12/29・今年最後の北摂里山

今年最後の日曜日は、次男が帰省する日です。
家内が駅まで迎えに行くと言うので、12時頃家にいなければなりません。
前日の土曜日は0時過ぎに寝たのに、いつものように夜明け前に目が覚めました。

明るくなるまでゴソゴソし、朝食を食べて庭の草刈り開始です。
これをやっつけたら午前中バイクで走りに行くと家内に宣言しています。
草刈り椅子・「草刈まさおくん」にまたがり特急で庭をやっつけ、隣の実家の玄関を雑巾掛けして終了。
イザ行かんと意気込んで雑巾を洗っていると、家内から「毛染めに行くから乗せてって~」と臨時仕事が舞い込み、車で駅まで送ります。

帰宅し特急でバイク装束に着替えます。
本日のテーマは、冬用手袋新アイテムお試しです。
僕の最強真冬グローブは二重グローブですが、その内側のをテイジンテビロン使用のあったか手袋に交換してみます。
2時間走った結果は、より温かくなったけど、極寒時でも指先までぬくぬくとは行かなさそうです。
でも、バイクを降りた後グローブを外すと外層手袋だけ外れ、内層手袋が残って普通の手袋として使えるので、別に毛糸手袋を持つ必要がなくなりナイスです。

倉庫から「里山VTR250」を出してエンジン点火。
チョークを引っ張ると一発始動で、1ヶ月ぶりの出動なのに快調です。
9:54、宝塚出光で給油・228km/7.21L=31.6km/Lし、定番の長尾山トンネル~r325~r33で「切畑会館」まで来ると、武田尾への道がオープンされたようです。

新名神工事でずっと通行止めになっていました。
それでもバイクでなら通れるかと思い2度ほど突っ込みましたが、途中でバリケード封鎖されていました。
今回はちゃんと「武田尾」への新しい道標が立っています。
谷筋を入り、広くなった道路を武庫川渓谷の方に下ります。
冬の午前中なので凍結しているかも知れずゆっくり走ります。
「新宝塚CC」までの道はかなり改善されています。
このまま新道で武田尾まで行けるかなと思いましたが、途中で旧道になりました。

でも何度も走った道なので安心してそのまま下っていると、山側からの湧き水が沢に向かって斜めに道路を横切っているのを発見。
緊急停止し、歩いて現状を見に行くと、幅は狭いですが凍結しています。
「あ~」とがっくりしていると、下から四輪が上がってきました。
ほぼ交通量のない道なので、バイクを道の中央に止めていたから慌てて戻り、人力Uターンします。
最も難儀な下りでのUターンで、エンジンかけてUターンできるほど道幅がなく2度切り返してバイクを山向きに寄せて止め、四輪の通過幅を空けました。
カブが下から上がって通過して行きました。
カブはタフです。
CBで来なくて良かったです。
150kgのVTRだからUターンできたけど、CBなら四輪の運転手さんにご足労願ったかもしれません。

10:43波豆・八阪神社前定点観測ポイント到着。
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水を引いた田んぼは氷が張り、冬枯れの里山が晴天の青空の下に清々しいです。
たくさんの車が停まっており、石鳥居に梯子が掛かりまたらしいしめ縄がお正月準備中を示しています。
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境内の掃除など、氏子さん達が寄ってあれやこれややってるのでしょう。

当初は、羽束川の方を巡る予定でしたが、目に入った大船山への登山口を確かめることにしました。
家内とのトレッキングで登ろうと思っています。
r323を渡って北上し、大舟寺への分岐を少し超えたところにそれを見つけました。
20131229HokusetsuS005s.jpg
この道は町石道になっており、元山中にあった大舟寺への参道だったのでしょう。
「治山工事のため登山道通行止め・26年3月まで」との看板が立っているので、そこに書いてあったもう一つの登山口を確認しに行きます。

10:56、「カナディアン大磯」の登山口到着。
地図に山頂が653mと書かれています。
バックから時計を出し標高標高をチェックすると255mなので、家でチェックした気圧誤差を計算すると300m位だから、ここからの比高350mです。
僕らなら1.5時間でしょうか。
さっきの町石道登山口より50mほど上がっています。
ペンション・テニス・三田フィールドアスレチック・プールなど書いてありますが、営業してるのだろうか?

11:07になったので帰路に着きます。
r323~r319でr12に出て、「道の駅いながわ」まで南下しました。
目的は、猪肉屋・根木さんで、今朝穫れたイノシシ見物ですが、ぶら下がっていませんでした。
今朝の獲物はなかったようです。
年内はこの日まで営業で、年明けは3日から営業だそうで、我が家の墓参りを3日以降にして途中ここで猪肉を買うことにします。
お嫁さんにイノシシを見せてやりたいと思っています。

道の駅は車がいっぱいで、バイクも10台弱いました。
11:36、「ゆずシフォンケーキ・1000円」が目につき買っちゃいました。
賞味期限が12/31なので、その日の朝帰ってくる長男一家との夕食後に食べましょう。

年末・北摂バイク散歩 1/4
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テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

12/28・忘年会

今年最後の土曜の夜は、今年のインカレ団体戦を制したD社大ヨット部の忘年会でした。
D社と母校の定期戦でも、全日本個人戦では母校が勝ったのに、最終目標の団体戦で負けちゃいました。

長年定期戦をやってるD社の同期H君から、彼の上下数年のOBが集まってやってる忘年会に誘われました。
場所は彼がやってる堂島のレストランです。
「ああ、行けるよ」
母校ヨット部の同期にも連絡しましたが、どうやら参加するのは僕だけのようです。
大学卒業後、多くのD社OBの方と会っていますが、ガチで勝負してたライバルたちなのでどんな話が出来るのか楽しみです。

仕事を終え、阪急電車で大阪駅まで出ました。
21時頃ですが、たまに出た大阪の中心地は人で一杯です。
ほろ酔いな方やいかにも忘年会帰りや途中の方々が上機嫌で歩いています。
JR大阪駅~ウェスティングホテル~と堂島ホテルに向かって歩きます。
ミニスカート女子も多く、田舎者には目の保養です。

同期のやってるレストランは、オフィス街の昼食や夕食・バー狙いのお店なので、土日祝日はお休みです。
金曜日で今年の営業を終え、この日から正月休みで、この忘年会のために臨時で店を開けています。
「こんばんは」と店に入ると、10名ほどが集まっていました。

次男の中高ヨット部の顧問&高校3年間副担任でお世話になったN先生もおられました。
次男が中学受験の時、ヨット部のある清風を受験すると言い出しました。
京阪神統一受験日が前年の阪神大震災の関係で兵庫県と大阪府がずれたので、兵庫県の第一志望校の他に大阪府の学校も一次選考で受けることが出来ました。

体操の高校生オリンピック選手・池谷&西川を出した学校でスポーツにも力を入れてるのは知ってますが、勉強の方が心配で学校に、ヨット部顧問先生と直接話がしたいと電話しました。
ちょうど授業の合間で顧問先生と話が出来ました。
ヨット部員の卒業後進路を聞くと国立にも現役入学実績があり問題なさそうでした。
ヨットの事に詳しいので先生のことを聞くと、「D社ヨット部OBでして・・・」「僕はKGです。ご卒業年度は?」・・・「え~、先生の4回生の時、僕は1回生でした」って、一気に話が弾みました。
兵庫県の第一志望校にも合格しましたが、次男はヨット部のある清風への進学を選び塾に報告に行くと、「え~、ほんとにそれでいいの?もったいない・・・」と何度も念を押されました。

N先生は出世し、教頭先生だそうです。
僕の後から3つ上のD社・H先輩が来られました。
話を伺うと、僕が今レースに出てる船のオーナーさんでもある3つ上のS先輩と同じ会社で、常務さんでした。
Sさんが社長さんなので、ヨット部つながりで体育会のノリでやってるのでしょう。
ワイワイガヤガヤ、あ~だこ~だ22:45までおしゃべりし解散になりました。
「また来てくださいよ。D社はウェルカムですから」って、1回下の子らから何度も念を押され、来年また呼ばれたら母校後輩も連れて行かなきゃと思いました。

体育会でカチで勝負してたからこその友情がありました。
こういう濃い縁は死ぬまで消えないね。
息子たちも体育会で4年間頑張ったので、きっと僕と同じような縁がずっと続くでしょう。
いいね、こういう関係。
24時前の帰宅になり、久しぶりに午前様就寝になりました。

2014・年賀状

今月中旬に年賀状を制作し、24日に投函しました。
これで来年元旦には、お世話になった方々に届くでしょう。

今年の年賀状バックの写真は、5月ツーリングで走った「草津志賀道路・雪の回廊」です。
それに、びっちり2013年の我が家の出来事を書きました。
例年のスタイルを踏襲しています。
のんびりなお正月に、のんびり年賀状を読んでもらおうという趣向です。

実は家内の年賀状もこのスタイルで、一人称を家内に変更し家内目線で僕がゴーストライターをしています。
今夜は大学ヨット部の忘年会に顔を出し、明日は大掃除です。
僕の担当は、我が家の庭の草刈りと隣の実家の草刈り&玄関などの掃除です。

今朝から、家内の実家掃除が始まり、長男一家が泊まるので、つかまり立ちをしだした初孫君に危ないと、あれやこれやを家内の指示の下、2Fに持ち上がりました。
我が子がチビの時より、明らかに片付け量が多いです。
台所隅の机の下が定番置き場のカナヅチなどを入れてる大工道具箱なんて、移動しなくていいと思うのですが、命令だから仕方なく従いました。
来年夏は階段を上がって2Fに行けるようになってそうで、あの重い道具箱は僕の部屋にでも移動せよとの命令が下りそうです。
まあ、冷蔵庫にベビーヨーグルトがたくさん在庫されたり、日に日に食材が増える家内の張り切りようが見えるので、僕はおとなしく言われるままに動いてるのが良さそうです。

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A Happy New Year

 昨年は、1/17・阪神淡路大震災記念日に長男夫婦に嫡男誕生というビッグ・ニュースで始まりました。
私が保育園に上る前、教会の神父さんに駄々をこねてもらった蛍光マリア様に、今回も毎日朝晩「男の子をお願いします」とお願いしました。
これで、弟・長男・次男・初孫と4連続で希望を叶えてもらいました。
 次男は470級ヨット全日本予選に出場し、また全日本出場切符を手にしました。
大学卒業後全く練習していないのに毎年大したものです。
 家内は、秋から週1回のペースで「着付け教室」に通っています。
次の教室日が近づくと、朝の家事終了後、帯を身体に巻きつけて首をひねっています。
「忘れちゃった~、教えて~」って言われても・・・。
 私の「年1回お泊りツーリング」は、信州5日間の旅でした。
5月のGW翌週、静岡県から北上し、「下栗の里」・標高2000mの「しらびそ高原」で、残雪の残る中央アルプスと南アルプスの間の尾根を走りました。
諏訪湖から、「ビーナスライン」「美ヶ原」、浅間山の横を北上し北軽井沢から「つまごいパノラマライン」。
草津温泉から「志賀高原」に抜ける時「国道標高日本一・2172m」を走りました(写真)。
まさかの雪の回廊状態をバイクで走れるなんて、夢の世界でした。
もちろんビビりながら超低速です。中世の山城も5つ攻略でき、ナイスな旅になりました。

旧年中は大変お世話になりました。今年もよろしくお願い致します。
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12/22・永遠のゼロ

r49を戻る気にならず、青野川沿い・r308を下ることにしました。
千丈寺湖まで下り、「青野ダム」手前の前から気になってた喫茶「トムソーヤ」に入ってみました。
僕はカレー・家内はリゾットを食べてお腹が満たされました。
僕も持ってたオープンリールのティアックの高級品そうなのが数台置かれ、クラシックが流れています。
骨董品の壁掛け公衆電話・囲炉裏と店主のこだわりを感じます。
村岡町の世界一のお米・「かつらの千年水」「1個1個烙印された玉子」使用という食へのこだわりも感じるお店でした。

千丈寺湖北湖岸道路でr49に出て、志手原~r68~r33~長尾山トンネルを抜けて、阪急オアシスで食料品を仕入れて、16:30に帰宅しました。
さて次は、車の中で「映画行く?永遠のゼロ」「うん、行く」と誘っていました。
上映時間18:30も調べ済みです。

通勤リード110に乗り換え、家内から要望の「マツヤデンキでひざ掛けを貰えるの」「銀行に寄って欲しいの」を巡り、映画館に到着しました。
1時間も時間があるので、家から持って来た三笠を食べちゃいました。
連休でお客さんが多く、観察してるだけで楽しいです。

「永遠のゼロ」は百田さんの原作がベストセラーになった時に読んで、大感動した作品です。
監督が「三丁目の夕日」製作者なので、期待できます。
山田洋次さんのように、原作を土台に自分の色を出し過ぎちゃう監督はダメです。
せっかくの原作の雰囲気が壊れます。
そういう方はオリジナル作品がいいです。
大好きな藤沢周平作品を無茶苦茶にしちゃってから、山田さん作品を敬遠するようになりました。
最近の日本映画のパフォーマンスを上げている新しい監督さんのがいいです。

「海軍一の臆病者」と呼ばれた真珠湾経験もある熟練ゼロ戦パイロットが、「必ず生きて帰る」と公言し、部下にも「生きて帰れ」と特攻を許さなかった。
そんな爺さんの軌跡を、爺さんの戦友訪問で孫姉弟が明らかにしていきます。
戦争という、そして特攻という「九死に一生」どころか「十死零生」の世界で生きた当事者でありながら、当時の世相とは関係なく「妻と生まれたばかりの娘を路頭に迷わせないために生きて帰る」を実践してきた主人公の行動が、僕もそう
である当主としての男の生き様を深く考えさせられました。

