4/24・北摂桜早朝ツーリング

4:45に目覚めました。
速攻で着替えて、倉庫から「招き猫CB400SB」を出します。
また新車載ムービーシステム・ソニーICレコーダーのシェイクダウンです。
5時に出発し、長尾山トンネル手前でムービーON。

r325~r33~r319。
5:31、綺麗な八重桜で激写タイム。
北摂の八重桜は、今がちょうど見頃のようで、沿道でたくさん目に付きました。

「六瀬」でr12に合流し、北上します。
「杉生新田」からr601に入り、「泉郷峠」へは90度カーブを曲がるのですが、小川沿いを直進してみました。
すぐに舗装は切れると思っていたら意外に舗装路が続き、廃屋でなく現役の民家が点在していた。
細道をゆっくり静かに登って行きます。
5:53、「奥軽井沢自治会」の不法投棄禁止看板に到着。
ここから奥が、奥軽井沢なのかも・・・バブル時代の別荘分譲地でしょうか?

ここからコンクリート舗装なので、Uターンします。
帰路で気づいたのですが、知らない間に標高を稼いでいたようで、r12西側の「大野山」のアンテナ下の建物までしっかり見えます。
帰宅後調べたら標高518mのようです。
大野山頂上が752m・r12分岐が386mでした。

r601まで戻り、泉郷峠を越えて篭坊側に下ります。
今年初走行です。
r538に乗り6:06籠坊温泉。
20150424HokuS006s.jpg
羽束川沿いの八重桜を激写。

r12を越えてr37に入り、羽束川沿いを下ります。
小柿渓谷を抜け、「三田市野外活動センター」を見ると、釣り人が2人入っています。
6時ぐらいから営業しているのだろうか?

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「十倉」の穀倉地帯があまりに綺麗で、6:31激写タイム。
20150424HokuS008s.jpg
r37をそのまま南下し、r323へのショートカット道に入ると、羽束山をバックにした「高平」の穀倉地帯が朝日に映えて美しく、6:40また激写タイム。

「半鐘の家」でr323、東進し「波豆川・八坂神社」から南下し、r68を越え、「西谷農協・大池」でr33も越えます。
気温7度。
通勤快速車が急いでおり、左ウインカーを多用して抜いてもらう。
r33~r325。

ここに季節の樹花を咲かせている気になってるお宅があります。
20150424HokuS011s.jpg
ピンクと白2色の八重桜が満開です。
今年も素晴らしいの出激写。

長尾山トンネルを抜け、7:30帰宅。
片付けて着替え、一般ごみの日なので、家庭ごみと前日の朝頑張った庭の雑草満載の90Lゴミ袋を出した。
更に15分間、庭の雑草と格闘し、2袋目も出した。
2日連続で上天気の朝だったので、気持ち良くショートツーリング出来ました。

次男夫婦は、5月半ばのヨット部創立80周年記念でこちらに帰ってくるので、GWはお嫁さんの実家などでのんびりするそうです。
長男は、1週間のアメリカ出張から24日にお嫁さんの実家に戻り、GW前半の1週間は新潟で、後半はこちらに来る。
GW前半は天気が良いようなので、向こうのご両親や兄弟と、わいわい楽しい時間が持てそうです。

2人共お嫁さんの実家を大切にしており、幸せな家庭を作っている。
我が家は、隣が僕の実家だったので、子供たちがチビの時は家内の実家には月1ぐらい訪問していた。
旦那なんて、お嫁さんの実家にウェイトを置いているぐらいが丁度良いように思う。
奥さんを大事にしないと、旦那の健康で文化的な生活はおぼつかない。

GW後半も、前半同様晴れるといいな。

北摂・桜ツーリング
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期日前投票

4月の日曜日は、全部大学ヨット部の新人勧誘を手伝いで京都・琵琶湖に行っていたので、投票日に投票に行けませんでした。
「投票率が低い・・・民意が反映しない・・・議員代表民主主義の崩壊・・・有権者の意識が低すぎる・・・」
なんて、有権者を攻める表現が多いような気がするけど、投票率の上がる投票方法の開発・変更などの方が、よっぽど遅れているように思う。
駅や大規模小売店などでも投票出来るようにすればいいのに・・・
7時投票開始ではなく、5時や4時開始にしたらいいのに・・・
僕もそうだけど、お年寄り中心に朝型人間は沢山いるので、立会人に困ることはないように思うけど・・・

僕は有権者になってから、ほとんどその権利を放棄したことがない。
今回は日曜日に投票に行けないから、県会議員選挙も市会議員選挙も期日前投票をしました。
今までは市役所に開設されている投票所を利用していたけど、今回は商工会議所で投票してきました。

県会は、過去4期、次男の小学生の時の同級生のお父さんA(公明党)に投票してきました。
Aさんは、同じ小学校校区内のご近所さんで、時々話しているので人間性もわかっています。
そして今回は、Aさんが公明党の定年で引退されたので、その後継として立った、過去4期市会議員で頑張っていた公明党候補Bに入れました。
Bさんは、僕の小学校の時の同級生で、これまた年数回あれやこれや話す仲なので気心がしれている。

市会は、過去4期Bさんに投票してたけど、彼が県会に場所替えしたから、いろいろ考えました。
彼の前は、小学校の1学年上の先輩C(この方とも年1~2回話をする)に入れていました。
その前は、選挙権を得てからずっと、小・中・高・大・ヨット部でも1年先輩だった方のお父さんDに、引退されるまで投票していました。

Cさんは、「みんなの党」公認で参議院に挑戦しましたが、落選しました。
そしてまた市会議員に立候補されていますが、今度は無所属。
軸足が定まっていない感じがするので、別の方に投票しようと思いました。

選挙カーが姦しいですが、名前だけ連呼の候補には魅力を感じません。
演説会の案内もありますが、選挙運動時間帯の日中は、仕事中で行けるはずがない。
経歴や主張、やりたいことを書いたビラが何故配らないのかと思ったら、どうやら選挙期間中は禁止されているらしい・・・インターネットウェブサイトの更新も禁止されてるから、喋れない候補者は、選挙期間中握手するだけ?
除外されてるね、変なの。

演説している方の前に、大音声で名前を連呼しながらやってきた別の候補が、演説してる候補に向かって、「・・候補の健闘をお祈りいたします」と通り過ぎました。
水を差された演説してる候補は、それを中断し、「ありがとうございます。・・候補の健闘をお祈りいたします。お互いに頑張りましょう」と応え、再び演説を続けられました。
大音響で邪魔した候補は、外しました。
国会中継で、人がしゃべっている時に茶々入れたり野次を飛ばす民度の低い方に見えます。
演説してたら、黙って通り過ぎる選挙カーもいます。
これは良い。

結局、唯一の「維新の会」候補の新人さんに投票しました。
新人故、慣れていない演説だったけど、誠実さを感じました。
結果は、新人なのに予想外のトップ当選でした。

僕は、保守系候補だったらOKです。
共産主義・社会主義系が、嫌なだけです。
「維新の会」代表の橋下徹さんの馬力に魅力を感じます。
有限実行馬力型なので、得点も上げるが、失点・失言も多い。
好き嫌いが別れると思いますが、「失敗を恐れて何もしない」より、加点主義の松下幸之助・本田宗一郎さんのように「やってみなはれ」の方が、大きな益を生みます。
僕はこういう人を応援したい。

福島原発事故の時、国会中継で維新の党の方が、「事故原発周辺の立ち入り禁止区域を所有者から買い取り国有化する」という僕と同じ意見を披露していました。
いつ戻れるかわからない土地にしがみつくより、現金を持って新天地に移動し、新しく生計を立てる算段に動く方が、被災者の苦しみが減るように思います。
僕なら、生まれた土地でもその方がよっぽどありがたいです。
国有化すれば、次に出てくる処分所新設も、処分地問題も解決します。
ちまちま大きな税金を投入して、汚染物質除去するより、ずっと安価に解決します。

感情も大事にしないといけないけど、大きな方針を立てる政治家は、もっと大所高所から計算式を立てて、効率よく税金を使うように行動しないと行けないように思います。

4/23・桜谷軽便鉄道・駐車場探索

本日は4:30に目覚めました。
上天気の天気予報なので、早朝バイクに出ることにしました。
帰宅後の草刈り時間を考え、7:30帰宅予定です。
速攻で着替えました。
夏用プロテクターメッシュ上下+DAIWAフィッシングスーツの春秋バージョンです。

倉庫から「招き猫CB400SB」を出し、ちょっとゴソゴソします。
ゴソゴソの内容は、車載ムービー新システムの設置です。
CB400の素敵なサウンドを撮りたくていろいろ外部マイク端子のあるカメラを試しましたが、イマイチ感が拭えません。
GoPro HERO2は映像もマイク感度もナイスなのですが、操作ボタンが固く、たまに撮れていない時があります。
Kodak・PlayTouchは、映像が暗い。
OlympusリニアPCMレコーダーLS20Mは、PCMサウンドが鮮やか過ぎ小さな雑音まで拾ってしまうし、モニターが上面にあるので、走りながら現状が確認できないし、時々未録画が出る。

そこで外部マイク端子がないけど失敗がないCanonA1400+新規導入「SONY・リニアPCM対応ICレコーダーICD-UX533F-L」で、ムービーと音源を別々に撮ることを試します。
新ICレコーダーは、クリアなPCMの他にmp3でも録音でき、感度も設定出来ます。
果たして、結果は如何に・・・。
今年の宿泊ツーリングに向けて、シェイクダウンしていきます。

5時に出発しました。
r13~r12。阪急・川西能勢口で、ムービー&ICレコーダーON。
~r12旧道で能勢電鶯谷~猪名川沿いを走ります。
途中に「通行止め」看板があり、ガードマンさんに聞くと、新名神高速道路工事のため、「石堂温泉~ゴルフ橋」が通行止めのようです。

僕は「山下」方面に抜けるので大丈夫。
ゴルフ橋で猪名川を渡り、能勢川キリスト教会を経て、R173へ。
TVでフジの花の話題が出ていたけど、猪名川沿いに目立つフジ紫はまだでした。
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新名神橋脚+高架道路が半分ほど出来ていました。

R173に出て右折し、少し引き返し、「一の鳥居」からR477。
「東ときわ台」に入り、駐車場がないかぐるぐる。
ユーベルホールの駐車場、阪急オアシスの駐車場があった。
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R477に戻り、5:55「桜谷軽便鉄道」前に駐め、軽便鉄道まで登ってみます。
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GWに長男一家と初めて運転会に参加しようと思っています。
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相変わらず可愛い列車です。
嫡孫くんは喜んでくれるかな?
良いお天気だといいな。

R477を北上し、妙見ケーブル駅前を通過し、「野間稲地」を左折しr4、6:10「野間大ケヤキ」到着。
一眼レフの砲列はないので、ミミズクの営巣はまだのようです。
赤いCBR1000RRが止まっており、ライダーさんがベンチに座っていました。
「おはようございます」
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大ケヤキはまだ新緑に覆われておらず、これではミミズクも営巣出来ませんね。

CBRさんから「朝、ゴリラの真似をする」をやってるので、写真を撮ってくれませんか?
はい、いいですよ。
パシャリ。
ゴリラの真似さんと、少々おしゃべり。
ご近所に住んでおられるようで、僕同様仕事前にバイクで朝の空気を吸ってから仕事に出るそうです。
気持よく仕事出来ているそうです。
夜も早く寝るようになり、体調もいいです。
僕と一緒だ。

「早寝早起きは三文の得」と言いますが、これは真実です。
夜更かしして、好きな事するより、早朝にすることをおすすめします。
先週、家内は仕事で夜の役員会に2回出席しました。
ダラダラとなかなか本題が始まらず、いつ終わるともわからなかったので、中途で抜けて帰ってきました。
おかげで僕も10時過ぎに駅まで家内を迎えに行ったので、朝の目覚めが遅れました。
そして家内は風邪を引いてしまった。
エンドリミットのない夜の話し合いは良くないです。
朝すれば、始業時間リミットがあるので、テキパキと決め事が決まります。

ゴリラな真似さんにサヨナラし、r4~r604で一庫ダム。
R173~ゴルフ橋~猪名川沿い~旧r12で7時帰宅。ゴミ出しし、庭の雑草と30分ほど格闘して、早朝活動を終えました。
朝食を食べながら、NHK・おはよう日本~おはよう関西~朝ドラ~朝イチを見て通勤の人になりました。

桜谷軽便鉄道

4/19・ヨット部新人勧誘試乗会

白川通~今出川通~9:10正門着。
2回生Atou君が既にいました。
早いなと思ったら、第一便は9:30だそうです。
すぐにヨット部車がやってきて、やってきた1回生5人を乗せて琵琶湖に向かいました。

「京都着物企画」というサークルも集合場所にしていました。
スカートの子が来てる・・・女子率が高い・・・フラフラとそっちに行っちゃいそうでした。
着物のデザインでもするのかな?

