6/26・能勢町山辺探索・剣尾山~山辺神社

4:30に目覚めました。
特急で着替え、倉庫から里山VTR250を出して、4:40北を目指して出発です。
最近は、下着の上に年中着てる長袖丸首シャツを着て、夏用メッシュプロテクター上下の服装で丁度です。

r13~R173で一気に目的地まで北上しました。
「道の駅・能勢くりの郷」を通過し、「栗栖」も通過し、r54が右手に分かれていくのを見送り、ここからのR173右手エリアが、本日の探索ターゲットです。
最終的には城山に登って、山城跡を探索してみたいのですが、比高があるので早朝活動のみでの攻略は無理なので、
下調べを数日やってみようと思います。

「能勢温泉」の看板に従って右折し、温泉手前の農道を南に折れます。
山辺地区は山辺川によって作られた肥沃な地で、平安時代は藤原氏の荘園であった長い歴史を持ちます。

「行者山」への登山口がある枝道を山側に入ってみました。
キャンプ場があります。
オートキャンプエリアやバンガローエリアが、後背の「剣尾山」から流れ出ている山辺川の支流川沿いにあります。
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更に奥に入ると、目立つ巨岩があり、周辺の杉森の中にも巨岩がゴロゴロしていました。
どこまで登れるのか更に奥に入ると、舗装が切れ、地道にロープが張られ車両通行止めになっていました。

5:32、エリア地図案内板があったので、じっくり地理を頭に入れます。
巨岩の前には小さな祭壇が作られ、信仰の対象になっていました。
少し戻り、トイレの前にバイクを置き、「剣尾山登山道入口」を見に行きました。
登山道に向かって、「右・是より行者道」の石柱が立っています。
「剣尾山」手前の「行者山」に登り尾根伝いに「剣尾山」山頂へ・・・
この場所は海抜320m・行者山頂460m・剣尾山頂・780m・・・う~む、1日掛ければ歩けそうな気もするけど・・・。

案内板があり、「蟻の戸渡り」「胎内くぐり」「西の覗き」「廻り岩」「飛び岩」「登り岩」・・・行場巡りが出来るのかも?
奈良時代:役行者が行場を拓く、平安時代:醍醐寺を開いた理源大師が行場復興、江戸時代:奈良の大峰山に対し摂
津大峯と呼ばれ賑わう、という履歴だそうです。
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ここからの登山道は未舗装ですが車も走れるくらいの広さがあり、素人が迷わないように整備されているような感じがします。

『剣尾山:標高784m、北摂を代表する名峰の1つ。山頂は樹木がなく、360度視界が開け生駒・六甲・多紀アルプスの山々が見渡せる。飛鳥時代に山頂で護摩を焚いていた時に空から不動明王の剣が降ってきたことから、山名がついた。山頂を少し下ったところに、旧「月峯寺」跡が残っており、古い石垣など往時の様子を偲ぶことが出来る。』

『行者山:標高469m。自然巨岩が多く点在し、それを利用して奈良時代から修験道の行場とされ、行者山と呼ばれてきた。現在も行者堂から1時間掛けて東西の覗き・胎内巡り・登り岩など各行場を一周できる。』

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おトイレを拝借し、バイクで下りだしたら、2頭の牝鹿がバイクに驚いて逃げて行きました。
一旦下り、山際にそって農道を南に走り、6:03・「山辺神社」到着。

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謂れ板によると、『推古天皇の御代(600年頃)、百済の日羅上人が剣尾山を拓き「槻峯寺」を創建した時、八耳太子の命により「素盞鳴尊」を勧請したのが当社・牛頭天王社の起源。祭神は「素盞鳴尊」を主に、「八耳太子尊」「比売大神」
「応神天皇」「源満仲」。山辺村は、北辺の山を背に南方に開け、山辺川の堆積によってできた比較的広い渓口盆地で、こうした肥沃な土地は早くから荘園に組み込まれ、平安時代の藤原氏荘園時代・1084年に「山辺の荘」として名が見える。
鎌倉時代・1325年には東寺の荘園となっており、その年の山辺荘の年貢は、「松明・檜物器・綾織かずけ物・兵士2名」となっている。戦国期・1545年、細川管領分裂で、双方に加担した丹波八上・多田塩川勢と、それに敵対した能勢・池田
勢の抗争で、八上勢によって剣尾山・槻峯寺が、塩川勢によって当社社殿が大破炎上した。』

北摂能勢町山辺ツーリング 2/3
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ほとけの履歴書 籔内佐斗司 2/2

仏像製作集団としての流派については、
『興福寺を中心とする奈良の僧侶たちは源氏軍に呼応して上洛する体勢を整えていました。
そもそも興福寺は大和国の知行(支配権)をめぐって20年来、清盛とは敵対関係にあり、頼朝に先立つ以仁王の平氏討伐計画(この年4月、後白河上皇の第3皇子以仁王が挙兵を計画したが露見、敗死した事件)にも加担していた。
そこへ今回の動きとなれば、これを察知した平氏としては討つのが当然でしょう。
『平家物語』には、たまたま強風で火が燃え広がったように書いてあるけれども、これは確信犯です。

 さて、全滅に等しい打撃を受けた両寺ですが、復興への動きは早く、翌年6月には興福寺が、次いで8月には東大寺が、それぞれ再興計画を立てています。
何といっても東大寺は400年来の国立寺院であり、興福寺は当時最大のセレブである藤原氏の氏寺です。
朝廷と摂関家の面子にかけても立派に復興しなければなりませんでした。

 寺の復興とは、要するに伽藍を再建し、そこに安置する仏像を新たにつくることですが、この興福寺・東大寺の再興の際の造仏にことのほか活躍した奈良の仏師たちがいました。
今日、「慶派」と呼ばれる仏師の集団。
そして、ある時期からその中心に座り、彼らを牽引した仏師こそ、運慶その人です。

 円成寺の「大日如来坐像」をつくった安元2年(1176年)、運慶は20歳代半ばの青年仏師でした。
それから4年後、30歳になるころに、運慶は奈良炎上に遭遇します。
奈良の仏師の家に生まれ育ち、小さいころから数え切れないほど通ったであろう興福寺・東大寺やおなじみの仏像が燃え上がるのを、彼はどのような気持ちで眺めたのでしょう。
おそらく、仲間の仏師たちとともに、煤だらけになりながら焼け落ちた伽藍の片付けをし、仏像の断片を探したことと思います。』

平安時代は慶派とルーツが同じである京都仏師集団が主流でしたが、彼らは平氏のバックを得ていたので、その後の鎌倉時代になると遠ざけられ、奈良地盤の慶派が台頭するようになったそうです。

『 平安時代末から鎌倉時代はじめにかけて活躍した仏師の集団は、のちの「慶派」をふくめ、すべて平安後期(十一世紀)に活躍した大仏師・定朝の流れから出ています。
前章でみたように、定朝は、大小あらゆる阿弥陀像の膨大な需要に応えるため、複数の人間が分担して作業できるよう制作工程をシステム化し、大量生産方式を確立した人。
古く奈良時代から、仏像は工房(仏師集団)が請け負って制作していたのですが、大量生産を目指す定朝は工房をさらに組織化・大型化させました。
なにしろ彼は、等身大の仏像二十七体を、百人以上のスタッフを率いて五十四日間でっくりあげるような人だったのです。
京都七条通にあった彼の工房「七条仏所」は、「工場」と呼んだほうがふさわしい広大なものでした。』
のように、以前は1つの木を仏師1人が彫っていくスタイルだったのを、仏像を各パーツに分解し、それぞれに仏師が掘り進め合体するスタイルになり、大量生産が可能になりました。

『一般の阿吽像と左右の並びが逆なのは東大寺の特色です。
どちらも像高8.4メートルに近い国内最大の木造彫刻(寄木造り)です。
ところが、驚いたことにこの巨像一対は、建仁3年(1203年)7月24日から10月3日までの、わずか69日間でつくられているのです。
しかし、この日数は彫刻だけでなく彩色までも含んだものですから、にわかには信じ難い数字です。

 この離れ業を演じてみせたのは、言うまでもなくわが運慶を中心とする慶派一門の面々、総勢20人。
じつは彼らは、その7年前の建久7年(1196年)、南都焼き討ちで焼け落ちた大仏殿の再建事業のひとつとして、前年に落慶した新大仏殿に安置する6丈(坐像なのでその半分の3丈、約9メートル)の脇侍「虚空蔵菩薩像」「如意輪観音菩薩像」二体と、4丈(約12メートル)の「四天王像」の計6体を、ほぼ半年で仕上げた経験がありました(残念なことに、これらは16世紀の戦国期に兵火で再度大仏殿が焼亡したため現存しません)。』

驚異的なスピード製作ですね。
驚きです。
そのような過去の偉人の制作物を目にできる幸せを噛みしめたいものです。
この書を読み、奈良のお寺をもう一度こういう知識を得た目で見てみたいという気持ちになりました。

ほとけの履歴書 籔内佐斗司 1/2

NHK・ETV「趣味Do楽・仏の履歴書」を見て、その番組案内人・薮内さんの本を読みたくなりました。

日本には古代からの土着宗教・神道神社とともに、仏教寺院は山のようにあり、現役で一大経済圏を作っています。
古くは新興渡来宗教であった仏教を基盤に国づくりを模索した蘇我氏が、神道主義の物部氏を滅ぼしてから、藤原氏が受け継ぎ、近世では江戸幕府が全国統治の細分化末端役所に寺院を組み入れたことで、本家インド・本場中国・朝鮮半島で廃れてしまった大乗仏教が、いまだ大勢力として日本に息づいています。

明治維新の時、日本古来の天皇中心主義の基盤・神社を復活させようとした新政府の神道・仏教分離令により、廃仏毀釈運動が盛り上がり多くの寺院が破却などされたが、再び隆盛を取り戻し、数世紀を経た仏像の魅力も相まって衰えぬ求心力を持っている。

そんなどこにでも当たり前にある仏教寺院や仏像を何気なく見ていますが、如来>菩薩>明王>天部の序列や違いを、お釈迦様が悟りを拓かれ柔和なお顔になったお姿(如来)>修行されておられる王子だった頃のお姿(菩薩)>如来が化身して人々を救うために必至になっている怖い形相のお姿(明王)>元々仏教に敵対する宗教の神様が仏教に帰依して仏教の守り神なったお姿(天部)、というぐらいの知識でした。

著者の薮内さんは、東京芸大彫刻科出身で卒業後市井の彫刻家として活躍した後、学生時代に関わった仏像修復などの経験に戻り、芸大教授として修復作業や後進の指導に当たられています。
僕が、「大仏様に鹿角を生やしたらあかんやろう~」と思った奈良県のゆるキャラ「せんとくん」の作者です。
そんな経歴から明らかなように、信仰の対象である仏像の他に、その構造や時代とともに移り変わった造仏方法の変化や材質・流派などに深い造詣を持っておられる。

例えば、『興福寺の「阿修羅像」は、もともとはゾロアスター教の最高神であるアフラマズダでした。それを大乗仏教が六道輪廻思想の中に取り入れて表現したものです。すなわちアフラ→アスラ→阿修羅と転化したものです。この神は善悪という二元論を持った最初の神格だと言われていますが、これから派生した火の神である「ミスラ」という神も篤い信仰を集めました。』というように、仏像の謂れが平易な言葉で深く書かれ、知的好奇心を大満足させてくれます。

『東大寺の不空羅索観音の名の由来は、「大悲の羅索をもって一切衆生を救済し、請願を空しからしめざる(不空)」ところにあるといわれます。羅索は縄で、だれ一人逃がすことなく救済する決意を示しているのです。しかし不空羅索観音はもともとヒンドゥー教の最高神で破壊の神、シヴァ神であり、バラモン救の創造の神、大自在天です。しかも、この観音さま、鹿島神宮から鹿に乗ってこられて、春日御蓋山に降臨されたタケミカヅチノカミの本地仏のすがたでもある。本地仏とは、神仏習合思想から創案された考えで、わが国の神さまを、仏教のほとけさまがわが国に仮に姿を現したものであるとして、神像とともに神宮寺に祀られた神さまの本来の仏像のことです。神直と仏教がひとつになったなんとも強力な観音様であり、なんとも重層化した世界です。』

つづく・・・

6/22・丹波篠山ドライブ・古美術国宝堂

家内はたいそう感動したれたようで、お賽銭に100円と大奮発しています。
本殿裏に謂われ板に書いてあった白狐さんの木像がずらりと並んでいます。
この集落にこんな経済力があるんだと再認識するような立派な銅葺き屋根で、蟇股にこの1時間後に知ることになる「お宝有り」マークと亀の彫刻が見事です。
想像を倍するナイスなお宮で、訪問した甲斐がありました。

r12を更に北上し、城東トンネルを抜けて「日置」を左折し、旧山陰道に入り西進します。
波多野氏居城・八上城址登城口・春日神社の山陰道に面してある「古美術・国宝堂」に立ち寄りました。
今回のお出かけは、家内の目的は「お墓参り」が、僕は国宝堂訪問でした。
水曜日朝の早朝ツーリングで、「武田菱家紋瓦はいくらするのだろう?」を聞くためです。

「こんにちは、拝見させてください」と店内に入ると、如何にも古物商という感じのご主人が現れます。
目的の家紋瓦と絵馬瓦の値段を尋ねても、のらりくらり「いくらぐらいに見えますか?」と、こちらに値踏みを聞いてきます。
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「新品なら対で10万ぐらいでしょうか?中古だからその半額。片方だけ2万でどうですか?絵馬は3000円」と答えると、「いい線ですね。既成品なら10万、特注したらそれを超えますかね。片方だけで2万は厳しいので、対で5万、絵馬瓦も付けますが・・・」とのことでした。

