日本神道って、宗教なのかな?

日曜日、福知山市の「元伊勢内宮」に参拝後、「天岩戸神社」に歩いて行きました。
その途中に、遥拝所がありました。
神社・遥拝所と言えば、東向きに日の出を望むシチュエーションが想像されますが、そこは西向きでした。
山道の一角の木々が切り払われ、正面に綺麗な円錐型の山が望めました。
天岩戸神社の謂れ板で後にわかったのですが、その「岩戸山」も神社の神域で、ほぼ原生林のまま貴重な自然が残っているそうです。

それを拝みながら、神道は宗教なんだろうか?と疑問が湧いてきました。
日本人の日本神道は、キリスト教や仏教とは、ちょっと違うように思う。
神道=天皇崇拝=軍国主義
太陽崇拝=日の丸・日章旗=軍国主義
太平洋戦争に導いた「悪」の象徴とされた時代があり、現在でもインテリと言われる教職員の一部には、「日の丸」や「君が代」を毛嫌いする人がいる。

でも神道は、八百万の神に感謝する気持ちで、山に対してはそこから流れてくる綺麗な水を飲み、それが育む田畑の食物を食べて生活できている・・・恵みの水を絶えず供給してくれる山に感謝する気持ちが形になっただけのように思う。
自分を取り巻く自然に感謝する自然崇拝でしかなく、それを専門職にする神人がいる。
そのトップが、天皇であるだけのように思う。
アメリカネイティブインディアンが、自然の恵みに感謝して儀式を行うことが宗教と言えるだろうか?
アンデス文明やインカ文明にも、自然崇拝の儀式が存在した。
一神教のキリスト教やイスラム教が、異教徒を滅ぼそうと戦争した歴史のようなものは、神道にはないように思う。

天皇さんの日常生活は、決して表に出ませんが、皇太子妃・雅子さんが心労になるぐらいだから、朝から晩まで大自然に対する祈りの時間を、しきたり通りに繰り返しているのだろう。
東日本大震災の時、東北の海に向かって天皇皇后両陛下が深々と頭を下げている姿を見て、祈り慣れていると感じました。
古代から天皇を頂点に脈々と続いてきた日本神道を、欧米列強の植民地化から日本を守ろうと明治新政府を立ち上げた新政府が、急速に殖産興業するために、中央集権を強めようと、自然な自然崇拝行為だった日本の神道を「国家神道」として体系付け・権威付け国家経営に利用した結果が、欧米との軋轢の中で太平洋戦争に至ったように思う。

太平洋戦争敗戦で、宗教化した国家神道思想は崩れ、悠久の世界から続いてきた自然崇拝・日本神道に戻ったように思う。
家内が遥拝所から岩戸山を見ている後ろ姿を見て、遥拝所から日の出を望んだり、鳥居の背景にある山の頂に手を合わせる姿を想像し、八百万のものに神が宿っていると感じる日本人の感性に素敵なものを感じました。

現在、「神道の心・日本人の美しい暮らし方 葉室頼昭著」という本を読んでいる。
著者は故人になっておられますが、戦前に藤原氏の公家の家系に生まれ、華族御用達・学習院で学び、医学部に進学し、医師として定年退職する年齢まで務め上げた。
その後勉強して宮司の資格を得て、藤原氏の氏宮・春日大社の宮司になったという特異な経歴を持っておられる。
この書から受ける印象は、「政治と宗教の分離」などと目くじら立てる一部の政治家や政治団体の思想とは大きく離れて、自然に生かされていることへの感謝の気持ちでしかない。
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教育勅語

昨日、京都福知山市北部にある「元伊勢内宮」に参ってきました。
我が家の屋敷祠に入れるべく、「御札」を買おうと思い無人の社務所を覗くと、御札やお守りの他に、原文で書かれた「教育勅語」も並んでいました。
初穂料が書かれていなかったのですが、求めれば手に入れることが出来そうでした。

それを見ながら、「教育勅語」って読んだことある?と家内に聞いてみました。
答えは「ノー」でした。
戦後生まれの僕らは、もちろん学校で教育勅語を読んだり勉強した経験がないので、それが当たり前です。
でも僕は、興味の赴くままに過去数度読んだことがあります。

もちろん明治時代に出された漢字カタカナ混じりの原文では意味がいまいちつかめないので、現代語訳です。
「「教育勅語」ってさあ、明治時代に制定された教育に関する憲法で、ごく当たり前のことが書かれているよ。太平洋戦争敗戦直後、GHQの命令で排除されたんだ。教育基本法が制定され、これに変わったんだ。天皇主権の時代だから、違和感を感じる所もあるけど、短く簡潔で小さな子供にもわかりやすく、モディファイして復活するといいと思うんだ」
と話しました。

教育勅語を最初に読んだ時、国歌「君が代」に通じるものがあると感じました。
明治政府主導で教育の基本方針として考えられ、明治天皇から首相・文部大臣に下された勅語(言葉)です。
大昔から、日本での天皇の存在は別格です。
天皇側が官軍・それに対する側が賊軍となります。
だから長く敵対するには、室町時代の北朝のように新たな傀儡天皇を立てなければ持たない。
鳥羽伏見の戦いでも、軍事力が優勢であった江戸幕府軍でしたが、天皇の官軍を示す「錦の御旗」が薩長軍の先頭に立ったのを見て、幕府軍の士気は緩み、一気に形勢逆転してしまう。

日本では、天皇の言葉はオールマイティー的な力を持っており、太平洋戦争の敗戦を全国民が飲み、陸軍の大勢だった国内ゲリラ戦もなくスムーズに行えたのは、天皇自ら語った「玉音放送」の影響が大きかったと言われている。

『君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔のむすまで』
(あなた(天皇)の代は、永遠に。さざれ石(砂岩)が岩のように固まり、コケがつくようになるまで続きますように)

教育勅語・現代語訳
『私(明治天皇)が思うに我が皇室の御先祖様が国をお始めになったのは、遥か昔のことであり、その恩徳は深く厚いものです。
我が臣民は忠と孝を守り、万人が心を一つにしてこれまでその美をなしてきましたが、これこそ我が国の最も優れたところであり、教育の根本も実にこの点にあります。
あなたたち臣民は父母に孝行し、兄弟は仲良くし、夫婦は協力し合い、友人は信じ合い、人には恭しく、自分は慎ましくして、広く人々を愛し、学問を修め、仕事を習い、知能を伸ばし、徳行・能力を磨き、進んで公共の利益に奉仕し、世の中のために尽くし、常に憲法を重んじ、法律を守り、もし国家に危険が迫れば忠義と勇気をもって国家のために働き、天下に比類なき皇国の運命を助けるようにしなければなりません。
このようなことは、ただあなたたちが私の忠実で良い臣民であるだけではなく、あなたたちの祖先の昔から伝わる伝統を表すものでもあります。
このような道は実に我が皇室の御先祖様がおのこしになった教訓であり、子孫臣民が共に守らなければならないもので、今も昔も変わらず、国内だけではなく外国においても理に逆らうことはありません。
私はあなたたち臣民と共に心に銘記して忘れず守りますし、皆一致してその徳の道を歩んでいくことを切に願っています。』

天皇(国)からの命令ではなく、お願いに僕には読めます。
ならば、僕の持論である大学や大学院も含めた高等教育教育機会の均等もその費用も、国家持ちの理屈が成り立つように解釈出来ると思うのだけれど・・・

3/27・2015早朝ツーリング解禁

多分この冬最後だと思う寒波の舌が、近畿地方から前日に退散しました。
例年、2月末のウグイスの声を合図に、早朝バイクへのカウントダウンを始めます。
今年は寒い日が多かったので遅れましたが、春のお彼岸のお墓参りでフィールドの様子も確認できたので、早朝バイクを解禁しました。

目が覚めたら4:45でした。
夜食のヨーグルトを片付け、速攻で着替えて厳顔を忍び出ます。
空を見上げると星が輝き、晴れているようです。
北摂は朝霧で覆われているかもしれません。

倉庫から「招き猫CB400SB」を出して、車載カメラをセットします。
久しぶりに「KodakPlayTouch」です。
ちょっと手間取り、5:30頃出発しました。
東の空はほんのり朱に染まり、もうすぐ夜明けです。

長尾山トンネルで中山連山を抜け、r325で標高350mの峠を越えると、僕の早朝フィールド・北摂里山地帯に突入です。
r33のワインディングを走りながら、「ああ気持ちいい」
プロテクターメッシュ上下+DAIWAフィッシングスーツの春秋装束も考えたけど、冬装束できて良かったです。
長尾山トンネルの温度計が3℃でした。
寒くもなく丁度いいです。

6:01、「大原野」でバイクを停め、「大岩岳」と「布見ヶ岳」の間の朝霧を激写。
20150327HokuS001s.jpg
ここはよく霧が出ます。
たぶん、その奥の「千刈水源地」に立った霧が流れて来るのだと思います。
2年前に丸山湿原経由で大岩岳に登った時、朝霧雲海が見事でした。
水源地の西に位置していたら、朝霧雲海の上に朝日が差しもっと素敵でしょう。

r33を走り、6:09西谷農協・大池でまたストップ。
20150327HokuS006s.jpg
少しか立っていないけど、大池の朝霧を激写。
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北の方に目を移すと、羽束山などが綺麗に見渡せます。
優勢な朝霧は立っていません。

6:19、「下佐曽利」でストップ。
山の稜線から朝日が顔を出しそうなので、カメラを構えて5分ほど、ぼんやり里山の朝を楽しみながら、朝日が昇るのを撮りました。
2~3羽だけど、ウグイスが美しい歌を披露してくれています。
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畑や道端の草に霜が降り、白くなっています。

「上佐曽利」からr323を西進すると、朝日を浴びた僕のシルエットがバイクに先行しています。
「波豆川」を左折し、定点観測ポイント・波豆八坂神社前に、6:28到着。
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走ってきたばかりのr323の峠から差し込む朝日を逆光にして、「招き猫CB400SB」を主役に激写。

これで満足し、帰路につきます。
そのまま南下し、r68を越えて「西谷中学」~r33を越え「西谷農協」。
気温-3℃。
ショートカット道を利用し、JR武田尾駅からやってきたr33に合流し、r325~長尾山トンネルを抜けて、7:10倉庫着。
バイクを片付け、通勤リード110に乗り換えて帰宅しました。
さあこれから11月末まで、バイクで大好きな里山の夜明けを楽しもう。

2015早朝ツーリング解禁

ジャネット・リンさんに似てる

早朝バイクから帰宅し、「ただいま」と玄関を開けるも、返事がない。
置いてあったゴミを出して、元長男の部屋でバイク装束を脱いでいると、ここに置いてある家内の着物ボックスが乱雑になってる。
次の日曜日に、姪の新築の家を訪問するのですが、着物に興味を示しだした彼女に着物を持って行くと言っていたなと思い出す。
元次男の部屋を覗くと、着物ダンスの前で家内が奮闘していました。

「ただいま」「おかえり」。僕はおじゃま虫のようなので、「先にお風呂に入ってもいい?」
「いいよ」の返事をもらい、風呂で体を温めました。

味噌汁・ごはん・ウインナー・玉子焼き・海苔の朝食を食べながらTVを見ていると、NHK大阪ローカル「おはよう関西」のお天気お姉さん・菊池真以さんが卒業するそうです。
19時のニュースのお天気お姉さんに転身するとのこと。
菊池さんの言葉は聞きやすく、お疲れ様でした。
次は、井田寛子さんのような僕好みの方がいいな。

続いて始まった朝ドラ「マッサン」では、奥さん・エリーさんが亡くなりました。
明日が最終回です・・・回想録になるのかな?
主人公はマッサンだけど、準主役というよりW主役だった方が亡くなるというのは、朝ドラではあまりない展開だと思うけど・・・

「マッサン」の次に始まる「朝イチ」は、有働さんの泣き顔で始まりました。
冒頭はいつも朝ドラの感想から入るので、エリーさんが亡くなったからだと思いますが、僕的にはもっと涙を流した日もあったのに、有働さんはアナウンサーらしく涙を見せませんでした。
その有働さんが涙とは不思議~と思ったら、ゲストがマッサンとエリーさんでした。

エリーさん役のシャーロット・ケイト・フォックスさんは、もっと年齢が上の方だと思っていましたが、ショートヘアの22才前後に見えるとてもかわいい人でした。
家内がお風呂から出てきたので、聞かせようと思いっきりボリュームを大きくしていたら、部屋に入ってきて音量を下げられました。
「エリーさん、可愛いと思わない?」
「うん、ショートヘアね。なんかスケート選手みたい」

