8/25・また船の台風対策

朝目覚めたら、意外に風が強い。
天気予報をチェックしたら、台風が九州・熊本に上陸していました。
予想進路は福岡から日本海に抜けるか、再び山口県に上陸するか?とのことです。

大阪から遠いので高をくくっていましたが、上陸したのに気圧はまだ940hpaあり、最大風速も40m/s・瞬間60m/sと脅しています。
念のため行ってくるか・・・通勤リード110に乗り、R171を西宮目指します。

30分弱でハーバーに着き、桟橋ゲートをカードで開け、船に台風対策をしました。
増しロープを2本加え、接岸していない方の桟橋からのロープを3本に増やします。
もう一方は常時4本で、バウ左右にも1本ずつロープを渡しています。
スピンハリヤードでファーリングしているジェノアをマストトップからグルグル回します。
ステアリング上のサンシェイドを外します。
せっかく直したのに、また強風で破れたら残念すぎます。

僕は、こいつがあるとヘルムスマンからマストトップのウィンデックスが見えないので、好きじゃありません。
先輩が乗ると、これを張るんですよね。
ついでにでかい135%ジェノアも好きではありません。
タックごとにウインチで風をはらんだ重いジェノアをウインチで回すのが面倒です。
風が十分はらんでいないタッキング中に腕力一発で引ける100%ジブが好きです。

他の船を見ると、前回と違い台風対策をしているのはほとんどいませんでした。
作業は30分かからず、7時前には帰宅出来ました。
高校・大学時代に植え付けられた、台風の度に船に頭が行く体質は、死ぬまで抜けないかもしれません。

天気予報のお姉さんが、「絶対に海の様子を見に行かないでください、絶対に海に近づかないでください」と連呼しますが、商売道具の船を持ってる漁師さんは見に行くでしょう。
その気持ちは、よくわかります。
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8/23・全日本選手権予選 2/2

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11時頃になり風が入りだし、ハーバーからレース艇が出てきます。
でも風が弱いから、ハーバー沖まで戻り、曳航してレース海面にレース艇を運びます。

スタート前練習に入り気合が入ってきましたが、また風がなくなり、本部船にレース延期フラッグが揚がりました。
1回生マネさんに、シートの結び方レッスンをします。
入部から半年経ちましたが、あと半年でボート免許を持った男でもできるマネさんに成長してもらわないといけません。
「あ~、ちょっと違うな~惜しい」「よっしゃ、正解」と褒めてやると、ノリノリで試行錯誤しています。
うら若き美女3人に囲まれて、僕もウキウキ。

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今年の琵琶湖就航の様子を聞きました。
部員が多いので、ヨット・レスキューボートの水上隊は1・2回生で、上級生有志が車でのサポート隊をしたそうです。
コーチボートに乗ってた2回生女子マネさんが、就航隊長をしたそうで、お寺に泊まったことなど、いろいろお教えてくれました。

ヨット部が枝分かれしたボート部から続く、部の伝統行事です。
日頃はレースに勝つため、スピードアップ練習などに明け暮れていますが、日頃行くことのない琵琶湖・北湖を含めた大きな琵琶湖を楽しむことも、ずっと続けて欲しい。

北から風が降りてきたので、レースマーニューバルに入るも、また風が落ち延期フラッグ。
レース艇がお昼ごはんを取りに来たので、マネさん達が冷たい水や麦茶をコップであげています。
「うわ~生き返ります」
「女子の手尺付きやから、1割増しで美味いやろ」などど、炎天下での風待ちの気分を入れ替えさせます。

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お昼ごろから風が入り、2レース行いました。
前日の4レースを加え、全6レースで大会終了です。
15時頃ハーバーバックし、船を片付けた後、ブリーフィングで気づいたことを話しました。
その後、個人的にアドバイスを貰いに来る選手に話し、閉会式前にハーバーを後にしました。

セイル大津の閉会式後のパーティーの横を通ると、1回生が箱を持っています。
「お~、賞品獲得したんだ、頑張ったなあ~」「えへへ、失礼します」と、嬉しそうです。

バイクで荷造りしていると、横をセイル大津に出場したであろう小学生の子が大きなキャンプターフの箱を抱えて、ジュニアの艇庫に歩いています。
「お~、レースで獲得したんや、これは値打ちがあるな」と声をかけると、めちゃ喜んでいます。
次男も、レースで賞品をもらう度に喜んでいました。
小さな子は可愛いな。

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バイクに乗り、出発しようとすると、その子と綺麗なお母さんが艇庫から出てきました。
「お母さん、大会参加費を取り戻しましたね。うちの子も兵庫ジュニアでやってたんですよ」
「こないだ、兵庫にお邪魔し、レースしてきました」
「ああ、関西選手権ですね」。

「うちの子は、4年生で乗り出して2年なんですが、お子さんは?」
「うちはもう30ですよ。ヨットが大好きになり、ヨット部のある中学を受験し、高校・大学もヨット部でした。国際レースにも参戦しましたよ」
「ヨット、面白いやろ。楽しみな」とお子さんに声を掛け、バイクを動かしました。

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湖西道路~名神で、17:54「桂川PA」で「京しぐれ・108円」というかき氷アイスを食べながら休憩。
帰宅しバイクを片付け、風呂に飛び込みました。
お素麺とおかずの夕食を食べ、「ダーウィンが来た」を見て、「花萌ゆ」見ながら寝てしまいました。

8/23・全日本選手権予選 1/2

日曜日は、大学ヨット部のコーチングです。
この日は学生枠を超えた全日本選手権予選の琵琶湖選手権です。
全日本インカレ予選でもある近畿北陸学生選手権まであと1ヶ月、主なライバル大学も出場するので、現在の自分たちの力を見る絶好の機会です。

6時出発・7時琵琶湖を予定していましたが、目覚めが遅くなっちゃいました。
目覚ましを掛けないので、体調が起床時間に如実に現れます。
お盆の頃は今よりもっと暑かったのに、快調に夜明け前に目が覚めていました。
でもここ数日は、6時頃目が覚め、季節の変わり目を感じます。
季節の変わり目はいつも目覚めが遅くなります。

天気予報が申し分ないので、「招き猫CB400SB」を出しました。
ライジャケ・双眼鏡・カメラなどを積んで出発。
6:18・コンビニで「おにぎり2個・220円」購入。

なんか暑い。
春夏秋3シーズン用・コミネ・メッシュプロテクタージャケットを着てきましたが、道端に停めて脱いでみると、メッシュの内側にウインドプルーフジャケットを着けたままでした。
しばらく、シンプルな夏用メッシュジャケットを着ていたので、これをまた装着したのを忘れていました。
ファスナーを開け外し、快適になりました。

豊中ICから中国道~名神高速に乗り、いつも休憩する桂川PAは通過し、京都東IC下車~湖西道路経由で、ヨットハーバー到着。
他大学の学生さんに「おはよう」と声を掛けながら艇庫前に行き、みんなに挨拶します。

大会本部に、レース1日目・土曜日の結果を見に行くと、滋賀県連会長さんに後ろから声を掛けられました。
「あれ、誰かと思ったら・・・」「ああ、おはようございます」。
「息子さんは?」「はい、今年結婚しました」「そうですか、みんな大きくなるね」・・・。
息子がジュニア時代から、琵琶湖のレースに来る度にお世話になっていました。
「今日は運営ですか?」「ええ、そうです」。
「熱心にコーチしてるね」「息子も卒業して久しいのに、毎年更新してくれるので・・・」「必要とされているうちは、いいんじゃないの」。

ハーバー内では、息子がジュニア時代、何度か出場したことがある「セイル大津」という琵琶湖ヨットクラブが運営する大会もやっており、1回生は1人乗りヨットでそちらに出場します。
公式戦初レースで、気合が入っているでしょう。

院試でキャプテンがいないので、サブキャプテンから集合の声が掛かります。
前期テストが7月で、8・9月が夏休みで、8月に院試がある学部が多いです。
院に進む学生が多いので、8月の活動は4回生がパラパラと抜けます。
就職解禁がずれたので、今年から全日本インカレ予選が8月末から9月末に変更されました。

ミーティングを終えると、横でシーホースを艤装されていた琵琶湖ヨットクラブの方から、声が掛かりました。
「シーホースが余ってるのですが、おたくの大学のOBさんで乗る方はいませんか?BYCに入部していただいたら、1艇差し上げます。OB会長さんにも声を掛けたんですけどね~」とのこと。
ウッドのシーホースは、とても美しく、ここに6艇あり、琵琶湖水域では10艇以上あるそうです。
全日本には40艇集まるそうで、意外に活動が盛んなようです。

9時第1レース・8時出艇予定でしたが、風がなく延期フラッグが大会本部のポールに揚がりました。
470チームは陸上待機ですが、スナイプチームは海上練習を選択し、僕もコーチボートで出ます。
マークを打ったり、レース艇を追いかけて、セイルシェイプをアドバイスしたりしていると、少しあった風もなくなりました。
昼から吹いてくるであろう北方向・琵琶湖大橋を双眼鏡で見ますが、しばらく本格的な風は降りてこないみたい。

1回生女子マネ3名・上級生女子マネ3名と僕というハーレム状態のコーチボートなのでウハウハです。
練習もできないので、1回生マネさんの操船練習をしました。

8/16・「道の駅いながわ」裏で、川遊び

エビフライのランチを注文し、セットのデザートとパインジュースも堪能し、午前中だけクルージングが終了です。

12:19、「一点鐘」で、「Gill・EyewearRetainer」864円を購入。
サングラスの落下防止です。

R171で帰宅し、洗濯物を室内に入れ、網一式・ポータブルチェアを積んで、北に向かいます。
1週間前に下見した「道の駅いながわ」裏の猪名川が目的地です。
r12で道の駅到着。
みんなで川を渡り、河原の適当な場所に椅子を4脚広げます。

遼くんは、小石を持って川にポンと投げて遊び出します。
長男は魚を取ろうと網を持って悪戦苦闘。
トンボのヤゴ・エビ・魚数匹を僕と長男で捕まえ、水槽カゴに入れます。
遼くんは、観察したり、河原に全部ぶちまけたり忙しい。

道の駅にかき氷を買いに行き戻ってくると、遼くんがじっと見ています。
ストロースプーンを2つもらってきたので、1本をお嫁さんに渡し、みんなで楽しみます。
最後は、遼くんがコップ飲みしてお終い。

この空きコップが気に入って、遼くんはこれを持って川の中に。水を汲んで「お水どうぞ」とお店屋さん開店です。
続いて水槽に水を入れたり石を入れたり、家内も僕も川に入り、3人でザブザブ忙しいです。
遼くんのお尻が濡れたところで水着に着替え、パパとジャブジャブ。

長男が川下に偵察に行きます。
「パパに網を持って行こうか」と提案すると、遼くんが「ウン」。
家内と3人で手をつないで歩いて行くと、r68沿いからの支流の水が冷たい。
河原に湧き水のところがあり、家内含めて遊びだしました。

お嫁さんが荷物の番をしているので、僕が戻って交代しました。
家内も戻ってきたので、僕がお嫁さん用に椅子を持って、再び川下へ。
戻ってきて、16:49・僕はアイスクリーム・126円を買いに行きました。
遼くんに見つからないように食べます。

ゆっくり味わいながら半分まで食べたところで、長男一家が引き上げてくるのが見えました。
スピードアップでアイスをお腹に入れ、戻ってきた長男たちと一緒に撤収を始めました。
少しずつ厚くなってきた雲から、雨が落ちてきそうです。
車に戻り、濡れた足元などをタオルで拭いて履き替えていると、雨が落ちてきました。
ワンボックス車は、リアゲートが屋根になってこういう時便利です。

r68~r33~r325~長尾山トンネルで大阪平野に戻り、宝塚安倉R176沿いのお好み焼き屋「いっきゅうさん」にテイクアウトで寄りました。
お店で食べると、熱い鉄板がテーブルにあるので、チビさん連れにはちょっと危険です。