家内は上映前、「三丁目の夕日」同様年齢層が高いお客さんが集まると言っていましたが、僕はむしろ戦争・特攻を家族から聞いたことがない若い方が多いと予想していました。
僕の予想がビンゴでした。
原作で、姉弟が爺さんの謎を解く流れ同様、お若い方が2世代前の時代を知ろうとしています。
2年前から始まった中国の尖閣諸島へのちょっかい、それに力を得たのか韓国の今までの一線を越えた竹島の大統領上陸・また燻りだした従軍慰安婦問題・・・こんな世相の本質を知ろうとし、自らの行動の規範になるかもしれない先の戦争で起こった実際を学ぼうとしているように思います。

僕だってそうです。
右翼増長などと評論する人もいますが、勝手な思い込みを封印しても、いろんな意見や先人の行動から学ぼうとする日本人は素晴らしいです。
僕の予想通り若者の姿が多かったのを見て、日本は大丈夫と確信しました。

「三丁目の夕日」のような昭和へのノスタルジー映画ではありません。
家族を守ろうとし26才で散った当主としての男の生き様を感じました。
多くのお客さんがいたのに、本編終了後テロップが流れている間もシーンとして席を立つ音もありません。
多くの方と大感動を共有できたのが嬉しかった。
これが映画館で観るということだなと思いました。

映画館を出て、何度も食べたオムライスのお店で、夕食にしました。
僕は、「デミソースオムライスS・1029円」、家内は「トロロ明太子きのこオムライスSS・924円」で、映画チケット半券があると「ケーキ&ドリンク」をおまけで頂けます。
食べながら映画のことをおしゃべりし、これから当主として家族を持つことになる次男に、数日前にメールで勧めたことを話しました。

父親は息子にとってはライバルです。
どんな男の子も最低父親は超えるぞと思って生きているはずです。
そんな父親から命令口調で何かを押し付けられたら、自分もそう思っていても内容とは関係なく反発するのが男という性です。
だから「原作読んで感動したんだ。今度お母さんと観に行くんだ。楽しみ~」とメールしただけなんだ~・・・親父の意図を組んで観に行って欲しいな・・・なんて。
21:48に店を出て帰宅しました。

テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

12/22・置塩城址から雪の三田へ

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岡山県の山城・約4000のほとんど登ったというガイドさんとも知り合いだという、とても山城に詳しい方でした。
先月断念した浦上氏の「天神山城址」を聞いてみました。
本丸には一旦下って登り返さないといけないけど、「和気美しい森」まで車で登ると旧城は平坦ですと、これまた僕と同意見でした。

「お先に失礼します」って本丸を後にしました。
元の道を下り、登りでは気づかなかった「コジイの板根」というのが目に入りました。
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根っこがまさに板状です。
珍しいな。
そこで、帰路のはじめにすれ違った単独行の方に抜かれました。
「もう上がってきたのか」
落ち葉満載の山道なので、ゆっくり気をつけようと話していたのに、家内がすってんころりんして笑ってると、さっきの二人組さんに追いつかれ抜かされました。

12:06、無事車まで下りてきました。
登り・下り1時間、山城探索30分・おしゃべり30分でした。
お財布落としが、楽しいおしゃべり時間をもたらしました。
二人組さんの車が隣に駐車されており、お二人は土手でお弁当のようです。

家内を「櫃蔵神社」に連れて行きます。
ここの絵馬が立派だったので、それを見せました。
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鎮守の森の巨木は天然記念物で、イチョウだと思ってたら「イチョウ・ムクノキ」と説明されていました。
よく見ると共生しています。
拝殿瓦の棟瓦に飾り瓦が載っています。
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鳩?キジ?鳩を家紋にしている豪族も多く、武運長久などを表しているのかな?
ここは赤松氏が羽柴秀吉の命で城を破却した時に、城の守護神を分祀した祈願社だと、謂れ板に書いてありました。

赤松氏は、村上天皇流れの本姓・源氏で、それ以前と思われる置塩氏は、お墓の家紋・「丸に下り藤」から推定すると藤原氏流れです。
本殿の裏に回ると、赤茶色部分がある岩が置いてありました。
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今秋、出雲をバイクで和鋼巡りした話を本丸でした時、「夢前川にも鉄由来の地名がたくさん残っています。塩田温泉の塩もそうです・・・」と教えてもらいました。
塩がどういう関係で鉄に縁のある文字かわかりませんが、この赤茶色は鉄成分含有の岩と推測されます。
目立ちませんが、神社本殿横に置かれているのに、古代から続く鉄文化が脳内妄想し始めました。

車に戻ると、ちょうど二人組さんも車に戻って来られました。
「次はどちらへ?」「岡山備前の山城です」「今日はありがとうございました」・・・。
本丸で、備前長船近くにお住まいと聞き、「長船刀剣博物館」のことを聞いたら、現役の刀鍛冶が実際に打っているところを見れますよと教えてくれました。
一振りで、車1台分のお値段で、飾り鞘・保存するときの白鞘・鍔・・・全て含めると・・・。
娘が結婚する時、懐刀を嫁入り道具に作ってやろうかと言ったら、「そんな物騒な、現金がいい」と断られたとか、いろんな情報を仕入れることが出来ました。

12:30になったので、帰路に着きます。
r80を東に峠を越え、市川沿い・R312を北上し、「福崎IC」から中国道に乗りました。
「西宮北JCT」での渋滞が電光表示されています。
「吉川IC」で高速を降り、三田「永澤寺」にナビを合わせ、r17~ウッディータウン~JR新三田~有馬富士~志手原でr49に乗り北上します。

バイカーズカフェ・虎亀さんで昼食にしようと思いましたが、駐車場はバイクがいっぱいで他に回ることにしました。
ハーレーの凄いバイクを道から見てると奥さんが出てきて、「あら、遠くから・・・。カスタムショップの団体さんが来られてて、帰られたらいっぺんに空くのですが・・・」「また来ます」

母子の「いまきた」で蕎麦を食べようと北上しました。
ここから永澤寺間が三田市最高峰で、見えてた雪景色が気になりましたが突っ込みました。
家内お気に入りの「わらび餅屋」さんはお休みです。
冬季休業に入ったのでしょう。

ここから路肩にたぶん夜降った雪が残り、路面もシャーベットのところがあります。
ノーマルタイヤですが、車重2トンを信じゆっくり上がります。
スキー三昧の時ホーミー・ディーゼル・4WD・スタッドレスで、車重の差や4WDの威力をいろいろ体験しました。
その分2WDになった今、スキーに行こうとは思わなくなりました。

最高所を越え、より注意すべき下りに入ります。
なんとかここもクリアし、永澤寺通過。
駐車場には車が1台もありません。
ここも冬季に来るとこじゃないみたい。
喫茶「シュガー」は営業中で、車が2台。
ここを通過し、下って「いまきた」到着。
なんとここも冬季休業に入ったようです。
3連休なので営業してると思ったのですが・・・。

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12/22・置塩城址本丸攻め

つづら折れの道をゆっくり上ります。
それでも勾配は中程度なので、なかなかハードです。
一丁から始まる丁石が設置されているので、城址のある18丁までを逆算しながら励みます。
9:20、初めて南方面の視界がひらけここで小休憩を取りました。
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書写山方向に流れる夢前川が眼下に望め、なかなかナイスです。

9丁を過ぎ、「炭焼き窯跡」がありました。
切り出した木をここで炭にして担ぎおろしたのでしょうね。
この山には他にも数ヶ所あるそうです。
石炭・石油以前のエネルギー遺産ですね。

17丁に来ても、山頂はまだ先のように見え、あと1丁(丁石は約108mごとに設置されている)では山頂本丸まで届きそうもありません。
「下の案内板に書いてあった18丁は記憶間違いだったかなあ~」なんて話しながら登ると、9:54、「南曲輪群へ」「本丸へ」の案内板に到着。
18丁は城跡までの距離だったようです。
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ここから城址探索モードです。
南曲輪を探索します。
段曲輪になっており、下段にも扁平地があります。
それぞれの面積が大きく、本丸に向けての期待が高まります。
上の曲輪までの間に帯曲輪も巡っています。
500年経ってもまだ素人目にもしっかりそれとわかるのは、当時の要塞の切岸の深さや角度がきつかったことが想像されます。

少し上に上ると18丁石があり、「置塩城址」の石柱が立っていました。
「茶室跡」・「石垣崩壊注意」などの案内板を見ながら、それぞれを巡ります。
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自然石積みの野積み石垣なので水の処理がうまく出来ており、500年の年月しっかり石垣としての使命を果たしています。
石垣が崩れたと思われる石も散乱していますが、50年で寿命だ・建て替えだと叫んでる鉄筋コンクリート住宅とは雲泥の差です。

切岸・横堀が大規模で、さすが赤松氏とうならせる見応え充分な山城です。
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三の丸曲輪を探索し、二の丸曲輪で補給食休憩にしました。
適当な石に腰掛け、家から持って来たいただきものの三笠を頬張ります。
女性だけで踏み入れるには危ないですが、僕らだけの世界を楽しみます。
冬の時期なのに鳥のさえずりがあっちからもこっちからも忙しいです。
キツツキのドラミングも聞こえてきて、「あれがキツツキ・・・わかる?」っと家内に説明します。
家内はインドア派なので、こういうところに連れてくるだけで僕の株が上がります。

「誰かいますか~」の声が突然聞こえギョッとしました。
「ん?」「誰かいますか?」「あっ、はい」「・・さん?」「はい」・・・苗字で呼ばれるなんて・・・ガサゴソ上がって来られた年配の男性2人が、「10丁付近でお財布を拾いましたよ」「ええ~」・・・家内が「あっ、私の・・・」「どうもありがとうございます」
景色のいいところで休憩した時に落としたお財布を、後続の親切な方に拾ってもらったようです。
「交番に届けようと思ってました」って笑って二の丸探索をされていました。

空腹を少々満たし、「本丸」に向かいます。
「二の丸」が山頂なので、一旦下って再び登りになり、10:36・次の頂にある本丸到着。
「380m・神戸ツキワ登山会」の板が木に結わえられていました。
ツキワ会って、ツキノワグマ探索の会かな?

「二の丸」より2~30m高いです。
二の丸・三の丸では展望がありませんでしたが、本丸からは遠く姫路の海まで見通せます。
ナイスな眺望を見ながら腰掛けて話していると、先ほどの二人組さんが登って来られました。

「山城巡りですか?」「そうです、岡山から遠征です。日頃は単独行動なのですが、日程が合うと2人で山城に登っています」
「僕は歴史が趣味で、次男の名前も姫路の殿様の名を拝借しました」「そりゃ相当だなあ。姫路城主は地元の方は、池田氏より本多氏なんだよなあ」・・・。
播州出身ということだったので、家内が姫路の賢明女子出身ですと話したら、「え~僕は隣の淳心ですよ」「え~隣の学校じゃないですか。失礼ですがお年は?」「今年還暦です」、「あれ~僕らは同級生で2才下なので、家内とすれ違っていたかもしれませんね」「ほんとだ~」、「私は姫路東ですよ」「え~これまた同じ姫路城内の並びじゃないですか」って、ことで岡山の山城の話などで大いに盛り上がりました。

赤松氏の三大山城はその筋でも有名なようで、今日3つ目を制覇されたそうです。
まだ攻城していない「白旗城址」のことを聞くと、「ここと同じぐらいの距離かな。でも向こうの方が少し急です」とのことで、「杖を取ろうと適当な枝を拾い上げようとしたら、にょろにょろ動き出してびっくりしたよ。アオダイショウでした」との白旗城址でのエピソードを話してくれました。
スズメバチもいるし、山城攻めは冬が一番いいねって、僕と同じ意見でした。

12/22・置塩城址に行こう

日曜日は、久々に家内とデートの1日でした。
家内が秋から「着付け教室」に通い始めたので、バイクや自転車・トレッキングで一緒の時間を過ごす日曜日がなくなりました。
年末が近づき、着付け教室がお休みになり、バイクや自転車は寒いからトレッキングをすることにしました。
家内の着付けは上達し、1人で着物を着れるようになってきました。
まだ朝の出勤前練習だけですが、着物姿の家内が家の中にいるだけでなんだかわが家が華やいだように感じます。
元旦は着物で過ごすそうです。
ぐふふ、いいかも・・・

トレッキングの目的地を、播磨の「置塩城址」にしました。
ここは播磨守護の赤松氏の本城です。
鎌倉幕府を足利尊氏と共に落とし室町幕府の重臣になった赤松円心の本城・「白旗城」と、新田義貞に追われて九州に落ちていく足利尊氏の窮地を救った円心の子が籠もった「感状山城」と共に、赤松三城の1つです。
円心後、足利将軍を暗殺したことで、北の但馬守護の山名氏に攻められ、播磨・備前・美作3ヶ国守護から追われ没落しましたが、応仁の乱で再度3ヶ国守護に返り咲いた赤松氏が新たに築いた本城が「置塩城」です。

3ヶ国守護という大身なので、赤松氏の築いた山城は見応えのあるところが多いです。
2年前に登った「感状山城址」が素晴らしかったので、次のターゲットをここに定めていました。
「白旗城址」は1段階ハードそうなので、息子たち若いもんと一緒に登る安全策を講じれる時にしようと後回しにしています。

7時頃家を出ます。
中国道の側道から見える中国道は渋滞していません。
前日9時前の交通情報で、宝塚トンネル東行渋滞中となっていたのでラッキーでした。
なんせ3連休の中日です。
中国道を西進し、「加西SA」でトイレ休憩し、「福崎IC」で高速を降ります。