僕は10時集合組担当です。
10:04、1回生6人を乗せ、学校を出発し、先週同様比叡山越え・山中道で琵琶湖に向かいます。
学校を出る時は雨が降ってたけど、比叡山山中峠では止んでいます。
でも雲の中のようで、比叡山ドライブウェイを過ぎると見えてくる琵琶湖が真っ白で見えません。
このまま止んでくれればと期待しながら、10:28ハーバー着。

艇庫に案内し、僕はレスキュー担当になります。
第1便の6人が着替え終わり、彼らを乗せて出発。
ヨット試乗を終えた人を乗せてハーバーに戻り、次の便できた新人を乗せて沖に出ます。
雨が上がり、風が出てきました。
試乗に調度良い3~4m/sほどの風になり、いい感じの試乗会になりました。
14時学校正門集合組の試乗も終え、16時前に試乗会終了。

16:19、ハーバー艇庫から新人6人+2回生1人を乗せ、合宿所に行きます。
この日は西村写真館が、ヨットに乗り新人を乗せる方をしていたので、僕が自分のカメラで試乗会写真を撮りました。
そのデータを部員のPCにコピーします。

17:30に鍋パーティーが始まり、面白おかしい部員の野次が飛び交う1回生自己紹介が始まり、ヨット部紹介ビデオでまた盛り上がり、僕の話・キャプテンの話・ヨット部エール&琵琶湖周航の歌という定番メニューで全メニュー終了です。
奈良の西大和とか東京の学芸大とか、次男が通った清風の姉妹校・清風南海出身の女の子もいました。

19:43、女子5人+男子2人の新入生を乗せ、合宿所を出ます。
トイレに行きたいということなので、イデオンに寄ってトイレ拝借。山中越で京都市内に戻り、学校でみんなを降ろし、東大路通~九条通~R1~名神~中国道で、21:20帰宅。
長かったけど、充実した楽しい1日でした。

4/19・八大神社

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『御祭神:素盞鳴尊・稲田姫命・八王子命 1294年、祇園八坂神社と御同神に座し古来より北天王(北の祇園)と称し、皇居守護神12社中の1にして、都の東北隅に位置し、方除・厄除・縁結び・学業の神として世の信仰厚く、後水尾天皇・霊元天皇・光格天皇、修学院離宮御幸のお立ち寄り、白銀などご奉納あり。因みに剣聖宮本武蔵が、吉岡一族と決闘せし当時の「下り松」の古木は、本殿西に保存してある』

稲田姫は、奇稲田姫の別名で、素盞鳴尊が稲田姫を櫛に変えて髪に刺してヤマタノオロチと闘いました。
八王子命というのはわからなかったので調べました。
神仏習合下、仏教の守り神・牛頭天王には8人の子がいるとされた。
明治の神仏分離令により、牛頭天王と習合していたスサノオが主祭神になり、5男3女の神に変えられた。
八王子には、そういう由来があったのですね。
東京の八王子もこの由来に基づき命名されたそうです。

因みに、牛頭天王社の総本社は、京都八坂神社と播磨広峰山で、広峰山社家だった黒田官兵衛の祖父が自家製目薬を、広峰山牛頭天王信仰をバックに売って富を得た。
それが宗家・小寺家最高の軍事力を養う元になりました。

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映画「中村錦之助主演・一乗寺の決斗」のポスター、その数々のシーンの写真がパネルに貼ってあります。
お通・入江若葉、お杉・浪花千栄子、吉岡伝七郎・平幹二朗、「野望燃える一乗寺下り松!眼下の敵73人、武蔵、生死一路に起つ!」
・・・なかなか、いいじゃないか・・・過去、何度映像化されたか、名シーンですね。

『平成15年のNHK大河ドラマ「武蔵」に選ばれ、剣聖・宮本武蔵の生涯に改めて多くの方々の眼差しが注がれるようになりました。洛北・一乗寺は、吉岡道場数十名の門弟たちと武蔵の戦いの地であり、吉川英治の名作「宮本武蔵」の中でも重要な場面の舞台となった所です。壮絶な戦いが展開されたのは、一乗寺下り松。
現在は4代目となっていますが、古より、京の町と比叡山の境に立つ銘木です。そして、いかに剣聖といえど1人で多勢と闘いに挑む心に、瞬間恐怖が宿ったのでしょうか。決闘の地へと向かう武蔵が祈りを捧げようとした社が、当社であり、境内には今も下り松の小木が残っております』

『武蔵が一乗寺下リ松に立って多数の敵にまみえた日のまだ朝の暗いうちに、彼は死を期したこの危地へ来る途中で、八大神社の前で足を止めて、「勝たせたまえ。今日こそは武蔵が一生の大事」と彼は社頭を見かけて祈ろうとした。拝殿の鰐口まで手を触れかけたが、その時彼のどん底からむくむく湧いた彼の本質が、その気持を一蹴して鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずに、そのまま下り松の決戦の場所へ駆け向かったという。武蔵が自分の壁書としていた独行道のうちに、「我れ神仏を尊んで神仏にたのまず」と書いているその信念は、その折ふと心にひらめいた彼の悟道だったに違いない。武蔵にこの開悟を与えたことに依って、一乗寺下り松の果たし合いは、ただの意趣喧嘩と違う1つの意味を持ったものと僕はそう解釈する。 吉川英治 随筆・宮本武蔵』

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しめ縄に飾られた武蔵と吉岡一門の決闘を見届けた下り松小木が、保存展示されていました。
ここの家紋も木瓜紋でした。
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境内に立砂・・・
まさか、ここで宮本武蔵に会えるとは思っていませんでした。
確かにここは一乗寺です。

車に戻っても料金徴収の人がいません、ラッキー。
車で道を下り、「一乗寺道」との交差点で車を停め、4代目下り松を激写しました。
住所は、「一乗寺下り松町」でした。

今宮神社・建勲神社・大田神社・鷺森神社・八大神社 3/3

4/19・京都・大田神社・鷺森神社

7:39、「大田神社」到着。
地図を見て、上賀茂神社の並びだからどんな神社かな?
と思って来たのですが、謂れ板に「かきつばた」のことしか載っておらず、歴史的な目ぼしい記述はありませんでした。

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もみじの新緑がとても綺麗で、秋も綺麗な姿を見せてくれそうです。
白鬚神社の摂社がありました。
横の「大田ノ沢」を覗いてみます。
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中央に小さな島がある沼池で、かきつばたが一面に緑の葉を伸ばしています。
アヤメ・花菖蒲・かきつばたが見分けられませんが、梅雨のしとしと雨に似合う花です。
この生育状態なら、あと1ヶ月すれば花が咲いている感じがします。

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神社前に石碑があったので見に行くと、なんと「北大路魯山人・生誕地」と書かれていました。
東京・横浜の人と思っていました。
『北大路魯山人は、明治16年(1883)ここ上賀茂の地に生まれ、15歳で「一字書き」で受賞を重ね、書や刻字看板を制作し、併せて古美術や料理にも興味を持つようになった。大正14年(42才)に東京で「星岡茶寮」を開設し、仕入れ・調理などの卓越した技量を発揮し、美食家としても名を世間に知らしめた。昭和2年(44才)に星岡茶寮で用いるために、北鎌倉に「星岡窯」を築き本格的に作陶を始め、多数の優れた作品を残した。昭和30年(72才)に重要無形文化財(人間国宝)の認定を打診されたが、固辞した。美の追求に一生涯を掛けた偉大な巨人であったが、世間の名声には全く無頓着であった。昭和34年(76才)、横浜の地で逝去し、京都西加茂の小谷墓地に葬られている』

東京の人なのに、京都的な作陶名を名乗っているんだなと勝手に思っていたのですが、北大路は本名だったのですね・・・びっくり。
そこにあった観光案内図で、深泥池近くに貴船神社を見つけたので、次の目的地にして出発。
r103を東進、r40交差点まで来ても貴船神社の道標がないのでパスすることにして、r40を南下。

北山通を東進し、高野川も渡って、予定していた「八大神社」に向かっていると、「鷺森神社」がGPS画面に出てきた・・・
寄り道しよう。
叡山鉄道を修学院駅横で渡り、白川通を北上し、鷺森神社の道標に従って行くと、参道がUターン不能の細道になり、どないしょう?と不安ながら突っ込んでいくと境内に着きました。

8:10、なんか車が多く、祝詞の声とそれに合わせた拍手が聞こえます。
雨は傘が要らないぐらいになりました。
拝殿に向かうと、神事をされているようです。
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宮司さん以外の人も白装束なので、一般の神事とは違うようです。
地域に続く伝統の神事かもしれません。

『御祭神・素盞鳴尊 今より1100年余前、比叡山麓・赤山明神の辺に祀られてあったが、応仁の乱の兵火で社殿焼失し、修学院離宮の山中に移された。後水尾天皇がこの地に離宮を造営されるにあたり、この鷺森に社地を賜り元禄2年(1689年)遷座相成り、修学院山瑞地区の氏神神社として現在に至る。毎年5月5日の神幸祭には霊元法皇乗御の凰車を改装した神楽の渡御とともに、”ざんよれ”という踊と囃が珍しく少年たちの菅笠に紅だすき姿で練り歩く風情が古風豊かで可憐である。本社殿は、安永4年(1775)に改築されたもので、緑濃き神域には、桜楓も多く、四季幽鳥の声を聞く閑静な境内であり、御祭神のご神徳により広く人々の崇敬を集めている』
社殿内で行われている神事は、5月5日神事の祈願でしょう。

白川通を南下します。
「詩仙堂」「狸谷山不動院」の道標に従って左折。
目的の「八大神社」は詩仙堂の隣です。
明治維新以前は、神宮寺スタイルだったと思われる。
坂が急になったとこに詩仙堂の駐車場があり、8:27到着。
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500円とは高いなあと思いながら・・・料金所はない・・・誰もいないので、精算は帰りにしよう。

4/19・京都・建勲神社

禅宗の大徳寺派大本山大徳寺のすぐ北なので、大徳寺の神仏習合守護宮が発祥かな?と思っていましたが、平安遷都以前からスサノオ社があったということ。
大徳寺開祖が播磨・赤松氏の被官時代の浦上氏の出の方で、赤松円心がパトロンになって建立されたので、歴史は神社の方が古いし、謂れがとても魅力的でした。

絵馬殿を覗きます。
謡曲奉納絵馬が多く掛かっていたのが目につきました。
他の摂社を巡り、本殿へ。

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塀が囲んでいるので本殿脇に行けませんので、拝殿から覗きます。
お金回りが良いお宮らしく素敵です。
織田信長と同じ木瓜紋でした。
境内中央に舞台があり、いい感じ。
日中は多くの女子で賑わうのでしょう。
1羽のイカルがシトシト降る雨の下ずっと囀っており、気持ちの良い参拝になりました。

6:36、「パーキング今宮神社」を出る。
60分以内・100円でした。
今宮神社正面に回り、参道を船岡山を見ながら南進すると、やはり神社の神域を示す大きな朱鳥居があり、それをくぐると、北大路通でした。
6:50、北大路通を渡ったところにある駐車場に車を入れました。

今宮神社参道南正面に、船岡山に上る道が見えています。
車でも上がれそうですが、標高100m・比高20mほどの低山ですので、歩きます。
今宮神社境内同様、八重桜が咲いていました。
そしてイカルが集団で囀っています。
まるでウグイスみたいに、あちこちから聞こえてきます。
こんなに多くのイカルの囀りを聞いたのは人生初です。
イカルは黄色いくちばしの目立つ野鳥なので、歩を止めてじっと周囲を探しますが、見つかりませんでした。
残念。

北から登り始めましたが、道は東側の縁をゆっくり登り、山の南面にある「建勲神社参道」の石碑から、階段を上がり山頂平坦地に入ります。
ここは京都盆地の北にある小高い丘です。
応仁の乱で山名宗全が主将の西軍が城を築いたので、その痕跡でもあればと徒歩でキョロキョロしながら登りました、目についた遺構はありませんでした。

『建勲神社 御祭神・織田信長公 織田信長は、戦国の世を統一して民衆を疲弊絶望から救い、伝統文化に躍動の美を与え、西洋を動かす力の追求して新秩序を確立し、日本の歴史を中世の混乱から近代の黎明へと導かれた。明治天皇より、「建勲」の称号を賜い、別格官幣社に列せられる』

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『人生50年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。ひとたび生を得て、滅せぬ者のあるべきか』
桶狭間出陣直前に舞った信長の「敦盛」の有名な台詞が書かれていた。
旧西軍の山城郭に、瀟洒なお宮が建っていました。
雨は小降りになりましたが、まだ降り止まずです。

