今年初・早朝バイク&植木畑

昨日の朝の目覚めは、4:30でした。
窓の外は暗いですが、夜明けも早くなって来てるので、今年はじめて早朝ツーリングに出ました。
例年、初早朝ツーリングは、3月中旬から下旬です。
毎年、そろそろ行くかな・・・となるきっかけは、ウグイスの鳴き声です。
今年は例年より少し遅く、先週ぐらいから毎朝我が家の周りで鳴き出しました。
今週に入ると、下手くそだった鳴き声も様になってきました。

最近の早朝活動は自転車ばかりで、今週はカメラ担いでの近所の植木畑巡りでした。
コブシの白い花を付けた街路樹、小さな公園には少し大きめの白い花のハクモクレンが咲いています。
植木畑の梅や桜もなかなかのものです。

3日前、見事な枝垂桜を見つけました。
植木畑の奥にあったので、前の細い道を掃除してたご主人に、「お宅のですか?近くで見せてもらえませんか?」と声をかけると、「うちのじゃないけど、昨日も3人ほど来られたね。うちの裏の道から行けばいいよ」と。
見事な枝垂加減で、メジロの大群が群がっています。
「これは見せなきゃ」
急遽帰宅し、家内をタンデムして見せに行きました。

この枝垂桜は、樹齢150年となっていました。
大きな枝垂だなとよく見ると、3本の木が近接して植えられています。
プロは、こういう育て方もするのだなあ・・・
販売する時は、3本一緒に売るのだろう。
それなりの寺社が購入したら、お客を相当呼べるでしょう。
ここらは、植木の一大産地で、ワシントンの河畔の桜を出荷したところです。
植木畑も多いし、植木屋や造園業者もたくさんあります。


昨日の朝は、満を持しての早朝バイク解禁でした。
里山VTR250に一式を積んで出発しました。

定番の長尾山トンネルをくぐって里山地帯入りしました。
北摂里山の定番の朝霧も出ています。
ずっと通行止めだったr33・切畑~武田尾ルートが解禁されていたので、武田尾まで下ってみました。
新名神工事の付道整備されており、綺麗な道だったり旧道だったりで、これはこれで楽しいです。

JR武田尾駅は、武庫川からの朝霧に包まれていました。
車道で最奥の旧軌道鉄橋跡まで行くと、ここのウグイスは見事な鳴き声を披露してくれました。
我が家の近所とは違い、鳴き渡りまで披露してくれます。
だいぶ鳴き込んでいるようです。

この駅は袋小路で、どこにも抜けられないし、道中も渓谷沿いの狭い道なので、いつまで経っても発展しません。紅葉館別館は、お忍びカップルに最高のシチュエーションを保っています。
昼ドラのサスペンスに最高のロケーションです。

旧軌道や赤橋を渡りr33に戻りましたが、まだ時間があるので北上し、定点観測ポイントである波豆の八坂神社前でしばし休憩しました。
ウグイスもいますが、雉の鳴き声が聞こえます。
もう恋の季節が始まったようです。
去年のこの時期は休耕田だった神社前の畑が、土起こしされているので、今年は耕されそうです。
雑草が、格好の隠れ家になって雉が走り回っていましたが、今年は遠くから鳴き声が聞こえるのみです。

r323~r319~r33~r325~長尾山トンネルで、帰宅しました。
里山の斜面に、点々と白い樹花が咲いています。
自生のコブシやハクモクレンでしょう。
これから初夏まで、里山に次々と樹花が咲いていきます。
まずは樹花&野鳥探索で、早朝バイクで繰り出さなきゃ。

今朝はまた自転車で、植木畑巡りをしました。
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ピンクと白のツートンモクレンが満開・・・

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植木畑が綺麗です。

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見事な枝垂れ桜の周りには、落ち花のカーペットが広がっていました。
桜の花の命は短いです。
そして今、ソメイヨシノが満開です。
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追いコン

3/17(日)、奈良・三重・滋賀歴史探索ツーリングの帰りに、コーチしてる大学ヨット部卒業式(追い出しコンパ)に参加しました。

いつものように東京などから、僕より上のお年のOB諸氏が15名ほど来られています。
OB会長の挨拶に続き、80歳を超えたという最高齢OBさんから乾杯のご発声があり、レセプション開始です。
立食パーティーの年もありますが、今年は着席会食です。

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ここで、僕は本日最初の食事にありつきました。
ソロツーリングすると、食事時間ももったいなくて、ついついこうなります。
4年間クラブを全うし、卒業していく部員へのねぎらいのスピーチが続き、現役部員を代表して新キャプテンの送辞。
送辞というより「先輩たちとの想い出言葉」という感じで、卒業生各人の人となりが語られました。