中国道沿いのr23を西進し、「前之庄」を左折しr67に乗り南下します。
「前之庄」という地名は趣があります。
夢前川沿いでもあり、きっと歴史遺産がたくさん眠っているでしょう。
県道は「夢前高校」正門前を通過しました。
素敵な学校名です。
半日ぐらいウロウロ歴史遺産を探したい名です。
家内が「あっ、夢乃井だ~」って。塩田温泉・旅館夢乃井さんです。
播州で育った家内はもちろん、伊丹の僕でさえ知っている名です。

夢前川は姫路に下る河川で、ゆるやかに流れています。
この川沿いを姫路に自転車で下ると楽しそうだなと思っているのですが、前之庄に上がる電車がりません。
路線バスにロードバイクが積めるといいのになあ・・・なんて軟弱に考えながら、交通量が適当にある県道の川を隔てた向こう側の交通量の少なそうな道に目をやります。

「糸田」というところで、県道は対岸・右岸・西岸に渡るのですが、城址は東岸にあるので、ここで橋を渡らず県道から離れました。
これが正解で、交通量のぐっと減った田舎道を下ると、去年登城口を確認した時に見つけた「櫃蔵神社」が見えてきました。
櫃蔵神社から50mぐらい南にある登城口に、8:49到着。
駐車場に車を置き、トレッキング準備を始めます。
他に車はなく、城址独占になりそうです。
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今年立った真新しい案内板があり、来年2014年大河ドラマ主人公・姫路城主・黒田官兵衛との縁が書かれていました。
来年の観光客アップに向けての準備なのでしょう。
赤松氏の家老・小寺氏の家老だったので、ここにも観光客を呼び込もうということらしい。

謂れ板には城址見取り図も載っており、山頂までの所要時間40分となっていました。
30分ぐらいと思ってたので、ちょいと覚悟します。
僕らのスピードでは1時間でしょう。
登城口横にある「置塩家のお墓」にお参りします。
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赤松氏の前は置塩氏の支配した土地でしょう。
この位置にポツンと独立してお墓があるくらいだから、お山は置塩さんの所有地の可能性大です。
「おじゃまさせてもらいます」。

9:00、登城口に入ったとこに立ってる「置塩城登山道」案内板横を通過し登城開始です。
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山道脇の木々に樹木名札が下げられ、そっちの学習も出来てナイスです。
神社にはつきものの「榊・さかき」をじっくり観察し、樹皮・葉の形を頭に入れます。
いかにも葉っぱという形で、この時期でも緑色が濃いです。
この常緑性故に神社神事に使われて来たのでしょう。
木偏に神だから、日本神道的には神の木・葉ですね。

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

iPS細胞特許

「iPS細胞の包括的特許(国内対象)を京大が取得した」と新聞に載っていました。
今までは山中教授が発見した4種類の遺伝子を使った体細胞からiPS細胞を作り出す技術だけにしか特許が及んでいなかったけど、今後は他の遺伝子を使った山中教授類似方法での制作にも特許が及ぶことになりました。
同様の特許申請を欧米でも申請しているようです。
欧米で申請が通る確率は少ないと思うけど、国内の最先端研究者にとって、海外特許侵害に神経質になることがなくなり朗報です。

長男は医学研究科時代、最先端技術の研究をしていました。
世界初のマウス心臓を人工的に幹細胞から作り出した教授に誘われて研究員になりましたが、研究の世界的進展は猛スピードで、家の中や彼の部屋にはネイチャーやネイチャーメディスンなどの雑誌や電子版のコピーが山積みになり、研究員が手分けして翻訳し毎週全員で最先端を共有しながら研究していました。

日本のES細胞分化研究最先端教授だったので、世界的雑誌にも論文が載り、研究費はふんだんに使え面白かったそうだけど、実験マウスや実験細胞の培養のために研究室に泊まるのも多く、「僕には無理やわ」って研究職から企業に移りまし
た。
隣の研究室の研究員が倫理規定に違反し逮捕されたり、長男がどんどん水をあけられると悔しがってた倫理規定が緩く卵細胞を豊富に使用できる韓国グループの教授が論文でっち上げで逮捕されたり、すごい世界でした。

彼は今抗癌剤開発チームと会社経営室を掛け持ちしていますが、いつしか日本最先端に躍り出た京大チームのこれらの成果をどう見ているのだろう。
ES細胞由来の人体各部組織への分化技術は、宗教・倫理と絡みのある人の卵確保が大きな壁になっていたけど、体細胞由来のiPS細胞なら人体の何処の細胞からでも卵様に一旦戻して他の細胞に分化させていくので、格段に壁が低いです。
家内の母親が膵臓関係で亡くなった時、彼の研究卒業論文が肝臓の生体幹細胞由来のランゲルハンス島分化だったので、「僕の研究がもっと進んでいれば・・・」なんて悔やんでいたのを思い出します。

人が事故などで人体の一部を失ったり、老化で寿命を迎えた時、サイボーグという機械物でそれを置き換えるのではなく、人工人体でそれを置き換える技術なのでとてつもない将来性を秘め、人の一生という概念さえ変えてしまう技術です。
息子というとても近い位置からその進化を見ることができる親というのは、なんて素晴らしい立場なのだろう。
「親という字は、気の上に立って見ている親の姿を表したものです」と小学生の時教えてもらった先生の言葉が、ほんまにそうやなあ・・・ってしみじみ感じます。
これからもヘルプと言われない限り、何も言わず息子たちを見守っていきたいと思います。
それが親にとって、最高の幸せのように思います。

わが家は日本経済新聞を親の代から取っており、僕は朝日新聞も取るようにしました。
でも一番楽しみにしてる記事は、日経の「私の履歴書」です。
企業経営者筆頭に当代のフロントランナーが、自分の人生を振り返っているもので、そこには本人しか感じなかった生の現実・選択・行動が載っている。
わが子たちにもこの記事を勧め、次男は特に熱心に読んでいます。

先人の歩んだ道は個人や人類の歴史になり、それぞれの生き方・生き様の本質は太古から変わらないように思います。
僕が歴史好きで、興味を引いたところに出かけていくのも、それを少しでも実体験したいからです。
そんなエッセンスを息子たちも感じ、生き方の本筋を外さず堂々と歩み、1つの人生の歴史を残して欲しいと思っています。

ガリレオ

最近、「なんで、他大学ヨット部のコーチしてるの? 息子さんはとっくに卒業してるのに・・・」って、聞かれました。

最初手伝いだしたのは、ヨット部員だった次男から頼まれたからです。
次男はジュニアヨット出身で、小学校3年生から中3までジュニアヨットを続け、ナショナルチムにも選ばれ南米選手権に日の丸を胸に参戦経験もあります。
高校でもヨット部に入り、インターハイや国体にも出ました。
そんな彼が、スポーツセレクションのない大学ヨット部に入部し、5月GWのレースに出ました。
大学生の使うヨットに乗ったのは、ヨット部試乗会のみなのに、ぶっつけ本番のレースでいきなりクラブ内トップの成績をあげ、他校のトップ選手とトップ争いをしました。
ジュニア出身の部員は、クラブ創部以来初だったようで、大型新人入部に湧いたでしょう。
次男に、どういう練習をしてきたのか?どういう練習をしたらいいだろう?など、4回生が次男に聞く環境になってしまいました。
きっと次男にはそれが苦痛で、「親父を呼びましょうか」ということになったようです。

自分のクラブにコーチとして親を呼ぶなんて、次男から大きな信頼を寄せられていると嬉しかったけど、「そうですか」とはいきません。
大学ヨット部経験者として、ある程度内部が想像でき、下手に部外者の僕が「選手の親である」という理由だけで出入りすると、OB会などの印象もあり次男のクラブ内の立場を悪くするかもしれません。
幸い数人のOBを知っていたので、連絡してOB会に根回ししてから手伝うようになりました。

手伝うようになった2年目、次男の1年先輩のある部員のヨットノートが艇庫に置いてありました。
他の部員が、それを読みながら、「これって分かります?」って聞いてきました。
ノートに書かれていたのは、少々の日本語と数式でした。
何が書かれているのか、皆目わかりません。
学校の勉強内容が書かれていると思いましたが、「あいつ、これがミーティング内容だと言うんですよ」・・・これは衝撃でした。

本人に、その数式の意味を聞きましたが、説明してもとても僕にはわからないだろうと、「僕だけにしかわからないと思います」ってニコリとしました。
普段の彼は無口で、感情の起伏を表に出しません。
上級生になってもスキッパー(艇長)にならず、クルー(乗員)としてゲームプランなどを考えることにヨットの楽しさを感じている風でした。
その時、こんな変わったヤツを育むこのクラブは面白いなと思いました。
そういう若者への興味が、次男が卒業した今も、新キャプテンに頼まれるままコーチを続けている理由です。

僕は高校でヨット部に入部しヨットレースの世界に入りましたが、高校時代は国体選手にはなったけどインターハイには行けず、鳴かず飛ばずな選手でした。
大学に入り、そのままヨット部に入り、そこで組んだ1学年上のK先輩が素晴らしく速い人で、ヨットレースの面白さをここで知りました。
体育会なのですが、ラグビーなどの体力勝負ではなく、半分以上頭の勝負であることを体験し、ハマってしまいました。
監督から、「全員坊主にしてこい」と言われたことがありましたが、「アホちゃうか」と無視しました。
運動部での顧問先生やコーチからの暴力が話題になりますが、僕から見れば「アホやな」です。

道具を使うスポーツなので、それの良し悪しで成績が大きく違います。
「速い船に乗る方が速い」・・・でも使える船もマストも、みんな学連指定のもので購入時はみんな同じです。
山のようにコントロールロープが付いており、基本のマストを立てることでも1cm後方に傾けるなど細かくセッティングが変えられます。

K先輩はデータ魔でした。
毎回出艇前に各部にメジャーを当てノートに記録し、海上で風や波に合わせて動かすコントロールロープのセッティングをメモしました。
それを練習後ノートに記録し、その日の風の変化など気象データとともに、セッティングがどうだったか僕の意見を聞きながら検証しました。
科学実験と同じです。
アイデアが浮かんだら仮説を立て、それを練習で実験し、練習後検証し、再び仮説を立て実験する・・・の繰り返しです。

そのうちにだんだん、「こういう風の時はこういうセッティングが速い」というのが見えてきて、それらのデータはノートに記録することで頭に整理されて入っており、ノートを見返すこともなく海上でササッと変更できるようになりました。
風の見方も同じアプローチで、仮説~実験~検証~仮説でノートしていき、結果は学生ナンバーワンコンビになりました。

僕が3回生になり、秋の新人戦でスキッパーとしてK先輩から独立してレースに臨みました。
結果は最終レースでK先輩に逆転されて優勝を逃したけど2位でした。
卒業までずっとこれの連続で、学生相手ではスピード負けを感じることはありませんでした。
僕は小学校の時から算数が得意で、中学受験も算数は2日間とも100点でした。

数年前、「ガリレオ」というドラマが話題になりました。
僕は1度だけしか見ませんでしたが、エンディングが次男の大学がロケ地になっており驚きました。
主人公の湯川学・理工学部物理工学准教授が、警視庁から頼まれた難事件を数式を書きなぐって解決していきます。
それが、次男先輩のあの部員の姿に重なりました。

原作者の東野圭吾さんの本はたくさん読んでいますが、「ガリレオ」は読んだことがありません。
その後「ガリレオ」の映画も作られましたが、それも観ていません。
でも僕は、こういう脳内ゲームが好きなようです。
歴史探索で、本を読んで得た知識を検証しに現地に行き、脳内妄想してるのもそれに通じているように思えてなりません。

一向一揆と石山合戦

現在読んでいる本は、「街道をゆく32 阿波紀行・紀ノ川流域 司馬遼太郎著」です。
すぐに本に影響されちゃう方なので、室町時代にこの地を治め織田信長が京に上るまで畿内を制した細川氏・三好氏関係の地や、四国八十八ヶ寺巡りをしてみたくなっちゃってます。

そして本日、御用達本屋さんに注文したのが、「漢字百話 白川静著」です。
日本語は、ひらがなという表音文字と、漢字という象形文字の組み合わせです。
両方持ってることが、日本語の表現方法を広げています。

小学校の時、「親という漢字は、木の上に立って見ているのが親の姿です。ガミガミ我が子を叱るのではなく、我が子の安全に気を配りながら何も言わず上から見ている子供の育て方がいい」と先生から教えられ、漢字ってスゲ~と思いました。
現在は、漢字の象形文字としての情報を軽視する傾向にあり、江戸時代以前はその形や文章全体の優美な姿からも情報を相手に伝えようとしていたというのを読んで、また漢字を勉強したくなりました。

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11月・読書感想文・・・「一向一揆と石山合戦」神田千里 吉川弘文館

戦国時代、戦う宗教集団として目立った親鸞が拓いた浄土真宗本願寺派・一向宗の「一向一揆」にスポットライトを当てて解説されている戦争の歴史です。
力の時代を生き抜くために、時には室町将軍に協力し、時には守護大名と戦いついには守護を追い出し、加賀を「百姓の治めたる国」として自治しました。
信長包囲網の1つの核として石山本願寺に籠城し10年間も戦ったが、歴代法主はむしろ権力闘争から距離を取ろうとしていたということを知った。
しかし宗教集団として戦国と距離を保っても、信徒は領国の戦国大名に徒歩兵として動員され雑兵として戦った。
そんな複雑な関係から、一向一揆として旗揚げしたようだ。

鎌倉宗教の天台宗などの古刹が武装集団として僧兵を養っているのとは少し違い、あくまで一般農民が主力で、利害関係の一致した信徒・非信徒の地方豪族という武士層と手を結んでの一揆なので、守護を追い出すなどという戦果まで上げたようです。
この時代の仏教寺院に何故このような動員力があったのか疑問でしたが、その答えの一部が披露されていました。
大名同士の大戦争だけでなく、隣接する豪族の小競り合いでも、田畑や家を焼かれる農民には心休まる時がありませんでした。
集落の長が集落の意見を集約し、金子や戦時物資などの協力を申し出ることで、雑兵からの略奪を免除してもらう札を手に入れたりして生き残りを図っていたが、その拠り所としてより強大な宗教集団に属することもしていたそうだ。