絵馬瓦はまだ新しく見えるけど、家紋瓦は50~100年ほど前のものですか?と聞くと、500年ものだと推測してるそうです。
2000年-500年=1500年って、室町時代じゃないか・・・ほとんど傷んでいない外観を見て、驚きました。
俄には信じ難いが・・・。
住宅新築時に瓦の新装するので、それを買うのだそうです。
しっかり作られ手入れされた木造住宅は、コンクリート住宅のように簡単にボロくならないので、売主さえ製造年代を定かにわからない世界だそうです。

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「横にあるのは桃の瓦でしょう?」と聞くと、「これはお宝あり」のマークです。
30分前にも後川稲荷神社の屋根で見た割合ポピュラーな紋瓦は、永遠の命を授ける桃のマークではなく、お宝のマークだそうです。
由緒ある寺院や神社に使われるのだそうです。

店内はお宝の山で、刀剣・槍以下様々な目の毒(保養)がところ狭しと並んでいました。
様々な商品・・・歴史興味のない人にはガラクタが置いてある庭も見せてくれました。
父の実家の土蔵を小学生の時祖父と一緒に探検した時のようです。

最も目に留まったのが、能勢氏の「切竹矢筈十字」家紋が付いた刀でした。
「これ、能勢氏の紋が入ってますね、すごいな~」と言うと、「わかりますか」とご機嫌なご主人がいろいろと教えてくれます。
「天皇に拝謁するときに帯びる刀で、中身の真剣は白鞘に入れて別に保管しています」とのことでした。
通常真剣は、白鞘に入れておかないと錆びてしまうそうです。
保有には銃刀法の関係で免許や許可が要るのだろうと聞くと、名品には美術品許可証が付いており、所有者は誰であろうと平気だそうです。

長男が大学ライフル射撃部時代、自宅にエアーライフルとボアライフルがありました。
本人が試験受けて銃保有許認可を得て、毎年警察官による保管設備などの立ち入り検査が課せられました。
骨董品・美術品として価値の高い刀剣は、美術品登録されその証明書があれば、むしろ銃刀法取り締まりは緩いようです。
「篠山だけでも1000振りではきかない刀剣・槍が民家に眠っています」とのことでした。

元々神戸で古美術商をやっていられて、実家に戻ったそうです。
ご先祖は、波多野氏の家老職だったそうで、当時からここに住んでいたそうです。
「裏に公共トイレがありますが、元々うちの蔵でした」
「城址に登る時、そのトイレを利用させてもらいました」
「トイレのなかった時は、うちの店の横にあったトイレをご婦人方が利用されていましたよ」と、あれやこれや話に花が咲いて、あっという間に1時間ほど過ぎていました。
僕は面白すぎて、まだまだ喋っていたかったけど、家内同伴の手前退散することにしました。

野ざらし展示だから、武田菱家紋瓦も1万円以下で手に入るかも?と思っていましたが、500年ものの瓦で対で5万という値で手が出ませんでした。
でも絵馬瓦は3000円で買って帰りました。

R372~r49で美濃坂峠を越え母子、永沢寺前からr323~r33~r325~長尾山トンネル経由で、阪急山本駅近くの「和菓子・菅家」に17:06寄り道しました。
月曜日が定休日のようで、めぼしい日持ちのしない和菓子は売り切れており、和菓子2個500円・三笠150円を買いました。

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帰宅後、すぐに絵馬瓦を屋敷祠に奉納しました。
2週連続で映画鑑賞で見れなかった「ダーウィンが来た」「軍師官兵衛」を見て21時に寝ました。

丹波篠山ドライブ 3/5

6/22・丹波篠山ドライブ・後川稲荷神社

土曜の晩、次男が帰ってきました。
予定では金曜の晩帰宅で、家内が張り切って用意をしていましたが、仕事が長引き新幹線に乗れなくなって1日遅れました。
土曜の晩帰宅すると家内はお化粧を落とさずに手持ち無沙汰の様子です。
昼に帰ってくると思ってた次男がまだ帰ってこず、「夕食はどうするのかな~、今日帰ってくるのかな~」って言ってます。
「電話してみれば、いいじゃん」と言うと、「掛けて~」・・・僕が電話してみました。

「電話の取れない場所におられるか・・・」の定番アナウンスが聞こえてきたので、新幹線内だと思い風呂に入り出てくると、そのタイミングで電話が鳴りました。
家内が受話器を取り、「今、大阪駅だからあと20分ぐらいで伊丹駅に着く」とのことで、お迎えに上がりました。

駅前で待っていると、明るくやってきて、あ~だこ~だで土曜の晩が終わりました。
相手が息子なのに、化粧を取らずに待ってる家内が可愛いぞ。

日曜日は朝から雨でした。
晴れなら、映画「WOOD JOB」ロケ地をサイクリングする計画でしたが、次男帰宅の報でそれがなくなり、雨でも残念感はないです。
9時になり、マンダイスーパーまで車で買い物に出ました。
春の彼岸からお墓に参っていないので、そのお花を買います。
いくらあってもすぐなくなる500gヨーグルトを6個、パン・・・など買い出ししました。

帰宅後僕は、家内に言われ、隣の実家の庭から道路側に進出してる枝を払ったりゴソゴソしていました。
11時になっても起きてこない次男を起こし、ブランチを食べさせました。
この日は小学生時代の同級生同士の結婚式で、披露宴2次会に呼ばれています。
彼は中学受験して地元中学に通わなかったのに、小学生時代の友達とも交流を続けており、素晴らしいです。
「あべのハルカス」見物してから2次会・東京へ帰るという予定のようです。

雨が上がったので、11:45に家内と車でお墓に向かいました。
r12を北上し、12:17両親が眠る猪名川霊園に到着しました。
3ヶ月ぶりのお墓は、小砂利を敷いているからマシですがそれなりに草が生えており、30分以上草抜き仕事になりま
した。
山にこだまするホトトギスの声を聞き作業していると、目の前の墓標にビタキが止まり、綺麗なさえずりを聞かせてくれました。
僕らを警戒する気配がないので、僕らは景色に同化しているようです。

13:06、お墓を出発しr12を北上。
13:16、「丹波篠山渓谷の森公園」着、昼食にします。
丹波黒豆コロッケ定食770円×2=1540円。
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紫陽花・ヤマボウシを激写し、じっくり見たことのない家内に栗の花を見せます。
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一見花に見えないね。
キャンプ場とバンガローが建ち、大野山登山口でもあります。
所要時間1.5時間。
ホタルが乱舞する羽束川まで徒歩5分なので、今の時期は小さなお子さん連れがいいと思います。
でも、登山駐車500円・コテージ・バンガロー4人用で19500円とは高いな。

r12を少し北上し、後川で左折して気になってた「後川稲荷神社」を探索します。
簡単に見つけられました。
「太平山清陰寺(曹洞宗)」と神仏習合スタイルになっていました。

『室町時代・1423年に創建され、その後荒廃しましたが、1682年に再興しました。境内に後川稲荷神社があります。摂関職・二条家が厚く信仰し、村人の他・杜氏・商人の参拝も多く、お供えの油が鍋からいつも溢れだしていたと言われています。願済みに奉納された大小千数百個の鈴を収納した鈴堂があり、赤く塗られた眷属堂に、真っ白な狐の木像が数十体並ぶ様相には魅惑を感じます。 篠山市』

今や人口流出で小学校も廃校になった後川ですが、伊丹や灘に向かう丹波杜氏往来の要衝地なので、往時のにぎわいを感じる謂れ板の文言です。
歴史あるお宮であることは資料で知っていたけれど、寺院の門扉の壮観は現在の後川集落からは想像できない立派さでした。
北摂第二峰である「大野山」の麓という立地から、深い森がすぐ横まで迫り、かなり感動します。
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案内板に従って境内の横に向かうと、太いご神木に苔むした境内がナイスな稲荷神社です。
家内は稲荷社に直接向かいますが、僕は墓地を先に探索します。
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苔むし角が丸くなった年輪を感じさせる小さな五輪塔に、妙に惹かれました。
稲荷社本殿に向かうと、50はあろうかと思われる朱塗りの鳥居が参道に林立し、信仰の篤さが想像されます。

丹波篠山ドライブ 2/5

6/21・早朝自転車散歩

目覚めが5時を過ぎ、家内が起きた後だったので、早朝自転車をしました。
5月はトータル120km(家内との蒜山高原30kmを含め)ほどでしたが、梅雨に入った今月はバイクも自転車もナシの朝が多くなり、まだトータル25kmです。

定番コースは猪名川土手コースなのですが、野鳥狙いで近所の公園にしました。
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途中に「あじさいロード」があり、綺麗に咲いていました。
公園の池の畔を歩いていると、沢山の三角が浮き沈みしています。
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自転車を置いてベンチに座りじっと見ていると、亀の頭だと分かりました。

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地面に止まったチョウチョを激写したり、鳩を写したりしながら、野鳥が近くに来るのを待ちました。
すずめ・ムクドリ・カラス・シジュウカラ・鳩など、ありふれたのはいっぱいいますが、珍しいのは空振りでした。

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暇なので、池の畔を頻繁に飛ぶ塩辛トンボがホバリングするので、トンボばかりレンズで追いかけて時間となりました。
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カワセミポイントを覗いてみましたが、こっちも空振りでした。
この日の走行距離は、1.21kmにしかならなかったよ。
土曜日だからか、愛犬家がお散歩ついでに公園座談会をやっており、20人ほど集まっていました。

6/19・北摂大野山・早朝ツーリング

4:50に目覚めました。
窓を開けると東の空がオレンジで晴れのようなので、遅いけど早朝ツーリングに出かけることにしました。
家内の起床時間ギリギリなので、超特急で着替え、玄関を脱出しました。

「里山VTR250」を倉庫から出し、車載カメラをセットして出発しました。
定番の長尾山トンネルで北摂里山地帯に入り、r325~r33と走り、ショートカット道上の「西谷農協大池」手前の高台から佐曽利カルデラを一望すると、朝霧が覆っています。
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5:35、大池を激写。

「よっしゃ、朝霧雲海求めて大野山に登ろう」と進路を決定しました。
r319に乗ると朝霧の厚みがいい塩梅になり、僕の好きな太陽です。
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5:40、また激写タイム。

r12・「六瀬」に合流し、r12を北上して「杉生」を左折しr507。
6:00、茅葺屋根を激写、囲炉裏料理屋さんだったと思います。
この県道507は、西にひと山越えた三田市側にもある未開通区間有県道です。
西の山を見ると、谷が西に伸び、大工事をせずとも結べそうなのですが、未着工のままです。
繋がれば便利になるんだけどな・・・。

大野山の山道に入ります。
細いグニャグニャ山道ですが、一方通行なので気が楽です。
でも鹿の濃い山で、夜明けの時間帯なら50%以上の頻度で鹿に遭遇するから、ゆっくり走らないといけません。
6時を回り日の出から1.5時間経ってるので遅く、遭遇はなしでした。
でもリスには会えました。
道路の端を僕を導くように先導してくれました。

猪名川の源流横を通り、6:17山頂着です。
朝霧の上には出れませんでした。北から流れる霧が山頂を越え、真っ白な世界が広がっています。
遠く北摂・丹波から播磨や山城の山並みまで見渡せるのですが、何も見えません。
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大野山名物あじさいがたくさん咲いており、キャンプ場にはテントが一張立っていました。

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山頂に天文台が有るくらいだから、天体観測にいいのでしょう。
アクセスの悪いキャンプ場なのに、ウィークデイでもテントが張られていることが多いので、天体観測狙いだと想像しています。
天文台のドアに、
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『ISS(宇宙ステーション)を見よう! 6/6~6/24』の張り紙が有り、連日の見え始め~見え終わりの時刻表が載っています。
これ狙いなのかも?
『特報 今でしょ! 木星・土星・火星が、同じ空に勢揃い! この機会に望遠鏡必見!』これかも?
『猪名川天文台(アストロピア) 開館日:木金土日祝日 PM1:30~9:30 中学生以下無料・高校生以上200円 1Fプラネタリウム:上映今夜の星空解説他1本 2F望遠鏡による天体観測 昼間の観測:太陽の黒点・プロミネンス・青空のもと
で輝く恒星 夜間の観測:月をはじめ数々の惑星・星雲・星団 072-769-0770』
晴れた日の土日に家族でキャンプしながら、天文台で天体観測というのもナイスな企画です。
『世界初 最新鋭デジタルプラネタリウム登場』だって。

6:35、帰路に着きます。
下りの一方通行道路でも、よく鹿に会うので慎重に下ります。
r507~r12~r319~r33に乗ったとこで、田園に薄い霧がかかりいい感じだったので、7:05激写。
~r33~r325~長尾山トンネルを抜け、7:40帰宅しました。

北摂大野山ツーリング 2/3

6/17・早朝篠山ツーリング 2/2

松永久秀の謀反がなければ、14代将軍職についていたかもしれない義高さんは、家臣に救い出され波多野氏の庇護を受けながら、ここ丹波篠山で成長した。
長じて仏門に入り、京都誓願寺で修行し、篠山高城山の麓に誓願寺を創建した。
波多野氏が信長軍団・明智光秀軍に破れ滅亡し、徳川の世になって篠山城下に移転して行った。
その間に創建した寺院だそうです。
謂れは実に面白いです。

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今回は好きな墓地巡りをしてみました。
畑氏など室町時代以降、篠山の一部を領し戦国時代まで篠山の歴史に登場する苗字のお墓がありました。
寛政や安政という江戸時代中期・後期の年号が書かれた墓石も残り、ナイスな墓地でした。
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山の上に切り開かれた新しい墓地は掃除されていますが、下部の古い墓地敷地内は草茫々で、あまりお手入れされていない感がありました。
まあ、それがまたいいのですが・・・。

6:05、波多野氏の居城・高城山八上城址登城口である「春日神社」前で、また激写タイムです。
すぐ横の骨董品屋・国宝堂の雨ざらしガラクタ?を見て歩きます。
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我が家の家紋・武田菱紋の鬼瓦、七福神鬼瓦、桃鬼瓦、水鬼瓦、立体絵馬瓦、鳥招福瓦・・・何ぼするんやろう・・・「どうぞお盗りください」的に置いてあるから安そうやけど、こんなん買うて庭に置いたら、家内や長男にまた呆れられるなあ・・・。

