お昼休みとお弁当

プルルルル・・・
「はい、・・です」
自宅に戻って昼食を取ってると電話が鳴ったので、受話器を取りました。
「あの~、横浜に行くにはどう行ったらいいですか?」「はあ・・・」
「バス待ってるんですけど、全然来ないんで困ってるんですよ。横浜に行きたいのですが」「こちらは兵庫県ですけど・・・」
「横浜に行きたいんですけど・・・」「私にもわかりません。あなたがどなたですか?失礼致します。電話切りますね」
「待ってください。横浜に行きたいんですけど・・・」、ガチャン
穏健派・ハト派の僕には心苦しくもあったけど、問答無用で「切ったった」・・・

週の半分は、昼食を食べに昼間自宅に戻りますが、自宅に掛かってくる電話には碌なものがない。
「電話会社を変えたら安くなる」とか、「あんた、オレオレ詐欺やってんじゃないの?」みたいなのとか、受話器をとって「はい」と応えたらいきなり切られたり・・・そして今回が「横浜に行きたいんですけど攻撃」。
もう自宅昼食時の電話には、居留守を使うことにしました。

我が家は数年前に、泥棒さんに入られた事があります。
門を入った正面に植え込みがあり、その裏の1Fガラス窓が割られ、引き出しなど物色されました。
まあ、我が家は金庫なんてないし、タンス預金する余裕もない、もっと言えば現金を置いてないから、家内のアクセサリーを少々駄賃にしてお帰りになっただけでした。

いまだに我が家のアクセサリー最高級品である結婚指輪がセーフだったので、良かったと喜んだのが数年前でした。
以来、ちゃんと雨戸するようになったけど、昼間のあの電話は留守の確認なのだろうか・・・
最近の泥棒さんは健康的なので夜中活動などせず、ターゲットがお留守になることが多い9時~5時業務だからなあ・・・


---------
1週間前のお彼岸、お隣の実家の仏壇に「ぶどう」が供えられていました。
弟か弟夫婦が我が家のお墓参りついでに寄って供えたのだろう。
義理妹にお礼のメールをするとビンゴでした。
妹のとこは信心深く先祖を大事にする一家なので、月命日にも参ってくれる。

このお供えの行方ですが、僕ら夫婦しかいないので、当然僕らのお腹の中に消えていく。
先週の月曜日から毎日毎食ぶどうが食卓に乗ります。
週の半分はお弁当昼食ですが、先週のある日のお弁当にもぶどうが入っていました。
タッパウエアを開けると、中心に大きめのぶどうがあり、その周りに我が家に縁のある菅原道真の家紋「梅鉢紋」のように小粒が5個綺麗に囲んでいた。
「家内もやるなあ」と思いつつ、何故「七曜紋」や「九曜紋」でなかったのかとも思った。
その日の晩、「ごちそうさま」と言いながらお弁当箱を出しながら訊いてみました。
キョトンとされ、意図せずそうなったみたい。
まだ洗脳が足らんようです。
スポンサーサイト

9/23・阿古谷早朝ツーリング 2/2

r603に下り、帰路に着きます。
r603を南下し、「明神橋」を枝道を西に入り、「槻並」に抜けるルートを選択しました。

6:33、途中の色づいてきた柿の実を見つけ緊急停止。
20140923AkoyaS022s.jpg
横の栗の木のは、イガグリが裂け栗が顔を出してるのがあります。
昔は柿や栗など実の成る木を人間の住む集落の山際に植え、ここで山から降りてくる猿や鹿・猪との境界線を示したそうです。
20140923AkoyaS027s.jpg
今朝のように、集落の裏山に上がる舗装林道を10分ほど入っただけで、6頭もの鹿に出くわすようだと、農作物被害の多さが容易に想像できます。
僕がバイクで山に入りだしたここ数年でも、毎年鹿が増えてるのが実感できるから、適当に熊がいる方が獣害が減るように思います。

ふと横を見ると山に向かう間道があり、お墓が見えます。
家内の実家の前のお墓もそうですが、山を適当に削った集落のお墓には、年季の入ったお地蔵さんとか歴史を感じるものがあります。
入ってみましょう。
ビンゴ!
20140923AkoyaS029s.jpg
六地蔵石仏がいました。
それほど古くはなさそうですが、新しくもなく適当に風化してるので、腕を組んでると思われるのとか錫杖が彫られているのとか、少しずつ違います。

「六地蔵」は、仏教の六道(天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)を表します。
でもどこの六道さんもみな、穏やかないいお顔をしているように思います。
天部像のように怖いお顔のお地蔵さんにお目にかかったことがありません。
餓鬼道や地獄道を表すお地蔵さんは、「悪そう」とか「苦しそう」なお顔だったら、村の子に大人が「人の道」を垂れることができそうなのに・・・。
20140923AkoyaS035s.jpg

密かに徳川時代にキリスト教信者が多かった北摂を治めた能勢氏が、その信仰を隠すために取った十字架ルック錫杖を持った地蔵を黙認したりした、あのような何かを期待したけど、それは裏切られました。

峠を越え「槻並」に出て、「屏風岩」からr12を北に進み、「道の駅いながわ」からr68を西進します。
+10の50km/hで走りましたが、祝日だからか高速通勤車に追いまくられることもなく、平和にr33~r325~長尾山トンネルの定番ルートで帰宅しました。
また虎亀さんとすれ違いました。

朝ドラを見ながら朝食を食べていたら、「My time has come」という言葉が「赤毛のアン」原作に書かれていると、主人公・吉高由里子さんが妹の「かよ」さんに言っていました。
舞い込んだ戦争浮浪児を養子にして育てようと、決心する「かよ」さんを励ましていました。

行動心理学では、「自分のために生きる」より「人のために生きる」方が、より前向きな気持ちで行動出来、いきいきと働けるということです。
僕自身も、結婚したことでより頑張る力が出たし、我が子が生まれ更に力を得ました。
1人で食うのに汲々してたのに、結婚すると何故か楽になり、子供1人育てるのに必要な費用と金額を示されると「とんでもないな」と感じるのに、何故か2人育て上げてもWインカムノーキッズさんと、同じような生活ができてたりするのも、こういうのが原因のような気がする。

家内の母方のおばあさんは、小さな神社系宗教の教祖さんだったからか、戦後姫路でたむろしてた浮浪児を家に連れてきて、最大30人ほど食わしていたそうです。
養子縁組の保証人的なものをやり、我が子同様に学校にもやり、嫁がせた娘さんもいます。
家内とデートでこの家を訪問し、このおばあさんと話をして、この人の孫なら間違いないと思いました。

おばあさんが育てた元浮浪児さんが一人前になり、実業の方で息子を支える従業員として働いた方もいます。
息子さんと家内のいとこであるその長男さんがもう亡くなっていますが、まだ学生の跡継ぎを支えた番頭さんは、おばあさ
んの養子になった元浮浪児さんです。
家内が我が家に輿入れする時は、そのおじさんが会社のトラックに花嫁道具を載せて、やって来てくれました。
冠婚葬祭の時はいつも夫婦で出席し、養子なので血のつながりがないけど、温かい目で一家の繁栄を見てくれています。
「おばあちゃんみたいやん」と家内に言うと、「うん」と微笑んでいました。

阿古谷早朝ツーリング 2/3

9/23・阿古谷早朝ツーリング 1/2

4:30に目覚めました。
プロテクターメッシュ上下+DAIWAフィッシングスーツ上だけ装束に着替えます。
「里山VTR250」を出して、5:06・「ESSO宝塚口谷」で給油。
178km/4.32L=41.2km/Lという原付二種並みの燃費でした。
セルフだったので寝ぼけてて満タンまで入れきれなかったかな?

r13~r12~旧r12で北上し、「紫合」からr603・阿古谷川沿いに入ります。
5:51、「八坂神社」到着。
北摂には割合「八坂神社」があります。
京都・八坂神社の末社です。
八坂さんは祇園さんとも呼ばれ、祇園祭は八坂さんのお祭りです。

長く、播州姫路・広峰山(黒田官兵衛の爺さんが自家製目薬をここの御札とともに全国に売り歩き財を築き、優秀な兵を養う源泉になった)とともに、全国の牛頭天王を祀る神社の本社でした。
牛は中世以前の農耕の最重要家畜で、現代の耕うん機でもあり、荷物を運ぶ軽四トラックでもあったので、大切にされた。
牛は元々仏教との結びついてるので、神仏習合の姿で一般庶民に最も馴染みのある信仰の対象になった。
牛頭天王は、釈迦さんが説法をした寺院「祇園精舎」の守り神で、明治以前に「てんのう」と言えば「牛頭天王」を指した。

日本では、「牛頭天皇」=「素盞鳴尊」とされたので、明治の神仏分離令により、典型的な神仏習合の神である牛頭天王は廃され、ほとんどが「素盞鳴尊」を主神とするお宮になった。
社名も「素盞鳴神社」の方がずっと多い。

屋根は厚みのある銅板葺きのようで、下に茅葺屋根が隠されているのかも・・・、とか屋根を見上げここは土岐氏系・明智光秀と同紋の「桔梗紋」なんだ・・・なんて思いながら、激写料お賽銭をチャリんして手を合わせました。

道の左手にこの辺の雄山・「三草山」に連なる里山があり、三草山南東に中世の山城が展開されています。
清和源氏の嫡筋・摂津源氏を祖とする南の山下氏と北の能勢氏の勢力の境界部なので、戦略的に重要です。

山下氏側山城はもう少し北の三草山の鞍部「上杉」地区周辺にあったそうで、森上の盆地を挟んで対峙する能勢氏側山城と睨み合っていたとか・・・
本日は手前の山に上がって周囲の地形の雰囲気を感じたいと思います。

地図を見て最も安易に高所に上がれそうなのが、「猪名川グリーンCC」です。
「阿古谷小学校」のとこからゴルフ場の案内板に従って、枝道に入ります。
ゴルフ場アプローチ道なので、4速orサードギアで難なくクラブハウスまで上がりました。

6:01、クラブハウス前駐車場・・・東の山陰から朝日が上がろうとしてするタイミングです。
県道からの比高150m・標高300mです。
20140923AkoyaS008s.jpg
西の裏山と、北の谷を隔てた三草山の尾根山方角は見通せませんが、空気が澄んでいれば南東方角は大阪平野の中心部まで見通せそうです。
なかなかナイスな景色です。

この時間帯ですでにゴルファーが来られており、カートが動き、カキーンな音が聞こえます。
勤務先が30分以内の方なら、早朝ゴルフしてから出勤というのも出来そう。
20140923AkoyaS009s.jpg
朝日に照らされたグリーンが綺麗です。

r603に下り、ゴルフ場北の谷筋の枝道に入ってみます。
意外にも舗装山道が伸び、三草山の南東斜面を登っている感じです。
鹿が濃く、山道入口で1頭・中間地点で3頭団体+1頭・帰路の下りで1頭と対面しました。
森が被う落ち葉落ち枝いっぱいの薄暗い区間もあったけど、農耕・林業使用されている現役道なのか、難儀せず登れました。

6:19、舗装路が怪しくなったとこでバイクを停めました。
標高350m。
20140923AkoyaS017s.jpg
視界の開いた南方向を見ると、確実に先ほどのゴルフ場より高いです。
三草山かもしれない山頂が近いです。
20140923AkoyaS015s.jpg
標高差200mあるので、その更に奥が三草山かもしれないけど、三草山への南東側登山道なのかもしれません。
上天気の青空が広がり、気持ちがいい。

銃声が聞こえました。
猟期ではないので、害獣駆除活動でしょう。
夏から冬の空気に入れ替わったようで、六甲山に早朝バイクすれば、紀伊半島まで見通せるかもしれない。

阿古谷早朝ツーリング 1/3

9/21・永沢寺ショートツーリング

NHK朝ドラで、主人公・村岡花子役の吉高由里子さんが、「赤毛のアン」出版に至る過程で、出版社さんから「トムソーヤではお世話になりました」と言われていました。
「トムソーヤ」は、「ウイリアム・テル」「アンクルトムズキャビン」「ピーターパン」などとともに、少年時代の僕の心をワクワクさせた本です。

今思えば、子供の頃は海外小説をたくさん読んだんだなと思います。
「海底2万マイル」や「星の王子様」も海外物ですね。
これらを経て、宮沢賢治や真田十勇士などに移っていったように思います。
当時の児童文学は、海外物の方がワクワクさせる物が多かったのかもしれません。

トムソーヤは村岡さんの翻訳だったのかを調べたら、トムソーヤの物語中で一番好きだった脇役のスピンオフ「ハックルベリーフィンの冒険」を翻訳したそうです。
「ブレーメンの音楽隊」「王子と乞食」「フランダースの犬」「ジャックと豆の木」「あしながおじさん」「不思議の国のアリス」「赤毛のアン」「クリスマスキャロル」「子鹿物語」「ジェーンエア」「小公女」・・・僕の読んだ本だけでも、こんなにありました。

明日で最終回ですが、遅ればせながらそういう目で見たいと思います。

---------
当初、R477にチェンジし「園部」方面まで北上予定でしたが、腹が減ってきたので「虎亀」に行くことにしました。
r732に乗り西進し、R477を越え道なりにr54でR173に出ました。
右折し、R173を北上します。
「はらがたわトンネル」を抜けて、羽束川沿いr601~r538で籠坊温泉~r309でr12・「後川」。
r37で羽束川沿いに下り、永沢寺に抜ける林道を上って、r49。
11:45に「虎亀」到着。

「虎亀ピラフセット」を注文し、こないだの大雨のことなどを話しました。
千刈ダム横のショートカット道通行止めでr68が夕方渋滞して困ってるとのお話だったので、お気に入りのr49~志手原~r37~r323~波豆川・八坂神社~西谷中学~西谷大池コースをお勧めしました。
早朝バイクで、虎亀さんとよく会うので、通勤ルートがわかっています。
バイクの時はマシだけど、四輪でr68が渋滞すると辛いな。
快速道路だけど、交通量が多いから長い渋滞になりそう。