地域や国のトップと太いパイプを持つ教団は、直接トップ同士で話をつけ、信徒の安全を確保できた。
故に、強烈な信心があるわけでもないけれど信徒の確認を教団に求め、それで武士階級からの理不尽な要求から逃れており、反対にこの農民や町民の大きな頭数や動員力が、対武士階級へのパワーとなり無視できなくなっていた。
最も頻繁に戦場になった京都商人階級が信心した法華宗にも、同じことが言える。

日頃の教団から受けている恩恵に報いようとする心が、織田信長などの強力な軍隊に対しても怯むことなく戦った原動力となったようです。
戦国時代末期に一大勢力を誇った一向一揆の舞台裏を、かなりクリアに脳内整理できました。

テーマ : 読んだ本。
ジャンル : 本・雑誌

メインセイルがトップまで上がらない

12/8(日)に船に乗りましたが、メインセイルがトップまで上がりませんでした。
マストトップまで10cmというところで引っかかります。
マスト内で、他のハリヤードと絡んだのかと思い、ヨット屋をやってる後輩(僕が母校コーチ時代の選手)に点検を頼みました。
12/15(日)にも船に乗りましたが、この時は強風でゲストが学生ヨット部員だけどクルーザーは初めてだったので、ジブセイルのみで帆走しました。

翌日月曜日の朝も風が強かったけど、火曜日起きたら収まったようなので、もう一度1人でじっくり点検することにしました。
後輩が直してくれているかもしれませんが、報告がないのでまだ点検をしていないはずです。

通勤リード110を家内のアドレスV125に乗り換えて、西宮に向かいます。
来春までアドレスはお蔵入りなので、バッテリーを上げないようにお守りしなければなりません。

やっと明るくなってきた6時前にハーバーに着き、係留桟橋から船に乗ってゴソゴソし始めました。
船は東向きに桟橋に係留してあるので、連日の西風ではメインセイルを上げたら風をはらんで風圧で途中から上がらなくなります。
ラッキーな事にハーバーも無風で、メインセイル上げ下げに支障はありません。
ですが、何度やっても前回同様あと10cmのところで引っかかります。
上から2つ目のラフのカーからクリューに向かって変なシワが入ります。
一番上のカーはそこを通ってるので、マスト側には問題なさそう・・・マストに登って点検したいけど、1人で登るのは危険です。

結局あきらめて帰宅し、出勤しました。
後輩に点検の様子を聞いたら、先週はずっと西風で点検できなかったそうです。
空いた時間に点検してくれるよう再びお願いしておいたら、昼間点検してくれたようで夕方電話が入りました。

マスト内での他のハリヤードとの絡みはなさそう。
マストトップのシーブの潰れはなさそう。
メインセイルのカーに問題がありそうで、それにシリコンスプレーなどしなかったかと聞かれました。
カーのベアリングにシリコンすると一時的に改善されるが、シリコンの脂分にゴミなどがくっついてかえって動きが悪くなるらしい。

上がらなくなった原因は、カーのボールベアリングの動きが悪くなったことだろうとのこと。
カーを外して洗浄組み直しをして、経年劣化したベアリングやカーがあれば交換するとのことです。
点検修理終了までは、メインセイルを上げない方がいいそうです。

う~ん、天候が良ければヨット仲間の次男が帰省するので、お正月に船を出そうかなと思ってたのになあ・・・

お着物美人

昨夜食卓のカレンダーを見たら、22日(日)に書き込みがありません。
ここは家内の予定表なので、「あれっ、次の日曜日は着付け教室ないの?」「うん、1月中旬までないよ」「じゃあ、どっかに行こうか」「うん、いいよ」。
ここ2ヶ月ほど、夕方からの映画ぐらいだけだったので、久しぶりに朝から1日一緒に行動できます。

お風呂で温まりながら、いろいろ考えます。
船・バイク・自転車は風邪を引かせたら大変なので却下です。
お風呂から、「播州赤松氏の山城に登ろうか?」「うん、いいよ~」。
赤松氏の3大山城(僕が勝手に命名)の1つ「置塩城址」に登ります。
2年前に登った「感状山城址」が素晴らしかったので、2城目を攻略します。
赤松円心が本拠にした「白旗城址」は手強そうなので、もう少し温暖な季節にします。

「置塩城址」は、嘉吉の乱で没落した赤松氏が、播磨・備前・美作国守に返り咲いた時本城にしました。
去年、「坂越焼き牡蠣ツーリング」の帰りに、登城口だけ確認しておきました。
いつか家内と登ろうと在庫メニューにしていました。
やっと日の目を見ます、楽しみだな。

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今朝は朝から雨音がします。
着々と進んでる庭の草刈さえ出来ないので、自室でゴソゴソしてたら、「おとうさ~ん、ど~」という家人の声が階下から聞こえてきました。
「ん?なんだ~」と降りていくと、洗面前の全身鏡まえで家内がポーズを取っています。
「おぉ~、綺麗~。やっぱり似合うなあ~」
とうとう着物を1人で着れるようになったようです。

「お正月に、間に合った~」って、ごきげんです。
元旦は高速道路が空いてるので、「播州家内実家墓参り~姫路城大天守修理見学~姉夫婦が守る家内実家で甥・姪たちも含め昼食~播州一乗寺~旧海軍飛行場跡」というコースを組んでます。
「お寺ぐらいだったら歩ける?」「うん、大丈夫」

小学生低学年の頃からお茶お花を習ってたから、着物はたくさん持ってます。
でも宝の持ち腐れになってました。

大学時代家内と付き合いだして2ヶ月後、初めて家内の家に行った時、「いいもの見せてあげようか~」って連れて行かれたのが結婚式場で、「いきなり、マジで」と思ったら、吹き抜けの壁一面に家内の着物姿がドアップになってて、「え~」って度肝を抜かれました。
華奢で首も細いし、着慣れてるので、すごく着物が似合います。

息子たちやお姉さん一家を驚かせてやろうってことで、苦節半年、着付け教室であ~だこ~だやった努力が実りそうです。
帯を引っ張って脱がす悪代官をやりたいってお願いしたけど、目が回るからダメだって・・・残念。
着物をハラハラと脱いでるのを見てたら、下からパジャマ姿が出てきました。
「色気ないね」だって・・・
家内といると、ほんと楽しいです。

12/15・1回生クルージング 2/2

東入口からハーバーを出て、少し西に走った後、ジブを1/2ほど出して帆走開始です。
風上を見ると白波が全面に飛び、ジブ半分だけでも結構走ります。
メインも上げた方が安定しますが、ヒールに慣れていないクルーザー素人なのでこれで楽しむことにしました。
先週、メインがマストトップ10cmぐらい下までしか上がらなかったので、後輩に点検依頼中なのもあります。
ヘルムスを交代し、僕はのんびり見物です。
「うわ~面白い」って若者が楽しんでいます。

六甲アイランドに係留してるドイツの自動車運搬船近くに行きます。
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BMWを積んできたのだろうか?
フェリー乗り場に近づき、今夕出発の係留中のフェリー2隻を間近から見上げます。
海上自衛隊阪神隊に近づき、日の丸・旭日旗を眺め、掃海艇2隻も見ました。
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ここで13時半、帰路に着きます。

風が落ちたので、ディンギーヨットが練習に出てきています。
J24がマッチレースのスタート練習をしています。
次男後輩の兵庫ジュニアのOPが10艇ほど練習しています。
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14時半にハーバー前まで帰って来て、先週同様関西一の高級ハーバー・芦屋マリーナを見物します。
桟橋付き住宅も見せ、「イメージをインプットさせたから、将来実現してね。
そして僕をゲストに招いてね」って言っときました。

新西YHに戻り、船を片付け関西ヨットクラブ・レストランでお茶をしました。
クリス君も福岡出身でオガワ君と同じでした。
オガワ君が修猷館で、クリス君は公立の小倉高校出身だそうです。
クリスくんが注文したジェラートが美味しそうで、僕も追加しちゃいました。
「食べたいやろ~」ってオガワくんに振り、彼も追加。
クリスくんも飲みものを追加し、全員ジェラートセットになっちゃいました。

1Fの売店に下り、彼らの物色に付き合いました。
ノース店長の関大君を紹介し、来春の合同練習のことをお願いしておきました。
ヨット用品は高いので、貧乏学生にはなかなか手が届かないね。
チームライジャケのことを相談していました。

バルチックの子供用ライフジャケットがかっこ良く、初孫くんライジャケはこれにしようかな?
海に連れて行くようになったら、具体的に考えよう。
息子たちには、海岸ではライジャケ必着しました。
フェリーでもマイライジャケを家族全員で着ていたので珍しがられましたが、僕ら親の安心は格段に上がりました。

阪神西宮まで1回生を送りました。
「また是非、クルーザーに乗れる機会をお願いします」
冬は日没が早いので、15時帰着で計画しないといけませんが、もっと海上にいたかったそうです。

17時頃帰宅し、ヨットの片付けをしていると家内が帰宅しました。
万博イルミネーション見物を予定していましたが、僕がすっかり忘れており、車では駐車場が混むと面倒だし、バイクだと寒いしで止めちゃいました。
夕食を食べ、NHK「路線バスの旅」を見ている途中で寝ちゃいました。

12/15・1回生クルージング 1/2

日曜日は、コーチしてる大学ヨット部の1回生部員を呼んでのクルージング日でした。
計画し呼びかけたのが1週間前だったし、ヨット部活動終了後1周間だったので、10人の部員の内予定が空いていたのが3人だけでした。
バイトなどでオフも忙しそうです。

9時半阪神西宮駅ピックアップなので、朝は余裕です。
朝活動の庭の草刈を終え、朝風呂で読書時間を持ってもまだ余裕です。
でも家内が着付け教室に出るので、8時過ぎにヨットの用意を済ませ家を出ました。

最寄り駅まで家内を送り、R171で西宮に向かいます。
9時前に駅前に着いてしまい車内で暇してると、オガワ君から電話が入りました。
「すいません、寝坊してしまい10:15到着予定です。・・・」「了解、・・・」。
グフフ、長いヨットシーズンを終え、久々に空いた日曜日なので緊張が緩んだのでしょう。
また電話が鳴り、参加予定のイガラシ君から、「すいません、寝坊しました。今からでは大幅に遅刻しそうなので・・・」「がははは、OK~」。
参加者が2名になりました。

車を走らせ、ハーバー30分無料駐車を利用して、船の様子をみます。
天気はいいですが、8~10m/sの風が入る予報なので海の様子にも注視します。
せいぜい4~5m/sなので、1回生にステアリングを持たせても楽しく走れそうです。

適当な時間になったので駅に戻ります。
阪神西宮駅回りに駐車スペースがなく、車内からバックミラーで駅からの人の出入りを見ていました。
到着予定時間になり電話が鳴りました。
「今着きました。何処でしょうか?バスロータリーが見えています」「東に向かって歩いて。その道にいるよ」「はい」。
バックミラーに若者2名が走って南に向かうのが見えました。「あれっ?」。
こっちに来る人の姿がないのでまた電話し、地理がわかってないのでバスロータリーに迎えに行くことにしました。
車を置いて歩いて行けば簡単ですが、道が狭く車を離れられないので、まず北側のバスロータリーに車を回し探しますがいません。
えべっさん関係なのかガードマンがたくさん出て停止することも出来ません。
南側のバスロータリーに回ってピックアップ出来ました。
僕自身阪神西宮駅を利用しないので、手間取ってしまいました。

ハーバーに向かいます。
途中、学生時代活動した旧西宮ヨットハーバーの上を渡る西宮大橋から、跳ね橋をマラソンしてる集団を見ました。
マラソン大会が開催されているようで、駅のガードマンも駅前にたくさん集合していた若者たちの集団の理由がわかりました。
出場者とかボランティア運営者だったのでしょう。

クリスくんの名前って、まさかリチャードとかじゃないよねって聞いたら笑われました。
栗栖という苗字だけど、病院とかで名前を呼ばれる時、金髪を期待する視線が一斉に集まり恐縮するそうです。
春の試乗会の時も、参加者名簿に彼だけカタカナで書かれ、部員に金髪美人を期待されたそうです。
ぐふふ・・・

ハーバーに着き、出艇申告を済ませ、レース艇からライジャケを出して係留艇に向かいます。
リーフラインを用意しようと思いましたが、10m/sぐらいの風が入っているし、リーフライン準備が面倒なのでジブのみ帆走にします。
桟橋から離れ、まず給油桟橋に着けます。
職員が桟橋でローブを受け取ってくれます。
「免税用紙をお持ちですか?」「いいえ、ハーバーカードで請求書に一緒に載せてください」。
海で使うので、道路特定財源制度で課せられる税金は免除になるのですが、毎年面倒な手続きが必要なので手続きをしていません。
軽油給油、28.81L・4465円、1L・155円とはガソリン並みの値段だ。
手続きをすると税金30円ほど安くなるけど、ポリタンクでGSから買ってくるのと同じぐらいだから、煩雑手続きをしようと思わないです。

以前はポリタンクで買ってきてたけど、それも面倒になってきちゃいました。
なんせ、主動力が無料の風なので、給油は半年に1回ぐらいだからなあ。
職員さんに風予報を聞くと、夕方まで10m/sぐらいで、甲南大が練習に出たけどさっき帰って来ましたとのことです。
新チームだから無理せず練習を途中で中止にしたのでしょう。
強風注意報が出ているそうです。

