nexus7+IIJmioSIM

お盆期間、次男が帰省していたので、タブレット端末についてあれやこれや聞いていました。
保育園児の頃から2才上の兄よりレゴの作品のデザインが素敵で、中学で描いたりんごの絵は「写真?」って思うほど丁寧で繊細な手先を持っています。
長じて建築とプロダクトデザインの勉強をして、卒業作品にヨットを設計し実物大のヨットを作っちゃいました。
専門学校・大学・大学院の卒業作品の全国大会の最終選考の60名まで残り、ニコンのカメラをゲットしてました。

次男のPCはウインドウズじゃなくて、メイン機はマックです。
iPadもいち早く導入し、仕事でお客さんとの打ち合わせに使っていました。
家族で、もっとも新しいデジタル分野に詳しいです。

あれやこれや聞いて、僕の使いたいこと・・・旅先でのインターネットによる情報入手、出先でのメールチェック。
使う頻度・・・携帯電話同様、使用ゼロの月もあるだろうし、使う時は数日間連続・数回。
スマートフォンは、字が小さくて使えないし、電話は携帯電話でOK。
を話して、あ~だこ~だアドバイスをもらいました。

そして8/29、「Nexus7・32GB・SIMフリー・Wi-Fi+モバイル通信対応モデルNexus7-32T・29800円」と、「IIJmio・BIC・SIMウェルカムパック・マイクロSIM・3150円」・「iBUFFALO・Nexus7専用気泡が消える液晶保護フィルム・スムースタッチタイプ・BSTPNX7FT・1028円」が届きました。
ネットショップで買いたくなかったのですが、近所の大型家電チェーン店に3軒あたったのですが、モバイルWiFiルーター使用で月額料金が安くても3000円もしました。
SIMフリータブレットなんか売ってなかったし・・・

次男や店員さんに聞いてわかったのですが、タブレットを屋外で使う場合は、ドコモ・ソフトバンク・auの通信キャリア網を使うようで、ウェブサイトを見てるとすぐに通信費が嵩み使い放題パックにしないとダメみたいです。

nexus7のSIMフリーは、SIMを入れないと使えませんが、IIJmioのSIMなら月額945円です。
スピードは遅いらしいが、NTTドコモ網を利用してるらしく、電話のつながるとこは大抵つながるらしいです。
毎月の使用量上限があるらしく、それを使い切っちゃうと更に速度が遅くなりますが、追加料金なしでそ使えなくなることはないそうです。
このSIMは、イオンかビックカメラしか売っていないようで、電気屋さんの方がいいだろうとビックカメラから購入することにしました。
ビックカメラのお店なんて大阪難波にしかないので、通販になっちゃいました。
通販だと、あれやこれや設定などで助けてくれないんだよね。

SIMの契約は、説明書の手順に沿ってPCで難なく出来ました。
スマートホンも使ったことないので、薄さにビビりながらSIMをタブレットの所定の位置に挿入できました。
ここからが、???の連続でした。

タブレットをWiFi環境でネットに繋げて、SIMの設定やおまけでついてきた「公衆無線LANサービス・無料特典」の設定をしなければいけません。
「WiFiってなんや?」から始まって、聞くことはあってもなにか分かってないデジタル単語をいちいち調べて・・・結局8/29は終わってしまいました。

8/30は、nexus7のメーカーASUSに電話したりしながら、あ~だこ~だやってたら設定出来ました。
アルファベットの大文字は何処にあるんだ~?
「あ」は打てるけど、「う」が打てへん・・・携帯電話とはまた違うぞ~?
ってとこから始めたので、浦島太郎から一気に最近のバリバリ若者にまで進化しました。

nexus7やIIJの設定説明書はアバウト過ぎるので、nexus7・Wi2の公式ウェブを見たり、ネット検索して先人の知恵を借りてやっとこ設定できましたが、失敗して戻ったりしてたら何故か出来ていたり、メッチャ不安です。
でも、試しにウェブサイトを見たら、PC同様のスピードでサクサク動きます。
YouTubeもサクサク動きます。
でも何処につながってるのかわかりません。
無料の公衆回線利用場所が増えており、駅など大きな施設や喫茶店などでも使えるので、そこに無料でつながってるのかも?

PCメールアドレスを設定してアクセスしてみました。
これまたPC同様のスピードで受信し、快適です。

生まれて初めて、「アプリ」ってやつをダウンロードしました。
「Wi2Connect」というやつで、公衆無線LANエリア内だと自動ログイン・ログアウトするそうです。
道の駅や宿泊施設に公衆無線LAN回線が入れば、945円で十分使えそうです。

ということで、「祝・無線ネット環境開通」、合わせてタブレット端末所有者になったことでデジタル最前線に一気に追いつきました。
・・・なんて、ちょっとだけ豪語・・・
まあ、あまり使わないのでドン臭い使用になると思うけど。
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8/15・夫婦2台ツーリング・2回目後はフラッペ

その後は、長尾山トンネルでは時速60km/h近くで走ることが出来、またバイクに慣れてきたようです。
倉庫に到着した時家内の顔は、負傷者なのにちゃんと帰ってこれたホッとした気持ちと達成感で満足そうに笑っていました。
う~ん、可愛い・・・

アドレスを片づけ、11:30・その足で近所のフワフワかき氷の喫茶店に飛び込みました。
マンゴーフラッペ注文。
やっとかき氷にありつけて僕は大満足でした。
家内も涼しいお店でアイスコーヒーを飲みながら、「元気が出てきた」って会話が弾みました。
高売布神社でも小柿でも、いつもは休憩になるとすぐヘルメットを脱いで化粧直しするのに、ヘルメットも被ったままいつもより水を飲んで座っていました。
軽い熱中症だったのかもしれません。
前日に山歩きしたばかりだったから、家内をツーリングに連れ出す日和じゃなかったな。
反省です。

帰宅すると次男が起きていましたが、僕は冷たい板の間に背中をつけてクールダウンしていたら、寝てしまいました。
喫茶店でアイスコーヒーを飲んで元気回復した負傷者の家内が元気で、隣の実家の掃除とか片付けをしていました。

お嫁さんの実家から、枝豆が届きました。
すぐに家内が茹でてくれて、3人で枝豆のおやつを食べ、17時に小学生の同窓会に行く次男を市内の駅まで送り、その足で「蔵人珈琲」というとこに入りました。
オムライス750円×2、僕は珈琲フラッペ800円を追加してかき氷な1日が終わりました。

これで3日間のお盆休みが終了です。
次男は日曜日に東京に戻るそうですが、16日は琵琶湖に練習に行くそうです。
高校ヨット部の後輩でRitsヨット部に進み一昨年主将を勤めた君が同じ会社に入社したので、2人で組んで今月末の全日本予選に出場するそうです。
練習1日でレースに臨む気軽さがいいです。

家内が応援に連れてってと言うので、何とかしないといけません。
このレースはインカレ予選1週間前なので、コーチングに行く予定をしていましたが、夫婦で大学のコーチボートに乗るのはまずいなあ・・・。
次男が出艇した後は、家内のお守りをしよう。

家内が次男が持って帰ったパンフレットを取り上げて、何やら聞いています。
前日、次男は「なにわ体験クルーズ・19時発」というのに乗ったそうです。
運行会社勤務の友人に誘われたそうです。
オーストラリア人の横に座ったと言ってたので、おしゃべりでもしてたのでしょう。
ちょうどよみうりTVの取材班が乗っており、白人さんの隣だったのでインタビューも受けたそうです。
家内はその放送時間を根掘り葉掘り聞き出して、昼間の放送だそうですが絶対見ると言ってました。

「お父さん、乗ってみよう~」。
更に「新しく設計したお店とかないの?」と聞き、薬局を作ってるよと現在進行形の仕事を聞き出しました。
プロジェクトリーダーで、既存製品のアレンジ設計ではなく、会社が取り組んだことのない新規設計の仕事を担当しているそうです。
家内が見に行った駅ナカ店舗も、駅ナカ故の規制をクリアしながらノウハウを得ながら設計し、後続の類似注文の見本になるようです。
今度の薬局もいろんな規制をクリアしながら設計してるそうです。
10年後の会社の売上を左右する新規事業のリーダーをやってるようで、家内が「あんた凄い仕事してるね」って目を輝かせていました。
家内は、息子たちの大ファンです。

長男のお嫁さんから、「オランダどうだった?」って前日の帰りに車内で聞かれていました。
「うん、スキポール空港から・・・。出張だから観光はあんまり・・・」
「私アムス担当だったから、あの辺は詳しいよ・・・」
姉・弟で盛り上がっていました。
僕らとは大違いで、最近の若者はバンバン海外で仕事してます。

「走ってるの?」と聞いたら、また会社からのグアム旅行メンバーに選ばれ、またグアムマラソンを走るのだとか。
会社で何チームかリーレー部門にエントリーするので8kmぐらいなのですが、中学の時僕が走った人生最長距離と同じです。
更に東京マラソンにも申し込んだのだそうです。
今までの最高が20kmだそうですが、もし抽選に当選したら一気に倍の距離を走ることになります。
走るのは膝に来るので、当選しなかったらいいと思います。
もし当たっても、膝が痛くなったら早々にリタイヤしてくれることを願います。
東京マラソンはペースが遅いので、なんだかんだ多くの方が42.195km完走すると言っていました。

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

8/15・夫婦2台ツーリング・2回目

長男一家がお嫁さんお実家に飛び立ったので、次男だけがいます。
僕らの行動は、次男の行動次第です。

朝起きると、次男は帰宅が遅かったようで、昼ぐらいまで寝ている旨の書き置きが食卓に載っていました。
14時頃帰宅する旨の書き置きを残し、夫婦ツーリングの2回目に出ます。
7時出発。
倉庫まで通勤リード110タンデムで向かいましたが、僕が家内のアドレスV125Gを出している間、リードにまたがって運転の復習をしています。
よって、今回もCB400SBの存在が見つかりませんでした。

この日のミッションは、先日僕が見つけた園部の山城と神社です。
国道を極力避けるコースなので、今回のミッションが成功すれば150km越え達成です。
長尾山トンネル~r325~r33で、無線から泣きが入りました。
「前と違って怖いよ」・・・「もうちょっと先で休憩するよ」。
前回同様、「検見橋」で休憩。
「足がフワフワする。今日は無理みたい。2人乗りで行きたい」、じぇじぇじぇ・・・どうやら前日の妙見山ハイキングで急坂を下って太ももが筋肉痛のようです。
まだバイク初心者なので、足に力が入りワナワナするようです。

「じゃあ西谷農協にバイクを置こう。
そこまで頑張ろう」引率し、8時前に「西谷農協夢市場」到着。
お店は10時からのようで、駐車場にチェーンが掛かっています。
バイクを押して侵入難なく駐輪し、ここからタンデムします。

北上し、r323~r37経由で、8:16・「高売布神社」到着。
なんだかしんどそうなので、「小柿」の三田市野外センターから帰路に着くことにしました。
なんせ、アドレスを運転してもらわないと、一旦帰宅して僕が取りに来なければなりません。
8:46、前回野うさぎと遭遇した「曹洞宗・友松寺」に家内を案内し、蟻地獄を見せたりしながら休憩。
蟇股の彫刻が凝っています。
木鼻は牙があるから象のようです。

r309に合流し、続いて三田市野外センター到着。
羽束川の河原を見回し、ここなら小さな子も水あそびできるし、魚釣りもできると家内に話しました。
さて帰ろうというところで、事件が発生しました。
「あれ?開かない」って家内がリアボックスと格闘しています。
僕が交代しても開く気配がありません。
ウンショウンショやってて、更に事件発生。

「熱!火傷した」、家内がリードのマフラーを触ってしまいました。
こりゃ大変、家から持ってきた魔法瓶の冷水を蓋に満たし、そこに指を突っ込みます。
水から上げると痛くなるので、魔法瓶の氷を1つずつ出してそれに指を当てます。

「熱いって分かってるのに何故か触れると思って触っちゃった~。私どうかしてる~。ごめんね~」って落ち込んでいます。
まあこういうことは誰でもあることで、「嫡孫君が火傷する代わりになったと思えばいいやん」とか、「横の自販機で売ってる「いろはす」を買って、そこに指を突っ込みながら帰ろうか」とか笑い事にしてしまおうと、極力笑って明るくさせようとあ~だこ~だ言いました。