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『史跡・船岡山 標高112m・面積25000坪の優美な小山である。今より1200年前、京都に都が定められる際、船岡山が北の起点となり、この山の真南が大極殿・朱雀大路となった。陰陽五行思想・風水思想に基づいて、大地の気が溢れ出る玄武の小山であるとされたためである。戦国時代の応仁の乱の際、ここが西軍の陣地になり、周辺一帯が西陣の名で呼ばれるようになった。戦国の世を統一した織田信長が、本能寺の変で没すると、豊臣秀吉が正親町天皇の勅許を得て、主君の御魂をこの山に祀ろうとした。以来、信長公の大切な地として伝えられ、明治2年、明治天皇がここに建勲神社を創建された』

西陣の謂れは、そこにあったのですね。
西軍の城がここに築かれたのは知ってたけど、すぐに落とされ、西軍も東軍も陣を変えたので、平安時代から西陣の名があったと思っていました。

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帰路は西に降りてみました。
山の周囲の住宅地内を歩き、7:27車に戻りました。
「今宮門前駐車場」60分以内100円。

次の目的地は、「大田神社」。
北大路通を東進し、堀川北大路を左折し、再び堀川通。御薗橋西詰めを右折し、加茂川を渡ります。
上賀茂神社前のr103を東進します。
右側は社家の家が並び、そこに入るのに小川を渡らなければなりません。
その小川と石橋が美しいので、京都で好きな道です。

今宮神社・建勲神社・大田神社・鷺森神社・八大神社 2/3

4/19・京都今宮神社

京都の大学ヨット部新人勧誘試乗会の手伝いです。
先週同様10時に大学正門です。

またそれまで京都散策できそうです。
5時前に目覚め、特急で着替え、前夜用意していた荷物を持って5:30に車に乗り込みます。
家内は大阪で用事なので、1人です。
あいにく小雨が降っており、天気予報でも日中は雨なので、イマイチな新人勧誘になるかもしれません。
ただ雨量は1ミリ以下なので、降ったり止んだり程度で済むといいなと希望を持って豊中ICから中国道に入ります。
名神に乗り換え、5:58京都南IC下車。

R1で北上し、東寺にぶつかり右折して九条通。九条大宮から大宮通で北上し、西本願寺と平安高校の間を抜け、四条大宮を右折し四条通。四条堀川を左折し、堀川通を北上します。
二条城前を通過しました。二条城は大規模修理中のようです。
最近の京都は、西本願寺・東本願寺・・・大規模修理が目立ちます。

堀川に植えられた桜が満開です。
八重桜なのかな?ソメイヨシノより花期が遅いようです。
鴨川沿いのソメイヨシノ満開の時期は、秋の紅葉時期に次ぐ京都が混む時期で、日中の車での京都市内入りは、渋滞で閉口しますが、12月の京都紅葉見物がナイスなように、4月2・3週目の京都も穴場かもしれません。
堀川今出川・堀川北大路交差点を越え、堀川今宮を左折し、今宮通を西進します。

6:10・「今宮神社」到着。
大阪の今宮戎神社とは違いますが、地図を見ていて「今宮」の名に惹かれて目的地にしました。
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短いですが、石畳の敷かれた門前街があり、「あぶり餅」の暖簾の下がるお店が数軒軒を並べていました。
開店前なので、どんなお餅か不明です。

名のあるお寺並みに立派な土塀を持った門に「三階松」の紋が入った暖簾が下がっています。
家紋を見つけるとカメラに収め、帰宅後「家紋でたどるあなたの家紋」という本で、家紋名やそれを使用する主な豪族等を調べます。
定価6180円という僕が買った本の中でも最高額部類の書籍ですが、こいつはパラパラめくっているだけでも、時間の経つのを忘れます。

馬小屋があり、白馬の奉納木馬がいました。
宗像社の小社が摂社として建っていました。
いつもの習慣で謂れ板を読むと・・・

『元禄7年(1694年)桂昌院(お玉の方)造営時の社殿である。元禄建築の特徴と異なる部分を残しており、創建当時の古い形式を伝えている。宗像三女神は、古来より「道」の神として知られ志を持つ人を教え導いた神であり、「美」を司る神として伝えられている。また別名を「弁天さん」とも呼ばれ、社殿の台石の北側面に弁天さんの使者として鯰の彫り物がある』

桂昌院は、徳川3代将軍・家光の側室で5代将軍・家綱の母です。
彼女はここ西陣の商家の出と言われ、「玉の輿」の語源にもなっています。
ここの手水にも「お玉の井」と書かれており、「玉の輿神社」として女性参拝者を集めている京都の神社というのはここのようです。
何気なく訪問したとこなのに、ラッキーでした。

家光の側室の小姓として大奥に上がり、家光の乳母・春日局に見出され、更に家光に見初められ側室になった人なので、才気と美貌を兼ね備えた人だったに違いありません。
彼女が、子供の頃参ったこの神社に宗像三女神を祀るなんて、とても素晴らしいことです。

宗像三女神は、天照大神の子で、朝鮮半島・大陸との玄関口・福岡に本社があります。
朝鮮征伐した神功皇后も戦勝祈願した最重要なお宮の1つです。
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謂れ板に書かれた鯰の彫り物は、しっかりと土台石に見え、嬉しくなっちゃいました。
でも何故、弁天さんの使いが鯰なんだろう?

正門が見えてきました。
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朱塗りの立派な門です。
大徳寺側が正面のようです。正面に真っ直ぐな道が伸びているので、これが参道のようです。
船岡山が正面に見えています。

『大巳貴命・事代主命・奇稲田姫命の3柱を祀る神社で、994年船岡山の創立されたと言われ、疫病の神として信仰が厚い。西にある「疫神社」は本社が鎮座される以前からあったと言われ、素戔嗚尊を祀る。今宮の名は、この古い疫神社に対し、新しい宮を意味する』

「大巳貴命」は最初に国造りをした「大国主命」の別名で、「事代主命」はその息子。
天孫降臨で天下ったニニギに国を譲るよう迫られた大国主命は、長男・事代主命に結論の丸投げし、そのOKによって国譲りされた。
「奇稲田姫命」は、ヤマタノオロチに食われるところを素盞鳴尊に助けられ、その奥さんになりました。
これまた美女と想像される。
大国主命は素盞鳴尊の息子なので、出雲系の流れを持ったお宮でした。

桂昌院・お玉の玉の輿も加わり、ここは女子の香りがプンプンします。
あ~、家内を連れてくれば良かった~。

今宮神社・建勲神社・大田神社・鷺森神社・八大神社 1/3

「まれ」のナレーション

NHKフリークである僕は、毎朝朝食を食べながら、朝の連続ドラマを見ています。
3月最終週から始まったのが「まれ」。
ドラマの舞台は、以前から訪問したいと思っていた石川県輪島です。
ドラマを見て、「塩田」とともに見てみたくなったのが、海岸の風よけ「竹垣根の家」です。

もう一つ、景色ではないが、とても気になってるのが、ナレーションの声です。
「可愛い声だなあ」と最初から思ってて、1週間ほど前、家内に「ナレーションしてるのは声優さんなのかなあ~。可愛い声だと思わない?女優さんの卵かな?冬のソナタの田中美里さんみたいに、ブレイクするかも」と言うと、「よくTVに出てる女優さんみたいよ。テロップに流れてるよ。全然声が違うけど・・・」って教えてくれました。

翌日、注意してテロップを見ると、「ナレーション/戸田恵子」・・・
え~ぜんぜん違う・・・それ以来、ナレーションが入る度に、戸田さんの顔を思い浮かて想像するが、あの声に結びつかない。
大山のぶ代さんが、ドラえもんの声をしてる時も見てみたいけど、戸田恵子さんの表情も見てみたい。

4/12・ヨット部新人勧誘

「山中越え」ルートで比叡山を越え、10:53・ハーバー着。
新入生が着替えるのを待って、レスキューにみんなを乗せ、沖に出ます。
風速2m/sほどで、試乗会にちょうどいい風です。
30分遅れの第2陣・更に次の陣と、新入生が到着する度にレスキューが戻って試乗者を入れ替えます。
「西村写真館」がお休みで、マネージャーが携帯カメラで撮ると言うので、僕のソニーミラーレス一眼レフを貸しました。

キャプテンもお休みで、4回生が少なめです。
TOEICのテスト日で、そっちを受けに行ってるそうですが、部員が多くなったので、特に支障はありません。

15時を回り試乗会が終わり、ハーバーバック。
15:40に着替えが終わった新入生を6人+部員1人乗せて合宿所に行きました。
工事終了と聞いていたので期待していたのですが、先週と全く同じ状態で上下水道が通っていません。
先週同様、2Fから合宿所に侵入し事情を聞くと、なんと業者さんの現場責任者がトンズラして会社も辞めてしまったそうです。
大笑いです。
4月中は、この状態が続くそうです。

ここで食事が作れないので、京都の部員のマンションで、鍋一式の食材を切って、食器・鍋など洗ってきたそうです。
食事当番3人が、鍋の出汁を作っています。
2年前までは、市販の鍋出汁を使って、食材を切って鍋に突っ込んだら終わりの簡単クッキングだったのですが、鍋だしがあまりに高いので、去年から手作りになったそうです。
女子部屋から、あれこれ出してきて、適当に突っ込んで携帯コンロの上に鍋を置いて作り・・・を数回に分けてやってるので、鍋ごとに味が違うそうです。
「これは完全にラーメンや~、俺は好きやけど」なんて、面白おかしくてたまりません。
一応2回生女子マネはいますが、上回生男子は究極の鍋だしを作ろうと試行錯誤して、たいてい撃沈しています。

試乗会陸上部隊の部員は、1回生を連れて、外でレクリエーションしています。
後半は4~5m/sに風が上がり、船を片付けて戻ってきた部員は、疲労困憊の様子です。
でも口だけは達者で、出汁を味見して、「薄口醤油が足らん」「いや、グルタミン酸ソーダを入れたら万能や」とか勝手に言い合っています。

外のレクリエーションが終わり、TOEIC組も帰ってきて、17:30から鍋が始まりました。
僕のカメラのデータをPCにコピーし、この日の写真を流しながら歓談。
1回生自己紹介でまた大盛り上がりで、ヨット部紹介ビデオでまた大盛り上がり。
特に製作者がしゃべりまくりです。
1回生は、うるさくてビデオを楽しめなかったでしょう。

続いて僕の話、更にキャプテンから一言。
最後に、2回生M君のエール後、ヨット部応援歌「琵琶湖周航の歌」を円陣に肩を組んでみんなで合唱し、お開きになりました。
僕の最後の仕事は、1回生を大学正門まで送ることです。
7人を乗せ、19:34に合宿所を出発し。
山中越えで京都盆地に戻り、20:00にお役御免です。

ああ、楽しかった。
ただ1つ、1回生女子が1人だけだったのが残念でした。
女子大からのマネージャー志望者が多いと、帰路は僕を担当にしてくれる時があり、ピンクな香りいっぱいの車内で、華やかな未経産婦女子トークに包まれて頬がゆるむのですが・・・新歓隊長に、「僕のテンションが落ちるやろう」とハッパを
掛けておいたので、来週に期待しましょう。

東大路通~九条通~R1~名神~中国道で、21:00自宅最寄りのGSで給油。
21:09に帰宅しました。
家内はすでに夢の中で、一人寂しく後片付けをして、夕食を食べました。
お風呂に入り、自室に上がるとコテンと寝てしまいました。
そしてまた月曜日の寝坊さんで、目を覚ましたのは6時でした。

4/12・京都・大将軍神社

東西の生活道路に交差し、案内板に従って右折すると、洋品店がありました。
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店頭横にベンチがあり、怪しい蛙の置物が載っています。
「ご自由にどうぞ」箱のなかに、パンフレットが数種類入っていました。
「京都一条・大将軍商店街振興組合・妖怪ストリート」なるパンフレットを見ると、ここがその一条商店街のようです。
以前にTVで見たことがあります。

電信柱に、「妖怪ストリート」の幟がズラリとはためいています。
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一つ目小僧人形、魚の可愛らしいオブジェが商店のFに、ゲゲゲの鬼太郎に出てきそうなタッチの妖怪の絵、商店の2Fの窓から見えるのは着物を着た狐娘。
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僕らを追い越した車が前に止まり、そこから降りてきたのは、濃い目の鮮やかな紫の着物姿の男性?
後ろから台車をゴロゴロ押してくる怪しげな被り物の若者。
何なんだこの道は・・・。
台車の若者が僕らを追い越し消えて行ったのが、大将軍神社でした。
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鮮やかな紫さんが、行列に並んでいます。
横に行くと、紫さんがペコリと・・・お化粧も綺麗に載ってる美女な男性と確信しました。
参道を見ると、両脇に椅子や机が並べられています。
東寺の骨董市や、百萬遍知恩寺の手作り市のようなものとピンときました。
開店前のようで、怪しい衣装や被り物で身を包んだ方などの出店者ばかりです。

