1/25・グループツーリングで伊勢へ 3/3

Jさんに続き、一般・ETC併用レーンに突っ込んだら、前の車がETCなしで、チケットを取るのに手間取って、いきなり遅れました。
本線を走り出したら、もう他の5台はもう見えません。
Jさんも離れて行きますが、皆さんに追いつけないと諦めたのか、スピードダウンして僕の先導車になってくれます。
僕は、Jさんの荷台の牡蠣が落ちないか?期待・・・いや見張ります。

「あのうSA」で休憩・「針テラス」で解散しますと言われているので、一人旅になっても平気なのですが、「あのうSA」がなかなか出て来ない。
1人だったら、確実に途中で1回休憩を入れていたと思います。
昼食を取った「久居」を過ぎました。
昼食後にこんなに走ったんだと、ここまで来てビックリ。

「津」を過ぎて、やっと「安濃SA」がありました。
安濃って、こんな字なのね。
初めての地名です。
先着の皆さんは、赤福餅を買って来られました。
Kurさんがリアシートにくくりつけようとしていますが、2個ではネットがユルユルで、苦戦苦闘しています。
「もう1個追加したら、いいんじゃないの?」て提案するも、多過ぎのようで却下でした。
僕にお付き合いしてしまったJさんが買いに行ったら、赤福は売り切れていたそうです・・・残念。
ここまで2時間ほど休憩なしで限界だったので、ここで離脱しようと「針テラス」までの距離を先導Hさんに聞くと、60kmほど40分ぐらいかな?との答でした。
60kmなら大丈夫そうだと、最後の解散場所まで皆さんとご一緒することにしました。

伊勢道では名阪国道の分岐があるので、ビリの僕を視界に捉えながら一団で走りましたが、伊勢道をそのまま北上する名古屋のYとお別れして名阪国道に入ると、先行する皆さんがあっという間に視界から消え、1人旅になりました。
先週の日曜日同様、この時期の割に気温高めで、上天気で風も弱いので、ここまで全く寒さを感じません。

走行車線に、60cmほどの角棒が落ちていました。
踏んだらコケます。真っ暗だったら避けられなかったかもしれませんが、幸いまだ陽があったし、車間距離いっぱいだったので平気でした。
針テラスへの進入路に入ると、遥か彼方見えないとこを走ってると思ってた先行さんが針テラスの駐車場を走っています。

「意外に、遅れなかったかも?」と駐車場に入り、角棒のことを話すと、先行さんは避けきれず乗り越えたそうです。
「よくコケなかったな」と感心してしまいました。
高速道路並みスピードの名阪国道でコケたら、バイクは廃車・身体は病院行になりそう。
僕なら確実にこけてたアクロバットを決めた先行さんはその後パンクが気になり、スピードダウンしてたそうです。
パンクもしておらず、メデタシメデタシ・・・。

ここで解散し、遅い僕はお先に出発します。
でもすぐ皆さんに追いつかれ、追い抜いて行かれました。
恐怖の奈良盆地への下り勾配&連続カーブを走行車線ののんびり車の後ろでゆっくり下り、道なりに「西名阪」に乗りました。
松原JCTから近畿道に乗り北上、吹田から中国道に乗り換え、18:59に自宅近所の「出光セルフ宝塚」で給油。
289km/11.11L=26.0km/L。
トータル燃費24.9km/L。

いつものように乾拭きして、倉庫に片付けます。
帰宅してすぐ片付け、夕食を食べて20時の大河ドラマの途中で寝てしまいました。
トータル500km以上走ったと思います。
高速道路が多かったので疲れました。
スピードが高いので、気を使って疲れます。
操作が少なく単調で暇すぎるのも、疲れる原因かもしれません。
伊勢はじっくり、激写タイムを多く入れながら巡りたいな。
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1/25・グループツーリングで伊勢へ 2/3

自己紹介とルート説明があり、出発。
名阪国道を東に走ります。
遅れ気味でついていき「上野東IC」で下車し、R422で南下します。
R165に乗り換えて、東進。

この道は、青山高原北側の裾野を通る道で、高原以東は初走行です。
遅れ気味ですが、Jさんが僕の後ろ・殿を走ってくれているので迷子にはなりません。
申し訳ないな・・・
ナビあるし、間違いそうな道もないので、先に行ってくれてもいいんだけど・・・。
グループで青山高原に行った時も、大きく遅れ1人旅になりました。
迷いそうな交差点などで待っててくれるので、問題なしです。
真冬のこの時期に、奈良~三重県の山岳部を走れるのか心配でしたが、峠でも標高がそれほど高くなさそうだし、気温も高めで上天気なので問題なしでした。

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r118に曲がってすぐ、10:38「藤ヶ丘食堂」に到着。
ここでMatさん(ZZR1400)・Yoさん(バンディット1250)が加わり、9台になりました。
再び、自己紹介。
Matさんは地元の方で、ZZR1400は世界最速というバイクですよね、迫力があります。
Yoさんは名古屋市在住で、反対側からの参加です。

11時開店で、すぐ満席になりました。
皆さん焼き鳥・ご飯・味噌汁を注文されます。
これは硬めとか柔らかめとか、部位の名前を言っておられますが、僕には全くわかりません。

小学生までに2度大病して親に心配させたので、基本肉より魚・野菜、薄味なので調味料を後からかけることもありません。
二十歳まで生きられるかわからなかった僕が、中学の虫垂炎を最後に病からの呪縛が切れ、以降健康体です。
でも自分の身体に自信がないので、小学生で慢性腎炎患者だった時、お医者さんや親に言われたことを、ずっと励行しています。
母方の爺ちゃんは慢性腎炎で、母が4才の時亡くなっていたので、死を凄く意識しました。
小学生時代の目標は、1学期を皆勤することだったものなあ・・・

今まで生きてこれたのは、食生活・早寝早起き・アルコールなし・タバコなしのおかげだと思っています。
焼き肉・焼き鳥など食べに行くことないので、そちらの知識は皆無です。
僕だけ「とり鍋うどん」を注文しました。
450円ですが、量が多く、野菜に味がしみており、お腹いっぱいでとても美味しい。
すぐに満席になるのもわかります。

ここから、地元Matさんの先導で、9台で走り出します。
また遅れ気味になりますが、さすが地元の方の案内です。
信号の少ないワインディングを走ります。
片側2車線のr37を快走し、r53・サニーロードで南下。

12:59、r13との交差点・三重県度会郡度会町大野木・「JA伊勢SS」で給油。
141km/5.78L=24.4km/L。
伊勢道・玉城ICの近くです。
r65~r169を南下します。
これも気持ちのいいワインディングでした。

R260に出ました。
右手に海が見えます。
パールロードを走ると言われていたので、伊勢の海でしょう。

13:58、「土実樹」というお店に寄ります。
みかんの販売店かと思ったら、牡蠣の試食をしています。
メチャ美味い、2個試食しました。

Jさんが、一網詰め放題1500円というのを購入。
「え~バイクに積めるの~」と、箱もらって来たり、新聞紙突っ込んだり、ガムテープで蓋を塞いだり、皆さんで寄ってたかって積み込み終了。
僕は、デコタンマーマレード650円を自分用のお土産に購入。
「くじ引きを引いてください」と言われ大当たり(末当かも?)・みかん2個ゲット、家内へのお土産も終了。
ここで、和歌山から来られているMさん離脱。尾鷲まで高速に乗り、紀伊半島の南を回った方が、早く帰宅できるそうです。

ついていくのがやっとの状態で、何処をどう走ったかわからず、パールロードに乗りました。
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「停まって景色を見たいな」と思える展望駐車場をいくつもやり過ごし、14:27・「鳥羽展望台」到着。
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案内板には富士山も見えると書いてありました。
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綺麗な海岸の景色です。

ここから帰路です。
平地に下り、近鉄の沿線を走ったのでr37かな?伊勢西ICから伊勢道に乗りました。
ここで先導案内してもらったMatさんとお別れです。

1/25・グループツーリングで伊勢へ 1/3

日曜日は、今年初のグループツーリングでした。
半年ぶりぐらいです。

グループツーリングは、バイク趣味の方とおしゃべり出来て楽しいんだけど、事故を起こしてしまうと家族や仕事仲間に大迷惑かけるので、ゆっくり走りたい。
バイクに乗り出して3年目からグループツーリングに参加し始めましたが、僕だけ遅くて参加が遠慮気味になっています。
遅い僕の後をついてきてくれる方や、遅れていく僕をスピードダウンしてサポートしてくれる前の方は、きっと楽しくないだろうな・・・今回もそんな気持ちを持ちながら、迷惑ながら参加させてもらいました。

針テラス8:45集合・9時出発です。
針テラスまで2時間ほどだったはずだから、6時に出ようと予定を組みました。
難所は、高速道路並みのハイスピードで流れるR25・名阪国道です。
元・高速道路の自動車専用道路規格だから仕方ない。
奈良盆地東の山を越える大きなカーブを伴う上り下り部分が特に怖い。

5時に目を覚まし、ちょっとゴソゴソした後、着替えようと階下に降りたら、「・・・えっ、もうこんな時間?」。
枕元の目覚まし時計は、25分も遅れているようです。
これが先週遅刻してしまった原因のようです。
すぐに修正しました。

倉庫に行き、先週乗った「里山VTR250」から「招き猫CB400SB」に、車載荷物一式を載せ替えます。
空気圧も低かったので、手動ポンプでシュポシュポ。
ガソリンは1/6メモリ減ってるだけなので、西名阪・香芝SAで給油すればいいかな。

なんだかんだで出発が、6:10になっちゃいました。
信号で止まった時、ナビを入れてみると、到着予定は7:45です。
まだまだ余裕です。
豊中ICから中国道に乗り、近畿道を南下し、松原から西名阪へ。
松原料金所入ってすぐの左も待ち合わせ場所でしたが、早すぎて誰もおらず。

7:08、「香芝SA」到着。
いちご大福・464円を購入し給油、188km/7.89=23.8km/L。
恐怖の連続カーブ登りをクリアしました。
メチャ速い車と勾配がきつく息継ぎしながらゆっくり走る大型トラックが混在するので、ここはほんと怖い。
大きくコの字状に迂回しますが、地図を見るとまっすぐ走る道もあります。
一度それを走ってみたいな。

8:03、「針テラス」到着。
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ここに僕含めて3台来るはずですが、まだ誰も来ていないようです。
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トイレを拝借し、いちご大福を食べる。
観光案内所のような暖かい部屋で時間を潰します。

国土交通省・近畿整備局の数年前の奈良県・和歌山県の台風大被害のビデオがエンドレスで流れていた。
去年見たR168界隈のがけ崩れを空撮で撮っており、それを調査・改修しているのも流されていた。
この仕事は短くても10年スパンでプランニングしないといけない仕事だな。
1000年ぐらいの河川侵食や崩壊の歴史を頭に入れておかないと、適切な判断ができなさそう。

バイクに戻ると、僕の横に黒のBMWが停まっていた。
事前調べでは、本日のリーダーさんのバイクのようです。
ライダーさんがおられず、再び暖かい売店に退避。
あれこれ見て、ふと外を見るとグループ主催者・Jさんがお喋り中です。
松原で集合したグループが到着したようです。

僕も輪に加わります。
7台集合。
naさん(GSR250、相変わらず綺麗な白です)・Mさん(前は大きなバイクだったのに、今回は250アメリカン)とはご一緒したことがありますが、4名の方はお初です。