12:25に虎亀を出て、帰路に着きます。
家内は神戸を12時まで用事なので、帰宅は13:30頃でしょう。

虎亀さんにお勧めした道で帰ります。
大池から、r33~r325~長尾山トンネルを抜け、13:25帰宅。
家内は10分前に帰宅したそうです。

家内もバイク装束に着替え、お墓参りセットを通勤リード110に載せて、タンデムでお墓に向かいます。
長尾山トンネル~r325~r33~r319~r12で、お墓到着。
家内を下の事務所で下ろし、直前にコンビニで買ったおにぎりを食べる時間にします。

僕は単独でお墓まで上がり、お花の有無を確かめます。
予想通り、僕以上に墓参りする弟が参った後のようで、真新しいお花が供えてありました。
下の事務所でお花を買わなくて良かった~。

事務所に下り、お茶をもらってヨーグルトを食べます。
再びタンデムでお墓まで上がって、お線香をあげ手を合わせます。
うちの聖地に親父の蒔いた彼岸花が綺麗に咲いています。

r12に出て北上し、さっき走った「後川」からr37に入って西進。
家内から、永沢寺のわらび餅やのリクエストをもらっていましたが、閉店は16時?17時?現在15:30という微妙な時間で、永澤寺まで上がって閉店だったらがっかりなので、そのままr37を道なりに南下しました。

16:00、「高売布神社」で休憩。
ここまでの道は、去年家内のバイク練習コースです。
わらび餅屋の代わりにと、「もち処・つくしの里」に寄りましたが、食事営業時間は終了していました。
「ここで待ってたような気がする~」
「そう、スポーツバイクでここまで来てギブアップしたから、僕だけ「西谷農協」までチャリンコを飛ばして、車を取りに行ったとこだよ。今は50km平気になったけど、あの時は10kmでダウンしたんだから・・・」。

r37~r323で、16:25・「半鐘の家」着。
家内はソフトクリーム、僕は今シーズン最後のかき氷になるだろう「いちご」を注文して、落ち着いた和室でのんびり。

昼間同様の道で長尾山トンネルを抜け、山本台の「阪急オアシス」で買い物をして、18:30に帰宅しました。
たまに入るスーパーは夢ランドで、面白い調理器具などに目が行き遊べます。

「モヤモヤさま~ず」見ながら夕食を食べたら眠たくなり、大河ドラマを前に風呂に入り寝てしまいました。
ツーリングモーターサイクルやスポーツバイクをよく見た1日でした。
アウトドアが気持ちのいい季節になりました。

北摂ショートツーリング 2/3

9/21・お彼岸お墓参り

9月に入ってから・・・というより、お盆を過ぎてから庭の雑草ジャングルとの格闘が滞っています。
昼休みに昼食のために帰宅した時でも、コオロギが鳴いています。
もちろん仕事を終え帰宅した時も、早朝バイクのために夜明け前に玄関から出て行く時も、秋虫さん達が涼やかな歌声を送ってくれます。
こんなことされちゃうと、彼らの住処を無残に消滅させることはできません。
更にこの1週間は、真っ赤な彼岸花が庭のいつもの場所に咲き、目でも和ませてくれます。

庭に小石を敷いたり、除草剤を小まめに撒いたら、雑草ジャングルとの格闘は楽になることはわかっていますが、季節の移り変わりを感じさせてくれる自然の行事がなくなってしまいます。
毎年夏になると我が家に抜け殻を残して羽化していくセミさんともお別れになります。
今朝の出勤時、「外の垣根がまた伸びてきたな、刈らなくちゃ」と思いながら、「庭の雑草は冬枯れを待つかなあ」という思いが頭をもたげました。

---------
次の日曜日に、「大井川鉄道」にリアルトーマス機関車を観に行くために、お彼岸のお墓参りを前倒ししました。
中国道が渋滞する前に家内の実家・播州の墓参りをやっつけるべく、6時に家内と出発しました。
先に玄関前に出ると、ワンちゃんお散歩してるご近所さんがおられ、あ~だこ~だおしゃべり。

6時なので車が増えてきていましたが、渋滞なく加古川にお墓参りし、お墓を綺麗に掃除し、新しいお花を供えて、お線香をあげました。
僕はお墓参りが好きで、正月・お彼岸・お盆と年4回参ります。
「この人達が一生懸命行きてくれたから僕ら家族が生を受け楽しく暮らせている」って、実感します。

いつものように車内でおしゃべりし、家内の次週の予定を聞きました。
「特にないよ」・・・むむ~・・・バイクで行く1泊リアルトーマスは無理そうです。
「静岡県まで、リアルトーマス機関車観に行かない?片道300kmあるから、出発は土曜の晩で布団積んで行って車内一泊だけど」・・・どうも車内一泊が嫌そう・・・家内は「1人で行っといで」と言ってくれるが、そう言われるとなおさら置いていけない。
次案・「四国八十八ヶ所巡り」日帰り第1回案を提案しました。
リアルトーマスの姿が・・・

8時過ぎに帰宅し、午前中だけの用事で出かける家内を駅まで送って再び帰宅しました。
速攻でバイク装束に着替え、車載カメラの調子が悪かったCBを倉庫から出して出発します。
ブイーンと10分、R173沿い池田のコンビニに到着。

僕も参加してる「原付二種ツーリングクラブ」のツーリングの集合場所です。
10時出発なので9時到着を目論んでいましたが、9:30到着。
既に6台のバイクが到着しており、あ~だこ~だおしゃべりが始まりました。
僕も京都ツーリングに参加したかったのですが、家内が12時に神戸で用事を終え帰ってくるので、午後から両親の眠る我が家のお墓参りを予定しているので、お見送りだけです。

湖東から下道オンリーで長駆ここまでやって来られた方もおりビックリ。
亀岡回りで2時間半だったそうなので、早朝なら下道のみでも2時間で近江まで行けるということ・・・。
10時になり全員集合したので、出発です。
次の「ガレリア亀岡」集合組を加え、16台だそうです。
10台ほどの原付二種の殿で、R173~R423を北上します。
早朝ならたまに車がすれ違う程度の田舎道ですが、10時なので北に向かう車も多くなっています。
でも渋滞などには縁のない道だし、信号も殆ど無いので、気持よく走ります。

走りながら車載カメラの調子を伺います。
ちゃんと操作しても録画されません。
ライブ音楽の高品質録音がメインターゲットの「オリンパスLS20M」は、ワンアクション録画開始ではなく、5回ボタンを押す動作が必要です。
更にモニターが上を向いてるので、運転しながらではモニターが見えません。
それによる操作ミスもあるとは思うのですが、一番の原因はメモリーカードの不良のようです。
32GBの1枚に記録できないみたい。

「柚原」交差点手前で左折し、皆さんから離れメモリーカードを別のにすると、正常録画出来るようになりました。
隠岐の島まで活躍してくれた32GBメモリーですが、昇天なさったみたい。

北摂ショートツーリング 1/3

9/17・武田尾・川下川・武庫川渓谷、名神工事偵察

目を覚ましたら、窓の外は真っ暗でした。
何時か不明だけど2度寝して起きたら、なんとなく窓の外の闇が明けてきてるような気がして階下に下りました。
時刻は5時前で、自室に戻りバイク装束に着替えて、倉庫から「里山VTR250」を出しました。

この時間なら篠山までは行けないけど、定番コースで北摂里山エリアに向かいました。
5:34、「長尾山トンネル」手前でバイクを停め、車載カメラをセットしてトンネルを抜けます。
r325~r33で北上し、r324との交差点・「切畑」で「武田尾温泉」に行くことにしました。
ひなびた沢沿い道が、新名神高速道路建設のために半分ほどダンプが通れる片側1車線の道に改良されています。

建設中の巨大橋脚などの写真を撮り、「玉瀬」側からやってきたr33に合流し、武田尾への道を下ります。
途中、先月の大雨で崩れたと思われる道路脇の崖・路肩崩壊で1車線応急修理された道路などを激写しながら、武庫川まで下りました。

武庫川に突き当たり、JR武田尾駅の方に大きくカーブを切る道路が改良され、「JR旧福知山線廃線路」への入口が変わっていました。
しかも、「JR廃線道・桜の名所ハイキングコース」という拝み看板が設置されていました。
廃線路には、今までどおり「JRは責任を持ちません」の看板が設置されたままかもしれませんが、あまりの人気に工事関係者が設置したものと思います。
素敵な産業遺産で、鉄橋を渡るスリルや真っ暗なトンネルの恐怖体験付きで、起伏もないからお年寄りでも歩けるナイスなハイキング路だから、最低限の安全対策だけしたらどうかと思います。
このコースでJRは、いくばくかの乗車料金を稼いでいるはずです。

武庫川渓谷に朝霧が掛かっているので、大雨で武庫川が氾濫し水が入った温泉の方に行ってみることにしました。
武田尾駅下を抜け、5:59・「紅葉館」の足湯に到着。
ここも、ここまでの道も砂が路上に残っており、当日の有り様が想像されます。
20140917TakedaS018s.jpg
手を浸けてみると、いい感じの温かさです。
10年以上前の赤橋が流された氾濫では、「紅葉館」が大被害で建て替えになりましたが、先月は対岸の「マルキ旅館」さんに水が入っちゃいました。
外観は以前のままですが、畳の張替えなど作業が続いているのでしょう。

いつも帰路に利用する対岸の川沿いの道は通行止めになったままです。
JR武田尾駅をくぐり、r33で「玉瀬」へ・・・
20140917TakedaS024s.jpg
そのまま少し北上し、大雨後被害探索しようとして通行止めだった「川下川ダム」方面に入ってみました。
川下川にでたとこのコンクリートブロック護岸が崩れていました。
前回通行止めだった「希望の家」から先は通過出来ました。
でも路上にあふれた川の置き土産の砂が残っていたので、より慎重に走りました。

6:25、「川下川ダム」到着。
ダム湖面から、朝霧が上がっています。
ロックフィル式ダムが相変わらずいい感じです。
20140917TakedaS035s.jpg
ここで建設していた新名神高速道路の橋脚・橋桁ともに完成していました。
ガードレール等細かいお化粧を残すのみでした。
武庫川渓谷を渡る区間は、吹きっ晒しで横風注意だし、早朝は朝霧が定番だから難儀な区間だと思います。
でもPAでも作ってくれたら、武庫川渓谷の朝霧鑑賞ポイントになりそうで、全国区で話題になるかもしれません。

武庫川に下り、渓谷沿いの道・r327を走ると、僕の頭の更に上の高さの樹の枝に、たくさん浮遊物が引っかかっています。
この道も完全に武庫川の流れの中に沈んだようです。
凄いや・・・。

対岸の山に、がけ崩れ箇所がありました。
「JR旧福知山線軌道」の真上でした。
でも軌道道には土砂が堆積していません。
おかしいなとよく考えたら、こちらの道と大してかわらない高さに軌道があるので、土砂崩れした時は武庫川の流れの下に沈んでいたから、流れ込んだ土砂も川が流してくれたんだとわかりました。
沈下橋同様、沈下線路構造だったのかな?
これも凄いな。

6:36、いつもの橋を渡ります。
名神工事が始まる前は、鷲の住処でした。
必ず数羽の鷲が出迎えてくれてたけど、工事終了後でも戻ってこないんだろうな・・・。

20140917TakedaS038s.jpg
武庫川に掛かる朝霧がいい。
対岸に渡り、「JR道場駅」に向かいます。
ここの名神・橋梁工事は未完成でした。
20140917TakedaS040s.jpg
高い橋脚に一部橋桁が掛かり、ダイナミックな工事に感嘆するのみです。

「JR道場駅」を通過し、武庫川沿いを「JR三田」に向かいます。
三田手前のいつもの橋で武庫川を渡り、田んぼの真ん中の道を東に走ると、正面の踏切が閉じ、大阪行きの電車が走って行きました。
線路を渡り、「千刈CC」を通り、r68に合流しました。
また虎亀さんご夫婦の出勤にすれ違い、「宝塚自然の家前」交差点から南下しました。
まだ千苅ダム湖脇の一方通行近道は、通行止めでした。
r33~r325~長尾山トンネルを抜けて、7:45に帰宅し、「朝ドラ」に間に合いました。

武田尾早朝ツーリング 1/3

9/14・一乗谷朝倉氏館~日没帰宅

「一乗谷朝倉氏館」を見に行こう。
15:09・「えちぜん鉄道・勝山駅」到着。
20140914NukumiC374s.jpg
かわいい車両が展示されています。
サイクリングウエア・ヘルメットの方が10名ほどおり、ロードバイクを輪行して来たのかな?