それに対し、卒業生がキャプテンから順にクラブでの想い出や感謝の気持ちを話します。
女子マネージャーさん達もいい感じで話しています。
僕は監督・このクラブの卒業生でもある部長先生とともに卒業生テーブルに座りました。
入部した時に僕が京都から「山中越え」で琵琶湖の艇庫に送った事を、昨日事のように話す女子マネさんもいました。
「あの時、この峠を越えて見えてきたのが琵琶湖だよ」と、僕が運転席から新入生たちにいろいろ説明したようで、「山の中のくねくね道から、一気に琵琶湖が眼下にうわ~って見えてきて感激しちゃって、クラブの雰囲気も良かったから、入部を決めました」だって。
新キャプテンから打診を受けるままコーチ業を更新してきて良かったなと思いました。

今年は指名がなかったのでスピーチはしませんでしたが、就職するものや院で更に勉学に励む者いろいろですが、このクラブで培った周りと連帯する事をベースに、次のステージでも明るく笑顔で楽しくやって欲しい。

艇庫改修工事の進捗状況の説明が、建設部会の僕の1年下の方からあり、監督の言葉で締めです。
ここで、2年後の七大学戦で就任してから7年なので、後進に道を譲りたい旨の言葉がありました。

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新4回生から卒業生全員への花束・記念品贈呈があり、僕はカメラマンで走り回りました。
このクラブと僕を結びつけてくれたここの卒業生である次男に、少しでもこの様子を伝えなくっちゃ。

全員での記念写真、部歌を歌い、最後に前身のボート部から続く「琵琶湖周航の歌」をいつものように歌ってお開きになりました。
大学に奉職してる次男同期君を捕まえ、「次の監督をやれ」ってけしかけておきました。
「そんなこと大きな声で言わないでくださいよ。やばいと思ってるんですから・・・」だって。

お開きになり、卒業生に「今日はどこに行くの?」と聞いてみました。
小声で「まずは、寿司屋に連れて行きます」
追いコンは現役部員が準備しますが、ここから翌朝まで卒業生が現役部員を連れて豪遊するのが伝統になっています。
クラブを引退後、バイトで金を稼ぎ、ここで一気に使い切っちゃいます。

この趣向が中々アイデアに富み、シーズンオフに人力車のアルバイトをしていた過去の卒業生が、自転車牽引のリアカーを制作し、その上に「コタツ&みかん」という古き昭和の家庭風景を再現し、後輩を乗せて夜の京都を散策するというのをやったこともあります。
その時は、あまりの怪しさに警官に職務質問されたとか・・・
当然やね。

芸者を上げたことや、後輩女子マネを舞妓体験させたり・・・の案を聞いたこともあります。
詳細は不明ですが、あまり深く詮索しない方が良さそうです。

トイレで着替えて外に出ると、雨がパラパラしていました。
カッパを着るほどではありませんが、高速で帰るのでカッパを着て駐輪場を出ました。
「17:57-20:21・京都駅ビル西駐輪場400円」
250cc以上クラスは、1日400円だそうです。

R1で「京都南IC」まで南下し、名神~中国道に乗って「中国豊中IC」下車。
家までカッパなしでもOKでしたが、ずっと降っていました。
バイクの掃除は後日にして倉庫に片付け、10時に帰宅しました。
家内はすでに夢の中なので、静かに片付け、用意されていたうどんを腹に入れ、お風呂に入って10:30に床につきました。
ああ楽しかった。

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8時半の女

僕の子供時代に、「8時半の男」と呼ばれた人がいました。
プロ野球巨人軍がリードしている終盤に登場し、試合を締めくくるクローザーの宮田投手です。
時代は下り、僕が今楽しみにしている「8時半の女」は、家内に似てるNHKニュース9のお天気コーナー担当・井田寛子さんです。

今週のNHKニュース9の井田さんは、今まで以上に素敵です。
男子諸兄は、要必見です。
担当のお天気コーナーは、この月曜日から夜桜中継になっています。

初日・月曜日は、真っ赤な着物姿での登場で、これが家内の着物姿にそっくりでした。
「うわぁ~似てる~。来てみ~」と家内を呼ぶと、「あ~似てる~。私もこんなんやったわ」ってご満悦でした。
今まで、いくら似てると言っても、「タレ目なとこだけね」とか言ってたけど、着物姿はビンゴだったようです。
ここはあとひと押し・・・「今でも、よう似てるやん。井田さんも、着物似合うなあ~」と、得意のヨイショを加えておきました。

昨夜は、家内と2人が注目する中、東京の馬事公苑での中継でした。
馬に乗って、颯爽と井田さん登場です。
馬から降りて帽子(乗馬ヘルメット)を脱いで、「明日の天気は・・・」からお天気予報が始まりました。
天気予報なんて、耳に入りません。
じっと見ていた家内が、「帽子を被ってる方がかっこいいね」と言うので、「じゃあ、あんな帽子買ったらどう?」っと、ひと押ししておきました。
今夜は、どんなかなあ・・・