旧道からR372に合流し、ブーンと西進して、「木枕」からr49に左折し南下開始です。
曲がってすぐ、6:18に以前は立ってなかったと思う謂れ板を発見しストップ。
「義経ゆかりの春日神社」・・・要約すると、『源平一の谷の合戦に向け、義経軍がこの前を西進してると、義経の馬が動かなくなりました。そこに地元の古老が現れ、「ここは勝村と言って春日大明神・加茂大明神・八幡大菩薩を祀っている。馬に乗ったまま通りすぎるのは無礼なり」と言ったので、義経は馬から降り、改めて戦勝祈願し、鞍を奉納した。その鞍にちなんで、駒鞍村と名付けられ現在に至っている。なお義経が奉納した鞍は、春日神社に現存している』。

なるほど、昔は読み優先が多いので、「小枕」になっちゃったのですね。
こういうのを見つけると、嬉しくなっちゃいます。
地名というのは、そう呼ばれるようになった謂れが必ずあります。

山手線に新しく出来る駅名を街頭インタビューで聞いてる映像がTVニュースで流れていましたが、「品川と田町の間だから、田川」という意見があり、たまげました。
新興住宅地にハイカラな地元に縁のない名前が付いたり、中央区などの地名を見るとがっかりしちゃいます。
小学生の時地元の事を習いますが、昔から伝わってる地名は地元愛を感じさせます。
僕の通った小学校は、平安時代の日本最初の征夷大将軍・坂上田村麻呂の出身地で、クラスの「坂上くん」を先生が「子孫かもしれんよ」と持ち上げ、「大鹿」というすぐ近くの地名を、坂上田村麻呂が大きな鹿を見つけて矢で倒したことからそう呼ばれるようになったと教えてくれた。

50年経ってもまだ忘れないんだから、凄いものです。
「小枕」の小学生は、誇りに思ってるだろう。
平安時代最末期に付いた地名が、800年間に誰かが安易に変更していたら、今に伝わっていません。
地名をそのまま伝えることは、先祖を敬い郷土を愛する気持ちを子供に伝えます。

春日神社だから、ここらは藤原氏の荘園だったのでしょう。
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銅葺き屋根の紋を見上げると「上り藤紋」でした。
ちょっと立派な地元密着のお宮という感じの神社でしたが、境内に薬師堂があり、平安時代前期の薬師如来像があると書かれていました。
神仏習合の明治時代以前の形態の日本人の信仰を感じさせました。
摂社が5社も建っており、多くの方の信仰を集めているようです。
ここでもチャリン、僕の人生の感謝と嫡孫くんの健やかな成長をお願いしておきました。

20140617SasayamaS123s.jpg
小枕のお気に入りのr49・直線を過ぎたとこにある「谷松寺」に、6:31寄り道しました。
ずっと気になっていたお寺です。
山を背にした小高く上がった立地で、比高100mほどの背後の山に山城があれば、ここは日頃の政務を司る館立地です。

寺院への石段を上がるとこに「禁葷酒」も石柱が立っています。
禅宗ですね。
上に上がってご寺院を見ると、定番の「立春大吉」の禅宗の札が貼ってありました・・・やっぱり。
ここの墓地にも探索を入れました。
めぼしい墓石は見つからず、江戸風の立派なのもなさそうでした。

r49・「美濃坂峠」を越えて、「母子」地区に入り、喫茶「シュガー」・「永沢寺」前・バイカーズカフェ「虎亀」横を通過しました。
地元小学生が通学しており、バス停で待ってる子もいました。
r49をもう少し下ったとこにある「小野小学校」の校区なのかな?

「花山院」さん横を過ぎ「志手原」交差点に向かうとこで、虎亀さんご夫婦とすれ違いました。
手を振ったら、タンデマーの奥さんが振り返してくれました。
r68~r33~r325~長尾山トンネルを抜けて、7:50に倉庫着。
自宅で装束も全て片付け、隣の実家の仏壇にチンし、朝食のお盆を持ってTV前に落ち着いたら8:10でした。
NHK連続ドラマ「花子とアン」に何とか間に合いました。

北摂の樹花の主役は栗で、草花の主役は葵でした。

篠山早朝ツーリング 4/5

6/17・早朝篠山ツーリング 1/2

目が覚め、窓越しの外はまだ暗いです。
トイレのために階下に下りると時刻は3:50・・・よっしゃ、久しぶりに行くか・・・梅雨に入り、山城攻めが足元が悪いの
で中断し、早朝バイクがご無沙汰になっていました。
雨を得て庭のジャングル化の進行速度が増し、それが気になって早朝自転車&垣根刈り・庭の草刈りばかりしていました。

サクッと着替えて、ソ~っと玄関を抜け出します。
倉庫から「招き猫CB400SB」を出して、阪急山本駅~長尾山トンネル~r325~r33~r319~r12で北上しました。
CB400は相変わらずトルクフルで乗りやすいです。
長尾山トンネル手前、4:30に車載カメラをONにしました。
マイク位置をシート下からスクリーン上部内側に移動しました。

東の空低くがオレンジ色に染まり、朝日が上がって来ているようですが、黄砂が覆っているようで薄曇りです。
日曜日は海から、スカッと六甲山がクリアに見通せたので、黄砂は終わりかな?と思っていたのですが、まだ続くようです。
VTR250ではないので、山城攻めはナシで、篠山・旧山陰道をゆっくり流す予定です。

20140617SasayamaS009s.jpg
ランドマークの西谷農協のとこで、満開の栗の花に出会いました。
半月北摂にご無沙汰していたら、栗の花の季節になっていました。
この後、あちこちに栗が咲いていました。
20140617SasayamaS006s.jpg
横の高い木の上がアオサギの巣のようで、数羽のアオサギが羽をバタバタさせて、夜明けの飛び立ちの準備運動をしていました。
ギャーギャーうるさいです。

西峠を越え、僕の蛍狩りポイント・羽束川を渡り、城東トンネルを抜けました。
トンネル手前で左に入り旧道が、僕を誘う・・・バリケードされているので車両通行は無理ですが、徒歩で探索しようと3年ぐらい前から気になっています。
完全に廃道になってるので、徒歩でもどこまで行けるのか・・・。

r12を北上し、篠山市・日置地区に下りました。
旧山陰道との交差点を左折し、5:28・「磯宮神社」の参道で激写タイムにしました。
20140617SasayamaS010s.jpg
磯宮八幡神社は、鎌倉幕府側から後醍醐天皇に寝返り建武の新政を成した足利尊氏が、後醍醐天皇と袂を分かち、
追われて九州に落ちて行く時、ここで戦勝祈願した謂れが残っています。
尊氏が実を植えた裸がやが、今見事な大木に育ち境内に鎮座しています。

気になってる料理旅館・万為や篠山地区の古民家再生プロジェクトの走り・sasaraiがあります。
寺院や神社は、ずっと税金徴収の対象外にされて来た歴史があり、歴史のランドマークのように日本各地どこにでも古の世界を伝える遺物として、現役の信仰対象として地域の拠り所になっています。
新旧が取り混ざるこういうう風景が好きです。

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5:36、戦国時代にこの地を治めた丹波の雄・波多野氏の居城・高城山麓で、鐘の備わった地区の火の見櫓脇でまた激写タイムします。
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お隣の民家には、我が家はまだなのに、ユリの花が綺麗に咲いています。
他にもいろんな花が咲き、ご一家の花好きが見て取れます。

今読んでるアメリカの脳科学者が著者の「脳は楽観的に考える」には、「庭いじりをしている人」の幸福度が高いそうです。
僕の場合、「チューリップが咲き終わったら」「名も知らぬ雑草の小さな花をむしり取るのは忍びない」とか、なんだかんだ理由をつけて先送りしてるうちに雑草ジャングルになってしまい、仕方なく庭の草刈りしてるのだけど・・・
いつも小奇麗な庭で花が咲いてるお宅は、幸福度が高いのでしょう。

5:42、一度探索したことのある「高城山・十念寺」を再訪します。
浄土宗・西山深草派の末寺のようです。
このお寺は、室町幕府13代将軍・義輝の嫡男・義高が開山しました。

義輝は、幕府政権を実質支配していた三好・松永弾正に襲われ、討ち死にしました。
この事件直後、南都で僧籍に入っていた義輝の弟・後の15代将軍・足利義昭が、幕臣・細川藤孝に助けられ南都を脱出し、やがて織田信長に担ぎ上げられ・・・という流れになります。

義輝は政治手腕もあり、剣術にも長け、名ばかり将軍に成り下がっていた足利将軍職を、将軍新政に戻すべく奮闘し
た優秀な逸材でした。
義藤時代(義藤から義輝に改名)から自分の名の一部を家臣に授ける偏諱を多用し、細川藤孝・毛利輝元・伊達輝宗・上杉輝虎(謙信)・島津義久・武田義信・・・を懐柔していった。
将軍親政になれば現有権力が低下してしまう松永弾正久秀と対立し、下克上されてしまった。

丹波篠山早朝ツーリング 2/5

6/15・レース後映画・「春を背負って」

JPN34・49に続き3番で上マーク回航し、そのままの順位で下マーク回航後、即タックして再び南を攻めました。
これが裏目で、西から入ったブローに乗り遅れ、ビリ3の5位で2上回航になり、そのまま5位フィニッシュ。
Hさんのマストセッティングがいい感じで、ボートスピードが上がり上り角度もいいです。
スタート直後のスターボを走りながら、グッドな感触を得ました。
いい走りだったので、2上レグの冒険コースではなく、セオリー通りのコースなら下マークでJRN34を追い詰めていたので、トップフィニッシュだったかもしれません。
自滅ですね。
でもスキッパーOさんの自信策コースだったのでOKです。
和気あいあいとあ~だこ~だワイワイレース中も軽口叩きながら、楽しみました。

12時過ぎから始まった第2レースは、5レグのロングコースです。
JPN34・49に続いて3位フィニッシュでした。
第2・第3上りレグは目の前のJPN34を追いかけて、走り合い勝負しましたが、JPN34もよく上り早くて追いつけませんでした。
最後の下マーク回航で時間的余裕がなくミスってしまい、スピンに穴を開けちゃったのが痛かった。

5レグのロングコースだったのでこれで終了と思い、フィニッシュボートに声を掛けたら、「もう1レース」との返事が返ってきました。
グア~映画が・・・。

スタート前に数字旗2が上がり5レグ&上マークまで1.2マイルのロングコースです。
JPN46だけ1艇抜け出しトップで上マーク回航しましたが、あとはテールtoノーズです。
僕らはJPN34に続いて3位回航で、2上レグで後ろを離し3位ながらセーフティーリードです。
ここでOさんが西いっぱいに風舳が振り切ったので南だとタックを選択しました。
セオリーなら、他艇より南の位置キープです。

後続艇も含め、コンスタントに西海面がいいので、全艇セオリー通りそのままポートで突っ込んでいきます。
この冒険は、第1レース同様抜かれるリスクだけに見えるけど、スキッパー(艇長)の意思を汲まなければ、船頭多くして船山に登るになっちゃいます。

ストラテジーはスキッパーで、僕はタクティクス担当なので、本船位置を考え、南一本の大冒険コースを微妙に回避する位置でタックを進言します。
ミドル担当のHさんも僕に賛成のようでタック。
次のミートはやはり先行2艇に大きく離され、後続艇のギリギリ前という位置まで追いつかれていました。
でもボートチューニングとスキッパーの腕が冴えボートスピードのアドバンテージがあるので、冒険しなければ後続艇に抜かれる機はしませんでした。
3位キープでフィニッシュ。

僕の好きな上り角度の取れるボートにマストセッティングが成され、8m/sながらバックステイを利かせなくてもヘルムが安定しています。
スキッパーのティラー感触は当たり前ですが、クルー位置から見てもウエザーヘルムがきつすぎるバウの暴れがないです。
カニンガム・アウトホール・バングなど風力の強弱に合わせたチューニングが当たり前ですが、スピードアドバンテージのあるレースが楽しいです。
常勝チームJPN28・52がイマイチでした。

気温も暑からず寒からずでシースプレーが気持よくパンツも濡れましたが、持っていったパドジャケも着ずに、とても気持ちのいい3レースでした。
ハーバーバックは16時を過ぎ、日はまだ高いですが、僕には映画のタイムリミットがあるので焦ります。
レース艇の片付けをすべて終えて通勤リードに戻ると、17:30でした。

家内に電話し、帰宅は無理なので映画館で待ち合わせることにしました。
この日はもう一つ用事がありました。
この日の午後、高校ヨット部同期の病気療養中のS君宅に、中高同級生が集まるとのことで、レース後顔を出す予定でした。
それが無理になってしまいました。

R171を伊丹に戻りました。
朝の快走とは違い、この時間帯は車が多いです。
映画館に着いたのが10分前で、チケットを買ってる間に上映10分前の入場案内が流れました。

18:20、「春を背負って」上映開始。
1週間前の「WOOD JOB」を観た時の予告編が良く、2週連続の映画です。
撮影・監督が同じ方で、映画カメラマンさんが監督をしたようです。
珍しいね。

立山の山小屋を舞台にした映画で、素晴らしい山の景色が広がり、「うわ~」ってなっちゃいました。
立山から富士山が見えるんだと驚きました。
大阪~新潟の飛行機からは、立山・槍ヶ岳・御嶽山・富士山が以外に近いと俯瞰できましが、地上でははるかに遠い印象でした。
山小屋を経営する親父が突然亡くなり、東京の投資会社勤務の主人公・息子が帰ってきます。
原作ではいろいろな展開があるのかもしれませんが、父親の葬儀であとを継ぐことを決めて、大きの気持ちのいい仲間に支えられながら一生懸命に、大自然の中で新たな生活を始めます。
僕の好きな悪者のいないストーリーで、ドラマチックな展開も控えめな秀作でした。