九頭竜川左岸のr168~r255を下ります。
鮎釣りさんがたくさん川に入っており、大盛況です。
えちぜん鉄道沿いなので、ここでも並走を願ったのですが、タイミングが合いませんでした。

「永平寺大野道路」に乗り、R264で永平寺方面へ。
盛況の永平寺を横目に、一度も走ったことがない永平寺から南の国道を走ります。
どうってことない田舎道で、観光道路は北側からのみのようです。

R158~r18で、16:08一乗谷に到着。
土塁が残るのみで、建物は、雑人長屋のような建物のみでした。
しかし、変に観光客に媚びず、当時の面影の再現に留める姿勢が清く感じました。
20140914NukumiC386s.jpg
土塁で区切られた区画に多数の建物が建っていたと思われ、その規模はかなりのものでした。
谷の両側を大門で区切り、エリア内が全て要塞化されていたと聞きます。
20140914NukumiC382s.jpg
瀟洒な門が再現された場所が、朝倉嫡家の館跡があった場所かもしれません。
朝倉氏のような中世の血筋のいい名のある豪族は、日頃政務をとる館の背後山上に最後の砦・詰城を持つのが一般的ですが、館部分だけでこの規模とは朝倉氏の勢力の巨大さがうかがい知れます。
方丈に整備された平城宮跡を見るような気持ちになりました。

本当は詰城の方に興味があるのですが、ここが標高50mなのに、裏山の詰城は470mにあり、この比高差は半日仕事なので無理です。
登ってみたいなと、見上げるのみでした。

以降の予定を全て次回とし、帰路に着きます。
最寄りはr18をバックして「北陸道・福井IC」ですが、まだ陽があるのでr18をそのまま進み、次の「鯖江IC」もパスして、「武生IC」まで田舎道を楽しみました。
16:35、途中の「エネオス・越前市野岡町」で給油。
170km/6.88L=24.7km/L。
給油してくれたお母さんが上まで入れなかったので、いい燃費になりましたが、山岳道路をあれだけ走ったから、-2km/Lぐらいでしょう。

17:08、「南条SA」で休憩。
「これからどこに行くのですか?」って、僕の後からバイク置き場に入ってきたハーレー若者2人組に聞かれました。
「これから、兵庫県に帰るんですよ」・・・翌日も連休なので、これから出かける方も多いのだろう。
福井ナンバーでした。
ファミリーマートで、「焼きそばドッグ・98円」でお腹を膨らませます。
朝から、おにぎり1個・コロッケ1個・そしてこれ。
ソロツーリングだと、食事を待ってる時間がもったいないので、いつもこんな風になっちゃいます。

道路情報では、いつもの様に名神栗東渋滞のようなので、新しく開通した舞鶴道で帰りましょう。
18:01、「三方五湖PA」休憩。
ファミリーマートで、「ガツンとぶどう・アイス・129円」で糖分補給。
20140914NukumiC387s.jpg
三方五湖でお祭りのようで、気球が上がり下がりしています。

いよいよ、日没です。
どんなPAがあるのか、PAごとに入ってみます。
20140914NukumiC388s.jpg
18:41・「加斗PA」はトイレのみ。
寒くなってきたので、DAIWAフィッシングスーツの上のみ着ました。
「舞鶴PA」もトイレのみ。
「綾部PA」もトイレのみで楽しくないな。

片側1車線区間が長く、制限速度70km/hのところを80km/hで走りましたが、どうも後方が気になります。
路面はナイスですが、山の中腹の吹きっさらしを走る箇所も多く、風の強い日は70km/h巡航になりそう。

宝塚トンネル渋滞がずっと25km表示でしたが、20kmに短縮されました。
GPSの示す帰着予定時間は、20:35。
まだ渋滞が残っていそうなので、「綾部IC」で下車しました。

r77~R27でR173に乗ります。
真っ暗だけど交通量のない道なので、のんびり帰ろうと選択したR173ですが、うまい具合に50~60km/hで走る先導車の後ろに付き、ライトの切り替えもなしに金魚のフンで楽させてもらいました。

R9との分岐で、先導車がR9に行っちゃったので、一人旅になりました。
ここはずっとイエローラインで、後続車が僕と同じぐらいのペースなのか、追い付いてくる快速車がいません。

20:39、「ローソン・篠山安田店」でおトイレ拝借し、「ブルガリアのむヨーグルト・5つの果実・120円」を飲んで休憩しました。
無事21:30に帰宅しました。
ああ、楽しかった。

一乗谷 6/7

9/14・平泉寺白山神社へ

福井県側に下ります。
福井県側の方が道路が悪いけど、舗装されてるのでスピードを出さなければ、バイクは平気です。
路肩から外れたら確実にあの世に行けるグニャグニャ山道をしばらく下ると、快適な下り2車線道路になりました。

12:00、「温見川」を隔てた斜面ががけ崩れしてるとこで、水分補給休憩しました。
大型バイクが、猛スピードで行きます。
山に入る区間で何台も見たジムニーも、下りで猛スピードです。
四国のR438を剱山方面から徳島に下った道に似ており、中央線ありの交通量が少ない舗装路で、ゆるやかなカーブの行だからスピードオーバーになりやすい快走路です。

越前朝倉氏が美濃に侵入し、信長が越前一向一揆を討つために越えた歴史街道・温見峠制覇です。
12:43、「JR越美北線・越前大野駅」到着。
この鉄道は、九頭竜まで行きます。
「天空の城見つけました」のポスターが貼られていました。
関西で天空の城といえば「竹田城」ですが、ここも盆地なので朝霧がかかると、竹田城より標高がグッと低いけど、雲海に浮かぶ城になるようです。
綺麗だな。

駅横に「清水広場」というのがあり、湧水がコンコンと湧いています。
水をすくう杓文字コップ完備。

20140914NukumiS126s.jpg
黄色い除雪車がいます。
僕は子供の頃、除雪車が好きでいろんなタイプのそれを図鑑で眺めて楽しんでいました。
スキーをするようになり、雪国でその本物が仕事してる光景に出会い、痛く感動したことを思い出します。

ここで、ソニーNEXC3のバッテリーが無くなりました。
予備を常備してるので、慌てず騒がず交換したのですが、うんともすんとも言いません。
なんと充電忘れでした。
仕方なく、バックアップ車載カメラ・キャノンA1400を手持ちカメラにします。
でもこいつは、バイクの振動に耐えてきたので、望遠しようとレンズを伸ばすと引っかかってレンズが引っ込んでしまいます。
まあ、仕方ない。

13:03、天空の城・「越前大野城」到着。
大野市内の「御清水」という湧き水共同利用場のような施設、朝倉義景墓所を巡ります。
織田信長軍に敗れた朝倉義景ですが、越前兵は尾張兵より数段強かったらしく、徳川三河兵の援軍がいなければ信長に勝っていたと言われています。

20140914NukumiC342s.jpg
お隣の勝山市に移動し、13:34・高さ日本一の天守閣・「勝山城」到着。
濠も何もなく、平地にいきなり天守閣のみという安易な形状で、いかにも戦後の再建城という感じで、僕の興味の対象外です。
石垣の龍の模様が綺麗だな。

次に向かうのが、今回の旅の観光面のメインイベント・「平泉寺白山神社」です。
勝山城横の道を山に向かい、13:42・到着。
「司馬遼太郎・街道を往く・越前の道」で紹介されていた全国白山信仰の神社の総本山です。
20140914NukumiC349s.jpg
趣きのある石段が続き、ナイスな神社でした。
白山信仰は古く、山岳信仰なので修験道とも結びつき、神仏習合の典型的な神社でした。
往時は僧兵を多く抱え、室町・戦国期は一乗谷の朝倉氏と勢力を二分していたそうです。
朝倉氏滅亡の時、白山神社は朝倉氏からの救援要請を蹴り、信長側に味方しました。
その後、一向一揆勢との戦いで全山一揆勢の焼き討ちに遭いました。

「東尋坊」跡がありました。
謂われ石柱には、『東尋坊は力強く乱暴な僧であったので、全山宗徒の恨みを買い、三国の絶壁から突き落とされた・・・』と書かれていました。
坊主は税金が掛からないので、貧農家の次男以降など食いつぶした荒くれ者が僧になり、寺社の領地管理における争い事などに武力で威を唱えていたので、こんなヤクザまがいの輩はいくらでもいただろうと思います。

20140914NukumiC361s.jpg
江戸時代の再建ではあるが、それなりの雰囲気を山中に漂わせており、長男が初めての息子に名づけるのに拝借した司馬遼太郎繋がりなので、別の意味で感慨に浸りました。
バイクまで戻り、駐車場横の売店で、「レモンかき氷・350円」を食べました。
こういうシンプルなかき氷が、やっぱり美味しいな。

勝山城近くに見える如何にも新興宗教!という佇まいの巨大建物内に「越前大仏」がいるらしい。
15:02、近くまで行ってみましたが、大駐車場完備の天気のいい日曜日なのに、駐車してる車が数台のみという惨状で、パスしました。

そろそろ、帰路のことを考える時間です。
ここまで予定を順調に消化して来ましたが、いつものように予定時間を大幅にオーバーしています。
一乗谷(朝倉氏本拠)~剣神社(織田家はここの宮司)~JR今庄駅からr207(北陸本線軌道転用)~小浜から広域農道~京都r1~R173なんて予定を立てていたのですが、総距離576km・15時間半なんて達成できるはずもありません。

白山神社 5/7 

9/14・温見峠制覇

声を掛けた方の自転車は、その筋の人にはわかるTREKのリアル・コンペティション・バイクで、白いバーテープが「走りこんでます」を物語ってます。

高校・大学と自転車競技部に在籍し、現在は本職の傍ら大学自転車部のコーチもしている本格派でした。
岐阜県は自転車競技が強く、インターハイ優勝の常連校出身だそうです(知らなかった~)。
なんか競技は違えど僕に似た経歴なので、インターハイ・国体~ツール・ド・フランスまで、楽しくおしゃべりさせてもらいました。
高校ヨットもお知りで、岐阜県の強豪校・海津高校のことも知っていたのにはビックリでした。
東日本大震災にボランティアで入ったこともあったそうで、僕の経験した阪神大震災の話など、話の花が咲きました。

これから目指す「温見峠」も、自転車で数回登ったことがあり、「冠山峠」「高倉峠」も・・・「ひるがの高原」まで200kmオーバーを日帰り往復する脚力の持ち主でした。
3つの峠のベース基地になる近くの道の駅で仕入れようと思ってた情報を、生声で仕入れられてラッキー。

ここで痛恨の1時間ロス・・・いや至福の1時間でした。
この日は3回、こんなたわいないおしゃべりがありましたが、ソロツーリングだと偶然の出会いがあり、とてもいいものです。

ここからが、本日のメインイベント・温見峠チャレンジです。
R157を登っていきます。
すぐに国道とは名ばかりの田舎道になります。
「根尾西谷川」沿いに登っていきます。
急勾配でつづら折れを繰り返しながら登るというより、自転車でも登れそうなゆるい勾配で川沿いの道を登ります。
天気は申し分なく、スピードは出せませんが、とても気持ちがいい。

途中がけ崩れ通行止めがあるにも関わらず、ポツポツと車が走ります。
後でわかったのですが、温見峠は「能郷白山・1617m」の登山口でした。
峠付近では、30台ほど路肩駐車していました。

何度か激写タイムを取りながら、10:09・吊り橋のあるダム到着。
20140914NukumiS067s.jpg
水が澄んでライトブルーでした。

「黒津」で通行止め看板に出くわしました。
僕を抜いていった車が2台、思案しています。
ずっと前に抜いていった車が、看板から先に行ってたようで、引き返して迂回路の方に曲がっていきます。
僕は想定内だったので、迷わず迂回路へ。

10:35・「越波橋」到着。
直進は、「折越林道」経由でr255~R418で「樽見」に戻れます。
左折が、「温見峠」へのアプローチ迂回路・「猫峠林道」です。
20140914NukumiS082s.jpg
「林道起点・猫峠・W=4m・L=4520m」、4m巾があれば楽勝ですね。
「この道路は落石・崩土の恐れがあり大変危険です。通行する場合は十分注意してください」。
GO!

こぶし大の落石もありましたが、ゆっくり走れば問題なしです。
むしろ楽しく走りました。
猫峠までは登り勾配でしたが、以降は登ったり下ったりで、10:45・「大河原橋」到着。
ここで、R157に合流します。
目指す山の山頂が近づき、「温見峠」が近いのを感じます。
R157の下り方面を見ると、「この先全面通行止め・根尾黒津まで」の看板が傍らに立っていました。
GO!

20140914NukumiS101s.jpg
11:11、路上を沢川が渡る「洗い越し」を渡ります。
結構な水量の洗い越し・3ヶ所目で、最初のは「コケでも生えてたらコケるかも?」と思い慎重に渡りました。
洗い越しが現れると、一応一旦停止はしますが、もう慣れました。
楽しいかも・・・。
山側の沢筋が国道を潜るところは、少し道が窪んでおり、水量が多ければ「洗い越し」になるように作られていました。
沈下橋同様、水の勢いに抗せず潜水して道を守る知恵のようです。

11:21、路肩に駐車する車が並びようになったので着いたかな?と思ったらビンゴ、「温見峠」でした。
「福井県・大野市」の道標が立っています。
標高・1040m。
20140914NukumiS106s.jpg
脇に「能郷白山・登山口」があり、入山届ポストも設置されています。

20140914NukumiS104s.jpg
岐阜県側の山並みが絶景です。
写真を撮ってると、登山帰りの方が降りてきたので、「ここから山頂までどれぐらいですか?」と訊きました。
「2時間ぐらいかな」・・・まだ2時間も登るのですね。
「どちらから来られました?」「兵庫県の伊丹市です」
「いやあの・・・そうではなくて・・・岐阜県側から?福井県側から?」「岐阜県側からです」
「R157は通行止め箇所があり、迂回路は林道と聞いていたのですが、バイクが汚れていないから変だなと思って」「舗装林道でしたので、汚れませんでした」・・・てな会話になりました。
岐阜県側からのアプローチを諦め、福井県側からここに車でやってきたようです。

------
帰宅し、車載ムービー編集してる時に、痛恨のミスに気づきました。
一番撮りたかった峠越え前後のファイルがありません。
バイクのリアランプ連動バッテリー電源供給でドライブしてるオリンパスLS20Mカメラは、録画停止ボタンを押す前にバイクのキーOFFにすると、ファイルが飛んじゃうようです。
隠岐の島2日間ツーリングでも、こんなことなかったのに・・・しかも、なんで峠前後やねん!って・・・
それとも、バイクの振動で、逝かれ始めてきたのかな?
8000円やし、傷は浅いんやけど、高校生でOM2を買ってから続くオリンパスへの信頼が・・・
すぐに他の車載カメラ同様、バイクグローブでも押した感が実感できる突起をボタンにくっつけました。

温見峠 4/7

9/14・樽見鉄道・終点「樽見駅」着・・・

r417~R303~r251で、r40に出ました。
「古刹・華厳寺」訪問予定でしたが、デカデカと書かれた駐車場料金がその気を削ぎスルー。

7:24、隣接するようにあった、訪問予定の「旧谷汲駅」脇にバイクを停めました。
20140914NukumiS017s.jpg
駅のホームは、1926年(大正15年)谷汲鉄道開業当時のものだそうで、同年製の「モ514」と1928年(昭和3年)製の「モ755」が保存されています。
僕の母方実家の本家が、明治・大正・昭和の時代に、北関東で銀行や化学肥料会社・鉄道などを創業・経営していたので、鉄道には興味が向きます。
どこからどこまでかは知りませんが、東武電車の北関東路線として今なお電車が走っています。

貧富の差が大きかった時代の地主や篤志家には、地域のインフラに私財を投じる習慣がありました。
父の実家も農地改革までは大地主だったので、敷地内に鉄道の線路が走り、駅が2つもありました。
そういうことをしなければ、地域の人々の信頼を失っていくのでしょう。
だからこそ、戦国の世では、地区の農民を集めて利の基である土地を守るために戦うことが出来、自分の盾になってくれたのだろう。
ローカル線には、寄り道してしまいます。

r40を西進し、根尾川を渡る手前で左折し、r255に乗りました。
次の目的地・樽見鉄道終点・樽見駅にGPSで誘導案内させていますが、やたら川向うを平行して走るR157に誘導します。
できるだけ狭い道の方が楽しいので、地図を平行して見ながらいつもこんな感じです。
樽見鉄道が真横を走ったり、離れたりを繰り返しながら、列車と並走できればラッキーだなと北上します。

7:39、「高科駅」の案内板に惹かれ、バイクを停めます。
田んぼの中の道を歩き、揖斐川支流・根尾川沿いを走る樽見鉄道の駅を見学に行きます。
納屋?のような小さな小屋が駅舎です。
20140914NukumiS023s.jpg
単線の素敵な駅です。
僕が小学生時代の父の実家の最寄り駅もこんな風でした。
うちの森から出たら一面の田んぼが広がり、その中を線路が走り、ポツンと盛り土したとこが駅です。
改札などなく駅員もいません。
どこからでもホームに上がれ、東武電車に乗ってから切符を買います。

ここの県道に「熊出没注意」看板がありました。
これから向かう峠で、何度見ることだろう。

根尾川の渓谷西側を北上し、川を渡ったり戻って来たりする樽見鉄道もナイスで、20km/h程度でしか走れない細道を楽しみます。
何度かナイスな渓谷美を激写しながら、8:06・「高尾駅」に寄りました。
20140914NukumiS037s.jpg
横の神社や駅のホームを探索しました。
でかいムカデがおり、刺されたら厳しいだろうなと考えながら、実に楽しい。
バイクに戻り、出発準備をしていると列車の音が・・・、ちょっとだけしか見れなかったけど、かわいい1両編成でした。
いいな!