Sheさんは大きなアメリカンDSC11、Kurさんはコンパクトで戦闘的なビューエル。
これはハーレーのエンジンを使用しているようで、今は会社がなく、メンテナンスはハーレーがしてくれるのだとか。
ガソリンタンク部分が半透明で、中はタンクじゃないみたい。
ガソリンはフレーム内にあるそうなので重心が下がり、コンパクトな車体と相まって、小回りが利きそう。
タンデマー座席横にガソリンタンクキャップがあるBMWは、座席下がガソリンタンクとのことで、こちらも重心が低くて乗りやすそう。
他のバイクメーカーにも広がって欲しい仕様です。

本日のリーダーHさんは、300kg車格のBMW・R1150で、楽ちんバイクだと言っておられました。
JさんのW800も初めて見ました。
落ち着いた外観の良きバイクって感じ。
ハンドルを変更し、手前にしたそうです。
僕も2台とも上・手前にするためにハンドルマウントに下駄を履かせました。

1/18・備前三石城址・富田松山城址ツーリング 6/6

再び、ナビが対岸に渡るよう指示して来ましたが、直進の細い道を選びました。
後続のバイク集団は、みなさん渡って行きました。
吉井川支流の金剛川左岸の枝道は終わり、否応なく対岸に渡りました。
今度は右岸道路r96を走ります。
バイク集団の後ろになりましたが、徐々に離れて行きました。

左折して、r404へ。
池田輝政公の墓地がある和意谷に入っていきます。
輝政公は、織田信長~豊臣秀吉~徳川家康に仕え、常に武闘派として活躍しました。
徳川時代姫路藩初代藩主として、豊臣恩顧の西国外様大名と豊臣大坂城を分断し、大坂城包囲網の一翼を成した。
そして現在の優美な姫路城に造り変えました。
藤堂高虎とともに、外様大名ながらた徳川家康から厚い信頼を寄せられた大名です。
息子などが岡山藩・鳥取藩などに転出し、一族で加賀前田百万石に匹敵する大大名を築いた。

ツーリングマップルを見て、お墓がここにあることを知りました。
姫路藩初代だから、後に姫路藩に入封した本多氏が姫路書写山に歴代藩主の墓があるように、播磨か尾張にあると思っていました。
お墓は元々京都にあったそうですが、菩提寺が火災にあったのを機に、岡山藩の輝政の次男が移したそうです。
そこが岡山池田氏歴代藩主の墓地になったそうです。

ほとんど交通量のない道は川沿いを北上し、1.5車線区間があったり、僕の好きな道でした。
池田氏墓地の案内板に従って枝道を入り、更に入る枝道に「墓地駐車場こっち」の案内板がありましたが、苔むした急坂だったので、そこにバイクを停めて歩きました。
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14:48、墓地駐車場到着。

謂れ板に、輝政のお墓移動の詳細が書かれていました。
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墓所配置図もありましたが、輝政含め歴代藩主のお墓まで1kmもあります。
緩やかだけど上り坂なので、30分ぐらいかかりそうで、15時までの到着が危ぶまれましたが、行けるとこまでと思い歩き出しました。

地道ですが、1車線ほどの幅がある道が続いています。
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江戸時代は墓守が暮らした住まいが建っていたと思われる郭も数ヶ所あります。
猪が掘り起こした跡・鹿糞などがある落ち葉の絨毯の道です。
勾配が増すと石段が組まれています。
この石の上を、歴代藩主や関係者が歩いたんだと想像しながら歩きます。
道に迷うことはありませんが、丁石石があるわけでもなく、残りの距離表示があるわけでもないので、何度もUターンしようかと思いながら孤独に登りました。

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15:06やっと「お茶水井戸」に到着。
横にあったベンチで休憩しながら、墓地入口で撮った写真を見ると、ここはまだ730m地点で、輝政公のお墓は1140mです。
太陽の位置はまだ高めですが、残念ながらUターン決定。
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15:22、墓地入口に戻ってきました。

バイクに戻り、帰路に着きます。
r404を下ります。
川沿いの緩い下りなので、5速に入れていればエンジン音も軽快に、気持よく下ります。
r96でまた三石に出て、R2~山陽道・備前ICに乗りました。

5:59、山陽道に入ってすぐの「福石PA」到着。
ここで車載カメラとナビを片付けます。
家内から新年会で帰宅が遅いから、夕食を食べてくるよう言われているので、「岡山中華そば・550円」を頂きました。
意外に量が多く満足しました。

16:40、次の「龍野西SA」に寄り、出光で給油。
225km/8.6L=26.2km/L。
17:22・「権現湖PA」で休憩し、「桃バター・540円」を家内へのお土産に購入。
岡山名物のもものバターなんて初めて見ました。
「パンに・ヨーグルトに」と書かれていたので、バターとジャムの中間のような商品だと想像しました。

続いて、「三木SA」で休憩し、ここから一気に帰宅しました。
三木から夜のツーリングになりましたが、先週に続き宝塚トンネル渋滞が発生しておらずラッキーでした。
倉庫前でいつものようにバイクを乾拭きし、通勤リードに乗り換え帰宅しました。
19時前なので、家内はまだ帰宅しておらず、家が真っ暗です。
ササッと片付け、残ったおにぎりを食べながらTVを見て、風呂に入って、家内が帰宅前の20時前に寝てしまいました。

三石城址・富田松山城址 4/4

1/18・備前三石城址・富田松山城址ツーリング 5/6

手前の山の山頂も、想像通り郭でしたが、一旦下って西に本郭が見えます。
標高は同じぐらい(209m)です。
尾根に下って、本郭に取り付きます。
また搦手側に回ります。

「直進・大手曲輪」「右・本丸跡の入口裏門」と書かれた道標があり、直進します。
幅が広かったので、帯郭を歩いたようです。
11:52、「大手曲輪」着。
大手門は石積みされていますが、三石城のそれとは大違いで石も小さく風格がありません。
やはり守護クラスと家臣とは大きな違いがあります。

「三の丸」~「二の丸」~大手筋で、11:54・「本丸曲輪」に上がります。
井戸跡があります。
「富田松山城跡 築城1533年城主浦上国秀 落城1577年城主浦上景行」との看板が立っています。
曲輪周囲を、50cmぐらいの土塁が切れ目なく囲っています。
450年経てこの高さだから、当時は立派なものだったろう。
1ヶ所切れ間があり、搦手口と容易に想像できます。

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四角いテーブル&四周ベンチのセットが3つあり、割合きれいなので春秋シーズンは、それなりの来客がありそうです。
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西と南は、人では上がれない急勾配で海に落ちており、こちら側から攻めるのは不可能です。
下からは円錐形の山に見えたので、北からも攻め手は厳しそうです。
東からの一手だけの攻め手とかんがえられる。
いずれにしても要害です。

1時間遅れですが、ここで昼食にします。
Mさんはさっきのリュックの中におにぎりがあるとのことなので、僕の1つを提供を提案しますが、帰り道で食べるとのことです。
ウダウダ喋りながら休憩し、12:22帰路に着きます。
搦手口から東側の郭(三の丸跡(仮))に降りたら、そこにブルーシートで囲った仮設トイレがありました。

下りは楽です。
一気に下りましたが、バイク装束への着替えに手間取り、13:00出発。
この城も2時間仕事でした。
3つ目の城攻めは諦めました。

R250~R2に出て、次の訪問地・「長船刀剣博物館」に向かいます。
吉井川に向かい、ナビの誘導に従い枝道に入り迷わず、13:19到着。
ここで、Mさんとお別れです。
誰にも合わない山城攻め・各2時間を楽しくお喋りしながら楽しむことが出来ました。
ありがとうございます。

入場料500円で、館内に入ります。
入口で2領の甲冑武者がお出迎えです。
刀剣の歴史・種類・政策道具・製造工程の展示を見ます。

家内と登った播磨・置塩城跡で出会った方が、娘の結婚に際し、長船で製造した懐刀をプレゼントしたと言っていました。
刀自と呼ばれていた名家の正室の時代ならいざ知らず、懐刀持参で嫁入りする妻女には、旦那さんも逆らえなさそう。
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それを持たされる新妻も、困るだろうな。
筋金入りの歴史好きの父親を持った不運と諦めるしかあるまい。
200万円と言ってたから、新婚夫婦の希望は、「現金で貰いたい」だろうね。
日本刀を注文すると、家が一軒建つと言っておられました。
そんなことが思い出されました。

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14分の制作現場ダイジェスト映像に引きこまれ、あっという間に終わりました。
2F展示室には、室町時代製作の刀剣から新しいのまで展示されていました。
室町時代製のも見事に磨かれ、昨日出来上がったように見えます。
まさに芸術品です。
撮影禁止だったのが残念でたまりません。

Mさんには、「すぐ出てくると思います」なんて言いながら、あっという間に1時間近く経っちゃいました。
14:15、「備前長船刀剣の里・ふれあい物産館」で、白桃ジャム375円・ピオーネジャム375円を、僕へのお土産にしました。
2つの山城は素晴らしく良く、刀剣博物館もナイスで、もう大満足でした。

帰路に着こうかと思いましたが、簡単に訪問できそうな池田輝政の墓に寄ってみることにしました。
帰路3時間を予定し、探索タイムリミットを15時にします。
博物館を出て枝道を北上し、R2を渡ります。
地図上では吉井川の土手道と思われるr79に乗ろうと、堤防上を走る車を見ながら枝道を北上すると、やがてr79に合流しました。

僕が県道に乗ったら、後ろから10台ほどのツーリングバイクグループが追いついてきました。
僕が先導してる感じになりました。
気持の良い土手道を走り、ナビ案内では対岸に渡る指示が出ましたが、地図ではいずれからでもR374に乗れそうなので、そのまま直進し、r395になりました。
後続のバイク集団もついてきます。

左に吉井川・右にJR山陽本線、そして道は狭くなり1車線です。
対向の車とすれ違えないので、退避場所で車をやり過ごすこと1回。
なかなか楽しい道でした。
でも、R374と立体交差しており、乗れませんでした。
あれ~・・・

三石城址・富田松山城址 3/4

1/18・備前三石城址・富田松山城址ツーリング 4/6

備前IC前を通過し、「閑谷学校」と書かれた交差点を閑谷学校方面に曲がり、r261。
木谷集落の川を渡ったとこにある木谷公民館が目的地のランドマークです。
ゆっくり目に走り、公民館を見落さないように・・・川を渡りました。
でも公民館がない。
通り過ぎた所で停車し、枝道を覗いてもそれらしき建物がない。
少し県道を歩いてみるがない・・・バイクに戻り、再び進むがない。

再びバイクに乗って走りだし、いくらなんでも通り過ぎただろうという所で、住民発見。
「すいません、木谷公民館は何処でしょうか?」
「通り過ぎたよ。半鐘がある所で、川に掛かる橋で止まって、見渡したら見つかるよ」とのこと。
「ありがとうございました」と頭を下げ、再びバイクに乗りUターン。

橋のすぐ横に半鐘のある家がありました。
古い民家が公民館だったようです。
10:44、バイクを置き、半鐘の裏に回ると、「浦上村宗のお墓」がありました。

謂れ板が立ち、三石城主・浦上氏嫡系の家系図も載っていました。
摂津で戦死後、息子の政宗・宗景兄弟が遺体を収めて帰国し、ここに葬ったそうです。
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宝篋印塔が2基、片方は少し小ぶりなので正室のものかもしれません。
周囲に数基の五輪塔が立っていますが、これも親族のお墓なのだろうか?
数件隣に、窯業と思われるレンガ造りの煙突が立っています。
いい感じ。