12/8・卒業生クルージング

日曜日は、手伝ってる大学ヨット部の卒業生とクルージングをしました。
10時にホームポートにみんながやってきます。
10月に予定していたのですが、雨予報でこの日に変更していました。
今回の予報は、晴のち曇でGoodでしたが、風が吹かなさそうです。
気温が上がればうららかに漂いましょうかね。

起床後ゴソゴソし、7時で明るくなったので、お正月に向けて庭ジャングルの格闘を開始しました。
冬なので雑草がグングン伸びることはありませんが、前回から2ヶ月ほど経ってるので悲惨な庭になってます。
垣根は先月やっつけたので、良しとします。

30分頑張り、我が家にあるカッパ・手袋を防水リュックに多数詰め込みます。
毎回「温かいカッコをして来い」と言ってるのに、若者は薄着で来ます。
ガタガタ震えながら、海上の吹きっさらしは辛いので、保険です。
8時を回り家を出ました。
都会に出る家内を駅まで送り、R171を西宮に向けて走りだしました。

8時半にハーバー前コンビニでおにぎりを2個購入し、ハーバー駐車場に車を停め船に向かいます。
この日は月例ポイントレース日でしたが、僕はレースメンバーから外してもらいました。
そしたら他メンバーも忙しく、3人集まらずうちのチームは不出場になっちゃいました。
桟橋を見ると、IRCレース艇やホワイトレース艇もレース準備をしています。
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3つのレースを合同開催するようです。

係留艇に乗りドッグハウスの換気をしてトイレ点検、エンジン始動も一発点火でナイスです。
前の船はソーラー充電してたけど、今度のは係留中に桟橋電源ポストからケーブルをつなぎっぱなしにしてるので、バッテリーの心配は皆無です。
バイクもこれができれば、冬場も安心なんだけどな。
ソーラー充電より強力なので、これは精神的にありがたいです。

センターハウスに戻り、のんびり待ちます。
売店が開店したので物色していると、部員達がやってきました。
用事で来れないメンバーもいるので4名です。
出艇申告をします。
日没が最も早い時期なので、15時帰着予定にします。

陸置きヤードに回り、レース艇からライジャケを3つ調達し、係留艇に移動します。
船内のライジャケを1つ出して全員着用です。

東出口から出て、2m/sほどの弱い風の中セイルアップし、のんびり走りだしました。
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六甲アイランドのキリンさん(コンテナクレーン)を見に行きたいということで、機帆走してコンテナ埠頭に接近します。
大型コンテナ船が桟橋に横付けされており、まさにコンテナ積み下ろし作業中でした。
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赤白灯台の間を抜け、IRCレース海面を目指しますが、風待ちをしてるようなので神戸空港に向かうことにしました。
軽いブローが時折入るぐらいののんびりスピードなので、ハーバーへのターン時間13時になってもまだ空港連絡橋に達しません。
Uターンし、ワイワイがやがや、あれやこれや話しながら、エンジンかけたり、ブローが入れば帆走オンリーにしたりしながらハーバーを目指します。
朝のハーバーはこの時期としては暖かでしたが、海上は寒くやはり女子2人は僕の持参したカッパ着用になりました。
レース海面を見ると、レースが終了したのか全艇ハーバーバックしています。

15時半頃ハーバー沖まで戻ってきて、まだ早いので芦屋マリーナに入ってみます。
桟橋係留中の豪華艇を横目に、ガーデン結婚式場が披露宴中のようで垣根の間から黒服の人がチラチラ見えます。
桟橋付き邸宅の方に回ります。
グランドバンクスがドカンと家の前に係留されています。

ハーバーに戻り、桟橋メンテナンスでスターン着けしていた隣の桟橋から本来の桟橋に槍着けします。
ステップなども移動し、陸置きレース艇にライフ・ジャケットを戻しました。
レースのライバル、T艇とS艇がレースから戻っていました。
4レグのレース中の3レグ目で風がなくなりノーレースになったそうです。
ジブ社長さんだよってSさんを紹介したら、学生はみんな持ってるジブバックだったので驚いていました。

ヨットクラブ内レストランでお茶しようと思ったら、レース後のパーティーのようで貸し切りのようでした。
ハーバー1Fレストランで、ワイワイガヤガヤおしゃべりし、阪急西宮北口駅まで送って帰宅しました。

片付けを終えたところに家内が帰宅し、駅で仕入れてきた近場お遊び情報パンフレットを見ながらあれやこれや、息子達が帰ってくるお正月メニューを検討しました。
「モヤモヤさま~ず」「ダーウィンが来た」を見て、「八重の桜」が始まったところで風呂に入り寝床に潜りました。
ああ、楽しかった。

12/7・太田牛一のお墓発見

と同時に、これを建てられた能勢さんの無念も感じました。
本当は、我が血を受け継ぐ子にバトンを渡したかったのではないか・・・と。
僕は幸福にも我が子を得ました。
息子たちを産み育て、僕の遺伝子を繋げてくれた家内に大感謝です。

能勢氏の嫡流は、野間・地黄の清普寺が菩提寺なので、庶流の末の方ですね。
でも能勢氏家紋をここまで代々繋げてきたのだから、庶流の嫡流なのでしょう。
そんなこんなを、略歴を読みながら思いました。

墓地の別の一角に入ると、歴代住職さんの卵型墓石が並んでいます。
目的の「太田牛一」さんの墓石がまだ見つかりません。
「太田家」の墓もありません。
塀の外に道を隔てて墓地が見えますが、直接行けないのでこの墓地の入口に戻ります。
墓地の外に出て隔てる道の方を見ると、かなり大回りしないと行けないようなので、バイクに戻ることにしました。

この選択がラッキーでした。
山門前のバイクに戻ると、毛糸の帽子を被ったご住職さんが山門下でパンフレットなどを整理しています。
「おはようございます。お寺の謂れが書かれたものはありませんか?」
「どうぞ」
「おいくらですか?」
「差し上げますよ」
「太田牛一さんのお墓を見たいのですが・・・」
「ああ、じゃあね・・・」って、やはりさっき見えた飛び地墓地内のようです。
「ありがとうございました」
時間があれば、ご本尊を拝みたいとか、いろいろお話がしたかったのですが、お礼を言ってバイクでブーン。

「関係者以外立入禁止」と書かれた門扉を開けて、墓地内に入ります。
まず目についたのが、古いのから新しいのまで整然と整理された一角でパチリ。
次に「阿澄家の歩み」の立派な説明板が立つ一角。
20131207FutsuS038s.jpg
要約すると、『阿澄家は青木家一族で、麻田藩初代・一重の弟重経が阿澄家の養子になり源五と名を改め、家康の近衆として仕える。武田信玄との三方原の合戦で討ち死にした。家康はその雄を讃え、首取り源五の偉名を与えた。江戸文化年間、10代藩主の同母弟が、「初代藩主の弟の遺姓継ぐべし」と下命され現在に続く。阪神大震災で墓石が倒れ、これを機に全面改修工事を致し、先祖の霊を祭り一族の繁栄を祈念し・・・』だそうです。

母方の先祖も、その地方のちょっとした名家なので、墓誌に歴史を刻んでいます。
単なるお墓ではなく、その地方の歴史でもあるので、こういうのは後世の歴史研究家に真実を伝える遺物でもあります。
僕が他人様のお墓を平気で写真に写し、墓誌をくまなく読むのも、半分お墓ではなく生の歴史だと思っているからです。
お墓ぐらいオープンになってる歴史遺産はありません。

こういう血にまつわるイベントがあると、小さい子へのインパクトは抜群ですね。
ここでやっと朝日が墓地に入り、墓石が朱く染まりました。
「上間家」の墓石が目につきました。
珍しい苗字なので、親鸞の代から本願寺に仕えた家老・「下間家」にピンと結びつきました。
信長と戦った一向一揆の総大将などで、よく目にする名です。
秀吉の大坂城の場所にあった一向宗総本山・石山本願寺での戦いにもよく登場します。
関係あるのかな?大阪の格の高いお寺だし、「釋」という浄土真宗特有の戒名が書かれた墓石も散見できたし・・・妄想が広がります。

「あ~見つからない~」って墓地を一周して入口に戻ってくると、「あっ、あった」。
20131207FutsuS045s.jpg
最初に見つけた新旧の墓石が整然と並んだ一角が、太田家の聖地でした。
新しい立派な「太田家」と刻まれた五輪塔に、家紋の「丸に石畳」が入っています。
太田牛一の嫡家ともなると五輪塔を奮発しないとね、僕みたいな歴史ファンのがっかりため息を誘ってしまいます。
横に整頓された古い墓石の1つに牛一のがあるのかな?
横の墓誌霊標に、「初代・太田牛一、二代・・、14代・・平成10年」と刻まれていました。
20131207FutsuS046s.jpg
阿澄家同様、震災を機に14代目か現存の15代目さんが整理・新調したのかな?
目的達成です。グッジョブ!

7:14です、帰りましょう。
r9で「畑天満宮」に寄り道しました。
言い伝えでは僕の先祖なので、手を合わせます。
もやっていますが、大阪のビル群が一望です。
豊中の丘陵地帯もよく見えます。
地形が分かりますね。

ブーンと走っていると、池田が発祥の地であるチキンラーメンカラーの阪急バスに、信号ストップで追い付きました。
カメラを用意してたら信号が青になり行っちゃった。
慌てて追いかけ、カメラに収めました。
20131207FutsuS055s.jpg

7:45に帰宅すると、家内が自室で帯結びの練習をしていました。
最近家内は、朝起きてお三度の用意をしたら着付けの復習をしています。
着付け教室も後半戦になり、このままではマスターできないと焦ってるみたい。
「お~、昨日よりいいやん」って適当に声を掛けますが、こちらの適当なことは百も承知なので、「またいい加減なこと言ってるわ」という目で見られました。

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12/7・彿日寺・藩主菩提寺

古刹の雰囲気はありませんが、第一印象通り瀟洒なお寺さんでした。
「旧浅田藩主菩提寺・北摂第27番札所 黄檗宗・摩耶山・彿日禅寺」。
黄檗宗(おうばくしゅう)というのを調べたら、臨済宗・曹洞宗に続く禅宗の宗派で、前述両宗が日本風に姿を変えた現在でも明朝風様式を伝えているそうです。
瀟洒なコンクリート会館は禅修行場で、手入れされた外観を見ると相当数の修行者を抱えているものと想像されます。
山門外には、「六方礼拝塔」と表札された「彿日寺会館」があります。
3階建の建物の上に小さなベランダが乗っており、景色が良さそうです。

あまりに暗いので、山門前にバイクを置き門内に入ってみたり、ご近所を歩いてみたりしながら日の出を待ちます。
20131207FutsuS016s.jpg
住宅の間から大阪の夜景が見えます。
6:20になり、やっと明るくなってきました。
山門扉に大きく「三つ葉葵紋」が入っています。
まずは探索料として、お賽銭をチャリン。
これは礼儀です。
おお、伽藍入口横に「魚板」が下がっていました。
木魚の原型と言われており、これを叩くことで腹の中の煩悩を吐き出すという意味があります。
だから魚板の口は開いています。

境内には墓地がありません。
さっきうろうろした時見つけた住宅に囲まれた飛び地の墓地に向かいます。
墓地入口からいきなり麻田藩歴代藩主のお墓群が見えます。
謂れ板も立っています。

『麻田藩は大坂を取り巻く大名領の1つで、1万石余の外様大名です。青木氏は戦国末期・美濃国にあり、初代藩主の父・重直は初め土岐氏に仕え、それを滅ぼした斎藤道三に属し軍功があった。斎藤氏没落後、それを滅ぼした織田信長に従い、のち豊臣秀吉に仕えた。1594年に摂津国・豊嶋郡の内1400石の地を与えられ、のちに360石の加増があった。
重直の子・一重が実質麻田藩初代藩主で、美濃国に生まれ今川氏直に仕えて功あり、氏直没後徳川家康に仕えて戦功を上げた。三方原の合戦で家康が武田信玄に敗れた後家康の元を去り、丹羽長秀に仕え、長秀の死後豊臣秀吉に従い1万石を領した。秀吉没後秀頼に仕え、大坂七手組の頭になった。1614年・大坂冬の陣には大坂方に与し、翌1月大坂方の和議礼謝の使いとして駿府に下向したが、帰路拘禁された。この後、大坂の落城を聞いて剃髪、幽居されることを望んだが家康に再仕することになり、父重直の采地12000石を領し、豊嶋郡麻田に住んだ。
2代・重兼は隠元禅師が来日し、宇治に黄檗山万福寺を建立した時建立奉行を勤め、1654年豊嶋郡東畑村に仏日寺を建て菩提寺とした。青木氏はその後転封されることがなかった。1869年(明治2年)麻田藩知事になり、後に子爵を授与された。』

歴代藩主墓地の扉には鍵がかかり入れなかったので、扉の外からパチリ。
20131207FutsuS030s.jpg
一般墓地を巡っていると、切竹矢筈十字が入った能勢氏の大きな六角墓石がありました。
正面に『土佐から帰って北摂の池田に住むこと60余年 能勢の2世代ここ秦の地に眠る 山あり川あり田畑あり海も望めて暖かい里なり』と刻まれ、左右2面に2代の夫婦の名前と戒名が、そして背面には、『源氏で丹波の出の能勢康隆は、長宗我部氏に従って土佐へ渡ったが、徳川の山内氏に仕えず郷土になり、2百数十年代々庄屋を務め明治に及ぶ。・・・。父武長(二男)は、高知物部川の辺りに生まれ師範学校卒業・・・。母は・・・。夫は・・・。妻は・・・』と、略歴が刻まれていました。
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妻の略歴に、神戸で印刷会社を経営して子がなかったので会社を甥夫婦に譲るとなっていたので、それで得た財でこの立派なお墓を建てたように想像しました。
あるいは甥夫婦に遺言したのでしょう。
墓誌兼用の墓石はいいですね。
僕の先祖も大名家老崩れの庄屋で、墓誌に家の歴史を刻んでいたので室町時代初期の美作国城持ちにまで遡れます。