8:13、怪しい吊り橋を発見したので、探索してみました。
20140914NukumiS044s.jpg
渡ったらめちゃ揺れそうな吊り橋でしたが、やはり渡河禁止でした。
でもお猿さんが団体で渡っていました。
おっと、失礼。

20140914NukumiS048s.jpg
道が広くなり、8:19、「根尾水鳥・根尾谷断層」到着。
ここは、訪問予定に入れていました。
地球の息吹・断層のズレが地表に現れた貴重な場所です。
1891年(明治24年)、日本内陸部過去最大の地震・濃尾地震に際し、福井県から岐阜県に渡り、長さ80kmも断層がずれた世界最大級の地震断層です。
県道脇の田畑に、それとわかる段差・6mが一直線に走っています。
阪神淡路大震災でずれた「野島断層」も記念館で見ましたが、こちらの方がはるかに大きな段差です。
一瞬に6mも隆起する・あるいは下降する衝撃は、どんなだったのだろう・・・

ここのすぐ先で県道は終わり、R157に合流しました。
R418に少し入り、8:29・「樽見鉄道終点・樽見駅」到着。
「大垣行」の一両編成列車がホームにいました。
「ワンマン」と書かれています。
ワンマンカーは、停車中運転手さんとの会話があり、いいんだよね。

r255で数台のスポーツ自転車を抜きました。
交通量の殆ど無いナイスな道なので、25kmほど下流の「道の駅・織部の里もとす」等に車を置き、ここまで輪行してから渓谷沿いを下るサイクリングコースが浮かびました。

ここまで、出発時の装束で来ましたが、雲ひとつない上天気で暑くなってきました。
駅前ロータリーの日陰ベンチで脱ごうと向かうと、そこにロードバイクさんがいました。
「こんにちは」「おはようございます」・・・まだ「おはよう」の時間帯ですね。
僕はすでに5時間も走ったのに、まだ小学校の授業が始まる時間だ。

温見峠・白山神社・一乗谷 3/7

9/14・温見峠を越えよう

毎月レースに出てる3人乗りヨットの4カ国・4ヨットクラブの持ち回り国際親善レースが、ホームポートで開催される日ですが、3日間レースの日曜日だけしか参加できない僕はオフです。
家内も予定があり、デートは出来ません。

レース観戦しようかな?とも思いましたが、天気予報があまりに良く、長年の懸案だった美濃~越前の峠走破をすることにしました。
1200~1500m級の高峰で閉ざされた国境ですが、3つの峠越えの道があります。
西から「高倉峠・970m」「冠山峠・1050m」「温見峠・1020m」です。
高倉峠から越前に入ったところに、浄土真宗・一向宗中興の祖・蓮如が、比叡山から破門・仏敵とされ本願寺が焼き討ちに遭い不遇の時代を過ごした里があります。
当然、もっと楽な琵琶湖の北から今庄に入り、そこから山を登ったのでしょうが、それで高倉峠に興味を持ち、そこから3峠制覇の野望がムクムクと湧きました。

これらの峠は、美濃でも最も雪解けが遅い山岳部にあるので、6~10月しか通れません。
しかも、がけ崩れ不通期間も頻繁で、一瞬のタイミングを逃すと通れなくなることを知り、ますます通りたくなりました。

数日前に調べると、「高倉峠」「冠山峠」は不通のようで、去年5年ぶりに「温見峠」を通るR157が去年全線開通したのに、またまたがけ崩れで不通箇所があるそうです。
でもこちらは迂回林道があるので、それを狙うことにしました。
3つの峠の美濃側起点が、「道の駅・うすずみ桜の里ねお」なので、最終情報を収集できるだろうと思い、まずここを目指します。

3時に目が覚めました。
前日も3時に目覚めましたが、体力温存のために早朝ツーリングに出るのを止めて、2度寝3度寝して7時前に床を離れたし、前日も22時前に床に入っていたので、朝早いけど快調です。
なんせ予定では、576km・5時間35分という行程なので・・・。

速攻で着替えました。
下着の上に真夏以外は毎日着てる丸首長袖アンダーシャツを着て、夏用プロテクターメッシュ上下、その上にフィッシング釣りスーツ上下という春秋装束です。
倉庫から「招き猫CB400SB」を引っ張り出し、GPS・地図・NEXUS7などを載せて、3:30頃出発しました。

中国道池田ICから高速に侵入し、中国道~名神で、4:21・大津SAで休憩しました。
ツナマヨネーズ・108円をお腹に入れます。
次の休憩は、5:28・多賀SA。
いつもの朝カレーも考えましたが、まだちょっと朝ご飯には早すぎお腹の減りもイマイチなので、近江牛コロッケ・210円をお腹に入れました。

「NEXCO・バイクETC助成キャンペーン」のパンフレットがありました。
15000円引きだそうです。
VTR250にETCをつけた時は10000円引き・CBの時は5000円引きだった記憶があります。
バイク用ETCは高額だから、こういうのを利用したらいいですね。

「飛騨路を行くパンフレット」で、岐阜県北部を研究し、「みはま観光ガイドマップ」で、頼朝・義経の父・源義朝が討たれたのはここだったなと、愛知県最南部・知多半島に思いを馳せます。
遠いのに頑張ってるなと、福井県美浜町の観光マップだと思って開いたのですが、知多半島の美浜町でした。
次男のジュニア時代のヨットレースで2回ほど遠征した地です。

20140914NukumiS001s.jpg
やっと夜が明けてきて、山の稜線が見え出しました。
20140914NukumiS003s.jpg
西の平野部の市場に朝霧が掛かり、空には雲なく、上天気の一日を予想させます。

米原で北陸道と分岐し、「関ヶ原IC」で高速道路を下りました。
R365~r56~R21に出て東進します。
R21はもっと交通量が多いかと思っていましたが、車が少なく、道幅も片側1車線の道で広くなく、気持ち良く走れました。
「垂井」の文字が見えるようになったので「垂井宿」を感じてみようと、「旧中仙道」と思われる道に入ってみました。

6:25、「垂井宿」到着。
20140914NukumiS006s.jpg
ゆっくり中山道を流し、r53で「養老鉄道・養老線」に向かいます。
途中、「池田山」に上がる道が分岐しており、上がってみたい衝動に駆られました。
池田山から山頂近くまで車で上がれ、夜景スポットとして眺望は保証済みです。
先が長いのでパス。

R417に乗り、養老鉄道沿いに北上します。
途中、6:53・「キグナス・岐阜県揖斐郡池田町店」で給油。
峠にアプローチしたらGSなんてないに決まってるので、早めの給油です。
216km/8.26L=26.2km/L。

20140914NukumiS007s.jpg
7:01、終点・「揖斐駅」到着。
途中でかわいい列車が僕を追い越して行ったのですが、既に折り返したようで、駅にはいませんでした。
ナイスな田舎駅で、「サイクルトレインのご案内」の文字が、僕を惹きつけます。

温見峠・白山神社・一乗谷 1/7

ペイトリオット・ミサイル

今朝、目覚めたら窓の外は真っ暗だったので二度寝し、次に起きたら5時前でした。
それでも窓の外は暗く、6月の夜明けの早さが懐かしい。
初夏は賑やかだった朝の野鳥のさえずりはぐっと少なくなり、代わって夜中でも涼やかな秋虫のメロディーが物悲しいです。
さくっと着替え、早朝バイクで「武庫川渓谷」を探索してきました。

------
中学の時、ずっと万国共通だと思ってた「イエスキリスト」が、英語では「ジーザズクライスト」と言うんだとビックリしました。
英会話のアメリカ人教師がそう発音したので、なんだこれは・・・って思いました。
鋭いクラスメイトが、そのことを先生に質問し、「そうなんだ~」と思ったので印象深く頭の中に残っています。
ずっと後になって、「ジーザズクライスト・スーパースター」という映画が封切られて、「ふふふ」と思いました。

こういうのっていっぱい有りますよね。
同じ日本で使われ、毎日のように言葉のプロ・TV局アナウンサーの口から聞く言葉に、「ユーロ」があります。
「ヨーロッパ統一通貨」で、EUROと書きますが、それにPEが付いただけのEUROPEは、ヨーロッパと読みます。
「ユーロ&ヨーロッパ」が日本での通り相場ですが、なぜ「ユーロ&ユーロッパ」「ヨーロ&ヨーロッパ」と統一しないのだろう?

僕は、アメリカンフットボールが校技の学校に通ったので、アメリカンフットボールが中学の授業であり、NFLにも興味があります。
「ニューイングランド・ペイトリオッツ」というNFLのチームがありますが、後に出てきた地対空ミサイルの「パトリオット・ミサイル」と同じスペルです。
北朝鮮が大陸間弾道ミサイル発射する時、近所の自衛隊基地内に上空を睨んで配備されていました。
何故、パトリオットと読むのだろう?

あとバイク用語で言えば、「モタード」と「モトラッド」、どう違うのか疑問に思い調べたら、英語読みとドイツ語読みの違いとわかりました。
日本では両方使われています。
別にどっちでもいいし、統一しないとこが日本的なのかもしれません。

9/8・丹波篠山・洞光寺から帰路

今朝も、夜が明けるのを待ってロードバイクで走りに行きました。
猪名川を下り、園田競馬までの往復という定番コース+αで15km。
8月は、雨が多かったし、長袖・長ズボン着用で早朝でもペダルを回すと暑くなるので、自転車を敬遠気味でした。
汗もかかない9月の早朝サイクリングは、とても気持ちが良いです。

-------
9/8、洞光寺のお墓を巡りましたが、当時の権威にしては古い墓石が少なく、歴代住職の無縫塔ぐらいで、他は新しい墓石ばかりでした。謂れ板に書かれていた「江戸時代には末寺多数の本山・・・」にしては?と感じます。
お上との関係が強すぎて、この地の一般庶民に、あまり支持されなかったのかもしれない。

瓦葺屋根ですが風格を十分感じます。
本堂下の数段の郭には、かつて僧坊が建っていたのでしょう。
緑の葉をつけたモミジが境内のそこかしこにあり、秋になると朱く萌えるのだろう。隠れた名所かもしれない。
薄く朝霧が掛かり、いい雰囲気でした。

201409082SasaS051s.jpg
里山の道を進み、適当に帰路につくべく南に進路を変えると、6:20「雲部車塚古墳」横に出ました。
戦乱の時代には陣地にもなったようですが、周囲を水堀に囲まれた典型的な5世紀初頭の古墳です。

r702に出て東進します。
201409082SasaS059s.jpg
篠山川沿いに出て、R372に向かうために進路を南に向けます。
201409082SasaS066s.jpg
薄霧の篠山川・白いベールに被われた田畑、正面には朝霧が晴れて秀麗な姿を現した波多野氏の居城があった高城山が腰に薄霧をまとっています。
201409082SasaS068s.jpg
綺麗だな~。
201409082SasaS069s.jpg

R372を東進し、r49で南下開始です。
土曜日に降った雨がまだ山側から滲みでており、路上河川を数ヶ所渡りました。
篠山盆地の田んぼでは、稲刈りが始まっていました。
もうすぐ始まる黒豆の収穫に専念すべく、早めのお米終いかもしれません。
丹波黒豆の季節に入ると、国道県道問わず、促成の沿道露天が立ち、観光客が凄いことになるからね。

永沢寺~花山院~志手原~r68~r33~r325~長尾山トンネルの定番ルートで、7:50に帰宅しました。
r68~r33への千苅ダム湖脇から入るショートカット道路が、通行止めになっていました。
大雨の爪あとでしょう。

丹波篠山・衣笠山探索 2/3

9/8・丹波篠山・衣笠山探索断念

3:50に目覚めました。
篠山まで行ける・・・速攻でバイク装束に着替え、倉庫から「里山VTR250」を出してまたがります。
まずは宝塚口谷ESSOで給油、224km/7.34L=30.5km/L。
去年アイドリングを上げてから、燃費が下がったままのような気がします。
購入してから6年トータル燃費が、最高32.5km/Lまで行ったのに、32.1km/Lまで下がっちゃいました。
まあ、60km定速走行燃費40km/Lの80%が当初の目標だったから、それはクリアしているのですが・・・

r13~r12で北上し、西峠手前の温度計が16℃でした。
真夏同様、下着&プロテクターメッシュ上下で出てきましたが、少々涼しいです。
城東トンネルを抜けて篠山盆地に下ると、中程度の朝霧がでており、秋の朝霧シーズンに入ったようです。
次回からは、バイク装束も春秋用に衣替えですね。
丹波黒豆の畑が緑豊かになり、そろそろ収穫が始まりそうです。