3/17 奈良・三重・滋賀歴史探索 6&7/7・最終回

想像してた交通量のないグニャグニャ細道ではなく、信楽~伊賀上野の最短路として整備されており、常時2車線で適当に車も走っています。
ぐんぐん高度を増します。
増すごとに伊賀上野市街地や木津川が作る平野が、眼下に広がっていきます。
停まって激写したいけど、交通量があり路肩がないので残念です。

徳川家康が、伊賀忍者頭領・服部半蔵以下配下忍者に守られながら逃げ延びた「御斉峠」を示す石碑がありましたが、ここも駐車出来そうもないのでスルーです。
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更に登った峠に、「滋賀県・甲賀市」と書かれた県境を示す看板が立っており、勾配もないので16:26・激写タイム。
ここが分水嶺峠のようです。
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TMには絶景ポイント表示がありますので、伊賀盆地を激写します。
でも途中のとこの方がより絶景だったな。
400年前の家康さんは、どんな気持ちでこの景色を見たのだろう・・・景色を愛でる余裕はなかったのかも・・・

18:00に、JR京都駅前のホテルに着かなければなりません。
あと1時間半です。
「紫香楽宮跡」も訪問予定でしたが、以降の予定を全てキャンセルして、GPSで「アパホテル・京都駅前店」への最速コースをリクエストします。
到着予定時間17:37、これしかないね。

「多羅尾」の集落を通過します。
江戸時代幕府直轄地だったここの代官を世襲していたのが多羅尾氏で、家康の大ピンチ・御斉峠越えの時、信楽の小豪族だった多羅尾家は家康一行を宿泊させ、伊賀忍者とともに護衛した。
その功績で、江戸時代になり家康から声がかかり、直属旗本に組み入れられた。
幕府天領信楽を守護する代官職となり、全国の天領守護代官職の主席を張ったという。

「多羅尾」をキーワードにここらを探索するのも面白そうだけど、時間がないのでスルーします。
r138で信楽に出て、R307を北上し、「信楽IC」から新名神に乗り、75~80km/hの定速走行にスピードアップです。
草津JCT手前で、綺麗なトライク集団が追い抜きて行きました。
後に乗ってる女子の髪が風になびき良い感じで絵になりますが、シートベルト無し・ヘルメット無しは怖いなあ。
ヘルメット着用義務なしとはいえ、僕はノーヘルメットで乗れないわ。

草津JCTを越え渋滞に突っ込みました。
「7km渋滞」と表示されています。
18時到着は万事休すか?
「京都南IC」下車し、R1を北上し、東寺に突き当たって道なりに右折し、東寺南東角を左折し北上開始。
JR線をくぐってすぐ右折のとこをミスって通過し、次を右折してもう一度右折したらホテル前の道に侵入できました。

ホテル前を見るとネクタイで正装した部員が2人、出迎えのために立っています。
時刻は17:50。
「すまん、少し遅れるわ」と声をかけ、すぐ横のビルの1Fにある「京都駅ビル・西駐輪場」にバイクを入れます。
着替える時間がないので、リアボックスからスラックスとチームジャケットを袋に入れてダッシュ。
JR駅の方にも部員が2人立っています。

ホテル玄関にいる部員に会場を聞くと、B1だそうです。
階段を降り、受付の部員たちに「先に着替えるわ」と声を掛け、トイレに駆け込みました。
僕がレセプションルームに飛び込み、監督他に挨拶すると、それを待っていたかのように司会の新4回生から開会のコールがありました。

針テラス・中央構造線月出路頭・北畠館跡・御斉峠 18/18

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3/17 奈良・三重・滋賀歴史探索 5/7

北畠流れが代々伊勢国守を務めていましたが、隣国尾張の織田信長の伊勢侵攻の標的とされ、次男・信雄を養子に迎え持ちこたえようとしましたが、殺害され北畠家は途絶えました。
鉄砲という新兵器の登場で、孫子の兵法でいう「戦いは奇をもって勝つ」「勢に求めて人に求めず」「利をもって動かし、卒をもって待つ」という戦闘から、物流戦になってしまいました。
信長が導入した訓練された常備兵による鉄砲の大音響と破壊力で相手を圧倒する戦争より、平時は農民である大多数の歩兵を巧みに動かし、神出鬼没や伏兵で、同じく平時農民の大多数の敵兵を恐怖に陥れ、一気に敗走させて態勢を崩してしまう神経戦の方が頭脳戦で好みです。
そんな太平記の戦の一方のヒーローを初訪問が実現しました。

「美杉ふるさと資料館」の駐車場にバイクを入れましたが、駐車車両なし。
資料館に入ろうとしたら、入館料が表に出ています。
スルー決定。

13:51、「北畠神社」到着。
ここは「北畠氏館跡」で、背後の山の山頂にある「霧山城跡」への登城口でもあります。
中世の典型的な背後の詰城を伴った城館ですね。
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驚いたのは、鎌倉から室町に変わる一時だけ輝いた北畠氏の遺跡が、国指定になっていることです。
これは多分に、楠木正成同様、常に天皇方だったからではないかな?
天皇中心主義で一気に国力を伸ばそうとした明治期に入って、一気にヒーローに祀り上がられた遺産じゃないかな?