家内はヘルメット持参で来ていました。
映画を観終わりバイクまで戻る時やタンデムでゆっくり走りながら、いろいろ映画のことを話しました。
「僕らには、あんなとこまで登れないなあ」
「あの娘は小さい体なのに、頑張るねえ」・・・。
楽しい週末でした。

もう一ついいことがありました。
この日は父の日でしたが、長男のお嫁さんから、「遼成君が更に成長したから、東京に遊びに来ませんか?チケットはこちらで手配します」のメールが来ました。
長男の貯まったマイルで飛行機のチケットをプレゼントしてくれるようです。
去年11月にも同じことをしてもらい、長男宅でサプライズの僕の誕生会を開いてくれました。
ありがたいことです。
長男が考えたのだろうが、連絡をお嫁さんから家内にさせてる・・・上手に家庭円満のサポートをしているなと感じました。

6/15・ヨットレース日

3人乗りヨットのレース日です。
早朝4時前に目覚めましたが、早朝ツーリングを自重し、ゴソゴソした後、7時前になったので垣根のツツジの手入れをしました。
自宅の周囲2辺の石垣の腰の高さぐらいに20本ぐらいツツジが植わっています。
大学生までは、この手入れは僕の仕事でしたが、仕事を持つようになってからは親父のリタイヤ仕事になり、親父が亡くなってからはまた僕の仕事です。
ずっと植木刈りはさみで刈っていましたが、5年ほど前からは電動刈払い機で楽になりました。
ただ作業時間が朝の出勤前だけなので、今回も3日目の作業です。

ツツジは4月に入り若葉を伸ばし、5月になると白や濃いピンクの花をつけます。
我が家周辺のお宅の石垣にツツジが多く、かなり見事なのですが、花の終わりはあじさい同様みすぼらしいです。
そういえば、我が家のあじさいもブルーの花を咲かせています。

6月に入り花期が終わると、かなりかっこ悪くなる石垣を綺麗にすべく、梅雨の合間を狙っての作業開始です。
石垣の蔦やクローバーが伸び放題になってるので、30分ほどの作業で最後の一部をやっつけ終わりました。
乾いてる側溝に刈り取った葉っぱなどを全て落とし、最後にそれをかき集めて作業終了です。
大きなゴミ袋を担いで庭に戻ると、ジャングル状態になってる庭が目に入ります。
腰が痛くなるので、1日の作業時間を30分と決めているので、夏のお盆まで植物の勢いのあるしばらくは、毎年のことですがエンドレスで草刈りが続きます。
雨の多い日本の恵み故だと、頑張りましょう。

8時になり、ヨットの用意をして通勤リード110で家を出ました。
ずっと探してたパドリングジャケットを早朝のゴソゴソ作業で見つけました。
1つ前のヘリーハンセンの黄色のパドジャケは次男に「いいのあるやん、貸して・・・」の流れから持って行かれちゃったので、クルセーバーの赤のパドジャケを買ったのですが、ここ2~3年行方不明になっていました。

首や手首のゴム部?が経年劣化してポロポロ剥がれます。
それを洗面台で落としていたら、「なにこれ~、外でやったら」と家内にダメ出しを食らい、洗面を掃除して玄関外で落としていたら、コンクリートに黒い点々が付いてしまいました。
中に入ると洗面所前の板の間に張り付いた点々ゴムが取れないと、再び家内に駄目だしされちゃいました。
「新しいの買ったら~」と、言われちゃいました。

最近山用品主力のモンベルが、カヌー用にパドリングジャケットを1万円を切るお値段で売り出しています。
ヨット用より安く、ちょっと気になる。

8:12、近所のセブン-イレブンで辛子明太子・エビマヨおにぎりを200円で購入し、続いて8:15、御用達伊丹産業SSで給油しました。
167km/3.86L=43.3km/L。
R171を西宮に向かってブーンと走り、8:40にハーバー到着です。
陸置きバースのレース艇に行くと、Oさん・Hさんのメンバーが到着済みです。
僕が1番だった先月より10分遅かっただけなのに、他艇メンバーの多くも艤装作業に入っています。
サッカーワールドカップが始まり、朝早くから起きるようになったのかな?

サクッと艤装を終え、9:30には桟橋に降ろされました。
第1レースは11時スタートなので、いつもの様に10時まで出艇を待ちますが、他艇は暇なので次々に出ていきます。
朝からSWが入っているので、スタート位置はハーバーに近いはずですが、他艇メンバーのKG後輩に聞くと、関関戦・国公立戦・インターハイ近畿予選と他に3つのレースがあるそうで、僕らは遠くの海面でのレースになりそうです。

10時になり桟橋を離れ、レース海面に向かいます。
SW・3~4m/sが入っており、天気予報通り6~8m/sのレースになりそうです。
国公立が東・関関戦中央・近畿インターハイが西の芦屋沖と住み分けされており、KYCのレースは関関戦の上マークの風上に設置されました。
赤白灯台の港湾口に向かってのレース海面で、港湾外からの波の影響が上マークに近づくほどありそうです。

R1(第1レース)は遅れ上一でスタートし、波の影響を最小限にするOさんのレースプラン通り、そのままスターボで南に向かいます。
苦しい位置での走りですが、チューニングがバッチリのようで、位置をキープできます。
上一艇JPN46がタックして西海面に向かいました。

JPN52・28がスターボの走り合いに脱落し、タックしてスターンを抜けていきます。
上マークへの微妙な位置に本船が係留されており、2艇の本船の間を抜ける作戦でタックしましたが、微妙に本船のブランケットを食らい、うちに遅れてタックし斜め上後ろにいたJPN49に上並行にまで前に出られ抜かれました。
向こうの方がブランケットがきつかったはずなのに・・・。

6/8・映画・「WOOD JOB」

16時を過ぎ練習を終えハーバーバック指示し、帰路彼女と話しました。
彼女はアメリカの長い夏季休暇の時ヨットキャンプに参加したことがあるそうです。
ヨット部員にキャンパスで声を掛けられ、試乗会に参加したそうです。
アメリカではかなりのステイタスであるヨットクラブだけど、日本では全くのマイナーで驚いたそうです。

試乗会夕食での僕の話で、大学ヨット部はヨットの始まりで、道具を使うスポーツなので卒業後も高いレベルで競技を楽しめ、大型艇に乗って海を渡る世界もあると僕の実体験を交えて話しました。
それを聞いて入部したそうです。
僕のお話勧誘も、役立ってるようで嬉しくなりました。

ハーバーに戻り、みんなに挨拶してハーバーを後にしました。
この日琵琶湖ジュニアの元お父さん2人に会いました。
息子さんたちの話を聞かせてもらいました。

午後の練習最後には、比叡山を越えて雷雨もありそうな小さな黒雲が琵琶湖上空にも張り出して来ましたが、草津の一部に雨が落ちてるのが視認できただけでした。
何もない空が大きく広がる湖面・海面上は近接の陸上の天気が手に取るようにわかります。

湖西線~名神と渋滞なく順調に戻り、尼崎ICで下車しました。
家内と待ち合わせしてるJR尼崎駅前の「ココエ尼崎」映画館に、1時間も前に着きました。
電話すると家内はもうすぐ尼崎駅に着くようで、チケットを購入し映画館前で10分ほど待って合流出来ました。
用事が早めに終わったようで、買い物を自宅に置いてからまた出てきたようです。

この日観る映画は、「WOOD JOB」です。
「道の駅・美杉」をベースにした「夫婦サイクリング」を計画してた周辺がロケ地の映画です。
2ヶ月ほど前に観に行きたいと思ってた映画ですが、先月上映開始されていました。
新聞でロケ地巡りを大々的に応援してる美杉町を目にし、上映時間を見るとロードショー終盤で尼崎の映画館でこの時間帯にやっててラッキーでした。

主演の染谷将太君は、大好きでDVDも買っちゃったドラマ・「10年先も君に恋して」での好演が印象に残っていました。
脇役が伊藤英明で予想通りいい演技をしていました。
大学受験に失敗した若者が、パンフレット表紙の女子に会いたいだけの動機で1年間の林業研修に三重県にやってくる。
林業の枝打ちや木に登るシーン・大木を切り倒すシーンに足をすくませながら、楽しい時間を持てました。
お客さんは、僕らより年配なご夫婦1組だけで、観客4人でほぼ貸し切りで観ることが出来ました。

観終わった家内の第一声は、「すっごく面白かったわ」でした。
「ロケ地巡り」を、美杉サイクリングルートに加えましょう。
ローカル列車シーンが良く、美杉のあの路線は数年前から大雨被害で不通になってるからどこかな?と調べたら、去年の宿泊ツーリングで横を走った明知鉄道だそうです。
いいね!
21:30に帰宅し、幸せ気分で「おやすみなさい」になりました。

6/8・帰国子女が入部してた

1回生はシーホッパー4艇使って、1人乗り練習です。
いっぱいひっくり返って身体で操船を覚えます。
ホッパー担当のインフレータブルボートで、2交代で乗り換えますが、「次おれの番だ!」と楽しそうです。

帰国子女2名女子が入部していました。
イギリスとアメリカからの帰国子女で、アメリカからの娘は6月に向こうを卒業し帰国してから予備校通いしたそうです。
さすがアメリカでもまれただけあって、誰にでも物怖じせず自分の意見を述べています。
彼女は体操係のようで、朝の体操の号令を掛けていました。

レース練習・スタート練習の時計係を買って出たので、彼女に任せましたがナイスでした。
今年の7大学戦はうち担当で、全国から6校がやってきます。
レース運営の主体はうちのクラブなので、1回生は実務部隊です。
来月本番ですが僕の役割指名や指示にもみんなグッドな仕事ぶりで頼もしいです。

微軽風の練習に終始し、ほぼ無風にまで風が落ちたので、クルーを1回生に交代させ、ショートレース練習をしました。
12時にハーバーバックし、合宿所に戻って昼食です。
湖面上空は朝から明るい雲がポコポコと浮き、真夏の空です。
気温もグングン上がり、網戸横で食べていると、湖面から吹いてくるそよ風が気持ちよすぎて、目を閉じれば一瞬で昼寝体制になってしまいそうです。

女子マネさんが作ってくれた昼食を美味しくいただき、ブラブラ歩いてハーバーに戻ります。
朝大きくチューニングを変えた艇の具合を聞くと、まあまあな感触が伝わって来ました。
湖上でしたチューニングを聞くと、あまり風が吹かなかったこともあり、朝僕がアドバイスしたままのようです。
まだパワー不足を感じるようで、マストのプリベンド数値をチェックしながらサイドステイを1ピン詰めました。
当然プリベンドが増すので、マストプラーを一番きつく入れます。
それでも足らないので、艇庫からかまぼこ板を探しださせ、プラーに詰めて目標のプリベンド量にしてメインセイルラフを適正な深さにしてパワーを増すようにセッティングしました。

午後出艇前ブリーフィングで、キャプテンからハーバーバック16:30の指示が出されました。
17時に琵琶湖を出れば余裕で映画に間に合います。
グフフ・・・。

470級の帆走練習に付き合い、2度止めて、遅い2艇のチューニングを変更させます。
その後2艇ともスピード負けしないようになったので、学習したでしょう。
こういうのを部員みんなで共有してほしいです。
朝からチューニング大幅変更した艇は、メインもジブもリーチが明らかに開いてるので、ジブリーダーを更に前にして、メイントラベラーを更に下げてブーム位置を下げられるようにしてメインシートを引かせます。
いい感じのセイルシルエットになり、他艇と互角のスピードになりました。

スタート練習・レース練習の時間になり、僕が乗るコーチボートはマーク設定に向かいましたが、チューニング大幅改造艇からみんなに声を掛け、更にスピード練習をしようとリーダーに提案していました。
いい感触を得たのでしょう。
いいね・・・今めちゃ楽しいでしょう。
ハーバーバック後ペアと話し合いました。
乗ってるものしか感じ得ないさらなる改善ポイントを3人で話し合い、更なるスピードアップへのチューニングの流れを見い出せたようでした。

スタート・ショートレース練習では、またAM時計係してくれたアメリカン帰国子女さんが、1人乗り練習を終えコーチボートに上がってきたタイミングでした。
「また時計係ね、英語でカウントダウンしてよ」
「え~いいんですか~、みんなに変な目で見られませんか?」
「そんなん思うやついないよ、第一ヨットは欧米のスポーツだから国際レースはみんな英語だよ」って言ったら、英語でのカウントダウンが始まりました。

「うぉ~カッコイイ」と、コーチボート上は大盛り上がりです。
「以前はスウェーデン人が部員にいたよ」と話すと、「日本語喋れたんですか?」。
「いいや、息子が担当通訳してたよ。ヨット用語は万国共通だから、大学に入れる英語の学力だったら誰でも出来るよ。大切なのは笑顔」って言っときました。
レース艇の部員も喜んでいるでしょう。
トゥエンティーワンではなく、トゥエニィワン・トゥエニ・・・とカウントダウンが進み、ミスると「オ~オケイ」なんて英語口になってます。
スタート時に「オールフェア」と部員が口にするので、国際レースでは「オールクリア」が標準だよと教え、少しだけインターナショナルになりました。

6/8・隠岐の島ツーリング延期・・・

6/8(日)~9(月)は、半年前から温めていた「隠岐の島ツーリング」の決行日でした。
年に一度の宿泊ツーリングですが、今年は3泊から2泊に減らし沖縄ツーリングを2月に行い、厳しい寒さの大阪を脱出する天国ツーリングしました。
残りの1泊を隠岐の島に当てるべく、決行日を探っていました。