5:17、日置で車載ムービーON。R372に突き当り左折し、少し走って右折し、r305に乗りました。
朝霧に見え隠れする目的地の山頂に電波塔が林立する「衣笠山」を視認し、登り口を探します。
一旦行き過ぎてUターンで戻り、「佐貫谷」と書かれた道標で曲がってみます。
すぐに獣避けフェンスで閉ざされた枝道がありました。
野生の勘でそちらにハンドルを切り、フェンスを開閉して登り出しました。

順調に登っていますが、落ち葉落枝が多く、舗装路に穴ぼこまであります。
「あれだけ電波塔が立ってるのだから、しっかりしたメンテナンス道路が付いているだろう」と予想して来ましたが、あまりな感じです。
201409082SasaS001s.jpg
そしてとうとう、道路を覆う木から下がった枝が道路中央部に接地しています。
ここまで蜘蛛の巣トラップを2ヶ所突破してきたけど、これで気持ちが切れました。

5:39、「あかん、この道怪しそう。スクーターで出直そう」。
山頂までの登りにまだ取り付いて間なしでこの状態なら、その上が想像できます。
足着き抜群・力技でバイクを自由に動かせるアドレスV125で再チャレンジすることにしました。
この山は、篠山盆地の朝霧を望むメッカ・盃ヶ岳展望東屋より標高が高いです。
山頂からの視界がどの程度かわかりませんが、ナイスな朝霧ポイントかもしれません。
朝霧シーズンは始まったばかりなので、早めに探索しておきましょう。

Uターンし、フェンス開閉して分岐前の道に戻ります。
この道もいい感じで登っているので、探索します。
すぐに峠を越え、東側に下りだしました。

r702に合流しました。
201409082SasaS002s.jpg
「東本庄」のようで、「洞光寺」の案内板に従って枝道に入り、5:55到着。

『南北朝時代・1374年、多紀・氷上両郡最初の曹洞宗寺院として創建。足利将軍家・丹波守護細川家の支持をうけ、江戸時代には10万石の格式を与えられ、末寺が53ヵ寺に及びました。天正年間以降、度々火災にあい、待望の本堂は昭和49年に再建されたものです。昔を偲ぶ参道や菖蒲池・楼門・宝鏡岩などがあり、寺内を被う多くのもみじの老木は大変見事であります』

201409082SasaS008s.jpg
知らない名前のお寺だったので期待していませんでしたが、山門をくぐるとすぐに、大寺の風格を見せ始めました。
「暖伏水」と書かれた屋根付きの井戸があります。
「不許薫酒入山門」の禅寺のお約束石柱が脇に立つ本山門をくぐると、石段の上に、更にもう一つ「違い鷹の羽」紋の横幕をまとった山門がありました。

鐘楼門に見えましたが、鐘楼は更に入ったところにありました。
本殿脇に神仏習合時代から続くのか数本の朱鳥居奥に小さな祠が鎮座していました。
最も勢いがあった時代の足利・細川両家のバックアップで創建したようなので、この和尚さんは、嫡筋の次男以降の人物なのかもしれない。
南都で坊主をしていた足利義昭が、兄の暗殺により細川氏の手引で還俗し、織田信長のバックアップの元足利将軍家を継いだように・・・。

丹波篠山・衣笠山探索 1/3

9/2・長谷の棚田・早朝ツーリング

数日前の夜、我が在所・伊丹が、100ミリ/h以上という集中豪雨に見舞われました。
駅や駅前ロータリーが冠水し、難儀な帰宅の映像がTVで流れたそうで、翌日、仕事関係の方・親戚・知り合いから、様子伺いの電話が入りました。
今朝も、次男のジュニアヨットの同級生の親御さんから電話を頂きました。
気にかけてもらって、ありがたいことです。
そういえば、広島の豪雨災害のとこに住んでるジュニアヨットライバル君の実家に様子伺いの連絡をしたっけ・・・

--------
9/2・5時に目覚めました。
いつもより遅いですが、家内の起床も遅れているようなので、速攻で着替えて玄関を出ました。
能勢・長谷の棚田を目的地にして、「里山VTR250」を倉庫から出し、いつものように北を目指します。
r13~r12~r12旧道を経てr603に入ったとこで、6:03・「雨森神社」に寄り道しました。

手水場横に井戸があり、そこから手水場にレンガと石のトイが繋がっており、水道が引かれる前は、井戸から汲み上げた水を使っていたようです。
境内は掃き掃除され、落ち葉や落枝が集められています。
地域の氏子さんがよく手入れされ、気持ちのよい神社です。

拝殿に向かう短い参道脇に東向きに脇参道があり、東向きに「伊勢神宮遥拝所」がありました。
20140902NagaS006s.jpg
伊勢・夫婦岩を模したのであろうか、大きさの違う2つの岩にしめ縄が渡してあります。
ちょうど朝日が上がってきており、岩や木々の影がこちらに向かって伸び、思わず手を合わせました。
先人も後背の山から上がってくる朱い朝日を浴びて、伊勢を感じたのかもしれません。

日本は、天照大御神をトップに太陽信仰の国で、国旗が単純明快に清く太陽の日の丸のみです。
他にも太陽が模されたナショナルフラッグを持つ国がありますが、世界的に見ればアメリカ筆頭に月星を描く夜をより重要視する国の方が多い。
特に熱帯・亜熱帯・中東砂漠にある国は、脳天から強い日差しを浴びせる昼間は休憩の時間帯で、月星を共に活動しだすそうです。

標準時の決め方もお国柄が現れ、ヨーロッパ特に南ヨーロッパは、夜8時でも明るい国が多く、日本ならヨットレースは朝9時第1レースが普通ですが、本場ヨーロッパは午後からというのも多いです。
その代わり日没の10時までレースやってるというのもよく聞きます。
夕方5時に仕事を終え、それからレースやちょいと湾内一周というセイリングスタイルは、とても日本では望めません。
何世代・何百世代に渡って受け継がれてきた心地良く感じる遺伝子の違いと言えるのかも・・・。

反対の西側に、厩を連想させる小屋があり、中に馬の絵馬が奉納されていました。
昔は本物の奉納馬が繋がれていたのでしょう。
謂れ板が立っていませんでしたが、歴史を遡ってみたいお宮です。
千木・鰹木などの屋根の造作を見上げるが、瓦屋根でした。
しかし拝殿正面の鬼瓦が龍の飾り瓦で、かなり手の込んだものでした。
拝殿脇の塀に10本以上の竹箒が立てかけられており、日頃の手入れの程を感じさせます。

r603を北上開始です。
阿古谷川沿いにのんびり走り、山城があるという峯を見上げ、アプローチルートを脳内ナビします。
僕の山城攻めシーズンは、蜘蛛の巣トラップが増え、スズメバチも目立ちだす7月から休憩期間に入り、スズメバチが多い9・10月はお休みです。
山城攻めは早朝の単独行動なので、熊などよりずっと多く毎年命を落としているスズメバチには要注意です。
9月には松茸山立入禁止ロープが張られ、猟期も始まるので、オンシーズンは、猟期が終わってからの3~6月です。

三草山の肩を越え、長谷の棚田上部に東からアプローチしました。
最上部の才の神峠には上がらず、6:29激写開始しました。
阿古谷川を登っている時から、朝霧の名残りが、里山上部を流れていましたが、棚田に薄く掛かりいい感じです。
20140902NagaS019s.jpg
朝霧を通してまん丸の輪郭を見せる朝日が視認できます。
数ヶ所移動しながら激写を重ねていると、霧がどんどん晴れていき、いい感じです。

ご同輩の車利用一眼レフ・サンデー毎日さんが数組いました。
実の入った稲穂が垂れ、朝露に光っています。
20140902NagaS034s.jpg
そろそろ稲刈りですね。

「里山VTR250」号も、激写しておきます。
今年変えた幅広ステップの角度がナイスで、CBより足の落ち着きが良く、気持ちいい。
20140902NagaS030s.jpg
同じくロングリアフェンダーもガタつきなく、いい仕事をしています。
しかし、ホイールが汚れています。
日頃の手入れ不足ですね。
乾拭きのみで解消するんだけど、無精者なのでホイールまでは・・・。

20140902NagaS033s.jpg
イガ栗がだいぶ大きくなり、路上にもたくさん落ちて茶色になっています。
緑の柿の実も落ちており、実りの秋突入寸前です。
棚田の霧が晴れてきたので、後背の里山に目を移すと、山水画のように、森の木々の間を朝霧が移動しています。
いやあ、美しい。

棚田下部に降りると、稲穂の上に蜘蛛の巣が多数掛かっています。
朝日に白く反射し目立っています。
上部では見なかったのに、なぜこんな過密に張るの?って蜘蛛さんに尋ねたいです。

6:53、棚田を十分堪能できたので、帰路に着きます。
北に向かいr602に出て、それを西進し、「杉生」からr12~r319~r33~r325~長尾山トンネルという定番コースで、7:45に帰宅しました。

長谷の棚田 2/3

8/31・インカレ予選閉会式

関西の学連ヨット部OB会以来お世話になってるコーチしてる大学OBのTさん+監督さんの3人で、15:00・マクドナルド柳ヶ崎店にお茶しに行きました。
マクドナルドは、何年ぶりのマックだろう。

フィレオフィッシュ・299円&ファンタグレープM・100円を注文し、TさんからTさんや僕の母校先輩が共同所有してるセーリングクルーザーでの九州一周1ヶ月クルージングのこぼれ話を聞きました。
去年まで奥様のご病気の看病で、日帰りクルージングにもなかなか参加できない日々と聞いていましたが、大いに楽しん
でおられます。
僕の2学年下の監督さんは、今シーズンで監督を交代しますが、会社も退職するそうです。

就職最難関・超優良企業の会社なのでもったいない感じもしますが、しまなみ海道の島でみかん農園をやってる実家の仕事を継ぐそうです。
定年が迫り、次の人生に向かって舵を切るようです。

20140831KinS052s.jpg
4:15から閉会式が始まりました。
S級2位に躍進した金沢の1艇が、最終レースでルール違反失格したようで、結果は両クラス2位での予選通過になりました。
閉会式後、艇庫前に戻りみんなで記念写真です。

その後、合宿所に戻り、若手OBが準備した祝勝会になります。
予選敗退した時は、幹部交代新チーム結成の会になりますが、今回は文字通り祝勝会です。
同じ時間帯に涙涙のキャプテン交代式をする学校もあるでしょう。
いずれにしても感動するんだよなあ・・・

僕は帰路につくことにしました。
ハーバーでキャプテンに帰ることを告げると、部員みんなから「ありがとうございました~」の大合唱でした。
ほんま学生スポーツはナイスな世界です。
湖西道路~名神で、17:03・名神桂川PAで休憩し、琵琶湖からの帰りの定番・びっくりソフトバニラ130円を頬張りました。

バイク置き場の横に、BMWばかり7台の集団休憩しておられました。
BMWばかりなので珍しいな見ていたら、「BMW Motorrad Days」Tシャツを着ておられる方が2人おられ、夏の恒例信州BMWミーティングの帰りなんだとわかりました。

天王山付近に怪しい雨雲を見ましたが、降ってる様子もなく、降られずに帰宅出来ました。
倉庫にCBを片付け、通勤リード110で帰宅すると、「おかえり」の明るい声が掛かり、僕のためにお風呂のスイッチを入れてくれる優しい家内の姿がありました。
片付けた後、風呂に入り汗を流しました。
僕は幸せ者だな。

夕食を食べていると、電話が鳴りました。
「長男かな?次男かな?」といそいそと家内が受話器を上げます。
「あ~ターくん(次男)、お父さんいるよ」って僕に受話器を渡されます。

僕に用事って何かな?と出ると、次男は会社の寮を出て1人暮らしするそうです。
7月に東京の長男宅で紹介されたお嬢さんとの生活含みのようで、社内カップルなので、先に次男が新居に移り、2ヶ月後ぐらいに彼女が引っ越してくる段取りだそうです。
「いいよね?」
「もちろんいいよ」
「今日新居を見に行って来てん。賃貸なので保証人になってくれへん?」
「ああ、ええよ」というやりとりでした。

僕らが結婚した頃は、結婚式・披露宴・翌日入籍届・新婚旅行・新居生活開始という一連の行事が、切れ間なくワンパックに続きましたが、今は新居同居・入籍・結婚式・披露宴・新婚旅行がバラバラが普通のようです。
長男は入籍&新居同居、結婚式&披露宴、新婚旅行と3つに分け半年行事でした。
次男はどんなタイムスケジュールなのかな?