現在を生きる者には屁のつっぱりにもなりませんが、子孫である僕はそれを読み、中学生の時遺された書物の現代語訳を読み自分の血の流れに自信を持ちました。
まっとうな生活をすること、勉学に励むこと、正直に生き嘘はつかない・・・など、先祖の功績に恥じないようにしようと心に刻みました。
僕にそれを見せ語り読ませてくれた両親には、大変感謝しています。
そして今、僕は息子たちに複写本を渡し語っています。
「そんな昔の話なんて怪しいもんや」と、中学生の僕が言った台詞そのまま言われていますが、生き方に大きな影響を与えていると思います。

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12/5&12/7・池田「彿日寺」探索

12/5・早朝池田探索後半・・・
大きな森を目印に住宅街の細道を入ると、「五社神社」という立派なお宮がありました。
謂れ板が立っていなかったので歴史はわかりませんが、「史跡経塚古墳」という石碑も建っていました。
巴紋が描かれていましたが、池田氏の家紋ではありません。
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拝殿前に池田市教育委員会の謂れ板が立っていました。

『鉢塚古墳上部所在経塚出土品一式 経塚は末法思想が広がった平安時代中頃以降、末法の世にまで仏教の経典を残すため、それを書き写して埋納したもので、鎌倉以降は追善供養や極楽往生を願うために築かれるようになった。・・・短刀2・鉄器1・白磁壷1・鏡1・青銅玉肩覆2・ガラス小玉10・宋銭3・紙若干』

「水吐籠」の箱がありました。
20131205IkedaS015s.jpg
天秤棒が2本上に載っています。
昔の消火器ですね。
「明治21年5月新調」と書かれています。

ここでも「仏日寺」を見つけられなかったので、次は更に東を探索します。
「天児屋根命神社」発見。
ここも立派で、境内のカエデが朱く染まりいい雰囲気です。
20131205IkedaS024s.jpg
拝殿は江戸風入口屋根の曲線を使った唐破風で、重厚感があります。
本殿も拝殿同様銅板屋根で、2本鰹木だから宮名から感じた男神ではなく女神を祀っているのかと思ったら、千木は垂直切りなので男神・・・両方の神様を祀っているのかな?いろいろあるのでしょう。

などと寄り道してたら、7時を回ってしまいました。
帰路に着き、7:45帰宅。
NHK・おはよう関西のお天気お姉さん・菊池真以さんが、篠山の霧が昼前まで続くと言ってました。
「あ~やっぱり~、ミスったなあ~」
ご飯を食べて、最近イケズでおもろないNHK朝ドラが始まったので、朝風呂で身体を温め仕事に向かいました。


12/7・再び池田探索・・・
4:30に起きました。
窓の外は星空・・・篠山盆地が朝霧雲海に沈んでいるかも・・・念のため天気予報をチェックすると・・・う~む、濃霧注意報が篠山市に出ていない・・・。
野生の勘では霧が出ていそうですが、前回空振りした「仏日寺・太田牛一のお墓」探索に向かうことにします。

真っ暗なので5:30までゴソゴソし、また通勤リード110に乗って家を出ました。
r13~R176で池田に出てR178を20mほど北上し、北摂池田箕面高槻の峰の山沿いの道r9を東進します。
五月山下通過・渋谷中学通過、「東畑」交差点を右折し南下して地図で記憶したランドマーク「渋谷高校」南東角を右折します。

5:59、今回は目的地の「仏日寺」にダイレクトで来れました。
渋谷高校正門前にありました。
でも勝手口側のように、山門がありません。
金回りが良いのだろうか、コンクリート造りの瀟洒な建物が本堂かな?
大名の菩提寺にしては残念な雰囲気だなあ~と思いながら、西にグルリと山門があるであろう南側に回ってみます。
20131207FutsuS002s.jpg

ここら池田の山の手は、人口爆発初期に山裾を駆け上がった住宅地が広がっています。
大阪平野を一望できるけど、宝塚山の手ほど山に上がらないのでお年寄りにも優しい町です。
箕面に抜けるこの道は、旧街道だったのだろうか?寺社も多くナイスなアップダウンの道です。
自転車で箕面に行くときの定番コースです。
春~秋の探索なら自転車で来るのですが、夜明けの遅い今は原動機付きじゃないと探索時間が取れません。

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12/5・池田探索

目が覚めたら5:30でした。
「あ~、篠山の朝霧雲海は無理だわ~」
快晴そうだから、篠山盆地の朝霧雲海を観に行こうと思っていたのですが・・・時間を逆算すると、8時帰宅~7時篠山発~6:30盃ヶ岳東屋~6時登山開始~5時自宅発~4:45起床・・・に1時間遅れです。

ちょっとゴソゴソし、前夜見たNHK「歴史秘話ヒストリア」でやってた織田信長の右筆職だった太田牛一のお墓探索に出ました。
池田の「仏日寺」というところにあるそうです。
「仏日寺」は、蛍池にあった江戸時代の外様大名・麻田藩・青木家の菩提寺だそうです。

牛一は、信長亡き後秀吉などに仕え、青木家家臣が最後だった関係でここにお墓があるそうです。
「仏日寺」の場所は天領池田内のようで、麻田藩の藩領から外れているのでは?(当時の藩領の範囲を把握していません)と思い調べると、豊嶋郡東畑村に麻田藩菩提寺として建立されたそうです。
この場所が特定できませんが、軍行橋で猪名川を渡ったとこにある池田市豊島のどこかでしょうか。
それなら麻田藩領内は確実だし、あの辺の古いお屋敷のある風景とも符合します。

毎回楽しみに見ている番組ですが、ほとんど途中で夢の中に落ちるのに、織田信長の右筆・牛一が無類の文字好きに思え僕に似てるなと瞼が閉じませんでした。
これが今朝4時台に起きれなかった原因でしょう。

通勤リード110に乗り、r13~R176で池田の旧街道と思われる山の手の手の「池田城址」南の道を東進。
6:30、小さな鳥居を見つけたので探索。
特徴ある名の「星の宮」の謂れ板が立っていました。
仁徳天皇の御代、中国大陸から渡ってきた漢織・呉織という2人の娘が池田で機織りを始め、池田は日本の着物発祥の地です。
呉服という名は、中国・呉の服という意味です。
呉服(くれは)神社というお宮が池田中心部にあります。

2人が夜遅くまで灯りも点けず機織りをしていると、多くの星が天から降りてきて昼間のように明るくなったということです。
それに感謝して建てられたのがこの「明星大神」だということです。
小さなお宮で境内への扉が閉まっていましたが、塀の上から望むと「明神大神宮」と本殿上に銘打たれていました。
良い名だな。我が家の近所に「穴織」さんという苗字のお宅があります。
池田には「織」に謂れがある地名やお宮が多くあり「穴織神社」もあります。
歴史好きは、こう言うのに惹かれてしまいます。

歴史案内地図が立っており、とこの道は「能勢街道」だそうで、星の宮横の道は、池田城の堀跡だそうです。
お城から500mほど離れてると思うのですが、外堀まで構えた城だったのかな?
池田氏は中世の中堅どころの豪族だから、そんなに大きなお城を作る財政力はなかったと思うから、小川程度の天然の川が流れていただけなのでしょう。
目的の「仏日寺」は載っていませんでしたが、これも大きな収穫です。
古い石の道標には、「左 京・大坂」と掘られていました。
20131205IkedaS004s.jpg

「大阪教育大・付属池田」の北を東進し、脳内地図を思い浮かべ野生の勘で適当に右折・南下して更に南を南東に走るR176までのエリアを探索します。
寺社を見つけるには鎮守の森が目印です。
ここかな?って入ったら「水月公園」でした。
20131205IkedaS008s.jpg
池(元農業用水池?)の辺りに中国風の東屋が建ち、お散歩の方が多いです。
池田市街地が眼下に広がり、お散歩には持って来いですね。

一旦能勢街道に戻り、西進し1本西の南北道を南下してみます。
「池田・まち角の図書館・第10号」発見。
20131205IkedaS010s.jpg
『この本は、ご自由に取り出し、お読みください。みんなの本ですから、読み終えたらお返しください』
池田には、誰でも自由に取り出して読める24時間出し入れ可能の本棚型固定図書棚が公園などところどころにあります。
学びは人類発展の基本で、先人の知識は本から学べます。

僕は本読み・文字に親しみを覚えることが学問の第一歩だと思ってるので、息子たちが言葉を理解できるようになってから毎日本の読み聞かせをしました。
僕の血に流れているらしい学問の神様・菅原道真さんに習う意味もあります。
この池田市の自由本棚のアイデアはナイスだと思っています。
本棚に並ぶ本は、子供向けから大人までいろいろですが、いつどこで見ても整然と並び、ガラス扉があるだけですが綺麗に掃除されています。

業者に掃除依頼もされていると思うのですが、この地域の民度の高さが現れています。
池田市の山の手のこの一帯でいつも見つけるのですが、地域を選んで設置しているのかもしれません。
こういうのを地区で綺麗に維持管理していこうとすると、地域の交流などにも役立ちそうです。

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12/1・琵琶湖から帰宅後に、映画「あさひるばん」

R7では2回も470がゼネラルリコールでスタートをやり直したのに、R8は470・スナイプともオールクリア・スタートでした。
R7中盤から風が6m/sほどに上がり、パンピングフラッグ・O旗が上がり、R8は最初から本部船にO旗が上がっています。
ミズノ艇は1上3位回航です。
R7は1回生クルーで3位フィニッシュだったので、レギュラークルーのフジタ君の心境は如何に・・・交代時に「俺不要説を吹き飛ばすぞ~」って勇んでいました。
スナイプ級新人オガワ艇が校内トップで、1上マークを回航しました。
乗り方が綺麗で、まだまだ伸びそうです。

スナイプのサイドマーク回航を見送り上マークに向かう途中、R8のスタート後の第1レグで良かった左海面に大きく突っ込んでくる470が2艇いました。
部員に何処か見させたらD社でした。
「おお~これはラッキー」、コーチボート上からは、R7同様右からのブローが入っています。
右海面に出してスターボでこちらに向かってくる艇がブローを受けて大きくバウを上に向け、大きな上りの風を受けています。
「向こうがトップだな。向こうの先頭艇はミズノ嬢じゃないかな?セールナンバーを確認して」・・・やはりそうでした。
「こりゃダントツになるぞ。30艇身ぐらい2位にリードして第2上マークを回りそうだぞ」
ビンゴ・・・風がなくならない限りトップ間違いなしです。

最終レースでトップホーンを鳴らし、このレースシリーズ2回目のトップです。
スナイプ注目の新人・オガワ君は順位をキープしましたが、キャプテン艇が猛追で更に上でフィニッシュしました。
これで予定された全8レース終了です。
まだ午前中なので、これでレースを終えるのは勿体無いですが、早く帰れそうです。
総合成績は前日同様でしょう。

ハーバーへの帰路、スナイプを追いかけました。
オガワ艇のメインセイルチューニングがイマイチに見えました。
リコールナンバー下のエリアに、ブローが入りメインコントロールする時シバーな裏風が入ります。
マイクでカニンガムを引かせ、更にバングを引かせます。
その状態でキャプテン艇と並走させ、その前とのスピード差を感じさせます。
ハーバー手前でどんな感じか聞くと、スピードが上がったとの答えが帰って来ました。
コーチボートに乗ってた子達も、何かを感じてくれただろう。

ハーバーバックし、解装後ブリーフィングで感じたことをいろいろ話し、帰路に着きました。
次男同期のイリグチ君がフィニッシュボートに乗り運営しており、「次の監督に内定しちゃいました」と報告を受けました。
「そりゃそうやろ・・・大学職員になったんだから当然やろ」、現監督から2年後の交代の話が出た時に、「次はおまえやな」って彼に話していました。
おめでとう、頑張りな。

YHで家内に電話します。
「早く終わったから、1回前の上映に間に合いそうだけど、都合はどう?」
着付け教室は終わったそうですが、仕事関係の講習会があるそうです。
帰宅後1回前の上映開始時間を調べて電話することにしました。

14時前に帰宅しまし、ヨットの用意を片付け、家内に電話します。
「尼崎・15:40、西宮16:30だよ」、15:40尼崎になりました。
ご飯食べて、食後のヨーグルトを食べたら体が冷えてお風呂で体を温めないと・・・。
15:10自宅出発・・・「うわぁ~ギリギリになっちゃった~」。
先週同様、上映開始ギリギリに映画館に着き、スクリーンに入ったら予告編が始まっていました。

「あさひるばん」というコメディーですが、感動しちゃって喉まで涙が流れてきちゃった。
お目当てのヒロイン・桐谷美玲さんも相変わらず可愛らしく、ナイスな映画でした。
僕が彼女が好きであると家内に見ぬかれており、家内から「なんでこの映画が観たかったかわかったよ~」って見ぬかれていました。
めっちゃ、可愛かった~

2週連続でナイスな映画を大好きな人と観ることが出来、次は予告編でやってた「永遠のゼロ」です。
原作が抜群なので、ナイスな映画なのに決まっています。
映画館のあるCOCOEで夕食を食べ、通勤リード110タンデムで帰宅しました。
途中雷が鳴り雨が落ちて来たので、カッパを着たら雨が上がりました。
伊丹に入ると雨の跡もありませんでした。
帰宅してもまだ19時で、NHK・「ダーウィンが来た」を見てからお風呂に入り寝ちゃいました。
目が覚めると、なんと1時でした。
あまりに早すぎるので二度寝したら、次は6時を回って目が覚めました。