・・・そう言えば、氷上の妖精として日本で大人気になった札幌オリンピックで尻もちしてしまったアメリカのフィギュアスケーター「ジャネット・リン」さんに似てるかも?
当時の日本選手なら、失敗したらがっかりな表情になるのが当たり前だったのに、転けてもくったくのない笑顔のジャネット・リン選手に、アメリカの素敵な面を見させてもらいました。

アグネス・ラムさんとジャネット・リンさんは、僕の同世代のアイドルでした。
僕の感性は、日本男子の標準だと思うので、シャーロットさんも日本で大人気になるかも・・・

3/24・お彼岸お墓参り終了

また早朝時間帯に、我が家のお墓参りに行きました。
当初、次の日曜日を考えていたのですが、義理姉から「新築した姪の家の片付けが終わったので、見に来るかい」と連絡を受けて、そちらを優先することにしました。
僕は、イザって時に遺児を引き取って我が子同様に育ててくれる親戚の集まりは最優先です。
日頃のちょっとした顔合わせが、家系を繋ぎます。
僕が生を受けたのも、家族がここまで暮らせてこれたのも、みんな先祖から伝わってきた小さな努力の積み重ね故です。

朝5時出発を予定して寝ました。
4:35に目を覚ましたら、階下の家内の部屋の扉が開く音が聞こえました。
家内は、何がなくともコーヒー&トーストを口にしないと目覚めない人なので、僕が降りるとトースターにパンを放り込んでいました。
速攻で着替えて、天気予報を見ていると、家内から「用意出来たよ」の声が掛かりました。

外は寒いです。
車に乗り、北に向かって走りだすと5時でした。
長尾山トンネルを抜けていくコースが好きですが、「もしも凍結していたら」と思い、安全策でr12を北上しました。
東の山並みの一部がほんのり朱に染まってきています。
奈良朝から詩に詠まれた「春はあけぼの」ですね。

僕は「あけぼの」という言葉が、小学生の頃から好きでした。
「あけぼの缶詰」の半分太陽の顔が覗いたマーク「曙光」も好きでした。
なんか「成長」や「これから始まる」を感じ、小学生の僕にエールが送られているように感じ、「あけぼも」の音が温かく響きます。
日本国旗の日の丸より、海軍&海上自衛隊が使う旭日旗の方が好きです。
しかし、「曙」というハワイ出身力士が登場し、「あけぼの」のイメージが壊れてしまいました。
あのデカイ図体は、成長しきってるよね・・・あぁ・・・

6時前にお墓に着き、墓石に水をかけ、線香に火を点けて手を合わせました。
弟一家が土曜日に参ってくれたので、素敵なお花が挿してあり、お花の入れ替えはありません。
お花差しをブラッシングしようと思ったけど、それも綺麗になっていました。
甥は後期試験で神戸大に合格したけど行かず、浪人して来年も大阪大を受けるそうです。
それを爺ちゃん婆ちゃんに報告したのでしょう。

失敗からはいろいろ学べるけど、チャレンジしないことは悔いを残します。
全力でチャレンジしよう。
朝ドラ「マッサン」で、マッサンの奥さんエリーが「人生はチャレンジ&アドヴェンチャー」と言っていました。
素晴らしい、若者への言葉です。
頑張ってくれたまえ・・・

帰路は、r12~r319~r33~r325~長尾山トンネルという定番コースにしました。
お墓もその後も山間部を通るので、朝日が拝めません。
西谷農協を過ぎ、r33を快調に南下している時に朱色の朝日を拝めました。
長尾山トンネルを抜けて大阪平野を望むと、朱色から直視できない強い太陽に変わっていました。

6:45に帰宅しました。
これで分骨先の永観堂含め3つのお墓みんな、お彼岸期間中にお参り出来ました。
そして、この寒波が過ぎたら、早朝バイク解禁しようと思いました。

3/22・琵琶湖ヨットレース・コーチング 3/3

20150322DoshiS082s.jpg
現監督は、次男と同期です。
マネージャーから、もう一人の次男の同期が、前日のレースに出場したと聞きました。
彼の奥さんは元マネージャーで、僕は2人の結婚式にコーチして呼ばれ、2人のヨット部員時代を皆さんに披露しました。

彼は大学で物理をやって、堀越二郎の後輩になっています。
ロケットだか、ジェットエンジンだか、ミサイルだか・・・まあそんな物理分野の製品開発をしています。
高結婚式の各テーブルに彼が作ったゼロ戦の模型が下がっていたのが印象的でした。

三菱の航空宇宙設計部門は名古屋だから、琵琶湖には2時間走れば来れますね。
「2人は仲が良いらしいね」とマネさんに言うと、旦那はツイッターをやっており、「中が良いこと丸出し」をつぶやいているらしい。
「思わず、いいねしちゃいますよ」とマネさんがニコニコ笑っていました。
僕が見た2人のクラブ在籍中のことを教えてあげました。
10年も離れた先輩後輩でも、気楽に会話できるネット世界は、素晴らしいと思います。

20150322DoshiS086s.jpg
ハーバー手前まで来て、15時。
もう家内との約束「永観堂前に15:30」は無理と判断し、家内に電話をかけます。
「まだ湖上。15:30に行けそうにないから、1人で参ってて。16:30には行けると思うから、ライトアップに行く?」
「もう待ちくたびれちゃった。お参りしたら帰ってもいい?」
「うん、ごめんね」
「ううん、いいよ」
ということで、フリーになりました。

ハーバーバックし、15:40にミーティングをして、各艇に伝えた気づいたことを全員と共有します。
ここで僕は帰路につきます。
連休中の京都市内はパスしたいので、往路同様のコースで帰ります。
湖西道路の制限速度は以前は60km/hだったのに、70km/hに上がっています。
ひょっとして原付二種の通行は禁止になったのかな?と皇子山でじっくり見たら、「原付き・小型特殊・軽車両ダメ」の表示だったので、引き続き原付二種は走れそうです。

連休なので、西大津道路のR1合流部で渋滞していました。
でも二輪の機動力でクリア。
交通量が多いものの、順調に自宅を目指します。
ただ風が強くなり、宇治川沿いの六地蔵・観月橋辺の高架が怖いです。

20150322DoshiS091s.jpg
R171に入り高槻付近から雨になりました。
箕面辺りは本格的な雨です。
ダイワフィッシングスーツは防水なので、かっぱを着ずに、そのままです。
18時を回り、暗くなっているので、視界が悪くより慎重に走ります。
豊中を過ぎ伊丹に入ると、道路は濡れているものの雨は上がりました。
濡れ具合もマシで、雨量も少なかったようです。

18:30に帰宅しました。
自宅が暗いので、駅まで迎えに行こうと家内に電話を掛けました。
「帰宅したよ、今何処?」
「バスの中」
駅へのお迎えはナシです。

荷物の片付けをすることにしました。
洗濯物を取り込み、その代わりに濡れたものは外に干します。
カメラなどを片付けていると、家内が帰宅しました。
以前もらった京都のバス地図や観光ガイドブックを渡していましたが、阪急電車で京都四条河原町に行ったので、JR京都駅前のいつものバスターミナルがあるはずもなく、永観堂にたどり着くまでに疲れきってしまったそうです。

元気なく、情けなさそうに喋ってるのを気遣う顔をしながら聞きましたが、心の中で笑っていました。
「やっぱり、いつもの様に地下鉄で行かなきゃダメだわ。バスが2社あってややこしいの。バス停下りたら住宅地で、どっちに行ったらいいかわからないし・・・」
いつもながら、方向音痴の武勇伝は、実に面白い。

ちょちょいと作ってくれた夕食を食べながら、「モヤモヤさま~ず」を見て、風呂に入って、自室に上がり大河ドラマを見ながら寝てしまいました。
僕はいつも自室でTVを見る時は30分ぐらいオートオフのタイマーを掛けます。
このタイマーが切れるまでに寝てしまうのが常です。

3/22・琵琶湖ヨットレース・コーチング 2/3

母校KGも遠征して来ており、関東から慶応も来ています。
社会人も参加しており、両クラスとも50~60艇の参加艇で賑やかです。
先週お世話になった大阪大も当方の艇庫に泊まって参加しています。
春のディンギーレース開幕にふさわしいビッグフリートです。

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湖面に出て、レース海面に向かう艇団の背景に雪を頂いた比良山系が見えます。
春霞で霞んでいますが、美しい。
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琵琶湖遊覧船・ビアンカが、大津港から北に向かって行きます。
5月に、この船を借りきってヨット部創立80周年パーティーがあります。
次男は70代主将だったので、あれから10年経つのですね。
OB・OG・他大学ヨット部関係者・大学幹部の大勢の参列者の前で挨拶していた姿が思い出されます。
ビアンカのお客さんは、これだけの小型ヨットが走ってる姿を見て、喜んでいるだろうな。

レース海面に到着し、スナイプチームのコーチボートなので、レース直前練習で気になったとこをアドバイスします。
大阪大の艇にも気づいたことを話しました。
風速の割にジブラフテンションが低くサギングしており、登り角度が悪いです。
強豪艇は、レース初日・その日の最初のレースからチューニングをきっちり合わせてボートスピードアドバンテージがあるので、成績を出してきます。

三井寺からの風・4m/sほどでR1がスタートします。
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全艇がスタートラインに並び、一斉にスタートしていく姿はとても綺麗です。
惚れるよね。

470チームは上位艇に食い込んでいる艇もあり、いい経験になっています。
前日トップは母校の後輩で、慶応・同志社・KGという全日本優勝候補常連校に続く成績で当方もよく検討しています。
この日はどうかな?

スナイプチームも積極的なスタートで出て行きます。
ドライブしてるマネさんに指示し、スナイプトップ艇の延長線までボートを前に出し、このボートに乗ってる選手2人に、途中経過でトップを争っている上位艇のタッキングポイントや心理を話します。
マネさんたちも興味深く聞いています。

R1がフィニッシュし、470チームのコーチボートではないけど、470チームがフィニッシュ後ボートに寄ってきて、レース展開や僕の感じた風の振れと摺合せします。
続いてスナイプチームがフィニッシュしたので、各艇に気づいたことを話します。

琵琶湖汽船の高速クルージング船が行きます。
ヨットの走る姿を楽しんでもらおうと、ゆっくり走っています。
ヨットレースを見て頂く機会が増えると、もう少しヨットをする人も増えるのだろうにな・・・

R2・スタート。
母校KGは校章の新月が、メインセイルに入っています。
立命館には+Rが、同志社には同志社マーク、僕が一番好きなのは慶応艇のペンマークです。
やっぱり学生はペンでしょう。
慶応のライジャケデザインが変更されていました。
校章のペンが交差するマークなどは同じですが、黒のライジャケに黄色のペンマークが映えます。
阪神タイガースのトレードカラーでもある「黒と黄色」、この組み合わせは素晴らしい。

R2がフィニッシュし、14:30を回っており、14時以降スタートしないという大会規定により、レースは終了です。
ハーバーバックは、10m/sのブローが時折入るナイスなコンディションになりました。
この風でもう1レースしたいものです。
学生時代の僕は、強風にめっぽう強かったので、身震いし笑顔になってしまいます。

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レース中も何度かコーチボートのドライブを交代し、マネさんに「この位置に付けてね」とコーチボートの位置を支持しましたが、この船に「西村写真館」と呼ばれて一眼レフを駆使する男子マネージャーが乗っているので、ベストアングルを求めて、「もっと接近して」「タックして来たら、90度右にステアリング切ってね」と指示します。
ハードボートなので、レース艇にぶつけたら大変ですが、接近ドライブするとドライバーの腕が上がります。
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逆光のナイスな写真が撮れたでしょう。

3/22・琵琶湖ヨットレース・コーチング 1/3

日曜日は琵琶湖で開催中の「同志社ウィーク」に行ってきました。
先週に続き、コーチしてる大学ヨット部のコーチングです。
家内もお休みなので、レース終了後京都で待ち合わせして、家内の両親他実家先祖を分骨している永観堂で待ち合
わせすることにしました。
8:00出艇だろうと、最悪6時出発と決めて、土曜夜に用意をしました。
カメラ・望遠レンズ・観戦用双眼鏡・ライフジャケット・カッパ・・・。

日曜日は4:30に目覚めました。
天気予報をチェックし、メールもチェックすると、8:30出艇予定となっていました。
京都で家内をピックアップし、永観堂お参り後、高台寺や東寺のライトアップを巡ってもいいなと、タンデム出来る通勤リード110の準備をします。
リアボックスに家内用ヘルメットやカッパを入れて、普段着の上にダイワフィッシング用スーツを着て、ライフジャケットを着けます。
ライフジャケットの厚みで胸と背中がぬくぬくです。