家内は、次男がお世話になった大学ヨット部の決戦日だったので、その結果など聞きに掛けてきたのだろうと、僕に代わったのに、全然関係ないじゃん。
受話器を置いてから、結果を伝えるのを忘れたのでかけ直したら、既に知っていました。

最終レースフィニッシュ後、HP担当のマネージャーに、「ツイッターなら湖上からでも更新できるよね。早くOB・OGさんたちに知らせてあげな」と言いましたが、同期の次期監督から随時連絡が入っていたようです。

僕の身体の大部分を作ってるヨーグルトの冷蔵庫在庫が1個になったということで、タンデムでスーパーで買い物をしました。
NHK「ダーウィンが来た」はお休みのようで、「フィフティーボイス」「軍師官兵衛」を見て自室に上がり、1日が終わりました。

8/31・インカレ予選突破

現監督も、レース運営をする次男同期である次期監督もやってきて、朝のブリーフィングです。
「失格を避けること、最終日なのでボーダーライン上のチームから攻撃される可能性への注意、練習でコツコツ積み上げたボートスピードを信じること、選手もサポートも心を合わせて勝利に向かおう・・・」などの言葉を掛けました。

定刻の8時に出艇しました。
20140831KinS021s.jpg
最終レーススタート・タイムリミットは13:30なので、この日のレース数は3でしょう。
この日の第1レース・1上マーク回航トップは我チームの2回生・3回生コンビです。
レギュラー争いに食い込み、その座を獲得した次世代エースです。
最終的には、後続したD社軍団に包囲されトップフィニッシュできませんでしたが、いい経験をしたでしょう。
20140831KinS039s.jpg

470チームもS級チームも3艇トータル25点以下のノルマをこなし、3位以下に更に差を広げます。
フィニッシュ後コーチボートに戻って来るペアに監督と分担して、アドバイスを与えます。
僕は最後に握手したり、肩をポンと叩いたりスキンシップして笑顔で送り出します。

この日の第2レースは、スタート~第1上マークのファーストレグで大きく風向が変わり、エリアで風速の強弱差が大きくなり波乱含みになりました。
1上マークは、両クラスとも「ヤバい」順位で回航します。
このままの順位でも470は貯金があるのでまだ安泰ですが、Sクラスは4位以下に沈むことを覚悟します。
みんな必死に挽回しました。
特に470級は、「どこでそんなに上がったの?」との奇跡のフィニッシュ順位まで3艇とも上がり、3位以下との差を更に広げました。
S級も挽回しましたがトータル50点叩いてしまい、好成績でフィニッシュした4位金沢大に一気に詰められ同点2位になりました。
3位から4位に落ちたRitsとの差も20点しか無く、10点詰められました。

フィニッシュエリアにアンカーを打ち、レース艇が戻ってくるのを待つ隣では、大躍進した金沢のコーチボートが大盛り上がりです。
そこにレース艇が大声を上げながら戻って来て、サポートから拍手されています。
国立大ながら近年大躍進した金沢のクラブ雰囲気を感じました。
元オリンピック選手がコーチで入っていますが、彼もこういう雰囲気が大事だと思っているようです。

風が落ちたので風待ちになりました。
30度から入ってきた安定した風に対してのマーク打ち替えをし、時間的に次が最終レースになりそうです。
両クラスとも安定した走りでしたが、駆け上がってきた金沢の勢いは止まらず、470級は1上マーク回航上位6艇がD社と金沢で、その後ろにうちという展開になりました。
トップ10に上位3校・9艇が全部入るというゲームになりました。
このレースはトータルで金沢に負けましたが、10点ほどのマイナスなので、余裕の2位で3日間を終えました。

S級も金沢が爆発し、10点ほど逆転されちゃいました。
でも4位には更に点数差を広げ、予選通過の3位は確保できました。
またお隣にアンカリングした金沢コーチボートは、更に盛り上がっています。
朝のレースが始まる前は、470級5位・S級4位だったのに、更に3レース消化し、両クラス3位内確保です。
こちらからも拍手です。

20140831KinS047s.jpg
ハーバーバックし、レース艇を片付けた後、ブリーフィングをしました。
「おめでとう。10年前にコーチとして手伝い始めた時、レース後レース艇はコーチボートに戻ってこない、女子マネージャーは夏休みに入ると帰省してしまいこの全日本予選に誰も来ないというバラバラだった様子を話し、今はチーム一丸となり、
このクラブの雰囲気を気に入り入部してくれる部員も増えた。
その結果がこの成績に繋がっている。
選手の頑張りはもちろんだが、サポートの頑張りも含めてのみんなで勝ち取ったものだ・・・。
でも一面D社のワンマンショーの大会で、全日本に行けばD社と競う全国制覇を狙える学校が関東4・近畿2・九州2いるので、上位を狙う実力がまだ付いていない。
機会があればD社と合同練習などして、D社のスピードを肌で感じて欲しい」
などの話をして、閉会式まで一旦解散しました。

8/31・インカレ予選

近畿北陸インカレ団体戦予選です。
8時出艇なので、7時着・6時前出発とおおまかに予定を決めて当日の朝を迎えました。
予選は金曜日から始まり2日間を終えています。
天気予報は、まだオールラウンドな実力のない当方に幸いし、軽風が続いています。
今シーズンのチームの成績からすれば、470級は予選通過の3位までには入れそうで、S級はボーダーラインまで実力が伸びてきているという僕の戦力分析です。
いいところにつけていると予想していました。
チームからの報告によると、予想通り、両クラスとも2年連続全国制覇中のD社に続き2位の連絡が入っています。

4時台に起きちゃったので、少しゴソゴソし、5時半に自宅を出ました。
この日は家内も予定がなく、琵琶湖まで同行して、京都・永観堂に先祖の墓参りして帰宅予定でしたが、「6時前に出発か・・・どうしようかな~」という流れで、朝から別行動になりました。
天気予報には夕方18時から畳んだ傘マークが並んでいましたが、久しぶりにバイクで琵琶湖に向かうことにしました。

高速道路を使うので、倉庫から「招き猫CB400SB」を出して出発です。
時間に余裕があるので、中国道から高速入りの定番を止め、吹田まで中国道沿いの中央縦貫道を走り、吹田から名神高速に入りました。
真っ赤な朝日が上がってくる空は晴れ間のある曇りです。
夕方雨が降ってくるような気配はなく、いい感じです。
巡航80km/h・追いついた車を抜かす時だけ90km/hといういつものペースです。

バイクがいるかな?と桂川PAに寄りましたが、1台もいません。
売店がまだ閉まっていたので、クラブへの差し入れも買えませんでした。
京都東IC下車~湖西道路・皇子山IC下車で、R161に出ました。
6:38・セブン-イレブン大津松山町店で、ミネラル麦茶630ml・129円と味付け海苔エビマヨ・120円を朝ごはん用に購入し、6:44・エネオス神宮前SSで給油しました。
304km/11.59L=26.2km/L。
前回給油が鳥取米子道に入る直前だったので、ほぼオール高速道路での燃費です。
目標の25km/Lを越えてナイスです。

ハーバーに入って行くと、メッシュ上下の上にヘリーハンセンのライフジャケットを着た姿が、ヨット関係者もろわかりだし、こんな時間にハーバーにやってくるヤツなんて、学連レース関係者のみなので、朝食を買いに行くのであろう他大学学生達から、「おはようございます」の嵐です。
僕もバイザーを上げてそれに応えながら、気持ちのいい朝で1日が始まりました。
何はともあれ、挨拶に始まり挨拶で終わる体育会系のこういうとこが好きです。
学生の時、先輩から「とにかくハーバーですれ違った目上の人には、だれでもいいから挨拶しとけ」と言われました。
就職した時、「君は挨拶できるねえ」と言われ、挨拶しない人がいるんだと驚きました。
これだけで僕の点数は上がりました。

20140831KinS006s.jpg
大会本部に上がり、成績表に目を通します。
D社がダントツで、これではD社関係者でもつまらないのでは?と思っちゃいます。
近年になり楽勝の予選成績なので、全日本インカレ団体戦3連覇に向かうD社に黄信号ではないかと、思っちゃいました。
僕が4回生の時、僕がリーダーの470チームから2艇出場した全日本個人戦では、他を圧する成績で団体戦の優勝候補本命視されていました。
団体戦予選でも地区予選を近年にない圧勝で終え、気が緩んだのか全日本団体戦ではふがいない成績に沈んでしまいました。
今でも連絡を取り合ってるライバルD社の同期から、「どないしたん?」って不思議がられました。
無風~微風というレースコンディションだったということもありますが、同じく優勝候補だった関東の雄・日大は実力通り優勝したので、それは言い訳にしかなりません。

470級は、トップD社に大きく離されていますが、3位にも最悪の1レースがあってもひっくり返らない大差です。
S級は同じくトップには大差ですが、3・4・5位とは大きな差がなく、1レース毎に順位が変わるだろう僅差です。

20140831KinS005s.jpg
クラブ艇庫前では、学生が体操をしています。
キャプテン他とボートスピードの感触など話し合います。
レース運営に携わる若手OBが同回で卒業した女子マネとカップルで数組やってきたので、冷やかします。
「たまたま駅で会ったから」とか言ってますが、「みんなで応援に行こう」とメールを回したに決まっています。
エスコートできる男子はいいね。

女子マネOGさんたちに、「また綺麗になったな~」などイタリアーノな軽口を飛ばしながら笑い合います。
勝利を目標に戦うクラブだけど、教育機関のクラブでもあり、「楽しい」や「笑顔」がいつも溢れているクラブであって欲しいので、僕のできることをやります。
普通は、彼らの親年代の僕が無口でいると、それだけで雰囲気を悪くするからね。

8/29・北摂里山早朝バイク断念

僕は昼休みに自宅に帰り昼食を取ることが多いです。
14時頃から昼食が多いので、食べながら「NHK・高校講座」を見るのが定番です。
忘れていた知識を再度学べるのと、NHK語学講座同様、時々ナイスなタレントさんが出ています。
最近のナイスは、「NHK高校講座・物理基礎」の黒田有彩さんです。
めっちゃ美声です。

-------
8月上旬からの天候不順で曇り空が多い日が続きました。
その続きのようなお盆が過ぎ、そろそろピーカンな夏空が戻ってくるかな?と期待しましたが、同じような天気が続いています。
夏の起床は4時台が定番ですが、雨が落ちてる時や、バイク装束に着替えてる時にポツポツ音が聞こえてきたりで、既に3度早朝ツーリングをキャンセルしています。

前日も雨で断念したので、2日連続はないだろうと、窓から星が見えないけど着替えて出発しました。
「里山VTR250」に乗るのは、1週間ぶりです。
定番の長尾山トンネルを抜け、r325~r33で西谷農協へのショートカット道で、ヘルメットにポツポツ来ました。
時刻はまだ5:10で、6月とは大違いでやっとこ空模様が推測できるぐらいの明るさしかありません。
東の空には雲の切れ間をありそうですが、正面や西は一面の雲です。

西谷農協手前で左折し、r33にショートカットし、帰路に着きました。
お盆以降も北摂方面で稲光が見えてたりしたので、いつもより更にゆっくり走りました。
暗くて道が十分見えないので、法面から流れた砂・泥が路上に残っていたらカーブでコケちゃいます。
5時半にならないと、朝の明るさにならないのが難儀です。
長尾山トンネルで中山連山を抜けて大阪平野に入ると、雨の気配などありませんでした。

倉庫に戻り、「招き猫CB400SB」の車載カメラ・オリンパスPCM・LS20Mの設定を変更しました。
こいつは、音楽録音がメインターゲットなデジタルレコーダーの進化版なので、録りたいエンジン音以外の雑音もクリアに録れちゃいます。
3段階のカット機能があるので、一番低い設定にしました。

まだ時間がたっぷりあるので、「家内用アドレスV125」を出して宝塚仁川方面を走りに行きました。
普通はR176で武庫川を渡るか、R171で渡るかなのですが、両方共通勤快速車が走りだす時間帯なので、それを避けて両方の橋の中間にある橋で武庫川を渡りました。
西は阪神競馬場前の南北道に繋がっているのですが、東が伊丹市内北部で途切れています。
計画はそれが延長されるようになってると思うのですが、ずっと工事が止まったままで、中途半端な道になっています。
でもこれが地元民には、両方の国道が混んでる時の迂回路になっています。

ブイーンと西に走り、r337を南下して阪神競馬場横を通過し、阪急仁川駅近くから生活道路をゆっくり北上してから、同じ道を戻って来ました。
めぼしい寺社はないかと、鎮守の森を探しながら走りましたが、未訪問のとこは見つけられませんでした。

7時前に帰宅し、朝食などウダウダして、朝ドラ「花子とアン」を見ました。
主役の吉高由里子さん&語り・美輪明宏さんの「ごきげんよう、さようなら」に、いい言葉だなあとマイブームになっているのですが、ラジオのお話のお姉さんを始めた吉高さんの呼びかけの言葉「全国のお小さい方々・・・」にも、心ときめ
いています。

「ごきげんよう・・・」もそうですが、とてもきれいで優しく感じる日本語で、この日記の冒頭の言葉「ピーカンな夏空」とは品が違います。
僕は子供の頃、母親からやかましく箸の使い方を矯正され、鉛筆の持ち方や言葉遣いなども、友達から仕入れたはやりの言葉を使う度に注意されました。

その影響からか、中学生以降になると、綺麗に箸を使う女性・背筋をぴんと伸ばして歩く女性・魚の食べ方のきれいな女性等とともに、綺麗な日本語を使う女性に惹かれるようになりました。
そういうとこに知性を感じ、流行りの短縮言葉を使う女性にがっかりしちゃいます。

保育園の同級生に、とても綺麗な日本語を話す女性がいて、中学電車通学で朝駅ですれ違う時交わす言葉にときめいていました。
今でも同窓会で会いますが、彼女のおしゃべりに吉高さん同様の憧れを感じます。
このような綺麗な日本語が、末永く残っていくよう願っています。
日本語の今や近未来を作り出す女性アナウンサーが、言葉のプロとして頻繁に使うと僕の願いは叶うでしょう。

8/24・自宅は豪雨だった

12:44、新郎新婦入場・・・で披露宴が始まりました。
20140824HiroS167s.jpg
子供たちの前には年齢に応じたおもちゃなどが置いてあり、孫くんはドンピシャの機関車トーマスのおもちゃでした。
大はしゃぎで親に開けろとアピールしてます。
ただあんまりドンピシャ過ぎて、自宅に全く同じ物を持ってるそうです。
グフフ・・・

20140824HiroS196s.jpg
定番のケーキカットに始まり、挨拶や余興があり、お色直し後キャンドルサービスです。
各テーブルを回るのですが、姪の息子君が「クロスVサインを全員でやる!」と言い出し、わいわいそれを新郎新婦にも強いて記念写真に収まりました。
一番じっとしていない孫くんですが、子供たちに遊んでもらい、泣いてヒンシュクを買うようなことはありませんでした。

最後は、新郎新婦と両親が袖に出ての挨拶です。
お兄さんは、結婚するときに「夫婦間でも挨拶をきちんとする」「なんでも話し合う」の2つの決め事をしてスタートしたが、「自慢になってしまい申し訳ないですが、子供たちが僕らのような仲のいい夫婦になりたい」と言ってくれているので、なんとかうまくやって来たかなと思っていると、話しました。