待ち時間に、横のバッティングセンターで長男が汗を流します。
小学生時代は少年野球をやっていたので、2人でよくバッティングセンターに行きました。
あの頃の方が、フォームが綺麗でライナーが飛んでいたように思います。

自宅に戻り、実家でテイクアウト夕食です。
僕は「そば飯」です。
長男によると、神戸名物になってるそうです。

ここで解散し、帰宅してNHK大河ドラマを見て寝ちゃいました。
これで、お盆休み4日目終了です。
毎年ですが、息子たちが帰省してくれて、楽しませてくれます・・・ありがたい。

次の日の月曜の昼、飛行機で東京に帰るので、昼休みに帰宅し、飛行場まで長男一家を送り届けて、お盆休み全日程終了です。
ああ楽しかった。

8/16・2時間ほどヨット

特に予定はなく、1日が始まります。
妊娠初期のお嫁さんの検診は2週間毎で、お盆明けが次の検査だそうです。
順調に育っていると心音が聞こえ、流産の可能性が低くなるそうです。
つわりは遼くんの時も楽だったので気持ち悪さはないのですが、遼くんの時同様、軽い蕁麻疹が出るそうです。
そういうのが殆ど無く、出産時間も短かった家内は、ラッキーだったようです。

朝から曇り空で、夕方から雨予報も出ているので、船に乗ることを提案しました。
「じゃあ行こうか」ということになりました。
R171を西宮に向けて走り、ヨットハーバーに着きました。
係留桟橋ゲートをカードキーで開け、みんなを通すと、カードキーを探しながら歩いて来る方が見えたので待ちます。
「どうぞ」「すいません」。
「釣りですか?」「いいえ、セイリングです」。
・・・ニコニコお話しし、分岐で「ではお気をつけて」と別れます。

船に着き、エンジンを掛けると一発始動です。
桟橋電源から引いている電源ラインを外し、あれこれ長男に指示しながら、10時に桟橋を離れました。
お隣さんは、フジツボ取りのため、水中メガネをして潜っています。
奥さんが、コクピットで本を読んでいます。
お隣さんの奥さんを見たのは初めてです。
ステアリング上のサンシェイドが修理成ったようで、業者さんによりセットされていました。

ハーバーの外に出て、1~2m/sの弱い風の中、セイルを上げます。
エンジンを切り、超ゆっくりの帆走です。
長男は高校生の時、船舶免許を取りました。
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お嫁さんは、「やっと念願のヨットに乗れました」って喜んでいます。
1回目は風が強すぎて断念し、2回目は遼くんのお熱で止めました。
ステアリングを握り、楽しそう。

遼くんも運転しました。
わけも分からず、ステアリングを回すので、適当にサポート修正します。
「凄いね~船長さん」とか声をかけると、得意気にしています。
帰路に着き、風が弱いのでエンジンをかけると、嫡孫くんがエンジンを切れと言います。
音もなく静かに走るヨットに魅せられたのかも・・・良い傾向です。
僕のヨット初体験は、高校生の時のヨット部試乗会でしたが、その時音もなくスーッと走りだしたヨットに感動しちゃいました。
きっと遼くんも、それを感じているのだろう・・・ヨット、やらないかな?

家内の姉から家内に電話が入りました。
次男の結婚式に出席できるそうです。
宿直当番の関係があり、ずっと保留でした。

前泊もシェラトンホテルを取ったらしく、次男達の負担にならないように気を遣ってくれています。
姉と甥のお嫁さんの留め袖がドレスがバッグがどうのこうの・・・長男のお嫁さんも加わって、女同士しかわからないやりとりをしています。

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ハーバーに戻り、遼くんがいるので、みんなを先にハーバー内レストランに行くよう促しました。
船内に入り、バッテリーのメインキーをOFFにして、カーテンを閉じて外に出てくると、家内は残っていました。
「暑いから、先に行って涼んだらいいのに」
「お父さんと一緒がいいから・・・」とニッコリ笑い、後片付けを手伝ってくれました・・・かなり嬉しい。

センターハウスに入ると、冷房で生き返ります。
レストランに座って冷水を一気に飲んじゃいました。
船の上でも魔法瓶の冷えた麦茶を飲んでいたのですが、コップ1杯の一気飲みは格別です。

次男のお嫁さんからもらったアルバムと、今月の社内報をみんなで見ました。
アルバムは、先月のお嫁さん誕生日祝いで、2人で行った伊豆箱根1泊旅行のものです。
学生ヨットのメッカ葉山の森戸海岸にある森戸神社にも寄ったそうです。

子宝のお宮で、「早く子宝に恵まれますように」と書いた絵馬を奉納している写真も・・・。
遼くんがゆかちゃん大好きで寄ってくるので、早く子宝を恵まれたくなったのかな?
こればかりは授かりものなので、なんともしようがないから、気長に平常心でいてくれたらなと思います。

社内報には、次男のメッセージと資格取得、2人の写真が載っていました。
長男たちの会社の社内報のことを聞きました。
長男のお嫁さんの社内報は、こんなにカラー刷りの立派なのではなかったそうです。
長男のとこは、毎月3冊あるそうです。
三菱グループ報・キリングループ報・そして社内報、社内報以外は組織が大きすぎて惹かれる記事はなく、社内報も次男の会社のようなアットホーム感がなく、事務的な感じだそうです。

次男夫婦の会社の社内報や社内・その家族向けビデオは、以前にも見たことがありますが、アットホームで実に楽しそうです。
社員家族向けのビデオには、社長のメッセージも入っており、和気あいあいな感じがして、いい会社と縁があったなと思いました。

8/15・花火大会

昼食は、長男一家とまた素麺を食べました。
その後、嫡孫くんの昼寝に合わせて僕も昼寝です。

14時過ぎて、次男からのお迎え依頼電話が入り、家内とまた甲子園までお迎えに行きました。
埼玉代表の勝利を応援し、東海大相模の豪腕投手と強力打線を満喫したそうです。
炎天下で4時間もご苦労さまです。
お嫁さんのお父さんは野球をやっており、子供の頃の日曜日は、お父さんの試合の応援と試合後のチームメイトとのバーベキューを楽しんだそうです。
彼女自身も、小学生の時はテニス少女で、埼玉県代表で全国大会にも参加したスポーツ好きです。

帰宅すると遼くんが起きており、あれやこれやで遊びました。
次男夫婦は、帰宅の飛行機の時間までお昼寝です。
20:20発JAL羽田便に合わせ、19時に家内と4人で自宅を出ます。

長男一家は、19:20始まりの猪名川花火大会を観に行きます。
遼くんは、1週間前の新潟花火大会をお嫁さん実家の屋上から観たのに続いて、人生2度目の花火大会です。
ちびさん連れなので自宅から徒歩で行ける高台の公園から観ます。
我が家は猪名川西岸の河岸段丘上にあるので、河岸段丘の端まで行くと、大阪平野が見渡せます。
流星群の時や花火の時、チビだった息子たちを連れて行ったところです。

次男夫婦を空港に降ろし、帰宅してから、家内と通勤リード110に乗り、公園を目指します。
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小さな公園なので、すぐに長男たちを見つけ、一緒に花火を楽しみました。
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低い花火は樹木で見えませんが、ほとんどの打ち上げ花火は観れます。
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家内が嫡孫くんに声を掛け笑っています。
家内の笑顔を見るのが、僕の一番の喜びです。

花火が終わり、夕食を途中にあったハンバーグ屋さんで食べようと、長男からの提案に乗りましたが、30分待ちということで諦めました。
僕らはお腹が減っていないので、自宅に戻ります。
長男たちは、車で何処かに行ったようです。
ということで、お盆休み3日目終了。

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長男が中高と通った高槻市で、「中1の女の子が、遺体で見つかった」という事件があった。
夜中一緒にいた同級の男の子が無事だといいが・・・と思っていたが、同じくご遺体で見つかった。
第一報を聞いた時、「なぜ中学生が、夜中街中を出歩いているんだ?」とも思いました。

早朝バイクで、夜明け前に出発する頃、いかにも夜中出歩いていたと思われる不良風中学生を目にすることがある。
超安全国家・日本以外では、こんなの通用しないよな・・・と、その度に思う。
ベンチの横に置いてるバッグを、見ているのに置き引きされたり、昼間だって寂しい裏通りに1人で入ったら強盗に遭うのが当たり前の国は多い。

うちの息子達は、小学生の頃は塾に通っていたので、5・6年時の帰りは21時・22時の時が多かった。
必ず駅や塾まで車でお迎えに行ったが、夜の1人歩きに慣れてしまうのが怖かった。
中学も電車通学だったので、帰宅時間に気をつけていた。
長男は、中学の塾で夜遊びに目覚めた小学校の友人が誘いに来るのを嫌がって、自分の自転車を道路から見えない家の裏に置いていた。

僕の仕事帰りは、いつも21:00~21:30なので、僕の帰宅時間に子供たちがいないということがないよう注意していた。
ある日、帰宅直前のコンビニ前で、中1の次男が小学生時代の友達とだべっているのに出くわした。
当然、「今何時だと思ってるんだ。解散!」とみんなに声を掛け、強制的に解散させた。
1度だけ、次男を探しに行き、連れ戻したことはあるが、それ以外に門限を破ることはなかった。

今は、当時よりもっと夜中営業の店が多くあり、夜の誘惑が多い。
でも闇は怖い、闇の世界に慣れてしまうと悪の世界に取り込まれる。
中学生は、精神的にも肉体的にも、子供から大人に大きく変貌する不安定な時期です。
親として、闇に慣れさせてはいけないように思う。

8/15・甲子園

次男夫婦は、当初USJに行く予定でしたが、あまりの混雑予想なので止めました。
僕が提案していた「高野山に行く案」も、前日ハイキングで歩いたので、長男からダメ出しを喰らっていました。
妊娠中のお嫁さんの体調を気遣ってです。

僕は早朝自転車で、また猪名川を走りました。
軍行橋を東に渡り、河川敷自転車・歩道を川西池田方面に北に上がります。
ヌートリアに会えないか期待しましたが不発でした。

でも猪名川花火大会の準備を見ることが出来ました。
中国道の北側の河川敷が打ち上げ場所のようで、花火業者さんのトラックが2台来ており、作業を進めていました。
観客席の位置も把握出来ました。

R176で西に渡り、猪名川土手を軍行橋まで戻り帰宅しました。
43:32・11:31km・平均14.4km/h・最高31.6km/h。
帰宅後、国旗を玄関に掲げました。
日の丸を広げ、ポールにくくりながら、終戦記念日の8/15を強く感じました。

甲子園高校野球観戦に予定変更した次男達を、9時に甲子園に送る予定でしたが、6:40に満員入場制限が出されているということで、第1試合の早稲田実業の試合終了に合わせて出発することになりました。
早稲田実業の1年生・清宮君を見て、第2試合のお嫁さん実家・埼玉代表校の応援予定でしたが、無理でした。
次男から「行くよ」の声がかかるまで暇なので、高校野球をTV観戦していると、清宮くんがホームランを打ちました。

我が家のお風呂から、お湯をプールに入れながら、実家のお風呂のお湯を、長男とバケツリレーで注ぎ足します。
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適当なとこで、長男と嫡孫くんは、プールで遊び出します。
横に子供たちがちびの時に使っていたキャンプ用品のテーブル・椅子を広げ、上にパラソルを差して、ちょっとしたリゾート気分を味わいます。

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嫡孫くんの可愛いサンダルは、クロックスでした。
「こんな小さいのに3000円もするんだ。でも、足指が全部保護されているし、かかとストラップを掛ければ走っても脱げないし、靴感覚で履けるんだ」とのことです。

次男からお声が掛かり、9:30に家内と4人で甲子園に向かいます。
R171~武庫川土手道路・r114で南下~R2~r340で甲子園球場。
ものすごい人で、一気に「夏の甲子園」の熱気を感じます。
3人を降ろし、僕は家内の帰りを車でお留守番です。

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車の横で球場を見ていると、すぐに家内が戻って来ました。
お土産のお店とか見ておいでと提案しましたが、人が多くお店に入るのにも並ぶ必要があったそうで諦めて帰ってきました。
見るところはまだあると思うのですが、極度の方向音痴故、1人だと迷子になりそうで不安なのでしょう。