R2に戻り、更に南西に向かう。
新幹線高架を潜る前から、前方に山頂を平らに郭化された山が見え、一目瞭然に山城だとわかる。
西・南側は海で、東側の運動公園から登城道が付いているということなので、JR片上駅手前で枝道に入り、運動公園を目指す。
地形を見ながら走るとビンゴ!、10:56到着。

でも山城の手前に1つ山があります。
往復1時間を想定していたのですが、これは手強そうです。
8時JR三石~10時三石城址登城完了~11時富田松山城址本丸・早めの昼食の予定が、1時間遅れています。

重い冬用プロテクター上下を脱ぎ、袖にワイヤーを通し、バイクに括ります。
山登り用軽装になり、軽登山靴に履き替えます。
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城の謂れ板&見取り図が立っていました。
「ここかな?」と迷いながら山道に入ろうとしたら、「お城に登りますか?」と、後ろから声を掛けられました。
そして、詳しく道順を教えてくれました。

僕らがバイクで着いた時から、僕らの様子を伺っておられた方です。
若い頃は毎日登っていたそうです。
「30分ぐらい?1時間ぐらいかかりますか?」と聞くと、若い頃は18分で登ったそうです。

11:08、30分ぐらいで上がれるかなと踏んで、山に入ります。
2つのドラム缶に、山登り用の杖が10本以上入っています。
城址看板の前の駐車場に車が数台停まっていたので、城攻めの先客が入っているものと思われます。
さっきの三石城址では、誰にも会いませんでした。
11:25、案内板も設置されているので、迷うこと無く教えてもらった鉄柱まで来れました。
ここで西側の視界が開けたので、小休止します。
まあ、ここまで数度、軽く呼吸を整える休止はしています。

西側の山城本丸と踏んだ山頂が見えます。
1つ目の山頂もまだなので、先は長いな。
途中の案内板や山道の整備は、先ほどの方など地元の方が、ボランティアで立ててくれているのですよね。
ありがたいことです。

「がんばってください。富田松山城跡・・城主浦上国秀」と書かれた看板が立ち、先に進む気力をもらいます。
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「本丸跡まで500m」と書かれた看板のところでも、かなり比高を登っており、眼下に気持の良い景色が広がります。
西に向いた絶景ポイントに、3人掛けほどの一休み長椅子がありました。
ありがたい。

尾根に上がりました。
「本丸跡まで300m 左・東片上村・雨乞い跡 右・富田松山城跡」と書かれた道標が立っていました。
雨乞い跡の方に歩くと、前方にそれらしき物が見え、ここで撤退。

11:42、「東出丸」到着。
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机&ベンチがあります。
Mさんが、「取る人はいませんよね」って、ここでリュックと冬用プロテクタージャケットを脱ぎます。
さすがに暑かったようです。
誰にもすれ違いません。
さっきの雨乞い跡が、眼下に見えます。
ここ同様、四角いテーブルをベンチが四方を囲んでいます。

南の水路のような海が直下に見えます。
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水路を南に目を移すと、牛窓に向かう岡山ブルーラインの片上大橋が見えます。
上天気で風がなくナイスな景色です。
山登りで身体も温かく、短パン半袖でヤッホ~したいぐらいです。

三石城址・富田松山城址 2/4

1/18・備前三石城址・富田松山城址ツーリング 3/6

落ち葉ふかふかの気持の良い山道です。
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霜が凍り、下草を白く覆っています。
勾配のあるところには階段が作られ、「あと500m」などの道標が安心させてくれます。
Mさんとなんだかんだ話しながら歩くので、苦もないです。

8:56、「第一展望所」に着きました。
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麓を見下ろす守りの見張り台ではなく、山並みが遠くまで見渡せる現代の展望所です。
8:58、峰続きですが本丸とは別の山頂に着きました。
この城が生きていた頃は、防御の郭が設置されていたのでしょう。
山頂に造作の跡が残っていますが、現代は送電線の鉄塔が建っています。

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本丸側に一旦深く下ります。
峰歩きの時は、この下りが勿体無い。
どうせ登り返さなくてはなりませんから。

9:07、明らかに堀切と思われる造作跡に来ました。
チェーンのある階段を登り、本丸だと思ったら、「鶯丸」と書かれていました。
周囲に土塁跡も残り、切岸された要害になっています。
搦手側の防御要塞のようです。

「本丸跡へ」の看板に従って進むと、かなり深い堀切で本丸と切られていました。
20150118MitsuS047s.jpg
これは見事です。
堀切の底に下ると、「この谷に沿って右に歩いてください。大手門に行きます」と書かれた看板が設置されていました。

またチェーン設置の階段を本丸側に登ります。
9:13、「本丸郭」到着。
30分歩きました。
尾根歩きでしたが、アップダウンがあり、冬用バイク装束で来たことを途中で後悔しました。

20150118MitsuS054s.jpg
崩れ、落ち葉に半ば埋まった石積みがありました。
さすが備前守護代の本城で、本丸郭がでかい。
人が抱え持てる大きさの石が沢山転がっています。
防ぎの石礫なのでしょうか・・・ちょっと実際の戦闘にはでかすぎるけど。
井戸跡と思われる窪みもある。

一段下がった「二の丸」に下ります。
更に「三の丸」郭に下ります。
此処から先に、「帰路・三石駅」と書かれていたので、ここを下ると栞をもらった登城口に行けるのでしょう。

9:18、Uターン。
本郭に上がらず、ロープが張られた小径を進みます。
帯郭があったと思われる広がった所もあります。
一方は本丸郭の直下で、もう一方は谷です。

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本丸郭側に半ば埋もれた石垣が見えてきました。
赤松氏系の中世の山城は、播磨・備前という農業生産に適した律令制の上国ゆえの経済力がバックにあるからか、丹
波篠山の山城とは違い石垣が多用されています。
4~500年経ても未だ崩れていない石垣を見ると、この地の守護の裕福さを感じます。

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9:25、「大手門」到着。
石垣の虎口で、ここも崩れておらず見事です。
更に進むと、鶯丸と本丸の間の大堀切に戻りました。
大きな山城です。
搦手側は山が続き、楠木正成の千早城のように、いくらでも逃げ道がありそうです。
不案内な攻め手では落とすのに苦労し、主将は逃げ切れると思いました。
防御の郭も多く、大満足でした。

帰路に着きます。
途中の「第2展望所」で休憩しました。
「牛窓の方向の先に霞んで見えるのが小豆島。海の向こうに見えるのが屋島」と書かれていました。
冬なので空気が澄んでいるはずですが、海さえ肉眼では見えませんでした。
四国讃岐まで見えるとは、なかなかの景色のようです。

北側の穏やかな山頂付近に、谷を隔てて数軒の家が見えます。
別荘地でしょうか?
この山城300mより標高が高いので、窓を開ければ山並みが広がるでしょう。

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9:57、バイクの戻りました。
ここで10分ほど休憩しました。
前回も感じましたが、Mさんは健脚です。
マイペースな僕の休憩に付き合っていますが、1人なら僕をどんどん離して先に行かれるでしょう。

山道を下ります。
滝の横を通ります。
寄り道も考えましたが、パス。
R2に出て南西に進みます。
反対に北東に進むと、播磨国と備前国の国境・「船坂峠」です。

後醍醐天皇が、鎌倉幕府倒幕計画がばれて、近江源氏・佐々木の警護の下、隠岐の島に流された時、ここで奪還すべく反幕府はの児島高徳が待ち伏せした峠です。
結局察知され別道を通られ、美作院庄守護屋敷に逃げ込まれました。
前回、Mさんとそこを訪問しました。
太平記の世界です。

1/18・備前三石城址・富田松山城址ツーリング 2/6

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待ち合わせ時間に既に遅れているのにいい加減なもので、登城口まで歩いて行きました。
数軒の民家の間を抜けると、階段が現れ、城址案内板が設置されていました。
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階段には、杖が用意されています。
これだけ整備されていれば、迷子になる心配はなさそうです。

それらを写真に撮っていると、先ほど挨拶した奥様が自宅から城址のパンフレットを持ってきてくれました。
「登られますか?良かったらどうぞ」
30分?1時間?と登城時間を尋ねると、年に1回、登城道を集落総出で清掃整備しているそうで、「私でも45分ぐらいで登れます」とのことでした。
搦手口からの登城のことを聞くと、距離はあるけど比高は少ないとの事でした。
殆どの人が、こちらの大手道を登城するそうです。

帰宅後読んだのですが、頂いたわら半紙の「三石城の栞」は、内容の濃いものでした。
『鎌倉時代末期の1333年に地頭の伊東氏が築いた城だそうです。
伊東氏は鎌倉幕府を開いた源頼朝が旗揚げした当時からの与力で、伊豆半島伊東の豪族の末裔でしょう。
功績のあった旗本・与力豪族を、全国に守護・地頭として配したので、ここの地頭になったようです。

再びの大動乱で、鎌倉幕府が倒れ、室町幕府が成立すると、将軍・足利尊氏が戦功により再配分し、播磨の悪党豪族・赤松氏が、播磨・備前・美作の守護に任ぜられました。
その備前国代官として、浦上氏が三石城を本拠に守護代を勤めました。

主家・赤松氏が嘉吉の乱で将軍暗殺すると、但馬本拠の守護・山名氏を中心にした幕府軍に攻められ、赤松氏は没落し、山名氏が守護になりました。
その後、赤松主家が応仁の乱の功績で、3ヵ国の守護に返り咲き、浦上氏が備前守護代として、三石城主に返り咲く。

片上湾を見下ろす富田松山城を築き、日本一の窯業生産積出港を押さえ、瀬戸内海海運の西播磨の要・室津港も支配し、経済力を付け、室町幕府造営料を赤松氏の陪臣である浦上氏が負担するまでになった。
浦上氏は、赤松氏から独立に動き、赤松氏に三石城が攻められますが、これに大勝し、有力国人豪族に見放された赤
松氏は勢力を落とす。
そして逆に浦上氏に攻められた守護・赤松氏は室津・室山城に滅ぶ。
ここに、戦国大名・浦上村宗が登場する。

村宗と嫡男・政宗は、居城を室津・室山城に移し、三石城には次男・宗景が置かれる。
室町将軍家内紛の摂津の戦いで、村宗は赤松の遺児に急襲され討ち死にする(俗に「大物崩れ」と言われる乱)。
当時政宗は幼少だったので、浦上庶流の浦上国秀の後見を受けて国政を取り仕切る。
その後、成長した政宗・宗景兄弟は対立し、宗景が自立を模索したので、政宗は三石城を占拠する。
宗景は天神山城に、宗景と同調した国秀は富田松山城に移った。

浦上宗家の政宗が、龍野赤松氏に滅ぼされたので、宗景が備前最大勢力となり、美作支配を巡って南下して勢力を伸ばそうとする尼子氏と戦う。
三石城は天神山城の支城になり、宗景が家臣の宇喜多直家に攻められ逃亡すると、三石城も廃城になった。』

赤松氏の興亡と、戦国の梟雄・宇喜多直家秀家が好きなので、この栞を読み、僕の備前脳内勢力交換図は、上記のように書きなおされました。
栞の地図を見ると、ここから登るほうが距離が短いけど、等高線が詰まってる。
搦手の駐車場からだと距離がありアップダウンがあるものの獲得標高は少なそう。