最後は新郎の挨拶で占めます。
ウェルカムボードに「感謝」と自筆して色紙を飾ったが、その言葉が全てです」と、各テーブルの仲間を紹介しながらエピソードを加えて感謝の言葉を述べていました。
そして、「僕は理系ではなく文系に進み会計士になってしまいました。父は父の起こした仕事を継いで欲しかっただろうに、ただ好きなことをすればいいと、何も言わずに見守ってくれました・・・」という親への感謝の気持ちを述べて、締めくくりました。

2人共落ち着いたナイス・スピーチでした。
落ち着いているけど、長くなりがちな僕のスピーチよりずっといい。

お開きになりました。
僕が先頭で新郎新婦ご両親の前をコメントを言いながら出ました。
女性陣の着替えをロビーで待ちました。
外は雨が降っており、六甲山上空を見ると暗い雲が掛かっています。
止んだり降ったり、怪しい天気です。

20140824HiroS223s.jpg
孫くんは、姪の息子くんに遊んでもらい退屈しませんでした。
カワサキワールドに寄り道する時間はなく、16:30にホテルを後にしました。
日曜日の夕方なので阪神高速は混んでると予想し、R43~R171で帰りました。

交通量が多く、いつもなら1時間の道中を+30分ペースで伊丹まで来たところで、豪雨になりました。
R171の歩道側1車線が冠水しています。
猪名川を渡る軍行橋に向け混んでいるようだったので、勝手知ったる地元生活道路にコース変更しましたが、全面冠水
しているところがあり、ゆっくりツッコミ突破しました。

18時に帰宅しましたが、傘がなくずぶぬれ必須だったので、家内が先に家に入り、傘を持ってきました。
次男の荷物がまとまるのを待って、JR伊丹駅まで送りました。
豪雨は小康状態になっていましたが、近所の駄六川の水位がかなり上がっていました。
帰宅後TVを点けると、隣町の池田・箕面・茨木などの時間雨量や避難指示などのテロップが流れていました。
僕らが神戸で宴会やってる時に自宅は豪雨の中に耐えていたようです。

翌月曜の朝、長男一家を空港まで送り、この週末行事は終了しました。
20140825Tsurube7573s.jpg
空港で鶴瓶さんと一緒になり、写真を撮ってもらったそうです。
新婚さんは、来月フィンランドに新婚旅行に行くそうです。
オーロラとムーミン・・・が目的だそうです。

8/24・ウェディング・セレモニー

9:08、ホテルに戻って来ました。
開業25周年の写真が飾ってありました。
皇太子・皇太子妃さんが来賓されたようです。
ロービーでは次男が爆睡中で、10時が近くなったので彼を置いて、3F親族控室に向かいました。

前を着物美人さんが歩いています。
後ろ姿にべっぴんさんの色香が漂っています。
「あれっ、僕と同じ新郎の控室に入った・・・誰だ?」、後をついて控室に入ると、振り返った着物美人さんが、「お父さん」と・・・お嫁さんでした。
全然わからなかった~。
20140824HiroS049s.jpg
家内もやってきて・・・良いな、この眺め・・・激写!
兄達や親戚とワイワイやってたら、長男&孫くんもやってきて、キリッと決めた新郎も入って来ました。

20140824HiroS056s.jpg
10:06、式場前の階段で、新郎新婦の写真撮影をしてるそうで、野次馬に行きます。
10:12、係の方に誘導されて、そのまま庭に出ます。
20140824HiroS080s.jpg
新婚カップルの撮影の後、いろんな組み合わせで写真に収まります。
次男に電話したけど、ここに来る道順がわからず遅刻しちゃいました。

甥は長男ですが3番目の子で、お相手さんも三女というカップルなので、姪・甥が多い。
長男の結婚式は、長子長男&長子長女カップルだったから、子供は友人の子1人だけでした。

控室に戻り、あ~だこ~だの続きをします。
次男と甥は、1学年違いですが京都の同じ大学に通いました。
甥の卒業が半年遅れだったので、卒業式は次男と同じ3月にありました。
長男の大学入学式・卒業式、次男の大学入学式にはうちの両親が参加したので、我が家の最後の卒業式は家内が参加しました。
姉と一緒に、互いの最後の子の最後の卒業式をそこで祝えるなんて、姉妹にとっての最高の1日だったでしょう。
新郎である甥と次男が喋ってるのを見て、そんなことを思い出しました。

孫くんは、姪の子達に遊んでもらっています。
壊されるかもしれないのに、男の子らしくメカには何に対しても興味津々な孫くんにDSなどを貸してくれます。
親同様、優しい子達です。
これからも、よろしくね・・・

係の方に誘導されて新婦側親族が入ってきて、親族紹介です。
続いてチャペルでの結婚式に向かいます。

11:31、チャペル満員御礼の大勢の祝福を得て、定番のセレモニーが始まりました。
賛美歌は312番、聖書は「コリント人への第一の手紙13章」という定番です。
20140824HiroS115s.jpg
中高時代に戻ったようで、気持ちが良い。
おもいっきり歌っちゃいました。

20140824HiroS094s.jpg
孫くんは長男に抱っこされて、持ち込んだ「機関車トーマス」の本を楽しそうにめくっています。
お母さんが着物なので、いつも以上に長男が大車輪です。
セレモニー後、小さな介添えさんを前にして、チャペル前の庭に出ます。
渡された花吹雪シャワーをみんなに掛けられながら、カップルがニコニコ進んできます。
チビの時、僕の肩車をせがんで、何度も乗せてやった子が・・・って、親でもないのにちょっとウルウルです。

12:18、披露宴会場の受付に並びます。
署名は筆のみでした。
しかも根本まで柔らかい筆だし・・・「うわぁ~うまく書けないよ」。
ご祝儀は、家内実家親戚内の暗黙の取り決めで10万です。
次男分は僕らが祝儀袋に入れて5万用意し、次男に渡しています。
交通費として2万引き出物に入っていたそうで、うちからの交通費も合わせると、次男は儲かってます。
これから一家を構え、お金はいくらでも必要です。

長男一家は3人なので10万すると言ってましたが、僕ら親と同額は多過ぎるということで7万にしました。
こちらも交通費を3万貰ったそうです。
最近の結婚式は、交通費を渡すのが流行りだな。
僕の結婚式の時は、交通費は出さなかったから、総費用の大方をご祝儀で賄えたけど、今なら大変そう。
あの時、「結婚式って儲かるんだ」と、びっくりしちゃいました。

8/24・神戸での甥の結婚式へ

甥(家内の姉の長男)の結婚式でした。
これへの出席のために、1週間前にお盆休みで帰省したばかりの長男一家と次男が、また帰ってきてくれました。
長男一家は、前日の土曜日にお嫁さんの妹さんの結婚式が、お嫁さんの郷里・新潟であったので、結婚式の連チャンです。
長男は、金曜の仕事後新潟に新幹線で向かい、土曜日結婚式終了後一家で即空港に向かい、大阪伊丹空港まで飛んできました。
お嫁さんと孫くんは、お盆休み前半を我が家で過ごした後、実家に1週間ずっといました。

伊丹空港着が20時で、ちょうど空港横の猪名川河川敷で伊丹花火大会があり、飛行機から綺麗に見えたそうです。
そのかわり、空港から自宅までタクシー10分の距離を、最寄りR171の大渋滞を避けるために川西回りの遠回りになっちゃったそうです。

次男は新幹線で帰って来ました。
土曜朝、僕の礼服をチェックしてた家内から、「お父さんの白ネクタイがないよ」と言われ、ありそうなところを探しましたが、
何故か行方不明でした。
そこで次男に途中どこかで買って来てくれと電話しました。
そしたら、次男も白ネクタイを紛失したそうで、たまにしか使わないものを同時に無くすなんて、なんちゅう親子やと笑っちゃいました。

結婚式場は「ホテルオークラ神戸」です。
親戚紹介などで10:30に行けば良かったのですが、家内とお嫁さんの着付けがあり、8:30に着けるよう1時間前に家を出ました。
孫くんは、前回のバイバイから1週間なので僕を覚えていてくれました。
相変わらずの飛行機好きで、伊丹空港を離陸する旅客機の音に反応していました。
2連続結婚式お呼ばれなので、七分ズボン・白シャツ・ベストの礼服スーツを買い、1才半なのに一人前に決めています。
しかも髪の毛も七三分けになってるし・・・、かっこいいぞ。

R171~阪神高速で神戸に入り、神戸メリケン波止場隣接の背の高いホテルを視認しながら適当に走り、8:20到着。
女性陣は荷物を持って着付け室に向かい、長男は寝てしまった孫くんに付き合い車内待機です。
僕と次男は女性陣との待合場所ロビーに向かいました。
次男はソファーで寝てしまい、僕は途中で見かけた寄港中の大型帆船を見に、外に出ました。

このホテルの外観は、オーソドックスな四角いビルですが、ロビー・エントランス2F、披露宴宴会控室・着付け等3F、結婚式などの宴会場・庭1Fで、港へ出るためには別の階段でロビーから2階下るという複雑な構造になっています。
ロビーで聞いて港側に出ました。

ジャパンコーストガード艦船の基地があり、停泊し大型帆船は、練習船日本丸でした。
20140824HiroS008s.jpg
4本マストの美しい帆船です。
メリケンパーク広場では仮設テントをたくさん準備しています。
広場越しに帆船をデザインモチーフにした「神戸オリエンタルホテル」が見えます。
20140824HiroS025s.jpg
ポートタワーも見え、その手前には「カワサキワールド」があります。
披露宴後、時間があればここに寄るコースが閃きました。
男の子であれば、大人も子供も楽しめる施設です。

「神戸港夏物語2014」という催しのようで、「タグボート体験航海受付」をやっていました。
20140824HiroS017s.jpg
カワサキワールド前の「ヤマト1」を見て、メリケン波止場から海越しにモザイクを見ます。
5月に西宮から大学ヨット部同期と、セイリングでここまで来ました。
20140824HiroS016s.jpg
特設音楽ステージも準備されています。
ジミ・ヘンドリックス瀬藤・・・パイン中本・・・ティータイムスリー・・・パラパラバナナ・・・HHBおっさんバンド・・・等、知らない名前ばかりだけど、Babydollsのステージは女子バンドの雰囲気があり観たいかも・・・。

川崎重工のドッグに、潜水艦がいませんでした。
20140824HiroS031s.jpg
黄色の水陸両用車・スプラッシュが、停留所に停まっています。
大人3000円で、神戸の町を陸上見学し、神戸港を海上から見学します。
カワサキワールドは、10時~17時開館で、16:30最終入場だそうです。
時間があるといいな。

8/20・北摂里山の大雨被害は?

今朝目を覚ましたらまだ暗い・・・4時前かな?と思いながら階下に下り、トイレと朝の冷たい麦茶を飲んで時計を見上げたら、4時50分でした。
「あ~、夜明けが遅くなった~」と、少々ブルーな気持ちになりました。
でも、盆明け早朝ツーリング開始日とします。
一昨日は北摂大雨明け1日後だったので自重しましたが、昨日は行く気満々で目を覚ました。
用意しようと思ったら雨音が聞こえてきて断念したので、1日遅れの解禁です。

家内が起きてくるまでタイムリミット10分なので、速攻で着替えて玄関を飛び出しました。
倉庫から、「里山VTR250」を出して、いつもの様に北に向かいます。
長尾山トンネル温度計は、25℃でした。
トンネルを抜け長尾山の峠に向かって登っていると、道路脇が10mほどの高さで崩れていました。
土日の大雨避難勧告は、京都府福知山と宝塚市玉瀬・武田尾でしたが、北摂里山地区に入って早々のがけ崩れだったのでビックリしました。
我が家から10分です。

r325~r33で「玉瀬」満福寺手前でも1車線が塞がれていました。
武田尾への道は半分なくなっているのをニュースで見たから向かわず、玉瀬から武庫川渓谷に降りるべく川下川沿いに下りました。
「宝塚・希望の家」から先に「通行止め」バリケードが立ち行けませんでした。
r33交差点に通行止めお知らせ看板が出ていなかったので、通れると思ったけど・・・まあ仕方ないのでUターンです。

r33に戻り、西谷農協から北上し、r68手前の小さな峠に立ってる定点観測の栗の木には栗の実がなり、2~3個道路に落ちていました。
20140820HokusetsuS001s.jpg
r68を越え、波豆川沿いに・・・5:47、「波豆・八坂神社」前の定点観測ポイントで小休憩しました。

r323を渡り、アスレチックまで北上しました。
土砂が路上を流れた跡が残り、アスレチックより北では路上をまだ薄く埋めていたので、バイクではコケるかも?と思い、Uターンしました。

r323に戻り西進、上佐曽利から北に入ってみました。
というのも朝のお勤めのお知らせがやってきたので、「萬正寺」さんのおトイレを拝借する為です。
6:15、おトイレに駆け込み急場を凌ぎました。
20140820HokusetsuS009s.jpg
有難う萬正寺さん。
当然お礼をお賽箱に。
20140820HokusetsuS003s.jpg

このお寺はどこかで人を感知し、音楽が流れるようになっています。
歓迎されてるようでもあり、僕以外誰も居ないのにクラシックが流れ、落ち着かなくもありです。

帰路に着きます。
r319~r33~r325~長尾山トンネルの定番コースで、7時に帰宅しました。

北摂里山大雨被害は? 1/2

8/17・談山神社

次は、「談山神社」に向かいます。
R165に出て西進し、桜井からr37で南下です。
すぐに山道になり、どんどん登ります。
桜井の85mから490mまで登りました。
こんなに標高の高いとこにあるとは思いませんでした。

最後r155に乗り、12:43・大きな駐車場に着きました。
でも先客は1台だけです。
ここにあった観光地図を見てわかったのですが、r155で峠を西に越えれば明日香村で、石舞台古墳や高松塚古墳・飛鳥寺です。
談山神社は、飛鳥時代に蘇我氏専横政治を天皇中心政治に取り戻したクーデター・「大化の改新」・645年を、中大兄皇子(天智天皇)と中臣(藤原)鎌足が諮った場所です。
政治の中心・明日香の東の峯を登ったとこだったんだと、現地に来て位置関係が認識出来ました。