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自宅に戻る途中、旧甲子園ホテル・現武庫川女子大建築学部校舎前に車を停め、激写。
次男から電話があり、無事3塁側アルプススタンドに入れたそうです。
「TVに映るかどうか見なくちゃ」と家内が嬉しそう。

R171・武庫川東カーブが渋滞中だったので、東土手道路を北上しました。
イオン前が混むかと思いましたがそうでもなく、スムーズに自宅近くまで帰ってこれました。
住友グランド横のせせらぎの道では、ザリガニ釣りをしていました。

北伊丹駅横の「西猪名公園・ウォーターランド」も偵察しました。
ここのプールは浅く、小さな子向けです。
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でも大混雑でした。
お上品で慎重派の嫡孫くんでは、圧倒されちゃうかも。

8/14・鍵

長男夫婦と次男夫婦は、LINE仲間だそうです。
4人でグループを作っており、次男が現在地を流していたようで、16:13着でJR武田尾駅を出ると、そこに車が待っていました。
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廃線ウォーク3時間、全行程4時間弱のハイキングはお終いです。

長男に長く待ったかと聞くと、帰路途中の「桜の園」にある沢で散々遊んだようで、あまり待たなかったそうです。
サワガニがいたのかな?

r33~r325~長尾山トンネルコースで帰宅し、回転寿司・スシローで夕食にしました。
30分の待ち時間があったので、嫡孫くんを中心に遊びます。
スシローの扉にある鍵穴を見つけ、「鍵」というので僕の車の鍵を渡すと、鍵穴に入れようとします。
当然入らないので、「ダメね~」と可愛い声。

達成感を味あわせようと、手をつないで2人で僕の車に行きます。
抱っこして鍵を渡すと、ニッコリ。
鍵穴に鍵を入れ左右に回しています・・・力が弱く開きません・・・少し僕がサポートしてガチャリ・・・開きました。
驚いたような顔・・・すぐにノブに手を掛け・・・開いた~・・・満面の笑みです。
「遼くん開いたよ、凄いね~」と褒めると、更に満面の笑みです。

しかし、警報音が鳴り出しました。
何処の車かな?と周りを見回すと・・・どうやら、うちの車からのようです。
慌ててハンドルの鍵穴にキーを入れて捻ると警報音は止まりました。
盗難防止警報装置つきの車ですが、鳴ったのは初めてです。

プッシュボタン遠隔操作キーが好きではないので、購入後すぐに作った複製キーを使っていました。
スペアキーを3つ持っており、いつも、長男にも次男にも、それぞれスペアキーを渡していました。
今回、長男にプッシュボタン機能付きマスターキーを渡していました。
マスターキーで閉めたら、警報装置はONになるようで、僕の複製キーに反応し警報音を鳴らしました。
購入後5年目にして、新機能発見。

帰宅後、花火をしました。
我が家と実家の間にプールを設置したので、我が家の家内の部屋に面した庭でします。
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ベランダのコンクリートにろうそくを立て、花火開始です。
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遼くんは、最初の1本が怖かったようで、以降は愛車・草刈正雄くんに乗って、終わった花火を水を張ったバケツに入れる係です。

さんざん遊んで解散し、楽しい1日だったなと室内に入ると、なんと花火の煙が充満しています。
家内の部屋の窓を開けていた/からです。
慌てて換気扇を回しました。
ということで、お盆休み2日目終了。

この日は、日の丸を門扉に掲げました。
僕が子供の頃は、あちこちの家の玄関に、国旗が掲げられていました。
今は、お正月ぐらいで、しかも数軒です。
息子たちには、「なんで今日なん?」と不思議がられましたが、僕の気まぐれです。

僕はフラッグ好きです。
小学校の式典では日の丸が定番だし、中高大と運動部だったので、学校のフラッグや校章の入ったユニフォーム着て、あちこちに遠征しました。

ジュニアヨットの理事をしていた頃は、海外レースでチームを引率するときは、国旗と国歌テープ持参が監督の義務でした。
優勝すると、最終レースフィニッシュ後に、日の丸を渡して、マストに高々と掲げハーバーバックします。
プライズギビングセレモニーでは、ポールの中央に日の丸が上がり、君が代が流れます。
とても誇らしい瞬間です。
他国の監督さんと話すときも、常にJAPANを意識して、僕の印象=JAPANになると思って行動します。
東南アジアは特にですが、皆さんJAPANに好印象を持って、僕に接してくれます。
全国規模の合宿でコーチングするときは、僕の班の子がわかるように、僕の乗るコーチボートに、アルファベットで僕の名が描かれたフラッグを挙げていました。

フラッグは、自分の所属とアイデンティティを表すもので、家紋も自分の血の流れを表します。
自分の所属する日本国を代表し、その名誉のために、日の丸が胸に入ったユニフォームで大会に乗り込みます。
勝っても負けても、実にカッコイイ。

日本の学校なのに、国旗掲揚に起立せず、国歌を歌わない教師がいるなんて、僕には理解できません。
自分を無印にすることが、どういう利点があるのだろう?
国家に守られていながら、それを消そうとするのが不思議・・・
仕事で海外に行ったり、旅行したりする時は、諸外国で最上級の信用度である日本国のパスポートで身分保障されているのに・・・

治安は、世界トップなんじゃないかな?
昼間だって、「ホテルの外にでるな」と選手に言わないとダメな国がほとんどなのに、日本では夜中だって女性や子供の一人歩きが目につきます。
日本人に生まれて、ほんとに良かったなと思っています。

8/14・武庫川渓谷JR廃線ハイキング

僕と弟は、車を予約していたJR武田尾駐車場に置きに行きに行きました。
3年前に心筋梗塞を起こした弟は、ハイキングをパスして駅で待ってるようです。

僕は、12:53に駐車場を出発し、みんなを追いかけます。
12:57、廃線路入口。
ここにトイレが有ります。
武庫川沿いの枕木が残る廃線路を早足で歩きます。

13:00、最初のトンネル入口で待っていたみんなに追いつきました。
遼くんが好きなトンネルに入ります。
出口が見えているので、懐中電灯がなくても足元が見えます。

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次男のお嫁さんは、先月の誕生日に家内が贈ったJIBバッグを使ってくれています。
気に入ってくれたようです。
遼くんも僕が手を引き暗いトンネルを抜け、明るくなると走り出します。
みんなで川に落ちないようにサポートしながらですが、話題の中心でみんなを笑顔にさせてくれます。
お喋りが楽しそうで、ずっと喋っています。
マイブームの歌「恋しちゃったんだ 多分気づいていないでしょ・・・」を歌い出し、2才にしてもう恋なのかと、みんなを笑わせます。
帰宅後調べたら、「YUIのCHERRY」という歌のようです。

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13:10「第2トンネル」、ここも懐中電灯なしでも歩けます。
13:20「さくら広場」、母親が健在だった前回のハイキングでは、ここでみんなでお弁当にしました。
横に沢が流れ、武庫川に流れ込んでいます。
サワガニがいそうな遊べそうな沢で、数人遊んでいます。

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長男が、次男夫婦を写真に収めようとカメラを構えると、遼くんがちゃっかり間に入り込み、ポーズを取っています。
綺麗な尻尾のトカゲがいたり楽しい。

13:35「3つ目のトンネル」、これは暗く足元も悪いので、懐中電灯必須です。
ハイカーが適当に向かうからやって来るので、1人で来ても安全です。
スカートで歩いている女性2人組もいました。

「こんにちは」の挨拶が気持ち良い。
トンネルを出たらすぐに、鉄橋がありました。
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鉄橋横の点検橋を渡ります。
武庫川を渡るので、ちょっと怖いです。

鉄橋を渡ると、またすぐに4つ目のトンネルがありました。
ここは、JR武田尾から2.2km地点で、全行程6kmの1/3です。
ここで長男一家と弟一家が、リタイヤして戻ります。
ここで弟とはお別れです。
僕と手をつないで歩いてきたので、遼くんが「爺ちゃん、バイバイ、ダメ~」と一泣きしました。

4つ目のトンネルは真っ暗です。
トンネル天井から地下水が落ちている所もあり、探検気分満点です。
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渓谷美が深まり、豪快に大岩の間を流れる水流で秘境感も味わえます。

JR西日本の「ここはハイキング道ではありません。自己責任で・・・」という看板が目立ちます。
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ヤマユリが満開で群生している場所もありました。

14:12「5つ目のトンネル」、こちらも真っ暗です。
出口付近にあった枕木に座って水分補給休憩します。

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14:48「6つ目のトンネル」、こちらも途中でカーブしているようで真っ暗です。
トンネルを出ると、アオサギが河原にいました。
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続いてコサギが数羽、魚でも狙っているのか、大岩の上にいます。

15:16、「JR名塩」への分岐階段。
登っていけば名塩ですが、反対に田んぼの間の畦道を川の方に下り、「JR生瀬」を目指します。
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15:18「水道橋」、川を渡る水道管をメンテナンスする橋が歩道になっています。
これで武庫川の左岸に渡ります。

住宅地の坂を階段で上ります。
ここがこのルート最大の難所です。
心臓破りの階段(勝手に命名)を登ると、中国道下の公園です。
ここの水道で顔を洗いサッパリしました。

今度は住宅地を階段で下り、15:43再び右岸に渡る「赤橋」。
R176を渡り、JR線路をくぐり、「JR生瀬」到着。
駅前にコープさんがあり、ここでみんなアイス補給です。
僕とお嫁さんは、ガリガリ君を買いました。

駅のホームのベンチに座ってアイスを食べながら電車を待ちます。
10分ほどして新三田行き電車がやってきて、車内で涼みました。

8/14・お墓参り~自宅法要

お寺さんがお盆法要のために、11時に来てくれます。
毎年、この日は弟一家と一緒に法要・お墓参り・ハイキングという定番メニューです。

目を覚ましてしばらくゴソゴソし、6時前に早朝サイクリングに出ます。
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猪名川の軍行橋で左岸に渡り、空港を見ながら土手を下ります。
離着陸がないこの時間でも、いつも滑走路の誘導灯が点灯しています。
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園田競馬まで下り、競走馬の朝のトレーニングを見て、JR伊丹から線路沿いを北上して帰宅する定番コースです。
1:18:54・18.67km・平均速度14.2km/h・最高速度31.6km/h。
一汗かいて朝風呂に入ってサッパリするのが気持ち良いです。

家内は隣の実家の仏壇のお花を造花から生花に変更しています。
僕と長男は、2Fから座椅子を10脚下ろして、仏間の周りに置きます。

長男中心に庭に去年買った大きめプールを設置しました。
四角に支柱を立て、長辺に2本・単辺に1本の支柱を入れて本体を支えます。
説明書を見て指示してくる長男に従い去年を思い出して10分ほどで完成。

9時にお墓で弟一家と合流なので、8時に出発します。
新調した実家2Fのエアコンは問題なく動いたようで、次男たちも気持ちよく眠れたそうです。
長尾山トンネル~r325~r33~r319~r12のコースでお墓のある霊園が見えてきました。

助手席の家内に弟のお嫁さんに電話してもらいます。
向こうは「道の駅いながわ」を過ぎたようなので、僕らがお花を買うことにしました。
霊園事務所に車を入れ、遼くんが選んだお花を買います。
1対1500円。

お墓横の駐車場まで上がると、弟が車から出てきました。
事務所でお花を買ってる間に抜かされたようで、義理妹と姪は先にお墓の掃除に向かったそうです。
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みんなでわいわい言いながら、お墓の掃除をします。
我が家のお墓より、横の弟のお墓の方が雑草が多いです。
いつも同じように草刈りしてるのに変ね。
お線香を上げ、お墓をバックに初めての次男お嫁さんを含めた集合写真を撮りました。