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8:23、JR三石駅に到着。
搦手口方面にある「深谷の滝」の案内板が、設置されていました。
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駅に上がると、緑のカワサキKLM250がいました。
無事、Mさんに会えました。

搦手側に向かいます。
滝の案内板に従い、それ以降は城址案内板が設置されていたので、8:43迷わず搦手側駐車場に着きました。
駐車場は地道でしたが、ずっと舗装された1~1.5車線道でした。
落ち葉が覆う道も、ゆっくり走ればノープロブレムです。
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備前市教育委員会の三石城謂れ板が立っており、こちらの道も整備が伺え、安心して山に突っ込めそうです。
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1/18・備前三石城址・富田松山城址ツーリング 1/6

先週日曜日の低山登りが楽しかったので、京都東山を蹴上から山に上がり、尾根歩きしながら銀閣寺に下りようかな?
前回の続きで、播磨志方の山城攻めをしようかな?
と計画を練っていたのですが、家内はお仕事仲間と「西宮えべっさん参り」&新年会だそうで、振られてしまいました。

となるとバイクですよね。
以前からの宿題である備前・浦上氏関係の山城攻めが浮かびました。
備前最大の山城「天神山城址」・その1代前に浦上氏が赤松氏代官の座から下克上独立した前浦上氏の本拠・「三石城址」・そして「富田松山城址」の3つ。
僕の好きな戦国の梟雄・宇喜多直家に滅ぼされた浦上氏三昧です。

1日に3つも山城を登るのは困難ですが、天神山城と三石城はバイクで比高を稼げるようなので、可能かもしれない。
ツーリングマップルを見ながら、浦上村宗墓・長船刀剣博物館・池田輝政墓を加えルートを考えました。
そして、前回・美作の山城攻め・旧跡探索にお付き合いいただいた「まるえ・M」さんと、再びご一緒することになりました。

日曜日、目が覚めたのは3:30。
春以降ならば迷わずGO!なのですが、凍結が心配な真冬なので再び夢の中へ。
次は4:30に目覚めました。
出発しようかと思いましたが、待ち合わせが8:00・JR三石駅なので、5:30に出れば間に合うと思い、グズグズしていました・・・これが失敗。ごめんなさい・・・

土曜日は兵庫県北部は雪模様で、舞鶴道などはチェーン規制が出ていました。
神戸周りの阪神高速~姫路バイパスルートだと凍結の心配はありませんが、+1時間掛かります。
中国道~山陽道ルートが最速で、なんとか凍結がなさそうな感じがするので、このルートにしましたが、六甲山の裏を走る西宮名塩SA付近が、凍結の最大の難所です。
ここをより安全に走るために、ギリギリまで出発を遅らせました。

5時になり出発準備です。
高速道路を走るので、「招き猫CB400SB」の出番なのですが、日中冬型気圧配置が緩んで高気圧に覆われるらしく風が弱い予報です。
ならばと、より軽快で気楽な「里山VTR250」で行くことにしました。
タンクバッグの移動や車載カメラ取り回し・電源移動、さらに1ヶ月以上乗っていなかったので空気圧の点検・加圧なので、出発が5:50になってしまいました。

5:52、「出光セルフ宝塚176」で給油。
170km/4.92L=34.6km/L。
5:56、「サンクス宝塚山本」で麦茶500ml100円&おにぎりシーチキンマヨ110円・辛子明太子138円を購入。

宝塚ICから中国道に乗りました。
路面を注意しながら、名塩SA付近を上ります。
交通量もいつものようにあり、路肩に雪も見えず問題ありませんでした。
山陽道に乗り換え、三木SAで最初の休憩をしました。
行程の約半分です。

ここでナビの電源を入れ、登録済みの「JR三石駅」を目的地にしてみると、到着予定時間が7:50になっています。
「はぁ、やはり遅刻やんか・・・」
次のSA「龍野西SA」で休憩。
出発すると、「到着予定時刻・8:07、あぁ~」
「遅れるかもしれませんので・・・。遅れられても9時まで待っています」と2日前に連絡済なので、許してもらいましょう。

自分のペースを崩すと事故になるので、80km/hを守ります。
予報通り風がなく、抜いていくトラックが前に入る時に左右からの巻き込み風に注意するぐらいで、軽いVTRでも問題なしです。
下りる備前IC手前の「福石PA」に入れます。
休憩せず、車載カメラをハンドルマウントして、ムービーを開始するだけです。
ドライブレコーダー・Driveman1080なので、バイクの電源と連動するので手間要らずです。

2kmほどで備前IC下車。
R2に乗り、北東・三石の方に走ります。
旧山陽道に入り、ゆっくり山城があると思われる山を見上げながらJR三石に向かうと、8:15「三石城址・登城口」を発見
しました。
いい感じの山で、見張り台と思われる場所が視認でき、嬉しさがこみ上げて来ました。

備前三石城址 1/4

四畳半神話大系

吉川英治「新・平家物語・全16巻」(講談社)の11巻目になったとこで、森見登美彦「四畳半神話大系」(角川文庫)に浮気しています。
まだ1/10位しか読んでないけど、いっぺんにファンになった「夜は短し、歩けよ乙女」の世界が蘇ってきました。
独特な語り口と、フフ・・・と顔がほころんでしまう多岐に渡る定番の表現をモディファイして織り交ぜる文章力に、舌を巻いてしまった。

「夜は短し」読了後だから5年以上前、僕以上の読書魔である長男に「森見登美彦って作家知ってる?面白いよ」と言うと、「ああ、京大のライフル射撃部だよ」って答えが返ってきた。
主人公の腐れ大学生が一方的に恋をする後輩の「黒髪の乙女・女学生」は同じクラブで、他大学ではあるが長男もライフル部で京大ライフル部とは、試合以外でも遊び交流していたので、彼女は同学年だったそうです。
「彼女はライフル上手かったよ。森見さんも練習場に撃ちに来てたし」だって。
部室のなんでも帳に、森見さんがどうでもいい話をよく書いており、それがめちゃくちゃ面白く、そこで文才を磨いたのだとか。

長男曰く、「夜は短し・・・」は彼女へのラブレターで、「あんなの書かれたら、求愛を受け入れちゃうよね。
「黒髪の乙女」は、森見さんの奥さんだよ」だって。

20年以上前、伊丹に住んでる宮本輝さんと御縁がありました。
何度か交流があった後、「作家の宮本輝です」って自己紹介されて、ビックリしました。
「え~」と言うことになり、宮本さんの未読作品を読み漁ったことがありました。
芦屋は西宮の高級住宅を舞台にした作品があり、超進学校で長男を中学受験で不合格にした「甲陽学院」やその周辺のディテールが詳しかったので、甲陽中高出身で芦屋か西宮在住と勝手に思っていました。
まさか伊丹在住とは・・・って、驚いたものです。

「四畳半・・・」の主人公も腐れ大学生で、よく知ってる下鴨神社・糺の森・鴨川界隈が舞台なので、面白く読み進めています。
「黒髪の乙女」に代わって同級生・同クラブの「明石さん」に恋をしており、こちらの展開はどうなるのかな?
面白そう。

次男新居訪問時の感想

去年11月、次男夫婦の新居を訪問した時の感想を・・・

次男のフィアンセさんの実家に挨拶に行った前日、次男カップルは、「劇団四季のライオンキング」を観に行っていました。
僕はこのミュージカルを観たことないけど、すごく良かったそうです。
フィアンセさんは会社の同僚で、2人で会社のイベントの司会などしてたのですが、正式に付き合い出して1年足らずです。
だからミュージカルもまだ2回目だそうですが、次男は大学時代から長く付き合っていた彼女さんと、歌舞伎とかあれやこれや、古典的なものから新しいものまで、知性と教養を磨けるものを観ています。
デザインに興味があるので、そういうのが好きなんだろうな。

長男はそこまで多くないけど、東京にはそういう機会が多いようで、子供が生まれる前まではそれなりに行っています。
僕も母親が好きだったので、小学校就学前から宝塚歌劇に何度も連れて行かれてたし、落語・文楽・オペレッタ・絵画展など博物館や美術館にも行っていた。
東山魁夷・レンブラント・フェルメール・ゴッホ・・・。
修学院離宮などわけも分からないチビの頃から、いいものを観せてもらった。
全然期待に応えていないけど、一流を見る感性を付けさせようとしてくれた。

僕も親と行動を共にしなくなる中学生までに、子供たちを連れて、美術館や博物館に何度も入った。
フィアンセさんの実家に向かう車の中で、「昨日、劇団四季のライオンキングを観てきたよ」と言い出し、2人で楽しかったミュージカルの話をしてくれた時、母から続くそんなこんなが伝わって行くんだなと思いました。

僕は怪しい国製造の格安品など買わないけど、雑多なものを買う癖があります。
でも息子たちは、何でもいいものを買います。
服装も靴もたいていブランド物で、さり気なくおしゃれで、飽きの来ないスマートなものです。
だから長く使うので、経済的です。
家内が、我が息子なのにカッコイイと言うのも、女子にもてる要素なのかもしれない。
ジャニーズ系の優しい顔や話し方もあってか、小学生の頃から、女の子に人気があるなと親の僕も感じていました。

新居の調度品も、数は買わないから部屋もシュッと整理整頓されており、まさに次男の部屋だなあと思った。
家内の感想も、同じでした。

1/11・一乗寺

次は、「一乗寺」です。
r43に戻り、さっき見つけた「一乗寺」案内板の枝道を西北に進みます。
r515に合流し、山陽道の下をくぐり、案内板に従って右折してr206。
13:50、一乗寺到着。国宝のある古刹です。
駐車料金・300円・・・イタタ。

駐車場横に水子供養のあれやこれやが幅を利かせていました。
境内への看板には、「水子・・・は一乗寺と関係ありません」だって・・・。
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「左近の桜・右近の橘」で有名な橘が、境内の内外にたくさん植えられています。
将来、橘の寺になろうとしているようだ。
日本古来の自生柑橘類の橘は、味がイマイチなのでみかんに取って代わられちゃって、神社境内で数本見るぐらいだから、花の時期に一斉に花が咲いたら人気がでるかも・・・。

参拝料・300円・・・イタタ。
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境内に入るとすぐに長い階段があり、山登り後には応えるかも。
パンフレットを読むと、『法華山一乗寺は650年法道仙人の開山で、孝徳天皇の勅願による官殺であった』ということです。
孝徳天皇は、645年大化の改新の政変で実力No1になった中大兄皇子(天智天皇)が天皇即位を辞退したため、次の天智天皇への繋ぎとして天皇になった方です。
中央政界が揺れ動いた時代に官殺として誕生したようです。

天台宗の古刹らしく、比叡山延暦寺や書写山円教寺同様、枯れた味わいのある伽藍が素敵です。
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国宝三重塔は、平安時代の1171年に建てられたという日本でも10指に入る古塔だそうです。
それにしても、各地に点在する500年以上の歴史を刻む三重塔や五重塔が、地震列島の日本で倒れずにいるのは凄いことです。
コンクリート建物の耐震化が叫ばれていますが、実績ではこの木造建築の耐震構造には遠く及ばない。

再び石段を上がり、上の郭に上がり金堂を見学します。
外からでも線香の香りを感じます。
これと横の鐘楼は江戸時代の再建で、次男の名前として拝借した姫路城主・本多忠政公がスポンサーだそうで、ちょっと親近感が湧きます。

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金堂内で20円チャリンし、家内とともにお線香を3本奉納しました。
境内最奥の弁天堂・妙見堂を観に行きました。
室町時代作の檜皮葺の小社と見えるお堂です。
「奥の院・賽の河原」方面に下りましたが、昨年夏の豪雨で被災したのか、途中までしか行けませんでした。
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鎮守の森というより山の中の道を歩き、14:30・車に戻りました。

r206~R372~r43で、加古川北ICから山陽道に乗りました。
珍しいことに電光掲示板に、宝塚トンネル渋滞情報がなく、約1時間で順調に帰宅しました。
夕食のお蕎麦を食べながら、上村愛子さんの白馬散策のTVを見てゴロリ・・・家内は18時台で寝ちゃうし、僕も19時台で寝ちゃいました。

高御位山トレッキング 3/3

1/11・山城登城口探索

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神社を風避けにして、裏で昼食にしました。
家内がお姉さんに、「今、高御位山山頂です」とメールしました。
「よくわかったね、階段しんどかったでしょ」と返信が来たので、「別ルートから登ったから、階段は下りに使います」と送って、12:12・下山開始ました。

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山頂周辺に100人ぐらい登山者がいる人気の山でした。
メイン階段ルートは、大部分が階段の道でした。
家内が途中で、「膝が笑った~」と笑ってるので、数度休憩しました。
全18丁の丁石が立っています。
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12:25、途中にあったベンチ2脚・テーブル1脚の休憩所で休憩。
「阪神タイガース・志方ファンクラブ」が桜数本を植樹していました。

12:53、登山口にある「熊野権現・高御位神宮」到着。
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かっこいい修行者、修験道ですね。
下りは40分、早いです。
「わがまち加古川60選・高御位山」という案内板に、「大正10年にグライダーで関西初飛行を成し遂げた、志方町出身の渡辺信二氏の偉業を称える「飛翔の碑」が建っています」とありました。
山頂にあった碑を差すようです。
確かに山頂まで道路がついていれば、スカイスポーツのテイクオフポイントが出来そうな地形でした。
きっと碑のあった山頂までグライダーを担ぎ上げて、飛んだのでしょう。
凄いな。

舗装路を車に戻り、次の目的地・てるさんの生まれた志方山城を目指します。
r65~r118で志方八幡神社の下部まで来て、山城攻め登山目印の神社の鳥居発見。
でもそこに至る道が狭く、車で突っ込む気になりませんでした。
膝が笑った家内のことを考えると、どうせ登れないのでパスします。
低山だから、獣道さえついていたら15分仕事のようです。

続いて家内の実家のお墓があった元集落墓地を探しました。
日光山墓苑にお墓を移動させてから、初めての訪問です。
いつも八幡神社への登り道が別れる峠にある家内の父親の実家に車を停め、山道を歩いて行くのですが、新しく出来た道が、その山道を分断して通っていました。

新道の峠に車を置き、横の階段を上がると墓地でした。
周囲が森に囲まれ、昼なお暗いいい雰囲気の墓地だったのに、やけに明るくなっています。
息子たちが悪さをした時、夜何度か僕が手をつないで手を合わせに来ました。
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あの雰囲気はもうないな・・・家内もその変わりように唖然としています。

次は、城山公園です。
r118を北上し、志方小学校のとこの交差点に「城山公園」と道標があったので、枝道に入っていきます。
城山は、僕が思っていた低山の山とは別の山でした。
案内板に従って更に枝道を入ると、謂われ板の立つ小さな駐車場がありました。
比高を考えると登り30分でしょうが、これも次回まわしにします。

1/11・高御位山へ山登り

この山は播州南部に多い岩山なので、高木が少なく景色がいいです。
家内の足がつるといけないので、何度も岩の上で休憩を取ります。
懸念していた風はほとんどなく、割合快適です。
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10:12、山頂のモニュメントが見える位置まで上がりました。

10:22、急な岩盤が現れました。
ストックをつくと危ないので、家内のストックを預かり僕が後ろになり、家内に這って登るように指示します。
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「え~、ここを登るの~」と言って登りだしましたが、岩盤はしっかりしており、足場も無数にあるので登り切った後、「山登りした感じがするね~」とごきげんです。

10:29・この岩盤を登ったとこが、小高御位山山頂でした。
西側の景色が広がります。
平地に溜池が多く、律令制の上国・播磨の穀倉地の片鱗を見ます。
最初の計画だった尾根道が、谷を隔てた向こうに見えます。
僕らが登ってきた道は、僕ら以外いませんでしたが、あちらの道は一見で複数人見える人気ルートのようです。
山頂は、4m/sほどの西風が吹いていました。
東側を上がってきたから、山に遮られて風を感じなかっただけなのですね。

小高御位山山頂から、北西に下ります。
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10:34、尾根道との交点に着きました。
道標には、「成井登山口まで20分」と書かれていますが、僕らは50分掛かりました。
「高御位山まで30分・北山登山口まで35分」との道標も立っています。
「ササユリなど取らないでください。この山域には、希少植物が自生しています。・・・」の看板も。

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車の中で、僕が用意した山域地図を見て、家内が鹿島神社に行ったことがあると言っていましたが、その大鳥居が西に見えます。
小学校の遠足で、来たことがあるそうです。
あそこからの登山道も、地図にありました。

尾根道は、一旦小高御位山と高御位山の鞍部まで下ります。
せっかく高度を稼いだのに勿体無いですが仕方ないです。
数組の登山者に抜かされました。

10:45、取り付きまで下ったので休憩していると、70代と思われるご夫婦にも抜かされました。
旦那さんが前を歩き、足取りはゆっくりですが奥さんがしっかりついていきます。
「僕らもあんな風に仲良く年齢を重ねられたらいいね」と、家内と話しながら追いかけます。
結局そのご夫婦を抜かすことは出来ず、僕らが休憩する度に、ゆっくりながら休憩しないご夫婦との差が広がり、見えなくなっちゃいました。

走るように上がって来た小学生低学年兄妹を連れたご夫婦には、あっさり抜かされました。
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汗をかき暑くなってきたので、セーターとキルティングベストを脱ぎます。
家内も暑かったようで、カッパとネックウォーマーを脱ぎました。
再び小高御位山山頂と同じ標高に登ったようで、周囲を見回して、いくつかの登山道の全体像を頭に入れます。
別の道から登りたくなる山です。

また這って登る岩盤部分があり、それを過ぎるとグンと、小高御位山の向こうの視界が広がりました。
家内の実家方向の向こうに海が見えます。
ここに来て気づいたのですが、山火事跡のようで、真っ黒な木が立っています。
尾根道は岩盤の部分が多く、急勾配の部分もあるので、きつい直登を避け斜めジグザグ歩きで登りました。

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谷を隔てた西側尾根に、別の登山道が通っているようで、豆粒のような人が登っています。
この道より人気のようで、岩盤手前で渋滞も起こっています。

11:14、成井からのメイン階段ルートとの交点到着。
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ハイキング道案内板が立ち、数組の登山者がお昼ごはんを食べています。
山頂は目と鼻の先です。
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ベンチがあったので休憩していると、尾根道をお母さんと小学校低学年男の子・幼稚園男の子が登ってきました。
お父さんはおらず、凄いなと思いましたが、幼稚園児はザイルをタスキ掛けされており、お母さんに繋がっています。
ササッとザイルとカラビナを子供から外し、外したカラビナを自分のリュックにつけています。
お母さんの身体にはザイルとカラビナが数本下がり、本格的です。
ワンダーフォーゲルか登山部だったのでしょう。
手際が鮮やかで、これならお母さん1人でも大丈夫ですね。
とてもかっこよかった。

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最後は階段道を登り、11:25山頂到着です。
1時間コースを1時間45分で登りました。
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山頂に高御位神社がありました。

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もう一段高い岩の上に上がってみました。
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四つん這いで絶壁に近づき、写真をパチリ。
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バイオトイレがあり、利用させてもらいました。
山頂にトイレが有ると、女性の方が登って来やすいです。

ここの標高は、304mと書かれていました・・・意外に低い。
海までの川の流れや地形を見ると、比高は250m位ありそうです。
岩山故に、登山道からも下界への視界が開け、高度感があります。
低山ですが楽しめました。

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西からの登山道に「鹿島神社・80分」との道標も立っていました。
車2台あれば、縦走も楽しめますね。

1/11・小高御位山へ山登り

年始の子供たちの帰省も一段落し、夫婦2人だけの常が戻りました。
家内も用事がなかったので、また2人でお出かけします。
天気予報では10℃オーバーの気温ですが、寒いのでバイクもサイクリングもNGです。
姉夫婦とトレッキングを考えましたが、姪の引っ越しの手伝いだそうで、2人だけで家内の里・播州加古川の低山登りをすることにしました。
ターゲットは、姉夫婦が何度か登ったという高御位山です。

登山ガイド「兵庫県の山」で調べたら、初心者向けの人気の山だそうで、僕らにも平気そうです。
別メニューとして、加西市の国宝三重塔がある「一乗寺」と、家内の父親が生まれた志方の山城2つを用意しました。
登山後の体力と時間により、適当に組み合わせましょう。

1つは、黒田官兵衛の妻・てるが生まれた櫛橋氏志方城の詰城です。
我が子が成人になるまで、この山の麓にお墓があり、何度も通った山です。
その山頂にある山城跡を探索します。
もう1つは、お墓参りの時にいつも気になっていた「城山公園」です。
ここも播磨本拠に中世に絶大な勢力を誇っていた赤松氏の山城です。
2つとも低山なので、うまくいけば、山登り3連発も可能です。

日の出が7時で、早朝の凍結を避けるために、8時出発・10時登山開始の予定を組みました。
出発は8時を回りましたが、宝塚ICから中国道に乗りました。
初めて見る小型乗用車が走っていたので後を追いかけました。
ユニオンジャックのステッカーがリアガラスに貼られていたので、イギリスの車かもしれません。
かなりの年代物と見ました。
西宮名塩SAに入るべくウインカーを出したので横に並びましたが、左ハンドルで助手席にお若い女性が座っていたので、若いカップルが乗っているようでした。
おしゃれだなと思いましたが、維持費が掛かりそう。
そして目的地に着くかどうかが最大の関心事になるだろうなと思いました。

山陽道に入り、三木SAでトイレ休憩&昼食購入しました。
僕はおにぎり2つ&ジョージアのカフェオレ・家内はお弁当にしました。

加古川北ICで下車し、かつてのお墓への通い道r43を南下、右折しr65を西進します。
前方に見えてきた周囲の山より少々高い山をターゲットに、適当に左右に曲がります。
「高御位山登山口」という看板を見つけ、それに従って進むと、9:39事前に調べていた「志方町成井・高御位山駐車場」に着きました。

10台ほどしか駐車できませんが、東屋やトイレも設置され、よく整備されています。
駐車場はほぼ満車で、道路にも路上駐車車両があるので、事前調べ通り人気の山のようです。
安心して登れそうです。

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トイレを拝借し、ハイキングコース案内板を見てから出発しました。
家内はリュック無しで、化粧品一式も僕のリュックの中です。
念のため常備してるカッパの上を、家内は寒いということで着ます。
最初の計画では、ここにママチャリを置き、少し離れた「辻登山口」に車で行き、そこから山頂まで2時間(僕らの足では3時
間)の尾根コースで登り、ここに下山し、僕だけママチャリで車を取りに行く予定でした。
が、播磨灘の波高1.5mと風が強そうだったので、小高御位山~尾根コース合流で登り、メイン階段ルートで下山に変更していました。