日曜休日の家内に用事があって、僕の月曜の仕事をサボれる日はそう多くはなく、やっと巡ってきたチャンス日でした。
天気も曇りながら雨はなさそうなので、フェリー会社や地元観光協会に電話して、予約状況や宿予約状況を聞きました。
この時期のフェリーは、まあ予約なしでも乗れそうですが3回フェリーに乗るので、予約を入れておいた方が無難だそうです。
宿泊の方は、食事付きなら当日申し込みは厳しそうですが、素泊まりならやる気満々な観光協会の担当女性がどこかを見つけてくれそうです。
地元観光協会は、地元の商工会が地元経済のために躍起になってるので、条件がなければほぼ確実に探してくれるのでありがたいです。

でも梅雨入りした天気は、予報がコロコロ変わり、最終決定を土曜昼まで伸ばしましたが、ついに月曜日の予報が雨から変わらず断念しました。
日曜日も曇り予報で、できれば日差しの降り注ぐ中で海岸線の絶景を望みたいからね。

「明日琵琶湖に行ってくるわ」と家内に伝えた後就寝し、日曜日は、少々残念な気持ちで目覚めました。
天気予報をチェックすると近畿地方は夕方まで曇りで雨の心配はなさそうで、夕方から雨の予報です。
「日中琵琶湖・夜北摂で蛍狩り」を考えていましたが、雨ではホタルも飛びにくいので、18:45~映画鑑賞という予定に切り替え、家内に打診して快諾を得ました。

6時に家を出ました。
バイクで行きたかったのですが、往復高速道路でイマイチだし、夕方からの雨予報が夕立気味になると映画の時間があるので雨宿りする余裕がないので、仕方なく車出動です。
中国道~名神~湖西道路と順調に走りました。
晴れていますが、夕方からの天気予報もあり、バイクは少なめでした。

7時に琵琶湖のヨットハーバーに着き、艤装してる学生に挨拶し、キャプテンとあれやこれや話します。
部員達も笑顔がそこここに溢れ、楽しそうです。
レースでの勝利を追求はしているけど、勝利至上主義に行きすぎてギスギスしたクラブになっちゃうのは本末転倒な気がして嫌です。
学生の本分は学業で、それをしっかりやりながら余暇でスポーツを高いレベルで楽しむのが、プロスポーツではない学生スポーツのあるべき姿だと思っています。

上手下手・体力のあるなしなどで差別せず、部員本人がヨットでいろんな楽しみを見つけて欲しいと思っています。
ある時のヨット部卒業式で、「僕はヨットは上手ではなかったけど、練習を終え西にあるヨットハーバーに向かって帰る時、朱い西日に向かって帰る姿が好きでした。結果は別にして、1日僕の精一杯でヨットを楽しめた充実感で満足が胸いっ
ぱいに広がりました」という言葉を、今でもはっきり覚えています。
ジュニアヨットクラブで子どもたちにヨットを教えている時に文科省のスポーツ指導者資格を取り、依頼定期研修も受けていますが、教科書などに書かれ講習で話されていることを守っていれば、某高校運動部や全日本柔道合宿での不祥事は起こりませんでした。
僕は実際の指導で、スパルタ=成績アップではないことを知っています。

僕は1回だけキャプテンが下級生に度を過ぎて厳しく当たるのを目にし、個人的にキャプテンに注意し、以降その代のコーチングに行かなかったことがあります。
プロスポーツなら、勝利に貢献しない選手を切るのもアリだと思いますが、団体行動・生涯の仲間作り・社会性醸成・社会ルールを守る・目上目下同期との言葉使い挨拶交流・・・いろんなことを学べる場が、学生体育会スポーツ部だと思います。

それでも翌年のキャプテンが、また僕にコーチングの依頼をくれました。
ありがたいことです。
今年も1回生が10人オーバーで入部してくれたので、スナイプ7・470級7・合計14艇での練習が出来ています。

キャプテンとの話し合い後、470級で一番走らないと言われている艇のチューニングを、マストステップの位置から大きく変えるようその艇のペアと話し合い変更しました。
8時に出艇し、午前中はスナイプ級を指導しました。
風力に合わせたジブハリヤードチューニングと、メインセイルトリムをアドバイスし、チューニングアドバイスした2艇はかなり速くなりました。
朝の出艇前ブリーフィングでも、チューニングでのボートスピードの変化の大きさを伝えたので、湖上練習でそれの実践です。
データのノートを口が酸っぱくなるほど常に喋ってるので、ボートにガムテープを貼りマジックで記入しています。

6/1・高野山からのギョエ~生活道路

バイクに戻り、紀伊神谷駅への道はあまりに怪しいので、「高野下駅」まで下りることにしたと家内に告げました。
高野下駅への道も、ぎょえ~な完全離合不能・急坂(バイク同士でも行き交うのは命がけな完全1車線・ガードレールなし・横は急斜面山転がり)ありで、下から上がってくるのは願い下げの道ですが、楽しく1車線区間を下れました。

しかし大収穫がありました。
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15:02、「指定避難場所・元白藤小学校」、廃校になった高野町立・白藤小学校でした。

そして『日本最後の「高野の仇討ち」』現場がありました。
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謂れ板を要約すると、『明治4年2月30日に仇討ちがあった。9年前の播州赤穂藩内で、藩の執政・森主税と参政・村上真輔が自称勤皇派の足軽・西川邦治ら13人に暗殺された。しかし重臣殺しの西川らが罪を赦され、逆に村上一族が閉門・追放となった。この時村上の遺児らは仇討ちを決心した。明治元年になり村上家の再興が認められ、西川らの処遇に困った藩は、彼らを藩の墓所・高野山・釈迦門院の守り役にした。西川らが高野山に向かったその時、村上遺児一派は高野街道を詳細に下調べし、「復讐の地」を探し十分な手配りをして待ち伏せた。宿願を果たし、直轄の五條県庁に自首した。そしてこの事件が直接の原因で、明治6年2月に「仇討禁止令」が出された。村上家の処遇は、1審で全員死罪でしたが、最終的には禁固10年などの判決を得た。全員が自由の身になったのは、明治9年であった。』

山道を下ると、2車線道路になり、川と対岸に道が見えてきました。
GPSを見ると見えているのは、数年前に家内と高野山から自転車で下った時に走った「丹生川」とr102でした。
丹生川のr102の対岸・左岸の道になり、R370に合流しました。

ちょうどr102との合流でゆっくりになったR370を下ってきたSSバイク5台のグループが、「どっから出てくるんや?」な顔で僕らを見ていました。
グループ最後尾に通勤リード110が加わり、数台前を走っている観光バスに続いてゆっくり走ります。
インカムで、「不釣り合いなチームに入っちゃよ~」「うふふ・・・」と家内と会話が弾みます。

九度山駅手前の対向車線路肩に、前部が大破したSS大型バイクが、主のお迎えがないまま佇んでいました。
走り屋のメッカ・「高野龍神スカイライン」は走りませんでしたが、R168でも高速バイクに何台も抜かされました。
ちょっとしたスピードオーバーで、こうなるんだよなあ~・・・
どんな事があってもあっち側のドライバー・ライダーにならないようにと、心を新たにしました。

R370~R371で紀の川を渡り、R24で16時前に「橋本駅」到着。
ここで家内をドロップオフし、家内は電車で僕がバイクで帰路に着きました。

ここからは往路同様のコースを順調に帰り、17:02松原市三宅西・セルフ三宅309で給油しました。
183km/3.4L=53.8km/L。
18時前にr13尼崎某所の路肩から家内に電話をしてみました。
「今どこ?」「まだ大阪」(なんかちょっと声のトーンが低い)
「尼崎まで来てるから駅まで迎えに行こか」「う~ん・・・」
・・・前回乗換駅のJR尼崎を乗り過ごして西宮からバックしてきた時のトーンと同じだ・・・疲れちゃったのかな?

最寄り駅で18:40に家内をピックアップしました。
往路同様、橋本駅から南海高野線に乗ったのに、往路JRから乗り換えた新今宮駅がなく、難波まで行ったら帰り方がわからなくなり遅れたとのことです。
おかしいな、新今宮はJR・南海乗り継ぎの重要駅だから特急でも止まるはずなのに・・・それを言っちゃうとかわい
そうなので、「へ~間違った割に早かったなあ」と笑ってあげました。

スーパーで食料品を買い物して帰宅し、作ってくれたお蕎麦を食べながら「ダーウィンが来た」「軍師官兵衛」を見て寝ました。
次の機会は「奥千丈林道」を、「高野龍神スカイライン」側から下ってみよう。
それなら途中に通行止めがあっても、絶景は望めそうです。

6/1・r53~高野山経由~南海高野線・紀伊神谷駅・・・

気を取り直して、R168までの下りに入ります。
11:47、小さな滝の道端の日陰ポイントで、野外昼食にしました。

山並みを眼下に眺める絶景ポイントでの使用を想定し、「キャプテンスタッグ パレット コンパクトチェアミニ マリンブルー&ピンクを、2脚2000円で購入しました。
夏の庭でのプールで使うのも念頭に。
割合軽く割合丈夫そうで開脚もサルでも分かるワンタッチ操作で、ナイスな買い物だったと思います。

2人共バイクジャケットを脱ぎ、柿の葉寿司を頬張りました。
食事中前を通った車は1台で、上空に鷲が2回やってきて、旋回し様子見していました。
昼食後、R168に出るまで数度、鷲が上空を飛んでる影が僕の前を並走していました。

R168に下りて、今度は北上開始です。
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12:23、「谷瀬の吊り橋」を激写するために横の駐車場にバイクを入れました。
数年前に家内に遥かに遅れましたが、往復渡れたので、僕にはもう楽勝な橋です。
カメラで撮りだすと係の方が来られ、有料の村営駐車場に入れるように指示されました。
そそくさと退散です。
ここはお隣の橋の袂のお店の駐車場かもしれません。
前回はそこで昼食を取ったら無料だったのかも?

されに北上し、r734との分岐を入り、r53経由で高野山に上がろうとしましたが、橋を渡ったとこでここも通行止めでした。
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またR168に戻り、13:00、r53との分岐「野迫川村営バス・小代下停留所」で休憩しました。
ここは9:00と16:00の1日2便です。
行き先は「上垣内(野迫川村役場)」のみで、逆方向の時刻表がありません。
始発停留所かもしれません。

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r53を高野山に向けて登り、13:27・山並みを眼下にする絶景ポイントで激写休憩。
高野山の集落が見え始めR371に合流しましたが、R371は7月まで通行止めのようです。
残念ながら走れなかった「高野龍神スカイライン」が高野山から分岐する「中の橋駐車場」にバイクを入れ、ケーキセットがありそうな「はちよう」というお店に入りました。
僕はケーキセット850円・家内はチーズケーキ470円を食し、クールダウンと糖分補給しました。

何気なく今シーズン購入につき初めて着た僕のジャケット(コミネ・リヴォルノ)を見ると、裏地が着いてました。
冬用ジャケット同様ファスナーを開け、袖のボタンを外して裏地を外しました。
もっと早く気付けばよかった。
ここまで真夏の暑さに耐えていました。

14:20にお店を出て、帰路につきます。
地図を見て南海高野線沿いを下るr118があるのを確認済みです。
観光バスが走り渋滞するR480~R370は、地元の人は使わないだろうとの読みで、裏道探しです。
R371は交通量が少なすぎるので、別に道があるはずです。

「女人堂」を越え、バス専用道になる直前にそれを発見!
しかし、がけ崩れなのか「通行止め」でした。
14:38、「女人堂」まで引き返し、初訪問。
謂れ板によると、『女人堂 高野山の北西の入り口にある不動口にいまだ残る女人堂は、1000年余りの間女人禁制であった高野山の7つの入口にそれぞれ建っていた女人堂の唯一の残存建造物である。昔、女性はここから山内に入ることが許されなかった。』

次の手です。
高野警察署を左折します。
地図を見ての野生の勘で、県道指定はされていませんが、こちらの方が太そうなので、高野山地元民の生活道路と予想した道です。

予想通り2車線の快適ワインディングで下り始めますが、完全な1車線山道林道に変身し、まともな道標もない車で走りたくない怪しさ満点の道になりました。
多くの分岐があり、GPSには載っていない道なので、画面を見ながら南海高野線に沿うように適当に走ります。
ホンマにどっちかわからん時はそこで止まっていたら、地元和歌山ナンバーの軽自動車がやってきて行く方、またはやってくる方に行けば正解です。
1台だけ「迷ってるぞ」な他府県ナンバー車が下って行きましたが、適当に交通量があり、予想通り高野山住民の生活道路でした。

当初のミッションは、「南海高野線終点駅・極楽橋」で家内をドロップオフするものでしたが、女人堂県道クローズにより、次の駅「紀伊神谷」にてドロップオフに切り替えています。
山中の乗降客なんてほとんどいない駅だろうから、電車に乗るまで一緒にいると家内には話していました。

「紀伊神谷」への分岐道に入ったら、路上落ち枝・落ち葉が半端なくなったので、家内をバイクに残し徒歩探索開始です。
カーブを曲がると下につづら折れで舗装路が続いており行けそうですが、屋根に登ってペンキを塗っていた民家がありました。
「すいませ~ん」と下から呼び上げ、「この道、紀伊神谷駅に行けますか?」
下にいた住民が2人、家の影から出てきて、「行けるよ、すぐだよ。それで最終的にはどこに行くの?」ってことで、「高野下駅」までの一本道を教えてもらいました。
「景色がいいし、面白い道だよ」って、僕のバイク装束を見てオフ車の探検好きと思ってニコニコ笑っています。

6/1・奥千丈林道の絶景手前で・・・

10:52分岐でバス停を発見しまた休憩です。
「十津川村・入谷口バス停、時刻表を見ると1日3往復で、土曜1往復、日曜祝日が運行なしでした。
出かける用事のある車を動かせない方は、家族や近所に声を掛けて乗せて行ってもらうのでしょう。