次の集合場所を自宅にして、弟と別れます。
僕らは往路と同じコースで帰宅しましたが、弟はr12コースだったようで、10分ほど遅れて到着しました。
家内は自宅でお昼ごはんのお素麺の準備と、お坊さんへの麦茶などの準備で忙しそう。
僕は仏間のボンボリに電気を入れ回転させます。
いつも担当してくれる甥が、予備校の勉強のためにお休みなので、長男がお線香やろうそく、お焼香の準備をします。

僕は家内の手伝いで自宅でゴソゴソしていると、定刻通り11時にお坊さんの到着です。
「去年は父の病気でバタバタしてしまいましたが、今年は1人で檀家さんを回るのにも慣れ、余裕が出てきました」の挨拶後、「皆さんおそろいですか、では始めさせていただきます」
気持ちの良いお経を聞きながら、僕から順番にお焼香していきます。
遼くんは、木魚のポコポコ叩くお坊さんの手元を見たりしながら、お利口さんに静かにしています。
ママのお焼香時にママと一緒に手を合わせ、様になってきました。

法要が終わり、僕だけお坊さんを見送りに外に出ます。
お体を悪くされたお父様からの引き継ぎで、檀家の家族関係を勉強中のようです。
息子たちやそのお嫁さん・チビちゃんが誰の子かなど僕に質問し、頭に入れておられます。
末永く、お願いします。

みんなで、お素麺タイムです。
家内は素麺の追加でてんてこ舞いです。
続いてみんなでハイキングに向かいます。

弟の車を従え、長尾山トンネル~r325~r33で、JR武田尾手前の「武庫川渓谷・JR福知山線廃線ウォーク」入口でみんなを下ろし
ます。
r33沿いの新名神工事が進んでいます。

8/13・若桜城址

堀切を渡り、動物避け電気柵を開閉し城を見学しました。
素晴らしい絶景を見せたくて来ましたが、雨は上がっていますがまだ雲の中です。
霧に包まれ幻想的ですが、下界は真っ白。

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家内も次男夫婦もふんだんに石垣が残る山城に興奮気味です。
僕にとっては日常茶飯事の電気柵の開閉に、「大丈夫なの?」って驚いています。
次男夫婦は、自撮り棒にセットしたスマホで写真やビデオを撮っています。
時々、僕らも含めて4人で写真に収まります。

主郭に登った頃から雲の切れ間は増えだし、下界の景色が見えてきました。
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山城の高所感が、高すぎず低すぎず、下界の動きが見えいい感じです。

車に戻り、ナビの目的地を自宅にセットすると、帰宅時間が長男一家の空港到着時間と一緒です。
「これはヤバイ」と思いながらも、「まあいいか」

R29を東に走り、14:50・「不動院岩屋堂」に寄り道。
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僕らは訪問済みだけど、次男達は初めてなので、岩盤をくりぬいた中に作られたお堂に驚いています。

更に走り、先月見つけた平家の経盛が隠れ住んだ集落をみんなに説明する。
新戸倉トンネルを抜け、「峠の流しそうめん屋」の川を渡る長い樋をちら見します。

r48に入り、スキー場横を走り、「天竜」への分岐を過ぎ、r6を東進して、養父ICから「北近畿道」に乗りました。
和田山ICを越え、「道の駅但馬まほろば」でトイレ休憩です。

ここで次男に運転を変わってもらい、昼寝して体力回復しました。
目を覚ましたら、ちょうど舞鶴道の春日ICで、次に目を覚ましたら、篠山口IC手前でした。
ナビの到着時間が長男の空港到着時間+30分ですが、次男は慌てずマイペースで安全運転。
結婚してから、運転速度が下がり、僕と同じぐらいになりました。
家族を持つと違ってくるな。
長男もそうなり、お嫁さんたちは安心して車に乗っているでしょう。

宝塚トンネル渋滞情報は見なかったそうだけど、回りの車の量から見て渋滞しているのは確実なので、篠山口IC下車を指示します。
r94~r77で東進し、R372に合流。
そしてr12に乗り換え、南下します。
次男が、途中にある我が家のお墓を、お嫁さんに教えています。
お嫁さんは、正月に家内の実家のお墓に参っただけで、うちのお墓は知りません。
次男夫婦はおしゃべりが尽きず、とても仲良しで微笑ましい。

やがて長男が乗ってる飛行機が伊丹空港に到着する時間になったので、長男に電話します。
どうせ遅れるだろうし、荷物受け取りで時間を食うはずだから、ジャストタイムに空港に到着するかな?と思っていたのですが、「はいはい」とすぐに長男が出ました。
「もう着陸したの?」「うん」
「あのね、30分ほど遅れそうだから、空港で待ってて」「タクシーで帰るから迎えはいいよ」「鍵は・・にあるからね」ということになりました。
こんな事もあろうかと、実家のキーを秘密の場所に置いておきました。

30分遅れで自宅への最終コーナーを曲がると、自宅前に長男とお嫁さんに手をつながれた嫡孫くんがいます。
自宅に荷物をおろして、外に出てきたところでした。

みんなで「のらや」に行き、うどんを夕食として食べます。
嫡孫・遼くんは、みんなを認識できており、人見知りすることもなく、5月からさらに進んだおしゃべり能力を披露してくれます。
2センテンスだったおしゃべりが進化し、ちゃんとした会話になっています。

相変わらずの次男のお嫁さん好きで、「ゆかちゃん」を連発しています。
という感じで、お盆休み初日が終わりました。

8/13・津山城

福崎IC~山崎IC間で、故障車渋滞で15分ほどロスしましたが、9:39に最初の目的地・「津山城」到着。
ここの城主の名前の読みが次男と一緒です。
そしてそのお父さんの名の読みが、僕と一緒です。
更にこの地に山城を最初に築いた山名氏の名前の読みも次男と一緒です。
天守閣は残っていませんが、立派なお城です。

生憎の雨がしっかり降っています。
観光協会の無料駐車場に車を停め、僕ら夫婦の自転車用のカッパを次男夫婦に貸し、僕らはバイク用のカッパを着て、傘を差して出発しました。
お嫁さんが、先月の誕生日に僕らがプレゼントしたJIBバッグを使ってくれています。
「可愛い」と気に入ってくれているようです。

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門前の謂れ板を読み、城主さんの銅像とともに次男夫婦を写真に収め、300円を払ってお城見学に登ります。
江戸時代に平城として整備された城ですが、鶴山という山にあった中世の山城を整備したので、平城にしては高さがあります。
往時の天守などが残っていれば、国宝指定されたんじゃないかな?
姫路城より少し小さい程度の堂々とした佇まいです。
石垣が見事で、圧倒されます。

「この城主さんのお父さんは、僕と同じ名前でね、織田信長の片腕として琵琶湖大津のお城で、嫡男とともに討ち死にしたんだ。その時籠って、浅井朝倉軍と死闘を演じたのが次男が大学時代活動したヨットハーバーから見える山なんだ。城主さんの次兄さんは秀吉方として徳川家康と戦った「鳥羽長久手の戦い」で戦死し、3・4・5兄は、信長の小姓として「本能寺の変」で信長とともに討ち死にしたんだ。3兄は有名な森蘭丸だよ」
・・・なんてお嫁さんに話します。
このお城のことは名前をつけてから知ったけど、家内の実家播州・姫路の殿様と、我が家のある摂津と隣接する丹波篠山の城主さんから拝借して、次男の名前をつけたことも話しました。

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復元された「備中櫓」と呼ばれる隅櫓に入り見学し外にでると、小雨になっていました。
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その後、天守跡などを巡りました。
次男夫婦はとても仲が良く、次男が幸せそうで楽しそうで、いい人と縁ができたと改めて思います。
家内もそう思ってるようで、「あの2人イイね」とニコニコしています。

津山城を出発し、R53で北東に向かいます。
11:33、我が家の遠い先祖・美作菅家党の祖が祀られた神社に到着。
神社前の銅像や謂れを読み、僕が我家の庭に勧請したお宮に上がります。
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相変わらず消火栓や満水の防火バケツ多数が設置されており、きっと遠い遠い親戚だろう地元の方の日頃の手入れを感じ、嬉しくなります。
訪問者ノートを開くと、前回訪問した時の僕の名前も残っていました。
次男が夫婦の名前を書き込んでいました。

雨はほぼ止んでいますが、ご先祖様の城・「大別当城」登山は諦めました。
駐車場からの標高差はあまり無いようですが、雨を含んで足元が悪そうです。
雲がかかり山も望めず残念でしたが、お天気には勝てません。

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「この銅像の主は菅原道真の子孫で、菅原氏は天皇家の子や孫で、天皇から姓を賜って臣籍降下した者です。我が家も天候家と血が繋がり、多くの日本人がルーツを辿れば源平などの臣籍降下した家に辿り着くので、天皇の遠い親戚の民族なんだ。この銅像の主は、美作守・現在で言えば県知事として京都から下り、戦で討ち死にし、その頭部がこの神社に葬られているんだ。その息子たちがここ那岐山を中心に武家として勢力拡大し、長兄・有元氏の流れが我が家で、鎌倉幕府瓦解・室町幕府成立の時の戦争で、足利尊氏・赤松氏与力として、新田義貞軍と戦い城を落とされ、親戚筋の北関東・唐沢山に籠った佐野氏を頼って北関東に落ちていったんだ。・・・」
なんていう我が家のルーツを話しました。
直接的には何の役にも立たない事ですが、僕がまともに育ったように、先祖を知るということは悪の世界へ入ることの妨げになります。
代々、先祖の話を子に伝えてきたから、僕が知っています。
僕も次世代に伝えておかなくちゃ。

R53で那岐山の肩を鳥取県側に抜け、無料高速・鳥取道の智頭~用瀬区間と使いました。
用瀬を降りると用瀬城が目に入りました。
r324~R482で隼駅横を通り、R29・「道の駅はっとう」で昼食にしました。

若桜の街に入り、13:59・「若桜城址」到着。
先月はバイクだったので、舗装路エンドの駐車場から歩きましたが、今回は四輪なので馬場跡まで登って、そこから歩きました。

8/12・次男夫婦・帰省

2/12・20:35着のJAL便で、次男夫婦が東京から帰省しました。
2015お盆休みの始まりです。
我が家は空港から車で10分なので、到着後電話もらってから家を出ても間に合うのですが、楽しみで10分前に到着ロビーに着いちゃいました。

いつもなら家内と2人でお迎えなのですが、今回は1人です。
今年の正月に入籍し新婚さんになったので、次男夫婦と長男一家の2家族が初めて隣の家の僕の実家で泊まります。
1F長男一家・2F次男夫婦に泊まってもらおうと、ずっと使っていなかった2Fを綺麗にしました。
春に襖・網戸を張り替え、畳も綺麗にしたのですが、エアコンのことを忘れていました。

「年間使用日数を考えれば、冷風扇でいいんじゃないの?」なんて考えましたが、「冬の暖房は?2Fなので昼間の屋根からの熱で余計暑いよ。僕のように冷房や暖房を入れて寝ると体調崩すので、エアコンを使わない人じゃない。長男一家と差をつけるのは良くないし・・・」ということで、エアコンを新調することにしました。
そのエアコン設置工事が、2/12でした。
我が家の御用達の近所の電気屋さんなので、いつもの様に僕ら仕事中に家の鍵を渡して工事をしてもらいました。
いつも綺麗に工事のゴミの掃除などしてくれるのですが、主婦としては掃除をしておかなくちゃ・・・ということだそうです。

飛行機は定刻に着陸し、15分ほどしてロビーに出てきました。
荷物を預けると、その受け取りでターンベルトで待ち時間が必要です。
僕のように、爺ちゃん婆ちゃんが、息子・娘夫婦をお迎えしてる姿があちこちにあります。
皆さん笑顔で、見ていてこっちまでウキウキします。

タクシーの運転手さんが、小さなプラカードを持ってお客さんをお迎えしています。
その人数が日頃より多いので、お盆の旅行増を感じます。

お嫁さんが先に僕を見つけました。
2人笑顔でロビーに出てきましたが、新たに出来た娘の笑顔は最高です。
歯並びがとてもいいお嫁さんなので、笑顔から覗く真っ白の歯が印象的です。
「歯の矯正をしたの?」
「いいえ、自然なんです。妹は、噛み合わせが悪く矯正しました」