12/1・琵琶湖プレプレ学生選手権

「お父さんの観に行きたいって言ってた映画ね・・・なんで観に行きたいか分かっちゃた~。新聞の広告に出てた。うふふ・・・」なんて、朝起きると家内に言われました。

朝起きて玄関を見ると次男の靴がありません。
土曜日にある小学校の同窓会出席のために帰省する予定だったのに、帰って来ていないようです。
次男の出身大学ヨット部のコーチングに琵琶湖に行くので、東京に帰る方向だから次男と一緒に行こうと思っていました。
残念です。
まあ、先週もヨット仲間の結婚式で帰って来ているので、2週連続帰ってくるのかな?とも思っていましたが・・・。

起きていた家内に「おはよう」と声をかけ、20:20上映開始前にココエ尼崎の映画館で待ち合わせの約束をして、用意をして6時に車で出かけました。
次男が帰ってこないとわかっていたらバイクでも良かったなと思いながら、車モードになっていたのでそのまま中国道~名神で京都東IC下車、湖西道路をちょっと走り7時過ぎにヨットハーバーに着きました。

前日キャプテンから送られてきた初日の成績は、470級が2位・スナイプ級3位です。
学生たちと挨拶を交わし、フィッティングを終えた選手たちとあ~だこ~だ前日の様子など話しながら、8時開始予定の出艇申告を待ちます。
1回生に高校ヨット部経験者が2名入り、1・2回生それぞれ10名の大所帯になり両クラス5艇ずつ出して練習出来ています。
人数が多いと、とても賑やかです。
みんなとても楽しそうで、クラブの雰囲気の良さがにじみ出ておりいい感じです。

3m/s・SW(南西)の風の中8時に、マネージャーや交代要員の部員と一緒にコーチボートに乗り込み、紅葉の比叡山をバックに気持ちのいい朝を湖面を滑っていきます。
来週のポイントレースを最後に、今年の練習は終わります。
気持よくシーズンオフに入るためにも、いいレース結果で終われるといいな。
でも、本番は来年の夏・秋なので、このレースで結果を求めて萎縮したレースをしてしまえば、今後の伸びしろが小さくなっちゃうので、出艇前ブリーフィングでリコールを恐れず積極的にスタートは第一線を攻めることを指示しました。
その他ボートスピードで他校に遅れを取っていないようなので、大きく伸び伸びしたレースコースを取るようにアドバイスしました。

20131201PrepreS012ss.jpg
全体の7レース目(この日の第1レース)、470チーフ・ミズノ艇がボートスピードが上がったとの言葉通り、第1マークをトップ回航しました。
新人スキッパー・タバタ艇は、本部船より有利スタートの局面でライン中央部・全体の最もアウター寄りからスタートします。
どんなコースを引くのか見ていると、少ないアウターよりスタート艇がタックして返すのを待って、一番最後にタックします。
上マークまでのレグの1/4でしょうか。

右奥の方が風が強いようで、奥のスターボ艇がいい風をもらって上っています。
左海面艇が不利ですが、負けを覚悟して集団に飲み込まれず、フレッシュウインドの意識が高いです。
結果は風が190度から230度まで振り、次の上マークが変更になるほど右有利だったので、1上はビリの方でしたがコース取りはGoodです。
前日はずっと上位フィニッシュしており、問題なしです。
ただ上りの2レグ目で順位を思うように上げられなかったのが残念でした。
1上までのクローズレグでも、レース艇がバラける後半に、有利な右海面に寄せることは出来たはずです。

ミズノ艇は3位フィニッシュでした。
スナイプ級3艇はトップ争いは出来ないけど、上位後半~中位前半にスコアメイク出来る力があるようです。
もう一歩ボートスピードを伸ばせればトップ争いに顔を出せそうです。

R7がフィニッシュし、メンバーを乗り換えます。
このレースでもっとも成績がダメだった艇のメンバーが交代です。
タバタくんが上がり、「あ~左やと思ってたのに、三井寺パターンやった~」と笑っています。
僕が感じたことを話します。
彼は膳所高出身なので、琵琶湖の風のパターンを知っててうまく行かなかったので悔しそうです。
今回のレースは各校3艇しか出場できず、メンバーの要るウチはどんどん交代します。

本番のインカレ予選ではないので、例年通りBやCチームまで参加OKにした方が各校の下級生部員のモチベーションも上がり、対全国を考えても将来のレベル低下を防げると思うのだけど。
レースは1レースで1日の練習以上のものを得ることが出来るので、勿体無いです。

スナイプは、新人経験者オガワ君が公式戦初出場です。
この2人の経験者は、新人勧誘時に「全国を狙おう」と僕も勧誘しました。
1回生の・・・というより来年以降の核になるメンバーです。
彼らがいることが、みんなのライバル心を高い段階で燃えさせ好循環になるはずです。

11/24・「すべては君に逢えたから」

「MOVIXあまがさき」・17:30上映開始・「すべては君に逢えたから」夫婦50割引き2000円。
本編開始前の宣伝や予告編の最後に入り、真っ暗後ろの方の邪魔にならないように頭を下げて席に着きます。
すぐに本編が始まりました。
オムニバス形式の東京駅をキーワードにした短編が6つ、クリスマスイブをクライマックスに6つの物語が同時進行していきます。
タイムテーブルは、遠距離恋愛カップルの彼女が手の甲に書く「あと・・日」という映像でクリスマス何日前かを示します。

それぞれどの物語も素敵で、クリスマスにいなくなったお母さんが帰ってくると信じてる教会運営の養護施設に暮らす小学生の女の子のお話・・・。
JR新幹線の運転手を余命短い病気により退職して、その余命を小学生の息子に父親のしてあげられることをしてあげようとするお父さんのお話・・・。
親の反対で駆け落ちしたが、約束した新幹線ホームにやってこなかったのが相手の返事だとして、以来結婚せずに小さなケーキ屋さんを切り盛りして暮らす老年期に入ろうとする女性のお話・・・。
そのケーキ屋さんでバイトする女子大生の先輩への片想いのお話・・・。
偶然から出会う若手実業家とお芝居で身を立てようと東京に出てきた女性とのお話・・・。

そして僕の印象に一番残ったのが、遠距離恋愛のカップルのお話です。
大学時代に将来を約束した家内ですが、運命とは酷なもので僕の最初の赴任先が東京でした。
僕が東京に立つ日、家内が新幹線のホームまで送りに来てくれました。
「向こうに行ったら素敵な人がたくさんいるから、私のことは忘れてもいいよ・・・」って、涙をポロポロ流していました。
ひと目を気にせず抱きしめ、「毎月帰ってくるから」「毎日電話するから」となだめ別れました。

これはかなりひと目を引いたようで、家内は帰りの電車など偶然取材に来てたTVクルーにストーカーされ、新幹線ホームでの市井の人のドキュメンタリーとしてTV番組で流れました。
僕にも家内から連絡がありましたが、東京では放映されずのローカル番組だったので見れませんでした。
その後、「シンデレラ・エクスプレス」が話題になり、JR東海の「クリスマス・エクスプレス」が素敵な世界を演
出するようになりました。

僕の方は、席につくと隣のおっちゃんが、「いいね~見てたよ。彼女大切にしなよ」って缶ビールをくれました。
「女性の涙ほど強いものはなく」、あんなに僕のために涙を流されたら、それに応えられなかったら男じゃないものね。
寮の電話で毎日長距離電話したので、寮の電話が赤電話に変わっちゃいました。
毎月交互に家内が東京に来るのと、僕が家内に会いに関西に戻ることをしていたら、関西の人数が足りなくなったので、3年の予定が1年で関西に戻れることになりました。
「神様って、見てるな~」と思いました。

それから結婚資金を貯めだし、1年で100万円貯めました。
あとは親に援助してもらいましたが、収支決算はお祝いのご祝儀が意外に多く、親の援助は全て返しなんと利益が出ました。
結婚式を繰り返せば、それだけで食えるかも?なんて妄想も頭をよぎりました。

そんなこんなを、遠距離恋愛ストーリーを追いながら思い出しました。
チラチラと横の家内を見ましたが、真剣に観てる・・・。
家内をJRの駅に送る途中話していると、家内も遠距離恋愛ストーリーが一番心に残ったようです。
神様のいたずらは、僕らの素敵な想い出になりました。

ここで食事してから帰ろうかと思いましたが、家で何か作るよって言うのでここで一旦バイバイしました。
バイクは3時間無料内だったようで、駐輪料金はかかりませんでした。
倉庫にバイクを戻し帰宅すると、美味しいご飯が待っていました。
朝からおにぎり1つだったものね。
「空腹は最高の調味料なり
食卓を囲みながら、お互いの今日の出来事をあ~だこ~だおしゃべりし、風呂に入って10時過ぎに床に入りました。
ああ、面白かった。

クリスマスエキスプレス

テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

11/24・初「月ヶ瀬」&映画に間に合うのか?

20131124IbutaS084s.jpg
1週間前の美作探索で早朝は冬用1重グローブでは指先が冷たかったので、今回は朝から2重グローブにしました。
これで指先はOKでしたが、針テラスから三重県に抜ける山越えではやはり指先が冷たくなりました。
そこで、「飯福田寺」から最強の雨用ウェットスーツ素材グローブの登場を願ったのですが、気温の上がった午後ということもあり、今度は暑すぎます。
我慢ならなくなりここでギブアップして2重グローブに戻しました。
雨用ではなく、防寒用としてウェットスーツ素材グローブが開発されるといいけど・・・。

数日前、「コミネ・ネオプレーンリストバンド・フリー・左右セット1050円」を、バイクセブンで買いました。
店頭在庫はなかったので、注文してもらいました。
ウェットスーツ素材のリストバンドです。
これを初めて使ったのですが、リスト部分からの隙間風が完全シャットアウトされ、冷たさを全く感じませんでした。
ネオプレーングローブ同様、むしろ暑いぐらい。
帰宅して脱いだら汗をかいてて、裏返し乾燥させました。

しばらくのんびりした田舎道でしたが、伊賀上野に近づくと少しづつ交通量が増え、市内に入ると観光客が目につきだし、国道から伊賀上野城址が見上げられました。
たぶん元場内の位置に建てられたのであろう趣きのある木造校舎があります。
元藩校かな?
観光客がカメラを構えていました。
僕には時間がないので通過です。

R163はR422に突き当たり、右折するとR422&R163共用区間を経て、木津の方にR163が伸びています。
僕は左折しR422区間を経て元東名阪高架道でない方のR25に入ります。
TMおすすめの道で田舎道になりました。
これで南東に走り、r4にチェンジし、初「月ヶ瀬」を目指します。
R25でもそうでしたが、r4もバイク比率が高いです。
まあ全体交通量が少ないのでたまにバイクが来る程度ですが・・・。

高い渓谷沿いのナイスな道を楽しく走り、15:22・「月ヶ瀬ダム」到着。
20131124IbutaS088s.jpg
一般車に加え、バイクが20台ほどと同じ形のスポーツカーが数台います。
スポーツカーの同好会でしょう。
真っ赤なカエデや赤い吊り橋が綺麗です。
20131124IbutaS086s.jpg
よく「月ヶ瀬ダム」と聞きますが、なるほど道中も楽しいし、ツーリングの目的地になるわな。
納得。

ここでナビを一般道から高速道利用に変更します。
一般道なら約束の17:30を過ぎちゃいます。
r4後半~柳生からのR369を快走し到着予定時間は17:11でしたが、奈良市街地に入る最後のR369で混み始めました。
ナビは春日大社前から阪奈道路にまっすぐのルートを指示しますが、これではずっと渋滞なので、奈良ナンバーが数台右折するのを信じて、僕も右折し後を追います。
案の定R369西進の道に平行して西進できました。
R369に復帰し、阪奈道路~高速の第2阪奈道路~阪神高速・東大阪線~環状線~池田線を渋滞なしで駆け抜け、「加島IC」下車。ナビに導かれるままJR尼崎に、17:23到着しました。

バイク駐輪場に置いて、走りながら家内に電話します。
エレベーターに乗り、電話がつながったのは17:28。
「今エレベーターの中、チケット買っといて」
エレベータを下りてからも天井からぶら下がってるMOVIX案内板に従って走りまくり、チケット購入中の家内に合流出来ました。
「間に合ったね、慌てたでしょう」って、微笑んでいます。
この微笑みにいつもやられちゃいます。

伊勢山上・飯福田寺 7/8

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

11/24・行者場修行達成


「亀岩」に着きました。
岩の上からの景色が素晴らしいです。
先を見ると、大岩の狭い馬の背が見えます。
あかん・・・もちろん、迂回路に回ります。
僕以外は行かれました。

「小尻返し」の岩場。
20131124IbutaS062s.jpg
ここからの景色もよく、一段下がった所に先行グループが寛いでいます。
女子の小尻は好きですが、僕は返されて迂回路です。
小尻返しからの降り場に回ると、さっきの岩屋堂が斜め下に見えます。
20131124IbutaS064s.jpg
鎖を伝って小尻返しから下りるのですが、先行グループの男子が女子をサポートして足場を指示しています。
楽しそう。
僕もこういう女子の手を握れる機会がある時は、足のゾワゾワもなんのそので克服していたのですが・・・
20131124IbutaS066s.jpg

その先頭が保育園児という男の子で、平気に降りて来たのに、若者女子がビビって遅いです。
それが終わって、我がグループの下降です。
ワイワイガヤガヤ・・・。

次は馬の背登りです。
20131124IbutaS069s.jpg
さっき上から見えてたヤツかもしれません。
僕は迂回路で・・・迂回路の一部の土が木の根に乗っているようで弾力があってビックリしました。
回避できない岩の背下りが少々あり、安心な土の山道を下ります。
ここからも岩屋堂が見えます。