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これから向かう「高野龍神スカイライン」の案内以外に、「世界遺産・熊野参詣道・小辺路、伯母子峠登山口・三浦峠登山口」の案内板がありました。
ここから小辺路の峠に登り、小辺路で熊野を目指す人がいるのでしょう。
この南北に伸びる山塊の尾根道が小辺路で、南北に伸びる谷筋である十津川・R168を隔てて1つ東の南北の尾根(吉野~山上ヶ岳~大峰山系)の行者道も、大峰奥駈道として世界遺産・熊野古道の一つです。

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日本古来の山岳信仰と密教系の山岳修行仏教が結びついた行者信仰は、これぞ修行という感じがして惹かれます。
大峯奥駈道沿いの林道をバイクで走った時、吉野で見かけた行者装束の方や、奥駈道と林道が交差するとこで突然姿を表した現代の修行者には、僕の生きている世界とは別の世界に生きる人を感じました。

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道の横遙か下を走るのは十津川の支流ですが、小さく見えるシャベルカーがウィークデーは浚渫作業をしているのだろう。
山奥なのに川幅が広く、雨毎に山から崩れ落ちる岩や土で、エンドレスな作業が続いているものと思われます。
都会のコンクリートビルを作る砂砂利材料に最高品質なのでしょう。

11:08、「五百瀬小学校」到着。
集落の大きさからして廃校になってそうな学校で、1人なら当然確かめに行くのですがパスします。
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「南朝史跡・腰抜田」という石碑が立っていました。
謂れ板も立っており、『南北朝の頃、大塔宮護良親王は北朝方の追っ手から逃れ、一時十津川郷に難を避けられ五百瀬を通過しようとしたとき、五百瀬の荘司に行く手を遮られた。
荘司は宮の通行を認める代わりに、「家来か錦の御旗を置いていけ」と要求した。
宮は大事な家来を置いていくわけにはいかないと、止むなく錦の御旗を置いて通行を許された。暫くして宮の一行に遅れてた家来の村上彦四郎が荘司の館を通りかかり、錦の御旗のあるのを見付け、大いに怒り、荘司の家来を水田の中に投げ飛ばし、錦の御旗を奪い返して宮の後を追った。
その時、投げ飛ばされた家来が、腰を抜かしたのでその田を腰抜田というようになったという。
腰抜田は明治の大水害によって埋没し、現在は歴史を秘めたまま川底にねむっている』

大塔宮護良親王は、鎌倉幕府討滅・建武の新政・室町幕府と時代が変わる大変革の「太平記」の時代の主役・後醍醐天皇の嫡男で、天皇の命を受けて地方豪族に声を掛けて回る準主役級です。
最後は鎌倉幕府軍に捉えられ、鎌倉で討たれました。

錦の御旗は、平清盛が頼朝・義経の父である源義朝を討った平治の乱や、鎌倉幕府崩壊から南北朝時代、そして近くは明治新政府軍に錦の御旗が掲げられた時を境に圧倒的な軍勢を催した江戸幕府軍が鳥羽伏見の戦いで惨敗してしまうなど、「天皇軍」の象徴です。
これを人質に取る荘司も度胸があります。

『平維盛の墓 平安時代末期の武将で平清盛の孫。源平合戦の最中、屋島から逃れ高野山に入り、那智の滝で入水したと言われる(享年27才)。しかし、十津川村に伝わる伝承によれば、「維盛は五百瀬に亡命し、その血統は代々小松姓を名乗り、平家重代の宝刀小鳥丸を伝え、屋敷は政所屋敷と言った」とある。ここにある祠が、平維盛の墓と伝えられている。』

ふふふ、小松姓か・・・
維盛の父・平重盛は平清盛の嫡男で伊勢平氏太郎の嫡流です。
清盛引退後、平家政権の実権は重盛に移りますが、清盛より先に病没し、清盛が復帰したものの平氏政権の実務は清盛兄弟やその子達に流れ、維盛は飾り物的になっていたそうです。
よって清盛の嫡孫でありながら源平合戦中盤の屋島敗戦で平家軍から離脱出来たのでしょう。

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平家再生を願い、父・重盛が京都六波羅小松第に居を構えたことから「小松殿」と呼ばれてたので、「小松」姓にしたのでしょう。
ここらは僕の歴史好きにヒット・ヒット・ヒットです。
この奥にどんな歴史秘話が待っているのだろう?
絶景の奥千丈林道に期待が膨らみます。

が・・・、ここからすぐのとこに、「高野龍神スカイラインまでは行けません」の工事看板が・・・。
道路完全封鎖のバリケード工事看板じゃないけど、女子連れのこともあるので、泣く泣くUターンすることにしました。
地図をめくり、次案r53経由高野山コースに変更しました。

6/1・奥千丈林道の絶景を目指して 2/2

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「Koya Trail・弘法大師の道」というシールが木に巻き付けてあり、「弘法大師空海・高野山発見の道・学術調査隊」という木札も下がっています。
すぐ横の森が拓かれ、不釣り合いな真新しい砂防工事が成されています。
がけ崩れ修復跡のようです。

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「止め山」の杭が立っています。
「止め山につき、阪本分収造林地内への入山を禁止します。期間9/1~11/30。 阪本分収造林委員会」と書かれてお
り、期間を考えると、松茸山への入山禁止看板のようです。
ここまで来る間、「止山」や「止め山」の看板やナイロンロープを多数目にしましたが、松茸密猟禁止を目的にしたものだったようです。
「止山」とは権利人以外入山禁止ということです。

杭裏に山への獣道が登っており、登山道かと思いましたが、「お願い 送電線の付近で・・・ 電源開発株橋本送電所」の立て札もあったので、送電線点検路のようです。

カメラで家内を追いかけていると、ヘルメットがでかいです。
これまで家内のヘルメットは、僕とタンデムを始めた時にバイクセブンで買った125cc以下用のバーゲン品でした。
ヘルメットを落としてシールドにライン傷が入りましたが、安物故シールド交換出来ないので、そのまま使っていました。

1年以上前にホンダドリームで、僕の通勤用次期ヘルメットとして、10500円で棚に飾ってあった「OGK・アバント」というヘルメットを買いました。
横にも同じアバントが並んでいたのに、値段が倍でした。
「なぜ、同じものでお値段が違うのですか?」と聞くと、アバント2にモデルチェンジしたので、旧品を半額にしたそうです。
「白色はありませんか?」「もう1サイズ大きいのはありませんか?」と聞きましたが、現品「赤・サイズL」のみだそうです。
定価2万円のヘルメットで通勤用なんて贅沢だと思ったけど、被り心地も良かったので買っちゃいました。
1サイズ上を所望したのは、ピッタリよりゆったり好き故です。
Lでも特に問題なしです。

塩漬け中だったのですが、スモークシールドも購入済だったので、家内の日焼け止め対策で今回使ってもらおうと考えました。
いつまでも色白美人がいいです。
2日前に家内に被らせると、ちょうどいいと言います。
ジェットヘルですが、頬の部分が更に前までカバーされるようになっておりより安全そうで、もらえると思って大喜びしてる家内を見て、取り上げることができなくなりあげることにしました。
ヘルメットを被るといつも目の前に筋があり、とても気になっていたそうです。

すぐにスモークシールドに交換し、本日のために用意しました。
安全性が高まったヘルメットは、緩衝材が多く入ってるので帽体が一回り大き目です。
華奢な体型の家内が被ると、幼児漫画の主人公のように頭でっかちになって可愛い。

そこからグングン下りになり、R168に合流しました。
ちょうど30台ほどのバイク集団が前を南下していき、今までの道とは大違いで「都会に出た」感覚になりました。
R168を少し北にバックし、9:37・「道の駅・大塔」到着。
バイクが20台ほど休憩しています。
トイレタイムにし、前回ここで買おうか迷った「箸」をまた物色し、「亀甲箸・440円」購入。

ここから、R168をしばらく南下します。
ナビで「護摩壇山」を目的地に設定すると、到着予定時間は11:30ですが、最短のr53~野迫川町経由です。
奥千丈林道経由だと、更に+1時間のはずです。

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2年前の大災害のがけ崩れ跡が見え出してきました。
当時寸断されたR168の復旧工事と、より災害に強い道への架替工事が同時進行で進んでいます。
1つの大規模がけ崩れ現場だけでも、東京ドーム何杯分の土砂が流れたのだろうと思える程の規模で、やはりニュース映像より現場で見る方がリアルです。
数軒の家とともに人命が失われた現場もすぐ分かりました。
まだその道路は寸断されたままです。
対岸の仮設高架道路にバイクを停めましたが、車やバイクが通る度に揺れます。

r734の分岐も過ぎ、家内と僕の高所恐怖症気味を克服するための吊り橋渡りの総仕上げでチャレンジした「谷瀬の吊り橋」を通過しました。
いよいよr733への分岐ですが、小さなトンネルを出てすぐ右折のようです。
タンデム通勤リードは遅いので、車やバイクに抜いてもらいながらここまで来ましたが、トンネルに入るとバイクの爆音がトンネル内に響き、グングン近づいてくるヘッドライトにビビります。
そしてなんとトンネル内で抜いていきます。
トンネル出口がカーブになっており、グループバイクの最後の1台が僕に引っかかってまだ後ろです。
こんな状況で右折ウインカーなんて出せないので、左ウインカーを出しながらトンネルを脱出しました。

前の見通しが良くなり後続バイクが抜いていってくれたので、僕は慎重にUターンして、なんとかr733に侵入することが出来ました。
ここからはR168と打って変わって、渓谷沿いの細道です。
10:40、ダム湖に掛かる橋で休憩しました。
交通量はほぼなしです。
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下のダム湖にはバス釣りボートなのか数隻の釣り人が当たりを探っています。
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のんびりと森の道を上がると、10:48少し見栄えのいい滝がありまた激写休憩しました。

6/1・奥千丈林道の絶景を目指して 1/2

日曜日は家内も予定なしだったので、8:00・和歌山・南海橋本駅で家内をピックアップ~r55~r732~道の駅・大塔~R168~r733~奥千丈林道~護摩壇山~R371・高野龍神スカイライン~高野山~南海高野線沿い林道~14:00・橋本駅ドロップオフ・タンデムツーリングを予定しました。
1週間前は曇だった天気予報は日に日に好転し、「晴れ」しかも今年一番の夏本番の暑さになるとか。

楽しみで3時台に目覚めましたが、あまりに早いので二度寝にして5時に起床しました。
最寄り駅6時の電車に乗せるべく、5:40に家内を乗せて自宅を出ました。

駅に家内を下ろし、r13を南下~R43を東進。
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天王寺駅が近づくと前方に高いビルが見えてきました。「ひょっとしたら、あれが「あべのハルカス」なのかな?」と思い、6:21激写。
JR天王寺駅前信号待ちでその高いビルの根本を見ると、「あべのハルカス」って書いてあります。
JR駅に隣接する近鉄阿倍野駅ビルが「あべのハルカス」だったのですね。
地図を見て、天王寺区と阿倍野区とここで隣接していると知りました。
このビルは今までも何度も見ていました。

天王寺駅を過ぎると、道なりにR25になり、藤井寺・柏原という生駒山系と南の葛城金剛山系との鞍部を越え大和盆地に抜け、大和郡山~伊賀~亀山へと繋がっています。
平野からR309にチェンジし南下、阪和道・美原下を抜け、富田林でR170。
7:07、次男の会社の展示施設で激写休憩。

河内長野からR310~R371・高野街道で南東進します。
南海高野線と並走になり「南海千早口駅」が見え、遠いけど楠木正成の本拠地の方を眺め妄想します。
家内の乗った電車は、今どこら辺だろうか?

金剛山系をトンネルで抜け、7:38・「橋本ニュータウンSS」で給油しました。
134km/3.15L=42.5km/L。
橋本で給油しておかないと、高野山まで開いてるGSがあるかどうかわかりません。

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7:58・「JR・南海・橋本駅」到着。
ここみたいに隣接する駅は同じ名でないと土地勘のない人にはわかり難いね。
JR天王寺駅&近鉄阿倍野駅、JR大阪駅&阪急梅田駅など徒歩数分とは想像できません。
僕の渡した家内の行動表では7:50橋本駅着なので駅前を見渡しましたが、家内はまだのようです。
携帯電話の電源をONにしましたが、着信履歴がないので問題ないでしょう。

方向音痴の家内のことだから、いつものようにどこかでウロウロ道草して遅れているな。
トイレを拝借し、8:02・「橋本駅ショップ・たなか」で「柿の葉鯖寿司・800円」購入。
キャンプ用ミニ折りたたみチェアを持ってきたので、奥千丈林道の絶景ポイントで昼食として食べるつもりです。

駅前で、「橋本歴史ハイキング」の案内看板を眺め、輪行してきたジャイアントのバイクを組み立てている男性に声を掛け、本日の行程など話しました。
行者環に行くそうです。
R309~モリクロふらふら~R169周回コースなのでしょう、僕にはとても無理な健脚です。

ジャイアントさんを見送ると、家内が「待った~」って笑顔でやって来ました。
やはり途中でミスり、南海高野線の電車に1本乗り遅れたそうです。
駅内乗り継ぎの余裕が10分あるのに、何で乗り遅れるのだろう?
家内の後をストーカーして、おもしろ行動を見たいものです。
十分漫才ネタになると思われます。

今年プレゼントしたおニューのプロテクタージャケットは着てきてるので、家内にバイク用プロテクターパンツを履かせ、出発します。
次の目標地は「道の駅・大塔」ですが、R24~R168だと面白くないので、紀の川対岸に渡りr55を東進します。

r732に入り、これで南下します。
すぐにグングン高度を上げ、1.5車線県道横は深い渓谷です。
森の中の道で、野鳥のさえずりと絶景を家内とインカムで会話しながら楽しみます。
8:43、素敵な景色ポイントで激写タイム。
リアボックス背もたれがあるとはいえ、後部座席の窮屈な姿勢の家内を長持ちさせるためには、こまめな休憩が必要です。
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こんな山奥の急峻な斜面の中腹に民家があります。
四国でも九州でも信州でも、「なぜこんなところに住むのかな?」ってとこに家があります。