入っていいのかな?
怪しいコスチュームの方たちを写真に収めるのに気が引けて、その他を激写。
小ぶりな神社で、「大将軍八神」というのが正式神社名のようです。
横に鉄筋コンクリート造の「方徳殿」という建物がありました。
宝物が眠っているのか?
結婚式場でも副業にして大儲けしているのか?
何故か場違いな大きな錨が境内に置いてあるし・・・。
ご鎮座1200年とあり、小奇麗な本殿はお金が掛かってそうな作りで、小社ながら経済力はありそうです。

ここで、8:55・・・タイムリミットです。
骨董屋さんに寄ると、持ちやすく包装してくれていました。
車に戻り、往路同様の道で四条大宮に戻り、「あそこに阪急大宮駅があるから、気をつけて」と、家内を下ろしました。

四条通を東進します。
昼間は大混雑の京都一の繁華街なので、久しぶりにこの道を走りましたが、片側1車線の車道になっているところがあります。
工事もしており、歩道を更に広げるようです。
いっその事、昼間の時間帯を、歩行者天国にしちゃえばいいのに。
その方が四条に面する商店街の売上げが上がりそう。

鴨川を東に渡り、左折して鴨川沿いの「川端通」を北上します。
右折して丸太町通を東進。
東大路通を北上して、9:40に大学敷地内に入りました。

ヨット部の幟が立っており、2回生T君がいます。
助手席側の窓を開け、「おはよう、車、置いてくるわ」。
いつものように、パラパラとやってくる新入生に話をし、この時間帯の予定者6人揃ったところで、みんなを車に乗せて、10:17琵琶湖に向け出発しました。

北野天満宮・平野神社・大将軍神社 3/3

4/12・京都・平野神社

北門から出ると、「付近観光案内図」がありました。
「平野神社」の位置を確認。
その図に、「大将軍神社」という怪しい名前の神社が載っていました。
時間があれば、行ってみよう。

西に歩くと、「紙屋川」が南北に流れていました。
町中なのに、川面はかなり深く、北野天満宮の西を守る堀とも言えます。

7:48、「平野皇大神」。
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桜の名所・平野神社と思ってやってきたが、正式名は「皇大神」が入り、「皇大神宮」が伊勢内宮の正式名ということを思えば、かなり思い切った大きな神社名です。
謂れ板が気になります。

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桜の名所らしく、枝垂れなどまだまだ満開の桜が、そこかしこにあります。
桜の園の円遊道を歩き、貸座敷も整備されていました。
桜目当てのカメラマンが目につきます。
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プロと思える機材を三脚にセットし、しっかりと1枚1枚シャッターを切られている女性もいます。

ここにも摂社で、猿田彦社がありました。
「おけさ」「一葉」「妹背」「朱雀」など、いろんな桜が咲いています。
「御衣黄桜」は、薄緑の花が満開で珍しい。
本殿裏には回れず、拝殿から望むだけですが、かなり立派です。
黄色の花の珍しい桜も満開でした。

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『・・・平城京内に祀られていました。794年、平安遷都と同時に御遷座されました。当初境内地は、現在の京都御所とほぼ同じでした。・・・平安時代になると、御祭神は急に位が上がり、・・・延喜式(927年)によれば、全国唯一の「皇太子御親察祭」が定められた神社です。・・・宮中外の宮中神であったことが伺えます。・・・皇城鎮護の神を定めた22社の5位に列せられ、明治4年には、官幣大社に列格しております。・・・奈良時代末期から「臣籍降下(皇族が源氏・平氏などの姓を賜り臣下になること)の制度が定まり、源氏・平氏はじめ高階・大江・中原・清原・菅原・秋篠各氏他天皇外戚の氏神であるとされ、臣籍降下の流れを汲む公武に尊崇されました。当社が宮中外に祀られたのは、この臣籍降下と深く関わっているようです。・・・』

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平野神社は桜目当てでしたが、謂れを読めたのは大収穫でした。
北野天満宮に戻り、大鳥居まで南下し、そのまま東西の道を渡り、大将軍神社を目指します。

「築400年の俵屋」という拝み看板が目に入りました。きつねうどん780円・玉子丼800円と良いお値段ですが、家内は興味津々です。
開店前なので格子戸から覗くしかありませんが、「茶室がある」とテンションアップしていました。

古物商さんがありました。
こちらは僕の好きな分野です。
五月人形が目に留まり、お値段を見ると15000円です。
僕が生まれた時に親に買ってもらった武者飾りを思い出します。
僕が買ってもらったものは、鎧兜一式に面もついており、槍・刀・弓・矢・靴などもついた本格派で、友達の家に行ってもこれ以上のものは見たことがなく立派でした。

ただ甲を被り面を顔につけ、弓に矢をつがえ、刀を振り回したので、親父の修理の跡が無数にある歴戦の勇者状態になりました。
我が子の時も、5月になると引っ張りだして飾っていましたが、10年ほど前、親父が亡くなった時の整理で、おふくろが「もうボロボロで使わないよね」って言ってきて、捨ててしまいました。

嫡孫が生まれた時、その5月武者飾りを思い出して調べたら、20万ぐらいからでした。
買おうと思ったけど、長男宅はマンションなので置くスペースがなさそうで、ガラスケース入りの菅原道真人形になりました。

「う~ん、どうしよう」・・・「どうぞごゆっくり」と店主さんに声を掛けられ、あれこれ見ますが、頭の中は五月人形一点です。
弓矢も靴もない、僕が買ってもらったのに比べると小ぶりですが、ほとんど傷んでおらず見栄えがいい。
椅子になってる収納ケースの塗りも綺麗で、まだ新しそうです。

嫡孫くんが1歳になった去年は、息子たちの時買ったのより大きな鯉のぼりを新調したし、3年連続で買うの?
今日は北野天満宮訪問がメインで、衝動買いしちゃうの?
なんて思いながら、店を出て再び店内に戻り、「15000円でこのケースも付いているのですか?」
「ええ、もちろん。綺麗でしょ」
「これ下さい」
「傷がつかないようにダンボールに入れますね」
「ええ、大将軍神社に参るので、その帰りに寄ります。先払いしておきます」

店外に出て、家内と20mほど歩いたところで、「あのさあ・・・買っちゃった。
壊すかもしれないけど、あれは破格にお安いと思うんだ」
「うん、いいんじゃない。壊すぐらい喜んでくれたらいいね」って。

北野神社・平野神社・大将軍神社 2/3

4/12・京都・北野天満宮2

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左右に弓矢を持って座った道真さんの像が守る「楼門」を入ります。
本家のここの像も仁王像じゃないから、やっぱり阿吽ではないよねって確認するのも楽しい。
嫡孫誕生で、この道真さん定番の像を五月人形としてプレゼントしました。

親父か爺ちゃんか婆ちゃんか、誰に買ってもらったのかわかりませんが、僕はとても大きな立派な武者鎧・兜・面・弓矢・刀フルセットの五月人形を飾ってもらっていました。
親父は、僕の長男が生まれた時に、ガラスケース入り金太郎五月人形をプレゼントしてくれました。
金太郎さんの顔が優しく迫力に欠けていました。
次男の誕生日には、ガラスケース入り弓矢刀セットでした。

僕は、嫡孫のために我が家に縁のある天神さん五月人形を探しました。
菅原道真さんの子孫が、美作守として美作に赴任し、以降武士集団化した「美作菅家党」という集団があります。
僕はその末です。
地元・岡山県の人形屋さんに当たりましたが、製造していません。
同じく子孫の前田利家の加賀には、たくさんありました。
今でも加賀では、五月人形といえば、天神様だそうです。
そこで買い、プレゼントしました。

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楼門横の「絵馬殿」で見上げると、素晴らしい絵馬が多数掛かっています。
様々な願いが込められていたり、お礼の奉納だったり、年月を経て彩色の落ちたそれぞれの絵馬を見ながら想像します。
「宗像社」「稲荷神社」

「猿田彦社」には、「猿田彦神」と「大宮売神」が相殿になっていました。
猿田彦は天照大御神の孫ニニギが、天孫降臨して大国主命が治めていた「葦原中国」(地上)を引き継いだ時の露払いをした神様です。
交通安全だったり、「導く」をキーワードにいろんな所に祀ってあり、好きな神様です。

「大宮売神」は馴染みがありません。
謂れを読むと、「芸能の神様」と書かれています。
芸能の女神・・・「あれっ」っと思ったら、「天細女命」とイコールだそうです。
天照大神が岩戸に隠れた時、ストリップまでして男神を喜ばせ、興味をもった天照大神を引きずりだした大英雄です。
『愛嬌のある顔立ちの神とされ、「おかめ」のモデルとされる』と、よくある紹介文でしたが、僕は天細女命は弁天様同、お色気満点の美女であったと疑わない。
でもまあ、絶世の美女が半裸で踊ったら、男神とてシーンと見入ってしまって、拍手喝采は望めなかったかも・・・。

他にも様々な摂社がありました。
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屋根から降ろされたのであろう梅鉢紋の鬼瓦が軒下に置かれていました。
「こういうのは頂けないものなのだろうか?」とちょっと色気が出ました。
家内が一緒でなかったら、ダメ元で交渉していたでしょう。

「三光門」を入ります。
檜皮葺の拝殿本殿が、素晴らしい。
祈祷申し込み机を見ると、天神様の得意分野「合格祈願」の他に、「合格お礼」もありました。
なるほど、合格後の方が初穂料がはずまれるかも・・・商売上手。
うちの近所の氏宮・天満宮さんは、ここまでしてないな。

祈祷初穂料とお下がりの内容が写真紹介されていました。
基本撤饌+合格祈願梅干=8000円、+神梅酒=10000円。
神社側の利益率は最高ですね。
いや、あくまで初穂料と神様からの授かり物です。

拝殿にお参りしました。
家内がおみくじを引くと言い出しましたが、引いたおみくじ棒を持っていく西側の社務所売店が開店前でした。
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拝殿の多くの蟇股の彫刻が、翁媼の様々な表情で、これがナイスでした。
御札と絵馬を買おうと思っていたので残念に思いながら東側に出ると、そこに売店ではない社務所がありました。

中に入ると、ちょうど神人さんが出てこられました。
「御札はありませんか?」と聞いてみると、出してくれるそうです。
御札と絵馬を手にい入れることが出来ました。
絵馬は持って帰る予定でしたが、絵馬を掛ける場所を教えてくれ、サインペンまでもらいました。

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本殿裏の絵馬掛け場を見ると、ものすごい量の絵馬が掛かっていました。
希望大学名などもかなりの難関が多数書かれており、きっと遠くから来られたのだなと想像されました。

次は、ここから西北の位置にある「平野神社」です。
北側に出入口がなさそうで、遠回りになるなと思って、掃除をされていた方に聞くと、裏門(北)から出られると教えてもらいました。
本殿裏にある「文子天満宮」まで来たら、北門が見えていました。
本殿側から直接見えなかったので、出入口がないと思っていました。

「文子(あやこ)天満宮」とは変わった名だなと謂れ板を読むと、
『道真さんが亡くなった後、巫女・多治比文子に道真公の心霊が乗り移りました。文子はとりあえず自宅に御霊をお祭りした。これが北野天満宮の発祥です』
と書かれていました。

この故事は、何度か目にしています。
少し下った「平将門の乱」の小説にも出ていたエピソードです。
道真の子が関東に下り、将門と会っています。
やはり現地を訪問すると、いろんな事を知ることが出来ます。
面白いな。
僕の歴史興味に付き合って、僕のペースで巡らせてくれる家内は最高です。

4/12・京都・北野天満宮

日曜日は、前週に続き、大学ヨット部の新人勧誘試乗会を手伝いました。
10時に、大学時計台前に行けばいいので、朝少々時間があります。

先週に続き家内も予定がないので、NHKおはよう関西でやってた京都の桜の名所・「平野神社」を観に行くことにしました。
場所を調べると、去年京都レンタル自転車サイクリングで、家内が疲れちゃって断念した「北野天満宮」の近所です。
神社はお寺と違い、ほとんどのお宮が24Hオープンなので気楽です。
社務所など中核部オープンは、北野天満宮が5時、平野神社が6時です。

4:30に目覚めたので、お天気チェックなどでゴソゴソし、5時に活動開始です。
黄砂の影響か、車に水垢が目立ってきたので、GSに行き洗車しました。
いつもならトヨタディーラーで洗車してもらうのですが、職場を離れられる昼休みと雨のタイミングがバッチリ合い行けませんでした。

帰宅して、水垢取りで黒い筋を綺麗にします。
僕の車はホワイトなので、水垢が黒い筋で目立ちます。
GS洗車では水垢が綺麗に取れないので、こいつが面倒です。
水垢取り溶液を10倍に薄め、タオルでこすればたちまち綺麗になります。
ホースを伸ばして、ブラッシングしながら、水垢の残骸を洗い流しました。
洗濯物干しまで時間がありそうなので、トーストを食べます。

6:10、家内を乗せ、出発しました。
ちょうどご近所さんのワンちゃんの散歩と同じタイミングになり、「おはようございます」。
中国道~名神、6:46・「京都南IC」で下車しました。
R1を北上し、「東寺」にぶつかり右折、五重塔の角を左折して、JRを越えます。

「梅小路・京都水族館」横~平安高校と西本願寺の間の道を北上し、「阪急・四条大宮」駅から斜め西北へ。
「三条通」に出たので、また北上です。
京都は碁盤の目のように道が作られており、東西の道は、数字の名前になっているので、道がわかりやすくて好きです。
東西道・「今出川通」まで北上し、道標に「北野天満宮:左折」とあったので、それに従います。

天満宮の大きな鳥居が見えたので、駐車場を探さないと・・・と思ったら、鳥居の横に駐車場案内がありました。
参道の横が駐車場でラッキーでした。

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6:54、全国の天神さんの総元締め・「北野天満宮」到着。
親に連れられて・・・小学校の遠足で・・・、過去4~5回来たように思うが、家内は初めてとのこと。
あれ~僕のルーツなのに、不覚にも子供たちを連れてきたことがなかったようです。

朝一番なので観光客もおらず、地元の方が毎朝のお参りに来られているぐらいです。
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空いてる参道を歩き、天神さんの代名詞・牛を眺めたりしながら、家内は気持ちが良さそうです。
家内のこういう姿を見るのが大好きです。

菅原氏の家紋は「梅鉢紋」なので、梅が沢山植わっています。
参道脇には、梅林が造営中です。
造園業者のトラックが停まっていましたが、このような神社を顧客に持っていたら、1年中仕事がありそうです。

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「伴氏社」・・・伴氏は、古代氏族・「大伴氏」です。
なぜこんなとこに伴氏のお宮?と、謂れ板を読むと、菅原道真の母親が、伴氏出身だったそうです。
知らなかった~

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「6月1日雷除大祭」のポスターが貼ってありました。
道真さんは、901年藤原時平はじめ藤原氏の陰謀で、無実の罪を着せられ大宰府に左遷されます。
道真さんの血筋と天才ぶりが、天下を握っていた藤原氏長者・時平さんの脅威だったのでしょう。
菅原氏は、古事記・日本書紀に記された天照大神の息子・天穂日命の子孫です。
天孫降臨した天照大神の孫・ニニギの叔父さん。

903年に太宰府で客死した道真さんの復讐劇が始まります。
藤原時平はじめ、その息子たち数人が若くして亡くなり、道真さん失脚に加担した藤原氏の面々、時平の甥でその権力をバックに醍醐天皇の皇太子になった親王が若くして死に、新たに立った皇太子も夭折した。
そして醍醐天皇自身もまもなく死去。
しかし、道真に好意的だった時平の弟・忠平は無事で、藤原北家の嫡流を継いで隆盛した。
死者の中に雷に打たれて劇的な最期を遂げた人物までいたので、雷神・道真となり「道真の祟り」が恐れられた。

そして道真の怨霊を鎮めるために、道真の左遷を撤回し、官位も戻した。
947年、菅原道真・鎮魂の宮・「北野天満宮」が建立され、959年、漁夫の利を得た忠平の息子が建物を寄贈し、壮大な宮になった。
謂れ板と、僕の脳内知識を合わせると、ざっとこんな感じです。
いや~楽しい。

北野天満宮・平野神社・大将軍神社 1/3

プラチナ・プレスマン・シャープペン・速記用

仕事でいろんな筆記具を使いますが、シャープペンシルは0.5ミリ・HBが定番でした。
鉛筆系は、ボールペンのように書いてる途中で色が薄れることもなく、書き心地が滑らかで好きです。
唯一の難点は、時々ポキンと折れることです。
それとたまにFAXの写りが悪いこと。

この両方を改善すべく、いいものはないかと気にかけていました。
数年前に、「これは?」というモノを見つけました。
記者さんなどが使うプロ速記用筆記具です。

プラチナ・プレスマン・シャープペン・速記用 2B・0.9ミリ
外観は普通のシャープペンシルで、お値段も1本290円。
替芯も10本ほど入って100円なので、お試しに2つ買いました。

書き心地は、2Bなので、HBより更に滑らかです。
芯が柔らかなので折れやすいかなと先入観があったのですが、0.9ミリの太さがあるためか折れません。
文字が太いのでFAXでも、ボールペンで書いたように太く見やすく相手様に届きます・・・グッドです。

替芯は、シャーペン本体に1本しか入りませんが、替芯が長く、途中でポキリがないので、芯交換作業は忘れた頃にやってきます。
替芯は100円で十分でした。
さすが時間が勝負のプロ記者御用達筆記具です。
僕はこれを愛してしまい、ずっと愛用しています。

4/6・植木畑

この日の早朝サイクリングは、いつもの猪名川土手ではなく、近所の植木畑の定期巡回をしました。
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ソメイヨシノの花期は終わりましたが、桜にも様々な種類があるので、満開のものからこれからのものまで、目の保養になります。
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自宅の庭は、雑草ジャングルシーズンが始まり、最も勢いの良い時期です。
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あっという間にそれらがはびこってきて難儀なことですが、あちこちでユリの首が伸び始め期待大です。

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いつもの場所にもチューリップが伸びてきました。
今日のチューリップは、綺麗な赤や黄色の花を楽しませてくれており、長男結婚記念植樹したハナミズキが、ピンク系の花をつけ始めています。
ささやかながら家庭に土があると、季節を感じれてナイスです。

4/5・大学ヨット部・新人勧誘 3/3

新人勧誘隊長・大畑君から、前日の土曜日に24人も来てくれたこと・本日は雨模様なので、ヨットの第一印象を考え人数を7人に絞ったこと・タイムスケジュールを聞く。
10時、ヨット部員達は、新歓に向けて、それぞれの持場に散っていく。

車でハーバーに向い、艤装を始めた学生たちを横目に、早めのお昼ごはんにしました。
ラーメン屋に向かうが開店前、近隣の他の店も開店前だったので、マクドナルド柳が崎店で、フィレオフィッシュとファンタグレープ小で399円。

ハーバー艇庫に戻ります。
予定では、13時に京都の学校正門で、新入生をピックアップするので、13:30新入生到着予定です。
今まで毎回、学校正門前でピックアップする方を担当していたので、ハーバーで待つのは初めてでした。
偽装を終えた学生たちとあ~だこ~だ話します。
ジャニーズ系の2回生Tくんに、女子が来たら正面に座わるようにと冗談を飛ばしながら・・・、Sくんは伊勢谷友
介並みの男前やなあ・・・なんて思いながら。
Mさんは、いつものマスク姿じゃなく、素顔で働いています。
せっかくのお顔をマスクで隠すのはもったいないとずっと言っていたが、やはりこっちの方がいいぞ。
僕が合宿所で話している時やってきた監督は息子の同期で、ミーティング後いろいろ話しましたが、試乗会には参加せず、OB会のミーティングの方に行きました。

13:30新入生到着。
第1便の男子3名を迎えます。
続いて、Kくんが女子大からマネージャー候補女子3人を連れて登場。
さぞ車内はハーレムだったでしょう。
羨ましいぞ。
まずはおくつろぎタイムで、艇庫内のブルーシートの上でお菓子を囲み、部員があれこれ喋りかけます。

雨は1ミリを越えないものの、強弱を繰り返しながら断続的に降っています。
新入生女子に濡れないようにドライスーツを着せ、男子はまあそれなりのカッコに着替えさせ、ライジャケを着て湖面に出ます。
順次2種類の艇に乗り換えさせ、西村写真館がカメラに収めます。
空白の時間に、女子にレスキュー艇ドライブを教えます。

後からやってきた新入生1人を迎えに戻ったりしながらワイワイやってたら、雨が上がるのと同時に風も止んでしまい、16:30着艇。
片付け中に着替え終わった新入生5人+女子マネを乗せて、車で合宿所に戻りました。
新入生は、雪国でもないのに、まさかの2Fから入るのにビックリしながら、また部員のトーク渦に巻き込まれます。

ここから歓迎鍋パーティーが始まるのですが、あいにく改装中故、調理ができません。
大半の部員が戻ってきたので、TGくん司会で、食なし歓迎会が始まりました。
恒例の自己紹介です。
名前・学部・出身地・出身高校・高校時代のクラブ・・・など、新入生が一言しゃべる度に、部員が「名門出身や~」「俺と同郷や~」とどうでもいい野次が飛びます。
「クラブの紹介PV2015」を流し、これにも野次の連続で、新入生は落ち着いて鑑賞できません。

キャプテン挨拶に続き、僕のお話です。
ヨットは安全なスポーツ・ヨットは男女差のないスポーツ・ヨットは生涯スポーツ、琵琶湖周航の伝統行事がある、今年
はクラブ創設80周年琵琶湖観光船ビアンカ貸切パーティーもあるよと話しました。
合宿所行事はこれで終わり、新入生を囲んで夕食を食べに出ます。
僕はここで離脱です。

18時に合宿所を離れ、お腹が空いたので、脇目もふらず一路自宅へ。
湖西線は快適だったが、R1との合流で少し渋滞し、名神高速は快適でしたが、茨木手前で落下物処理のためまた渋滞しました。

19:20頃、帰宅。
「おかえり~」と明るい声で迎えられ、家内から「今日は神戸・姫路なの」とお気に入りのモヤモヤさま~ずを見ている。
荷物を片付け、「モヤモヤさま~ず」を見ながら、家内が用意してくれた夕食を食べました。
食後にケーキが出てきて、「今日、イースターだよ」と。

イースターは僕らの結婚記念日です。
結婚した年のイースターは3/16でしたが、今年は4/6なんだって。
イースターは、十字架に架けられたキリストが復活したキリスト教最大の記念日です。
素晴らしいとこの日にしたのに、宛にしていた中学の宗教主事の先生は、ご自身の教会の用事で無理・・・結局中学の校長先生に式を挙げてもらいました。

キリスト教国では、クリスマス休暇同様にイースター休暇があり、ヨットレースもこの時期にあります。
ジュニアヨットに関わっていた時は、日本の春休みとオーバーラップしていたので、参加しやすかった。
イースターは、春分の日後の最初の満月の日、さらにその後の最初の日曜日というややこしい日なので、毎年祝日が変動します。

食べ終わり、そのままTVを見ていたら寝落ちてしまいました。
家内に起こされ、お風呂に入り、自室の布団に入りETV「クラシック音楽館」を聞きながら寝てしまいました。
6時目が覚めたので、9時間ほど寝ました。
いつも月曜日は寝坊さんです。

4/5・大学ヨット部・新人勧誘 2/3

コピーしてきた2枚組み資料を床に広げ、ホッチキスで止め始める。
寝室から部員が出てきたので、「おはよう、暇?これをホッチキスで止めてくれないかな?」「はい」
彼に任せ16枚組の資料を床に広げ、そちらの準備に掛かる。
1人・2人と起きてきたので、「おはよう、各1枚ずつ16枚を束にしてくれる?」「はい」
次々学生が起きてきたので、彼らに任せ、僕はその他ミーティングの準備をする。

窓入口から、通勤でやってきた学生たちが続々入ってくる。
2Fの広くなった台所ルームを見に行くと、女子マネージャーもやってきて、「うわあ広い。綺麗」とワーワーやってます。
1年前のシーズンオフに2Fの寝泊まり部分が改装され、今オフは、1Fトイレ改装・シャワールーム増設・入口変更&2F台所改装です。
内部は山小屋風でいい感じの合宿所に変身しました。

僕が忘れ物を取りに車に戻ったので、定刻8時を5分過ぎて、キャプテンの挨拶でミーティングが始まりました。
事故の詳細をキャプテンに話してもらい、その状況から考えられるミスや、そうならないためにどうすべきかなど、僕なりの分析を披露した。
本来はみんなで話しあう時間を持つ方がいいのだが、それは部員内で終わっているので重複を避けました。