道標で道案内されるまま、一旦谷に下り、沢沿いを登って12:51に神社入口に到着。
拝観料は大人500円です。

20140817MurooS219s.jpg
『重要文化財 神廟拝所(旧・講堂) 定慧和尚が白鳳8年(679年)父・鎌足公供養のため創建した妙楽寺の講堂で、塔の正面に仏堂をつくる伽藍の特色を持ち、内部壁面には羅漢と天女の像が描かれている。現存のものは寛文8年(1668年)の再建である。』

鎌足さんの長男は仏跡に入り、鎌足の跡を継いだ不比等は弟さん。
最初の妻だった人との間に出来た定慧さんは、鎌足さんの盟友でもあり主人でもある天智天皇の寵愛した女性を正室に賜り、そこに生まれたのが不比等さんで、一説には天智天皇との間に懐妊した後授かったというのがあり、その流れから当然不比等さんが藤原氏の嫡流を継ぐことになったようです。

内部に入ると、前述の壁画に囲まれた室内に、秘仏の入った箱や鎌足さんや不比等さんの像がありました。
お客さんが少ないので、2人でゆっくりしました。
こんな重要文化財が監視もおらず、手を伸ばせば触れる位置に置かれている日本の治安の良さに嬉しくなります。
東京圏にあれば、そうも行かないのでしょうが、片田舎になってしまった奈良盆地の更に南東の端の東峰の上という立地故で有難いことです。

「龍神の磐座」と「恋の磐座」がありました。
ここで神に祈ったのですね。
自然物に八百万の神が宿り、神が降臨した岩にしめ縄を巻き手を合わせる日本の信教が落ち着きます。

石段を上り本殿に上がってみました。
20140817MurooS240s.jpg
本殿に相対する拝殿に、鉄の甲や大化の改新・絵巻が展示されていました。
NHK・ETVなどで見る絵巻で、物語絵巻が面白く、解説が書かれているのでわかりやすいです。
絵巻の中で、蘇我入鹿の首が飛んでいます。
刀を振るっているのが中大兄皇子で、弓を構えているのが中臣鎌足だそうです。

拝殿から見る本殿は、藤原氏の総鎮守社・春日大社本殿と同じ造りで、脇殿が左右にあり、渡り廊下で拝殿と繋がっています。
横の社務所で、十三重塔の絵馬を買いました。
これも我が家の屋敷祠に掛けましょう。

20140817MurooS258s.jpg
本殿横に、重文・十三重塔が建っていました。
家内が、「模型みたい」と言っていますが、まさにそうで、寸分の狂いなくまっすぐ天に向けて13の屋根が整然として
います。
定慧が父の供養に建てたもので、享禄5年(1532年)再建されたものとは思えない綺麗な姿を見せています。
常に修復の手を加えられてきたのでしょう。
こういう文化の継承が出来る日本民族の余裕が、ずっと続いて欲しい。

朝、近畿道を南下している時、生駒山系向こうの大和の空に一部青空が見えていたので、「これは晴れるかも?」と期待して来ましたが、今空を見上げると夏の雲が浮いています。
福知山などを襲った大雨は梅雨の終わりの集中豪雨に似て、それが終わり夏が始まった感じの空です。
太平洋高気圧が勢力を盛り返し、日本列島に再び張り出してきたのかな?

入口社務所を出ると、駐車場への帰り道が左右両方を指さしています。
左の道は沢を下る来た道なので、右に行ってみます。
上り下りなしに駐車場に行けるかも?
道標がないと決して入らないような道でしたが、結果はビンゴ!楽々車に着けました。
ただ、沢道沿いにあったかき氷にありつけなかったのが残念です。

r155を西進すると、すぐに峠を越え、「明日香村」に入りました。
下ると明日香の歴史ゾーンで、蘇我馬子の墓と言われている石舞台古墳横の道を通りました。
「氷」ののれんが下がった店がありましたが、ふわふわかき氷でなさそうなのでパス。

R169を北上し、大和高田バイパス~南阪奈道路~近畿道~中国道で伊丹まで帰ってきました。
帰宅する前に、近所のふわふわかき氷のお店で、「マンゴーかき氷」を食べました。
今年2度目のかき氷です。

帰宅し、乾いたお風呂マットのビニールをお風呂マットに被せて、お盆行事の後始末を終えました。
「モヤモヤさま~ず」を見ながら寝てしまい、「ダーウィンが来た」を見逃し「大河ドラマ・軍師官兵衛」を見て、自室に上がり寝てしまいました。
これでお盆休み4日間が終わりました。

大和ドライブ 4/4

8/17・長谷寺

『女人高野として名高いこの寺は、天武天皇9年(681年)役行者によって拓かれ、後に弘法大師によって伽藍の整備が行われました。この寺は、高野山と同じ真言宗に属していますが、古くから女人の入山を許していました。境内には金堂・五重塔などの伽藍、本尊・釈迦如来坐像、十一面観音像等多くの国宝・重文が残されています 環境庁・奈良県』

五重塔の絵馬・300円を買いました。
女人高野なので、お嫁さんの末永い健康を願っての文言を書き、屋敷祠にでもぶら下げましょう。
一家の大黒柱は表向きは旦那ですが、主婦がしっかりしていると家が落ち着き、家族が世間で頑張れます。
家内が僕の両親を含め上手にコントロールする姿を横で見て確信しました。
お嫁さんが温和で元気でいると、長男も孫も思いっきりチャレンジャーでいてくれるでしょう。

9:20・「室生寺」を後にして、長谷寺に向かいます。
r28~R165・初瀬街道を進み、長谷寺口からr38に入ると門前商店街が道の左右に並び、10:13すぐに長谷寺に到着しました。
駐車場に入れましたが誰もおらず、帰りに料金を支払うことにします。
長谷寺拝観料は、500円でした。
扇の要の位置にある山門・仁王門から、扇を広げたように周囲の山裾に伽藍群を配しています。

『長谷寺縁起 朱鳥元年(686年)天武天皇の御願により創建されました。50年後聖武天皇の勅願を受け、楠の霊木をもって十一面観世音菩薩を造立し、大伽藍を建立しました。本尊は10m余で右手に錫杖を持ち、大盤石の上に立つお姿で、霊験あらたかなことはつと有名であり、源氏物語や枕草子などにも「初瀬詣」として語られています。長谷寺信仰は全国に広まり、鎌倉の長谷寺など百数十ヶ寺を数えます。』

室生寺の少し後に建立されたのですね。
20140817MurooS079s.jpg
登り廊下が伽藍に向かって伸びています。
20140817MurooS080s.jpg
蟇股などに施された彫刻が素敵でした。
お坊さんが出てきた本坊を見学しました。

観光客とガイドさんがやってきたので、ガイドさんの説明に聞き耳を立てました。
20140817MurooS093s.jpg
「ここから本堂を拝む景色が絵になります」というので振り返ると、説明通りベリーナイスでした。
4年前の天皇皇后両陛下お手植松がありました。

入口で頂いた長谷寺境内地図に青破線で示された40分コースを歩くことにしました。
長い石段を本堂まで登ります。
上がったとこに設置されていたミストシャワーで一息つき、売店で物色します。
京都清水寺のような舞台造のミニ版が張り出しており、テラスのように眼下に他の伽藍を見下ろせます。
少し見上げる位置に五重塔の一部が見え、京都永観堂に似ています。

20140817MurooS146s.jpg
国宝・本堂内に入り、絵馬などを激写していると、お坊さんが本尊前で何やら準備をしています。
脇席に10名ほどの方が導かれています。
読経が始まりそうなので待っていると、導師様に続き若手僧侶が10名ほど入場され、読経が始まりました。

家内の母親が亡くなった時、先祖が眠る京都永観堂に父親のお骨とともに分骨しました。
その時と同じです。
このお寺で、永代供養される仏様のお供養読経のようです。
男声合唱団といえば趣が違いますが、低音で気持ちが落ち着く読経です。
重文・ご本尊は、大きくて雰囲気がとてもいいです。

途中で本堂を出て、真言宗のお寺にはよくある弘法大師御影堂~五重塔~納骨堂を巡ります。
本堂からは地道で基本下り勾配なので楽です。
20140817MurooS176s.jpg
ここの五重塔も室生寺と同じぐらいの大きさです。
でも室生寺の方が、なんか雰囲気がいい。
きれいな納骨堂で、中を覗くと位牌が整然と並んでいます。
家内が、「永観堂のも、ここぐらい綺麗にしてくれたらなあ~」と羨ましそうです。
僕は家内の実家に習って、お寺さんの上部寺・京都百萬遍知恩寺さんに分骨してもらおうと希望していますが、長男におまかせです。
永観堂納骨堂で義理両親と一緒でもいいです。

11:38、長谷寺を出て、門前食堂で食事にします。
お土産屋さん兼業なので、四国88ヶ所巡りのために用意しようと思ってる納経帳入れを物色しました。
NHK趣味Do楽のテキストには、白装束・白さんや袋が基本とありますが、これはいつ野垂れ死んでもそのまま埋葬できるように死装束の白だそうです。
僕は野垂れ死ぬつもりがないから、ちょいとお洒落なのにしようと思っています。
駐車場に戻ると掛かり人がいて、500円お支払いしました。
長谷寺は、適当に観光客がいました。
室生寺より地の利がいいものね。

大和ドライブ 3/4

8/17・室生寺

お盆休み4日目・・・最終日です。
息子たちも帰り、また夫婦2人だけの第2の新婚生活に戻りました。
「奈良・山の辺の道サイクリング」「2台バイクツーリング篠山方面」など、二輪での計画をしていましたが、生憎の天気予報です。

前日夜のニュースで、「福知山市の由良川が危険水位を越えた」という北部の大雨を伝え、僕の早朝バイクフィールドの「武田尾温泉に避難勧告」「宝塚市玉瀬に避難勧告」という北摂里山エリアにも大雨警報です。
朝起きても同様の状態で、北には行けそうもありません。
そこで、雨が降っても平気な古都・奈良のお寺めぐりを車でしようと、地図を開きました。

近畿地方の天気予報では、奈良がマシです。
・・・そうだ、前回三重県美杉町サイクリングで思いの外時間が押してしまい、帰路車で訪問できなかった「室生寺」「長谷寺」を巡ろう。
小学校時代の遠足で訪問した記憶があり、家族旅行でも親に連れて行ってもらったように思うけど、もう記憶に残っていません。
2寺では時間が余りそうなので、美杉町に行くとき見かけた「談山神社」訪問も加えるといい感じになりそう。

家内が起きてきたようなので階下に下りると、「今日はどこに連れて行ってくれるの?」とニコッとされます。
いつも前日までには予定を組み、出発時間などのスケジュールを伝えているのですが、天気が読めず当日になってしまいました。
「北の方は雨で、南の方がマシそうなんだ。バイクタンデムでもいいけど、小雨には遭いそう。カッパを着るのは暑いから、車で室生寺に行こうと思うけど、どう?」
「いいよ~、何時に出発?」
「6時過ぎに出れるかな?」という会話で決定しました。

6時過ぎに出発し、中国道~近畿道~西名阪道~名阪国道で、7:30・「針テラス」で休憩しました。
まだ朝早いし、天気もイマイチなので、バイクは10台ほどでした。
でもうちのようなワゴン車から自転車を出しているのが4台おり、柳生や室生の方に走りに行くのかな?と想像しました。
ここから柳生までのR369は交通量も少なく、アップダウンも多くなく、サイクリングに良さそうです。

R369を南下し、r28も南下して、R165を少々走り、「室小寺入口」交差点から再びr28。
交通量のない川沿いのきれいな道で、気持ちが良いです。
川からは薄く朝霧が立っています。
8:14、室生寺の拝観時間が8:30なので、時間つぶし激写タイム。

「室生寺駐車場」の看板が出てきましたが、お寺の位置がわからずゆっくり進みます。
川向うに室生寺が確認できましたが、無料駐車場はないようで、少しUターンバックし適当な駐車場に入れました。
駐車料金500円。
「赤い太鼓橋を渡ってくださいね」と駐車場のご主人に教えてもらい、カメラと水筒を肩にかけて歩き出しました。

赤橋を渡り、室生寺全体図でアバウトに位置を把握し、8:34・室生寺拝観料600円×2を用意したら、「仏様が東北に出張中なので・・・」と、2人で600円でした。
20140817MurooS016s.jpg
女人高野・室生寺さんの山門を守る仁王さんは、右が赤と左が青の色付きさんでした。
20140817MurooS019s.jpg
朝一番なので売店や受付の職員さんは、石段などを掃除中でした。
「おはようございます」と、朝の挨拶は気持ちが良いです。
重文・弥勒堂、国宝・金堂、更に石段を上り国宝・五重塔を見て回ります。
20140817MurooS050s.jpg
家内は、東寺・五重塔より小じんまりした佇まいが気に入ったようで、「女性らいい五重塔で素敵ね」と言っています。

20140817MurooS036s.jpg
僕は、五重塔へ向かう左手にあった「北畠親房の墓」に、ビビッと来ちゃいました。
太平記の南朝・後醍醐天皇方のヒーロー・北畠顕家のお父さんです。
常に後醍醐天皇の片腕として働き、顕家戦死後も後醍醐天皇没後も南朝トップの公家として南朝第2代・村上天皇を補佐しました。
良い物を見つけたと有頂天になっていると家内が、「伝と書かれているよ・・・」と。
そういうのはいいのです、他に親房のお墓があれど、古くからの供養塔であったり縁があるものだから、学者でもないので真意を突き止めるなどせず、単純に喜ぶのが僕のスタイルです。

20140817MurooS055s.jpg
五重塔の奥から奥の院への石段が上っていましたが、僕らはここで引き返します。
朝一番だからか観光客が少なく、落ち着いて巡れナイスなお寺でした。
仏様が出張中なので旅行社もツアーを組みにくいしね。

大和ドライブ 2/4
main_line
main_line
プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR