこんなで、中途退部された。
僕の母校ヨット部の歴史にも、対抗戦中のレースで相手校の部員が落水死亡された歴史があります。
僕自身も、高校ヨット部3年の時に、出場した県国体予選で社会人が亡くなっています。
明日からどんな展開を見せるのだろう?

9/6・雨の日曜日 留袖

日曜日の家内帰宅後、「パソコンにメールが届いてるみたいなの、チェックしてみて」と、お願いされました。
帰宅途中で、次男から携帯電話に、「結婚式のレンタル留袖の写真を送ったのでどれにするか見ていて」と連絡があったそうです。

お正月に籍を入れ、既に新居を構えた次男ですが、結婚式はほぼ1年後の12月です。
式は和式が良いそうで、それに合わせ式場を品川・旧薩摩藩邸・「八芳園」にしました。
職業が建築設計デザイナーだし、子供の頃からの性格を見ている僕らには、次男らしいこだわりだなと思いました。
なんだか高そうなのですが、勝手にやってるので我関せず、次男たちに言われるままにしています。

結婚式場ですが、同じ時間帯には1組しか式を挙げないシステムなので、空いてる日と都合の良い日がうまく合わず、11月キャンセル・8月キャンセルを経て、12月になりました。
お嫁さんはそれに向け、いろいろ楽しく準備しています。
我が家は、僕も長男も次男も、こういうイベントのプロデュースは好きです。
僕は学生時代、友人とスキーツアーの会社を作って、スキー場での夜のイベントや雪上運動会を企画・運営・司会進行をしていました。
次男は、4回生が企画運営するクラブの追い出しコンパで、下級生を楽しませたり、同期や先輩の結婚式の運営司会進行など、引き受けて来ます。
夫婦で、時には向こうのお母さんや妹さんも連れて、ウェディングフェアなどに行っています。

メールをチェックすると、お嫁さんがネットで選んだ家内用留袖の写真が添付されていました。
長男のお嫁さんと2人であ~だこ~だして、「八芳園で衣装を借りると高いので、ネットで借りて持ち込み」になりました。
そのやり取りも、みんな僕らにccしてくれるので、面白いです。

送られてきた写真は、「桂由美コレクション・16点セット」の数種類のデザインで、選んで返信しました。
桂由美なんて高そうと思ったら、3万円ほどでお安い。
八芳園で借りることになっている僕のタキシードも3万円ほどなので、女性用なのにこんなに安いんだなと驚きでした。

自分自身を含め、妹2人も相次いで結婚式を挙げた長男のお嫁さんが適宜アドバイスし、賛成しているので、無難な線なのでしょう。
着物持ちの家内なのに、いつも借りてるので、「自分の留袖というのを持っていないの?」と聞くと、持ってるのは重いしデザインの流行りがあるから・・とのことでした。
せっかく高いお金使って、僕への嫁入りに合わせ作ってもらったのに、勿体無い。

ちなみにお嫁さんのお母さんは自前のを持ち込むらしく、妹さんもいるので気合が入っているそうです。
こんな話を、お盆の帰省時に、女3人でいろいろ話したのでしょう。

メールで2人目妊娠中の長男の嫁さんの着付けのやり取りがありました。
当然OKでしたが、女性にはもいろいろと気にしないといけないことがありますね。
次男のお嫁さんも、できれば妊婦さん結婚式だったらいいのに・・・と勝手に思っていますが、家内に「結婚式前に私を妊娠させたらあかんよ、うちの親が許さないよ」と、固く厳命されていたのを思い出しました。

確かに門限や外泊などに厳しいお父さんですが、それに関してはスルーされるだろうと思っていました。
プロポーズにOK貰った後、僕の戸籍謄本と健康診断書を家内の親に渡しました。
仲人さんが保証するお見合いではないので、僕に確かめたいけど聞きにくいことを、こちらから早く明らかにした方が良いと思ったからです。
すると後日、家内の戸籍謄本を渡されました。

そこには、結婚届日の8ヶ月後に家内のお姉さんが生まれていました。
それを見ているので、結婚式で家内の妊娠がわかっていても、お父さんは僕に何も言えないはず・・・と言うより同士とさえ思ってくれるかも? なんて思っていました。
公文書というものは、ずっと後世に残る後日改ざんできない記録なので、非常に重要です。

結婚後、僕が言われてもいないのに自分の戸籍謄本を持ってきたのが、高評価につながったと知りました。
そこで、長男の時も次男の時も、本人たちに断って、戸籍謄本を取り、我が家の両親・僕ら・本人達の履歴と、生活環境の写真を撮って、一緒に相手のご両親に送りました。
子育てしてて面白かったエピソードなどを、A4用紙に5~6枚書いて入れました。
もちろん送る前に、息子たち本人に送付文章を添付添削してもらいました。
そうすると、同じようなものが送り返されてきて、フィアンセさんの生い立ちやご実家の家系の流れも知れて、とても安心出来ました。

長男は、お嫁さんのご両親の希望で、入籍~新居~結婚式という流れでした。
実質は、会社の寮に帰るのが面倒で、より都心に住むお嫁さんのマンションに入り浸っていました。
うちは男親の方なので、すぐにそれを明かされ、家内は長男への荷物はみんなお嫁さんのマンションに送っていました。
お嫁さんのご両親とは、お嫁さんが引っ越しの時、手伝いとして初顔合わせをして、東京在住のおじさん夫婦の家に時々訪問して、バレた時のメンテも抜かり無くやっていました。

次男は、ご両親との挨拶の時、入籍より前の同棲を向こうの両親に了解してもらいました。
結婚式の会場・日取りも同時進行で進めるということでしたが、一緒に住めば妊娠することもあるので、僕は入籍を先にするように強く勧めました。
僕がお嫁さんの親だったら、たとえどんなに誠実な婿でも、何があるかわからないし、将来生まれる子の戸籍に歴然と記される出産日と両親の入籍日を考えました。
将来、それを気にする家系の方とご縁があるかもしれません。

9/6・雨の日曜日

日曜日は、6時に家内を駅まで送りました。
京都でお勉強会です。
役員さんなので、早めに会場入りし、準備するそうです。
天気はイマイチですが、真っ白なスーツにヒールを履き、お化粧バッチリで、我が妻ながら見惚れます。
ホンマに僕と同級生なのかと、疑ってしまいます。
「娘さんですか?」なんて、顔見知りさんから言われたこともあり、僕の自慢の宝物です。
「今日も美人やねえ」といつものイタリアーノな放言をすると、ニコニコ笑いながら、「ありがとうね」と言いながら車を降りて行きました。

僕は大阪で勉強会なので、8時に通勤リード110に乗って家を出ます。
帰りの時間帯は雨の予報なので、バッグを入れるゴミ袋を持ちました。
駅でバイクを預け(200円)、勉強会場最寄りの駅へ。

駅の外に出ると雨が降っていました。
コンビニで、昼食用サンドイッチと傘を購入し、お勉強な1日を送りました。
大阪城を見ましたが、相変わらず「でかいな」という印象です。
でもなんか姫路城みたいに、「美人だな・入ってみたいな」という思いが湧きません。
我が家から最寄りのお城なのに、過去2回しか入ったことがありません。
姫路城は、10回を超えているのに・・・

夕方バイクに戻り、カッパを着て帰宅しました。
家内は「遅くなるかもしれない」と言ってたので、好物のバターごはんを夕食にしました。
白ご飯をチンし、バターを醤油をかき混ぜるだけです。
玉子ご飯のバター版ですが、僕はこちらの方が好きです。
友人に話すと、「気持ち悪いな、ようそんなもん食べれるな」と大抵言われますが、素敵な味です。

僕は健康のために、マーガリンではなくバター派ですが、近年酪農家の減少が原因か、値上がりしたり品切れしたり不安定な供給になっています。
北海道にあれだけ大きな牧場があるのに・・・なんて思っちゃいます。

デザートにヨーグルトを食べながら、「モヤモヤさま~ず」を見ていると、門扉を開ける音が聞こえてきたので、走って玄関を開けます。
「ご苦労様」
今日は僕の方が早かったから、駅まで迎えに行けたのに残念でした。
家内より早く帰宅したので、迎えに行ける旨を連絡しようとしましたが、携帯電話を仕事場に忘れていました。
自宅電話の横には、息子たちの電話番号しか書いておらず、家内の携帯電話番号がわかりません。
大部分を覚えているのですが、一部思い出せませんでした。

食事をする家内の横に座り、お互いの今日を話します。
家内はまた表彰されたそうで、京都の「飾りうちわ」を貰っていました。
お見事なセンスの良いデザインです。
手配されたのは、京都在住の仕事仲間さんで、祇園祭の山車にも無料で乗せてくれた方です。
町内会のご近所さんに、山車の世話役さんとか、うちわ職人さんがいるのでしょう。

家内は、着物好きでお茶お華の免許持ちなので、「京都に住んだら、もっと人生を楽しめるな」と言うと、「お付き合いが大変なんだって、私には無理」とその方から聞いたことを教えてくれました。
確かに、輪の中心になって話題を提供し、おしゃべりをリードするタイプではなく、聞き上手さんですが、小学校・中学校時代は放送部でアナウンスしていたり、仕事でも会合の司会をしたり、役員さんだったりするので、おしゃべりできないわけではありません。
おしゃれさんだし、男性にモテるタイプです。
京都に住めば、旦那衆に目をかけてもらえ、引っ張りだこになりそう・・・と思っています。

家内の話を聞きながら、京都は「飾りうちわ屋」さんなどの商売が成り立つ余裕のある町だと感じました。
食後、お土産のもらった三笠をデザートに食べ、NHK大河ドラマを見て寝ました。
ツーリングを予定されていた方には残念でしたが、有意義な雨の日曜日でした。

セミの盛衰

夏が終わりました。
夏といえばセミですが、セミの世界にも盛衰があるようで、今年はそれを顕著に感じました。
子供の頃は、梅雨の時期にまずニイニイゼミが鳴き出し、夏の到来を予感させます。
こいつは動きが鈍いので、簡単に捕まえることが出来、真夏のセミ取りのウォーミングアップに最適でした。

梅雨の終わりの宣言のように、アブラゼミが鳴き出し、夏の甲子園の最も暑い頃が最盛期です。
セミ取りの標的はもっぱらこいつですが、たまに羽根が透明なクマゼミを見つけると、喜々として取りに行き、そいつを虫かごに入れたら上得意でした。
こいつは、木の高いところに留まるので、市販の網では届かず、竹やぶで切っていた竹を接いで網を伸ばさないと難しいです。
夏の甲子園が終わると、ツクツクボウシが鳴き出し、夏休みを予感させブルーになる。

こんな少年時代の夏を過ごしていたのですが、今年はニイニイゼミを地元では聞きませんでした。
去年までは、たまに聞こえていたのですが、今年はゼロでした。
早朝バイクで山に行くと、ニイニイゼミの鳴き声が聞こえていましたが、平地のニイニイゼミは絶滅したようです。

ニイニイゼミを駆逐していったのはアブラゼミというよりクマゼミです。
年々クマゼミが多くなり、今やアブラゼミをも駆逐する勢いです。
まだアブラゼミの方が個体数は多いように思いますが、鳴き声を聞いてもクマゼミのジージーが確実に増えています。

そして今年一番驚いたのは、山のセミ・田舎のセミであったはずのミンミンゼミの鳴き声が、我が家でも聞けたことです。
ミーンミンミンというでかい鳴き声を自宅で聞けるとは思っていませんでした。
それに代わるように、ツクツクボウシの鳴き声が減りました。
ツクツクボウシは、もっとも俊敏な動きを見せ、アブラゼミ同様手が届くような低いところにも留まるのが多いのに、セミ捕り難易度が最も高いです。

来年は更にミンミンゼミが増える予感がします。
そして森のセミ・ヒグラシが登場するのかも・・・

8/30・丹波篠山・西紀歴史探索ツーリング 4/4

バイクに乗り、更に西を目指そうとしますが、西の空の雲が暗く、雨が降っていそうです。
1つ峠を越えたとこで、左の枝道に鳥居を見つけ寄り道します。
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鳥居前にバイクを止め振り返ると、先ほどの観音堂の裏山の山頂が、「いかにも中世の山城があります」という地形に見え、観音堂は当時この地を治めた豪族の日頃の館として機能していたのかもしれない。
観音堂から細い山道があったので、それが大手道だったのかもしれない。
時間に余裕があれば、引き返して登るのだか・・・

鳥居をくぐり階段を上がると、あっさり加茂神社に着きました。
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探索用にお賽銭をはずみ、本殿裏の山頂に登ってみます。
大きな収穫もなく、探索終了。

バイクに戻り、喉が渇いたので、西紀SAに向かいました。
往路で見つけたSA裏道路に駐輪し、16:10裏からSAに入りました。
20150830TanbaS136s.jpg
おトイレを拝借し、アイスを買おうと思ったら、破格の230円だったので、無料のお水だけ飲んで退散しました。
「アイスは、100円台だろう」と思ってるので、ボッタクリ・アイスは買わないようにしている。

20150830TanbaS137s.jpg
バイクを止めたとこも、ササユリの群生地でした。
r77~R372~r12で南下しました。
大野山にも暗い雲が掛かり、小雨が落ちてきます。
これ以上強くなるとカッパだなと思いながら、南の明るめの空に期待して走っていると、雨雲の下を通過したようで、雨が上がりました。

r319~r33で、西谷大池のドライブインに下がる「氷」の暖簾に惹かれて入店。
今年最後のかき氷になるでしょう。
「いちご350円・いちごミルク400円」、どう考えてもミルクをかけるだけで50円プラスはアレですが、いちごミルクを注文しました。

ここは、大池釣り堀横に位置し、釣り堀を見ながら食事ができます。
長男が新婚時に、嫁姑釣り対決をしたところです。
僕と長男が、それぞれの相方に助っ人に入ったのですが、負けてしまった・・・次男の結婚したので、嫁姑3人釣り対決を目論んでいる・・・リベンジする自信ありです。
レンタル釣具は返しのない釣り針で、家内のはかなりくたびれていたのを、終了後に気づいた・・・今度はゴング前に、釣り針をしっかりメンテナンスしようと思っています。

かき氷を食べ終わると、暖かいお茶が出てきました。
8月とはいえ、時折小雨が落ちるかき氷には寒い日なので、気を利かせてくれたようです。
温かいお茶が、胃袋を温めました。
精算時に「お気をつけて」の言葉を頂き、店を出ます。

r33~r325~長尾山トンネルで大阪平野に下り、17:58・「宝塚176出光」で給油。
219km/7.36L=29.8km/L。

18:06、帰宅。
家内が帰っていました。
JR京都駅・山陰線ホームでの待ち合わせが不安でしたが、しっかり教えたので迷わなかったようです。
JR嵯峨嵐山で下車し、小倉山麓の大河内山荘や竹林の道を歩き、ご同伴さん達が嵐山でお土産を買うのに付き合い、嵐電に乗って四条大宮まで戻り、JR京都駅まで歩いたそうです。
戦利品のお土産のお菓子が、食卓に並んでいました。
風呂に入り、夕食を食べ、モヤモヤさま~ずを見て寝ました。

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土曜日帰宅すると、土曜ドラマ・高橋是清をしていました。
国家予算に占める軍部の比率が高まることに抵抗し、2.26事件で倒れた大蔵大臣です。
5.15事件で倒れた当時の首相・犬飼毅の岡山の実家を訪問したことがあり、その時じっくり調べたので、大蔵大臣として二人三脚だった高橋是清についても記憶に残っていました。
是清さんの人生の大体の経過は、脳内記憶とほぼ同じで、ちょっと記憶力に自信を持ちました。

丹波篠山・西紀歴史ツーリング 4/5

8/30・丹波篠山・西紀歴史探索ツーリング 3/4

舞鶴道の東に抜け、r289に合流し、15:03「明月神社」。
『祭神:月夜見命 後鳥羽天皇・1188年創立。神社後方は絶壁状の岩山で、一瞬の地盤沈下で裂かれた岩が鏡のようになったことから、断層鏡肌と呼ばれる。裂かれた岩の片側は、神社の下にあると云われています』

月夜見命は、天照大神・素盞鳴尊の兄弟で、月の神様で夜を治めます。
後鳥羽天皇は、平清盛・木曽義仲・源頼朝・義経など、武士勢力と丁々発止と渡り合った後白河法皇の院生時代の天皇で、晩年は祖父・後白河同様、武士打倒を画策したが、鎌倉北条執権に露見し、隠岐の島に流され崩御した。
昭和天皇もそうですが、武人を抱えその上に乗っていながら、武人政権には否定的なのが天皇家の基本的な考えのようです。

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蟇股などの彫刻が素晴らしい。
拝殿左右の柱に新しく大きめの榊が配され、地元の信仰が厚いようです。

r289は再び舞鶴道の下をくぐり西側へ。
20150830TanbaS099s.jpg
「佐仲オートキャンプ場」というのがありました。
更に奥に進むと、「佐仲ダム」があり、「佐仲峠2.3km・三尾山3.2km」となっていました。
「三尾山」山頂に、三尾山城がありました。
荒々しい山頂の様子プラス比高もあるので、攻めるのに難しい威風堂々とした印象を受けます。
山城攻めの候補地です。

佐仲ダム湖は、釣り池になっていました。
その横にあった謂れ板には、『佐仲峠 古代、出雲族・楯縫族がこの佐仲峠を越え、河内の郷に移住し、開拓した由緒ある峠である。この峠は、西国巡礼道であり、篠山から宮津に通じる道にして、多紀郡から福知山に向かう最短距離としてこの峠を利用する者が多く、峠の入口には清水の湧き出る茶屋・清水茶屋があ離島げの名物として賑わった』

20150830TanbaS105s.jpg
『分水界 雲海の怪 鏡峠入口』と書かれた杭も立っていた。
地図で鏡峠を探すと、舞鶴道のトンネルの真上にありました。
西紀周辺は霧のメッカなので、それを見下ろす絶好のポイントなのでしょう。
巨大な篠山盆地の北西の位置なので、朝霧の朝は、霧に沈む盆地の中央から太陽が上がってくるのを見れるのではないだろうか?

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15:24、県道のどん詰まり到着。
『この先通り抜け不可 関係者以外通行ご遠慮ください』と書かれていました。
『佐仲峠1.6km・三尾山2.5km』

舗装路がまだ続いているので、城攻めの時はもう少し進みたいところだけど、15時を回ったので、ここから帰路に着きます。
ハイキングコース図も立っていました。
舞鶴道に沿って南下し、往路気になったr140に乗り、西に走り出します。

すぐに、『観音堂・耳薬師』の看板が目に入り、また寄り道です。
『本尊:薬師如来・十二神将 耳に効験の如来、付近に南北朝時代の宝篋印塔二基』とあるので、登ってみます。
20150830TanbaS124s.jpg
本尊は当然拝めませんでしたが、宝篋印塔は見つかりました。
野ざらしなのに余る朽ちておらず、豪族の墓かな?と思いました。

バイクを置いて、登ろうとすると、作業をしておられた横のお宅からご主人が出てこられました。
軽くお辞儀をすると、「こんにちは」と思いのほか明るい挨拶が返ってきて恐縮しちゃいました。
境内の草刈りなども、日常としてされているのでしょう。
僕は不審者とは映らなかったようです。

丹波篠山・西紀歴史ツーリング 3/5

8/30・丹波篠山・西紀歴史探索ツーリング 2/4

機先をそがれ意気消沈し、お昼でもあるので昼食を食べることにしました。

20150830TanbaS016s.jpg
r49を戻ると、屋根の銅板が金色に輝く新築中のお宮が目に入りました。
12:10「大歳神社」、摂社も丁寧に朽ちた足をジャッキで支えながら、修理中でした。

「シュガー」を見ると「定休日」となっていました。
日曜日は定休日じゃなかったのに・・・。
観光客を集める永澤寺と篠山盆地を結ぶ道沿いだから、r49の通行止めで客足が鈍っただろうな・・・。

永澤寺を通過し、「バイカーズカフェ・虎亀」さんに行きました。
ゼファーが3~4台停まり、オーナーさん方が駐車場でおしゃべりしています。
店内に入り、ピラフセットを注文。
お天気の話題や、奥さんがニンジャに乗り換えたことは聞いていましたが、ご主人もハーレーをゼファーに乗り換えたそうです。
ご夫婦は、アメリカン乗りからネイキッド乗りに変身されたようです。
相変わらず、可愛らしい奥さんです。

ご主人さんに、r49のことを聞くと、「道路が落ちて半分の幅になった道を上がってきた猛者がいたこと」と、「開通には半年かかるのでは?」と言っておられました。

食事を終え、店を後にします。
もう予定通りこなすのは無理ですが、首切り地蔵尊だけでも見に行こうと思います。
r49を永沢寺まで北上し、後川奥林道で後川奥へ。

久しぶりに曽地奥林道に入ります。
獣避け網を開閉して山に入ります。
あの網ができてから、交通量が更に減ったのだろう、枝が道に下がり、雑草の道への侵食が進んでいます。
廃道寸前の感じがします。

曽地奥~r308、お店を出てから落ちてきた小雨が強くなったので、13:48・神社に雨宿り。
~r12でR372。
R372を西進し、r77に入り篠山川を渡ります。

舞鶴道の高架下を抜けたとこで、「あの山城跡に寄ろう」と思い立ち、予定変更し側道を北に上る枝道に入りました。
舞鶴道から見えているお宮が、山城跡ですが、ビンゴ!とは行きませんでした。
ゆっくり走り、止まって上を見上げ山の形を確認しながら走ると、車が沢山路上駐車していました。
「あれ、不思議?」と思ったら、「西紀SA」の裏でした。
外からSAのお店に入れそう。

更に進むと、14:32・目的のお宮到着。
真横を舞鶴道が走り、小高い山頂に向かって、階段が付いています。
現在「稲荷神社」が建つ「内場山城址」です。
ササユリがいっぱい咲いています。

山頂の稲荷神社に上がり、更に奥の山頂に上がり、曲輪などを探索しましたが、「これぞ」という痕跡は発見できませんでした。
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稲荷神社からは、西紀地区が見下ろせ、景観はナイスでした。
南の篠山口・住吉台も一望でき、物見としてもいい位置にあります。

更に側道を北に進みます。
14:45・お宮がありました。

『川内多々奴比神社 祭神:天照大御神・建速須佐之男命 崇神天皇の御代、将軍丹波道主命が野陣を張り、賊徒征伐に苦慮された時、白髪の翁が現れ玉剣を授けた。その加護により平定することが出来たので、勅命によりここに宮地を営んだ。天武天皇白鳳元年、国司により造営され、氏子中20社の総社で平生は一ノ宮と呼んでいる』

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背後の小山を背に社殿が建ち、前に沼があり、ガマの群生地になっている。
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豪族の館地や陣地としていい立地だなと思いながら社地に入ると、『頼光駒止めの樫 990年、摂津守・源頼光が大江山の鬼退治に向かう道中、当社に立ち寄り太刀一振りを奉納し、必勝祈願しました。伝説の駒止めの樫は老木のため、昭和38年の豪雪で枯れましたが、現在直系の樫が育っています。太刀は神社の宝物になっています』

源氏渡辺党の渡辺綱や足柄山の金太郎を家来に、藤原氏の傭兵として大活躍し、清和源氏のその後の隆盛のもとを築いた有名人・頼光の痕跡がこんなところにひっそりと残っていました。
樹齢1000年のイチョウもありました。
ここも舞鶴道の真横で、現代文明に押しつぶされそうです。

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あやめの咲く池・沼もありました。
参道を挟んで左右に、ガマの沼とあやめの池があり、遠征隊を野営させる絶好の地でした。
舞鶴道を隔てて水田が広がり、頼光の時代は水はけの悪い大湿地や沼・川などが走っていたのかも。
当時の地形・風景に想像の翼を広げながら、更に北に走り出しました。

丹波篠山・西紀歴史探索ツーリング 2/5

8/30・丹波篠山・西紀歴史探索ツーリング 1/4

家内は仕事関係の下見で、お仲間さんと京都に行きます。
8時頃家内を駅まで送り、帰宅してお天気の様子見です。
助手席に座る家内の横顔を見て、「いやあ、美人やなあ」とまた言っちゃいました。

天気予報は、午後から雨が止むとなっていますが、6時頃降っていた雨も上がり、既に雨は降っていません。
遅めの朝ご飯を食べながら、NHKの農業番組と政治番組を見ます。

さあ、行こか・・・バイク装束を着込みます。
コミネプロテクターメッシュパンツは、ずっと同じですが、夏前に家内とペアルックしようと思って内緒で買った「コミネ・プロテクト・メッシュパーカ・L・ブロンズ・11600円」を着ました。
パーカなので帽子付きですが、これは使わないので、外します。
ファスナーとマジックテープで襟に繋がっているだけなので、簡単に外れます。

他に持ってるコミネメッシュジャケット(夏用のみ7000円ほど、3シーズン16000円ほど)と違い、メッシュ糸は細めなので、全体的に柔らかいジャケットです。
家内用ジャケットも同様にしっかり生地だったので、「重い」と不評でした。
そこで、少しでも軽く、そして女性用シルエットもラインナップされているこのメッシュパーカーを、ペアで購入しました。

軽めですが、透けることはなく、ちょっとカジュアルな感じがしてナイスです。
肩・肘・胸にハード、背中にソフトプロテクターが入っており、安心でもあります。
お値段も手頃なので、売れると思います。

「里山・ひこにゃんVTR250」を出して、10:46出発。
目的地は、篠山盆地の西の山塊です。
東:武庫川・西:加古川・北:篠山川・南:R372に挟まれたエリアを、歴史探索しようと思います。
篠山から篠山川沿いr77を西進し、「JR谷川」から「高座神社」「首切地蔵尊」を訪ねます。
加古川を南下し、R372で篠山に帰りがてら、気になる枝道に入り探索しながら篠山に戻るコースです。

長尾山トンネル~r325~r33~r323~r37で羽束川沿いを走り後川奥へ。
ここから後川奥林道で永沢寺に上がります。
r49に乗り、美濃坂峠を越えて篠山盆地に下ろうと思ったら、峠へのアプローチに「通行止め看板」が出て、道を半分塞いでいます。
先月、逆方向から入ろうとして、R372から分岐したとこに「通行止め看板」があり断念しましたが、まだ通行止めが続いているようです。
これは困りました。
ここが抜けられなければ、新三田まで戻ってR176か、r12で城東トンネル越えしかありません。
いずれにしても大きなロスです。

バイクなので、通れるかもしれないと思い、強行突破しました。
11:54、美濃坂峠の近畿自然歩道・「ふきのとう休憩所」で、全面バリケードされていました。

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バイクを置いて、崩落現場を見に行くことにしました。
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峠を越え、篠山側の展望台手前まで歩きましたが、崩落現場はまだ先のようです。
晴れた日でも、山側の崖から水が滲み出ているエリアが崩れたようです。
道が細いので重機も入りづらいところなので、「しばらく、あかんな」と思い、バイクに戻りました。

すると、一眼レフ2台を首から下げた男性が、三国ヶ岳の方から降りて来られました。
「三国ヶ岳に登られたのですか?」「いいえ、少し下に軽四を置いて、ぐるっと上がってきました」。

三国ヶ岳山頂は、篠山盆地の雲海ポイントです。
木々が成長し、盆地を見下ろす景観はイマイチになっていますが、それでもここらの最高峰なので、景色はいいです。

20150830TanbaS003s.jpg
「行けないでしょう。地元の方の話では、道が落ちてるから、1年ぐらい通れないということですよ」「そうなんですか」
「昔は、つづら折れを切り返ししながら、バスが走ってたんですよ。当時はどうも思わなかったけど、路線が廃止されると、一度は乗ってみたかったなと思いますよ」
20150830TanbaS009s.jpg
・・・バイクだから平気で突っ込みますが、車の時は避ける道です。
この道をバスが走っていたとは・・・。

丹波篠山・西紀歴史ツーリング 1/5

「マスカレード・ホテル」東野圭吾 集英社文庫 ★

去年から読みだした「吉川英治著・新・平家物語・全16巻」の15巻まで読み終え、最後の16巻のみとなりました。
終わってしまうのが寂しいので、「矢作直樹著・人は死なない」で箸休めをしています。
それも最後の数ページを残すのみになってしまったので、次の箸休めはニコラススパークスにしようかと思っています。
アメリカのラブストーリー作家で、舞台はフロリダの北の温暖で海岸線が伸びるノースカロライナが多く、海や船も出て来ることが多く、読んでいてほんわか温かな雰囲気があるので、毎年新作が出る度にチェックし、だいたい読んでいます。
数作、映画化されており、映画は全て観ているかもしれません。

ちょっと前に読み終えた本の感想文です。
小学校の長期休みの宿題の定番だった読書感想文が習慣になっちゃいました。
本を読むのが面倒な時のために、読書感想文の在庫にしていたのですが、これを書かないと本を読んだ感じがしなくなっちゃいました。

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「マスカレード・ホテル」東野圭吾 集英社文庫 ★
GWに帰省した長男が、「お父さん、これ読んだ?僕読んじゃったから、読む?」と置いていきました。

育児時期の僕の当番は、「お風呂に入れること」と「寝かせること」。
本好きなので、子供たちを左右に毎日本読みをして寝かせた。
子供たちは僕同様本好きになり、僕同様いつも本を持ち歩いています。

電車や飛行機に乗る時は、僕同様本読みの時間のようなので、帰省時にリビングに置かれたバッグの上や、階段によく本を置いています。
それを見る度、家内が「お父さんが本を読んでくれたからだね」と、褒めてくれます。
何を読んでいるのか見るのが楽しみです。

「ダ・ヴィンチBOOK OF THE YEAR2014小説部門第1位」と帯に書かれていた。
久しぶりの東野圭吾です。
ミステリー作家で、「秘密」「白夜行」「手紙」「容疑者Xの献身」「幻夜」などを読みました。

東野圭吾さんのミステリーは面白いので、読んでいた「新・平家物語13巻・吉川英治」を読み終え、次の14巻をお休みして、ワクワクしながら読み始めました。
都内で奇妙な暗号を残した殺人事件が3件起きました。
暗号は2行の数列で、僕はすぐ緯度・経度とわかったのですが、その場所は海上だったりするのでおかしい。
1件目の暗号からその殺人の日付を引くと、2件目の殺人現場にピタリ。
2件目のは3件目にピタリで、3件目の暗号が示す場所は、老舗ホテルの「マスカレード・ホテル」になった。

警視庁は、4件目の殺人事件を防ぐと共に、連続殺人事件の犯人逮捕のために、ホテルに捜査員を潜入させ、捜査することになった。
捜査員・新田は、フロント係に配され、そのホテル側教育係が尚美だった。
たとえ捜査員でも、ホテルの質を落とさないように厳しく新田を鍛える尚美。
それに反発しながらも、尚美のプロとしての姿勢に尊敬と親近感を覚える新田。
尚美も、新田のホテルマンとしての向上心に目を見張り、仕事を離れて大切な人に思えてくる。

運命の4件目の殺人事件に向かって、カウントダウンが始まる。
果たして、本当に殺人事件が起こるのだろうか?
犯人の標的は誰なのか?
犯人に潜入捜査がバレてしまわないか?
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