更に土道を下ると、12:05・岩屋堂より少し下がった高さのところから岩屋堂が見える場所に出ました。
岩屋堂に相対し、丸太のベンチがあり、ここでまた全員の記念写真です。
ここは適当な木がなく、手持ち写真になりました。

更に下ると、神社跡がありました。
そこから下に向かってご住職が言ってた長い急階段です。
手摺りなし&苔石階段なので慎重に下ります。
足を踏み外せば下までゴロゴロ一直線です。
20131124IbutaS081s.jpg

12:12、無事戻ってきました。
2時間半でしたが、ワイワイと話しながらだったし、アトラクション満載だったのでこんなに時間が過ぎてたとは感じませんでした。

続いて30分の「裏修行場巡り」です。
僕とハーレーさん、仕事の電話が入ったN君はここで待ち、Mさん・Tさんご夫婦がまたご住職の説明を聞いて挑戦に出発しました。
N君はIT関係のお仕事で、管理してるサーバーがダウンしたと自動メールが入ったようで、上司と連絡を取ったりしていました。

僕らは300円コーヒー&お菓子で境内のテーブルを囲います。
先行グループの方のヘルメットがOGKの自転車用だったので、夫婦でスポーツ自転車を楽しんでいる話をすると、ハーレーさんは20代ではまったそうです。
琵琶湖一周どころか四国一周もやったとか。
自宅の高槻から比叡山越えをプラスした琵琶湖一周だそうで、恐れいります。凄いや・・・。
トイレで一緒になった方が、「そばを食べに来たら、こんなお寺があってびっくりした」と話していました。
蕎麦屋もあるのですね。

Mさん達が帰って来て、次の昼食「とりいち松阪店」に向けて出発です。
僕はここで離脱します。
17:30からの映画に家内から誘われたので、尼崎の映画館に向かいます。
間に合わなかったら次の日曜日にずらすことになってますが、ナビの下道検索で16:30到着と出たので、のんびり下道を行きましょう。

車載カメラをセットして、r45まで皆さんを追いかけます。
皆さんはr45を右折して行きましたが、僕は左折してr30。
伊勢自動車道が見えてきた所で、r67にチェンジし高速道に沿って北上します。
r58~r503~R165少し~r659で北上し、TMおすすめの道・R163に乗ります。
伊賀上野まで未走なので楽しみます。
TM「情緒ある街道の雰囲気残す」は、情緒を感じないまま「もう通り過ぎてる」。

TM「日本の峠百選・長野峠」は通行止め看板が出てたので「長野トンネル」を抜けました。
この峠は、「伊賀七口」の1つなので走ってみたいと思っていたのですが残念です。
「災害復旧工事通行止め」という感じではなく、恒久的通行止めの雰囲気のある看板だったので、もう峠道は走れないのかもしれません。

伊勢山上・飯福田寺 4/8

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

11/24・岩盤の鎖場を上がる

今朝は4:30に起床しましたが、真っ暗で寒いので早朝バイクはナシにして、クリスマスナンバーを聞きながら、師走気分を盛り上げていました。

僕のクリスマスナンバーと言えば、山下達郎さんの「クリスマスイブ」・・・
そして、WHAMの「Last Christmas」ですが、
新曲なのかな?
有線で、黒住健吾さんの「君のサンタ」というナイスなナンバーが流れていました。
https://www.youtube.com/watch?v=ITqQxhUYT3A

6:30を回りようやく明るくなってきたので、いつもの様に猪名川土手道を早朝サイクリングしました。
日曜日にNHKで地元伊丹歩きをやってて紹介されてた白洲次郎邸の遺構を見に行きましたが、見つかりませんでした。
伊丹台地沿いの道で、何度も目にしていた溝なのに、なぜ見つけられなかったのだろう?
本日走行時間44:35・走行距離9.91km・平均走行速度13.3km/h・最高速度34.5km/h

--------
11/24の続き・・・
9:46、修行場巡りに出発です。
珍しい石垣囲みのお寺前を流れている小川に紅葉がかかり、いい感じです。
急階段を上がり「薬師堂」横の行者場巡り入口から山に入ります。
Tさんご夫婦は奥さんの方がカメラマンのようです。
行者場にはポイントの目印として小さな明王像が、勇ましい姿で睨んでいます。

如来はお釈迦さんが悟った後の姿で、柔和な表情をしています。
菩薩はお釈迦さんが修行中の姿で、苦悩の表情を浮かべていたりします。
それに対し明王は如来が化身し庶民を仏の道に導く姿で、怒り満面に導いてたり武器を持っていたりして勇ましく、そして怖い。
修行場には、辛くて心が折れそうな仏教への修行者を叱咤する明王像が似合うように思います。

9:57、早速鎖場登場です。
20代の若いN君が、早速先頭で鎖に取り付きます。
20131124IbutaS019s.jpg
次がハーレーさんで、岩場途中で持ち替える2本目の鎖を直登の方を選択します。
3番目の僕は、N君の後を追って2本目の鎖は斜めの方に付いてる方を選びます。
岩場を上がり、横からハーレーさんを見ると、直登鎖が終わってから更に鎖のない急な岩登りが残っており、上から「気をつけてよ~」ってより安全なコースを指示します。
20131124IbutaS021s.jpg

岩場の上に、ご住職さんが言ってた岩の裂け目を登るコースがあり、最大の見せ場・岩屋堂の上に出ます。
裂け目を上がる前に、ご住職が言ってた手すりを伝って岩屋堂を観に行きます。
R29沿いにある「不動院岩屋堂」同様に大岩を削ってオーバーハングの下に祠が建っています。
その下は断崖絶壁で、腹ばいになって下を覗きます。
ギョエ~、誰かに足を持たれていれば、「悪いことはもうしません」って叫びますね。
20131124IbutaS034s.jpg

N君がお堂脇の行者場本道を上がっていきます。
垂直の岩に天然の岩の出っ張りが出来ており、それを手がかりに登っていきます。
20131124IbutaS032s.jpg
「大丈夫か~」って声をかけると、「これ、取れないですよね~」って小さな手がかりを心配しています。
「室町時代からあるそうだから、今日は落ちないんじゃないの~」なんて呑気に安心させますが、本人は「もう降りることも怖くてできませんよ」って言ってます。
垂直の壁を登り切ったので、僕は岩の裂け目迂回路に回ります。
先に大岩の上に出て下を見ると、N君が鎖を握って上がってきます。
ギョエ~、見てるだけど怖いです。
20131124IbutaS036s.jpg

ここから急な山道です。
ハーハー言いながらN君・ハーレーさんに続いて登ります。
途中でN君と休憩し、後続のMさんTさんご夫婦を待ちます。
N君はバイク免許を取ってからまだ4ヶ月だそうです。
小型免許を取りPCXを買ったけど、龍神スカイラインに行ったら非力を感じ大型免許を取りに行ったそうです。
PCXをフォルツァに乗り換えたけど、龍神スカイラインでまだ不満を感じ、ニンジャ1000を追加購入したそうです。
4ヶ月に3台・・・強者でした。

バイク走行は当たり前ですが、山道もゆっくりな僕が大幅に遅れると思って早め早めに出発したのですが、更にゆっくりなTさんご夫婦とMさんがいてラッキーでした。
Tさん旦那は、常に奥さんの近くにおり、優しさ満点でした。

10:29、「小天上」ということろに上がり、下りの先の道が見えます。
「ピークに着きましたよ。ここからは下りです」なんて、後続に「やれやれ」信号を送りました。
全員集合し、また歩き出しましたが、先頭のN君から「また登ります~」って声が掛かり、がっかりです。
隣を歩くハーレーさんから、「「小天上」があるんだから「大天井」があるんじゃないの?」
「う~む、理屈です。中天井もあったりして・・・」

10:54、「大天井」到着。
これが本当のピークのようです。
全員集合で記念写真をパチリ。
Tさんのカメラを木にぶら下げ、パチリ。
このカメラが凄いです。
被写体の僕らからも映りが見えるモニターが上に上がります。
更に被写体の僕らが動くとタイマーがリセットし、赤点滅が始まり数秒後にシャッターが下ります。
これを何度でも繰り返せるので、カメラに行かなくてもセルフタイマー始動ができます。
奥さんに聞くと、カシオでした。

伊勢山上・飯福田寺 1/8

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

11/24・伊勢山上飯福田寺到着

Mさんから、「最後尾をマイペースで走ってくださいね。間違いやすい交差点では待ってますから大丈夫です」と声を掛けられ、7:20、5台6人で「針テラス」出発。
R25に乗り、次の「小倉IC」まで少し走り、前回Mさんから教えてもらって走った広域農道・「やまなみロード」に入りました。
みなさんは徐々に視界から消え、あのスピードでは心臓ドキドキで事故必須な僕はマイペースで楽しみます。
山の木々が秋色に染まり気持ちが良いです。

次の集合場所「室生寺」近所のr28との合流地点の「室生寺龍穴神社」前で待ってる皆さんに追い付きました。
Mさんから「こんな感じですがどうですか?マイペースで走ってくださいね。ここにトイレがありますよ」って声がかかり、OK!問題なし。

Mさんが、「ここから道が細くなります、気をつけてください。じゃあ次は、R369との合流地点で集合」と皆さんに声を掛け出発。
ここからr28です。
すぐにソロになり山の景色を堪能しながら走ってると、トイレで出発が遅れたTさんご夫婦CB1300が、僕が左ウインカーを出す間もなくドーンと抜いていかれました。
R369・旧道との交点で皆さんと合流しました。
自転車レースをやってるのか、イベントジャンパーのおじさん数人が旗持ちでおられ、自転車数台がその指示に従って室生寺の方に曲がって行きます。

「次は道の駅み・・で」ということで出発。
僕が待たせている間おしゃべりしてるのでしょうが、うだうだおしゃべりがなくさっぱりしてて小気味良いです。
R369現道との交点で待ってる皆さんに追いつき、現道を気持ち良く走ります。
「曽爾高原」へ向かうr81との交点を越え、初めて走る区間です。
ずっとTMおすすめの道を、マイペースでキョロキョロ景色を堪能しながら楽しく走ります。
8:15「道の駅・御杖」到着・・・ん?誰もいません・・・。土地勘がないこともあり、「どっかで道を間違えて抜いちゃったかな?」って根が気楽なもので、イベント準備をしてるテントなどを写真に収め、トイレに行きます。出てくると黒いバイクが入ってきました。
20131124IbutaS003s.jpg
「おっ、来た来た」・・・僕のバイクと違う離れたとこに停められます・・・変だな?・・・降りて来られた方はMさんではありません。

こりゃなんか変だぞってTMを開いてみると、更に5kmほど先に「道の駅・美杉」がありました。
「あ~、こんなに近くに「み」のつく道の駅があった~」
慌てて再出発したら、1台の黒バイクが対向してきた。
僕の安否を気遣ってMさんが探しに来た?バイクピースは交わしたけど、違いました。
バックミラーに黒バイクが映り急接近してきましたが、追いぬく気配はなくむしろ車間距離を開けます。
僕を発見して安心したMさんかな?「道の駅・美杉」に到着。
後ろのバイクはそのまま通過・・・さっき「道の駅・御杖」に入ってきたバイクだったのかも?

皆さん揃っていました。
「いや~すいません。途中で道を間違え抜いちゃったかなと「御杖」でトイレ休憩してました。
TMでここを見つけ慌てて来ました。ほんとに申し訳ありません」
「あ~やっぱり~、そうじゃないかと思ってましたよ~」って笑っています。
良かった~。

「ここから道が細いところもあります。交差点では待ってますので、自分のペースで走ってください」ってことで出発。
r30に入り、Mさんと初対面した日に訪問した「北畠館」横を通ります。
続くr43も気持ちのいい川沿いの田舎道です。
何度か交差点で待ってるみなさんに追い付きながら、r29~r30~r29で、目的地の「伊勢山上・飯福田寺」駐車場到着。
Mさんが、「さっきのとこがお寺ですよね。あっちで預かってくれるんですよね。ちょっと見てきますので、待っててください」って戻って行かれました。
すぐに歩いて来られ、全員太鼓橋を渡って護摩堂前の砂利広場にバイクを入れます。
20131124IbutaS005s.jpg
砂利は慎重に走らないとね。サイドスタンドがめり込みそうなので、一応平たい石を噛ませました。
20131124IbutaS007s.jpg
みなさんも探した板切れなどを噛ませています。

9:34、受付建物(本堂?)横の「籠り堂」内に入りバイク装束を山歩きの軽装に着替えて、そこに置いておきます。
ご住職に行者場巡り入山料200円を払って、諸注意を受けます。
20131124IbutaS006s.jpg
ハーレーさんは靴を指摘され、ご住職のいつも行者場巡りに使ってる靴に交換になりました。
靴が岩場慣れしてるのでGoodでしょう。
事故もあるので、しっかりとご住職からの諸注意を頭に入れます。

鎖場が数ヶ所あり、1ヶ所は避けられないけど他は迂回路があるそうです。
一旦迂回路で岩場からの下りを確認してから岩場に登ることを薦められる。
岩の馬の背渡りもあるそうで、回避できない鎖場以外は全部回避になりそう。
1本の鎖には必ず1人だけで、沢山で取り付くと鎖が振られるので危険だそうです。
所要時間を聞くと、2時間だそうです。
うへ~、かなりハードだぞ~。

Mさんが買ってきた軍手の配給がありました。
これは最高のプレゼントでした。
寒くないように毛糸の帽子と手袋は持って来ましたが、手がすべらない軍手が最高に重宝しました。

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

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のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
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から引っ越してきました。

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