事前に調べていた小高御位山コースを探しながら、アスファルトの道を登山口まで歩きます。
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ハイキング案内板からすぐの所に、小さな「小高御位山」看板を見つけ、9:43山に入ります。
山道というより、いきなり踏跡程度の獣道でしたが、迷うことはありません。
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ストックを伸ばし準備しながら森を歩くと、すぐに勾配が急になりました。
ほとんどの登山者がメインルートから上がるようで、こちらの利用者は稀のようです。

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10分ほど上がると外界への視野が広がりだし、高度感があります。
高御位山山頂が見え、僕らが歩くだろう尾根道を豆粒のような人が数人登っています。
メインルートも見えてきました。
ルート沿いに電信柱が立っており、階段が見えます。

高御位山トレッキング 1/3

1/4・篠山探索

大満足で店を出て、「西町ブリキ玩具製作所」まで歩きます。
元旦にサンタさんがプレゼントしてくれたゼンマイ仕掛け自動車の購入元です。
遼くんは興味津々で遊びだしたので、またゼンマイ新幹線を買ってプレゼントしました。
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店頭に停めてあるバーハンドル三輪のダイハツ・ミゼットに遼くんを乗せたら、クラクションを鳴らしました。
お気に入りになったようで、連続3発鳴らした所で、パパに降ろされてしまいました。

武家屋敷筋を歩き、篠山城址を見学します。
僕同様歴史好きな長男も、謂れ板をしっかり読んでいます。
お嫁さんに、「僕同様、長男も歴史好きだよ」と言うと、「毎週NHKの歴史秘話を見ていますよ。TV録画はみんな歴史物ばかりです」とのことでした。
変わらないね。

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次男の名前の由来になった青山忠成公のお城です。
「東京の青山という地名は、徳川旗本・青山家の屋敷があった跡だよ」と教えると、「へ~そうなんですね」って。
「息子に尼崎城主になった長男と同名の幸成がいるんだよ。うちも氏宮の宮司さんに名前を付けてもらったけど、姓名判断すると同じような名前が出るんだよね」と、教えてあげました。
まだまだ話したいことがあるけど、相手は家内じゃないのでほどほどに・・・。

15:04、「ろまん亭」に入り、息子夫婦はソフトクリームを、僕らはケーキモンブラン470円を買って、半分こしました。
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遼くんもソフトクリームを親から匙でもらってご満悦です。
僕らが遼くんを見ている間に、長男達はお土産を買っていました。
会社の同僚へのお土産だそうです。
僕は、前回買って使いやすかった竹製のお箸をS・M・Lサイズを買いました。
1400円。

二階町通りに戻り、「なつかし屋」で紙風船・162円を買いました。
車を停めた観光協会前まで戻り、「丹波黒豆饅頭」を買いました。
ここから帰路です。

長男と遼くんはすぐ寝てしまい、僕とお嫁さんでお喋りしながら帰りました。
時々家内が会話に混じります。
お嫁さんの実家・新潟のお土産のおかきが美味しかったと話すと、お嫁さんは小型機の免許を持っていないけど、小型機免許を持つ同僚は、新潟便に乗るときは必ず新潟空港でおかきを買って帰るのだそうです。
パイロットは1機種のみの免許しか許可されないのは知っていたけど、客室乗務員も3機種のみと限定されているのを初めて知りました。
お嫁さんは国際線だったので、大型機のみの免許だったそうです。

r77~R372~r12~r319~r33~r325~長尾山トンネルのコースで帰りました。
元旦はスリップに気をつけ慎重に走った真っ白だったr33は、道路外に雪が残っているだけでした。
17時頃帰宅しましたが、お腹はまだ満腹です。
19時に夕食にしました。

少し昼寝し、19時になりました。
長男が、「ご飯食べようか」と誘いに来たので、隣の実家に行きます。
家内が炊いた白ご飯に、次男が元旦のフィアンセさん一族の集まりでもらってきたお土産(しらす&桜えび)を掛け、夕食は「しらす丼」です。

遼くんは、ママに作ってもらった焼き飯を大人一人前平らげてしまいました。
まだ上手にすくえませんが、横の僕やママがすくってやると、スプーンを持って半分ぐらいこぼさず食べられます。
半年前よりかなり上手です。
「上手に食べられたねえ」と声を掛けると、得意になって披露しようとします。
家内が大げさに褒めまくっています。

僕のカメラで撮った4日間の写真が入ったメモリーを長男に渡すと、自分のPCにコピーしていました。
ダイナブックの軽く小型のPCでした。

翌朝、東京に帰る長男一家を空港まで送るために、7:30に家を出ました。
実家から出てきたので、助手席から家内が降りて遼くんに挨拶しに行くと、「ジジ・・・ジジ・・・」と僕を探す声がします。
僕は運転席なので、窓から顔を出しておはようをします。
片道10分で空港に着き、「またね」と最後のお別れです。
同じようなお客さんが、前でも後ろでもバイバイしています。

お正月行事を無事終えて、帰宅するまでの間に、「ご苦労様、僕一人じゃこんなにうまく出来ないから助かったわ」と家内を労います。
「それはお互い様ね」と笑っています。
どちらかが欠けちゃうと寂しいし、息子たちにも心配掛けるから、お互いあと20年ぐらい元気でいたいものです。

1/4・お墓参りと丹波篠山でぼたん鍋

お正月休み最終日です。
我が家のお墓参りと、丹波篠山にぼたん鍋を食べに行く予定です。
10時出発予定でしたが、お嫁さんの洗濯が終わらないらしく、10時に嫡孫・遼くんが長男に抱っこされてやってきました。
家内と3人で、屋敷祠に手を合わせます。
孫くんは、狛犬代わりのシーサーが怖いらしく、手が伸びません。

僕の草刈り用四輪座椅子・草刈正雄くんを押して遊びます。
乗せてやり動かします。
門扉を出て、実家北側の空き地公園で歩き走り回ります。
鳩が3羽いたので追いかけますが、飛んで行っちゃいました。
セキレイもやってきたので、今度はそれを追いかけます。

実家北側のカーテンを開けてもらい、「ママが居るよ」と声を掛けると、窓の内側から手を振るママを見つけたようで、「ママー、ママー」と可愛い透き通った声で叫んでいます。
用意ができたようなので、実家に戻ります。
「ママの所に行こう」と言うと、喜んでスタスタ道を走ります。
軽い前傾姿勢で、足取りもしっかりしています。

門扉を開け階段を上がり、玄関扉を開けようとすると中から開きました。
パパとママが出てきたので、パパの足にまとわりつきます。
再び手を取り階段を下りて、道路を車まで歩きます。
白線マタギのがに股歩行で歩き、カラスを指差し「カーカー」と僕らを喜ばせてくれます。

車に乗り、r13~r12で猪名川霊園に着きました。
うららかな天気で気温が上がり、気持ちが良い。
事務所前で車を停め、家内と2人でお花を買います。
いつもどおり、一対1500円ですが、正月バージョンで少し豪華です。
再び車に乗り、お墓の最寄り駐車場に車を入れ、お墓参りをします。

墓石に水をかけていると、遼くんが家内のお墓参りバッグからブラシを取り出し、ゴシゴシ墓石を綺麗にし始めました。
大人の行動を見て、しっかり学習していますね。
「すごい、すごい。ありがとうね」と声を掛けられ、得意満面です。

11:46にお墓参りを終了し、r12を更に北上します。
西峠手前で路肩の雪が多くなり、前日ではスノータイヤなしでは通行不能だったようです。
日程変更は正解でしたね。
R372~r77で篠山市街地に入り、城址横を北上し、観光協会の駐車場に入れます。
トイレを拝借し、観光協会土産物屋さん前の和菓子屋さんで、丹波黒豆饅頭を試食し、上二階町交差点から二階町通りを西進します。

熊肉も売ってる獅子肉屋さんの前で熊の剥製にびっくりし、別のお店の店頭では、たぬきの剥製を凝視します。
慎重派の遼くんは、手を出しませんが興味津々です。
二階町交差点で、「ぼたん亭」の大きな猪を見上げて、12:43、前回見つけた季節料理屋「大手新丁」に入ります。

座敷席があるということでここにしたのですが、「お子さんがおられるから座敷の方がいいですよね」と希望通りのお部屋
にお姉さんが通してくれました。
衝立で数席に仕切られた和室で、テーブル3つ・座席12席の大きな仕切りを割り当てられ、ラッキーな事に僕らだけでした。
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遼くんは椅子に固定されること無く、自由に歩き回りごきげんです。

ぼたん鍋は、並4000円・上5000円・特上7000円の3種類で、篠山市街地で最も多い5000円ランクの上を注文しましたが、長男が「並でいいんじゃないの。うどんとかを追加しようよ」と意見に従い並を4人前と、遼くん用にうどん玉を1人前注
文しました。
値段の違いは、部位の違いで量的には同じです。
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大皿に山盛りの野菜・山芋・えのき茸・豆腐など、ボタンに盛られた猪肉の大皿、うどん皿、味噌椀が運ばれて来ました。

鍋を火に掛け、沸騰してきたら出汁取りの昆布を引き上げます。
味噌を全部投入し、猪肉・ごぼうを入れます。
続いて野菜・うどんを投入し、グツグツしてきたら火を弱めます。

味噌味が美味しいのか、遼くんはうどん一人前を平らげてしまいました。
お肉に火が通ったころを見計らって、僕らも玉子が入った椀に鍋から具を上げ食べ始めます。
毎年食べているけど、猪肉鍋は美味いね。
具材皿に近いお嫁さんは、遼くんに食べさせながら自分も食べないといけないので大忙しです。
同じく横の僕が具材投入奉行になり、火加減も担当しながら食べます。

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遼くんに、「美味しい?」と聞くと、「うまい」と答えながらほっぺたに手をやります。
頬が落ちそうと表現しているのでしょう。
遼くん用と僕ら用にうどんを3つ追加し、うどんで最後の締めです。
満腹満腹・・・このお店は初めてですが、他店で5000円と7000円コースを何度も食べましたが、4000円コースでも満足感は変わりません。
猪肉も硬くなくナイスです。
来年からはこちらになりそう。
今度は次男夫婦も加えて・・・。

1/3・神戸どうぶつ王国 2/2

次の部屋は、ゾウガメです。
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これは動きも遅く、甲羅なら遼くんも怖がらず触れそうですが、手を出しませんでした。
次の部屋は、うさぎハウスです。
大きなうさぎから、ミニウサギまで触れるのですが、遼くんは戻れとスタスタ戻っていきます。
ちょっとサポートしてやると、オオハシハウスまで戻り、他所の人が餌やりをしているのをじっと見ていました。
またパパが餌を買い、パパの腕に抱えられて、間近からオオハシの食事を見て満足そうです。

次は鯉のいる池です。
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鴨やシギもおり、白鳥・黒鳥・ペリカン・フラミンゴもいます。
100円で餌を買ってやると、池のほとりに座り餌を放り込みます。
たちまち鯉が寄ってきて餌を食べます。
これには興奮したようで、「見てみろ」と鯉を指差して、ターターと僕に訴えます。

次の部屋は、大勢の人だかりです。
中央に池があり、飼育員のお姉さんの指示で、鮮やかな色のインコが空中を飛びます。
インコの寿命は70年だそうです。
意外に長寿・・・飼い主の方が先に冥土に行きそう。

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ショーが終わり、人が引くと遼くんは歩き出し、綺麗な蓮の花が咲いているとこに来て、「パパ~・ママ~」と叫びます。
こっちに来て欲しいようですが動かないので、スタスタとパパママを呼びに戻り、手を引いて蓮の所に来ました。
半年前のお盆にも感じたのですが、花が好きそうです。