結局30分ほど魔法瓶から取り出した氷で冷やし、家内の首に巻いてるマフラーで氷と指を巻き冷やしながら帰ることにしました。
幸いこの作戦は成功し、無事西谷農協まで帰ってこれました。
氷から指を離しても痛くないようになったので、自分でアドレスを運転できると言い出しました。
ホッとしました。
一旦リードで家内を自宅まで送り、西谷農協までタクシーで来なきゃだめだろうなって、頭の中でいろいろ作戦を練っていました。

ここでまたリードのリアボックスを開けようと鍵を突っ込んだら、難なく開きました。
「はあ~」、僕のポケットにはもうひとつ同じ鍵があります。
なんだ、鍵を間違えていただけでした。
アドレスをここに置く時、家内がアドレスのリアボックスの鍵をポケットに入れ、小柿で僕がリードのリアボックスキーを僕のポケットに入れたようです。
家内が自分のポケットにあったアドレスのキーで、リードのリアボックスを開けようとしただけでした。
悪戦苦闘して開かなかった鍵を僕のポケットに入れたので、僕のポケットの中に2つの鍵が存在する事になりました。
カッパ製の26Lと35Lです。
その他CBに着けてるワイズギア37Lもありますが、全てGIVI製でボックスベースが共通です。
便利ですが、鍵が全く一緒で見分けがつきません。
2人で大笑いです。

「景気直しにかき氷を食べなくちゃいかん」と提案し、すぐ横の「レストラン大池」に向かいますが、なんとお休みです。
がっくりしてまた西谷農協夢市場に戻り、トイレ休憩します。
r33をグーンと南下し、「検見橋」でまた休憩です。
冗談を飛ばしてウハウハ笑い、「今日はどうしてもかき氷を食べないとあかん」と僕の胸の内を披露し、我が家倉庫まで最後の力を振り絞る事になりました。

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

8/14・妙見山後編

家内から「あとどれくらい?半分ぐらい来た?」と聞かれたので、時計で簡易標高計測してみた。
標高350mとのことだったので、ケーブル麓駅は200m位だから、山上の650m位を考えて「あと1/4かな」と適当に答えます。
歩き始めて45分です。

12:43、「白辰大明神」などと刻まれた石碑の列が現れました。
「白辰」は白蛇のことかな?
沢の流れが少しづつ太くなって来ています。

12:50、「雄滝行場」と書かれた鳥居に到着。
20130814HakaS099s
行場に寄り道しました。
男性は普通の服装で、お経を唱えながら祠などを掃除しています。
その奥に着替える小屋があり、そこからトタン塀の向こうの行場に行くのでしょう。
男性に、滝打たれするのはどういう風にすればいいか聞きたかったのですが、一心にお経を唱えておられるので質問の機会を逸しました。

12:59、石鳥居に守られた「長吉大明神」という石碑に到着。
ここにも行場があるようなので、また寄り道です。
行場に降りると、巴紋の「白瀧大神」さんが祀ってあり、行場と思われるドアを開けると、板床で作られた行場に瀧が直接落ちています。
簡易滝行体験がしたくて見渡したがそれらしき貼り物がなく・・・祈願申し込み所も無人で、「これは滝行できるやん。よっしゃ~煩悩を洗い流すぞ。タオルある?」と次男はやる気満々です。
家内は「心臓麻痺を起こさないようにゆっくりとね」なんて言っています。
僕は「白瀧大神」さんにお賽銭お弾みます。

13:05、次男が煩悩を払いに滝行開始。
20130814HakaS111s
冷たくて・痛くてものの数分でしたが、手を合わせて滝に打たれる次男がかっこいいです。
立位から座位になると、位置エネルギーをました滝が更に強く次男の頭と背中を打つようで、「痛い痛い」と苦行しています。
滝行を終えた次男は、汗を拭う用に持ってきたタオルで体を拭き、13:10・再度下山開始です。

ここはもうケーブル麓駅の近くで、5分ほどで待ち合わせの駅到着。
20130814HakaS124s
予定の1時間に15分オーバーでした。
長男たちは中間地点のあった喫茶店で休憩せずに降りたので、30分も待ったそうです。
弟は相変わらず車のクーラーを使わないので、窓を全開し木陰におり、姪はクーラーの利いたうちの車に避難してきていました。
弟は自分の信念に従って強気です。
僕は家内に暑くても我慢せいなんて言えないです。

ここで弟家族と別れ、僕らはR477~r605「北摂里山街道」で日本一の里山と言われる「黒川地区」を通過し、r604で「一庫ダム」。
その下にある「かに工房」で食事しようと思ったけど時間がかかるそうでやめて、r68~日生中央~r12・旧道で一度食べた事があるイタリアン「トリトン」で食事をしました。

予定通り、15時に帰宅しました。
長男一家は、17時半のフライトでお嫁さんの実家新潟に飛びますので、それまで家でウダウダしてました。
3泊した実家の掃除を長男夫婦でするそうで、嫡孫くんがその間また我が家にやって来ました。
次男を含め3人で、あやすというよりちょっかいを出して嫡孫くんと遊びます。
人見知りするようになったので、初日の日曜日のみ「これは誰だ?」という顔で時々泣きましたが、もう大丈夫で親がいなくてもニコニコ愛想を振りまいてくれます。

長男が、乾いた洗濯物などを持ってきます。
お嫁さんに指示されて、こちらから持っていった物を返しに来てるようです。
奥さんがいて、一生懸命子供を育てていると主婦の頑張りがしっかり見えて、「手伝わなくちゃ」って感じになります。
生活面で安定感が増して、守るべき家族を持って充実している感じがします。

落語家の案内付き淀川巡りに行くという次男もJR駅に下ろしてから、長男一家を空港まで見送りに行きます。
彼らが搭乗ゲートに消えてから、17:28・日曜日に見つけたJAL到着ロビー脇の「英国屋」という喫茶店に入ります。
僕の目的はかき氷で、抹茶金時フラッペ・500円×2を注文します。
家内が途中でダウンしたので、1.5杯かき氷を堪能しました。
フワフワかき氷ではなくイマイチでしたが、クールダウン出来ました。
ということで、この日のミッション終了です。

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

8/14・我が家の墓参り&妙見山前半

お盆休み2日目は、我が家のお墓参りです。
8時にお寺さんがお盆法要で来られるので、その前にひとっ走りです。
自転車で園田競馬まで走って来ました。
猪名川河川敷の浚渫工事が進んでいます。
工事車両用の道が作られてますが、その後自転車・歩行者道に整備されたらいいのにな。
5時半に出発し、園田競馬場での競走馬朝練を見学して6時半に帰宅しました。
走行時間52:09・距離13.25km・平均15.2km/h・最高32km/h。

風呂に入り、隣の実家の仏壇の部屋に9脚の椅子を入れ、灯籠に電気を通しクルクル回しました。
8時前に次男一家到着。
宝塚ホテルの朝のバイキングが7時からだったそうで、開店前に並んで大急ぎでがっついてやってきたらしい。
僕が創った御穂神社の祠を弟家族に披露しました。
「へ~なかなか立派やん」
長男の反応は、「何これ?」って笑ってたし、建築のプロ・次男からみれば設計施工のイマイチな代物でしょう。

8:20、お坊さん到着&お盆法要開始。
いつもは遠慮されるお茶ですが、今回は熱中症対策にどうぞと薦めたら、しっかり飲んで次の家に向かわれました。
すぐにお墓に向かいます。
r12を北上して1時間ですが、「道の駅いながわ」までお盆渋滞が発生していました。
でもまあ予定通り9:30着。
先月お墓の掃除をしたばかりなので、雑草も目につかずチャチャッとお墓参り終了。

次は父が好きだった能勢妙見山参りハイキングです。
r12・杉尾~r602~r4~r106~r604~r4~R477で、10:39妙見山ケーブルカー乗り場到着。
駐車料金1台500円だったので、弟の車の分も駐車場のおじさんに払います。
ケーブル駅で家内がみんなの往復(540円)片道(270円)切符を購入し、嫡孫くん初ケーブル記念写真など撮りながらワイワイ乗り込みます。
20130814HakaS032s
ケーブルカーは斜めになってて、何度乗っても楽しいね。
降り場駅近くの「妙見の森バーベキューテラス」に行く家族やお若いグループで満員になりました。
屋根から風鈴がたくさん下がり、夏気分満点です。

11:03、「ケーブル山上駅」到着。
ここからリフトまで歩きます。
20130814HakaS040s
これが結構な勾配できついです。
20130814HakaS041s
でも横に花をつけたブナの大木が見え、まあこれも良しです。

11:09、リフト乗り場着。
ここに喫茶店があります。
帰路、リフトケーブル組はここで休憩するといいな。
「シグナス森林鉄道」という軽便鉄道が走っていました。
嫡孫君がもうちょっと大きくなると、喜ぶんだがなあ。

また家内が人数分の往復(480円)・片道(250円)切符を購入し、リフトに乗ります。
スキー場の旧式シングルリフトですが、結構な距離がありあじさいが足に触りなかなか楽しかったです。
僕が先頭に乗りましたが、後ろではいとこ同士の楽しい会話が聞こえます。

11:25、リフト山上駅到着。
ここから歩いて妙見山に参ります。
ハイキングコースの地図があったので、大体のコースや分岐を頭に入れます。
当初、「初谷川コース6km」を予定していましたが、長男夫婦はチビさんがいるので早々に下山もリフト&ケーブルコースに。
弟も心筋梗塞から半年なので同じく。
宛にしてた甥と姪まで弟夫婦と一緒の軟弱コースにしちゃいました。
仕方なく「新滝道コース3km」を次男と3人で下ることになりました。

11:37、妙見山到着。
20130814HakaS061s
桜川サイダーを飲みました。
炭酸がたっぷりで腹も膨れます。
奉納銅像馬の参道を上り、星嶺館横のテラスで絶景を眺め、妙見湧水で水筒を満たし、本殿などを巡って元の奉納馬参道に戻ってきました。

トイレを拝借し、ここから軟弱組と我々ハイキング下山組に別れます。
「新滝道コース」に入った途端、11:53・立派な角を持った男鹿に遭遇しました。
20130814HakaS070ss
沢を隔てた10mほど先にいますが、さすが男鹿、堂々としたもので僕らに気づいても逃げようとせず、ゆったりマイペースです。
それから数分ゆっくり下る僕らに歩調を合わせるようにゆっくりと並行して下りました。

のっけから大褒美で、僕等3人は大喜びです。
コース沿いに廃屋が数軒朽ち果てた姿を見せていました。
妙見参りが盛大だった頃の名残ですね。
今は車で山上駐車場まで行けちゃうからなあ・・・。
次男がトカゲを見つけて、追いかけています。
綺麗な青い鳥が沢で飛んだので、カワセミだったのかな?
トノサマバッタが飛び、綺麗なブルーの尻尾を持ったトカゲが僕らを先導します。

お盆なのでハイキング客が適当にいると思ったけど、誰もいません。
小さな砕石の道なので、歩きやすいとは言えません。
また急坂部分が多く、歩幅の広い階段になってるから歩きにくいです。
このコースを登るのはきついです。
家内は、「足が笑ってる」と笑っています。

8/13・家内実家墓参り

お盆休み初日です。
家内実家・播州加古川のお墓参り&その後義理姉家族と会食です。
長男が嫡孫君を家内の姉夫婦に見せたくて、お墓参りの日時を合わせました。
小さい頃、2家族でいろんなとこに行ったので、特に見せたい人だったみたい。

9:30にお墓に到着すべく8:00に家を出ました。
中国道・宝塚トンネル渋滞を予想し、30分早めに家を出ました。
宝塚ICから入った後は、トンネルの先頭まで距離がないのですぐでしたが、ICに入る前のR176渋滞に突っ込んでしまい、三木SAトイレ休憩を挟み、結局9:45着になってしまいました。

姉達とお墓参りをシャンシャンとして、義理兄の実家・三田に向かいました。
兄のお母さんが施設におられるので、お墓参りと顔見世に行くそうです。
その前に、1月に父の7回忌で利用した「がんこ三田店」に向かいます。

山陽道~六甲北有料道路経由で「神戸三田IC」下車。
GPS見ながら適当にウロウロし、「大原」にあるお店に到着です。
鎌倉時代、この地を治めた大原氏流れの庄屋さんのお宅です。
信長時代・摂津守だった伊丹・有岡城主・荒木村重に攻められ落城後、嫡流は播州に逃げましたが庶流の1つが帰農したのでしょう。

予約の11:30には早かったけど、11:10入店。
うちは、僕・家内・嫡孫含めた長男一家・次男で、姉のとこは姉夫婦・甥です。
2人の姪は旦那さんが仕事なので不参加です。
あ~だこ~だ・・・畳の部屋に机・椅子なので赤ん坊も畳で遊べます。
兄は商売道具を紙袋に入れてきて、嫡孫をあれやこれや「順調やなあ」ってみています。
20130813KakogawaS005s

2時間弱あ~だこ~だした後解散しました。
義理兄家3人+我が家5人(+赤ん坊1人)で17000円でした。
仕切られた畳のお部屋貸し切り2時間で1人2000円とはお安いです。
予約してたので、10%サービス料がプラスされていますが、このお値段です。
前回親父の法事で使い姉が気に入って、「またあそこで食べよう」とのリクエストで予約しましたが、ナイスなお店です。

チビさんがいるので、早めの帰宅です。
自宅に着いた時、ちょうど次男一家が隣の実家を出るとこでした。
お盆のお供えを先に持ってきたようで、これから宝塚ホテルに一泊するそうです。

15:47、長男が夫婦で喫茶店に行くとのことで、隣から嫡孫君をうちに連れて来ました。
「30分ほど、見といて」
この手は、良心が健在時僕ら夫婦もよくやりました。
ちょいとお茶しに・・・。

ポロのマークのかっこいい半袖半ズボン姿から部屋着に着替えています。
朝、「かっこいいな、これブランド物じゃないの?」と僕が言うと、「ラルフローレンね」って家内が。
家内によると、次男のGFさんから御誕生祝いにもらった服のようです。
お嫁さんも次男に「着てるよ、ありがとう」のサインを送っているようです。
僕もお嫁さんに会う時、「今日はこれを着たらいいよ」って家内にお嫁さんからもらった洋服を指示されるので、女子はこういう気遣いができる人種のようです。

次男も子供好きなので、あ~だこ~だちょっかい出して、遊びました。
らくらく寝返りし、ハイハイの練習中です。
前進してるようなしてないような感じで、後進もまだです。
1ヶ月もすればハイハイのコツを掴むでしょう。
20130813KakogawaS026s

TVを見てたら、「風立ちぬ」の宣伝をしてたので、家内が「すごく良かったよ」と勧めると、「暇やし観てくるわ」と次男は行っちゃいました。
楽しい嫡孫くん初お墓参りのお盆初日でした。

8/12・宝塚神社 2/2

鳥居の横の摂社が菅原道真さんの天満神社だったので、思わずお賽銭しちゃいました。
天満神社の横に牛の銅像が奉納されています。
20130812TakaradukaS047s
うちの屋敷祠にも牛を置こうかな?
菅原道真さんを祀る神社には、天神社・天満神社・天満宮などいろんな呼び名がありますが、それにより社格が違うのだろうか?
うちの氏宮さんは、子供の頃は天満宮だったのに、いつの間にか天満神社の石碑が立つようになりました。

東の大阪平野側は、うわさ通りの眺望でした。
20130812TakaradukaS050s
ベンチが置いてあり、身近な眺望スポットになっています。

『宝塚神社の由来。 今なお広大な山林を有する山脈が連なり、それぞれに山の神を祀ったことが伺える。それらが奥宮でこの神社が里宮といえる。創立年代は不詳なれど、隣接の「平林寺」(真言宗)が聖徳太子開基と言われていることから、おおよそその頃と思われる。
境内からの眺望はことのほか素晴らしく、遠く生駒・金剛・二上山などが望め、大阪方面のビル街や通天閣が手に取るように見える。つい最近まで大坂城も見ることが出来たが、ノッポビルのため見えなくなった。』

摂社に、「宝塚恵美須社」があった。
『・・・先年、恵美須講員を始め市商工会・商店街の人々によって、「宝塚えびす」と称し広く尊崇を集めることとなり、時折しも清荒神社で社殿改築が進められていたのを機に、旧社殿譲渡の運びとなった。この社殿は元清荒・三宝大荒神の祀られていたご社殿で、天保年間の作と言われ彫刻が素晴らしい。・・・』

一見木材の無駄使いに思われる伊勢神宮・出雲大社の式年遷宮を頂点に、いろんな部材や社殿が他神社に再利用されている。その一つの例のようです。
日本人の心の内に脈打つ「もったいない精神」が読めて、グフフとなりました。
巻き石柱には宝塚ローカルですが僕もよく知るホテルや企業名がズラリと名を連ねていました。

6:36、帰路に着きます。
宝塚神社すぐ東の阪急電車今津線をくぐるとそこは寺社町のようで、神社やお寺が軒を連ねていました。
ブイーンと7:32、帰宅。
仮完成した屋敷祠を激写。
20130812TakaradukaS075s
走行時間約1:00:36・走行距離14.61km・平均速度14.4km/h・最高速度31.8km/h。

テーマ : 自転車(スポーツ用)
ジャンル : スポーツ

8/12・宝塚神社 1/2

5時過ぎに目覚めました。
家内も起きて来たので、「タンデムで宝塚に行く?」って聞いてみたけど、「朝は忙しいの」って当然アウトでした。
今朝はお隣に長男一家がいてるしね。

サイクルスタイルに着替えて、先日見つけられなかった「宝塚神社」に向けて出発です。
宝塚に向けて適当に走ってると、「鎮守の森」らしい木々が見えてきたので寄り道します。
5:41、「鴻池神社」。

『・・・屋根は、柿葺(こけらぶき)で覆い屋の中に収められている。江戸時代初期の神社建築の特徴を持ち、色彩などの保存も良い。特に蟇股(かえるまた)・木鼻(きばな)などの彫刻もすぐれており、伊丹における神社建築の代表的なものである。ちなみに鴻池は、当時有名な宮大工松原氏一統の居住地であり、おそらくこの本殿もその手になったものと推定される。 伊丹市教育委員会』

山車の格納庫もあり、近在の中心的なお社のようです。
鉄筋コンクリート造りのしっかりした拝殿から覗くが、柿葺の彩色保存状態が良い本殿を見ることができません。
いつものように拝殿の裏に回るが、覆い屋が立派すぎて本殿が全く見えません。

6:06、宝塚・「伊和志津神社」到着。
『延喜式内の大社・宝塚随一の古社。当社は、延喜の御代(約1060年前)式内の官幣大社として、近在の尊崇を集めた古社。
伊孑志・小林・蔵人・鹿塩4村を「領家の庄」と呼ばれ(摂津志)当社の小字、良元ノ庄が旧良元村の発生地、古来宝塚の総領守であります。』

ここは、土岐氏同様の桔梗紋でした。
拝殿内は綺麗に椅子が並べられ、清潔感が溢れています。
20130812TakaradukaS019s
今年、久しぶりに氏宮で嫡孫の初参りを挙げてもらったけど、神社の祝詞は独特の節回しがありいいです。
子供の時から好きだった、神職がバサバサと左右に払う仕草が特にいいです。

阪急逆瀬川駅横の踏切を渡り、すぐに線路沿いを南に下ります。
すぐに丘の上に鎮守の森らしきものが見え、急坂を軽いギアにチェンジしスイーっと登ります。
東側は阪急電車の線路なので、比高は低いけど大阪平野全体の眺望が利きます。
6:19、激写。
20130812TakaradukaS024s
横を男性が登って行きます。
伊和志津神社でもそうだったけど、朝の挨拶が自然に出て気持ちがいいです。
お参りだったり、お墓参りだったり目的が同じ者同士の何かがそうさせます。

登ったらお墓がありました。
さっきの方も別方向から上がってこられた方も、お墓参りのようです。
「平林寺」の観音堂などを激写してたら、使われなくなった鬼瓦が並べられた所に謂れ板がありました。
『石造露盤。露盤は、雨露の侵入を防ぐために塔などの屋根の頂に置かれたもので、多くは鉄や銅の金属製である。
これは石造のもので、上面中央に円形の宝珠受けが作られている。側面を3区に分ける格狭間の様式から製作年代は鎌倉時代中期後半(13世紀後半)と推定される。これが平林寺で使用されたものとすれば、平林寺が鎌倉時代中期に存在していたことになる。』
20130812TakaradukaS031s

「33番観音菩薩巡礼道」というのがあり、小さな観音様で小道に適当な間隔で置かれ、一周すると33番を回ったことになるのでしょう。
5番まで小道を上がると、赤鳥居があり、そこが「宝塚神社」でした。
折れた石柱が置かれたエリアがあったので、「なんだ?」と思ったら、「震災碑」と書かれた小さな石柱がありました。

テーマ : 自転車(スポーツ用)
ジャンル : スポーツ

8/11・ハイハイの練習

自宅近所のロイヤルホストで昼食にします。
主役の嫡孫君は、お座りが出来るようになりました。
胎毒の出が収まったようで、とびきり綺麗なお肌が戻っていました。
定期健診によると、ちょっと小さめだけどお座りなど運動系は早いようです。
チビなのは僕の血筋です。
僕は小学生時代、いつもクラス内チビベスト5にいました。
長男は4月生まれなのに、クラス内チビベスト3だったそうです(僕はもう忘れちゃった)。
3/28生まれの次男に至っては、常に学年No1チビさんで、5年生の時だけ、もっと小さな子が引っ越してきたことを嬉しそうに話していました。
でも6年生では引越しでいなくなり、またNo1返り咲いています。
でもみんな中学では平均になったからね。

人見知りが始まったようで、知恵がどんどんついてますね。
長男は毎朝、駅まで2人に送られて出勤するそうで、休みの日は嫡孫くんのペースに合わせ、近所の公園などに繰り出しているようです。
メディア共有サイトに写真やビデオをアップしてくれるので、うちもお嫁さんのご両親も現在の様子を見れています。

僕らが抱っこすると、笑いもするけど、「なんか変だぞ。この人だれや?」てな変な顔をして、しばらくするとぐずり出します。
するとお嫁さんにバトンタッチです。
お父さんは分かったるようで、外から帰ってくるとニコッと笑い、いないと目で探すらしいです。
僕もそうでしたが、こういうのがお父さんの凄い力になります。
「頑張るぞ」ってなります。

帰宅し、息子たちは隣の実家でゆっくりします。
母が使わないから要らないと外してしまったエアコンを、夏前に新調しておいたので、元母の部屋も涼しいです。
週半ばにお嫁さんの実家にまた飛ぶので、嫡孫くんが気づかれしないように、あまり僕らが構い過ぎない方がいいでしょう。
次の日は家内の姉一家、その次の日は僕の弟一家とのお墓参りという過密スケジュールです。

しばらくして、僕らは通勤リード110タンデムで買い物に出ました。
15:50、ユニクロ宝塚店で、カラーブロックショートパンツ・500円購入。
家にいる時の短パンです。
続いて中山寺に移動し、スポーツデポであれやこれやを見ます。
子供用ライフジャケットが売っていました。
先日ヨットハーバーで見つけたヨット用ほどかっこよくないけど、来年海水浴に行くようになったら必需品です。
16:33、JR中山寺駅前コーナンで、庭用サンダルを498円で購入。

帰宅したら、嫡孫くんが昼寝から目覚めたようです。
楽勝になった寝返りと練習中のハイハイをビデオに収めました。
お尻を高く上げ腕立て伏せ態勢にはなるけど、手が突っ張ってるので前には進めません。
息子たちはハイハイバックから出来るようになったので、まずはバックからだね。
息子たちがチビの時も、「こんなおもろいおもちゃはないなあ」と思いましたが、実に面白いです。
ニコニコ笑うし、「う~」とか何か言うし、カメラキャップを差し出すと手を伸ばすし・・・でも何でもかんでも口に入れて「これは何だ?」と確かめるから、飲み込んじゃうような小さなものはNGです。

お嫁さんは家内に似ており、「やらせる」んじゃなくて、「上手ねえ~」ってニコニコ応援する方なので、のびのびと練習してはります。
長男も親からやらされたことはないので、一緒に遊びながらやりたいようにさせ見守っているでしょう。
いい家に生まれてきたね。

「ダーウィンが来た」を見て、とうとう京都編に突入した「八重の桜」を見て寝ました。

8/11・空港へお迎え

横を見ると宮司さんのお住まいなのか、ゆったりした母屋の周りに板塀・白土塀が巡らされています。
土蔵もあります。
横に沢が流れ、山に向かって小道が伸びています。
道の向こうに数段の扁平地が見られ、昔何かが建っていたようです。
苔むした年代物の宝きょう印塔が1基、ポツンとありました。
お供え物のような残骸が残っています。
お参りに来られる人があるようです。

予定ではもう少し北上して探索出来るはずでしたが、7時近くなったので帰路に着きます。
日吉ダムとか美山への行き帰りで何度も走った道ですが、ちょっと寄り道するだけで、素晴らしい世界が広がっていました。
園部藩主の祈願所がこんなところにあったなんて・・・。
要追加探索です。

r454~r453~r452でR372に出ました。
途中、朝霧に沈む田園風景が素晴らしかったです。
R477で南下し、「一の鳥居」からR173で池田入りし、8:30帰宅。
日曜日なので通勤快速車がおらず、交通量も少なく快適な市街地走行でした。


さあここから本日の本番です。
11:30空港着なので11時に家を出れば十分なのですが、「ふわふわかき氷」を食べたくて10時に家を出ることにします。
空港なら「ふわふわかき氷」があるはずです。
朝食とか2度目の朝風呂とかを余裕を持ってこなしましたが、家内のシャンプーの乾きがどうのこうのとか・・・いろいろあり、出発が10:20ぐらいになってしまいました。

空港駐車場は、さすがにお盆週間なので多いです。
屋根のあるとこに駐車する予定でしたが空いておらず、仕方なしに炎天下駐車です。
更に後さんが続き、「氷」ののれんが下がっていません。
この時期、あちこちに下がっていていいのに・・・。

3Fの滑走路が見えるカフェに入り、アイスコーヒーでお茶を濁しました。
フライト時間まで潰しているであろう美人さんや、小さなお子さんとワイワイやってるご家族の様子を見ながら、東京からだから大型機であろうJAL到着便が降りてくるのを待ちます。

予定の11:30が過ぎました。
家内が「何時?」と何度も聞いてきて待ち切れない様子なので、「ひょっとして小型飛行機だったのかな?まさかANAじゃないよね」「まさかそれは無いでしょ、JALに決まってるよ」なんて会話しながら、JAL到着ロビーに向かいました。
到着ロビー横のカフェに「かき氷」がありました。
「なんだ、ここにあるじゃん」と残念言葉を言うと、「送ってくる時に食べればいいね」なんて家内が応えます。

電光掲示を見ると、定刻11:35到着JAL東京便が11:45到着予定に変更されています。
お客さんが多くて定刻に飛べなかったんだね。
ぞろぞろとお客さんが出て来だしたので扉前に移動すると、「あ、いた」って家内が先に見つけました。
そちらに目をやるとお嫁さんと目が合い、手を振ってくれました。

荷物を見つけて出てきた長男夫婦。
長男が抱っこ紐で嫡孫君をお腹に抱えています。
20130811RyoseiS003s
お嫁さんは、美人度が更に上がっています。
ニコニコ笑顔で生活を楽しんでいる風です。
我が長男君もお嫁さんを満足させているようです。
当主たるもの、一番近くにいる嫁さん、次に子供、そして親を含めた親戚を笑顔に出来なくちゃね。

8/11・丹波園部天神山城址 2/2

上の曲輪に上がると、霧に霞んだ園部川とr54が真下に見えます。
更に上に上がると鳥居&祠。
鳥居脇に「足立株」と刻んた石柱が立っていたので、足立氏の祠のようです。
足立一族が篭った城なんだろうと、勝手に想像します。
贅は尽くされていませんが、覆い屋で守られ、山頂の主曲輪まで上がりましたが、蜘蛛の巣トラップにかからなかったので、毎日登っている方がいるのかもしれません。
母方の本家の山城より圧倒的に小さな山ですが、子孫に手入れされ親戚一同の心意気が伺えます。

山城の造作は単純で、山頂を平らにして主郭になっているだけです。
竪堀や土塁跡もなく、単純に主曲輪周辺に曲輪を配しただけの山城でした。
でも主郭からの眺めはナイスでした。
20130811SonobeS038s
城攻め5分なので、家内を案内しましょう。

下りは、鳥居への参道と思われる山道を下ります。
r54道路側に下りて来ましたが、民家の裏庭に出そうです。
しかも獣避け網が張られてるし・・・。
引き返すのが面倒なので、網を上げて強行突破です。
庭のようなそうでないようなとこに出たので、そそくさとr54に出ます。

バイクに戻ろうと歩き出すと、立派な灯籠が目につきました。
横の京都交通・園篠線バス停名は、「魔気神社前」。
神社の有りそうな方角を見ると、立派な旧家があります。

急いでバイクに戻り、灯籠の道を入ります。
6:34、園部川を渡る小さな橋の下でストップ。
鎮守の森のような大木が立つ屋敷脇を通ったので、徒歩探索します。
おじさんが土手の草刈りをしています。
こういう地元の方の努力が、人の手の入った人工美の田舎風景を保っているんだよな。

木製の欄干に「まけばし」と書かれていたので、神社名は「まけじんじゃ」と読むようです。
旧家の屋根の家紋を見上げたら、「おお~」数日前に杉生・景福寺の「佐伯部家」のお墓で見た「石持ち地抜き抱き茗荷」です。
篠山の平安時代からの土豪・「波々伯部家」~「佐伯部家」「石持ち地抜き抱き茗荷」~園部とつながりました。
丹波・篠山の勢力が、南に隣接する摂津最北部、東に隣接する園部に影響しているようです。
メンテナンスがイマイチで斜めってる白壁がいい雰囲気で、少し離れて大邸宅全体を見渡すと、中央に茅葺きの母屋があるようです。
20130811SonobeS067s
茅葺きの高さから想像すると、かなり大きいです。

橋を渡って少し進むと、6:45「魔気神社」到着。
「延喜式内魔気大社」の古い石柱が立っています。
今は縛りがなくなったようですが、神社名にも格式があって太平洋戦争敗戦以前の天皇=神=神社の時代は、「大社」と名を付けられたのは「出雲大社」など数社、「伊勢神宮」「明治神宮」などの「神宮」という名称も勝手には付けられなかったはず。
それ以降かもしれないけど、「大社」と大見得を切ったところをみると、このお宮もかなり上位の宮格がありそうです。

謂れ板発見。
『摩気神社(字が違うな)。延喜式にその名が見え、船井郡・明神大社と記されている。魔気郷11ヶ村の総社とされ、永暦3年(1079年)白河天皇が当社に行幸された折、社殿一円修造の上、「船井第一摩気大社」の勅願を賜ったと伝えられている。江戸時代には園部藩主・小出氏累代の祈願所となった。
本殿は大型の一間社流造で丹波のみならず京都府下においても、規模の大きさからいって一間社としては最大のものである。向拝も一間であるが、中備として中央に三斗を置いて両脇に蟇股(かえるまた)を飾る。・・・江戸後期にあって、伝統的な神社建築の流れを取る。大工は、播州加東郡嶋村から来ている(どこかの神社の謂れ板に嶋村に有名な棟梁がいたと書かれていたな)。・・・』

江戸時代建造の神門をくぐると、ドカーンと茅葺きの本殿が一望出来ました。
20130811SonobeS081s
この迫力は凄いです。
確かに今までこんな大きな雰囲気のある本殿は見たことなかったです。
やたらと由緒ある神社がある京都市内の神社を差し置いてNo1というのは、一目瞭然でした。
「凄い」の言葉が素直に出ます。
茅葺きから草が生えてるとこが、またいい雰囲気につながっています。
内側から見上げると、茅葺き屋根は覆い屋で、本殿・脇殿は檜皮葺になっていました。
これは一見の値打ちがあります。
ここも家内を案内せねば・・・。

丹波園部天神山城址探索 4/6

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8/11・丹波園部天神山城址 1/2

日曜日は、息子一家の帰省でした。
1.17生まれの嫡孫は、すでに何度飛行機に乗ってるんだ?
今年中に僕の生涯回数を抜かされそう。
11:30伊丹空港なので、ちょと走りに行けるかもなと思って寝たら、無風で暑かったこともあり、3時過ぎに目が覚めてしまいました。
しゃあない・・・朝風呂で汗を流し、水筒に冷水を用意し、プロテクターメッシュ上下に着替え家を出ました。

CB400SBのダイレクト車載システムでGoProHERO2を試します。
目的地は、園部の「天神山城」だけど、時間があり過ぎるので、長尾山トンネル~r325~r33~r68~r37で、4:30・三田市野外センターに着きました。
まだ夜明け前で暗いです。
水分補給し、ゆっくり車載カメラを用意します。

ここらの羽束川は水量も多くなく、川遊びに最適ですが、嫡孫君はハイハイ直前という状況なので今年は遊べないな。
羽束川をゆっくり遡っていると、ようやく空が明るくなりだし、4:54小柿渓谷から見上げる山から霧が立ち上がり、良い感じです。
廃校になった後川小学校の校庭に紅白の盆踊り櫓が組まれています。
お盆で帰省する若者一家を交えて楽しむ趣向ですね。

r12を越え、篭坊温泉も過ぎ、5:19橋上で休憩。
日の出頃なので、鹿がいるだろうとゆっくり走ってきたのですが、お休みのようです。
20130811SonobeS002s

バイク用ボタンで信号を青にして、R173に合流。
少し南下し、「はらがたわトンネル」手前でr731に入ります。
早朝のこの道は1/3の確率で鹿に会えるので期待したのですが、こちらも空振りでした。
r54を北上し、「るり渓」通過。
深山へのアプローチ道は、相変わらずゲートが閉まっており、もうこの道を使った山頂トレッキングは無理そうです。
「るり渓」側の登山口を確認したので、いつか登りに来るかな。
こっち側からだと1.5時間ぐらいのハードトレッキング覚悟が必要そうです。

そのままr54を北上し、R372に合流したとこにある「天引八幡神社」に、5:46到着。
R372までのr54が、朝霧が漂う中のツーリングになり、素敵です。
『1354年(室町時代初期)に勧請再建され、現本殿は1772年(江戸時代中期)に建てられた。境内には杉・かやの木・けやきの大木が多くあり、特にムクノキは国内有数の大きさとされ、鬱蒼として茂るこの神社の森は貴重な自然遺産である。 本梅探友会』

檜皮葺の本殿を覆い屋でしっかり守っています。
ムクノキの大木は、さすがに目を釘付けにする迫力があります。
20130811SonobeS017s
横にフェンスに囲まれた広い土グラウンドがあり、遊具も数点・・・小学校でもあったのが、更地になったのかな?
しっかり手入れされています。

R372を亀岡方面に少し東進し、再びr54で北上します。
ここから園部の山城跡に注意しながらの走行です。
霧が被さった田んぼの中を道は進み、ヘルメットの中で「いいな~いいな~」の連続です。

僕は甲子園駅の近くの社宅で生まれ、4歳の保育園入学前に新伊丹に引越し小1の終わりまでいました。
家の周りが田んぼで、朝起きたら白い世界ばかりだったのを覚えています。
秋にはイナゴが大量発生し、網を持ってそれをたくさん捕まえると、母が揚げておやつにしてくれました。
そんな経験があるからか、朝霧の風景がとても好きです。
そんな風景に思わず止まったり、小さなひまわり畑を見つけたら、エンジ色の板塀&白壁というお洒落な家がありナイスでした。
20130811SonobeS023s

6:08、脳内地図と一致する風景が現れ、緊急ストップ。
比高2~30mなので気軽に上がれそうで、野生の勘で裏側への道を歩いていきます。
裏手の民家脇に怪しげな山道が上がっています。
コンクリートブロックを置いて階段が作られています。

「この道かなあ?」と登りだしたら、すぐに足立家のお墓群に出合いました。
上を見あげればそれと分かる曲輪が見えています。
いろんな中世の山城跡に登ってきたので、山城目になっており、目ざとく曲輪や堀が見つけられるようになりま
した。
手前は新しい墓石の列ですが、後ろには明治の年号が読める墓石、その前に明らかにもっと古い宝きょう印塔、更に古そうな風雪で角の丸くなった墓石・・・代々続く家系の親類群のようです。
家紋は、「丸に五本骨扇」です。
帰宅後調べると、「園部・天神山城」は、土岐源氏後裔・足立日向守がここに移住し、その子大和守信光が室町中期・1495年に築いたそうです。

丹波園部・天神山城址探索 3/6

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8/9・早朝ツーリング・杉生 2/2

山内に墓地がバラバラに造成されています。
その地の歴史の縮図が墓地にあるので、ちょっと楽しみです。
期待してた「波々伯部」姓の墓石はありませんでしたが、立派な「佐伯部」家の墓石がありました。
20130809KeihukuS032s
20130809KeihukuS033s
「佐伯部」は、近畿本拠の天皇家が東進して「蝦夷」と呼ばれた中部以東の地を征服していった時、捕虜を統括し
た役所名ですが、丹波の波々伯部氏との関係が気になります。
佐伯部家の家紋は「石持ち地抜き抱き茗荷」で、「波々伯部氏」の「松喰い鶴」とは違いました。
江戸・明治期の様式の古い墓石も周囲にたくさん配され、多くの先祖を一緒に供養しているようです。
この地で長い歴史を刻んでいる家のようです。

一段下がった墓地は、森田家の墓石ばかりです。
20130809KeihukuS037s
一部違うのもありますが、ほとんどが佐伯部家のと同じ家紋です。
一族ですね。

父の実家は、ご近所が我が家と同じ名字の家だらけで、墓地もやたらと同じ名字に家紋です。
こういうのを見ると、親から子へ孫へと何百年も同じ土地で食べて来た自然の恵みと先祖の努力・血のつながりの大切さを感じます。
目先の利く人物が出て一時隆盛するより、同じ家に何代も暮らしていく息の長い家系の凄さは見事です。
原発事故で半世紀はその土地を使い物にならなくし、続いてきた土地への先祖の努力を断ってしまった罪は深いです。

ただ古びた半分崩れた石段が続く墓地へのエントリーにはお地蔵様が並んでいます。
我が家の墓石のある近代的霊園とは設備面では雲泥の差ですが、肩肘張らない自然の生活の中のお墓を感じます。

景福寺から下って墓地を巡ったのですが、本堂に別ルートから戻りました。
途中に山の中に消えていく石段があったので寄り道してみました。
先とんがりの独特の石柱が立ち並んでいました。
「ああ~こんなに」・・・太平洋戦争で遠い地で亡くなった軍人・軍属戦死者のお墓が集められています。
こんな田舎の集落なのに、こんな多くの若者が命を落としました・・・。

『慈念地蔵尊。ようこそ景福寺へお参詣くださいました。「慈念」とは、慈悲深いお地蔵様に亡き人の追善菩提を弔って頂く事をお願いすることです。この慈念地蔵尊は、貴方の代わりとなってご先祖様や、今は亡き人の追善供養をして頂くためのお地蔵様です。
慈念地蔵尊の建立をご希望の方は、一体6万円にて・・・ 住職』

やたらとお地蔵様が多い理由がわかりました。
あちこちにある小さな観音様の像も、この流れなのでしょうか?

6:19、立派な江戸風大屋根の本堂に戻り、番犬さんに睨まれながら、CBで下りました。
30分もお寺を巡り、「佐伯部家」のお墓や家紋などを収集でき大満足です。

あと2つぐらい寺社を巡る予定でしたが、歴史頭が満腹になったので帰路に着きます。
6:31、r12・笹尾・春日神社前で休憩。
中世の館と詰めの山城の関係が想像される、春日神社とその後背の低山に魅了されています。
r319~r33~r325~長尾山トンネル経由で、7:30帰宅しました。

家内が作ってくれていた朝食のそうめんその他を食べ、「あまちゃん」も見ずに屋敷祠を仮完成させました。
積んだブロック石に祠からアンカーを打ち、風雨に耐えられる強度を持たせました。
これで息子たちがいつ帰って来てもOKです。
家内が「かっこいいね。思っていたのより立派だわ」と褒めてくれました。
褒めてくれるのは家内しかいないね。

お宮は、東か南向きが良いらしいですが、我が家の先祖・美作管家党を向いて西向きです。
父の実家の屋敷内お稲荷さんは南東向きでしたが、母の実家の屋敷祠は北西向きだったので良しとします。
母の実家の北西には、僕が子供の頃盆正月に一族が集まった岩崎の本家があります。

猪名川町杉生探索 2/3

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8/9・早朝ツーリング・杉生 1/2

4:30に目覚めました。
でもまだ外は暗いです。
随分夜明けが遅くなりました。
息子たちが帰省するまで、あと2日になりましたが、CBに新たな車載カメラ積載方法を導入したので、試写しに行きましょう。
RAMマウントを介せず、CB400左バックミラー基部にステイを噛ませ、ダイレクトにカメラをセットしました。
数種類のカメラを使っているので、カメラに合わせてより適切なセッティングを探しましょう。

プロテクターメッシュ上下に着替えて、招き猫CB400SBを出します。
まずは給油です。
夏期間に入り、ヨット活動が増え、里山VTR250での早朝バイク活動ばかりになったので、CBの出番が減っちゃいました。
5月の信州ツーリング後以来の給油です。
宝塚出光、192km/7.88L=24.4km/L。

早朝バイク定番コースの長尾山トンネル~R325~r33~r319で、r12に合流します。
5:43、笹尾の春日神社前で緊急停止しました。
r12脇にある鳥居のサルスベリの木が満開です。
20130809KeihukuS005s
我家の庭のサルスベリもピンクの花が満開なので珍しくないのですが、白とピンクの花が共演しています。
「2本も植わってたかな?」と思って根本を調べると、根本の幹は1本で途中から太い幹が枝分かれしてその先が全部ピンクの花を付けています。
接木なのかな?
隣接した2本の木が根元部分でくっついたのかな?

北上を続け、目的の「杉生」交差点周辺の寺社を探します。
交差点北東の低山の山頂に中世の山城跡が残っているそうです。
丹波篠山で山城(淀山城)を持ち一大勢力を誇った豪族・波々伯部氏と同姓の「ほおかべ板金塗装」という看板も目につき、歴史探索興味をそそる場所です。
淀山城の西に「波々伯部八坂神社」が建ち、丹波篠山の祇園さんとしてお祭りは盛大らしいです。

旧来、朝廷中心の公地公民制だった日本ですが、寺社・公家等は年貢軽減や免除されていたので、自ら開梱した地をそれらに寄進し安い年貢を収め、自らは寄進地の管理者となりそのまま土着する形態が、平安時代末期に流行りました。
寺社・公家は不労所得にあぐらをかき、公地公民の減った朝廷はより重税を課すようになり、やがてそれらに従わない悪党が台頭し、武家支配社会に移っていく。
波々伯部氏はそういう土着豪族で、鎌倉幕府成立・室町幕府成立の恩賞で、関東武士が地頭として全国に散らばっていくのとは違い、とても古い地元有力豪族です。

「ほおかべ板金塗装」の看板を過ぎたとこの枝道を、「景福寺」の案内板に誘われて入ってみます。
細道は急勾配になり、途中の駐車場は砂利だったのでパスしたら、5:53・境内前まで上がってしまいました。
横はご住職のお住まいのようで、のんびりしてた番犬さんに睨まれました。
本堂正面の彫刻柱が見事で、入口屋根は江戸風でした。
20130809KeihukuS008s
江戸時代の藩主の菩提寺がよくこんな感じで威厳を発していますが、こんな田舎のお寺に不釣合いで、平成に入ってから新築したような本堂が、このお寺の財力を物語っています。

灯籠の家紋は、松です。(帰宅後家紋の本で調べたら、「丸に右三階松」という家紋で、松の文様が3階建てになっています。)
俄然、謂れ板を読みたくなりました。
「瑞松山・景福寺:年分行持」という案内板が立っていました。
年中行事予定表です。

『・・・5/8・花折大施餓鬼(釈尊降証会法要)・・・』が目に留まりました。
お隣の山城の国や近江の国にも、「花折」の名の付いた峠がいくつかあったような・・・(帰宅後、「花折施餓鬼」を調べました。
『…兵庫県氷上郡では〈花折り始め〉といって、死者があった家では他家に嫁いだ子女が墓参りをする日となっている。また同県宝塚市,三田市では〈花施餓鬼〉といって、施餓鬼が行われ、死者を供養する(現行では5月8日)。卯月八日の民俗では、とくに春山入り、花立て、死者ないし祖先供養が目立つが、本来は家々で死霊・祖霊を迎え、まつる行事が重要なポイントを占めていたようである。… 』)。
陰暦卯月(4月・現暦5月)の地方風習のようです。

20130809KeihukuS028s
やたらと新しい観音様やお地蔵様が多いお寺でした。
弁天池もあるし・・・。
男ならみんな大好き弁天様・観音様への信仰は、どういう謂れなんだろう。

謂れ板がありました。
『曹洞宗・瑞松山景福寺は、応安2年4月1日(約600年前1369年)、通幻寂霊禅師により建立されました。本尊は、釈迦牟尼仏です。
寛文3年(1663年)より丹波国・南桑田郡・船井郡・播磨国・美嚢郡・加東郡・加西郡・明石郡の寺院を指揮したといわれ、姫路・岡山・鳥取の各景福寺とともに、曹洞宗の四景福寺と称されています。』

歴史は室町時代からですが、江戸時代に兵庫県南部~京都府の一部の曹洞宗寺院を総括する大寺院だった経緯があり、江戸時代風に納得がいきました。

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8/8・早朝サイクリング・宝塚

目覚めたら5:30でした。
夜無風で暑かったので2度も起きてしまったので、起床が遅くなりました。
ここ数日、屋敷祠製作に早朝時間を当てていたので、自転車活動をすることにしました。
祠の方は、土台のブロックの接着が終わり、祠設置段階に進みましたが、次の段階の部品追加が必要になり、ホームセンターに買いに行かないと作業が進められません。
今のところ順調です。
息子たちの帰省に間に合いそうです。

サイクルパンツ・ジャージ・ヘルメット&日焼け防止ハット・サングラス・ビンディングシューズという出で立ちになり、西に向けて出発です。
最初の訪問地は「鴻池」です。
山中鹿之助の末がここに住み着き、日本初の清酒製造を始め、鴻池財閥の祖を築きました。
その石碑の場所がわかったので、激写しに行きます。

6:03、埋め立てられて僕の子供の頃の1/4ぐらいになっちゃった鴻池の南東角にある小さな児童公園に到着。
20130808TakaradukaS006s
ここは初代鴻池家の敷地で、商売繁盛の稲荷社を屋敷祠として建立しました。
その祠がありました。
僕が今制作してる屋敷祠が後世こんな風に残ったら素敵だな。
亀の石碑の上に乗った石柱になにか書いてあります。
風雪で削られうまく読めませんが、横に説明板が立っています。

『鴻池家は酒造によって財を成し、慶長5年(1600年)から200年も続いている。その初代は幸元で山中鹿之介の子孫であると言われている。鴻池家は、初めて清酒諸白を製造し、江戸まで出荷した。近隣の池田・伊丹・灘・西宮などでは鴻池家にあやかって酒造業を起こしたものが数百軒もあった。
鴻池家の後ろには大きな池があり、これを鴻池といった。これは村の名の由来となり、またその名前を大坂の店の屋号として用いた。
鴻池家が酒造業を始めた年、屋敷の裏に稲荷の祠を祀って家内安全を願った。幸元の子供らのうち大坂で分家したものは三家、そこから更に九家が分かれた。大坂の鴻池家の富は莫大になっていた。
宝暦13年(1763年)秋の台風で稲荷の祠が壊れた。20年後、当主達が集まり、「先祖の遺徳を忘れてはいけない。祠を再建する費用は僅かであるが、1人が出せは他の人は先祖の恩徳を忘れてしまう。皆で出し合おう」ということになった。
天明4年に祠が復旧された時、それらの事情を全て石に刻んで残そうということになった。幸元から数えて7代目の当主・元長の子・元漸(もとやす)は自分(中井履軒)の弟子であったので、次漸の依頼によってこの銘文を作った。』

前回見つけられなかった第1ミッション達成です。
自転車に付けた「TANAX・NAPOLEON・S-9ミラー」ですが、振動に共鳴せず鏡面もでかいので、とてもいいです。
20130808TakaradukaS007s

第2ミッションに向けて、更に西進します。
阪急今津線・宝塚南口~逆瀬川間・西側の高台にある「宝塚神社」から、大阪平野の景色がいいそうです。
それほど標高が高そうでもないのに、ほんまかいな?の確認です。

6:24、母校KGの小学校横通過。
6:26、宝塚歌劇・花の道入り口着&手塚治虫記念館激写。
武庫川を渡って、6:29・阪急宝塚南口駅前・宝塚ホテル到着。
20130808TakaradukaS012s
僕ら夫婦は大学のチャペルで、僕の中高の校長先生(牧師)に頼んで結婚式を挙げてもらいました。
披露宴は、タクシーでこのホテルに乗り付けて行いました。
我が家は、ここから始まりました。
一昨年、北海道ツーリングで新婚旅行スキーで泊まった「富良野プリンスホテル」に寄りました。
僕はちょいとセンチメンタルや奴です。

ここから、あっちにうろうろ、こっちにうろうろと宝塚南口~逆瀬川間を走り回り探しましたが、結局宝塚神社を見つけられませんでした。
甲子園大学ってこんなとこにあるのか・・・とか、それなりに収穫はあったけど、第2ミッションは次回まわしです。
僕はしっかり調べて、まっすぐ目的地に着くより、アバウト以上調べず、地形や森・川の流れ・道標を見ながら野生の勘に頼るのが好きです。
だから、第一回目失敗というのが多いです。

帰路はコースを変え、「阪急逆瀬川」から、6:49「宝塚市役所」に下りました。
先月、市に差し押さえられてキレちゃった旦那さんが放火したとこです。
武庫川を渡る橋から下を見ると、小さな堤の下流にサギとカイツブリがたくさんいます。
遡上する魚を狙ってるみたいで、しきりに組みを水中に突っ込んでいます。

7:01、宝塚安倉住吉神社。
鎮守の森が良い感じの立派なお社です。
延喜式収載の宮かな?と、謂れ板を読みますが目ぼしい記述はありませんでした。
創建天長2年となってたので、帰宅後調べると西暦835年でした。
平安時代に入って40年ですね。

7:30に帰宅し、屋敷祠の次の作業の下準備で、メジャーを当てたりしました。
走行時間1:08:48・距離16.99km・AV14.8km/h・MAX27.7km/h。

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8/1・早朝歴史サイクリング・宝塚小浜 2/2

20130801KohamaS055s
本日の目的である「首地蔵」に向かいます。
外堀である川に下る急斜面の途中にそれはありました。
小さな公園になっており、懐かしい上向き噴水水道がありました。
20130801KohamaS057s
子供の頃、こういう水道は各公園にあり、のどが渇いたらこれで喉を潤したものです。
破壊する輩が増え、今は世知辛く自販機設置に変わっています。

1m位あるでかい首から上だけの地蔵様が2首ありました。
20130801KohamaS064s
蝋燭の炎が数本立ち、地元の方が早朝からお参りのようです。

『小浜の首地蔵
大昔、小浜がまだ浜辺であった頃、打ち上げられたとか。伊丹の殿様の夢枕にお告げがあり持病の頭痛を治してもらったお礼に刻んだとか。これを土地の者がこの地に運び上げお堂を建てようとしたら大工が倒れてしまった。次の大工に頼んだら、また倒れてしまった。そこでお家に入るのが嫌なんだろうと、雨ざらしのままお祀りすることになった。』
ふむふむ、面白いね。

その坂を下ると、墓地があった。
道を隔てた道端に、お地蔵さんのように墓石が3基並んでいた。
「釋・・」「釋尼・・」と法名がなっていたので、浄土真宗(一向宗)の信徒さんのお墓ですね。
20130801KohamaS069s
墓地の敷地外にあるということは、お世話する者のない無縁仏さんになっているのかも・・・。
まあ、墓石前の花立に枯れた花が挿してあるので、お墓にお参りの方が手を合わせていくのでしょう。
子供の頃、自分ちのお墓に参った後、「無縁さんに參っといで」と言われ、競って線香を置きに行ったものです。
柄杓で水をかけるのが面白く、遊びのように無縁仏さんの墓石に走りました。

往路同様の道を引き返し、7時頃帰宅しました。
走行時間59分42秒・13.56km・平均速度13.6km/h・最高速度30.1km/h。

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8/1・早朝歴史サイクリング・宝塚小浜 1/2

4:30に目が覚めましたが、なんとなく天気がいまいちそうで早朝バイクに出かけず、もう一つ明るくなるのを待ちました。
5時前になると、しっかりした曇り空が確認できましたが、すぐに雨が落ちてくる感じもありません。
お尻にクッションジェルの入ったサイクルパンツを履きジャージを上から履きます。
上半身はサイクルジャージ、靴はマウンテンバイク用ビンディングシューズといういつものサイクルスタイルになって、GIANT DEFY2を玄関から出します。

目的地は、宝塚の小浜地区です。
有馬街道・西宮街道の宿場街で、何度か歴史探索訪問しているのですが、「首地蔵」というのがあるらしく、それを見に行くついでに虱潰し探索しようとの算段です。

隣町なので、自転車距離です。
交通量の多い県道や国道はつまらないので、裏道・散歩道を縫って伊丹・鴻池に進みます。
鴻池横を西進し、天王寺川土手を北上して中国道側道のR176に乗りました。

鴻池は鴻池財閥発祥の地で、中国山陰の雄・尼子氏の家老・山中鹿之助の末が鴻池と姓を変え住み着き、日本で始めて清酒製造を始めました。
それまでは、にごり酒でした。
酒造業で財を成し、天下の台所・大坂に本拠を移し、両替商や廻船問屋など商売を広げて行きました。
その記念碑が当時よりかなり小さくなった鴻池の辺りに立っているということだが、2度探索しても見つけられずにいます。

R176を500mほど走って、5:33「小浜」到着です。
「小浜宿」は、一向宗寺院を中心にした環濠集落で、山科本願寺・石山本願寺同様、城と見まごう固い守備を誇った軍事施設でもあったそうです。
当時、「総構の城」として日本最大と言われた荒木村重の有岡城同様、北・西・南に天然の堀である川が流れる地形を利用し、町ぐるみ城内にした都市国家であった。
護岸はコンクリートで固められているが、今でもその川が残り、道路や家で削られた地形ではあるが、十分な比高が残り、攻めるのが難儀しそうな雰囲気がプンプンする。

「小浜宿」は、観光資源化され、生活道路がカラー舗装され、各所に歴史説明板が設置されている。
坂を登り「南門跡」から宿場町内に侵入しました。
散髪屋さんの看板も灯籠風です。
20130801KohamaS008s
「皇大神社」に参拝。
古い石道標が素敵です。
「西宮街道」「京伏見街道」「本妙寺」「首地蔵」「いわし坂」などの案内板が親切に立っています。
神社境内に高い扉の倉庫があり、だんじりが保存されているようです。
秋祭りで出番が来るのかな?本日の小浜宿拝観料をチャリンし、ついでに我が家の今までの幸せを感謝し手を合わせます。

開けたとこから宝塚市街地が一望出来ます。
20130801KohamaS017s
こう見ると平屋が一般的だった当時は、相当に十分な比高があったと一目瞭然です。
すぐに北側の谷に着きました。
20130801KohamaS018s
ここは更に十分な絶壁の比高があり、こちら側からの攻めは無理そうです。

ここに小浜宿案内板があり、しっかりと各施設の位置を頭に入れます。
小浜宿の中心・倉橋町~小浜工房館~小浜宿資料館~市場町を巡りました。
朝早い時間なので、もちろん閉館です。

復元された高札が数種類上げられています。
伊丹まで荷物壱駄・八拾文などの料金表。
きりしたん令として、ばてれんの訴人・銀五百枚という懸賞金も書かれています。
20130801KohamaS034s
火付札・・・火をつける者知らば早々に申し出る事、ご褒美くださるべきこと。
面白いな。

京伏見街道が東から、西宮街道が南から来て、有馬街道が西に登って行く要衝で、太閤秀吉さんも有馬温泉に行くときは泊まったのでしょう。
20130801KohamaS037s
いくつか寺に寄りましたが、門が閉まり中を拝見出来ません。
唯一「毫摂寺」だけが開いていました。
このお寺は、一向宗のお寺で、ここを中心に寺内町が発達し宿場町となりました。
大屋根がさすがに立派です。
とても綺麗な西洋建築の宝物館かと思える建物があり、何かなと近寄ると納骨堂でした。

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7/27・早朝ツーリング・篠山 2/2

お寺があるようなので寄り道します。
お寺や神社は、中世の時代から宗教法人無税なのでずっと変わらずそこにあり、庄屋とともに政府の出先機関みたいな公共性があった歴史があるので、よそ者にオープンです。
地域の歴史を感じるには、寺社訪問が一番です。
20130727SasayamaS031s

5:58、「浄土宗・西山深草派・善導寺」到着。
まず拝観料として幾ばくかチャリンしようと本堂に寄ったけど、それらしきものがなく手を合わせることができませんでした。
無料拝観しましょう。
ご住職が掃除をされていたので、挨拶をば。

無縁仏墓石を集めた場所があり、グルリを回りましたが、江戸・明治様式のお墓の集まりでした。
より古い五輪塔タイプの墓石もありましたが、文字が風化して全く読めません。
「生花先生蟻童塚」と書かれた墓標がありました。
20130727SasayamaS038s
殺生してしまった生花や蟻ん子を供養するお墓なのかな?

一際でかく故陸軍伍長さんの墓石が・・・敗戦という残念な結果であったけど、どこの田舎の集落にのあるこういう方の尊い命の犠牲が今の僕らの生活に繋がっているんだよな。
墓地の奥に10基ほど歴代ご住職のと思われる卵型墓石が並んでおり、その奥は獣避けフェンスになっていました。
おたまじゃくしがいっぱいの小さな溜池横に真新しい観音様の像が立っています。
その裏は獣避けフェンスになっており、何やら大きな看板が・・・グハ・・・

『記念 総合事業用地買収で、事実記載面積狭小評価・水利賦課金などについて意見を申し出た所、個人所有の土地で立入禁止の立て札があるのを撤去し、信仰の象徴であり、有難い観音様の敷地にすることは神仏をも恐れない鬼畜の行いで、有史以来未有の事である。
寺総代と権力の座について、○○・○○・○○(個人名)が特定個人の利益を図って強欲に走り共謀して、他人の土地を強引に侵害した事を正当化する為、寺山問題解決促進検討委員会を作り、住職や檀家に費用負担を掛け、10年近く係争するも結論を得ず、裁判所の調停もあって表面的には解決したけれど、今後このような不祥事が起きないことを祈りつつ境界柱と立て札を立てる。 ○○(個人名)』

土地境界争いがこじれちゃったようですね。
大昔からの地縁血縁が絡み合ってる田舎集落でこういうのがあると、末代まで続くね・・・。
この立て看板より観音像の方が新しそうで、なんとなく観音様が看板を隠してる位置にあるのは・・・他所様の揉め事を想像するのは止しましょう。グハ

6:17、この地区の「小多田公民館」横に「天満神社」発見。
20130727SasayamaS056s
天神様は僕の祖先ということなので、お賽銭チャリン。
もう寄り道時間がなくなりました。
帰路に着きます。

R372に出て、好みのr49を南下し、「美濃坂峠」を越えて「母子」に入ります。
青野川沿いのr308で南下します。
気持ちのいい道です。
「千丈寺湖」沿いを縫いr49に合流。
「志手原」から枝道近道でr68に出て東進、「西谷農協」からr33~r325~長尾山トンネルという定番コースで、7:50帰宅しました。

篠山・八上城周辺探索 3/5

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7/27・早朝ツーリング・篠山 1/2

3:15に、次男が帰ってくる音で目が覚めました。
昨夜仕事から帰宅すると、「次男から、小学校時代の同窓会で帰る」と電話をもらったそうで、家内が嬉々とし
て夜具などの準備をしていました。
次男は友達の車で送ってもらったらしく、車が自宅前に止まりました。
裏口が開く音・・・自室に入る音・・・、続いて家内がトイレに起きて自室に引き上げる音・・・、「篠山にでも行くかな」と思い起き上がりました。

そそくさとプロテクターメッシュ上下に着替え、玄関をすり抜けました。
里山VTR250を引っ張りだし、走り出しました。
信号待ちで時計を確認すると、3:50です。
長尾山トンネル~r325~r33~r319と進みます。
軽く朝霧が浮かんでいるようで、ライトに照らされた霧が後ろに流れていきます。

r12に出て、4:39「西峠」頂上で休憩します。
ようやく明るくなってきたので、車載カメラをセットし、ゆっくり下ります。
時々鹿と出くわすので注意です。
「後川」を過ぎ、「城東トンネル」に登り返します。
篠山側に下り、R372手前で旧山陰街道に入り西進します。

R372に合流し、r77への分岐を過ぎ、5:02・目的地の「法光寺城跡」案内版前に到着しました。
20130727SasayamaS002s
応仁の乱の戦功により管領・細川政元から多紀郡(現篠山市)を賜った波多野氏は、後の居城・八上城(高城山山頂)の南尾根先に「奥谷城」を築き本城としたが、勢力拡大(経済力拡大)によりより防御に堅い山頂へ新城を築き本拠を移した。
城下町であった殿町(奥谷城前)の西側の法光寺山頂に支城を築き守りを更に強固にした。

法光寺山は、「八上城跡」から見れば、城下町を挟んで向山の位置にあり、容易に「城を造るだろうな」という場所にある。
一度探索を試みたが、取り付き道がわからず断念しています。
どう考えても、看板横に参道がある「稲荷神社」が大手道を思えるので、再度挑戦です。
20130727SasayamaS004s
ジメってる山中の神社でとても雰囲気がいいです。
前回目をつけていた神社右手の道を探ってみたけど、道なりに下りだし降りてしまいました。

神社に戻って左手を探ることも考えましたが、悪い癖でこっち側の山に続く道の末はどうなっているのか興味が移ってしまいました。
「法光寺山城」探索は宿題にして、バイクに戻って次の道を奥に入って行きます。
数本の枝道を目測しましたが、民家の庭先に道が終わっているようで収穫なしです。

R372を少し東に戻り、高城山と法光寺山の間の道を南下しました。
城下町があったという「殿町」と、最初の居城・「奥谷城」の探索です。
左手・高城山麓に赤い幟がたくさんはためいています。
寄り道してみると、5:30・「高城山・妙見道場」となっており、「中村霊道」となっていたので新興宗教のようです。

そこから怪しい舗装路が山を更に上がっており、徒歩探索しました。
コンクリート舗装になり、思いっきり全面苔むしています。
20130727SasayamaS019s
ここで断念。
西側からの八上城登城道かもしれません。
下って戻るときに、正面に法光寺山が見え、この2つの城を持つ波多野氏の勢力が想像されます。
20130727SasayamaS022s

「殿町」地区はすぐ分かりましたが、江戸時代の城下町ではないので、その雰囲気は何もありません。
現在は、ただ谷あいの穀倉地です。
知行されたばかりの小さな勢力だった波多野氏は、ここの上がりだけで家臣を養えたでしょう。

「奥谷城」の場所もすぐに遠望出来ました。
僕がこの地を治めるならココだなという穀倉地に突き出た小高い山がそれです。
この探索を後回しにして、真っ直ぐな道を山に向かって南下します。
5:45、獣避けフェンスでThe End。

「奥谷城」の南を高城山の南縁に沿うように伸びる道を探索するが、舗装が切れThe End。
また浮気心が出て、「奥谷城」探索を宿題にして、途中から西に向かってる道を探索します。
法光寺山の南の尾根を越えて西側に続いている匂いがします。
細いけど舗装路が続いて入り、法光寺山の南西集落に出ました。
こっちの方が民家が多く、旧・中世城下町にふさわしそう。

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8/4・インカレ予選まで1ヶ月コーチング

日曜日は、琵琶湖にコーチングに行きました。
3人乗りヨットのレースとバッティングしましたが、月末にインカレ予選が控えているので、琵琶湖通い優先です。

6時に車で家を出ました。
名神~湖西線で柳ヶ崎YHに7時前に着きました。
灼熱の夏に入り、ツーリングバイクは少なくないようです。

AMは470クラスを指導です。
スタートが課題ということだったので、マークを一列に5つ打ち、1艇1マークを選び1分間そのマークから離れない練習をしました。
ヨットレースのスタートは、いかに同じ所に止めておけるかが勝負です。
細かいハンドリングが要求され、船の動きを感じ早め早めに対応していく知識や技量が必要です。
3艇共無難にこなせるようになったので、次は2分間。
それも揃ってきたので、ショートスタートラインを使ったスタート練習に入りました。
早目にスタートラインに近づき、密集内での位置取り練習です。
綺麗なオールクリアスタートになったらしばらく走らせました。

ちまちま練習ばかりでは飽きるので、1時間ロング帆走練習に出しました。
別海面で練習してる1回生練習担当のインフレータブルボートのエンジンが動かなくなったので、インフラを曳航してハーバーに戻し、470練習海面に走らせたホッパー用にマークを打ち、470練習マークも利用しながらショートレースをさせます。

1時間経過し戻ってきた470にスタートマニューバリングのドリルをしながら、ホッパーにも指示を出し、楽しい練習ができました。
連続タックなど基本練習もみっちりやったので、久しぶりに乗った若手OBはバテてました。

昼はハーバーバックし、クーラーの利いた合宿所で豚キムチ丼&麦茶で生き返りました。
13時出艇でPM練習です。
PMはスナイプクラスのコーチングです。
まずホッパー用にショートレースマークを打ち練習を指示し、スナイプもスタートが課題とのことだったので、AM練習と同じ練習をさせました。
470チームの方が上手いね。
2分間マニューバリングまではできませんでした。

気になっていたスナイプのボートスピードを確認するために、揃ったスタートが出来た時は優劣勝負がつくまでノータックで走らせました。
いい風が入り、フルセイル・フルハイクのガチンコ勝負です。
2度の5分間休憩を入れながら、観測塔までクローズガチンコ勝負をさせました。
メインシートが緩みやすいので、適宜声を掛けます。

トレイン・連続タック・連続ジャイブ・360度・720度、16:30ハーバーバックまでみっちり練習をしました。
ああ楽しかった。
16時前頃から空模様が怪しくなりました。
琵琶湖は湖面なので東近江・南大津方面・西比叡山方面の空が大きく見えます。
北西・比良山が夕立のようで真っ白です。
気になっていましたが、それの南下はありませんでした。
大津の南の山にスコールが発生し、紅白が見える大津港B級グルメ会場のお天気は風前の灯火だと見えたけど、幸いスコールが東に流れ瀬田の景色がスコールの真っ白に消えて行きました。
海でも湖でも、空が広く見えるので、広範囲の天候の変化が手に取るように見え面白いです。

ハーバーに戻り、先に合宿所に戻ると、夕食担当の女子マネージャーが作り終え、七尾合宿のサポートボート手配をしていました。
僕から見れば、こんなの女子マネの当たり前の仕事ですが、僕がコーチに来た10年前は、夏休みになると女子マネはみんな帰省してしまい誰も練習に顔を出さなかったのを思えば、雲泥の差です。
僕は命令したくないので、いつも笑顔でアドバイスですが、ようやくここまで来ました。
今日も止まったエンジンが頼りないインフレータブルボートでは、サポートに不安です。

昼飯を海上で食べずっと練習してたので30分早く着艇したスナイプチームのミーティングに参加し、みんなが帰って来たので全体ミーティングに参加し、全日本予選を1か月後に控えちょっと熱めに語り帰路に着きました。

B級グルメの影響で混んでるかなと思いましたが、道路はスムーズでした。
湖西線から名神へつながるとこの信号で、リッターバイク10台弱のグループがすり抜けて行きました。
みんなカッパを着ていたので、比良山系方面からの帰路でしょう。
名神に入り、京都は雨でした。
天王山を過ぎると道路が乾いており、夏のスコール特有の小さいエリアでの局地的短時間大雨ですね。

NHK「ダーウィンが来た」に間に合ったので、19時過ぎに帰宅しました。
家内が用意してくれた夕食のお蕎麦が美味しく、八重の桜を半分見たとこでお風呂に入り、楽しい1日が終わりました。

7/28・初めての夫婦ツーリング 3/3

r323を「波豆」まで戻り、定点観測ポイント「八坂神社」前を南下し、r68を越え、「西谷農協」でr33に乗り南下します。
対抗して来たパトカーが側道に入り、家内の後ろに入りました。
僕らをマークしたのかな?
しばらく追走してきましたが、制限速度-5km/hなので離脱しました。

道は広くありませんが気持ちのいいワインディングが続き、カーブでスピードが更に落ちる家内の後ろに大名行列が出来ます。
路肩が広いので路肩走行しているので、「左に寄り過ぎると危ないからスピード出せないでしょ、車線内でスピードを出す方がいいよ」と無線で指示しました。
車線内に戻りスピードが上がったので、大名行列の貯まりが少なくなりました。

r325に入って、また検見橋で休憩です。
家内のバイク運転話を聞いているとほんと面白いです。
クスクス笑うと、「バカにしてるでしょ」って笑っています。
15分ほどゆっくり休憩し、出発。

長尾山トンネルを抜け、阪急山本駅からすぐの所にあるオートバックスに入りました。
初心者マークの購入目的です。
でも車用の大きいのしかなく断念。
「あまり他の車に気を使わず、運転はジコチュウの方がいいわ」って学習したことを教えてくれました。

駐車場でヘルメットを被ったとこで、家内の電話が鳴りました。
「はいはい」と電話をヘルメットに当て慌てています。ぐふふ・・・
次男からで、もう家を出たそうで、僕の代理で参列してもらった北関東の法事の席でもらった本を置いておいたとのことです。

ここの駐車場から出る時、2台十分なスペースで出たのですが家内の出がゆっくり過ぎたので、往来の車を止めてしまいました。
無線で、「睨まれちゃった~」
「出が遅れちゃったから、次の機会を待つべきだったね」
「うん、でもお父さんに続いて出ないと、永久に出れないと思って~」だって。

15時に無事帰宅しました。
家内の初ツーリングは、70km。

次男が置いていった本を手に取りました。
親父の妹さんが、元武士の旧家に嫁いでおり、旦那さんが僕同様歴史好きで、とうとう家の歴史を含めた自叙伝を出版されました。
以前、親父の実家の家系図も作ってくれました。
歴史好き同士、よくその後わかった親父の実家の歴史や北関東の歴史の話を聞きました。
今年の法事で、出版すると言ってたのが完成したようです。
親族以外の人が買うとは思えませんので、流行りの自費出版でしょう。
立派な製本で、上毛新聞社製作となっていました。

15:58、バイクセブンに行き、1Fのオートバックス伊丹店で初心者マークステッカーを買いました。157円。
小さいのですが家内に見せると、「これいいやんベタベタ貼るわ」だって。
家内を歯医者に送り、ウトウトしてたら家内が帰宅し、「ダーウィンが来た」でアマミノクロウサギを知り、「八重の桜」では会津戦争が終わっていました。
21時になったので寝る態勢になり、「三浦半島近海の深海鮫」を見てたら寝てしまいました。
最高に面白い1日でした。

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7/28・初めての夫婦ツーリング 2.5/3

家内が好きな永澤寺の「わらび餅屋」に行く予定でしたが、家内に聞くと「集中力が切れてきたの。ここにバイクを置いてタンデムなら行ってもいいよ」とのこと。
「じゃあ、帰ろう」、即決です。

r12を南下し、「ここが行けたら、大抵のとこは行けるぞ」と思ってたr319に突っ込みました。
細道急坂ワインディングがあります。
タイミング悪く、後続車が3台も貯まりました。
最後の急坂手前の道の少し広い中坂で、ウインカー出して「止まるよ」って声を掛け、後続車に抜いてもらいました。
ブーンと出発すると、「お父さん、だめ~。後ろに下がって怖い~」のヘルプが。
こっちも中坂なので、サイドスタンドではバイクが動いてしまいます。

バックミラーを見ながら、「ブレーキは左手だけにして、右手のブレーキをゆっくる離して・・・アクセルを吹かして、ゆっくりブレーキを離して・・・」・・・動き出しました。
「なんだ、動いた~」
あとで聞くと、ブレーキは左右同時操作で、出発の時はブレーキを両方離し、足で踏ん張ってる間にアクセルを開けるようにしてたそうです。
教習所の坂道発進のことを忘れてるね。
ぐふふ・・・

r323で「大坂峠」を越えたとこで、気になってた「峠茶屋」で昼食にしました。
コンクリート駐車場の方が斜めってるので、僕が2台駐車しました。
ここは玄関で靴を脱ぐスタイルです。
砂利駐車場に4台ほど車があったのに、通してもらった2Fの座敷部屋には誰もいません。
1Fにも部屋があるようです。

本日の定食700円(僕は天ぷら・家内は魚)を注文しましたが、皿数が多く美味しく、とても700円とは思えませんでした。
パンフレットには、「おまかせコース、2500円・3000円・5000円」とあったので、軽い法事でも利用出来そうです。
いいお店を見つけました。
ゆっくり食事を楽しみました。

アップダウンのある場所で、登りでロードバイクを抜かし、下りで抜き返されるを連続で経験しました。
「自転車に抜かれちゃったけど、抜き返したよ」と自慢そうに言う家内がなんとも可笑しい。
僕も家内のスピードに付き合ってるから、一緒に自転車とデッドヒートしてるし・・・。
大笑いです。

大坂峠を下ったら「高平」で、13:20・新三田ハウジング「半鐘の家」でお茶しました。
ずっと気になっていた庄屋さん風の古民家で、2年ほど前に新三田ハウジングの事務所になってから、一度家内と拝観料1人200円払って見学したことがあります。
その時社長さんが、「無料拝観したら人が多すぎて、屋敷内説明で本業に支障をきたし、200円取るのも気が引けるし・・・喫茶でもして拝観料を上乗せでもしようかと思ってる」と言ってました。

座敷に机を座布団をパーテーションを置き、靴を脱いで座る形式ですが、土間に風が通り涼しいのでこちらの席にしました。
僕は、いちごみるくかき氷・家内はアイス・オーレ700円を注文しました。
壁に地域ごと(篠山・宝塚・能勢・猪名川・川西・三田)に分けて指してある喫茶店や食べ物屋さんの各店舗パンフや名刺を見ながら、あ~だこ~だ。
上の梁にツバメの巣があり、目の前の庭で親が捕まえた虫を巣に運んでいます。
家内は捕獲の瞬間を見たと、喜んでいます。

座敷部屋は、素敵な衝立や書に囲まれ、庄屋さんの経済力が垣間見えます。
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背の低い玄関が、父の実家と同じで懐かしいです。
鳶口という火消し道具が飾ってあります。
僕らが入店した時は誰もいませんでしたが、賑やかな女性4人組が来店し、続いて男性1人のお客さんが入って来られました。
新三田ハウジングさんは、古民家の再生・斡旋業務をしています。

お会計し、13:57外に出ます。
半鐘カフェオープンの大きめ立て看板、氷のれんがぶら下がり、ソフトクリーム立て看板もあります。
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「大庄屋下山家住宅一般公開200円・10-16時・水曜定休・入場料200円」の看板も。
喫茶料金は拝観料込みで高めですが、このお屋敷はお宝が多く、それを含めればお安いでしょう。
僕には宝の山に見えます。

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

7/28・初めての夫婦ツーリング 2/3

「何か食べる?向こうにパン屋さんがあるよ」
9:35、パン屋さん前の駐車場で露天商さんが、アジの開きを干していました。
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パン屋さんの席が全て塞がっていたので、ベンチに座ってパンを食べました。
そのうちにジェラート屋さんが開店したので、食べてみることにしました。
シングル290円を注文すると、お兄さんがおまけであと2種類の味のジェラートを足してくれました。
人生2度目のジェラートです。
家内は初めて。
溶けにくい粘り気のあるソフトクリームかな?
家内はカップアイスクリームに似てるって。

「お墓に行く?」
「うん、ここまで来たら寄らなきゃ。無事帰れるようにお願いするよ。ここでお花を買っていく?」ってことで、産直販売で混雑する店内に入り、家内がお花を選びました。
レジに並んでいる間に、僕は外に出て横でやってた紙芝居を見物しました。
お題は、猪名川に残る伝説「佐保姫」です。

『明智光秀の先妻の子・佐保姫は、母親が死に後妻さんとうまくいかず、織田軍団・丹波平定軍大将として友軍だった丹波篠山八上城主・波多野秀治の紹介で、ばあやとともにこの地にある山城に住むようになりました。
秀治の息子と恋仲になり将来を誓うようになりましたが、光秀が波多野秀治の盟友・丹波黒井城主赤井氏攻めに反旗を翻し、光秀は命からがら逃げ帰るということがありました。
やがて波多野氏は光秀に攻められました。
難攻不落の八上城は強く、信長の命で和睦することになり、佐保姫のばあや(光秀母とも言われている)が人質として八上城に入り、秀治兄弟は光秀とともに安土城での信長との面会に向かいました。
騙した信長が面会もせず2人の首をはねたので、ばあやは八上城で果てました。
主柱を失った八上城は落城し、秀治の息子は佐保姫のところに約束の破棄を言いにやってきて、落ちて行きました。
悲観した佐保姫は、猪名川の縁に身を沈めました』

ここらでは有名な悲しい伝説です。
紙芝居が終わると、見ていた子供達にクレヨンが配られ、大人にはティッシュが配られました。
僕ももらっちゃいました。

家内に、「佐保姫に会いに行こう」とバイクに跨りました。
道の駅からr12に出るとこで、無線から「わぁ」という声が聞こえて来ました。
左折で出る時、車線ギリギリ右端まで膨らんでしまい曲がれないかと思ったそうです。
「二輪は遅いとコントロールが利かないから、僕もよくなるよ」って言うと、「なんだぁ」だって。

猪名川町スポーツセンターのとこで枝道に入り、猪名川沿いの「歴史街道」を走るつもりでしたが、ミスルートしてグランドまで上がっちゃいました。
急坂だったのでグランドまで上がってからUターンしようと思いましたが、「こんなとこ狭くて行けない~」とヘルプが無線で聞こえて来ました。
坂道で路上駐車してる車の横を男性が歩いて下っていたので止まったようです。
ブレーキを離すとバックするので、パニックになっています。
バイクを置いて、走って家内のとこに戻ります。
僕がブレーキを握って、Uターンさせました。

バイクまで戻って、再び先導です。
交通量のない歴史街道をゆっくり流し、「佐保姫が身を沈めたのはここだよ。藤の季節は綺麗なんだ」って歴史解説休憩。
r12に合流し、30~40km/hペースで猪名川霊園到着。
お墓までの急坂もしっかり登って来ました。
いつもの駐車場に停め、お墓に花を供え、お水でお墓をクールダウンさせてから、我が家と隣のまだ仏さんがいない弟のお墓の草引きをしてると、「あ~、お兄ちゃん。ツーリングの途中?」って、思いかけず弟が桶を持って現れました。

来年中学受験の姪と義理妹を、武庫川女子の学校見学に降ろして、墓参りにやってきたそうです。
この女子大は義理妹の母校ですが、住まいの岸和田からは遠いから通学が厳しそうです。
弟は月1で墓参りに来てるから、向こうの方が僕らと会ってビックリだよね。

弟が先に帰り、僕らは草取りの続きです。
家内を駐車場に待たせ、僕だけ霊園の最上部に上がって行きました。
裏山に中世の山城跡があり、そこへのアプローチ道を探索します。
11:31、山城進入路発見。
低いフェンスを越えて行けそうです。
でもここからでも30分は山頂まで掛かりそうです。

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7/28・初めての夫婦ツーリング 1/3

日曜日は、初めての「夫婦ツーリング」でした。
3月の結婚記念日・イースターに向けて、中古・走行距離1万キロ「アドレスV125G」を家内用にプレゼントし、先月それを初めて家内に披露し、タンデムしました。
田舎道まで2人で行き、何度も交代して練習をしました。
僕の通勤リード110より小ぶりで軽いので、家内も安心のようです。
そして初の2台ツーリングの日がやってきました。

2人で意気込んでいたのですが、金曜の夜家に帰ると、次男が帰ってくるという知らせで家内は嬉々として夜具などの準備をしていました。
次男は小学校の同窓会で帰ってくるのですが、日曜日の予定がわかりません。
家にいるなら家内は世話をしたいだろうし、僕も出来ればみんなで出かけたい。

帰宅した次男に、みんなで船に乗ろうか?と聞いてみましたが、先約があるようで空振り。
どうなるのかなあ・・・と日曜の朝を迎えました。
土曜の夜帰って来なかった次男が、朝8時に帰宅しました。
東京に夕方帰るそうで、それまで寝ているということで、当初の予定通り夫婦ツーリングに出ることが出来ました。

通勤リード110で倉庫までタンデムし、アドレス125Gを引っ張り出します。
倉庫の中には、まだ買ったと言っていないCB400SBがあります。
「見つかるな」・・・と思ってたら、倉庫内には興味なしのようで、見つかりませんでした。

ささっと倉庫を閉め、リアボックスなど付け替えたり作業をしていると、「あれ~エンジン掛からないよ~」。
僕が交代してキーを回しても応答なし・・・「なんだサイドステップが出てるじゃん」・・・また作業に戻るも・・・「だめだよ~」・・・「え~バッテリーが上がったかなあ」。
「じゃあ、これで行こう」って家内はリードを指さし喜んでいる風です。

御用達バイク屋さんまで押して行こう、空いてるかなあ?なんて話しながら、「ブレーキを握ってスタートボタンを押した?」って聞いてみました。
「あっ、そうだった」、ブ~ン、快調にエンジン始動しました。
ホッ・・・

20km/hほどで、生活道路を北に向かいます。
8:29・給油、195km/3.96L=49.2km/L。
まず第一目標の原付50制限速度の30km/hで、長尾山トンネルに向けて、阪急山本駅を抜けます。
車間距離は開きますがまあまあついてくるので、トンネル内で本日の最終目的・40km/hにスピードアップ。
幸いに対向車も後続車もおらず、トンネル中央部のピークを過ぎた軽い下りで、僕らの夫婦ツーリング最終目標の制限速度の50km/hまでクリア出来ました。
「おお~、凄い。ついてくる」

r325に乗り、長い上りも35km/hほどでついて来ます。
「登りだから、アクセルを少し回さないとスピードを維持できないよ」「は~い」。
後続車が追いついてきたら、幾分左に寄ってるようです。
僕が言った通りに、ウインカー出して抜いてもらうのも出来てます。
その前に、バックミラーで後続を見ているのに驚いた。

家内は、車の免許も持っていないので、初めての車両免許で、初めての公道長距離運転です。
僕が車の免許を取った時、バックミラーを見る余裕があったろうか・・・。
「無線で話しかけても、運転に必死だから応えられないよ」と言ってたのに、ちゃんと返事が来るし。

r33に乗り、「検見橋」で最初の休憩をしました。
どんな顔をしてるか心配でしたが、ニコニコしています。
家内は自転車でもフラフラすることはなく安定しているし、慎重なのでスピードオーバーはあり得ないので、コケる心配もなく安心して見ていられますが、公道でのやり取りに神経をすり減らしたんじゃないかと気になりました。

一度、後続車にクラクションを鳴らされました。
「ウインカー出して左に寄ってスピードも落としたのに、なかなか抜いてくれないのよ~」
「ワインディングでイエローラインだから、抜くのも対向車の確認でタイミングがあるからなあ。カーブでスピードを落としても、対向車が見えないから抜けないんだよね。でも女性にクラクションを鳴らすなんて、男としてダメだな。髪の毛をヘルメットから外に流すとか、リボンでもヘルメットに貼ると、鳴らされないよ」
表情を見て、「まだ行けそうだな」と安心しました。

r33で「西谷農協」前を通過し、r68との交差点前で、「道の駅いながわ行って休憩するよ。ここから少し車が増えるよ」と無線すると、「は~い」。
カーブで30km/hぐらいに落ちますが、直線で40km/hで追いついてきます。
家内を抜いてくる車に左ウインカーで抜いてもらいながら、「道の駅いながわ」到着。

バイク置き場に2台並べてヘルメットを脱いだら、「凄い、私ここまで来れた。面白かった」ってごきげんです。
トイレに行き、裏の猪名川で水遊びしてる小さな子達を眺めながら、あ~だこ~だ。
ロードバイクが多いなと思ったら、お揃いのシルベストサイクルのジャージでした。
お店のツーリング・イベントかな?

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