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「花将軍・北畠顕家公」の像が立っていますが、観光客は僕と歴女と思われるお若い女子が1人いるだけです。
如何にも不人気そうな神社ですが、朱色の鳥居や拝殿などの手入れが行き届いています。
小ぶりですが、北畠軍将兵鎮魂の碑も立っています。
地元人口も多いとはいえず、この資金はどこから出ているのかな?

横のr30をロードバイクが快走して行きます。
「走りやすいんだろうな」と地図を見ると、ずっと川に沿った道です。
川沿いの道は平坦路が多いです。
「道の駅・美杉」に車で来て、r30~r43~r29で「君ヶ野ダム」まで行き、r15で道の駅まで3kmほどのR368に戻ってこれます。
この周遊をするんだなと想像しました。
もっと近ければ、自転車を積んで来たい場所です。

R368に戻り西進し、TMお勧めのr15に入って北上します。
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14:17、単線の踏切「JR東海・波篭踏切」を渡りました。
遮断棒は外され、両側の線路にはトラロープがされ線路は錆びています。
崖崩れ災害によって休止したままの路線・「名松線」に沿う道です。

r15東北上・r28北上・R163西進で、伊賀上野入りを考えていましたが、時間がありません。
地図を開くと、r15~r39~R422が伊賀上野への最短コースのようなのでこれにします。
r15は川沿いの道でJRも沿っており、気持ちがいいです。
気持よく走りすぎて、ふとGPSを見ると、r39交差点を大幅に通り過ぎていました。
てっきりわかりやすい道路標識があるものと思っていました。

Uターンして、更に時間ロスです。
GPSを見ながら、注意して交差点を見ていると、小さなr39の道標を見つけて無事エントリー出来ました。
「桜峠」に向かって道が登っていきます。
確かに峠付近には桜の木がたくさんあります。
標高が580mあるので、開花は4月に入ってからでしょう。

峠を過ぎると快適な田舎道の下りになりました。
予定ではR165交差点までこんな道の連続でしたが、「R165左・直進×」の道標が現れ、工事の迂回路かなと思っ
て左折してしまいました。
これは、広域農道「伊賀コリドールロード」へ導く道標でした。
農道は快走路で快適に走れました。
そしてR165との交差点に出ました。

r39との交差点から5kmほど西なので、R165に乗ってその交差点まで東に向かいました。
あのままr39に乗ってれば良かった。
r39交差点に着き、ここから伊賀上野に向かってR422を北上します。
伊賀鉄道に沿いながら伊賀上野市街地に突入しました。
15:52、伊賀上野・シェルで給油しました。263km/8.61L=30.5km/L。

本日最大の目的地「御斉峠」へのアプローチ道・r138を発見し侵入しました。
TM地図では、一旦伊賀上野側で県道表示が途切れますが、「御斉峠」から信楽に向かってr138表示が復活しています。
r138を進めば、御斉峠に着くだろうとr138をなぞったのですが、道が細くなり「信楽には行けません」表示が現れました。

ここに来て野生の勘が敗北し、残り時間がないので、GPSで御斉峠への誘導開始です。
r138を戻って、「伊賀コリドールロード」を少し走ったところに、「左・信楽」の道標がありました。
この農道は、さっき走りました。
TMで確認すると、あのまま農道を走っていれば、伊賀市街地をパスしてここに来ていたのです。ありゃ~。

針テラス・中央構造線月出路頭・北畠館跡・御斉峠 15/18

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3/17 奈良・三重・滋賀歴史探索 4/7

「ちょっと走ったらコンビニがあるよ。横にホームセンターもあるし」と聞いていたので、更に東進します。
この「ちょっと」が結構な距離です。
12:52、サークルK飯南で、クリームサンド105円+パナソニック単3・8本998円を購入。
次の道の駅・「茶倉」の方が近くなってるし・・・。
ということで、「珍布峠」探索は次回回しとなりました。

20130317TakamiS060s
13:03、「道の駅・茶倉」到着。
「元・山城があったのでは?」とも想像できる地形で、下界の耕作地が見渡せます。
でもそれだけのとこです
。激写を終えバイクに戻ると、「カワサキ・マッハ3」と書かれたバイクが入って来ました。
これがそうなのか・・・すごく速かったらしい旧車です。