ミミズクと記念写真が撮れるそうで、長男が並びました。
家内がトイレに行くというので付き添いました。
別の部屋に行かないとダメなので、ここに戻ってこれるか心配です。
数年前の甲子園ボウルで、トイレに立ったままなかなか戻ってこないので探しに行くと、帰る方向がわからなくなりトイレの前で僕が来るのを待っていました・・・家内の方向音痴は最高度です。

ペットボトルのお茶を買って戻ってくると、ちょうど長男の順番です。
300円払って、お嫁さんがお姉さに腕革を手に通してもらいます。
腕革にミミズクを乗せ、お姉さんが長男のスマホでシャッターを切ってくれます。
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僕はそれをカメラに収めます。
遼くんは、親指と人差指のピースでポーズします。
最後に遼くんはママが触るのを真似て、ミミズクを触りました。

最後にアルパカをもう一度見ます。
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遼くんは寝ていて、見ていませんでした。

15:22、動物王国を出ました。クルマに乗ると、長男のスマホに次男からLINEが入りました。
「本日、市役所に入籍届けを済ませ、写真館で写真を撮った」とのことで、和服の記念写真が添付されていました。
僕らの頃は、結婚式・披露宴・入籍・新婚旅行が、一連の行事でしたが、今はバラバラの行事になっています。
次男も長男同様、入籍&新居が同じで、結婚式・披露宴と新婚旅行は別の日程です。
お嫁さんのお婆ちゃんかお母さんが、吉日にこだわるようなので、その意見に従い1/3・大安吉日にしました。
次男によると、正月だったら忘れないからいいそうです。
メデタシメデタシ・・・美人の娘がまた1人増えました。
助手席の家内と後ろの席で、添付写真で盛り上がっていますが、運転手の僕はお預けです。
一騒動終えて、遼くんとパパはコテンと寝てしまいました。

R43~R171で帰宅しました。
17:45に再び家を出て、回転すし・スシローに食べに行きました。
帰宅して、翌朝10時出発だけ決めて解散。

箱根駅伝は、まさかの2位に5分・優勝候補大本命の駒沢大学に7分という大差を付けて往路優勝した青山学院が、復路
まで制して完全優勝してしまいました。
2位駒沢大学との差を11分に広げての優勝に、学生スポーツの意外性を感じました。
青山学院の選手が、最も意外に感じているのかもしれません。
往路5区の登り区間を、圧倒した青山学院が波に乗ってしまったようです。
トップ駒沢に、明治と並んで30秒遅れでタスキを受けた新「山の神」が、すぐに駒沢を抜き去り、明治に5分・駒沢に7分差をつけて往路フィニッシュしたのは圧巻です。
8時過ぎに、寝ちゃいました。

1/3・神戸どうぶつ王国 1/2

また4時前に目が覚めてしまいました。
長男と決めた予定は、10時頃氏宮に初詣し、我が家のお墓参りして、丹波篠山にぼたん鍋を食べに行くスケジュールです。
7時になり、外に出ると予想外に道が白いです。
北摂・丹波の国境を越えるのは危険そう。

9:53、みんなで初詣に行きます。
遼くんのペースで歩くので遅いです。
すれ違う方が、遼くんに声を掛けてくれます。
慎重派でじっと人物評価するので、凝視するだけです。
でもバイバイだけはできるので、手を振ると喜んでもらえます。
遼くんが初宮参りした氏宮に成長した姿を見せることが出来ました。

長男と相談し、予定変更しました。
昨夜の帰宅が23時過ぎだったそうですが、その時点で雪が舞っており、路面凍結で駅前にタクシーがいなかったそうです。
仕方なく、駅から歩いて帰ってきたそうです。
坂道が凍結しており、慎重に歩いたそうです。
僕を呼び出しても、凍結で車が危ないと思ったようです。

11時頃家を出て、翌日に予定していた神戸アンパンマンミュージアム&カワサキワールドを繰り上げします。
ただしカワサキワールドは4日からなので、アンパンマンのみです。
R171を走りながら、長男からアンパンマンミュージアムは入場料が1500円と高いので、「神戸どうぶつ王国」に変更の指示が出ました。

~R43~僕のヨット部先輩がやってる目立つエンジの森本倉庫横から南下し、海底トンネルを抜けてポートアイランドに入ります。
ナビゲーターの長男は、昨夜が遅かったので寝てしまっているから、家内と案内板を探しながら走ります。
幸い家内が「どうぶつ王国」の看板を見つけてくれて、難なく11:58に到着。

入場券を買おうと思ったら、こっちも1500円でした。
でも遼くんは無料でした。
アンパンマンミュージアムは、1才以上1500円です。

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いきなり、ふかふかのアルパカハウスです。
動物園と違い、手を伸ばせば触れます。
ふくろう・ヘビクイワシ・白頭鷲のゲージがあり、次の順路はペンギンとハシビロコウです。
ハシビロコウはペリカンより大きな鳥で、じっと動かず水辺に佇み、肺魚を狙うそうです。
近づいても動かず、時折首を動かすだけなので、動くと歓声が上がります。
おかしな鳥じゃ。

次の部屋は、レストラン棟でした。
ここで昼食にします。
遼くんと2人で席でお留守番します。
フォルクローレの生演奏をしており、遼くんはそちらを真剣に注目しているので世話なしです。

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アルパカの形のカレーを買ってきてくれました。
味が子供向けなので、遼くんもこれを食べました。
オットセイが飼育員と一緒にやってきて、遼くんの前で芸をしてくれました。
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慎重派なので、パパの懐から興味深げに見ています。
時折何か言っていますが、何を言っているのか・・・。
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次の部屋は、オットセイとビーバーハウスでした。
ビーバーがお気に入りらしく、次の部屋に行こうと手を引いても動きません。
ビーバーと言ったので、ビックリしました。

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次の部屋は、オオハシとカンガルーです。
オオハシがお気に召したようで、ターターと何かを訴えています。
パパがオオハシの餌・100円を買い、片手で遼くんを抱っこして、もう一方の手に餌の入ったカップ持ち、腕をオオハシの前に伸ばします。
するとオオハシが腕に乗り、カップにクチバシを突っ込み餌を食べます。
遼くんは怖がらず、興味津々です。

1/2・義理姉宅でワイワイ

姉宅に移動し、車庫に車を入れます。
実家は取り壊し駐車場になり、姉夫婦が管理しているので、家内実家の集まりは姉夫婦宅が定番です。
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寿司パーティーが始まります。
すぐに姉の長女一家がやってきて、輪に加わります。
姪の娘と息子は小学生だけど、夏の甥の結婚式で遊んでもらったので、遼くんはすぐに子供の輪に入り一人前に遊んでいます。

ここでも次男のサプライズプロポーズの写真を見せ、説明します。
本人たちがいるので、更に聞き出します。
東京湾ディナークルーズ船には、当然プロポーズなどというオプションはなく、白タキシードも全て次男が事前準備し、船会社と交渉して実現したそうです。
船員さんが気を利かせ、生演奏もそれなりになり、同席したお客さんを更に盛り上げてくれたそうです。
クリスマスにはハッピーが似合うから、次男カップルを肴にお客さんも楽しんだのでしょう。

姉も姪も、お嫁さんとフィアンセさんが似ているとしきりです。
確かにスマートで、髪の分け目も同じです。
雰囲気が似ていると思っていましたが、外見も改めて見ると似ているかも・・・。
長男がフィアンセさんとしてお嫁さんを紹介してくれた時、雰囲気が家内と似てると感じたので、長男も次男も母親である家内に似た人を好きになったということ。
母親に似たお嫁さんを連れてくるなんて、究極の親孝行だな。
そして僕は内心、「どうや、お父さんはナイスな人を獲得したやろ~」と、ドヤ顔です。
子供たちがどんな子育てをするかで、僕達の子育ての彼らに良かったとことそうでなかったことがわかります。
同じような子育てをしたら、僕らの子育てが彼らにとって花丸だったということです。

遼くんは男の子らしくメカ好きなので、僕のカメラが気になります。
僕の懐に入ってきて、ボタンを押しまくります。
長男のカメラと同じソニーのミラーレス一眼なので、操作を覚えているのか、シャッターも押します。
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僕は好きなようにさせているので、無駄な連写が増えちゃいます。
幸せなことです。

僕は自宅で収穫した柚子を、それぞれにプレゼントします。
次男カップルは、東京土産を同じくプレゼントし、改めて今後も宜しくと紹介しています。
15時になり、お開きです。

次男カップルは、1/3・大安に地元市役所に婚姻届を出すので、19時の飛行機で東京に帰ります。
僕は渋滞のないJR駅まで送って、次男カップルを下ろす予定でしたが、長男は「間に合うやろう」。
まあ間に合いそうになかったら、途中で電車に乗せたらいいだけなので、全員車で帰ることにします。

第二神明で渋滞~阪神高速で渋滞~深江ICまで来て渋滞解消し、西宮から名神高速で豊中IC下車で、18時前に大阪空港到着。
阪神高速・北神戸線は、まだ凍結通行止めでした。
ここで次男カップルとさようなら。

続いて最寄り駅で長男を下ろします。
中高の友人たちと会うそうです。
お嫁さんは遼くんと、残ってるご飯で夕食を作って食べるそうなので、僕らはお嫁さんの実家からお歳暮でもらった蕎麦を食べます。

そして遼くんを僕がお風呂に入れる作戦です。
長男に入れてやってくれと言われたのですが、新潟のおじいちゃんは泣かれたそうなので、自信は全くありません。
僕らが実家に行き、遼くんに、「ジジと一緒にお風呂に入る?」と聞くと、首を横に振ってノーです。
一応、僕が先にお風呂に入り、おもちゃをお風呂に入れて受け入れ体制完了。
家内とやってきた遼くんは、僕の顔を見て「入らない」の意思表示して、スタスタ部屋に戻っていきます。

やっぱりダメねと風呂から上がり、お嫁さんと遼くんのお風呂のサポートに回ります。
お嫁さんが遼くんとお風呂に入ります。
「僕がお風呂に迎えに行こうか?」と言ったら、当然家内から「ダメ」と。
そんなことしたら、長男にどやされます。
家内が迎えに行き、戻って来た遼くんに下着とパジャマを着せます。
懐かしい作業です。
「お手て、出るかな~」「出たね~」・・・楽しいな。

自宅に戻り、箱根駅伝往路の結果が気になり、TVのニュースを待ったけど、まぶたが重くなり20時過ぎに寝ちゃいました。

1/2・家内実家お墓参り

前日、21時過ぎに寝ちゃったので、また4時起床です。
この日の予定は、家内の実家のお墓参りと、家内の姉夫婦&姪・甥一家にフィアンセさんを紹介することです。
お墓は播州加古川の山陽道沿いなので、いつもなら1時間コースです。
天気予報をチェックすると、雪は降りませんが、我が在所では年間数日しかない最高気温でも5℃以下です。
昨日午後からの雪が溶けそうにありません。

JATIC道路情報をチェックすると、山陽道は三木以西が除雪作業中だそうです。
走りませんが、舞鶴道はチェーン規制です。
「こりゃあかん」阪神高速神戸線回りに決定。

夜が明け庭を見ると、雪が積もっています。
我が在所では、年1回の景色です。
脚立に乗り、お土産用に柚子を20個ほどチョッキンします。
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屋敷祠の鳥居も雪化粧です。

8:16、自宅を出発します。
前列は僕と家内、2列目は遼くん・長男、3列目はお嫁さんと次男カップルです。
チビなのにチャイルドシートで場所を取るので、新たなチビさんが出来たら、僕は車から放り出されてバイクだね。

R171~阪神高速神戸線~第二神明・玉津ICで下車し、R175を北上します。
三木まで北上し、r20~r18~r65で加古川を渡ります。
チャイルドシートで拘束されている遼くんは、グズいて横のパパに開放しろと要求しています。
パパは仕方なく、スマホに録画されている奥の手を出動させています。
遼くんは、パパのスマホを片手で持ち、もう一方で操作し、「妖怪ウォッチダンス」を聞きながら、踊ってる。
息子がチビの頃は、チャイルドシート規制などなかったので、2・3列を倒して家内と3人でお座敷状態で遊んでいました。
今の子は、窮屈で可愛そう。
車嫌いになるね。

9:54、お墓到着。
お花は年末に姉夫婦が参っているので、持参しませんでした。
僕は遼くんに付き合いながら、あっちにフラフラこっちにフラフラしながら墓石に向かいましたが、子供たちがバケツとかブラシとか取ってきて、水を汲みお墓掃除してくれます。
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長男が、線香に火を付けみんなに配ります。
楽になったものです。

これもバトンタッチですね。
遼くんもパパと一緒に手を合わせています。
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次男カップルが、僕らに「はじめましてやな~」と冷やかされながら、並んで手を合わせています。
駐車場に戻ると、遼くんが次男の股下くぐりでご満悦です。
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次男のビデオに収めて、お得意の「真央ちゃんトリプルアクセル」も披露しています。

姉宅訪問予定は12時なので、加古川市内でお茶することにしました。
走りながら僕が、加古川に「コメダ珈琲」ないかなと聞くと、長男が調べてくれました。
家内に「シロノワール」を食べさせたくて、その機会を狙っていました。

11:06、コメダ珈琲到着。
僕はシロノワールと珈琲を注文しました。
コーヒーはモーニングセットになっており、トーストと玉子も付けてもらいました。
長男と家内はコーヒーのみ、あとの3人はコーヒーとモーニングセットの玉子のみ。

シロノワールは6等分されていたので、みんなに分けます。
家内は初めての食感が気に入ったようです。
隣のパパの膝に乗ってる遼くんに、スマホを渡しています。
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遼くんは片手でスマホを持ち、もう一方でモニターにタッチし、シュッと指を動かして好きなのを指でタッチし、妖怪ウォッチの音楽を流し始めました。
スマホを持たない方の手で踊っています。
「妖怪ウォッチダンス」だと思ったら、「妖怪ウォッチ体操」だそうです。
時代はポケモンから進化しているようです。

また姉から電話が入りました。
「スーパーでお寿司を買うからおいで」
長男のスマホ誘導で車を走らせ、スーパー入口で待っていた兄とともに店内に入ります。
姉・甥夫婦と合流し、フィアンセさんは、スーパー通路で「初めまして」の挨拶です。
今後を考えれば、僕ら以上に長い付き合いになる甥夫婦ですので、末永くお願いします。

お寿司や食材を姉がカートに入れていたのですが、長男が「ケーキもいるよ」と、どこかから持ってきました。
兄が飲み物も買ったらと言うので、紅茶などのボトルをカートに入れ、家内と姉がレジに並び折半精算したのかな?そこは我関せずです。
姉妹であ~だこ~だ、いつもやってます。
チビの時から従兄弟5人集まれば、姉の長女とうちの長男が仕切り屋さんになります。
変わらない関係が見えて、微笑ましい。

元旦・帰省 2/2

紅茶とケーキで実家でワイワイしました。
主役は、今月2才になる遼くんです。
弟からマグネットブロックをもらい、これが楽しいのか上機嫌です。
「浅田真央ちゃんのトリプルアクセルをしてあげて」とママに言われると、くるくると回転し、左腕を水平に喉に当て、首をのけぞります。
大爆笑と大拍手です。
本人は上得意で、何度もそれをします。
TVを見ていて、突然し出したようです。
よく見ていますね。
姪がチビの時、僕が買ってあげた「黒ひげ危機一発」を出してきて、遼くんと遊びますが、まだよくわからないようです。

18:15になったので、長男一家を実家に残し、2台で空港に向かいます。
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18:30、JAL出発カウンターに展示されてるスペシャライズドのロードバイクを激写し、18:40着の東京便を待ちます。
これに乗って、次男カップルがやってきます。
フィアンセさんお父さん一族の元旦恒例の集まりに次男もおじゃま虫しました。
入籍は3日ですが、一足早く親戚への顔見せです。
温和で感じの良いご両親ですが、親戚付き合いも活発なようで、こういう環境で育った子は穏やかな大人になります。
良い方と縁が出来て嬉しいです。

定刻に到着したようですが、10分ほど経って、次男から「荷物を受け取るから、もう少し時間がかかるわ」との電話が入りました。
到着ロビーから中を覗くと、ターンテーブル横で荷物を待っています。

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19:03、出てきた次男フィアンセさんとは、弟一家は初対面です。
「いやあ、美人さんやねえ。スタイルもいいし・・・」と褒めてもらい、次男も照れています。
弟一家はこれだけのために、ゆっくりしてくれました。
フィアンセさんと次男が、「よろしくお願いします」と、東京土産を弟のお嫁さんに渡しています。
こういう気遣いは、とても大事です。

姪は、僕ら・長男から・そして次男カップルからお年玉をもらい、にわか長者です。
家内はいくら包んだのだろう?
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ここで弟一家とはバイバイです。
次男達は、長男と別部屋ですが、実家に泊まります。
まだ孫は1人ですが、2人目・3人目と増えると、元僕の部屋や元弟の部屋を片付けないと・・・でも、嬉しいな。

夕食は、みんなで家内の作ったおでんを食べます。
僕はガソリンを補給し、自室に戻りサンタさん衣装に着替えます。
サンタ袋に、ちびくろさんぼの本・3冊と、先月篠山で買ったブリキゼンマイ玩具などを入れて長靴を履きます。
急いで実家の玄関に回り、チャイムをピンポン。

20:03、「は~い」とお嫁さんが玄関を開けてくれました。
みんなにサプライズなので、「え~」とお嫁さん。
横には遼くんが、サンタさんを不思議そうに見て後ずさりしています。
次男が慌てて、ビデオを回してくれます。

サンタさんが手を出すと、一目散にパパの所に退却です。
サンタさんが玄関を上がり、みんながいる食卓に入ると、みんなが「うわぁ、サンタさんやわ~」って大歓迎です。
パパの後ろに隠れていた遼くんに、白いサンタ袋から出したラッピングした本を差し出すと、「プレゼントだって~」のママに言葉に促され、パパの手を離さず恐る恐るサンタさんに近づき、受け取ります。
おもちゃセットも受け取り、ママに「ありがとうしようか」に促され、「あ~と」とチョコンと頭を下げます。
1週間遅れのサンタさんは、喜んで帰って行きました。
速攻で着替え、おでんの輪に加わりました。

元旦・帰省 1/2

大晦日の日中は気持ちの良い日でした。
でも肝心の元旦・2日は寒波来襲です。
「中森明菜が出てきたら教えてね」と言い残し、家内は台所でお正月の最終準備をしています。
僕はどんどん眠たくなり、家内が床に入ったのにつられて、20時頃自室に上がり寝てしまいました。
紅白歌合戦の最後も行く年来る年も、ここ10年ほど見ていないと思います。

元旦は3時過ぎに目覚めました。
元旦は我が家のお墓に参る予定なので、天気予報チェックです。
2日は家内の出身地・播州加古川にお墓参りだし、3日は丹波篠山にぼたん鍋なので、天気予報と道路情報は要チェックです。
スキーに行かなくなり、スタッドレスタイヤも古くなっちゃったので、ノーマルタイヤで走れる日じゃないとダメです。

ゴソゴソし、8時に家内と近所の氏神様に初詣です。
数組のご近所さんとすれ違い、挨拶しながらお宮到着。
夜中の年始代わりの時は大勢並びますが、この時間帯でも5~6組並んでいます。
新年のお参りを済ませ帰宅し、お昼まで暇なので、風呂に入ったりTVを見たり、昼寝したり・・・。
PCで新潟空港の運行情報もチェックします。
寒波来襲で日本海側は大雪で、新潟の天気も朝から雪マークです。
朝一番のANA便は、機材が間に合わず欠航でしたが、その他は問題ないようで、12時発大阪行きも、搭乗手続き中です。

12時前に、弟のお嫁さんから電話が入りました。
「今から自宅を出ますので、空港に行きます」
12:30を回ったので、僕らも長男一家を迎えに空港に向かいます。
空港駐車場はいつもより車が多く、一番奥のスペースに置きました。
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13時に、JAL到着ロビーに到着。

お嫁さんの実家・新潟からやってくる新潟便は予定通り13:10到着予定です。
クリスマスにお嫁さんのお爺さんが亡くなり、お父さん中心に年末に葬儀をしたので、3人共大活躍した直後です。
体調を崩していないといいが・・・。

弟のお嫁さんから、我が家に車を置いて氏宮に参ったところと電話が入りました。
岸和田から来るのに、意外に早かったな。
飛行機は到着しても荷物受け取りなどでロビーに出てくるのに10分は時間がかかるので、空港においでと伝えました。
どっちが早いかなと思っていたら、弟の到着の方が早かったけど、JAL出発ロビーで迷って電話を掛けてきたとこで、長男
一家が出てきました。
JAL到着ロビーは、出発棟のさらに北の別棟なのでわかりにくいです。

「空港で一緒にごはんを食べよう。出発ロビーにいてて、すぐ行くから」
嫡孫・遼くんとは半年ぶりなので、また忘れられちゃったかな?と思っていたら、どうやら覚えているようで、ママの言葉を受け「ジジ・ババ」と僕らを指させました。
大成長です。

難なく弟達と合流し、空港ビル3Fのレストランでご飯を食べました。
姪が空港でご飯を食べたことないので、レディーへの経験をさせます。
男は自分の甲斐性ですが、女性はナイスな旦那さんと縁を持つために、ファッションや作法などレディーを高めておかなければ・・・ね。
甥は今年大学受験なので自宅で猛勉強中です。

次男のフィアンセさんから送られてきたサプライズ・プロポーズの写真をみんなに見せながら、説明します。
お嫁さんも姪も驚いています。
姪は妹に、「こんなんしてもらったら嬉しいね~」って。

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14:22、食事を終え、2台でお墓参りに出発です。
天気予報では、午後から北摂が雪なので、僕は3日に順延しようと提案しましたが、空港は曇り空なので、長男から「問題ないでしょう」
「老いては子に従い」です。

r12を北上し、川西能勢口を過ぎると雪が舞ってきました。
「紫合」を過ぎると本降りになり、路面は大丈夫ですが、お墓の坂の下りが心配で、弟に「うちは断念するわ」と電話を掛けました。
長男から弟にお土産があるようで、「道の駅いながわ」で待ち合わせすることにしました。

道の駅に着くと、弟も断念するそうで、実家に帰ることにしました。
まあ大丈夫だろうと、r68経由で帰ることにしました。
これがミステイクで、路面も白くなりだしており、滑らなかったけどゆっくり走りになり、こわごわr33~r325~長尾山トンネルで、16:17帰宅しました。
弟の車は軽いので、1回滑ったそうです。
素直にr12で帰ったら良かった。
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