「富貴」の集落は、意外にも大きな集落でした。
「小学校がある!」と、都会では感動もしないことに家内とはしゃぎます。
車では絶対に走りたくない細道山道をうねうね20~30kmで進みます。
大塔まで、高速道路80km/h・一般道30km/h設定しているナビに案内させていますが、到着予定時刻がどんどん遅れていきます。

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9:20・和歌山県高野町と奈良県五條市の境の山中で休憩。
五條市から高野町に入ったのに、また五條市に入ります。
山中なので複雑な境になってるのでしょう。

5/30・宝塚・塩尾寺・早朝ツーリング

4時半に目覚めました。
窓の外は暗くはありませんが、この時間にしては明るさがイマイチです。
天気予報では「晴れ」と言ってたのに、曇ってるのかな?
まさか雨はないよね・・・ってことで、倉庫から家内用「アドレスV125」を出します。

ガソリン満タン・空気圧良しなので、R176を西進します。
「宝塚・小浜」交差点を左折し、「阪急・逆瀬川駅」を六甲山側に登ります。
・・・あれ?なんか脳内地図と違うぞ・・・あっそうか・・・「阪急・宝塚南口」駅に移動し、高架をくぐって山側に入り、住宅地を適当に登ります。

「甲子園大学」の案内板を見つけ、それに向かいます。
この日のお題は、「塩尾寺」です。
「六甲山縦走」を調べた時、ここから塩っぱい温泉が湧き出し、それが今の宝塚温泉の起源との記述を見つけ興味を持ちました。
その現地調査です。

「甲子園大学」脇を通る車道の突き当りに「塩尾寺」があり、大阪平野が一望で夜景がナイスだとか・・・夏のデートコース・ラインナップに入れられるかも?
勾配のきつい高台住宅地内の迷路のような道を上がると甲子園大学にたどり着きました。
ここらのゴミ収集用道路脇のゴミステーションは、ホームセンターで売ってるパイプ&網で作られており、統一されています。
ホトトギスの鳴き声が聞こえる自然豊かな森がすぐ横なので、いろんな小動物がゴミをあさりに来るのでしょう。

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ナイスなゴミステーションの作りです。
我が家の垣根横が近隣のお宅のゴミステーションで、早朝のゴミ箱準備当番を我が家がずっとしています。
厳密には、我が家というより、家内がしてます。
夫婦共稼ぎなので片付けが出来ないから、他のお宅がゴミ回収後に我が家の敷地内にゴミボックスを片付けて
くれます。
時々カラスにやられ、早朝バイクから帰宅後、僕はその掃除をやる羽目になっています。
美容命の家内は、スッピンでは表に出ない人で、結婚前の親に内緒お泊りの時は、夜洗面した後電気を消して部屋に入って来て、僕より早く起きてお化粧してました。
電気つけたら、怒られました。

僕も真似して作ってみようかな?
住宅地内に住宅地案内板が立ち、六甲山縦走コースの宝塚側ポイントになってる「塩尾寺」の案内板も交差点に立ってるので、迷いませんでした。
甲子園大学を過ぎると道は一本道です。
でも勾配は更にきつくなり、道幅も1.5車線なので車では上がりたくない道です。
なんとなく急そうだったので、いつものVTRをやめてアドレスで来たのは正解でした。
コンクリート舗装の「暗峠」並の部分もあります。

しかもまだ6時だというのに、朝の散歩や軽いリュック姿の六甲山山登りおばちゃんがポツポツ歩いています。
雨水が削った自然地形なのでしょうが、中世の山城造作を想像させる深い竪堀が入っていたり、よく山道の道路で歩いてる野鳥・セキレイを激写してたら、おばちゃん達と追いつ抜かれつになっちゃいました。

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5:14、「えんぺい寺・休憩所」という広場に着きました。
「白鳥大神」祠と不動明王・石仏が立っていました。
どうやら黄砂のようで空がかすみ、朝日も黄砂の向こうに朱く滲んでいます。
残念な景色ですが、武庫川が眼下を流れ、大阪平野を低く一望できそうです。

5:22、ヘアピンカーブ外・崖側の未舗装車2台分ほどのスペースにバイクを停めました。
さっきの休憩所の一段上の展望です。
20140530EnpeijiS018s.jpg
眼下に武庫川・宝塚歌劇場・甲子園大学グラウンドが見えます。
夜景ポイントではあるけど、道中の勾配と道の狭さが女子を怖がらせますね。
車で夜景デートには不向きです。
来るなら原付二種スクーターです。
50ccなら息継ぎしながら登ることになるでしょう。

20140530EnpeijiS041s.jpg
急勾配でバイクが止められず、勾配のゆるいとこにバイクを停めて撮りましたが、「白鷹大明神」「道守大明神」「松助大明神」の3つの祠が並んでいました。
祠を隠すように小石が積まれています。
お百度参りでもするのだろうか?

5:30、「潮泉山・塩尾山」に到着。
由緒ある古刹という雰囲気はなく、ごく普通のお寺でした。
期待した謂れ板はなかったけど、大き目の梵鐘が下がっていました。
ここで撞けば、広く市内に届くでしょう。

20140530EnpeijiS028s.jpg
横に、「山陽自然歩道・太平山を経て六甲最高峰に至る」「近畿自然歩道・六甲全山縦走・・・」の道標が立っていました。
ここから細い山道です。
しばらくのんびりしてると、リュックのおばちゃん達は山道を上がっていき、お散歩さん達はお寺でお参りしてUターンのようです。
下の住宅地にお住まいの方のお散歩コースのようです。
六甲山一軒茶屋から、ここに下りてくるコースを、「夫婦でトレッキング」のアイテムに加えようと目論んでいます。

ブーンと下り、5:56・宝塚大劇場裏の「宝塚大橋」で激写タイムして、帰宅しました。
お寺からの景色を家内に話し、次回一緒にと誘うと、「宝塚の花火が綺麗に見えるかも?」だって。
フムフム・・・

宝塚・塩尾寺ツーリング

5/28・北摂早朝ツーリング

目覚めたら窓の外がうっすら明るい・・・時計を見ると4時半なので、早朝ツーリングを決行します。
ここ数日起床が家内に負けて、早朝サイクリングでお茶を濁していました。
速攻で着替えて倉庫から、「招き猫CB400SB」を出しました。

ハイグレード車載カメラとして導入した「ニコンP7100」ですが、395gという本体重量の重さによる振動の大きさ故お蔵入りしてたのを、マウント方法を変更して再挑戦です。
結果は、マシにはなったものの再び敗戦でした。
やはり200g以下が目安のようです。

4時に出発し、長尾山トンネル~r325~r33・・・、5:33・定点観測ポイントの「波豆八坂神社」前到着。
20140528HokusetsuS006s.jpg
麦畑に朝日が低く入り、麦穂が輝いています。
いい塩梅の夜露がキラキラして、とても綺麗です。
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水田の方は、苗を植え終わってる田もあるし、まだ水を張っただけのもあります。
雲ひとつないかすみ気味の青い空が素晴らしい。
同じ晴れた空でも、日中のそれとは違う清々しさが夜明け直後の朝にあります。
神社奥の山にホトトギスが渡来したようで、今年北摂初のホトトギスの鳴き声が聞こえます。
よく麦畑で追いかけっこをしているキジの声も聞こえます。

r323を西進し、大坂峠を越え「高平」地区へ。
r37に乗り北上し、羽束川の恵みが生む十倉の穀倉地帯を走り、「小柿渓谷」で羽束川を遡っていると、川の畔に
いた牝鹿の成獣が道路に出てきたのでブレーキを掛けたら、僕の前を横切って慌てて山に入って行きました。
「後川奥林道」で「永沢寺」の方に上がっていると、牝鹿&子鹿5頭が道路の真ん中で井戸端会議をしていました。
20mほど手前で止まったら、慌てて左右に別れて山側・谷側の山に逃げて行きました。
この日は6頭の鹿と、交通事故に遭い残念な結果で路上に横たわっているタヌキ1・狐1の小動物に会えました。
タヌキはありふれていますが、狐はちょっと珍しいのでかなりスピードを落として確認しました。
子狐でしたが、ワンちゃんみたいな精悍な顔にフカフカの尻尾は狐に間違いないと思います。
北摂初見なので、北摂にも狐がまだいるんだとビックリしました。
一昨年九州阿蘇で見た狐が大きく素晴らしい跳躍で原っぱを飛び走っていたのを思い出しました。

-------
宮内庁は27日、高円宮家の次女、典子さま(25)と出雲大社の神職、 千家国麿(せんげ・くにまろ)さん(40)の婚約が内定したと発表した。
出雲国造家の始祖といえば天穂日命。
『天照大神の第二子。葦原中国平定のために出雲の大国主神の元に遣わされたが、大国主神を説得するうちに心服してその家来になってしまい、地上に住み着いて3年間高天原に戻らなかった。
その後、出雲にイザナミを祭る神魂神社(島根県松江市)を建て、子の建比良鳥命は出雲国造らの祖神となったとされる。』

というように神話ではなっていますが、実際には出雲族の首長が出雲国造家ということになるのではと思います。
大和政権と平和的に合流し、その首長・天皇家の先祖を語る神話に高位置で組み込まれたのではないか・・・と僕は推測しています。
ライバル関係のA・B社が合併するとき、有力なA社が一歩引いて会長と社長職を対等に割り振り、社内融和をする手法に似ていますが、血のつながりを創造することで更に強力になってる。

今までにもあったのだろうが、2800年の時を経て、ほんまに血縁関係になった・・・
しかも、世界一と世界2番目の旧家の婚約・・・
僕には、ギネスブック級の出来事のように思います。

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6/8(日)・9(月)と、1泊隠岐の島ツーリングに行こうと計画していましたが、昨日の週間天気予報から予報が悪化し、計画倒れしそうです。
日中家内が用事ありなのでツーリングに出たかったのですが、雨でも平気な船活動が無難かな・・・
帰宅後、家内を誘って今年初のホタル鑑賞に北摂に行くのもいいかも・・・。

5/25・蒜山サイクリングロード&大山 4/4

ここから、ナビに自宅を設定し、帰路に着きます。
長い下りをオーバートップカットで下ると、すぐに「米子自動車道・溝口IC」でした。
片側1車線&トンネルだらけの米子道を後続車に恐縮しながら+10で走り、蒜山ICぐらいから2車線になり気楽になりました。

「落合JCT」で中国道に合流し、16:40「勝央SA」で休憩しました。
一気走りし過ぎたようで、少し眠たくなっちゃったので「練乳いちごアイス・130円」をベンチに座って食べました。
何気なく駐車場方向を見ていると、「ん?あれは・・・」、見覚えのあるBMW+梵字付きでかいサイドバック・バイクが、数台のバイクを引き連れて入ってきました。
白のCB400は・・さん+黄色のBMWは・・さん。
遠くの駐車場所に停まりました。
しばらくして、あのアメリカンバイクは・・さんの新車かな?いつものケツ持ちは副リーダー・・さん。
おにぎりを買って戻ってきた家内に、「数度お世話になったグループさんみたい」と話し、食べ終わって出発する時その駐車位置に移動すると、リーダさんが歩いており、「こんにちは・・・」と挨拶して、お先に失礼させて頂きました。

17:57、次のSA・「加西サービスエリア」到着。
トイレに寄り、いつもならお高いので買わないのですが、「せっかく蒜山に行ってきたんだから」と言う家内の言葉に促され、「ジャージー牛乳ソフト・242円」を買っちゃいました。
またBMWリーダー・グループが入ってきました。
「また会ったね」「休憩するとこは、そんなにないからね」

宝塚トンネル渋滞14kmの表示なので、18:12・「加西サービスエリア上り・西日本宇佐美」で10Lのみ給油して、残量を半分まで戻しました。
加西SAで夕食も考えたのですが、家内は勝央SAでおにぎりを食べたからまだお腹が空いていないようなので、家の近くで食べることにしました。

宝塚IC下車で、19時過ぎて自宅近くになり、「天下一品」で定番のチャーハンセットを食べました。
帰宅後、荷物おろして、自転車も玄関内の所定位置に戻し、荷物の片付けを終えたら20:46でした。
大河ドラマで「だし」さんを見れなかったのが残念ですが、楽しい1日になりました。
風呂に入って21時過ぎに床につきました。

蒜山サイクリングロード&大山 4/4

5/25・蒜山サイクリングロード&大山 3/4

12:11、精算して「高原ルート」に出発です。
木彫のトーテムポールのような「スイトン」君がいろんなところに立っています。
魔除けなのかな?