「いらっしゃい」ではなく、「おかえり」で迎えました。
乗ってきた便は、30年前御巣鷹山に墜落した同じ時刻出発便だったそうです。
伊丹空港着陸後、機長からメッセージがあったそうです。
長男のお嫁さんはJAL勤務なので、会社からの慰霊登山をしました。
長男も一緒にプライベートで登ったこともあります。
そう言えばニュースで何度も流れ、特集番組も組まれていました。
次男夫婦が乗った便が落ちていたら・・・と想像し、ご遺族のご冥福を祈りました。

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8/13は、次男達と我が家の遠い先祖の地を訪問します。
4:30から行動開始です。
夜中1時頃激しい雨で目が覚め、日中も美作・津山は雨予報なので、カッパと傘を車に積みます。
その他ゴソゴソして、6時に家を出ました。

宝塚ICから中国道に乗りました。
6時過ぎなのに、さすがにお盆、車が多いです。
本線合流が渋滞で、数百m先の渋滞のボトルネック・宝塚東トンネルまでノロノロ運転でした。

トンネルに入る以降は、車が多いけど渋滞することはなく順調に走り、加西SAで朝食タイム。
2Fレストランで、990円バイキングを取りました。

8/9・お盆下見

家に戻り、車に乗り換えて出かけることにしました。
息子たち家族との帰省時のお遊びメニュー下調べです。

r12を北上し、「多田銀山」到着。
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資料館に車を置き、「青木間歩」まで歩きます。
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代官所の門とか、山越えの間道の分岐とか、金山彦神社を過ぎ、「青木間歩」到着。
先客さん親子が、「あ~涼しかった~」と出てきました。
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僕は数度入ったことがありますが、家内を連れてきた時は、朝早すぎて開いてなかったり、たまたまの休日だったりで、家内は初めてです。

距離が短く、鉱夫人形さんもいませんが、その分無料で観光客もほとんどいないので、ここまでの道を含め僕は気に入っています。
たっぷり涼んで、出てきました。
間歩前の銀山川に手を浸けてみると、冷たくて気持ちが良いです。

「道の駅いながわ」到着。
スリッパに履き替え、裏の猪名川に入ってみます。
僕が道の駅で、「かき氷・ブルーハワイ・200円」を買ってる間に、家内は先に行っちゃいました。
水着姿のちびっ子が、浮き輪や網を持ってはしゃいでいます。
お父さんお母さんも、無料川水浴中です。
流れはそれなりにありますが、深い所でも小学生のお尻程度で、くるぶし程度の水深のところで岸から岸に歩けます。

ザブザブ歩いて川を渡り、r68橋の下の日陰の石に座り、家内とかき氷を食べました。
網で何が取れるのか水槽兼用虫カゴを覗くと、ハゼなどの小魚とともにカニも取れています。
意外にお母さんが網を持って真剣です。
孫くん2才よりチビな子も遊んでおり、ここはいいな。

r68~r33で、JR武田尾に行きました。
我が家のお盆の恒例行事は、お寺さんのお盆法要後のハイキングです。
父が亡くなってから、1人になった母をみんなで囲むイベントとして始めました。
第1回目は、JR武田尾廃線ウォークでした。
弟一家・我が家4人・母で、途中お弁当タイムを持って歩きました。
以降、万願寺~西明寺滝、京都保津川とハイキングして、3年後ポックリ母も亡くなりました。

それ以降は、うちと弟一家との恒例行事となりました。
そして今年、初孫君がトンネル・マイブームになってるので、また最初の廃線ウォークを企画しました。
武田尾の小さな食堂の現状把握が主目的でしたが、新名神新設工事に伴う河川土手改修工事で全ての家がなくなっていました。

JR武田尾駅下にある駐輪場・駐車場管理ハウスに行き、お盆の駐車場予約を2台分しました。
面倒が無いよう駐車料金1000円を前払いします。
お盆といえど行楽地のように満車にはならないと思いますが、路上駐車は嫌なので一応予約しました。
河川脇のお店のことを聞くと、土手改修のため3年間移転したとのことです。
改修成ったら戻ってくるそうですが、お店も戻ってくるのかな?
「廃線歩きなら、懐中電灯は必須だよ」など、教えてくれました。

子供たちのチビの時の盆正月は、キャンプ・スキーで、家内の姉一家とよく遊びました。
息子たちと姪・甥の年齢が近いのでちょうど良かったのですが、中学受験を境に子供たちが忙しくなり、2家族一緒に出かけることがなくなり、両親の他界をきっかけに、今度は弟一家と行動することが多くなりました。

今年は、嫡孫くん2才・お嫁さんが身重で、元気な中学生の姪から2歳児・大事な体のお嫁さんまで、幅広い。
お嫁さんが初めから歩かないことも考えられ、家内とお嫁さんとは駅でお留守番です。
廃線ウォーク途中リタイヤするであろう2歳児&付き添い長男組、僕は次男夫婦と弟一家とともに完走&電車バックの先導をしなくちゃ。
地図はみんなに配るけど、方向音痴の家内に前もって現地を見せ、いろんな状況での作戦を話し合います。

r33~r325で長尾山トンネルを抜け、阪急オアシスで食材を買います。
花火を売っていたので、打ち上げ花火の入っていないセットを買いました。
お盆の帰省に向け用意しておこうと思った網とカゴがありません。
自宅近所のホームセンターに寄り、虫あみ・虫カゴ・魚網を買いました。
ついでに、「防草シート」とそれを留めるペグも購入。
庭の祠周辺だけ、これを敷いて防草しようと思います。

息子たちはお盆休みに入っているようで、新婚の次男は車で1時間以内のお嫁さんの実家に数泊して、今夜伊丹に飛んできます。
お嫁さんの実家が近いので、子供が生まれた時などこころ強いです。
長男一家も、お休み前半はお嫁さんの実家・新潟です。
昨夜のメールでは、嫡孫くん人生初の海水浴・花火大会を楽しんだと書かれていました。
長男一家は、明日新潟から飛んできます。

8/9・お墓参り

月1ヨットレース日なので空けていましたが、先輩オーナーからメンバーにお呼びがかかりませんでした。
5人のメンバーで回しており、今月は上がりです。

家内も休みなので、家内の実家のお墓参りをすることにしました。
お盆前最後の日曜日なので、実家の掃除などがあり、8時に出発したので、中国道宝塚トンネル西行き渋滞にハマりました。
でも、宝塚ICから乗るので、渋滞ネックのトンネルまで1kmもなく、実質マイナス時間は5分ほどでしょう。

山陽道・三木SAで、いつものようにトイレ休憩を入れようとするも、お盆帰省がプラスしたのか、女性用トイレが渋滞中です。
諦めて再び走り始めました。
僕のトイレは平気です。
女子を乗せているときは、必ず1時間以内にトイレ休憩を取るようにしています。
トラックは少なめですが、乗用車がもとても多かった。

「三木小野IC」で下車し、加古川市営・「日光山墓苑」到着。
平野のみの伊丹市には市営墓地がなく、我が家は猪名川町の私営霊園なので、加古川市が羨ましい。
でも欠点もあるわけで、私営霊園は事務所でお花も線香も販売しており、休憩所まである。
親方日の丸の市営の事務所は貧弱で、お花さえ買えない。

そこで墓苑隣接の石材店で、お花を購入しました。
「お盆なので値上がりしています。1400円」とのことでしたが、我が家の墓苑ではいつも1対1500円なので、むしろお安い。

お盆1週間前だけに盛況で、お墓参りの方がたくさん来られています。
お墓を掃除し、お花を飾って、線香を手向け手を合わせます。
年4回繰り返す定番行事ですが、なんだか好きなんですよね。

家内のトイレ待ちで東屋に行くと、東屋前の墓地のご夫婦と、「暑いですね」から会話が始まりました。
総本山・永平寺の曹洞宗らしく、お父様がお正月に永平寺に行きたいというので連れて行ったら、その年に亡くなってしまったと・・・「何かありますね。親父も感じていたのかな・・・」

ご両親が亡くなり、墓守当番になってから、いろんな知識を得たそうです。
僕も、墓守当番になってから、先祖のこと・血のつながり・次世代に伝えることなど、家系について深く考え調べるようになりました。
お嬢さんが3人で、あまり墓参りしないと言っておられるのを聞き、デートでGFさんを連れ墓参りする息子たちは特別なんだなと、改めて感じました。
先祖を大切に意識しながら生きたら、自ずと先祖が悲しむような行動をしないようになるので、いいことだと思います。

家内の両親を、本山の京都永観堂に分骨した時、法要後法主さんから頂いた言葉が、これに類するものでした。
「永観堂は拝観料が必要だけど、門で「お墓参り」と言ってもらえれば無料なので、お子さんを連れて気楽に何度でもお参りください。いい子に育ちますよ」と。

一気に12時前に帰宅し、昼食を取ってから、家内の用事で通勤リード110にタンデムし、市街地に出ました。
帰宅後、バイク装束に着替え、2人で北摂里山を巡ることにしました。
しかし、首から上に汗をかく体質の家内は、頭から流れる汗とお化粧が目に入るようで、スピーカーから、「止まって、目が痛い~、私帰る~」と、早々にリタイヤ宣告です。

8/2・神戸空港までクルージング 2/2

トイレを済ませ船に行き、早速出艇です。
朝から南西の風が入り、天気予報での12時6m/sが期待できそうです。
僕がステアリングを握りみんなに指示し、桟橋を離れ、ハーバーを出ます。

防波堤を離れてから、メインセイル・ジェノアセイルを上げてエンジンを切ります。
これで僕の前半の役目は終了。
ステアリングを交代し、麦茶を飲みます。
学生時代の話から始まって、いろんな話をしました。

この4人は全員KG中出身者なので、中学・高校の話でも盛り上がります。
「娘の結婚式で、懐かしい賛美歌を歌いましたよ。頌栄312番」
「結婚式の賛美歌の定番やね」
僕が、「いつくしみ深~き、友なるイエスは~、罪科憂いを取り去りたもう~・・・」と口ずさむと、「そうそう、それですわ」とハモったりして・・・
10年間、プロテスタント系の学校に通ったけど、中学の3年間は、キリスト教の授業が週1であり、毎日礼拝で賛美歌を歌った濃~いキリスト教漬けの時間でした。
僕の生徒学生時代で、最も楽しかった、そして救われた、一番今の僕の心に影響している3年間でした。

Mくんは中学の時バスケット部で、Yくんはバレー部。
学年は違いますが同じ体育館で活動していたから、共通の体育館仲間が多くいます。
僕・Yくんと同じ学年のH君が、Mくんの会社・生命保険会社の社長をやってるそうです。
Mくん同期のK君が、4月に大手石油元売り会社の社長になったのに、業界2位との合併で、社長の座が風前のともしび・・・TVニュースに登場して驚いたそうだ。

外資系製薬会社に勤めるOくんに、長男の英語の実力はどんなものなのかと、TOEIC・900点オーバーについて聞きました。
コーチしてる大学では、TOEFLを全員で受けるようになったし、この点数が成績に加味されます。
僕が中学・高校の時は、英検がそんな感じになってて、中卒時に英検3級、高卒時に英検2級が必須だった。
みんな中2・3・高1・2でそれをクリアしていました。
僕も高1で2級を取ったと記憶している。

現在の上司がドイツ人で、その前がイギリス人だったそうです。
TOEICは会話のみに絞った試験ではないのでネイティブさんにとっても難しく、会社のネイティブさんが受けても、900~950点だそうです。
彼の会社では、もっと英会話重視の国際テスト・マース?を受けているということでした。

やはり900点オーバーは、かなりの実力だそうです。
ついでに長男の会社のことを聞いたら、「勝ち組ですね」との答えが帰ってきて、ありがたいと思いました。

神戸空港連絡橋下をくぐりましたが、風が3m/sほどで弱く、予定の神戸港内には行けず、Uターンしました。
摩耶沖~六甲アイランド沖~芦屋沖を通り西宮に戻りました。
風を後ろから受けるので、向かい風のように風を感じることが出来ず、暑さ倍増です。

13時に桟橋に戻り、片付けてレストランに避難します。
外のテラスもありますが、当然冷房の利いたハウス内で食べます。
14時過ぎに解散し、帰宅後散髪に行き、夕方少し涼しくなってから庭の雑草との格闘をしました。

8/2・神戸空港までクルージング 1/2

家内に用事があるので、1人遊びです。
またまた林道ツーリングしようかな?とも思いましたが、お盆に息子たちが帰省した時、「船に乗ろう」という流れになるかもしれないので、船の様子見を兼ね、ヨット部同期中心に誘ってみることにしました。

3日前の木曜晩という急な誘いにもかかわらず、同期で1人・1学年下で2人暇なやつを捕まえました。
朝9時にハーバー集合で、大阪湾にデイセイリングに出て、13時にハーバーバックし、ハーバーレストランで昼食を食べて解散というスケジュールです。
午後からの猛暑前に帰着します。

5時頃目覚め、ゴソゴソしてから庭の雑草ジャングルと格闘しました。
毎日30分ぐらいの作業ですが、お盆の帰省には間に合いそうです。
風呂に入り汗を流し、7時を回ったので出発します。

キャンプ用に大昔に買った6Lウォータークーラーとコップを、通勤リード110に積みます。
ハーバー近くのコンビニで、氷と麦茶を購入し、ウォータークーラーを満タンにします。

8時前にハーバーに着き、係留艇に行き、エンジンを掛けます。
一発始動で快調です。
ハッチを開けて空気を入れ替え、トイレをゴシゴシ入念に磨き上げます。
台風通過後、共同オーナーの先輩が乗られたようで、台風のために補強した固定ロープは片付けられており、その手間は要りませんでした。

8:30になったので、桟橋をぶらぶら歩きながらセンターハウスに戻っていると、電話が鳴りました。
「先輩、ハーバーに着きました」
「今センターハウスに向かって桟橋を歩いているから、そこにいて」
Mくんは、僕が4回生の時組んでいた1回下のペアです。

彼と国体やインカレ・モスクワオリンピック強化選手合宿など、いろんな大会に参加し、2人で泣き笑いした大切な後輩です。
ですが、卒業後すぐ僕は東京勤務になったので、彼の4回生の活動を見に行けず、関西に戻ってきた時は、彼が関西を離れたので入れ違いになってしまいました。
彼は転勤族なので、卒業後数回しか会っていませんでした。

センターハウスで彼に会い、懐かしいなと思いながらも、お互い長いブランクなどなかったように、いきなり話題の花が咲きました。
練習や試合で、朝から晩まで、船の上で2人だけの世界を1年間で100日以上過ごしたので、いきなり下世話な話から始まり遠慮というものがありません。

続いて僕の同期Yくんがやって来ました。
「ん、1人?」・・・「いやあ、断られてしもてん。トイレ掃除してくれたんやろ、申し訳なくて返信メールもできへんかったんや」と笑っています。
彼は女子大勤務で、附属幼稚園もあるので、そこの幼稚園教諭を連れてくると言っていました。
ガックリ・・・一時的にテンションが下がりました。
トイレ掃除もそうですが、6L麦茶も用意し、コップも洗ったのに・・・。
カメラはもちろん、小道具として双眼鏡も用意したのに・・・。

最後に後輩のOくん登場。
Mくんと同期で僕と1才しか違わないのに、なんとタンクトップスタイルです。
「お前なあ、還暦のおっさんが肩出してどうすんねん。めちゃ日焼けするぞ」
「白いのがいやですねん。ジムの日焼け機械に年数回入ってるのですが、先週孫とプールに行った時肩が白くてかっこ悪かったんですわ」
「お前は、松崎しげるか」
彼は体型が変わらず、道上洋三バリの短髪でかっこいいので、タンクトップも様になりますが、日焼けが怖くて僕には真似できないです。

8月は、バイク・メンテナンス月間

5月・11月は、車のメンテナンス月で、2月・8月は、バイクのメンテナンス月間です。

ホンダドリームさんから、メンテナンスの案内ハガキが届いたので、代車確保のためにお店に行きました。
7月最終週だったので、「お盆前は点検される方が多いだろうから、お盆明けかな?」と腹積もりしていたのですが、3台とも6ヶ月点検なので、所要時間1時間程度ということで、代車なしでお店で点検を待つことにしました。

7/31・通勤リード110
昼休みに通勤リード110を持ち込みました。
無料のコーヒー牛乳を飲みながら、小説を読んで待ちます。
特に問題はなく、「6ヶ月点検+オイル交換(ウルトラG1・0.7L869円ドレンワッシャ32円+工賃600円)-1034= 467円」
メンテナンスパックで前払いしているとしても、オイル交換しても467円とは驚きの安さでした。

8/3・里山VTR250
昼休みにVTRを取りに行き、そのまま持ち込みました。
また、無料のコーヒー牛乳を飲みながら、小説三昧です。
先月のツーリング帰りに、道の駅で「本日のみ利用可200円引き券」をもらったので、久しぶりに紙パック入りコーヒー牛乳を買ったのですが、学生時代の銭湯の味を思い出してしまいました。

こちらも特に問題なく、「6ヶ月安心点検・メンテナンスパック3240円+ウルトラG1SL10W-3・2.1L・2608円+ワッシャードレンプラグ32円-メンテナンスパック値引き2276円-2268円=1336円」

8/4・招き猫CB400SB
昼休みにCBを取りに行き、持ち込みました。
またまた、無料コーヒー牛乳+小説。
これも特に問題なく、「6ヶ月安心メンテナンスパック3240円+オイル交換G1・3.2L・3974円+工賃900円+ドレンワッシャ32円+オイルフィルター1447円+工賃1100円-メンテナンスパック値引き4959円-2268円=3466円」

「来年2月の12ヶ月点検の時、リアタイヤが交換時期になるでしょう」と言われました。
「2回目のタイヤ交換ですね?」と聞くと、「リアは初めてです。1年前にフロントだけ交換しています」とのことでした。
帰宅後ノートを見ると、新車から2年半の去年夏・13621kmの点検時にフロントだけ、「ダンロップGPR300」に交換していました。
現在18061kmなので、リアは2万キロで寿命のようです。
ピレリタイヤがキャンペーン中となっていましたが、また純正タイヤに交換するんじゃないかな?

今回のオイル交換は、レプソルを薦められました。
motoGP・ホンダチームのスポンサーですね。
鈍足で急発進なし、80km/hが6速5000回転なので、6300回転で切り替わるCB400の目玉「ハイパーVTEC」なんて一度も経験したことない僕なので、宝の持ち腐れになるから、今までどおりの純正オイルに交換してもらいました。
純正が経済的でバイクへの負担も少ないと思っています。

ニュースで、獣避け電気柵で感電死した事件で、電気柵を設置した農家のご主人さんが自死されたとありました。
電気関係の資格をお持ちで自作だったこと・・・高電圧で安全装置を設置していなかった・・・など、僕のような素人にもちょっと信じられないけど、お年が79才とのことでした・・・知識が経年劣化していたのかな?
そして、お亡くなりになった方の1人が親族さんだったとも・・・。
確か2家族の敷地横を流れる小川でレジャー中での事故だったはず・・・お子さん一家と、招待したお友達一家の死傷事故・・・
電気柵を設置した方も普通の方で、故意・悪意ではなく、過失事故と想像します。
皆様のご冥福を祈ります。

中世の山城探索・林道探索などで、電気柵は僕の日常にあります。
年に何度、ゲートを開け閉めして出入りしていることか・・・
プロに頼んでさえいれば、事故は起こらなかったでしょう。
親の代から長年税務でお付き合い頂いていた税理士さんが、十数年前に屋根から落ちて突然亡くなりました。
お葬式に参列し、我が家より少し下の小中学生のお嬢さん2人が、お母さんの横で気丈に振舞っているのを見ました。
TVのアンテナが倒れたので、それを直そうとして転落されました。

僕はこういう危険な作業は、しないようにしています。
車やバイクの点検も、必ずプロにしてもらっています。
重大事故が起こった時の原因になったら、少々のお値段の安さなどいっぺんに吹き飛び、相手様と我が家族全員に迷惑をかけ、人生を狂わせてしまいます。
きちんと資格を持ったプロに任せておけば、責任はプロの方に行きます。

初めてバイクを買った中古バイクショップはチェーン店でしたが、バッテリーあがりで点検してもらったら、原付用バッテリーが載っていました。
純正のGSユアサ製新品に交換させ、縁を切りました。
こんなものをお客様に販売するお店は、全く信用できません。
車は、ディーラー網がしっかりして安心ですが、バイクはディーラー網のないメーカーもあります。
この自死のニュースを聞きながら、自分の行動を再確認しました。
当主の僕の行動は、僕の背中を見て育つ子供世代・孫世代に影響します。

7/26・海上林道~帰宅

『上山高原は、かつて広大なブナの森が広がっていました。昭和10年頃から40年代にかけて、開拓や造林事業のために、多くのブナやトチノキが伐採され、トロッコで運び出されました。このブナ林を復元させるために、スギ人工林の間伐と広葉樹の植樹を進める必要があります。まずは、スギ人工林とブナの林との混交林化を図り、段階を追って全面積をブナの林へと変えていきます。ブナ林を復元することで、ツキノワグマなどに代表される冷温帯動物の生息地になります。ブナの苗は、地元産の種子をホームステイで育成しています』

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『上山高原では、かつて但馬牛の放牧を行っていました。牛は、草原の状態にもよりますが、1頭につき1年間放牧して約1haのススキを食べると言われています。ススキ草原を維持するためには、人手による管理に加え、放牧による管理の面積を増やしていく方法もあります。放牧されている牛は、有名な「但馬牛」で、仔牛は松阪牛や神戸牛など全国の名牛の種牛になっています』

草原の広がりに、これから走る道が緩やかに下り、その向こうに山が続き、日本海が見えます。
はるか向こうの日本海に向かって、草原の広がりを左右にカーブしながら縫う道・・・素晴らしい景色です。
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14:55、谷を隔てた向こうの山の尾根下を林道が走っています。
あれが、次走る予定だった「林道・池ノ尾線」かもしれません。
もう15時・・・危ないので新たに山に入る時間ではないので、あの林道は次回の宿題にしましょう。

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15:02、真下に田畑が広がっています。
日本人の営みの美しさが絵になります。
ギザギザ頭の森の木々と、整然と背丈が整った作物の調和が素晴らしい。
そこを走る一本の道・・・僕がこれからそこを走るのかも・・・。

ここからグングンと下り、r262に出ました。
青年から教えてもらった「おもしろ昆虫化石館」横を走り、R9に出ました。

ここから、延々R9で家路に着きます。
「湯村温泉」通過、「村岡トンネル」通過、「ハチ北分岐」通過、ここまで来るとスキーフリーク時代に冬になると毎週通った道です。
途中、何度か水分補給休憩しながら、16:18・「道の駅・ようか但馬蔵」で休憩。

「高速道路IC近所にはGSがある」・・・そこでガソリン補給しようと思ったら、GSがなく、「北近畿豊岡道」に乗っちゃいました。
横風が気になりながら、75~80km/hペースで片側1車線無料高速道路を走り、16:49・「道の駅・但馬まほろば」到着。

「ミルクソフト・110円」でクールダウンし、「訳ありおかき・540円×2」を購入してお土産にしたら、「本日のみ使用可の200円券」をもらっちゃいました。
「雪印コーヒー牛乳・500ml・120円×2-200円」を購入。
また日陰に座って、久しぶりのコーヒー牛乳を飲み、出発しました。

北近畿道から「春日IC」で舞鶴道に乗り換え、17:53・「西紀SA」エネオスで給油。
361km/12.76L=28.3km/L。
「チョコマーブルコーン・135円」でクールダウン&糖分補給しました。
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自衛隊装甲車が、大人気でした。

宝塚トンネル渋滞が16kmとなっていたので、「篠山口IC」下車。
r94を東進し、r49で南下。
R372を越えて「美濃坂峠」に向かうとこで、「通行止め」看板が目に入りました。
台風で美濃坂峠北側の山道が崩壊したのかな?

ということで、R372を東進し、r12で「城東トンネル」を抜け、「後川」~「西峠」~「杉尾」、「六瀬」からr319~r33~r325~長尾山トンネルを抜けて、19:33帰宅しました。
いつものようにバイクを乾拭きしご苦労様。
400km強の楽しいツーリングになりました。

千町段ヶ峰・河合谷・海上林道 7/9

7/26・広域基幹林道・河合谷線・海上線

12:56、「広域基幹林道・河合谷線」起点到着。
『工事期間・昭和43年~59年、工事費・22億3551万円、増員4.6~5.0m、延長32882m』

1.8車線林道でカーブもきつくなく、勾配のきついつづら折れもありません。
森の中の道、谷側の木々が邪魔して景色はイマイチなので、淡々と登り、13:15・峠を越え「八頭町」から「鳥取市」に入りました。
ここに谷側の木々が払われ、景色の良さそうな展望台がありました。

『峠の見晴らし広場 ここは国府町と群家町の境界で、標高850mです。ウッドデッキからは鳥取砂丘・大山¥扇の山などが、見えます』
町村合併以前の案内板がそのままのようです。
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ウッドデッキは老朽化でクローズになっていましたが、その手前からの素晴らしい眺望が見渡せます。
山陰の海が眼下に見え、「やって来ました日本海」って気分です。

13:34、「扇の山登山口入口・上地ルート(上級者向け)・中国自然歩道合流点まで2.5km」到着。
少し入ってみました。
急な沢沿いの道で、下草が伸び、迷子になりそう。

13:37・「唐戸渓谷」到着。
「探索コース 1の滝・2の滝・3の滝・唐戸大滝」と書かれています。
には距離が書かれていませんが、さっきどこかで見た案内板には徒歩50分と書かれていた記憶があります。
当然パス。

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絶景場所で激写タイムを取りつつ、13:54・「扇ノ山登山道入口・大石ルート・中国自然歩道合流点まで2.4km」。
こちらは森の中の道で、登る方が多いのか下草がなくルートがはっきりしています。

「扇ノ山頂上3.2km」「天神池」の道標が立っています。
要所要所に「山陰海岸ジオパーク」の案内地図が立っています。
海岸線だけだと思っていたら、こんな山中も指定されているのですね。
マップルは縮尺が大きいから参考程度で当てにならないけど、この案内地図が詳しく、現在地と次の目標確認で助かりました。

14:11、突然車が3台もいる広場に到着。
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湧き水がワンサカ出ており、ピックアップトラックの男性2人がポリタンク20本ほどに、積み込んでいます。
ご夫婦の奥さんが、「すごく冷たいよ」と教えてくれます。
僕も空になったペットボトルに汲みに行きます。
ポリタンクおじさんが、ホースを僕の方に向けてくれました。
勢い良く出ているので、一気に満杯です。
すぐにボトルの周りに水滴がつく冷たさで、夏は最高ですね。
美味い。

『ここは河合谷高原の中ほどで、標高1100mで、麓に雨滝、牧場近くに天神池、これより先に河合谷大根畑、ブナ林などがあります。滝から流れる水は扇ノ山の伏流水で、四季を通し水量と水温が変わりません』

ここは、「河合谷林道」と「海上林道」が交差するところです。
河合谷林道をそのまま進めば、「雨滝」「鳥取市」です。

皆さんに挨拶し、「上山高原・海上林道」方面に進みます。
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50mほどで小さな切り通し峠があり、「鳥取県国府町」と「兵庫県温泉町」の県境でした。

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14:23、「小ズッコ山小屋・150m」「扇ノ山・3050m」。
ここにある案内板を見ていると、黒のエストレアに乗った青年が、反対側からやって来ました。
「この前に牧場があるか?」
「舗装路が続くのか?」など情報を仕入れました。

神戸から来た青年で、僕の反対ルートで若桜に向かうそうです。
でも今から3050m先の扇ノ山に登るというから驚きです。
山の3kmは時間がかかります。
2~3時間コースだと思います。
しかも片道で・・・。

現在時刻が14:30なので、早歩きでもバイクに戻るのは19時だと思うけど・・・。
バイクでどこでも行ってる風で、テントなども積んでいるので、旅慣れてる感じがします。
山中でビバークなんてへっちゃらなんでしょう。
帰宅後写真見て思ったのですが、150mなら山小屋まで行けば良かった。
常駐で誰か居るのかな?

14:35「しょうぶ池」。
14:40「牧場」
森が切れ、素晴らしい高原の広がりに道は吸い込まれました。
「上山山頂・700m」すぐ近くほぼ真横にあり、「上山高原避難小屋」の真横です。
電気柵の向こうには牛が草をはみ、空は真っ青・・・最高の気分です。

千町段ヶ峰・河合谷・海上林道 6/9

7/26・平経盛洞窟~若桜歴史民俗資料館

11:01、洞窟の前に来ました。
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舗装路の両側に門のように巨岩が立っています。
東側は沢ですが、西側斜面に巨岩が重なりあっており、ここに潜んだようです。
洞穴に、小さな祠があります。
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巨岩の下にも箒が下がっています。

『1185年、壇ノ浦の戦に敗れた平氏の落武者達は、源氏の厳しい詮索の目を逃れ、全国の果てに隠れ住んだと言われている。この落折部落もその「隠れ里」と伝えられる1つで、平経盛主従20余人が、この洞窟内に隠れ、密かに再挙を夢見ていたと伝えられる。巨岩重畳として広い空間を作り、あちこちの抜け穴は連絡道となって、攻めるに難く守るに易い地下城を思わせるに充分である。この道を少し上ると、落人達が馬のいななきを警戒して、馬を隠したと伝えられる「ウマガクシの谷」のたわみが見える。落折部落は全て平家姓である』

バイクで上がってきていたら、更に奥を探索するのに・・・。
いい感じの1.5車線舗装路が谷の奥に向かっていました。
沢の水音を聞きながら戻ります。
小さな滝があり、それらしき名前さえつければこれも観光につながるでしょう。
電気柵手前(山側)の沢に橋がかかっており、山からホースで引いた水が噴水のように湧き出ています。
山仕事の方の飲料水に見え、飲んでみました。
乾いた喉に美味しい。

バイクに戻り、下ります。
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井戸端会議はまだ続いており、会釈して通り過ぎたとこの小さなイケスにニジマスを発見しました。
綺麗なレインボーが入り、沢の水で育てているようです。
その横に「営業中」の民家喫茶店があり、庭に置かれたテーブル・イス席のテラス席オンリーのようです。

R29に戻り、11:38「道の駅若桜」到着。
「鳥取梨ゼリー・430円」と「キャラメルミルクティームース・380円」で昼食としました。
若桜鉄道若桜駅に並んでおり、2週間前に動いてたSLは、この道の駅脇まで構内運転していました。
SLの車庫は横にあります。

若桜鉄道との間に「若桜駅番所」がありました。
『1863年、鳥取藩によって、八東川を挟んだ若桜宿の向かいにある浅井集落の外れに設置されました。幕末の動乱の中で、人や物の出入りを監視するために置かれたものです。・・・』

道の駅の観光案内板で見つけた「三百田住宅」を見に行きました。
若桜町歴史民俗資料館」が併設されていました。
建物は、明治時代の典型的な土蔵造りで、山陰合同銀行若桜支店の社屋だったそうです。
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昭和10年「白銀の王者」という映画のロケ地だったようで、氷ノ山ロケの写真や当時のスキーが展示されていました。

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若桜城址のジオラマがありました。
2週間前の記憶に重ねて見ます。
僕が帰路についた最高所から先に進むと馬場があったようです。
稚桜(わかさくら)~若桜(わかさくら)~若桜(わかさ)と地名が変遷したようです。
よくある話ですね。
現代ほど識字率が高くなかったので、漢字の意味より音優先は仕方がないです。

分厚い土蔵の扉は、両親の実家を思い出します。
刀・槍をはじめ、色んな物が出てくる宝箱に僕の目には見えていたから、爺ちゃんや婆ちゃんに開けてくれとよくねだったものです。
「鳥取県立八東高等学校・若桜分校跡」の石碑が立っていました。

さきほど「意非神社」の大鳥居の下をバイクでくぐりましたが、神社本体がありませんでした。
ここから大鳥居を見ると、鳥居の右手の丘の上に何かが見えます。

R29から入った道に大鳥居が掛かっているのですが、神社名がなく変な鳥居だと思ったら、社殿はR29と鳥居の間の丘の上にあり、裏から鳥居をくぐったので社名が見えなかったようです。
そして残念なことに、建て替え作業中でした。
拝殿も本殿も何もかも有りません。

ここに惹かれたのは、「日本一の幟」と案内板に書いてあったからです。
神社がお祭りの時に上げる幟は、かっこいいです。
素晴らしく巨大なものがあり、見るものを圧倒します。
どうやら、幟も再建中は出していないようです。

R29に戻り、西に進み、r37に入ります。
「安徳天皇の里姫路公園」というのがマップルに記されており、楽しい道をルンルン走っていると、12:40「小耶馬渓」というところに出ました。
道から連なった滝が見え、当然寄り道します。

千町段ヶ峰・河合谷・海上林道 5/9

7/26・平家隠棲の地

バイクに戻ると、ご夫婦風2台のバイクが出発しようとしていました。
奥さんの方が手間取っている風で、それを横目に先に出発しました。
R29に乗ると、バイクが追いついてきたので左ウインカーを出すと、先ほどのバイク2台が抜いていきました。
新戸倉トンネルを抜けると、さっきのバイクが、右ウインカーを出して、路肩に停まっています。
「ん?」と思いましたが、僕が抜いていくと、道を渡って旧道で戸倉峠に上がっていきました。
旧道は繋がっているのだろうか?

鳥取県側に下り、「ん、ここかな?」ってとこで路肩にストップしました。
ビンゴ! 「平経盛の墓」「平経盛隠棲の洞窟」の小さな案内板がありました。
僕みたいな歴史好きにとっては、かなりインパクトの有る歴史遺跡。
もっと大きな看板を希望します。

枝道に入ると墓石が並んでいます。
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「平家」姓の墓石にびっくりし、10:44・バイクを停めます。
近くの墓石にも平家さん。
あっちもこっちも・・・。
「平家家代々の墓」となっているので、苗字が「平」ではなく「平家」のようです。
本姓は「平」なんでしょうが・・・。

戸倉峠を鳥取県側に下った最初の集落で、麓の若桜の町からもかなり標高を稼ぎます。
山の中ですが、四国の同じく平家の落武者集落・祖谷よりは、はるかに人里に近い。
経盛は、清盛の腹違いの弟です。
源平合戦の頃は、平家の実権は息子たち世代に移っており、義経との初戦・一の谷合戦で嫡男はじめ、謡曲で有名な3男敦盛まで息子3人を失っており、後の合戦中は厭戦気分だったようです。

但馬・播磨と因幡を結ぶ主要街道沿いのこの立地は、明らかに源氏からの逃げのみではなく、再起を狙っています。
この街道沿いで軍を養い兵を起こせば、頼朝3代の政権が滅んだあと、一定の影響力が出るでしょう。

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「松に鳩?鷲?」という紋が民家の屋根に・・・帰宅後、家紋図鑑で調べましたが見つかりませんでした。
家紋ではないのかな?ナイスな絵柄でしたが・・・。
平家の家紋・「揚羽蝶」は、発見できませんでした。

お休みになっていたご夫婦が仕事開始するようで、僕の方に歩いてきたので挨拶すると、「どちらからですか?」と奥さんに聞かれました。
「兵庫県伊丹市から」と答えると、「ご苦労さまです」・・・おっとりと。
旦那さんから、経盛のお墓と洞窟の場所を教えてもらいました。
この方もきっと平家さんなんでしょう。

隠棲当時は、大ぴらに「平」なんて使えないから別の苗字を名乗ったのでしょうが、いつから「平家」苗字を使うようになったのだろう。
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お墓に向かって歩き出すと、小さな戸のない小屋があり、中を覗くと生き生きとした花が飾られた祭壇です。
その隣の小屋には花の飾られた六地蔵。
小屋というより覆い屋のようです。
平家落ち武者の里として見ているからか、優雅に見えちゃいます。

『平家伝承の地・落折 平経盛の墓:経盛主従の墓と七色に変化するモミジがある(ここより右側20m)。 経盛隠棲の洞窟:源平合戦で敗れた平清盛の弟、経盛らがこの村に逃れてきて、村奥の洞窟に隠れたと伝えられる巨岩がある(これより右側・家の谷川上流400m)。 若桜町』

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苔むした主従の小さな石積み墓に参り、お賽銭を入れ手を合わせました。
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洞窟の方を見に行くと、バイクでも上がれそうな道なので、バイクに戻って上がっていきました。
井田端会議中の方がおられたので会釈。
道は沢沿いを上がり、獣避けネットで塞がれていました。
手前に車3台ほどの駐車場があったので、ここから歩くことにします。

ネットを開閉し、山道を上ります。
この道も車で平気な1.5車線でバイクで上っても問題有りませんが、沢の水音などが聞けて徒歩の方がいいです。
道端の電信柱に、箒が下がっています。
あっちにもこっちにも。平家さんが集まった集落の結束は強いようです。
当番制で道の掃除をしているでしょう。
先ほどの奥さんの「ご苦労さまです」に、「訪問頂きありがとうございます」の気持ちを感じたのは、こういう日頃の行いから来るのでしょう。

千町段ヶ峰・河合谷・海上林道 4/9

7/26・千町段ヶ峰林道・戸倉峠流しそうめん屋

『お知らせ・入山者の皆様へ H27年4月18日~H27年7月12日まで、銃器による有害鳥獣駆除を実施します。入山される際は、目立つ服装をされるなど、事故防止にご協力お願いします。 宍粟市』

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「どうどう橋」は、岩塊流を傷つけないように、上を渡っています。
下に降り、岩塊流の見学です。
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山頂付近にあるのに、まるで大河川の中流域に見られる角の削れた巨岩が川のように上から下につながっています。
流れる氷河に削られたのでしょう。
想像を絶する長い期間が必要だなあと、一見してわかります。
その上に苔がつき、ツタが生え、気が生えています。

野鳥のさえずりが盛んで、素敵なひとり時間です。
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橋の下を観察すると、蟻地獄のロート状の罠がたくさんありました。
「いるかな?」と思って周囲の砂を入れてみましたが、それを上に投げ出す蟻地獄特有の動きは確認できませんでした。
空き家なのかも?

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8:40、「千峰」と書かれた林道開通の碑がありました。
『千町段ヶ峰線の概要 延長17.051m・利用区域面積2181ha・工事期間平成4年~24年・事業費37億7300万円・題字兵庫県知事井戸敏三書』
素晴らしい山の連なり・・・。「ヤケノ小屋」と道標された未舗装路から、2台のオフロードバイクが登ってきました。
自然にお互いに挨拶し、僕がこれから進む方向に下って行きました。

北と西の山並み視界が広がるとこに出たので、バイクを停めて激写してるとオフバイクの音が聞こえてきます。
僕がバイクを停めた横から分岐する未舗装路を上って来て、また挨拶。
先ほどのバイク2台でした。

林道は勾配を増やして下り、R429に出ました。
R429を西、r6を南西に走り、数時間前に曲がったr39との分岐を逆方向からクロス。
更に南下し、R29に出ました。

R29を北上し、9:45「道の駅・みなみ波賀」到着。
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裏の揖保川の土手で休憩。
見上げる山は青空に生えて美しい。

ここの道の駅の波賀町観光地図に載ってた「郷社八幡神社」に寄り道しました。
道の駅のすぐ西側です。
亀がたくさんいる池があり、四天王寺さんみたい。
道標が移設されていました。
明治の中頃に南方100mより移動させたそうです。
『食料品や日用品を運ぶため作州(岡山県美作市)・因州(鳥取県若桜町)・但州(兵庫県養父町)に通じる唯一の道の標識として備えられました』

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「力石」も2個置いてありました。
有形文化財の太刀があるそうです。
『1540年・千草城主であった大河原備中守之清が奉納した。刀身に八幡大菩薩の神号があり、銘は「備中国住長船次郎左衛門
尉勝光作波賀上之方八幡宮御剣末代天文9年8月吉日」。作者の勝光は、室町時代後期の備前国長船の刀工団の代表者で、文明から永正に掛けての年紀作がある』

R29を北上します。
10:28、新戸倉峠の「流しそうめん屋」で休憩。
バイクが15台ほどいます。
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車もいるので満席かと思ったら、そうでもない。
順番待ち顔で屯してる方々は、どういう方なのだろう。
開店したとこだから、満席フル回転するほどそうめんの準備ができていないのかな?
ここは、樋が長く川の上空を渡って流れてくるので大人気です。

熊の檻は健在でした。
僕が最初に訪問した時は、熊さんも健在でしたが、亡くなって久しいです。
近所で捕獲された赤ちゃんクマを、ここのご主人が育てた流しそうめん屋の看板熊でした。
次の小熊捕獲を待っているのかな?

『この子熊が猟師に発見された時、母親にはぐれ何日の餌を食べず、痩せて立つことも出来ず、目だけが大きく、生きるのが困難に見えた。猟師は自宅に抱いて帰ったが途方に暮れた。昭和60年の早春だった。これを伝え聞いた滝流しそうめんの社長が飼うことを決意、レストランの隣に鉄製の小屋を建て、主任に飼育を任せた。
クロと名付け、牛乳を飲ませ、我が子のように育てた。夜自宅に帰った彼は、クロに餌をやるのを忘れた事に気づき、戸倉峠を引き返し、真っ暗になっている小屋に「クロすまなかった」と声を掛けた。
クロは彼の手を優しくなめた。1月の大雪の夕方、スキー場の残飯を運んだ時、レストランの屋根の落雪で、クロの小屋がすっぽり埋まっていた。雪を取り除いて餌を与えると、「ウオー、ウオー」と泣いた。それは喜びの鳴き声であった。
レストランを訪れるお客様の人気ものになったクロは、可愛い仕草で愛嬌を振りまいた。
時に限りがあるように、元気だったクロも平成15年に入ると、食事の量がだんだんと減り痩せていった。この年の3月、手作り豆腐店から、出来たてのオカラを与えたのが最後の食事になった。眠るような最後だった。
「人間の歳なら、もうとっくに80を超えていた。長い間楽しみをありがとう」社長はクロに語りかけた。この時肩を落とした主任の目にも光るものがあった。このクロの剥製は、今も小屋にございます。 戸倉峠滝流しそうめん』

千町段ヶ峰・河合谷・海上林道 3/9

7/26・千町段ヶ峰林道・千町峠

R29をさらに北上し、r6~r39で「福知渓谷」を遡ります。
この渓谷は、いつも砥峰高原から下りばかりで、初めて遡ります。
単に逆方向から走っているだけなのに、渓谷の表情が違って見えます。
見えなかった小さな滝にも気づきます。

7:15・「おとせ岩・水すべり場」
20150726UmiS031s.jpg
岩の滑り台かと探したけど、それらしき岩が見つかりません。
小さな滝の岩はゴツゴツして、滑ったらお尻が痛そう。
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上流遥か上に見える山は陽光を受け輝いています。
林道からの景色が期待できそう。

7:25、「千町段ヶ峰林道」起点。
福山に再上陸し北上していった台風による通行止めが心配だったけど、前回同様の看板だけだったので、支障なさそう、GO!
中央白線はありませんが、1.8車線ぐらいの山岳林道にしては安心の広さです。
R429から中国道に至る尾根伝いの3区間に別れた大規模林道ですが、一番南のr8~中国道間より道幅規格が広がっています。

7:38、初めての舗装路分岐到着。
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一方は「草木」、もう一方は「千町峠」とマジックで手書きされています。
これはとてもありがたい道標でした。
これがないとどっちへ行っていいかわかりませんでした。
ツーリングマップルを広げてみると、現在地が特定されます。

「草木」方面は、R429経由で以前に登った「草木城」へ続く道のようです。
きっとこちらも全舗装でしょう。
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少し歩いて草木方面を見に行きましたが、ナイスな景色が広がっていました。
走りたいけど我慢して、千町峠方面へ。

僕のヨット仲間Aさんは、草木城主の末裔です。
先祖は房総半島の豪族・千葉氏で、鎌倉幕府成立時に大活躍したので、地頭としてこの地を得ました。
室町・戦国時代に入り、播磨の雄・赤松氏と但馬の雄・山名氏の勢力範囲が重なる地で、草木城を本拠地に粘り、赤松氏配下で苦労したそうです。
Aさんのおじいさんが、かつて赤松氏と対立していた竹田城主の家系に婿養子として入り、竹田城の山の1/3を持っています。
草木城は、親戚の田路一族の末裔のおっちゃんが私財を投じて、先祖の城を復活させました。
爺さんは、千葉氏の通名・「胤」が名前に使われいるとのことで、歴史好きの僕は、こういうのを聞くと楽しくて仕方有りません。
人生は、個人の生涯ではなく、先祖から受け継いだ家系・家名を次にバトンタッチすること・・・「家名を汚すな」って感覚があります。
僕も父から授かった通字を、家系を感じてほしいと思い、2人の息子に授けました。

この林道からは、たくさんの支線が出ており、旺盛な林業を感じます。
未舗装でチェーンが掛けられているので、迷うことは有りません。
入口に占有者の林業組合名・占有目的などが書かれた杭が打たれています。
これがあると、専有外使用を希望する時、話の先が明確でいいな。
僕が地元で子供のヨットクラブを作った時、市役所や水利組合など利権者との交渉で、いろいろ世の中の仕組みを学びました。

7:52、「千町ヶ峰登山口」
「せんちょうがみね」と読むようです。

7:59、分岐。
一方は、「段ヶ峰・千町峠」
もう一方は、「笠杉山・杉山・岩塊流」
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地図を見ると、笠杉山方面が正解ですが、千町峠が気になるので、そちらへ。

8:03、「千町峠」
東・JR播但線側の景色が広がります。
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ここには「悠々山荘」という建物がありました。
まさか、こんな立地の喫茶店では利益は出ないだろうから個人宅かもしれません。
広いテラスにテーブル&チェアが数脚、絶景を肴にアイスコーヒーを飲みたい気分だ。
地図を見ると、ここから生野高原まで道が続いている。
舗装路なら下ってみたいな。
手持ちの2010年版地図では、千町段ヶ峰林道同様未舗装マークですが、大規模林道と一体舗装されることはないだろう。
でかい鯉のぼりが上げれるようなポールが2本立っていますが、何に使いのだろう?

「平石山登山口」もありました。
標高1000m。

分岐に戻り、「笠杉山」方面へ。
8:18、「千町岩塊流・どうどう橋」到着。
「杉山・段ヶ峰登山口」「千町小屋」の道標が立っています。

『千町岩塊流は、260万年前から始まった地球上に氷期が繰り返し訪れた時代に出来た「周氷河地形」と言われる貴重な地形です。段ヶ峰1103mと笠杉山1032mの間、標高880m~1050mの山頂部西斜面にあり、大きさ1~4mの岩塊が数層に厚く重なって、幅20m・長さ600mに渡り、川の流れのように重なって存在する県内最大級の岩塊流です。岩塊流の下に冷たい水が流れています。冷たい水で冷やされた岩の上に水滴ができやすくなり、苔が生えます。コケの上に落ちた草木の種子が成長し、数十年を経て落葉樹の森になります。岩塊流の下の冷水が絶えなければ、この幻想的な風景は継続します。このように岩塊の上で森林が更新される現象を「岩上更新」といいます』

なるほど、勉強になります。
小学校で一番好きな授業が社会科見学だった僕は、こういうのが一番好きです。
そう言えば、僕の旅のスタイルは、社会科見学の延長線ですね。

千町段ヶ峰・河合谷・海上林道 2/9
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