消防署の「応急手当講習テキスト」のコピーしてきた部分を輪読し、僕が講習で感じた細かい注意を話す。
続いて胸部圧迫・人工呼吸&AEDの実技を、ちょうど輪読の順番が回ってきた部員2人に、声掛け・心拍確認・周りの方への協力要請(110番・AED調達)・・・やってもらいます。
これがかなり盛り上がった。
大半の学生は、中学・高校時代や、その他の機会で胸骨圧迫やAED実技を、1度は見ているのでおさらいです。

続いて、「Sports Japan誌」のコピーを輪読します。
沢松奈生子さん(元プロテニスプレイヤー)の連載「スポーツ指導を考える」最終回「スポーツ指導・日本と諸外国6・結果ばかりを求めるのではなく、楽しいと思わせる指導を」です。

沢松さんは、お父さんの仕事で10歳までドイツで過ごしました。
お父さんから日本式の星飛雄馬の指導を受け、ドイツ人コーチから「ラケットをこう握りなさい」「ボールはこう打ちなさい」という指示が一切なく、「どう打ってもいいから、ラケットを使ってあの的に当ててごらん。当たったらアイスクリームをご馳走してあげるよ」という非常に楽しい指導を受けました。
「毎日でもテニスクラブに行きたい」という楽しい気持ちを今でも覚えているそうです。

あとからお母さんに聞いたところによると、テニスクラブに通い始めて1年ほど経ってドイツ人コーチに、「あなた方は、奈生子に生涯スポーツとしてテニスを楽しんでもらいたいか、それとも数年でやめさせもいいのか、どちらですか?」と言われたそうです。
当時ボリス・ベッカーやステフィ・グラフなどが台頭し、黄金期を迎えようとしていたドイツテニス界の真髄を知ったといいます。

10歳ぐらいになって試合に出るようになっても、ドイツ人コーチの指導はあまり変わらなかった。
日本では試合に負けると、すぐ弱点をカバーする練習をするけど、「試合には負けたけど、サービスは良かった」と声を掛けてくれました。
そんなことが書いてあります。

僕がスポーツ指導者資格を得た時の教科書に書いてあった脳科学から見た脳の構造の話を加えました。
脳は、痛み・辛さ・恐怖から逃れることを優先し、楽しい・嬉しいは優先しません。
よって、学校のクラブ活動で、罵声や体罰で指導すると早く上達ます。
でも次の学校に移るとそのスポーツをやめてしまう選手が多い。
何故かと言うと、脳内の引き出しにそのスポーツと恐怖・痛みがセットになって収納され、もう恐怖に遭いたくないと思う脳は、そのスポーツ=恐怖として奥の引き出しに仕舞われ、離れようとします。

反対に、喜び・楽しい・嬉しいと結びついたスポーツは、セットで手前の引き出しに収納され、すぐに取り出せるように・すぐ
に浮かぶようになってるので、一時そのスポーツから離れても、再び再開しようとします。

僕が高校時代にクラブで受けた体罰とそれへの反発。
大学ヨット部で組んだ先輩のドイツ人コーチこのままの指導で、インターハイにも行けなかった並の選手の僕が、学生トップクラスにまで行けたこと。
15才以下のジュニアヨットクラブでの指導で、日本一楽しいクラブと言われるようになり、ナショナルチーム選手を輩出出来た実績などを話しました。

予定の10時終了を5分オーバーして終了。
横に座っていた2回生・松原くんが、「すごく良かったです、ありがとうございました」って褒めてくれた。
彼はいつも積極的で明るい。
リーダータイプなので、将来会社の中核でバリバリやりそうです。
みんなの顔も満足そうだったので、概ね成功のようです。

4/5・大学ヨット部・新人勧誘 1/3

日曜日は、大学ヨット部の新人勧誘試乗会のお手伝いに行きました。

まず、1週間ほど前に、他大学の練習中に事故が起こったので、この機会にもう一度安全についてミーティングをすることにしました。
キャプテンに連絡すると、分かった事故の詳細を土台に、クラブで話を持ったそうです。
でも足らない点もあると思うので、話をしてほしいと頼まれました。
新歓準備前に、2時間の時間を取ってくれました。
安全こそ最優先です。

数年前に、心肺停止状態からの胸骨圧迫蘇生術・AED使用講習をした時、僕が消防署からもらった冊子を合宿所の冷蔵庫横にぶら下げておきました。
どうやら合宿所改装により行方不明になったようで、数日前に消防署に行って、2部いただいてきました。
これを読み返し、P1~P16までを使おう。
それに加え、ちょうど届いた体育協会からのスポーツ指導者向け冊子「Sports Japan」に載っていた、沢松奈生子さんの連載2ページを使うことにしました。

土曜日の仕事後、それらをコピーし帰宅すると、次男がいました。
仕事で京都に出張してきたそうで、1泊するそうです。
今年の正月に結婚してから初の夫婦別泊のようです。

僕からの僕ら夫婦の近況報告メールが、文字好きゆえ長いから、お嫁さんはその返事も長く返そうと頑張っているらしい。
次男は、「親父は好きやから書いてるだけなので、適当に返していたらいい」と言ってるそうです・・・正解!
「読みやすい良い文章を書くやろ、作文力のある子は頭がいいから」と核心をついた事を言う。
僕も全くその通りだと思う。
同僚や取引先の社員を見ても、仕事のできる人は総じて読みやすい文章を書く。
作文といえど、構成や単語の選択や使い方に知性が現れるから、論理的な数学に似ているような気がする。
よって、一番頭の賢い集団は、理学部数学科に通うやつと、作家だと思っている。
特に史伝作家は、資料集め・整理から始まるので、根気のいる大変な職業だと思ってる。
「あの子はいい子や。いい人をお嫁さんにもらったと思うわ」と次男に返しておいた。

「明日琵琶湖に行くけど、一緒にいくかい?」
「新人勧誘・試乗会やろ・・・やめとくわ」と、僕が植えた結婚記念植樹などを写真に収めていました。
なんだかんだで、いつもより遅く23時頃寝床に入ったので、6時に目が覚めるか心配だったが、4時に目が覚めました。

早過ぎるので、資料に目を通しながら、ミーティングの流れの最終チェックして、6:10に出発しました。
コンビニでおにぎりを買い、GS後、一路琵琶湖へ。
小雨が降っています。
天気予報では、1日中1ミリの降水予報なので、ずっとこんな天気だろう。

7時に到着。
合宿所改装中なので横の駐車スペースを使えないということで、キャプテンに教えてもらった場所に車を置き、おにぎりを食べる。

資料を詰めたかばんを持って、琵琶湖側から合宿所に向かう。
雨が降ってるので水たまりが出来ており、それを避けながら。
合宿所はブルーシートに覆われている。

いつもの入口はなくなっている。
琵琶湖に面する船だし扉はやはり開かない。
裏に回ると新しい入口ができているので開けようとしたら、ここも鍵がかかっている。
仕方なくブルーシートに覆われた工事用足場に組まれた階段を上り、2Fの窓の外から内部を覗くと、学生が2人座ってペンを走らせていた。

「下の入口を開けて」
「まだ工事中で、僕らもまだ使った事ないんです」
「え~、どこから入るの?」
「ここからです」と、いつも湖面の風の様子を見ている目の前の2Fの窓を開けてくれた。
「え~ここから入るの・・・」

4/2・北摂観福寺・早朝ツーリング

4:30に目覚めました。
くもり予報ですが、週末にかけ雨模様のようなので、迷わずバイク装束に着替えました。
もうネックウォーマーも要らないですが、冬装束を選択します。

「里山VTR250」を倉庫から出し、北を目指します。
5:21、「長尾山トンネル」手前で車載カメラをセットしながら、ツーリングルートを考えます。
r37~後川奥林道~永沢寺~r49が頭に浮かびました。

r325~r33~ショートカット道~西谷農協大池を北上し、r68を北に渡り、波豆川沿いを北上しながら、5:35・定点観測ポイントで激写。
ウグイスが鳴いていて気持ちが良い。

「波豆川」バス停から、r323に乗り西進します。
「高平」で羽束川を渡り、r37に乗り換え北上。
5:48・激写タイム。
再び羽束川を渡り、「十倉」穀倉地に突っ込み、勝手に命名「十倉ストレート」をゆっくり走りながら、左右の耕作前の田んぼの広がりを楽しみます。

r37に戻り、5:54・咲きかけの木蓮・白木蓮を激写。再び走りだすと、右の比高100mほどの低山里山の頂上に東屋のようなものが見えます。
十倉盆地を見下ろす位置なので、中世の山城跡を利用したハイキングコースかも?と、寄り道することにしました。

6:00、「観福寺」着。
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1548年再建の「茅葺き仁王門」がナイスです。
「高平観福の森・入口」の道標が立っています。
どこかな?
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境内への参道の正面に墓地が見え、その奥に朱の鳥居が山に向かって並んでいます。
山頂に神社があるのかもしれません。

菅原道真と同じ「梅鉢紋」の観福寺境内に入ってみます。
「摂津国・33ヶ所霊場・第15番霊場」となっていました。
お大師さんの像があるので、真言宗のようです。
本堂から聞こえていた「朝のお勤め」が終わり、ご住職さんが出てこられました。
「おはようございます」
激写料としてお賽銭チャリン。

ご住職は隣の僧坊に入られ、また読経が始まりました。
本堂の裏に回ったりしていたら、今度は山門の方に行かれてまた読経。
僕がいる間だけで4ヶ所も回られてお唱えされていました。

謂れ板を拝見、『光明山観福寺は、孝徳天皇大化年中、640年頃開基された大覚寺派真言宗の古刹です。976年に大地震が起こり、伽藍が大破しました。985年、多田満仲公が境内に6坊を擁する大伽藍を造営し、鎮護国家の道場たらしめました。兼ねて、高売布神社の別当寺となし、現在に及びます。1541年に大火災があり堂字全て焼失しました。翌年、当地の十倉城主・森本備後守が再建に着手しました。・・・』

集落内に急を知らせる火の見櫓が立っています。
帰宅後、「十倉城主・森本備後守」が気になって調べてみました。
予想通り、観福寺の裏山にあった中世の山城・「川原砦」が、十倉を領した森本氏の詰城だったようで、館跡もあるそうです。
森本氏は、源(多田)満仲の孫の流れだそうで、満仲の時代(平安時代後半)以降、長く摂津源氏の勢力範囲だったのでしょう。

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境内を出て、墓地の方に歩いて行くと、「高平観福の森」案内図が立っていました。
r37から見えた東屋が「とりで広場」として書かれており、予想通り中世の山城を散策路に整備したようです。
墓地前まで行くと、ベンチが多数置かれ、ハイキングの方の利便を図っています。
無縫塔エリアがあり、古い五輪塔などが並べられており、歴代住職のお墓のようです。

帰宅後、森本氏を知っての考察ですが、観福寺は森本氏の菩提寺の可能性が高そう。
ご住職の苗字も森本ではないかな?
墓地内を巡ったが、他のエリアは新しい墓石ばかりで、裏書の建立者の名前が赤い方ばかりだったので、整備されてそれ
ほど年月が立っていないと考え、苗字や家紋を詳しく見ませんでしたが、森本さんが多いのかもしれない。

ハイキングコース入口の鳥居が並んでいる所まで上がってみました。
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振り返ると墓地越しに「大船山」が見え、羽束川を隔てた西の山に朝日が当たり始めて綺麗でした。
「とりで広場33所詣・0.3km・約10分」、とりで広場が最も標高が高いので、お気軽ハイキングコースですね。
白木蓮かな?と近づいたら、同じモクレン科の少し小ぶりな花・コブシが咲いていました。

6時半になったので、帰路につきます。
r37を戻り、羽束川の橋手前を左折し、川沿いの細道を下ります。

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6:41、「下槻瀬・天柏神社」前にバイクを停め、羽束山が綺麗だったので激写タイム。
ここにも火の見櫓。

「半鐘の家」でr323に合流し東進、「波豆川」を右折し南下、r68を渡り、「西谷農協大池」からr33~r325~長尾山トンネルを抜けました。
地元・宝塚山本出光で給油・・・207km/6.41L=32.3km/L。
7:30に帰宅しました。

北摂・観福寺 1/2

3/29・元伊勢ドライブ 5/5

車に戻り、帰路につきます。
r9~R175~、r9で由良川を渡り、綾部まで南下してr74で西進。

再び由良川を渡って、13:46「観音寺」到着。
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左右に仁王さんが守る楼門を入ると、参道の灯籠の間にあじさいの葉が芽吹いています。
6月になると「あじさい寺」になりそう。
ロウバイも咲いています。
「関西花の寺第1番」の木札が下がっていました。

「七観音霊場」というのがあったので、巡ります。
祠の中に観音様がおられ、祠の前に鐘が下がり、木槌で打つようになっています。
7つの観音様を巡った最後に、大きな慈母観音像が立っていました。

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本堂を見学し、床下が見えるようになっていたので覗きます。
礎石の上に本堂の多数の柱が乗っているだけで、現代建築のように深い杭など打ち込まれていません。
地震の揺れをこういうファジーな部分で吸収して、本体が倒壊しないように考えられているのでしょう。

元伊勢神社ドライブ 4/5

r8を東進、R27~R173にチェンジし、我が家に向かって南下開始です。
「質山峠」を越えて、14:40以前から気になっていた「大原神社」に寄り道します。
絵馬殿が、大きな茅葺の屋根で重厚感満点です。
天岩戸の絵馬が掛かっていました。
拝殿は檜皮葺でこちらのマイスです。
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江戸時代に建てられたそうです。

屋根を見上げると、千木が水平切りになっています。
祭神は、伊弉諾尊・天照大神・月読尊。
主祭神はアマテラスの母神・伊弉諾尊かな?
拝殿の彫刻も立派で、財政力がありそう。

摂社に、「火神神社」という檜皮葺の覆い屋で守られた素敵なお宮がありました。
イザナミさんは、火の神を産んだ時に陰部に火傷を負い、それが原因で亡くなります。
本社の主祭神がイザナミだったので、火神をここに祀ったのかな?
なんて連想しました。

R173に戻り、質志鍾乳洞~山内一豊・三宮城~道の駅さらびき~篠山安田R372交差点を通過し、「はらがたわ峠」手前を枝道に入り、前から気になっていた喫茶店「Tree House」に、15:48到着。
R173に看板が出てるし、お店の前の旧道も時々走るので、ずっと気になっていました。
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外にテラス席があり、メニューに家内希望のケーキセットもあります。
激写してたら、ウェイトレスさんが出てきて、「店内は写真禁止ですから」といきなりジャブです。
「息子の誕生祝いでケーキを写真に撮りたいのですが・・・」・・・ダメなら別の店にしようと思ってたら、「店内の作品を写さなければOK」とのことでした。

テーブルには、カメラ禁止・携帯電話禁止と書かれており、映画館のようでした。
でも次に入ってきたバイクカップルも、次の方もカメラで出されたものを写していました。
「ややこしいお店だな」と思ったけど、運用は緩いようです。
落ち着いたウッディーなお店で、カップルに良さそうです。
やってきたケーキセットを入れて笑顔の家内を写しました。
「お父さん、この写真をターくんに送っておいてね」
3/28は次男の誕生日で、3/22にお嫁さんの実家に行ってみんなにお祝いしてもらったようです。
バースデーケーキを持ってニコニコの次男を中心にした家族の写真を、お嫁さんが送ってくれました。

R173に戻り、18:01に帰宅しました。
家内は、「元伊勢神社」が楽しかったようで、ごきげんでした。

元伊勢神社ドライブ 5/5

3/29・元伊勢ドライブ 4.5/5

『岩戸神社の記 偉大な祖神である天照大神は、素盞鳴尊の乱暴な行いに耐え忍んでおられたが、とうとう我慢できず天の岩戸に閉じこもられた。それで世の中が真っ暗になり、悪いことばかり起こり収拾が付かなくなったので、八百万の神は高天原に集まり相談された。そこで天の岩戸の前で長鳴鳥を鳴かせ、真榊の木に勾玉を飾り、御神鏡をかかげ、御弊を持ち神饌物を捧げ、賑やかに歌い踊り音楽し祝詞を申し上げた。天照大神は、外の様子を不思議に思い、天の岩戸を細めに開いて見られたので、御神鏡を差し出し申した。ますます変だと思い、少し天の岩戸から出られたところをお引出し申したので、世の中が明るくなり救われたのである。・・・』

古事記・日本書紀に書かれている有名な神話です。
神社には欠かせない「榊」・・・
天皇家の三種の神器の「勾玉」「鏡」は、この神話に依ります。

・・・が、『・・・天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、ヒカゲノカズラをたすきにかけ、 ツルマサキを冠にし、笹の葉を持って、逆さにした桶の上で踊り始めた。 激しく踊り狂って、陰部まで見せて踊ったので、(男の)神々は歓声を上げて騒いだ。天照大御神は、「私がいなくなって、暗くなっているはずなのに、 どうして笑い転げているのだろう」と不思議に思い岩屋の戸を少し開けて覗き、「なぜ、喜び騒いでいるのか」と訊ねた。
アメノウズメは「あなたより尊い神様がいるからです」と答えると同時に、 岩屋の戸口にいた神が捧げ物の中から大きな鏡を取り出し、大御神に見せた。 岩屋から出て、鏡を覗こうとしたとき、岩戸の側に隠れていた 天手力男神(あめのたじからおのかみ)が大御神の手をつかみ引き出した。 別の神がしめ縄をはり、再び岩屋へ戻れなくした。・・・』
のような、もっと人間の本能に正直なタッチで記述がされている。

古事記の記述は、他にもこんなのがいっぱい書かれており、とても面白いので好きです。このアメノウズメは、芸能の神様で、ストリップ小屋には必ず祀られているとか、そんなことを家内に話しました。

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僕は河原まで降り、河原の大岩の上に鎮座する本殿を見上げました。
岩に鎖が下がり、それを持って登れば、本殿まで上がれますが、河原の石で滑ってコケてすねを思いっきり打ったので、スゴスゴ戻りました。
家内は、河原まで降りずに待っていました。
こっちの方が正解だわ・・・あぁ~痛いよ~

『岩戸山 天岩戸神社の神域は、二瀬川の両岸に広がり、左岸は皇大神社に連続し、右岸は標高427.3mの岩戸山となっています。皇大神社参拝道の遥拝所から、岩戸山東側の美しいピラミッド型の山の姿を眺めることが出来ます。この東側斜面は、天岩戸神社のご神体として古くから保護されてきたことから、ほぼ原生林状態に近い植生が残っており、学術的に極めて貴重な自然林となっています』

カレーを食べた土手に向かって、道を歩きます。
12:47・参道マルシェに戻ってきました。
車に戻らず、マルシェを探索します。
カレー露店の横に手作り露店が出ており、卓上の可愛い鯉のぼりを買おうと思っていました。
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父鯉・母鯉が竿に下がり、大き目な青い鯉の上に男の子が座っています・・・1000円。

更にあちこち歩いていたら、よさ気な布製がま口700円があったのでそれも購入。
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参道の橋に「宇治川から見えるダブルピラミッド」というマルシェ賑やかし案内板が貼ってあったので、周囲を見渡すと、さっきの岩戸山の手前にほぼ同じ形のピラミッド山が重なり、珍しい景色を見ることが出来ました。

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お若い方が、ピアニカ演奏しており、バンドの設営も始まっていました。
もう陽が差し始めており、雨の心配がありません。

桜散りはじめ & 3/29・元伊勢ドライブ 4/5

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我が家の近所は、昨日・一昨日が桜の満開でした。
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桜が散り始めたので、今朝カメラ片手に近所を散歩しました。
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桃畑も満開でした。
観賞用じゃなく、桃の実を集荷する商業ベースの畑なので、受粉したら栄養の浪費がもったいなので、花はあっさり取られます。

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11:46、到着。
絵馬殿を覗くと、大江山山頂・元伊勢内宮・伊勢外宮・伊勢内宮が、冬至の日に太陽の昇る方向に一直線並ぶ古代の神秘と図示されたパネルが掲げられてありました。
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本殿千木は水平切り・鰹木10本の女神スタイルです。
主祭神は、もちろん「天照大神」です。
脇宮は分厚い茅葺き・高床式で、出雲スタイルです。
本殿は、切妻平入りの神明造りで、甘美ではありませんが、素朴な質実剛健な感じがする雰囲気の良いお宮です。

白装束・丸坊主の年配の女性が、10人ほどを引き連れて、祈りを捧げながら、「あんたは真裏の摂社に祈りをささげなさい」とか、全員に指示している。
神道系の新興宗教のようです。
家内のおばあさんも、神道系の新興宗教の教祖様をしていたので、興味深く見ていました。

社務所を覗き、絵馬500円・木札800円・鈴&下がり2000円を授かりました。
これで我が家の屋敷祠も少しグレードアップです。
鈴を見せたら、家内は大喜びしています。
孫くんもおもちゃにして鳴らしてくれるでしょう。

和泉式部の塚がありました。
我が伊丹市にもありますが、和泉式部の塚は全国にあります。
色気のあった美人だったらしく、有力者が彼女を惜しんで乱立させたのでしょう。
恋多きモテモテ美女は、今も昔も大人気ですね。

謂れ板に、『10代・崇神天皇39年・BC59年に、天照大神を永遠にお祀りする聖地を求め、皇女・豊鍬入姫命とともに倭を出御され、ここに御遷幸になり、当社が創建された。皇大神は4年後に倭にお帰りになり、諸所(20余)を経て54年後・垂仁天皇26年に、伊勢神宮に永遠にご鎮座になった。しかし、天照皇大神のご神徳を仰ぎ慕う崇敬者は、引き続いて当社を伊勢神宮の元宮として「元伊勢内宮さん」と呼び親しみ、今に至るも庶民の篤い信仰が続いている』と書かれていまし
た。

「天岩戸神社」への案内板が目についたので、歩いていきます。
しばらく歩くと、「平成13年・天皇皇后両陛下御巡幸記念植樹」の碑が立っています。
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またしばらく歩くと、石造の「遥拝所」がありました。
でも西を向いているので変だなと思ったら、「拝遥嶽」と石造に刻まれていました。
そこの正面に、綺麗な円錐型の山が見えます。
道を歩きながら、木々の間からチラチラと見えていたこの山を、「きれいな形をしているね」と家内と話していたところです。
「一願成就」と石柱に刻まれているので、しめ縄に願いが書かれた絵馬がぶら下がっています。
大昔から続く、日本人の心を感じる。

「天岩戸神社・徒歩15分」の案内板が立っていました。
カレーを食べた土手のところに「天岩戸神社・徒歩5分」となっており、その河沿いを奥に行く道は地形的にこのすぐ下のはず・・・まだそんなにあるの?とがっくり来ました。
が、ここからより勾配を増して下り、5分で12:17・「天岩戸神社」に到着しました。
ここから更に奥に「二瀬川渓谷・3km」と書かれていたので、バイクで来れば、より楽しめそうです。

『天岩戸神社は、大江町の元伊勢三社(皇大神社内宮・豊受大神社外宮・天岩戸神社)の1つで、伊勢の皇大神社の元宮として、古くからこの地方の象徴的存在として崇拝されてきました。天岩戸神社の祭神である櫛岩窓戸命・豊岩窓戸命、門を守る岩石の神様であり、岩戸渓谷の幽玄の地を天岩戸に比定し、古事記の大神の門番神を配祀していると伝えられています』

県会議員選挙 & 3/29・元伊勢ドライブ 3/5

今朝から統一地方選挙が始まりました。
市会議員選挙の1週間は、朝一から20時まで、選挙カーの金切り声がものすごい事になりますが、今朝から始まった県会議員選挙もかなりなものです。

県会は、4期ほど次男の小学校の同級生のお父さんが、公明党の議員さんでしたが、今回その方が引退し、僕の小学校の同級生が市会議員4期から鞍替えしてその地盤を引き継ぎます。
彼は同窓会の世話もしてくれているので、なんだかんだと我が家にも顔を見せに来るのですが、「苦戦だ、苦戦だ」と選挙前になると呪文のように唱え始める。
でも彼は、いつも毎回トップを争う得票数でゆうゆう当選しているから、今回も県会は初戦だけど余裕で当選するんじゃないかと予想しています。

銀行に向かったら、駅前で山口代表を呼んで公明党の出陣式をやってて、大変な人混みになっていました。
党首クラスの来援なので、警察も党の腕章を巻いた方も、応援者の警備に走り回っていました。
その他、「同じ小学校出身だ」とか「同じ大学出身だ」とか、どこで調べるのか投票お願いの手紙や葉書が舞い込むようになる。
国政選挙以外は、政策云々より、こういうので投票する人が多いんじゃないかな?
僕の爺ちゃんは、農業・獣医さんのかたわら村長さん・町長さんをやってて、選挙になると親父が仕事を休んで軍資金持って、1週間ぐらい応援に行ってたので、選挙には関心が高いです。
まあ僕は、共産党・社会党系以外ならOKというスタンスです。

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R175に出て北上。10:32・「大江駅」到着。
駅前に「鬼瓦公園」というのがあり、全国の鬼瓦産地自慢の鬼瓦が並んでいます。
駅の観光案内所兼売店には、鬼関係の置物など可愛いのがたくさん販売されていました。
20150329MotoS144s.jpg
「酒呑童子」の悪役の鬼さんも可愛い。

家内が北近畿タンゴ鉄道の特別列車のポスターを見つけました。
「あかまつ」「くろまつ」「あおまつ」の3両あるそうです。
さっき駅に上がった時に通過したのは青かったから「あおまつ」のようです。
大人気で予約取りが難しいそうなので、「とどまつ」「じゅうしまつ」「おそまつ」と増えていくのかも?