遊園地外周を回って、車道沿いの自転車歩行者道のアップダウンを東に向かいます。
ライディングパーク(きっと乗馬できるのでしょう)や蒜山登山口を経て、下り基調の森の道を気持ちよく進みます。
20140525HiruS084s.jpg
車道よりアップダウンが少なく整備されており、左手の蒜山側は牧草地が山に向かって広がり、笑顔がこぼれます。
20140525HiruS087s.jpg
時々止まって激写タイムやカッコー・ホトトギスの歌に耳を傾けていると、パノラマルートより少し多めの自転車が通ります。
といっても「たまに」のレベルですが。
20140525HiruS088s.jpg

12:59、「道の駅・蒜山高原・サイクリングターミナル」到着。
横に「ホテル蒜山ヒルズ」というのがありました。
マウンテンバイク大人300円/h・子供150円/hで、レンタル自転車を見た家内は、「普通の自転車ね重そう、電動式はなかったし・・・」と、一人前を言っています。
20140525HiruS099s.jpg

家内が僕が自転車に乗ってるとこを写すというので、カメラを渡しました。
「あれ~、全然見えないよ」
「日中の屋外だから、液晶が太陽の光に負けて見えないの」
「お父さん、これでよく写してるね」
「うん、だいたいこんなもんだろうと、適当に写してるの。それでも自動でうまく写るの」
「へ~」
20140525HiruS108s.jpg
激写後、「写ってるかどうかわからないよ」と戻されましたが、うまく写せていました。

20140525HiruS109s.jpg
13:40、車に戻りました。
走行時間2:43:17・距離35.87km・平均速度13.1km/h・最高速度40.7km/h。
高原ルートは、蒜山高原中心部からここに向かって、下り基調なのでいいです。
パノラマルートを先に走るのが良さそうです。

自転車を車に乗せ、まだ14時前なので、大山見物に向かいました。
家内は、「ちょうどいい距離だったわ」と満足そうです。
息子たち家族と来れたらな~と、レンタル自転車のことなど妄想計画を話してくれました。

自転車で下ってきたr422を西に進み、蒜山高原遊園地からr114を登ります。
14:15、「鬼女台展望台」。
大山手前のとんがった山がカッコイイ。
小さな売店があり、僕はどう見ても瓶入りコーヒー牛乳な「蒜山高原カフェオレ」・家内はヨーグルトを買い、ベランダ席に座って食べました。
「大学ヨット部の合宿の時の風呂上がりの味だわ」と言うと、家内は「小学生の時のお風呂屋さんの味」だそうです。
小学生時代、家内の家にはお風呂がなかったので、毎日おばあさんを連れて近所のお風呂屋さんに行っていました。

ここは標高869mだそうです。
20140525HiruS125s.jpg
山名図があり、大山手前のカッコイイとんがった山の名は「烏ヶ山(からすがせん)・1448m」とわかりました。
大山(だいせん)は、1729mだそうです。

大山周回道路のr45に合流しました。
交差点付近車道には、疲れ切った風で歩く本格的正統派でかい登山リュックを背負ったグループが2組歩いていました。
アップダウンが繰り返されるワインディング・ロードを走っていると、14:54「奥大山スキー場」がありました。
20140525HiruS129s.jpg
大山に更に近づき、ギザギザの険しい山肌が迫力です。

15:02「鍵掛峠」という小さな駐車場で車を停めます。
大山に向かって樹海が登っており、迷い込んだら出て来れそうにない感じがします。
リュックを背負ったサーファー風二十歳前後グループが数組いました。
沢登りかもしれません。

この周回道はバイクグループがたくさん走っていました。
後ろにアメリカンタイプのバイク1台に着かれましたが、ストップせずに追い抜いてもらうところがなく、十分な車間距離を開けてくれているので、15:13・「桝水高原」駐車場までご同行願いました。

ここに観光リフトが掛かっており、上まで上がれますが、その上からも大山頂上は片道2時間コースではとても無理そうなぐらいはるか上です。
20140525HiruS136s.jpg
義理姉夫婦がGWに登る計画をしていましたが、これはかなりハードです。
姉夫婦も結局現地で生で見て断念したのですが、正解でしょう。
バイクがたくさん停まっており、「レストラン花」の前でくつろいでいます。
家内に、「あそこからケーキセットがありそうだよ、行くかい?」と聞くと、まだお腹が減ってないから次でいいそうです。
20140525HiruS139s.jpg
高原の山小屋風のロッジのカフェがあれば・・・女性を誘うのがエスコートの定番なんだけど・・・
あ~振られた~・・・

蒜山サイクリングロード&大山 3/4

5/25・蒜山サイクリングロード&大山 2/4

10:32・牛発見。
写真を写そうと思って止まると、家内が「気持いいね~」と笑顔です。
わかってないんじゃないかと思って「牛がいるよ」と横を指さすと、「あ~びっくりした~」・・・視野狭いなあ、まるで幼児のようです。
こういうところが、一緒にいて飽きないとこです。

20140525HiruS035s.jpg
蒜山は、東から「下蒜山」「中蒜山」「上蒜山」と並んでいます。
東から西に向かって旭川を遡っているので、少しづつ景色が変わります。
10:41、上蒜山の西にあるとんがった山の後背にひときわ大きな白い山が見えてきました。
「あ~大山が見えてきた~」、ところどころに真っ白な部分があるので、雪が残っているようです。

20140525HiruS046s.jpg
北海道・美瑛の丘の小規模版の群馬県・パノラマラインの更に小規模版に見える高原のなだらかな丘をサイクリングロードが突っ切っています。
上空にヒバリが数羽飛び、気持ちのいい「ヒバリーヒルズ」です。
僕の冗談もスンナリ信じてしまう家内なので、「アメリカの映画のメッカも、もともとヒバリが沢山飛んでたからその名がついたんだよ」と教えると、少し考え「それは違うと思うわ」ってニッコリしてます。

少し先に長い直線があり、家内のムービーを撮るために、全速力を出しました。
38km/h表示。
この手前で、お若い初めてカップルに抜かされました。
それまでは、ハンドルを短くモディファイしたクロスバイク若者男子1人に抜かされただけです。

「財団法人・中国四国酪農大学校」がありました。
乳牛がおり、サイロがあり、広い牧草地の中に瀟洒な校舎?が建っています。
ここで、幼稚園児兄弟ちびっ子自転車&付き添いお父さんチームが勢い良く下りて来ました。
手を振ると振り返してくれくれます。

この前に峠があり勾配が増したので、無理せず自転車を降り押し上がりました。
家内は、昨秋着付け教室通いで「夫婦で自転車」が出来なかったので、久しぶりのクロスバイクです。
「足つった~」とか「もうダメ~」という声が出たら、また僕だけで車に戻りピックアップに走り回らなければなりません。
少しでも家内の負担を減らしておかないと、しっぺ返しが恐いです。

季節が北摂より遅いようで、フジが満開でした。
それを観ながらトコトコ小さな峠まで上がり、峠を越えれば下りと相場が決まっており、気持よく一気に旭川まで下りました。
ここでこの日の最高速・40km/hを突破しました。

旭川沿いには交通量の非常に少ない車道が走っており、サイクリングロードのアップダウンを回避できます・・・と、後で知りました。
11:09、「蒜山休暇村サイクリングターミナル」まで、あと4.9km地点です。

20140525HiruS067s.jpg
旭川沿いの自転車道を遡り、久しぶりに信号のある交差点に出ると、バイクが沢山走っていました。
蒜山高原はバイクが多いかな?
20140525HiruS071s.jpg
気持ちのいい自転車道が続いてきたので、家内が「この道でバイクを練習したいわ」
「ここは自転車・歩行者専用道だよ」
「でも私の乗るバイクなら遅いからちょうどいいじゃない」
むふふ・・・。

休暇村まで1km地点にあった東屋休憩所で水分補給・小休止です。
5月は暑からず寒からずなので、ペットボトルの1/3しか消費していません。
ちょっと勾配が増し、また50mほど歩き上がりしたら、観覧車が見えてきました。
そして眼下に遊園地が広がりました。

寂れた遊園地かな?と想像しましたが、観覧車は動いており、駐車場にも沢山車が入っていました。
20140525HiruS078s.jpg
周囲に道路はお店が見え、蒜山のメインエリアのようです。
11:50、「パノラマルート」と「高原ルート」の連結部に到着です。
勾配は緩やかですが、基本上り基調でここまで来たので、「高原ルート」は下り基調が期待できます。

11:54、「休暇村・蒜山高原・レストラン白樺の丘」到着。
ここで昼食にします。
バイクがたくさん止まってるオシャレそうなロードサイドのお店も見えましたが、落ち着いたこちらの方が僕らにはいいです。
僕らの横の席に着いた後から入ってきたお若いカップルライダーさんも、きっと落ち着いたこちらを選んだのでしょう。
家内が、「女性の方は普通の服装ね」と言います。
「ライダープロテクター上下に身を包んだ青年が先にバイクを停め、少しおぼつかなく女性がそれに続いたので、免許取りたて初心者女子をエスコートして来たんだよと、僕らと一緒じゃん」と、僕の妄想を話します。
「私は一度免許切り替えしたよ。だからもう初心者じゃないはずなんだけどな」って笑っています。

僕は「近江牛コロッケカレー・1080円」・家内は「蒜山焼きそば・760円」を食しました。
蒜山が正面に見える席で、遊覧のお馬も見えます。
食後周りを見たら、皆さん「蒜山焼きそば」を注文していました。
ここは、焼きそばが名物なのかな?
店員さんが持ってきた時、「甘かったら、これを掛けてお好みの味にしてくださいね」とソースを置いていきました。
家内に少しもらったら、甘口焼きそばでした。

蒜山サイクリングロード&大山 2/4

5/25・蒜山サイクリングロード&大山 1/4

日曜日は、去年天候不良で断念した「蒜山自転車道・夫婦でサイクリング」に出かけました。
1週間前の天気予報では「曇」でしたが、3日前のそれは「降水確率60%」まで悪化し「また断念」かも?と思い、予報の良かった東方面の計画も準備しました。

三重県・北畠館・道の駅美杉拠点に川沿い・鉄道沿い40kmコースです。
しかし前日の「高原・山の天気予報」で蒜山高原をチェックすると、降水確率10%に劇的に予報が変わり「晴れ」マークです。

6時出発を予定し、土曜日朝自転車を積み込んだ車を自宅前に移動させると、雀より少し小さめ&尾の長い野鳥が、10羽ほどの群れで上空の電線で忙しく囀り合っています。
忙しそうにちょこちょこ場所を移動し、撮る方のことも考えてほしいよ。
図鑑で調べると、「エナガ」のようです。
土曜日の自転車積み込み後、カメラ片手に「ムクドリ」を撮っていると、ワンちゃんお散歩中のご近所さんと立ち話になり、同じくご近所のOさんも野鳥趣味で最寄り公園のカワセミの写真を見せてもらったと言ってました。
大阪平野北部に位置する我が家は、住宅地だけど第一種・風致地区なので、建ぺい率が厳しく高層建築禁止などがんじがらめで、緑の多い地区です。
2月末からウグイスが鳴き出し、毎朝うぐいすの歌声BGMGが流れます。

エナガ撮影中に出てきた家内を乗せ、まず給油です。
6:18、宝塚山本エネオス・40L/162円。

「蒜山高原・スポーツ公園・快湯館」にナビを設定し出発。
中国道・宝塚ICより高速道路に乗ります。
「加西SA」「勝央SA」で休憩し、落合JCT~米子道に入ります。
長いトンネルを抜け「湯原IC」下車し、R313を北上します。

「西日本一の露天風呂」の宣伝文句に惹かれた「湯原温泉郷」は谷間の集落でいい感じでしたが通過。
「目的地まであと2.5km」表示を見て、右折指示が出たので右折したら、「蒜山高原」の道標が消え、「おかしいぞ」と思う間に長いトンネルに突入してしまいました。
R313・「犬挟トンネル」というトンネルで、峠越えをして鳥取県に入ってしまいました。

Uターンして元の交差点に戻り、約100m先の交差点が正解でした。
車のナビは日産純正4.8インチでバイク用のパナソニックゴリラ7インチより表示が小さく、いつもちょいと難儀します。
日産純正の方が価格は高いのに、パナソニックゴリラのナイスナビに比べ、要らん機能が多く使いにくいです。

交差点を曲がってすぐに、「蒜山高原スポーツ公園」があり、車から下ろした自転車で駐車場を走り回ってる小僧3人+大人数人が見えたので、9:36・ここに駐車することにしました。
地元の池に誘致して、ジュニアヨットクラブを立ち上げお世話になった「B&G海洋センター」が、横にあります。
家内が、「海も川もないのに、なんで海洋センター?」との疑問を投げつけてくるので、「ブルーウォーター&グリーンランドの略だからいいんよ。海洋センターは、資金源がモーターボート振興会だからいいんよ」と、B&Gの回し者みたいに答えました。

「スポーツ公園」なら事務所に自転車道の地図があるだろうと目論んできたのですが、BG会館は開いてないし困ったものです。
自転車を下ろし、前輪をセットしながら、自転車小僧や自転車大人たちの行動を監視します。
とりあえず、彼らに着いて行く算段です。
・・・が、白いロードバイク中年+ママチャリ老人チームは右に行き、小僧3人+両親ロードバイクチームは左の坂を登っていきます。

「どっちに行こうかな?」・・・予想してたより蒜山の山に遠い位置にスポーツ公園があったので、とりあえず小僧組の行った方にゆるい坂を登り、蒜山に向かいました。
20140525HiruS012s.jpg
すぐに「快湯館」があり、その先に自転車道案内板があり、全体図が載っています。
フムフム・・・ここは蒜山高原中心部から最も遠いところです。
一周30kmの細長サイクリングロードは、2コース(高原ルート・パノラマルート)に別れており、ここがその接合部です。
このまま進めば「高原ルート」ですが、お食事処とかが高原コースに多そうで、現在10時を考え、Uターンして川沿いの
パノラマルートを先に走ることにしました。

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サイクリングロードは、車道と分離され、緑色の自転車マークが路面に表示され、安全でわかりやすいです。
さっき走ってきたR313を南に渡り、「旭川」沿いを上流に向かって走ります。
岡山県の三大河川の1つは蒜山が源流なのですね。
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勾配は緩やかで、パノラマルート全体15kmで、対向自転車10台・追いぬかれた自転車5台という密度のほぼ僕らで独占して走れるのんびりコースで、車に気を使う必要ないし、家内はごきげんです。
3km毎ぐらいに東屋休憩場所が設置されており、数ヶ所にトイレも併設されています。

橋を渡ったり、ウグイス筆頭に野鳥の鳴き声がBGMで、カッコーやホトトギスの今年初の鳴き声も聞こえます。
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釣り人はいるなあ・・・と思ったら、最近流行りの野良着着たリアルカカシだったり・・・
家内と前後しながらおしゃべりし激写したり、すごく楽しいです。

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旭川の向こうに蒜山が見え、地図にあった「加茂神社」を通りすぎて、10:20「美田野休憩所」でトイレ休憩しました。
快湯館から6km地点です。

蒜山サイクリングロード&大山 1/4
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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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