5:30に出発しました。
R171を京都に向かって走ります。
制限速度が60km/h規制に、10kmアップされている区間が多くなっているみたい。
早朝でもあり、高槻までは快調に走ります。
高槻もそれほど車が多くなく、街中も順調に抜けます。
明るくなってきたのでナビをセットし、目的地を検索すると到着予定時間7:02です。
余裕でいい感じ。

大山崎が近づき、淀川越しに男山が見えます。
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6:18、真っ朱な朝日が綺麗だったので激写。
いつもならR171終点まで走り、京都東寺横を抜け、九条通~東大路通~三条R1~京都東ICコースなのですが、観月橋・六地蔵回りで琵琶湖に向かうことにしました。

大山崎ICを過ぎて、r204で桂川を渡り淀、r13の長い直線を走り、京都外環状線(r79~r7)で観月橋・六地蔵を通過。
r36~r35~R1~京都東IC。
ここからR161・湖西道路に上がり、皇子山からハーバー着・7:10。
2時間予定だったけど、1.5時間で来れました。

7:07・セブン-イレブン大津松山店で、味付け海苔エビマヨネーズおにぎり120円2個+プレミアム麦茶100円購入し、ハーバーに入り艇庫前でみんなに挨拶します。
キャプテンから前日のレース状況を聞き、選手に声を掛けます。
前日は11時に北から風が入ってきて3レースで来たので、少し風速予報が高いこの日は10時ぐらいに風が入って来そうな感じがします。

隣の艇庫では、高校生・ジュニアが出場する「琵琶湖選手権」も開催中で、ジュニア繋がりの知り合いさんとあ~だ~だ。
レース前ブリーフィングで、スタート位置取りから積極的な位置取りをすることなどを話しました。
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琵琶湖選手権参加艇が出艇して行きますが、風が弱く8:30出艇は無理そうで風待ちに入ります。

女子マネさんとあ~だこ~だ。
高校生のレースではお馴染みの膳所高校コーチさんが設置するおこのみやき屋台を冷やかしに行き、コーチさんとあ~だこ~だ。
選手たちと西村写真館の話題であ~だこ~だ。
膳所高校出身選手が出来立てのお好み焼きを差し入れてくれたので、僕の分を女子マネさんたちにあげました。
人の褌で僕の株をあげておきます。

11時になり、南から風が入ってきだし、沖の琵琶湖選手権参加艇が走りだしました。
そろそろ出艇フラッグが上がると予想し、選手は最終点検を始めだし、僕はコーチボートに乗りました。
でもまだフラッグは上がらず、ボート上でまた女子マネさんとあ~だこ~だ。
女子マネOGさんが2人やってきて、「ますます綺麗になったなあ」などとイタリアーノ発言しながら、あ~だこ~だを続けて、11:30に出艇フラッグが上がりました。

3/21・お墓参り

本日は春分の日。
年4回のお墓参りの2回目です。
お正月・春分の日・お盆・秋分の日の4回、ずっと昔から参っており、もう恒例行事です。
これに行かないと、なんだか落ち着かない体になってしまっている。
家内の実家お墓・我が家のお墓・家内実家の分骨してる京都永観堂と、それぞれ3ヶ所参ってるので、年間のべ12回は最低参ってます。
その他に早朝バイクで寄り道したり、15回ぐらい参ってるように思う。
「お墓参り中毒」とでも言うのでしょうか。
趣味が「お墓参り」と言ってもいいかもしれない。

でも意外に、21日の当日に行くことはあまり無いように思う。
遠出できる日曜日に行くのは勿体無いので、大抵はウィークデイの出勤前に済ますので、いつでも行けそうな気もするけど、天気の関係とかその他諸々の大人の事情で、意外に21日当日に参ることはない。

でも今年は踏ん切りました、春分の日当日のお墓詣。
明日は琵琶湖にヨットレースのコーチングなので、その前に1つやっつけておこうと踏ん切りました。

「春分の日だね」
「お墓参りしなくちゃね。明日の朝行こうか?」
「うん、いいよ。何時出発?」
「5時出発。もし起きていなかったら起こしてね。お休み」
を最後の言葉に、床につきました。

そして今朝目を覚ましたら、4:35でした。
ちょうどいい時間です。
階下に下り、家内の部屋をそ~っと覗くと、家内は布団の上に座っていました。
僕の足音で起きたのか、目をつぶりぼ~っとしています。
いつも21時台前半に寝ているのに、デフォルトの起床時間は5時です。
眠り姫のように、毎日よく寝ます。
「毎日8時間睡眠」って、小中学生のようです。
ちなみに寝相も悪く、横に寝てたらよく蹴飛ばされて起こされるので、僕は自室で平和に寝るようになって久しいです。

着替えて車を玄関前に回し、いつもの様に戸締まりとガスの点検をして、家を出ます。
1人で出かける時は、この点検だけで10分ぐらいやっています。
僕が「風呂OK・勝手口OK・湯沸かしOK・コンロOK」と横で点呼してやると、安心するのかすっと出かけられます。
だから極力僕と同時に家を出ようとします。
おかしな方です。
息子たちが家にいた時は、母親の点検に付き合わされていたので、そうでない奥さんをどう見ているのだろう・・・

宝塚ICから中国道に乗り一路西へ・・・5時なので連休初日だけど、まだ混んでいません。
「三木小野IC」で下車し、お墓に向かっていると、東の山の向こうが朱に染まっています。
「春はあけぼの」ですね。

お花を入れてきたバケツに水を汲み、墓地備え付けの柄杓を拝借し、家内を見ると、なんと実家の墓石の前で古いお花を片付けています。
方向音痴なので、よく明後日の方向に歩いて行きます。
自分の家のお墓なのに・・・とおかしくなりますが、息子たちも母親というものはこういうものだと思ってるので、何ら不思議
がりません。
お仕事してる姿は、かなりテキパキしてるので、ギャップが凄い人です。

墓参りセットからブラシを出して、ゴシゴシ掃除し、お線香に火をつけ手を合わせて終了です。
帰路に着くと、東の山から真っ朱な朝日が上り、とても気持ちがいい朝を迎えました。
お喋りしながら高速道路を東に走り、7時前に帰宅しました。
宝塚IC下車してから、側道から高速道路を見ると、宝塚トンネル西行き酷い渋滞になっていました。

すぐに義理姉に電話し、お花を替えたことを報告しました。
お花がダブっちゃうからね。
姉もお墓参りツアーの日だそうで、加古川と兄の実家の三田のお墓を回るそうです。

明日は、家内もお休みなのに、僕はコーチングです。
コーチング後、京都で待ち合わせ、永観堂に参る予定です。
スクーターで行き、タンデムで日没までの少ない時間ですが、いろいろ回るという作戦はどうだろう。

3/17・次男結婚記念植樹

朝、次男結婚記念に、ヤマボウシを植樹しました。
ヤマボウシと植木屋さんからもらった草花をビニール鉢から抜いて、適当に穴を掘り植えた後に、水をやりました。
朝風呂から出てきた家内が、「記念写真撮らなくちゃ」と、シャベルとスコップを両手に持った僕とヤマボウシを撮ってくれました。
スウェットパジャマ&ドテラ姿なのでカッコ悪いけど、長男夫婦・次男夫婦・次男奥さんのご両親にメール添付で送りました。

僕が小学校の時引っ越してきた家に、母親の嫁入り道具の桐箪笥があります。
我が家のお隣の僕の実家とは別の家ですが、未だに亡くなった母親の着物がタンスの肥やしとして眠っています。
母親から聞いた話では、この桐は、母親が生まれた時に庭に植えた桐だそうです。
母親が結婚する時にそれを切り、タンスにしてもらったと嬉しそうに僕に話してくれました。
昔は、女の子が生まれるとそうするのが当たり前だったそうです。

母親の実家は江戸時代が終わり武士から商人になりました。
僕の爺ちゃんは近衛兵をしながら、職人さんをたくさん雇い、下駄の製造販売もしていました。
だから下駄の材料の桐畑を持っており、桐が身近だったので、母が生まれた時のものとはわからないんだけど、嬉しそうに話す母の姿が目に残っています。
こういう記念の物があると、親族が自分の誕生を大喜びして、ずっと愛情を持って育ててくれたとわかります。
親からの幸せを感じながら育つと、人に優しい素敵な人になるように思います。

僕も密かに女の子が生まれたら桐を植えようと思っていましたが、僕の希望通り男の子を授かったので、その機会がありませんでした。
また、息子たちが生まれた頃は、両親が病気、大学生の弟に学費&生活費の仕送りと、大車輪で働いていたので、記念樹を植えるような気持ちの余裕がありませんでした。
家内が職場に息子を連れて行き、おっぱい飲ませながら働いていました。
おっぱいが卒業しハイハイが活発になる1才前後で、息子2人共保育園に預けて働きました。

息子の結婚や孫の誕生は、僕らが主役ではないので、考える余裕があります。
長男結婚記念に「ハナミズキ」を植えました。
長男の長男(嫡孫)誕生記念には、両親の実家の庭にあった「屋敷祠」を建てました。
田舎に帰る度に、爺ちゃん婆ちゃんから、毎朝「詣っておいで」や「お稲荷さんにお団子を置いておいで」と、手を合わせに行った想い出が頭の片隅に残っていました。

そして、次男結婚記念に「ヤマボウシ」・・・
これからいくつこういう記念のものを、この手で植えられるのだろう・・・
家内が、「まだいっぱい記念樹候補があるね」と笑っていました。

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朝ドラ「マッサン」で、マッサン夫婦の養女・エマ役が、「木南晴夏」さんに交代しました。
彼女の名前を、ドラマの最初の主題歌バックのクレジットで見た時は、思わず「お~」と声を出しちゃいました。
主役級女優ではありませんが、いつもちょっと素敵な脇役として登場し、僕のハートを捉えていました。
「佐藤めぐみ」さん同様、名前を見つけると「おっ」っとなってしまう女優さんです。

ここまで数回、マッサン劇中の木南さんを見ましたが、登場時間が短かすぎます。
しかも「地味」路線のファッションです。
もっと弾ける役どころが合ってると思うし、プロデューサーもそれを目当てに配役したと思うので、これからグングン垢抜けて弾けて行くでしょう。
また、「うわ~可愛い」と絶賛できる演技を見せてくださいな・・・乞うご期待。

3/16・ヤマボウシ購入

次男がお正月に結婚したので、記念植樹を考えていました。
長男が結婚した時は、ピンク色の花が綺麗なハナミズキを植えました。
ハナミズキは、日米友好の記念として首都ワシントンに送った桜の返礼で、アメリカから贈られて来たものが最初だそうです。
ワシントンの桜として観光スポットになっていますが、その桜はわが町・伊丹宝塚の植木産地から出荷したものです。
その縁もあり、「ハナミズキ」にしました。

我が家の北伊丹~宝塚中山山系麓に植木屋さんがたくさんあります。
植木畑も多く、春~初夏は早朝自転車でそれらを巡るのを楽しみにしています。
出荷を待つ見事な枝振りの枝垂れ桜を、寺社ではなくここに撮りに来るカメラマニアの方もいます。
僕も、カメラをぶら下げて自転車に乗っています。

自分では育てないのに、意外に僕は花好きだったりします。
女性の曲線美には敵うはずもありませんが、可憐な花の姿は、じっと見ていて飽きません。
近所に、家の前の桜並木をその季節になると自前ライトアップして、僕らを楽しませてくれる家があります。
庭や石垣に花壇を作り、ご近所さんを庭に招き、ガーデン喫茶店さながらのおもてなしをされ、ご近所さんと花に囲まれた数時間を楽しまれているお宅もあります。
第一集住宅専用地区内で建ぺい率が高く、風致地区にも指定されているので、樹木も多く野鳥もたくさんやってきます。
大きな公園も近く、お気に入りの住宅地です。

そんな環境で暮らしていると、樹花・草花・野鳥撮影の足として早朝自転車で走りだしたり、自然志向になっちゃいます。
ご近所さんは、皆さんご存知の植木屋さんに、「山中育樹園」という業者さんがあり、我が家も御用達させてもらっています。
「ハナミズキ」もここでお世話になり、孫が生まれた記念に屋敷祠を作った時も、危なそうな庭のコンクリートブロック(元塀)を引っこ抜き撤去してもらったのもここです。

春の足音が聞こえ始め、案内状が届いたので、前日の昼休みに相談に伺いました。
記念樹を植えるなら、春がいいと思ったので、記念樹候補(木蓮・コブシ・ロウバイ・スモモ・ヤマナシ・サンシュユ・ネムノキ・ヤマボウシ)を書き出して、訪問しました。