「元伊勢内宮参道マルシェ」のパンフレットがありました。
参道にお店が出るようです。
日時を見ると、3/29(日)本日です、ラッキー。

R175を北上し、すぐr9に入ります。
すぐに、10:50「元伊勢外宮」到着。
長い階段を上がると、丘の上に素朴だけど雰囲気の良いお宮がありました。
豪華さはないけど、出雲式の高床式お宮です。
切妻平入りの神明造りの本殿が、シンプルでいい。
でも部材は太く、質実剛健な頑丈さを感じる。

20150329MotoS164s.jpg
屋根を見上げると、千木は垂直切り・鰹木は9本という男神スタイルです。
外宮の祭神は、「元伊勢外宮豊受大神社」の名の通り、豊受姫なので女神なのですが、伊勢外宮同様に男神スタイルのお宮です。
例外があるけど、主祭神が男神なのに水平切りは少ないように思います。
女神で垂直切りは目にします。

20150329MotoS166s.jpg
拝殿脇に榊が植えられています。
我が家の氏宮の神主さんは、祭事に使う榊を山に取りに行って転落し動けなくなり、その後体が弱って亡くなってしまいました。
我が家の祠脇に、何かの記念で榊を植樹しようかと目論んでいます。

r9をそのまま北上し、11:16「元伊勢内宮皇大神社」到着。
道にガードマンやマルシェスタッフが出て、駐車場の整理をしています。
参道入口の駐車場に入れようと思ってたけど、すでに満車でその先の駐車場に回されました。

空模様はずっと曇っており、ここまで傘は必要ありませんでしたが、少し歩きそうなので傘を持って出ます。
お宮の方に歩いて行くと、参道の終点・お宮への階段上り口に出ました。
途中の民家の玄関では、たくわんや赤唐辛子の無人販売をしていました。

参道を見ると、マルシャの幟が立ち、テキ屋風ではなく現代風露店が並んでいます。
お昼には早いですが、小腹がすいたので、一番お腹が満足しそうなカレーのワゴン車に向かいカレー(中)450円を2つ注文しました。
20150329MotoS173s.jpg
家内と並んで土手に座り食べます。
小雨が落ちてきましたが、空は明るく土手も濡れていません。

20150329MotoS175s.jpg
小腹が満足したので、階段を上がります。
ここの御札を授かろうと思っていたので、坂道の途中にあった社務所風のとこを覗きました。
お守りや御札が並んでいましたが、誰もいません。

教育勅語の原文も並んでいたので、初穂料を渡せば手に入れられるのかも?
現代文のなら考えたけど、原文は読み難いのでパス。
長い階段が続きます。鎮守の森の杉が立派です。

元伊勢ドライブ 3/5

3/29・元伊勢ドライブ 2/5

R9~R429経由で、8:54「長安寺」到着。
掃き掃除をしていた方から、「御朱印ですか?」と聞かれました・・・「いいえ」
駐車場に入れると、バイクがやって来ました。
家内が「若者かと思ったら、ヘルメットを抜いだらおじさんだった」とニコニコしています・・・まるで僕みたい。

かなり大きなお寺で、「9時~4時半・大人300円」の拝観料が必要と書かれています。
誰もいないし、掃き掃除の方も何も言わないので、カメラを抱えて入って行きました。
「西国33札所・観音霊苑」というのがあり、各札所の観音石像が立っています。
ここを回れば全ての札所を巡ったのと同じ御利益があるのでしょう。

色んな色の梅が咲いています。
まだ蕾ですが、枝垂れ桜も存在感を示しています。
「えい歯碑」の案内板がありました。
福知山藩の藩主・朽木綱方が、福知山平野が一望できるこの寺を愛し、抜けた歯を埋めたそうです。
「姫髪山」登山道脇にあるようです。
この山の名にも謂れがありそう。

「薬師堂」内部に入れました。
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レプリカ十二神将・レプリカ日光月光・修理中故写真のみの薬師如来坐像が、精緻な彫刻を施された仏壇に鎮座していました。
京都東寺のそれとは大違いですが、脇侍の十二神将まで揃い、薬師如来一座の定番に則っています。
20150329MotoS064s.jpg
それより天井の龍の絵です。
暗い室内の小さな明かりに照らされ、なかなかの迫力です。

無縫塔が並んでいます。
ざっと見て40基あります。
25年×40=1000年。
平安時代まで遡れます。後で読んだのですが、謂れ板には1400年前・用明天皇の第3皇子(聖徳太子の実弟)が勅命により大江山に住む鬼賊征伐の途中、戦勝祈願で薬師如来像を刻み、奉祀されたのが始まりだそうです。
福知山初代藩主・杉原家次の墓・五輪塔がありました。菩提寺のようです。

「西国33札所」巡りに、見慣れたお寺名がないので変だなと思っていたのですが、謂れ板に書いてありました。
真言宗のお寺でしたが、1530年に禅寺に宗旨変えし、「臨済宗南禅寺派」に属しているそうです。
「西国33番札所」と一字のみ違いますね。
微妙・・・

「弁財天」が小さな池の中央の祠に祀ってありました。
弁天様といえば、滝や池の辺りに祀られるのが定番で、女神だから子宮内の羊水に因んでいるのかなと思っていたのですが、謂れ板に
『弁財天は、インドの五河地方の河神として崇拝され、後に梵天の妃とされた。我が国では「吉祥天女」とともに最も多く信仰された。もともと河の神であったから、日本では弁天の祀堂は、湖のほとりや海のほとりにある』
とありました。

R9に戻り、北上します。
「北近畿タンゴ鉄道」と並走して走り、1両の黒い列車や4両編成の列車の姿を見ました。
家内が「クロマツ」っていう大人気の列車だよと教えてくれました。

r528に入り、9:49「天寧寺」到着。
椿が綺麗な真っ赤な花を付けています。
トイレの裏からグラウンドゴルフ場が見えます。
たくさん車が停まり、サンデー毎日さんがプレイに興じています。
ゲートボールより豪快で、ゴルフほど大層ではなくいいね。

謂れ板に、『天寧寺は、臨済宗妙心寺派に属する禅宗寺院で、1365年地頭の大中臣宗泰が自らの氏寺に開山した。足利義持ら将軍家の帰依を得て大いに隆盛を誇った。・・・』
屋根に足利氏の「二引紋」瓦が載っており、足利氏の影響を感じます。
20150329MotoS103s.jpg
檜皮葺の「薬師堂」が目を引く見事さで美しい。
堂内に「二引紋」の下がりを下げた仏壇がありますが、わりあい明るくて広々としています。
横の僧坊から法事のお経が聞こえていますが、本堂とも言える薬師堂内でも、椅子を入れて法要があるのかもしれません。
江戸時代の建造物だそうです。
20150329MotoS113s.jpg

r528を戻り、r529で東進すると、「北近畿タンゴ鉄道」をくぐりました。
小さな「下天津駅」があったので、10:14寄り道します。
階段を上がると、『ど使用済みん切符はこの箱に入れてください KTR』と書かれた黄色の箱がありました。

当然、無人駅です。
20150329MotoS129s.jpg
高架駅のホームに出ると、南北にトンネルが有り、ホームから北側のトンネルを覗くと、更に次のトンネルが見えます。
待合室に時刻表があり、1時間に1本平均です。
「いいな」と思っていると、列車の音です。
慌ててムービーに切り替え、通過列車を撮りました。
家内が言ってたスイーツが食べれ、景勝地では低速運行や停止する観光列車「くろまつ」でした。
カーテンが付いてて、1両だけど豪華でした。
ちょうどホームに上った時に来るなんてラッキーです。

元伊勢ドライブ 2/5

3/29・元伊勢ドライブ 1/5

姪(義理姉の次女)の新築祝いに行く予定でしたが、彼女の体調不良により前日にキャンセルになりました。
姉夫婦・甥夫婦・義理兄の妹さんと僕ら夫婦で押しかけ、ワイワイやろうと思っていたのですが残念です。
彼女は、僕の息子達と同年代ですが、若年性糖尿病でインシュリン注射をしなければならない体です。
数日前から風邪を引いてしまったと姉から連絡が入っていましたので、無理しない方がいいなと思っていたら、大事を取ったようです。
お料理を用意して・・・と張り切っていたようなので、姪自身が一番残念だったでしょう。

予定では11時に富田林の新築宅集合だったので、朝一に家を出発し、奈良盆地の東丘陵にある「九品寺」~「一言主神社」~「名柄集落」~「高鴨神社」を20kmほど歴史探索サイクリングしてから、富田林入りしようと思っていました。
新築祝いが中止になったので、奈良サイクリングを拡大しようとも思いましたが、お昼ごろ雨の降る確率は改善されず、それも中止にしました。

兄夫婦や甥夫婦を誘って、京都東山トレッキングも考えましたが、天候不良での山歩きは不安です。
大阪湾セイリングも、ゲストを呼んで雨は頂けません。
南紀ドライブ・備前ドライブ・伊勢ドライブ・・・などツーリングマップルを見ながら思案し、福知山の元伊勢外宮・内宮ドライブに決定しました。
福知山駅に寄って観光パンフレットを見て、適当に巡ろう。

家内の用事や僕のヨットなどで久しぶりの家内とのデート・・・ウキウキし過ぎて3時台に目覚めちゃいました。
暇なので、福知山市の観光案内ウェブサイトを見てみました。
そこに紹介されている寺社を地図にチェックしていき、ルート設定しました。
福知山市街地にある「御霊神社」から、長安寺~天寧寺~元伊勢外宮~内宮~天岩戸神社~観音寺~大原神社です。
ゴリラナビに入力します。

4時前に階下で家内が活動し始めました。
休みの日でも洗濯をし、朝食を作る家内には頭が下がります。
6時前に階下に降り、TV見ながら朝食を食べて、車の中でゴソゴソ。
ワンちゃんのお散歩にやってきたご近所さんに挨拶など・・・。

6:45に出発しました。
宝塚ICから中国道に入り、舞鶴道に乗り換え北上し、「西紀SA」でトイレ休憩しました。
再び北上を開始し、「福知山IC」下車。

R9を西進し、8:10「JR福知山駅」到着。
福知山市の観光パンフレットを頂きに行きます。
駅内の観光案内所はまだ開店前で、JR備え付けのパンフレットは、京都や大阪など遠くの物ばかりで地元観光パンフがありません。
住み分けしてるつもりでしょうが、案内所はお役所仕事なので時間が限られているし、主要駅にしかありません。
駅に置いておけば、電車のお客さんも増えると思うのだけど・・・

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駅前に置いてある福知山線で活躍したSL・C11&転車台の一部を激写し、朝GPSに入れた「御霊神社」にセットします。
8:26到着。
駅からすぐ近くの市街地にあるお宮でした。
20150329MotoS034s.jpg
明智光秀の霊も合祀されたお宮らしく、武者の彫刻も入っていました。
光秀直筆の手紙も保存されているらしく、我が伊丹の有岡城に籠った荒木村重攻めの陣から送られてきたものも遺っているそうです。

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拝殿の正面柱に、「祝・○○様結婚式場」と書かれており、ちょっとハッピーな気持ちになりました。
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摂社に「堤防神社」がありました。
謂れ板に、『福知山は、豊かな由良川の流れに多大な恩恵を受けてまいりましたが、時として大洪水となり、大きな災害を受けることが度々でした。・・・昭和59年に「堤防神社」を建立いたしました。・・・』と書かれています。
去年も氾濫し、市内の多くが水に浸かりましたね。
でも堤防神社というのは珍しい。
土建屋さんが、利益の一部を寄付したのでしょうか?

梅が綺麗に咲いています。
「叶石・かなえいし」として、さざれ石が祠に収まっていました。
君が代の歌詞にもありますが、さざれ石もよく神岩門して祀られていますね。
小さな祠を見て、家内が「お父さん、うちのお宮にも「しめ縄」や「鈴」をぶら下げたら」と提案してくれました。
我が家のはもっと小さな祠ですが、朱鳥居が追加され、全て僕が書いたのですが絵馬もぶら下がっています。
狛犬の代わりに、「狛シーサー」が左右に控え、正面には上杉謙信像が鎮座しています。
賽銭箱もあり本格的になったと思っていましたが、しめ縄がないね。
孫くんがやってきた時、鈴がぶら下がっていると、おもちゃにして鳴らしてくれそう。

元伊勢 1/5
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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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