お兄さんに声を掛けると、すぐにお姉さんが対応してくれ、更にベテランの元お姉さん(多分経営者の奥さん)が相談に乗ってくれました。
手入れ無精故、「放ったらかしでも育つこと」
大きくなりすぎると庭が小さいので邪魔になってしまうから、「適当に素人選定しても枯れないこと」
「花が綺麗なこと」
「毛虫がつかないこと」を、条件としました。

長男がチビの時、花期の終った庭の桜に毛虫がいっぱいつき、長男が刺されて手を腫らしたことがありました。
親父が怒って、なんと僕に相談なしに桜を切っちゃいました。
仕事から帰ってきたら、あるべきところの木がなくなっていたので、唖然としました。
うちの庭木なのに、隣から親父が遠征してきました。
「あんまりや」と思いましたが、孫への愛情満点に「あんなバカ桜はあかん」と怒っていたので、仕方ないなと思いました。
アオキの大木は、きれいな華が咲くわけでもなくつまらないと、これも親父の餌食になりました。

樹花は楽しめませんが、神社さん御用達の榊(さかき)を植えて、屋敷祠で素人お祓い式でもやろうかな?なんてことも考えましたが、花を楽しむ方がいいと、見栄えの良い樹花をつける木を候補としました。
榊は、山にあってもあまりに普通で、スルーしちゃうからなあ・・・

まずハナミズキを勧められたのですが、長男結婚の記念樹として植えたので却下です。
金柑・柚子・椿など、庭に根付いてる既存の木も伝えました。
「木蓮は、花期以外は殺風景だし・・・ロウバイ・スモモなどの梅の仲間は病気の廃棄処分通達が出ているので無理だし・・・」
Yamabousi_tubomieda.jpg
ヤマボウシを勧められました。

2mほどの樹高のものがずらり、50cmぐらいのものがズラリとありました。
3年前に購入したハナミズキは50cm・3000円ほどでした。
今回も3000~5000円予算を考えて来ましたので、小さい方しか買えません。
次男カップルとともに成長するように、小さなところから育っていくのを楽しみたいと言い訳し、ハナミズキ同様小さいのにしました。

見栄えもいいし、名前が抜群に良い「ハナミズキ」の方が人気のようで、はなみずきの品揃えの1/5程度の数で、お値段も2/3の1980円でした。
これなら通勤リード110でも持って帰れるので、購入しました。
案内はがきと交換で、草花(名前忘れ)の鉢植えを貰っちゃいました。

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翌日の植樹写真を、長男夫婦・次男夫婦にメール添付で送ったら、長男の嫁さんから嫡孫くんの写真が送られてきました。
週1で開放されているご近所の保育園の園庭に行った時の写真で、「まさか鉄棒にぶら下がれるほど力が付いているとは知らなかった」そうです。

AZ・極圧・水置換スプレー

『AZ(エーゼット)・極圧・水置換スプレー KM-001 [多目的・多機能・多用途・超潤滑防錆浸透 オイルスプレー669円』を購入しました。
スプレー缶には、「長期潤滑、焼付き防止、耐摩耗、キシミ止め、強力防錆、強力浸透、水置換、耐水、腐食防止、サビ・油汚れの洗浄・除去・金属の接点洗浄・保護。自転車・バイクほかあらゆるチェーンに、ワイヤー・ベアリング・駆動部などにも、長期の潤滑性能を与える高性能オイル」と書かれています。
株式会社エーゼット社製です。

バイクは、半年に一度の整備点検時と、その間に1~2回チェーン掃除してもらっています。
でもスポーツ自転車は、年1回の整備点検以外、チェーンメンテすら怠っています。
本当は洗車しないとダメなのでしょうが面倒なので・・・。

スプレーなら簡単だし、安価で高性能という噂なので、購入してみました。
用途に「ベアリング部に」とあったので、船のウインチにも使えるかもしれません。
レース艇の方は、定期的にウインチを分解・洗浄しているのですが、クルージング艇は「回ればいいや」って感じで、整備もいい加減になっています。
船に使うオイルは、屋外で常に風雨にさらされ、まして潮風なので過酷です。
粘着性オイルを下手に可動部に使ってしまうと、一時はいいですが、やがて粘度が塵や塩分を呼び込み動きが返って悪くなります。

同用途のヨット用品スプレーよりかなり安価なので、いろいろ使えるかもしれません。
昨年末にヨット用品店で用途を話して購入した『セイルコート・マックルーブスプレー』が、セイルの撥水効果の他に、動きが渋くなったり固着したファスナーに一吹きすると劇的に動き出したり高性能で、ケミカルがマイブームです。

3/15・レースコーチング

合宿を受け入れてくれたのが、毎年定期戦で戦っている学校の艇庫です。
そのお隣が母校艇庫なので、久しぶりに後輩たちの行動を見ることが出来ました。
僕がコーチをしていた時代とメンバーが変わっていますが、行動パターンがそのままで懐かしい。
レース艇が出ていき、母校監督がやってきたので、コーチしている大学の監督の紹介を兼ねてしばらく歓談です。

母校監督のお父さんが僕の先輩で、学生時代コーチをしてくれました。
そして監督の弟が選手の時、僕がコーチをしていました。
長い縁です。

スポーツセレクション入学した新1回生が、すでに練習に参加しているそうです。
コーチしてる大学はスポーツセレクションはないですが、高校ヨット部経験者が2名合格したそうで、来月は彼らの獲得に走らなければ・・・と。
それぞれの学校の事情があります。

9時に琵琶湖居残り組が来るので、監督と2人でディンギーヤード裏の駐車場に出ます。
電話を掛けると、既にセンターハウス前に着いているそうで、合流してみんなで船に乗り込みます。
ハーバー防波堤外にでると、NE・3m/sほどの風が吹いていたので、ジブセイルも展開しました。
ちょっとだけ燃料節約です。

スタート直前の9:30に、スタートエリアに到着しました。
ここでジブセイルをファーリングし、エンジンのみに戻りました。
甲南大主催レースですが、本部船は母校レスキューボートが担当していました。
今年から、学生全日本選手権がトラペゾイドコースになるようで、そのマーク設置になっています。
ボトム(風下)マークが2つ並ぶゲート方式になったので、その練習も必要ですね。

20150315NishiS013s.jpg
この日の第1レースは、3度ゼネラルリコールを繰り返し、4度目のスタートで470級スタート。
3艇ともまずまずのスタートで、注目してる新2回生T君4010が本部船寄りからスタートし、タックして右に行くのを見ていました。
周りの艇よりスピードにアドバンテージがあり、右の集団のトップグループにいます。
アップウインド(風上)マークの回航順位が楽しみです。

スナイプ級のスタートでは、新3回生O君が失敗スタートです。
彼はセーリング技術は高いので、もう少し積極的にスタートした方がいいです。
せっかくのタレントを発揮できていません。

470級・上マークを、母校KGに続いて、2位・3位でスピンが上がりました。
4位・5位もKG。
まだまだ春先の時期ですが、全日本優勝に毎年絡むKGにこれだけ絡めればグッドです。
30艇ほどのレースが経験でき、この遠征は大成功です。
注目の4010君は、高校時代近畿では敵なしだったので、ハーバーで会った母校コーチからも名前が出ていました。

20150315NishiS022s.jpg
2位で回航しましたが、スピンを破ってしまい艇速が落ち、ズルズルと順位を後退させてしまいました。
双眼鏡で見ると、スプレッダーに引っ掛けたのに、強引に外そうとして破ったように見えました。
一旦ランニングまでコースを落としたら、簡単に外せたのに、上位回航で焦ったのかも・・・

2レース目の470級がスタートしてから風が落ち始め、ノーレースになりました。
天気予報通り南からの風になるのでしょうが、遥か沖のクルーザーは南の風を受けていますが、ここまで風がやって来ません。
AP旗(延期)が上がり、長い風待ちが始まりました。
この間に、破れたスピンのリペアが終了しましたが、レーススタート最終12:30になっても風は入ってこず、レースは終了しました。

レース艇を曳航し、ハーバーバックします。
その後曳航第2陣にレース海面に戻りましたが、南からの風が入っており必要なしです。
元の桟橋に戻り、船にブラッシングしました。
学生が7人乗ったので人手があり、僕は現場監督状態で楽ちんでした。

そして、ディンギーヤードに戻ります。
貸して頂いた艇の片付けを終え、監督と僕のブリーフィングを終えて、家路に着きました。

R171を戻り、15:02・自宅近所の御用達伊丹産業エッソで給油しました。
70L満タンの車なので45Lも入りました。
バイクなら、10L越えたらたくさん入れた感満点ですが、車は大食いですね。

曇空が続いています。
海上で六甲山から流れてきた雲からパラリと雨粒が落ちてきた時はあったけど、まだ天気は持ちそうです。
バイクでひとっ走りしようと倉庫に行き、車載カメラの設定や外部マイクの位置替えなど、ゴソゴソやっていたら小雨が落ちてきました。
16時を回っているので、走っても1時間だから、バイクを諦め帰宅しました。
遅い昼食に餅を焼いて食べ、お風呂に入ったた雨音が聞こえるようになりました。
のんびり湯船に浸かりながら読書をしていると、家内が帰ってきました。

「モヤモヤさま~ず」を見て、家内が作ってくれたおかずを食べたあとに、またお風呂に入り、自室に上がりNHK大河ドラマを見始めたら、途中で寝てしまいました。

3/15・今シーズン大学ヨット部コーチング開始

日曜日は、今年の大学ヨット部のコーチング初日でした。
お手伝いしてるヨット部が、木曜日から僕のホームポートに遠征し、合同合宿練習しています。
土日は、甲南大学主催レースに参加です。
遠征選手は約半分で、琵琶湖に残って練習してる下級生中心メンバーが最終日だけ海にやってきてレース観戦します。
彼らを船に乗せ、目の前で展開されるレースのポイントを解説するのが僕の仕事です。

土曜日は、「6時に出るわ」と家内に言い床につきました。
これが幸いし、「もうすぐ6時よ」の家内の声で起こされました。
いつももっと早く目覚めるのに・・・家内に出発時間を言ってて助かりました。

慌てて着替えて車で出発します。
荷物も夜のうちに用意しといて良かった。
R171を西宮に向かい、6:21・ローソン西宮久保店で、手巻き焼きタラコマヨネーズ125円購入。

6:30ハーバー着。
荷物をおろして、ガラガラに乗せて引張り、合宿してるディンギーヤードに向かいます。
この冬、係留桟橋の老朽化リニューアル工事で、一時桟橋を移動していました。
リニューアル工事が終わり、3月から元の桟橋に帰ることが出来ます。
その移動もあり、スタートは9:30なのですが、7時前に係留桟橋で作業開始することにしていました。

学生に応援を頼んでいたので、彼らと一緒に桟橋に向かうつもりで合宿所前に来たのですが、息子と同期の今シーズンから監督になったI君に聞くと、「もう行きましたよ」とのこと。
またまた慌てて、応援要員のキャプテンに電話をかけます。
すでに桟橋前にいるそうです。
ディンギーヤードはハーバーの東の端で、臨時係留桟橋は西の端、距離にして800m、は~遠い。
「悪い、走って行くからちょっと待ってて」、息を切らせながら小走りに急ぎました。

無事部員と合流し、カードでゲートを開けて、作業開始です。
エンジンは一発点火しませんでしたが、電源ケーブル繋ぎっぱなしなのでバッテリー上がりの心配がなく安心です。
電源カーブルを外して船に積み、桟橋設置の船に乗るための脚立を外して載せます。
その他、全ての係留ロープを船に載せ、桟橋を離れました。

ゲストがヨット部員だと指示が楽で楽ちんです。
約600mハーバー内海上を走り、3ヶ月ぶりに元桟橋バースに船を戻しました。
元の場所に戻している船が少なく、新装成った桟橋の景色も馴染みがないので、「ここかな?」ってとこに船を入れました。
2日前にハーバーに電話し、お姉さんに沖から5つ目の櫛ですと教えてもらっていました。
お隣さんの船も変更されており、聞かなかったら慌てていたと思います。

ちょうどそこに朝の見回りなのか、ハーバー職員がやってきたので、「うちの船、ここで良かったですか?」と尋ねました。
運良く船名の書かれた係留場所地図を持っておられ、確認してもらいました。
学生達に脚立固定などをやってもらい、楽ちん移動完了。

すぐに再び桟橋を離れ、ディンギーヤードの係留桟橋に移動です。
また200mほど海上を走り、リニューアル前のくたびれた桟橋に横付けします。
海上進行中に、ライフジャケットをドッグハウス内ソファーに出してもらいました。
ゲストは10人ほどになるようです。

20150315NishiS001s.jpg
前には母校のインフレータブルボートが2艇置いてあります。
「KGもレースに参加するの?」と聞くと、そのようです。
一連の作業1時間少しで、8時に学生たちはクラブに戻ります。
僕はコクピットからドッグハウスに下り、カーテンを開けたり、トイレ掃除したりゴソゴソ。
ゲストを迎える準備を終え、ディンギーヤードに戻ります。

20150315NishiS007s.jpg
桟橋では、レース参加大学部員たちが、レースマークを載せたりテキパキ動いています。
僕も「おはよう」と声を掛けますが、部員たちも「おはようございます」と挨拶してくれます。
大昔は僕もそんな部員だったけど、こういう気持ちの良い挨拶のできる若者の姿は、見ていてとても気持ちが良い。
体育会系の良い所です。

20150315NishiS006s.jpg
就職した時、先輩に「気持ち良い挨拶が出来るね」と最初に褒められました。
挨拶さえ出来ない新人が多いと聞き、驚いた事を思い出します。
高校ヨット部に入部した時、挨拶することを先ず仕込まれました。
自校の先輩かどうかわからずスルーした時、「他校の先輩も先輩や、艇庫前を通る人には全員挨拶しとけ」と指導されました。
以来、バンバン挨拶してたら、こちらがとても気持ち良くなりました。

今でもこれが続いており、自宅前を通る人にも挨拶を続けています。
これだけで、ご近所さんとのコミュニケーションのきっかけになり、居心地よく暮らすことができています。
そう言えば去年甥の結婚式で、義理兄が最後の挨拶で、「家内と結婚するとき、おはよう・おやすみなど、家族内でも毎日の挨拶を怠らないようにしようと決めて一家が始まった」との言葉がありました。

3/8・天ヶ瀬ツーリング帰路&北摂千刈ダム湖探索

ここから帰路につきます。
R307を西進し、朝集合したヤマザキのお店のお隣にある「コメダ珈琲」に15:24到着。
僕は、ホットコヒー420円&ふわっとシフォンケーキ330円を注文しました。
ここでもあ~だこ~だ。

ありがたいHNの福助さんは、琵琶湖大橋より北の湖西線沿いに住んでおられるそうです。
いつも湖西を走ると、琵琶湖大橋を過ぎると風が強くなります。
「比良下ろし」という強風の吹く地だそうです。

ここで解散になりました。
R307~R1・・・と往路同様の道順で、16:30頃倉庫に着きました。
まだ日没までに時間があるので、12月中旬から動かしていない家内用アドレスV125を充電のために30分ぐらい乗ろうと、倉庫から出しました。

エンジンが掛かるのだろうか?
バッテリー上がりなら、そのまま押してこれを買った幼なじみの自転車屋まで押していかねば・・・セル一発でした。
スズキさんはいい仕事をしています。
バッテリーも、一番信頼できるユアサなので、こちらもナイスです。

定番の長尾山トンネル~r325~r33と北上していたら、あの道を探索したくなりました。
西谷農協大池交差点からr68へのショートカット道沿いに、「西谷憩の家」という老人ホームがあります。
そこから枝道が別れ、「宝塚自然の家」方面ではなく、r68の千刈水源池手前に抜けれるように地図にあります。
それを確かめに行きます。
アップダウンで里山を縫い、難なく抜けることが出来ました。

まだ探索できそうだったので、千刈水源池すぐ東の山・「布見ヶ岳」への登山口探しをしました。
千刈水源地は、朝霧のメッカなので、池面を見下ろすナイスポイントがあればいいな・・・
r68をちょっとだけ走り水源地西から西谷農協へ向かう一方通行ショートカット道に入ります。
以前から目をつけてた場所にバイクを停め、17:28山歩き開始。

20150308AmaS055s.jpg
フェンスがありますが、その向こうは水源地に船を下ろす場所になっています。
神戸市の水源地なので、維持管理に必要なインフラです。
水源地を囲うようにフェンスが伸びていますが、フェンス沿いに獣道があります。
20150308AmaS068s.jpg
そこを入りフェンス沿いに歩いて行き、フェンスが無くなっても湖岸を歩きます。

この道から山に上る登山道が分岐していると予想したのですが、ありませんでした。
20150308AmaS064s.jpg
大木の倒木を乗り越えたり頑張ったのですが、ぬかるみになり断念しました。
帰宅して調べた所、その横のもっと頼りない怪しい道の方が正解だったようです。

20150308AmaS070s.jpg
ショートカット道を上り、17:44、小さな峠でバイクを停め、山に入ります。
前日の雨でぬかるんでいるので、落ち葉の上などを踏んで歩きます。
20150308AmaS073s.jpg
不法投棄もちらほらで、最後は民家に突き当たりました。
倉庫かな?得体の知れない施設です。

ここから、西谷農協~ショートカット道~r33~r325~長尾山トンネルの定番ルートで、18:30頃帰宅しました。
「モヤモヤさま~ず」は、草加市歩きでした。
次男のお嫁さんの里は埼玉県川口市で、草加市のお隣です。
しっかり見ました。
夕食を食べ、お風呂に入り、寝床に入り大河ドラマを見ている途中で寝落ちしました。

朝かな?と目覚めたら1:30でした。
これでも5時間寝ているので、睡眠時間としては十分です。
あれこれした後、二度寝したら6時を回って目が覚めました。

天ヶ瀬・宇治川・信楽ツーリング 4/4

3/8・天ヶ瀬・瀬田川・信楽ツーリング 3/4

最後は駆け足でパネル写真を撮るだけになっちゃったけど、こういう社会見学みたいのが大好きです。
僕1人なら3倍は長く滞在していたでしょう。

r3を瀬田に向かって進みます。
JBさんの話では、かつてローリング族が我が物顔に走り出没し、二輪走行禁止になった期間があったそうです。
カーブには横縞舗装が入り、気持よくカーブが走れませんが、僕のスピードでは無関係です。

宇治川がいつの間にか瀬田川に名前を変え、R422になり「瀬田南郷洗堰」。
寄り道なしで通過しました。
ここまでの宇治川・瀬田川沿いは、切り立った大渓谷になっており、琵琶湖からの大量の水量が、長い年月をかけて山を削っていったとてつもないパワーを感じます。

r108で、洗堰を左岸に渡り、r29~R422~R307~R422~r50で、「森のカフェ」さんに到着。
名前だけ知ってた有名店です。
でも15時過ぎまで待つことになるそうで、引き返しました。
世の中グルメさんが多いですね。
家ごはんが好きなので、あまり興味が無いです。
何処のお店でも、美味しいし。
この店ご贔屓のKJさんの話によると、夕食が要らないぐらいに満腹になるそうです。
次回の予約をしてきたそうです。

20150308AmaS054s.jpg
r50~R422~R307で、12:42・「木になる木」というパスタ・カレー・オムライスのお店に行きました。
僕は「当店おすすめスペシャルパスタ・1600円」を注文しましたが、全体的に高めのお値段で、皆さんにはお値段故の不評でした。
僕はスープパスタが好きなので、具沢山であり美味しくいただきました。

20150308AmaS053s.jpg
長テーブルに6人全員座れてあ~だこ~だお喋り、個人精算になり僕が最後でした。
「代表でポイントカードをお持ち帰りください」と言われ、頂きました。
僕はあまりこちら方面に来ることがないので、皆さんに図りましたが、誰も要らないそうで、僕が持って帰ることになりました。

1000円お食事ごとにスタンプ1個で、20個貯まれば1000円のお食事券として使えます。
カードに書かれた住所は、信楽町下朝宮です。
信楽は、藤原氏が朝廷の実権を握ったクーデター・645年「大化の改新」の100年後、710年から始まった奈良時代の一時期、聖武天皇が一時遷都した地です。
この地に大仏建立を企て、奈良の大仏のプロデューサー僧・行基も現地視察しています。

しかし、同じ年に奈良に都を戻し、奈良東大寺盧遮那仏(大仏)建立の発願をして、行基の手に委ねます。
難波遷都・木津遷都を含め、4~5年の間に遷都を繰り返し、元の奈良に戻るという不可解な時期です。
「下朝宮」という地名が、天皇の宮を連想させ、歴史の香りがするんだけどなあ・・・。

ここのお店でのお話に、「天下一品のお店がある」と出ました。
バイク知り合いさんがよく行っていらっしゃる古民家の店舗のようです。
「こんなところにあるのか・・・」と興味を引いたので、帰宅後調べてみました。
「天下一品・上朝宮店」で、ここから凄く近かった。
そう言えば、国道沿いに看板が出ていました。
実店舗は国道から枝道を入るようです。
一度訪問してみたいと思っていたので、土地勘が出来ました。
成果です。

天ヶ瀬・瀬田川・信楽ツーリング 3/4

3/8・天ヶ瀬・瀬田川・信楽ツーリング 2/4

駐車場はクローズだったので、道を隔てた小さな公園にバイクを停め、JBさんが駐輪場所を聞きに行ってくれました。
この公園でいいそうなので、バイクを置き見学に向かいます。
このダムの前は何度か通りましたが、見学するのは初めてです。

20150308AmaS007s.jpg
ダムからは轟音とともに盛大に放水されており、その迫力に圧倒されました。
ここまで盛大に放水されているダムは珍しいです。
前日に雨が降ったので、保水量調節のために増やしているのかな?
ダムのこと、周辺の自然のこと、鳥類・魚類・植生などのパネルが堤上に並んでおり、お勉強になりました。

20150308AmaS018s.jpg
「ダム」は高さ15m以上のものを言い、それ以下は「堰」と呼ぶそうです。
ここは「アーチダム」ですが、重力式・コンバインド・フィル・中空重力式・バットレスと、いろんな種類のダム構造があります。
僕は「ロックフィル式」が好き。
1953年の台風洪水で高槻市域などが冠水したのをきっかけにこのダムが造られたそうで、10年後完成を見たそうです。

「コンクリートから人へ」が合言葉の政権がありましたが、低所得者個人への直接配布より、こういう社会基盤の整備を優先して欲しいなと思います。
僕は結果の平等ではなく、機会の平等の方が好きです。
僕が小学校の時、かけっこで1等賞は赤いリボン・2位は黄色いリボンを肩に付けてもらいました。
親もたくさん来てる運動会当日だけ、ちょっと胸を張れました。
息子たちの運動会では、個人の徒競走がなくなり、リレーだけでした。
伊丹市の公立高校受験は、内申書重視・住居地区重視で、ほぼ全入になってしまいました。
うちのそうですが、皆さん私立中高を受験するようになり、市内トップ高校から東大に入学する子は皆無になりました。
小さな地域内の仲良しクラブでは、地域全体が地盤沈下してしまいます。

「低所得でかわいそう」というお涙頂戴マスコミ報道がありますが、今の日本は努力すればそこから脱出する術はいくらでもあります。
「ストレス発散が必要」
「労働時間オーバーが・・・」
「保証された休日・・・」
「人権」
と、いくらでも逃げ道・逃げ口上が用意されていますが、笑顔で暮らしている一家の大黒柱さんは、皆さん猛烈に働いた期間を持っているものです。
それが、「世の中がどんなに変化しても大丈夫」という自信になり、余裕を持ったお顔になります。

危機に際してそれをせずに、お涙頂戴・・・行政への無心・・・、個人の努力なしに生活改善しません。
子供のため・生活困窮のためとして個人配布された現金をパチンコに使ってしまう人が、我が家の近所にもいます。
その子は万引きから悪の世界に染まり、ご近所さんに迷惑をかけています。
お金持ちの逆差別意識も強くなるので、多くの方が一様に利益を感じるこういう事業には、費用対効果を吟味しながら、しっかり手当して欲しい。
何もしない人にお金を与えるより、高校・大学・大学院に上がってしっかり勉強しようとする人の授業料を、ヨーロッパ諸国のようにタダにする方が、よっぽどやる気が出るし、努力すると思う。

日本は世界有数の自然豊かな国ですが、それ故自然災害が多い。
他国との公共事業費割合の比較では、少々高めがちょうどいいと思います。

日頃の付き合いを大切にすることが、農耕村社会で発展してきた日本に合っているように思います。
むしろご近所に迷惑をかけ、ご近所の親切を迷惑がる人は、生活保護の浄財の源泉がご近所の方々から出ている想像すら出来ない。
車を持てるほど生活保護費を出してしまったら、サボりが増え、真面目な市民の浄財を食いつぶします。

滅ぼされた豪族の末裔や、取り潰しや滅亡により滅んだ主君から、独立したり帰農した昔の篤志家は、私財を投げ打って村のために橋をかけ、トンネルを掘りました。
故に滅亡の危機に際して、村民がその盾になりました。
働かずに現金が入ってくることを有難いと思えない人には、退場してもらいたい。
時代の変化で、税金と再配分という形になりましたが、精神は何ら変わっていない。
現代は、安易に働けるのにサボってる個人の人権を尊重し過ぎます。

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「天ヶ瀬ダムが出来るまで」というパネルに、宇治川遊覧船や遊覧鉄道の写真が載っていました。
僕が子供の頃はいくらでも各地にあった身近な娯楽施設が、今はほんとなくなっちゃいました。
どちらの時代が楽しかったかな・・・。

「巨椋池」のパネルもありました。かつて、宇治川は宇治から下流・木津川との合流部に掛けて大きな湖を持っていました。
巨大な琵琶湖からの出水を一手に引き受ける瀬田川・宇治川は、大量の流水の時氾濫し、大きな湖・巨椋池を作っていました。
この池の流水調節機能により、淀川の流量を加減していました。
今も地名に残る「槇島」「向島」は、巨椋池内の島の名残です。
木津川氾濫の時も巨椋池に逆流して、池とは名ばかりの実質湖がありました。

太閤さんが伏見に城を築くのをきっかけに堤防事業が開始され、明治以降特に昭和の干拓により、広大な穀倉地が出現しました。
男山から宇治川と木津川に挟まれた広大な平地の大部分が巨椋池でした。

天ヶ瀬・瀬田川・信楽ツーリング 2/4

3/8・天ヶ瀬・瀬田川・信楽ツーリング 1/4

日曜日は家内が午後から用事があり、3週連続のフリー日です。
2週連続で雨の日曜日でしたが、どうやらこの日は晴れそうです。
そこで、備前の浦上氏・天神山城址、宇喜多氏・砥石城址の山城攻めを中心に、歴史遺産巡りをすることにしました。

ところが、前日の土曜日の雨が本格的に、しかも長時間降り、山歩きには最悪のコンディションになりました。
そこで残念ながら断念し、グループツーリングに参加することにしました。
宇治~天ヶ瀬ダム~瀬田洗堰~信楽というコースです。
宇治の平等院は外観だけでも観れるかな・・・瀬田洗堰は久しぶりだな・・・なんて期待して床につきました。

4時ぐらいに目が覚め、天気予報をチェックすると、朝は曇りですが日中は晴れマークが並んでいます。
気持の良いツーリングになりそうです。
ゴソゴソして6時半を回ると、ご近所のハーレーさんが出発するようです。
いつも気づくバイクの音が聞こえ、すぐに民家のないとこに移動して暖気です。
もう1台のバイクの音も響き、2台で出かけられました。
僕のバイクは静かなので気を使いませんが、ハーレーはノーマルでも大きな音がするので、住宅地では気を使いますね。

枚方のコンビニを10時出発なので、8時に行動開始です。
高速道路を使う必要がないので「里山VTR250」を出します。
上下コミネ冬装束+コミネひさし付きヘルメットのコミネマンです。
ひさし付きだと目が影になり、サングラスが必要ありません。
朝日・夕日に向かう時でも、少しかしげると日陰に入りいいのでお気に入りです。

R171~中央縦貫道で、中国道~近畿道の側道を走ります。
r143~r14~r19で淀川を渡ります。
そしてR1。

9:13、「宇佐美1号外環枚方中振店」で給油。
133km/4.21L=31.6km/L。
出光のセルフ店ですが、お姉さんに招かれたとこにバイクを止めると「宇佐美ハッピーカード」というポイントカードを勧められました。
「出光カード」を使うだけでポイントが貯まるということで、ポイントカードを出す2度手間がないということなので、勧誘されるままサインしちゃいました。

ナビに誘導されるままR307に乗り、「第2京阪道路」をくぐったとこが、集合場所の「デイリーヤマザキ枚方杉店」でした。
9:35に到着し、先着3台のとこにバイクを停め、ヤマザキさんで「伊藤園麦茶・151円」を購入し、おトイレ拝借しました。
これで準備万端整いました。

Jさんの250ヤマハモタードは、スマートで何処にでも入っていけそう。
KJさんのCB1000はでかいので、僕にはとても乗れそうにない。
KJさんは僕とそれほど体格が違わないのに凄いな。
お初の「福助」さんは、とてもおめでたいHNで、雰囲気も温和な感じでHNに似合っています。
バイクはBMW700?650GSです。
大きめスクリーンに変更されているようで、快適そう。

そして、このツーリンググループリーダーのJBさんのW800が、僕とほぼ同時に到着しました。
Kさんが僕と同じCB400SB・ABS赤白ツートンで到着しました。
スクリーンが、僕のと同じワイバンのに変更されています。
最初にお会いした時は、スズキバンディッド1250でした。
次がカワサキだったかな?
僕はずっとVTR250なのに、経済力があります。

出発時間10時の5分前になっても、もう1人の参加者が来られません。
バッテリー上がりでドタキャンのようです。
僕が前日にドタ参したから、プラスマイナスゼロです。

10時・定刻に出発。
R1で京都に向かって北上し、宇治経由で天ヶ瀬の予定でしたが、混んできたそうで、R307を東進します。
この道は初めて走ります。
リニューアルされた宇治平等院の外観は観れなかったけど、いい感じの田舎道です。
r62に乗り換え、宇治川に出て左折しr3、10:42・「天ヶ瀬ダム」到着。
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天ヶ瀬・瀬田川・信楽ツーリング 1/4

スクーター・パト

淡路島の大量殺人のニュースを見ていて、原付きスクーターの警察車両があるんだと驚きました。
カラーはお馴染みの白ですが、お馴染みのスーパーカブではありません。
リアボックスに、お馴染みの白ボックスが付き、「兵庫県警」と書いてありました。
スーパーカブに比べ、ギアチェンジが必要ないし、加速もいいので、緊急時対応で有利そう。
でも燃費やタイヤの消耗・乗り心地は下かな?

実車両を見たいなと思っていたら、昼休みに帰宅する時に道路脇に停まっていました。
こんなに簡単に市内で見つかるなんて、気付かなかっただけのようです。
ニュースのはアドレスに見えたけど、こちらはヤマハシグナスのように見えました。

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昨日、義理妹から、甥が浪人するとのメールが入りました。私立を受けたのかどうかわからないけど、国立の不合格がわかり、浪人を選択したそうです。
今年からネット合格発表に加え、掲示板発表を復活させた大阪を受けたので、掲示板を見に行ったのかな?
ネットで合否はわかるので、見に行く方は合格を知った受験生ばかりかもしれません。

「失敗した経験は次のチャレンジの糧になるので悔いは残らないけど、チャレンジしなかったことは悔いになるので、本人が納得の行くようにしたらいいね」と、返信しておきました。
甥へは、『あなたがころんでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ』(エイブラハム・リンカーン)の言葉を贈りました。

受験は人生の節目です。
でもこれがあるから、次はどのステージに上がるか真剣に考える機会になり、新たに志を同じくする友人との縁が出来るので、良いことです。
受験=「ふるいに掛けられて、かわいそう」という視点で、高校受験を内申書重視にしたり、大学の推薦入試が広がったりしています。
ですが、社会に出る前に、命までは取られない受験という試練を多く経験する方が、長い人生を考えるとプラスだと思います。

自分の受験はあるものの、我が子の受験は、長男の中学受験が初めてで、塾に薦められるまま5校受け、3勝2敗でした。
僕も家内も1回しか受験機会がなかった時代だったので簡単でしたが、5校も受けるとあれこれ悩みました。
そこで次男の時は、2校だけ受け、2勝でした。

大学受験は、息子たちが学校の先生と相談して受験校を決めたのですが、長男は2校だけ受けました。
その選択を見て、やはり中学受験・5校を負担に感じていたんだなと、無理させちゃったと反省しました。
次男も2校で、我が子の大学受験は4勝でした。
2人共第一志望校に進学できたので良かったですが、「ダメだったら浪人する」と受験前から進路を決めていたので、親は何も考える必要がなく楽でした。

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「こころのチキンスープ」の著者・ジャック・キャンフィールドさんが来日し、講演会を開くとの案内状が届きました。
この本には、とても感動させられました。
ノンフィクションの感動短編物語集ですが、こんな素晴らしい物語が世の中に転がっているんだと、とても心が豊かになりました。

それに影響され、僕の身近に起こる小さな感動を綴ってみようと、このブログを始めました。
題名もこの本の題名をもじって、チキンスープの所を僕の好きな「ポテトサラダ」にしました。
講演を聞きに行きたいけど、日程がなあ・・・

易経一日一言

『易経一日一言』という本に、栄枯盛衰の道理『易なればすなわち知り易く、簡なればすなわち従い易し』というのがある。

「易とは変化を意味する。易経の思想は陰陽説を根本として、すべての事象は春夏秋冬、日月の巡りの自然の摂理に
したがって変化するとしている。これをもとに歴史・政治・経済・組織・個人の人生に至るまで、あらゆる事象に通ずる栄枯盛衰の変化の道理を説く。易しく知りやすい、簡略な原理原則である。誰もが日常に用いて、従い行うことが出来る教えである」

もう一つ、窮まれば変ず『易は窮まれば変ず。変ずれば通ず。通ずれば久し』がある。
「陰が極まれば陽になり、陽が極まれば陰に変化する。冬が極まれば夏へ、夏が極まれば冬へ向かう。同様に、物事は行き詰まることがない。窮まれば必ず変じて化する。変化したら必ず新しい発展がある。それが幾久しく通じて行って、
それがまた生々流転する。「通ず」とは成長を意味する。新たな変化なくして成長発展はない。易が最も尊ぶのは新たな変化である」

太古の中国で成立した身の回りの自然の変化をベースに成立した思想ですが、現代にだって何ら変わりなく当てはまる普遍的な原理のように思います。
西洋列強がアジア・アフリカ・南アメリカを植民地化して甘い汁を吸った時代、いち早くその陰謀に気付きキリシタン禁止令を発した豊臣秀吉。
それでも日本人が奴隷として流出し、古来の寺社文化を破壊していくキリシタンから守るために鎖国政策を取り日本の独立を守った徳川政権の大胆な変化は素晴らしかった。

しかし、260年の鎖国中に欧米列強の兵器水準は飛躍的に進歩し、戦国末期はスペインなどを圧倒する優秀な鉄砲を持ち、その数でも圧倒していたのに、軍事力で対抗できなくなっていた。
このままでは植民地化されると立ち上がり、明治維新で中央集権化し、殖産興業化で軍事力を高め独立を保った人々も素晴らしい。

そして今、太平洋戦争後の敗戦でやってきた日本国憲法で平和は保たれてきたけど、このまま非軍事政策をしていれば必ず独立は保てなくなると思う。
ロシアのウクライナ侵攻、チャイナの南沙諸島や西沙諸島・尖閣諸島への手出しを見て、「今まで大丈夫だったから、これからだって大丈夫」という何の裏付けもない変化を怖がることは、ジリ貧そして死につながる。

国内人民を搾取し続ける中国共産党は、国内からの革命でいずれ倒れると思うが、日本は北朝鮮人民のように、ただ虐げられ搾取され続けても変化の潮流が起こらない民族ではないと思う。
大きな危機に当たって、その時代の人々が変化して国を守ってきた。

戦後の高度成長期を謳歌した飛龍は亢龍となり、次の飛竜・躍龍にバトンを譲り、置かれた状況の変化に対応して、易経が賞賛する根本精神の変化に舵を切るべき時のように思う。
安部首相は、そのような波・大きなうねりによって顕在化したトップに見える。

尖閣諸島での体当たり中国漁船の船長を、罪も問わず釈放した民主党政権には呆れました。
どこの世の中に、我が家の塀を壊した隣人に、弁償もさせずにお隣に送り届ける馬鹿がいるか。
燐家の親を呼び出し、弁償させるのが普通だろう。
隣人があちこちちょっかい出してきたら、厳重注意や弁済をさせるとともに、ジムに行き体を鍛えファイティングポーズしなきゃ、やられっぱなしになるのが関の山です。

やられっぱなしの少女が、ヒーローが現れ奇跡的に救われるのを夢見るお伽話の世界から抜け出し、空手道場に通い、マッチョな少女に変身して一矢報いるのが現実的です。
「米軍基地、出て行け」は、日本の防衛力を極端に落とす。
まして、軍備不保持の日本国憲法厳密順守をやったら、丸腰になっちゃう。
「話し合いで・・・」、なんてロシアのウクライナ侵攻を見れば、そんなの絵に描いた餅でしかない。
太古から脈々と自力の防衛力とをバックに、時代に合わせ変化してきた自立を、また変化して保たなきゃ。

IS・イスラム国は、総すかんされているから、いずれ敗退するだろうが、猛烈にそれを叩いているのが、国を持たないクルド人部隊。
イラク北部にあるクルド人自治区が、ISを追い出し独立する勢いのような気がする。
イラク戦争の時もアメリカに協力し、フセイン政権崩壊後の新イラク政府で一定の力を持った。
国を持たない民族・ユダヤ人がイスラエルを建国したように、クルド人の国が出来そう。
日本人も一度国を失ったら、再建するのはとても困難です。
チベットや内モンゴル・新疆ウイグル自治区は、代表で第2次世界大戦終了後の混乱で、相次いでチャイナに併合されてしまった。
そして、戦争とまで行かない巧妙な民族の粛清が続いている。
僕の子孫を、こんな目に合わせたくない。

易経

儒教を国の礎に武士階級を統治した徳川幕府の時代、武士の習いとして最重要教科書にされたのが、四書五経です。

『四書(大学・中庸・論語・孟子)五経とともに儒学の枢要の書』『五経(易経・書経・詩経・礼記・春秋)先秦時代に存したと伝えられる六経のうち、亡失した楽経以外の経書。漢代に諸家の流伝をもとに復元編纂。唐代の五経博士が、春秋の諸家のうち毛氏の詩、左氏の春秋を正科として以来、五経となった』

『子曰く・・・』で始まる論語は、時代劇の寺子屋風景によく登場します。
日本最古の学校と言われる「足利学校」から、その解説書を購入して読んでいます。
子供向けの論語教室も開講していると聞いたことがあり、漢詩を日本文にして解説も加えているとてもわかりやすい入門書を安価に販売しています。

『子曰く(しいわく)、学びて時に之を習う(まなびてときにこれをならう)、亦悦ばしからずや(またよろこばしからずや)。
朋有り(ともあり)遠方より来たる、亦楽しからずや。
人知らずして憤らず(いきどおらず)、亦君子ならずや(またくんしならずや)。

・・・(通釈)孔子が言った。学問をして、その学んだところを、復習できる機会を逃さず、何回も何回も、繰り返し復習すると、学んだところのものは、自分の真の知識として完全に消化され、体得される。これはまた、なんと喜ばしいことか。
このように知識が豊かになれば、道を同じくする友達が、遠い所からまでもやって来て、学問について話しあうようになる。これはまた、なんと楽しいことではないか。
しかし、いくら勉強しても、この自分を認めてくれない人は世間にはいるもの。
そうした人がいたとしても、怨まない。それでこそ、学徳ともにすぐれた君子ではないか』

五経のトップ「易経」をベースにした私設勉強会にも月1で参加しています。
「当たるも八卦・・・」の易の世界ですが、占いの技術習得ではなく、易経に書いてあることを学ぶ会です。
最初の教科書が第一人者の竹村亞希子さんの本で、とてもわかりやすく、僕の好きな社殿の蟇股などの彫刻の龍の姿が何を物語っているのかがわかり、歴史趣味にも一致し、数冊、易経関係の本を持っています。

政治家や、日本を動かしている実業家の言葉に見え隠れし、「この人も勉強しているな」と表面の言葉ではなく、裏の思想に触れた感じがして、ふふふ・・・となります。
「孔子」同様、本家の中国が唯物主義・共産主義になり研究が衰退したので、今や日本が世界一の古代中国思想の図書館でありアカデミーだそうです。
仏教寺院が、中国・朝鮮半島で多く消えてしまったけど、日本には明治の廃仏毀釈の嵐を経ても多く遺り大切にされているのと同じです。

現代中国でもその象徴になっている龍の成長がまず書かれており、潜龍~見龍~君子終日乾乾~躍龍~飛龍~亢龍と成長していく。
「潜龍用うるなかれ」・・・「潜龍」は、地の奥深くに潜み隠れている龍で、まだ実力もなく世の中に認めれられない時である。
実力を蓄える時期である。

次が、「見龍田に在り。大人を見るに利ろし」・・・龍は大人に素質を見出され水田に現れる。大人の行動に見習う龍で、教えられたことをその通りにできるようになるまで、徹底的に見様見真似で学ぶ。

次が、「君子終日乾乾す(君子=龍)」という段階で、毎日毎日同じ事を繰り返すということ。
見龍と違い、自分の意志と創意をもってさらに反復し、基本から応用を身につける。

次が「或いは躍りて淵にあり。咎なし」と記され、今まさに空に飛翔しようと跳躍を試みる「躍龍」。
飛龍になるためには、実力、技術やオリジナリティに加え、時を見極め、機、つまり兆しを察する力が必要になる。

次がリーダーとして社会に貢献する段階「飛龍天に在り。大人を見るに利ろし」で、自分が思ったように、またそれ以上に物事が成り立っていく。
実力と地位を得てリーダーとしての能力を存分に発揮する時である。
飛龍の意志に共鳴する人々が集まってくる。
人材は飛龍にとって雨を降らす雲にあたり、龍の絵の雲は人材を表しているのだとわかった。

最後が「亢龍悔いあり」です。
亢龍とは高ぶる龍をいい、従う雲を突き抜けて、空の高みに昇ってしまうのである。
雲が及ばない高みに昇り詰めてしまったら、もはや雨を降らすことはできない。
亢龍になってしまったら、後悔してリーダーの座を退くほかはない。
つまりいつまでも地位にしがみつかず、若手の飛龍に道を譲るのが良いということ。
人の一生を比喩的に説いているように読め、ウ~ムとなるに違いない。

3/1・くちびるに歌を

17時になり、再び出かける用意を始めました。
17:50上映開始の映画「くちびるに歌を」デートです。
うまい具合に雨が止みかけで、家内のヘルメット・カッパを入れたリアボックスを通勤リード110にセットし出発。
途中でサンドイッチなどを購入し、17:30に映画館前に着くと、家内が待っていました。
ソファに座って、2人でサンドイッチなどを食べ、映画館に入りました。

音楽の臨時教師として、母校である五島列島の中学に赴任してきた主人公・新垣結衣。
また新垣結衣さん主演映画です。
映画「はなみずき」が素晴らしく、去年観た「ささらさや」良かった。

彼女はピアニストとして活躍していましたが、恋人の死をきっかけに自分のピアノは人を幸せに出来ないのではないかと疑問を持ち、弾けなくなっちゃっていました。
彼女と交代で産休に入った同級生教師から、合唱部顧問を引き継ぎました。
主人公の魅力から男子部員が入ってきて、あれこれありながら、心に傷を持った生徒も主人公も再生していくというハートウォーミング映画です。

障害を持つ兄を持った弟は、自分が生まれてきた意味を、「両親は、自分たちがこの世を去ったら1人ぼっちになってしまう兄の面倒を見てくれ」と考え、ずっと兄のそばにいる決心をしています。
少女は、自分が生まれなければ死ぬことがなかった母、母が死んだことで父が家を出て行ってしまった現実に、表面的に明るくても負い目を感じている。

僕は、夫婦喧嘩の絶えない母から、「あんたがいるから離婚できない」と小学生の頃に何度か直接言われました。
その当時、「僕は邪魔者なんだ」と思った気持ちが蘇り、この原作者はとても深い気持ちを汲み上げた作品を書いているなと思いました。

最後に、ピアノへの気持ちを取り戻した主人公がフェリーに乗って島を離れて元の世界に戻っていきます。
このシーンは、去年ツーリングした隠岐の島を思い出させました。
そこから本土に出て行き殺害されてしまった中1の子の事を思いました。
この事件のニュースで、彼が去年夏まで学んだ隠岐諸島・西ノ島小学校の校長先生が、「島を離れる人には、テープで見送る習慣があり、あの子が島を離れた時は今までで一番多くのテープが船と桟橋を結んでいた」と、少年の人気者度を表現されていました。

それを聞いて、あの小学校だ・・・あの桟橋だ・・・
そして7/27に僕が上陸し、離岸したので、彼がこの島を去った日と数日しか違いません。
西ノ島を巡り、島後行きフェリーに乗るために港に戻ってきました。
少し早かったので、本土行きフェリーが離岸するのを見ていました。
たくさんのテープが船から桟橋に投げられ、そのテープが船が次々に切れていきます。

子供の頃は、何処の港でも見られた光景がそこに残っており、懐かしいなと思いビデオに撮りました。
事件の被害者になった子は、とても人懐こい性格だったそうです。
あのまま人情の厚い西ノ島で成長していれば・・・なんて思いました。

家内は映画の題名も知らずに観始めましたが、「凄く良かったね」と好評でした。
2人でタンデムしながら帰宅しましたが、1日雨だったのに、とても素敵な1日を過ごすことが出来ました。

隠岐の島ツーリング

3/1・なぜ無差別空襲されたか?

冬だし雨なので、ガラガラを予想して来ましたが、これほど人気とは知りませんでした。
この建物の歴史が書いたパネルがありました。
関西の実業家・加賀さんの別荘として大正から昭和期にかけて建築されたようです。
ニッカウイスキー創業時に出資しました。

朝ドラ「マッサン」にタイムリーです。
あっ・・・ドラマで出資する野々村さんは、この人がモデルなのかな?
なんて家内と盛り上がりましたが、帰宅して調べると別の方でした。
晩年、ニッカの株をアサヒビールに託した縁もあり、この別荘はアサヒビール所有になったようです(実際は加賀さんご夫婦が死去後、転売された後アサヒビール所有に)。
外門から内門までにあった民家は、その加賀さんの末裔さんの家だったのですね。
道理で敷地内にあったわけです。

家内から声の掛かる時は、映画でもドライブでもたいていナイスです。
とってもいい気持ちになり、山荘を後にしました。
帰りのバス11:20にちょうどいい11:16に、バス停に着きました。
バスが下から登ってきてお客さんを下ろしていました。

お昼休憩1時間半ほどは運行がありませんが、20分間隔で巡っているようです。
専属運転者さん2名で回しているのかな?
アサヒビール定年退職後の職場なのかもしれません。

JR山崎駅バス停僕だけ下り、家内は阪急大山崎駅まで乗り、大阪に向かいます。
車に戻ると、助手席に重いからとバッグから下ろした化粧道具一式がありました。
慌てて家内に電話するとまだプラットホームだそうで、車を走らせr67改札口で化粧バッグを渡しました。

R171~名神高速・大山崎IC~中国道・豊中ICで帰宅しました。
家内の用意してくれていたうどんをお昼ごはんに食べようとTVを点けると、びわ湖毎日マラソンのスタート前でした。
雨で風の強いコンディションなので、1週間前の東京マラソンのような好記録は出そうになく、今年の世界選手権から来年のオリンピックに続く枠をこの大会で取ろうとエントリーしたトップ選手には気の毒です。

朝に続き2度目のお風呂に入り、マラソン見ながらあれこれ・・・。
続いて、「特攻隊の成果は?」「なぜ無差別空襲されたか?」を検証する興味深い番組を見ました。
評論家が、あれこれコメントし、変に盛り上げ煽る番組ではなく、日本・米英資料、本人証言を出しながら、淡々と事実を綴った番組でした。
この手のNHKドキュメント番組は好きです。

沖縄特攻戦で特攻機を沖縄まで誘導・支援・報告した、南方方面で活躍した経験のあるベテランパイロット本人の証言・・・
「特攻機は速度も遅い練習機で、パイロットの技量も未熟で、飛ぶのがやっとでした。あれで敵艦に命中させるのは難しい。戦果のあったのは4月当初だけで、その後の戦果はほぼゼロでした」
これを現場で見て鹿児島まで帰還する支援機パイロットの気持ちは沈んだでしょう。

米軍無線傍受していた英語が堪能な通信兵の証言も惨憺たるものでした。
でもそれが上官により歪められて報告されていたようです。
そりゃ、一命を賭して逝った隊員の気持ちを思えば、「戦果あり」としたいけど、これでは賢明な作戦立案は出来ない。

軍事大国が集まって取り決めした民間人への無差別攻撃の禁止を最初に破ったのはドイツだったそうです。
次に破ったのが、中国戦線の日本軍。
イギリス軍は仕返しにドイツを無差別爆撃しましたが、アメリカ軍は軍事施設のみ爆撃の姿勢を、当初崩さなかったそうです。

予想以上に強く抵抗する日本軍の戦争遂行の意思をくじくため、大都市圏のみ無差別爆撃し焼いてしまえば日本国内世論が厭戦に傾き、反体制派と国内が二分するだろうと考え、米国本国から無差別攻撃指示命令が下った。
それでも時の司令官は民間人を大量殺害する無差別爆撃を避け、軍事施設のみ攻撃から外れなかった。
でもジェット気流が強く、地上からの対空砲火にさらされる爆撃機の安全を優先し高高度からの爆撃だったので、目標軍事施設への被害が軽微で、戦果が上がらなかった。

とうとう司令官が更迭され、中国戦線で日本人地区を無差別攻撃した司令官に交代し、大都市無差別爆撃が始まった。でも日本人に厭戦気分は広がらず、中小都市にまで目標が広がり、そして原子爆弾投下に至った。
ふ~む・・・

イギリス空軍でドイツを無差別空襲したパイロットの話が印象的でした。
空爆時は、地上の惨状を見ることはありません。
でも何度目かの空襲で被弾墜落し、捕虜になりました。
その護送中の列車内で、黒の喪服を身にまとった女性3人を見ました。
旦那さんか息子さんかの葬儀の帰りを想像しました。
すると、その中の1人の方がパンをその方に渡したそうです。
きっとひどい格好をしていたのでしょう。

その行為を見て、自分はなんて酷いことをしたんだと実感したそうです。
戦後、ドイツの無差別空襲追悼の会に参加されているそうです。

3/1・アサヒビール大山崎山荘美術館 2/2

やっと日曜日・3/8が晴れそうです。
しかも家内に用事があります。
備前に山城攻めツーリングに行こうと計画しています。

コースは、8~9時・和気神社(道鏡の天皇への陰謀を砕いた和気清麻呂)~2度時間切れで訪問できなかった天神山城址(備前の雄・浦上氏急峻山城・和気美しい森から楽々登城)~古代遺跡・熊山遺跡~大雄山・大賀島寺(宇喜多氏菩提寺)~砥石城址(好きな戦国の梟雄・宇喜多直家生誕地)・鷹取山城址。
残り時間に余裕があれば、帰路に岡山ブルーライン~R250・七曲りを走ろう。
高速道路250km+一般道100km=350kmになりそうです。
久しぶりの1日ツーリング・・・楽しみ・・・

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定刻になり出発し、車を停めた民間駐車場横のJR踏切を渡ります。
「揺れますのでお気をつけ下さい」と運転手さんから放送があり、ゆっくりした丁寧な運転で急坂を登っていきます。
徒歩の方を数組追い抜いて山荘前バス停に到着しました。

「秀吉の道」と書かれた急坂途中にバス停があり、坂はまだ山を登っています。
ここを登っていけば天王山山頂まで行けるのかな?なんて思いつつ、山荘美術館は横道に入ります。
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9:57、すぐに雰囲気の良い小トンネルがあり、上に「大山崎山荘」と書かれています。
徒歩の方も含め、15名ほどがトンネル下の門扉に並びます。

10時になり、守衛さんが門扉の鍵を開けてくれました。
傾斜地の敷地で、左手眼下に淀川が流れています。
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民家風の家があり、アサヒビールの保養所かな?と思いましたが、「加賀」さんという表札が上がっており、個人宅のようです。
山荘管理をされている方かな?
アサヒビール創業者の子孫の方かな?
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なんて歩いていると、「アサヒビール大山崎山荘美術館」と書かれた低い塀に連なる中門がありました。

そこを通ると、右手に小さな茶室があり、左手にお隣の敷地にある多重塔が見えます。
お隣の「宝積寺」のようです。

20150301AsahiS028s.jpg
山荘美術館は、大正期の和洋折衷の素敵な建物でした。
3階建の建築で、暖炉用なのかレンガ造りの煙突も立っています。
家内が喜んじゃって、「たーくん(次男・建築科)が喜ぶわ」ってごきげんです。
激写・あっちウロウロにより、皆さんに遅れて玄関に着いた僕らは、入館料(1人900円)を払って入ります。

ここからは撮影禁止なので、カメラをバッグに仕舞います。
この建物の歴史などが書かれたパネルは写真OKかな?と思って、受付のお姉さんに聞きましたが、それもNGだそうで、申し訳無さそうにしておられました。

常設コレクションや期間限定展示物も見て回りましたが、僕らの目を豊かにしてくれたのは建物そのものです。
アサヒビールが丁寧に維持管理しており、新築当時の状態で、そこにいるだけで心が豊かになります。
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1F・2Fを見て回り、バルコニーに出てお庭を拝見したり、暖炉・素敵な柱時計・大きなオルゴール・・・。

いかにも安藤忠雄デザインと言うお得意のコンクリート打ちっぱなし廊下が建物の外から地下に伸び、地下展示はモネでした。
モネってどこの人だったっけ?
レンブラントやフェルメールのような重厚な暗さはないから、オランダじゃなさそう・・・スペインの画家のような陽光の明るさもないから・・・ビンゴ!フランスの画家でした。

子供の頃、母親に情操教育として博物館や美術館によく連れて行ってもらっていたので、なんとなく雰囲気でわかります。
ありがたいことです。
3Fは関係者以外立入禁止のロープが掛かっていましたが、大満足でした。

2Fに、喫茶室がありました。
この天気なので外のバルコニーで座る方はいませんでしたが、バルコニーからの景色がとても良いです。
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淀川とその対岸の男山が一望です。
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バルコニーから外を写すのはOKだろうと、激写。

喫茶室のお姉さんは、喫茶しなくてもバルコニーへはどうぞと誘導してくれたのですが、そこはそれ大人なので喫茶室に腰掛けます。
メニューは、アサヒビールスーパードライやワインなどアルコール数品、コーヒー・紅茶・ジュースなど数品、それにケーキです。
家内は、アサヒビール特製ワインケーキを、僕は期間限定「リーガロイヤルホテル京都」特製オリジナルケーキセットを注文しました。
僕のはマカロンの載ったカラフルケーキで、甘めのお味でした。
家内といつものように半分こずつしましたが、家内のはワインが入ってるので、運転のある僕は一口だけにしました。
美味しゅうございました。

ケーキを食べている間に満席になり、待ちが並ぶことはありませんが、テーブルが1つ2つ開くと、1組入ってくる状態で、フル稼働に近い状態が続きそうです。

3/1・アサヒビール大山崎山荘美術館 1/2

日曜日は、家内がお出かけだったので、ツーリングできるかな?と思っていました。
ところが天気予報は無常にも、先週に続き傘マークです。
でも、午後から夕方まで1ミリ程度の雨量予想だったので、スクーターで神戸の平清盛・源平合戦の古戦場めぐりなら出来そうと、計画しました。

訪問地をリストアップし就寝しましたが、朝目が覚めると雨音が聞こえます。
予報と違うので再度天気予報を見ると、1日中雨で日没後に雨が上がる予報に変わっていました。
しかもお昼頃の予想雨量は5ミリに増えており、神戸歴史探索を断念しました。

「あ~、1日中家篭りになるかなあ~」と気を落としていると、階下から、「お父さん、午前中お暇ですか?」の声が掛かりました。
午後からお出かけなので、家内を駅まで送ることしか予定がありません。
慌てて階下に降りると、「アサヒビール美術館に行かない?高槻にあると思うけど。お昼に電車に乗れば、間に合うから」とのお誘いでした。

・・・アサヒビール美術館は、高槻ではなく、サントリー山崎工場の近くだったはずだけど・・・
すぐに自室に駆け上がり、PCを立ち上げて場所を詳しく調べます。
天王山トレッキングを計画した時、そのルートに入っていたので大体把握しているのですが、オープン時間などを調べます。
正式名は「アサヒビール大山崎山荘美術館」で、「朝ドラ・まっさん」で脚光を浴びてる「サントリー大山崎工場」の東・「JR山崎駅」から近いです。
現在7時前で、オープンは10時です。
急いで階下に下り、朝ごはんを食べて着替えました。

家内の用意が終わるのを待って、8時に車で家を出ました。
豊中ICから中国道に入り、名神に乗り換え大山崎IC下車し、R171~r67・旧山陽道で「阪急大山崎駅」横を通り、9時にJR山崎駅に到着。
「どっちかな?」とキョロキョロすると、駅前に「アサヒビール美術館」の案内板を見つけました。
「駐車場なし」と書かれていたので、JR踏切横にあった民間駐車場に車を入れます。

美術館へは、踏切を渡って正面の急坂を上がっていくようですが、オープンまで1時間もあるので、駅の方に戻り、駅前で気になった「大山崎歴史資料館」に向かいます。
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9:07、歴史資料館到着・・・と思ったら、ここは国宝(茶室・待室・桃山時代)と重文(書院・室町時代)のある「妙喜庵」という建物でした。
資料館は阪急大山崎駅前の方だそうです。
家内はお茶の免許皆伝者でもあるので、国宝の茶室を見ようと妙喜庵に入ろうとしたら、1ヶ月以上前に往復はがきで見学申し込みしなければならないようです。
資料館に行けばレプリカがあるとも書いてありました。

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観光案内板には、3度訪問した旧西国街道沿いの「離宮八幡」へ徒歩1分・資料館へ徒歩5分・天王山トレッキングで寄り道予定した「宝積寺」徒歩15分・同じく「観音寺(山崎聖天)」徒歩20分となっていました。
1日掛けて廻らなきゃ。

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駅横に、「大山山荘行き無料送迎バスのりば」がありました。
アサヒビールが運行しているのでしょう。
お年寄り優先・阪急大山崎駅始発故満員の時もあると書かれていましたが、急坂だったし、バスに乗せてもらうことにしました。
雨が降ってるし、風も強いので、駅待合に避難します。

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駅の観光パンフレットを収集していると、トレッキングスタイルのグループが集合場所に使っていました。
改札から出てくる人がグループに加わり、「また雨ですね」とかおしゃべりしています。
カッパを着込んで天王山トレッキングをするようです。

「お腹が空いたから、コンビニで何か買ってくるわ」と家内が出て行きました。
店内に食べる所があったと誘いに来たので、僕もデイリーヤマザキさんに移動しました。
ずっと暖かで、バスの到着時間9:50まで休憩します。
競馬無料送迎バスが運行されているようで、入れ替わりバスが出ていきます。
駅前に、「ホテル・デュー大山崎」というこじんまりしたホテルが有りました。

9:45、マイクロバスが来たのでコンビニを出ます。
マイクロバスに駆け寄ると、ドアが開きました。
先客は5名ほどで、「しばらくお待ちください」と年配の落ち着いた雰囲気の運転手さんからの放送で定刻まで待ちます。
再びドアが開き、2名の方が乗って来られました。

人は死なない 2/2

高熱のベテランなので、体温計がなくても自分の体温がわかります。
40℃を超えてくると、頭がぐるぐる回り出し、身体がフワフワします。
そして寝ていないのに夢の世界の中にいるようになり、身体が浮いていきます。

目を開けたままなのに、天井が近づき、天井に触れぶつかるぐらい上がります。
でも手を伸ばしても、天井には触れません。
振り返ると、部屋の片隅から寝ている僕を見下ろしています。
凄く変なのですが、僕の全身が自分の目で見えるんです。

そして毎回浮かんだまま、窓を通り抜けて外に出ます。
そして泳ぐように羽ばたくように、身体が上昇し、道や電信柱や家が見下ろせるようになり、とても気持ちが良いです。
鳥のように飛んで、何処にでも行けます。
「よっしゃ、きたー」と、大喜びで飛び回ります。

でも上昇が止まり、少しずつ下降し始めます。
いくら羽ばたいても下がっていき、もうすぐ地面だと残念な気持ちになる。
夢なのかもしれないけど、また床に臥せっている僕の体からの景色になります。
びっしょり汗をかいており、気持ち悪いし冷えて寒くなるので下着を着替えますが、気分が爽快で熱が下がっており、頭もぐるぐる回っていません。

これを何度体験したかわかりません。
恐怖心もなく、また熱が上がってきたと感じると、また飛べるなと嬉しくなることさえありました。

中高生になり、いろんな知識を得てくると、臨死体験の本に手を伸ばすようになりました。
臨死体験者がその不思議な体験を綴っている本です。
「向こうの世界は、とても明るい世界だった」
「誰かに名前を呼ばれ、歩みを止め振り返ると生き返った」・・・などが書かれていましたが、僕のそれとは少し違います。
僕は危篤になったわけでもなく、別の部屋では家族が日常を送っている時にそうなるので、僕に異常があったわけでもありません。

僕は「幽体離脱」を体験していたようです。
こんな僕には日常の体験から、肉体と魂は別物だというのは、確信を持って言えます。

この本の著者・矢作直樹さんは、ご自身の山での遭難体験や、東大医学部附属病院救急部・集中治療室長として体験する臨死の患者さんの不思議な行動などで、僕と同じく肉体と魂は別だと確信しました。
瀕死の患者さんが突然覚醒し、自分が事故に遭った状況を、何事もなかったのごとく冷静に話しだしたり、別の方が憑依して別人格になったりを何度も見てきたそうです。

中さんは、鍼灸師・気功家として中国・インドで、聖者と言われる方と接し、弟子になり、様々な奇跡を見て来られた方です。
西洋医学万能・西洋唯物論物理理論万能の方には、単に胡散臭い著書ですが、僕にはすんなり入ってきました。

「人は死なない」の前作がとても評判を呼び、この対談書が発刊されたようなので、早速「人は死なない」を御用達書店に注文しました。
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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
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/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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