もう随分三重県に入っちゃったので、ここから西進を開始します。
次の目的地は、「道の駅・美杉」です。
R368に乗り換えて西進しだすと、大型車通行不能看板が現れ、山道になりました。
林道?と思えるようなグニャグニャ山道で、13:28・「櫃坂」と言う謂れ板が立つ所に来ました。

20130317TakamiS061s
「降り口・伊勢本街道」とも書かれており、大和~伊勢間を結ぶ旧街道のようです。
謂れ板を読みながら、ふむふむと脳内思考を巡らします。
次行く伊勢国主・北畠氏館はR368沿いにあります。
今の時代に、伊勢を収めるなら伊勢や松阪・津やろと思うのですが、この「伊勢本街道」を押さえることがより重要だったのでしょう。
今は交通量が少ない道ですが、往時は徒歩物流の大動脈だったのだろう。
伊勢・近江や伊勢・伊賀国境は山がちだから、都・山城からも大和経由の方が楽だったのかも・・・。
やっぱり現地に来ないと、わからないねえ。

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13:38、「オフロード・美杉」というのがありました。
オフロードバイクが、コースを飛び跳ねています。
唸りを上げて、びっくりなスピードで不整地をカーブし、大ジャンプしてしっかりと着地しています。
すげーな!

「道の駅・美杉」に到着しましたが、駐車場をグルリとしただけで、そのまま「北畠氏館」に向かいます。
北畠顕家は、太平記では最強ヒーローです。
父・親房は鎌倉幕府を倒した後醍醐天皇の側近中の側近の公家さんです。
後醍醐天皇の行った建武の新政が、平安政治の公家メイン・武士はその下という体制だったので、鎌倉幕府から地頭職などで土地を宛てがわれていた武士層から、総スカンを食いました。

家の雄・足利尊氏との駆け引きで、後醍醐天皇側のプリンス・顕家は、奥州陸奥国守として京都から遠ざけられました。
側近公家の片腕である息子を遠ざけてしてやったりな尊氏が、後醍醐天皇に反旗を翻し京都市街戦を制し勝利目前になりますが、遠く奥州から天皇軍として西上した顕家は尊氏の本拠地関東を席巻し、最強・顕家軍の後詰で盛り返した天皇方の新田義貞・楠木正成軍とともに尊氏を破って、九州に追いやりました。

一旦奥州に凱旋した顕家ですが、尊氏が九州から大勢力で東上して、新田・楠木連合軍を破って京都を回復すると、再び奥州軍を率いて向かう所敵なしの快進撃で近江に迫ります。
近江を突破されると、防御能力のない京都は風前の灯です。
「足利尊氏軍危うし」というところで、何故かストレートに近江~京都ラインを攻めず、一旦南下して伊勢に入り休憩してしまいます。
伊賀・大和から回り、南から京に迫った顕家軍は、足利尊氏の側近・高師直軍に敗れ、顕家は討ち死にしてしまいます。

奥州奥羽軍が強いのは、元々白河関以北は京都朝廷の勢力外だった蝦夷地ということもあり、一般の日本人とはちょいと違い、顕家軍が通った後はぺんぺん草も生えていないと言われるぐらい略奪が激しかったようです。
人種間抗争でもあった古代中国の戦争と同じですね。
現在のアフリカの人種間戦争と残虐性が似ています。
まあ、兵站線が長くなることなど考えずの特急進軍だったので、兵糧も武器も兵も慰安関係も現地調達だったろうから、有無を言わさずの略奪しか仕方なかったのでしょう。

そして顕家が戦死した時で21才という若さ故、尊氏のように何度大敗戦してもかっこ悪く逃げまくり、また盛り返すというしぶとさに欠けていたのかもしれません。
公家さん流れの美貌な若武者としても、長宗我部元親同様女子に人気があるようです。

針テラス・中央構造線月出路頭・北畠館跡・御斉峠 12/18

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3/17 奈良・三重・滋賀 歴史探索 3/7

20130317TakamiS035s
「中央構造線路頭・徒歩900m」と書かれた場所まで来ました。
林道の方にも「車で3.8km」と書かれているので、迷わず林道を選択。
歩道の方は、結構急な勾配で上に向かっています。
900mは、上りだけで30分はかかるでしょう。
1時間仕事だね。

10:57、「三峰山・登山口」と書かれた峠の小さな駐車場に到着しました。
コンクリート登山道が上を目指しています。
反対側には、「天然記念物・中央構造線・500m・急勾配につき車での通行はご遠慮ください」の看板が立っています。
「ひえ~、こっちからも500mあるんだ~」。

意を決して、急坂を徒歩で下ります。
11:04、「国指定天然記念物・月出の中央構造線」路頭に到着。
綺麗にプレート断層が路頭しています。
説明板によると、黒っぽいのが「西南日本外帯」で、白っぽいのが「西南日本内帯」だそうです。

日本列島は、大昔はユーラシア大陸にくっついていたのに、日本海が大きくなりついに大陸とお別れしました。
南北に走る「フォッサマグナ・糸魚川静岡構造線」で2つの島(西日本と東&北日本)に分かれていたのですが、海が浅かったので堆積物で繋がって陸続きになりました。
だから、フォッサマグナを中心に、東西横長の西日本がポキンと折れるみたいに北海道に向かって縦長東&北日本の形になっています。

素人考えでの想像ですが、東から西に押し続けている北米プレートが、ユーラシアプレートに乗っかってる北日本の下に沈み込み、南西から北に押し続けているフィリピン海プレートがユーラシアプレートに乗っかってる西日本の北半分とぶつかっている境界線が、東西に走る中央構造線です。
糸魚川・静岡構造線の長野県中央部から西に走る中央構造線を俯瞰すると地形的な線が見えます。
糸魚川から中央構造線との交点までは、北アルプス山脈が連なります。
伊勢湾で水面下に潜って紀伊半島に現れた中央構造線は吉野川・紀ノ川ラインで東西に。
淡路島南東の水仙郷の海岸線は、海からいきなり切り立った崖で、中央構造線でまっすぐに四国を目指します。
四国に上陸したら吉野川が東西に走り、その両側に「剣山」「石鎚山」という西日本No1・2の高峰がそびえます。
不自然に大分県に向かって長く伸びる愛媛県の「佐田岬」を経由し、大分県「佐賀関」半島で九州上陸します。
北側に温泉がふんだんに湧く「別府」や大火山「阿蘇」を見ながら「天草」で海面下に消えていきます。

説明板に、「下を流れるワサビ谷(海抜560m)、上部の道路は林道飯高北奥線(644m)・・・」と書かれていました。「うえ~ん、80mも登らなくちゃ・・・。
人間の歴史なんて遠く及ばない地球の地面の対流の歴史が、ここの地表に現れています。
「なるほど、こんなに土の色が違うんだ」と感心しながら、フーフー登りました。

11:28、バイクまで登りきりました。
息を整えるのとヘルメットまで被ったまま歩いてしまったので、その暑さをクールダウンするために、お茶を飲みながら登山看板を眺めます。
20130317TakamiS051s
「近畿自然歩道・三峰山・中央構造線を歩くみち」
ここからさらに登って、1200mクラスの3つの尾根を巡るコースが書かれています。
1235mの山頂まで2時間。
比高600mを2時間で・・・「僕ら夫婦なら、息子たち若いもんサポートがないと無理そう」

11:38、「広域基幹林道・飯高北奥線竣工記念」の石碑到着。
20130317TakamiS056s
上空を見上げると、青い空に一本の白い飛行機雲が綺麗です。
林道の中間地点のようで、ここから東側に向かって下りになりました。
下りの途中で、稜線が綺麗に見える所があり激写タイムです。

R166に降りて、東進を続けます。
次に目指すのは、Mさんから教えてもらった「珍布峠」です。
「道の駅・飯高駅」付近にあるらしい。
TMで目星を付けて進みますが、車載ムービーの電池が切れていましました。

今日の相棒は、CanonA1200です。
外部マイク接続不可なとこがマイナス点ですが、その他は8000円という価格も含め満点です。
ところが本日は調子が悪いです。
画質や操作は快適ですが、いつもの1/3ぐらいで電池切れ表示が出ます。
単3・2本仕様なので電源の心配がなく、1日中走っても3セットあれば余裕だったのですが、今日はここまでで既に3セット使い切っています。
早朝バイク主力機として年間50日以上出動して、バイクの振動にも多少の雨にも耐えてたから寿命なのかも・・・。

北側の山の中腹を見上げながら、「ここかも?」な道は見つけたのですが、ムービー無しはあまりにもったいないもで、先に電池補給をしましょう。
道の駅に入りますが、あいにく電池の取り扱いはなしです。
すぐ近くの電気屋さんも、日曜日でお休みだとか。
朝から何も口にしていないので、12:29・アイスクリーム・100円を購入し、駐車場で小休憩しました。
交通量も少ない道なので、時折バイクが気持ちよさそうに前の国道を走り抜けて行きます。

針テラス・中央構造線月出路頭・北畠館跡・御斉峠 9/18

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3/17 奈良・三重・滋賀 歴史探索 2/7

お友達のカワサキ650・W3さん?(W3と言われていたと思う)が来られました。
40年前のバイクだそうで、太くて頑丈な前輪Wディスクブレーキはじめしっかり者と言う感じです。
メンテナンスのことを聞くと、多くの旧車部品在庫を持ち、ないものは作ってしまうというお店とのお付き合いがあって、何ら問題ないそうです。
カワサキのWシリーズは、自然なポジションで乗りやすそうです。
ロングセラーだね。

たくさんバイクがいるのでそれらを見てたら、「あら?」。
バイク知り合いのSさんみたい・・・「おはようございます」「ああ~」。
Sさんもここで待ち合わせして、伊勢に行くそうです。
20130317TakamiS009s
そして僕らの後のバイク駐輪スペースに、赤とオレンジ色のランドセルをエンジンガードに取り付けたアメリカンが停まりました。
ご夫婦タンデムのようです。
声を掛けて写真を撮らせてもらおうと思いましたが、帰って来られないので無断激写です。

8:30にMさんとお別れし、ソロツーリング開始です。
出発時点で、当初予定より1.5時間遅れです。
でもこんな素敵な出会いがありラッキーでした。
Mさんから、おすすめの広域農道「やまなみロード」と「珍布峠」情報を頂きました。
早速、予定を変更し広域農道に向かいます。
高速道路みたいなR25をIC・1つだけ乗り、「小倉IC」下車。
難なく広域農道入口が見つかりエントリーしました。

山間のアップダウンを繰り返しながら、南下します。
交通量の少ないナイスな道が気持ちよく伸びています。
20130317TakamiS010s
東西に走ってるR165を高架で乗り越え、小さな滝が目に止まり、9:00「室生トンネル」停車。
トンネルを抜けると、r28に合流しました。

そこに良い感じの神社があり寄り道。
9:05「室生龍穴神社」。
お参りすると、「天の岩戸」「龍の馬場」「招雨瀑」「龍穴」と魅力的な名前がついた場所を巡るコース図が立っていました。
20130317TakamiS018s
「龍の滝に雨乞いしたんだなぁ」と勝手に想像にバイクに戻りました。
r28を隔てた向こうに鹿が3頭僕を見ています。
神社にお参りに来たのだろうか?
r28の向こう側にわたっても逃げようとしません。
奈良の鹿は人を恐れないね。

r28を南下開始です。
東西道・R369を渡ります。
r28は、怪しい道になってきました。
「チェーン装着」なんて看板もあって、水たまり手前で「大丈夫?」って感じで止まったりしながらの走行になりました。
この気温で凍結はないと思うけど・・・ね。

20130317TakamiS023s
9:31、「東吉野村」との境界の峠に到着。
絶景な紀伊半島の山並みが広がっています。
20130317TakamiS027s
9:44、「菅原橋」到着。
とても四輪では突っ込む勇気が出ない道でしたが、バイクなら好物な道でした。

R166に出ました。
当初予定の「ニホンオオカミの像」と「天誅組の墓」は、ここから西にあり、また帰ってこないと行けないのでパスしました。
僕は一筆書きルートが好きです。

R166を東に進み、「高見山トンネル」手前で、「高見峠」と道標があった旧道に入ります。
高見山は1248mとなっているので、その峠はどれぐらい標高を上がっていくのかな?と期待したのですが、10:06・通行止めバリケードでジ・エンドになってしまいました。
残念、「路肩決壊・通行止」だそうです。

TMに「展望の良い旧道・峠百選」と紹介されているのになあ・・・。
高見山・山頂が綺麗に見えているので、OKとしましょう。
山登りに方々に人気の山で、登山者が乗ってきたと思われる車が数台路肩に停まっています。

「高見山トンネル」を抜けて、更にR166を東進します。
TMで「高見山ループ橋」という高所苦手な僕の胸をキュンとさせる橋を下りました。
R173の「天王峠ループ」より楽々じゃん。

「おふく茶屋」を確認しました。
ここから道標に注意しながら進みます。
GPSも交差点に近づきます。
「中央高速線・月出路頭」と小さいながら道標が出ていました。
迷わずアプローチ道に入れましたが、「林道通行止め」という再びの無常な看板が立っています。
でもバリケードされていないから、行けるとこまで行きましょう。
続いて、獣避けゲートでトウセンボされました。
開閉して山側に入り、山道林道を上ります。
視界が開けたところで激写タイムを入れながら上ります。
雪が残っている山並みも見えます。


針テラス・中央構造線月出路頭・北畠館跡・御斉峠 8/18

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

3/17 奈良・三重・滋賀 歴史探索 1/7

日曜日は、奈良・三重・滋賀歴史探索と京都で夕方からの「ヨット部・追いコン」に出席してきました。

当初予定していた用事が週半ばになくなり、夕方までの時間がポッカリ空いてしまいました。
夕方から追いコンがあるので、がっつりソロで1日走ることも出来ず、グループツーリングを模索するも、あまりに大所帯だったのでソロで走ることにしました。

播磨・備前の山城探索をしたかったのですが、我が家を越えて1時間も東の京都まで帰路を走ることになり、宝塚トンネル大渋滞がひどいと時間に間に合いません。
行くなら東だなと地図を見てると、「御斉峠」が目につきました。
司馬遼太郎「梟の城」のプロローグの場所で、読んだばかりの司馬遼太郎「街道をゆく・伊賀と甲賀のみち」でも、峠や周辺が魅力的に書かれていました。
伊賀~御斉伽~紫香楽宮跡~瀬田~京都のルートが決まりました。

奈良からツーリングマップル(TM)推薦の道・R369で「針テラス」、更に南下して「東吉野」の「ニホンオオカミの像」と「天誅組の墓」を巡り、R166で旧道の峠「高見峠」と「中央構造線・月出路頭」に寄り道しながら「道の駅・茶倉」。
そこからR368で西に折り返し「道の駅・美杉」近所の「北畠氏館跡&霧山城址」探索。
TMお勧めの道r15で廃線になりそうなJR休止路線「名松線」に沿って走り、r38を北上してR163に入る。
R163を西神し、伊賀の中世の城である下阿波「植田城址」・柘植「福地城址」を探索してから伊賀上野に入り、「御斉峠」以降につなげようかと目論みました。

総走行距離は京都まで350kmでほとんど下道なので、早朝に出発しなければ回れそうにありません。
まあ僕のソロツーリングの場合、寄り道が増えるし、その場で臨機応変に予定を変更するので、積み残し次回回しが常だけどね。

4時起床・5時出発を目論みましたが、目を覚ましたら5時でした。
「う~む」
倉庫から里山VTR250を引っ張り出します。
距離は長いけど下道メインだし、山道探索もあるので、重いCB400SBより軽いこっちがいいです。

1時間ロスして、6時に出発しました。
2月初めに6ヶ月点検整備してから初走行です。
来月になれば、ガンガン早朝通勤前ツーリングで活躍してもらわなきゃね。

東への走行を開始すると、正面から真っ朱な朝日が上って来ました。
いいね!
「中国池田IC」から中国道に乗り、近畿道を南下します。
「東大阪JCT」から阪神高速に乗り換えて、「第二阪奈道路」で生駒山を抜け、一気に奈良市内に入りました。

20130317TakamiS001s
6:57、いつも通過だけの「平城宮跡」を写真に収めようとストップ。
新しい復元された門と塀があるだけのだだっ広いスペースに、「京都だったら、いろいろやるのにな~」なんて思いながらバイクに戻ると・・・バイク知り合いのMさんに声を掛けていただきました。
僕の特長ある「バイク便ボックス&ブルーVTR」に、ひょっとして?と声掛け頂きました。
Mさんのバイクは見覚えのある「みどりん号」です。
こういう経験は初めてでしたが、初対面なのに、街中で知己に偶然であったような喜びで、めっちゃ嬉しい。

ご予定を聞くと、「針テラス」でお友達と待ち合わせして、何処かに食べに行かれるとか。
僕も次の目的地が針テラスである旨を伝え、R369をご一緒することになりました。
20130317TakamiS002s
奈良公園には、普通に鹿がいます。
春日山の神の使いは、堂々としています。

良い感じの田舎道だけど、柳生までは適当に交通量があり、のんびりポタポタと流す感じではありませんでした。
しかし柳生を過ぎて針に向けて南下する道になると、好みののんびり道が始まりました。
国道から旧家がチラホラ見えます。
柳生の地は歴史ある雰囲気がプンプンします。
ここだけを巡っても1日楽しめそうです。

こういう雰囲気になると、キョロキョロとし出すので僕のスピードはぐんぐん落ちます。
「お互いマイペースで」と伝えてあるので、先導のMさんは徐々に視界から消えていきます。
でも要所要所の交差点で待っていてくれるので、道に迷うこともなく、8:08「針テラス」に無事到着しました。
この道はのんびり走れて、とても気持ちのいい道でした。

針テラス・中央構造線月出路頭・北畠館跡・御伽峠 1/18

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

お彼岸とコンクラーベ

今日は3/20、春のお彼岸です。
お彼岸といえば、お墓参りです。
昨日の昼休みに、お墓用のお花を買いに行き、今朝5:30に家内の実家のお墓目指して出発しました。
いつものように、親父とお袋には勘弁願って、我が家のお墓は後日に後回しにして、家内の方優先です。
ちょっとしたことで、いつもお世話になってる家内にゴマをすっておきます。

祝日の早朝なので交通量が少ないと思ったら、トラックがたくさん走っていました。
物流は祝日では減らないのかな?
日曜日より、明らかに多いです。

中国道~山陽道で、播州加古川まで一気に走り、お墓の掃除をし、お花を供え、線香あげて手を合わせてお終いです。
7:40に帰宅しましたが、西行きは宝塚トンネルで渋滞が始まっていました。
今日は墓参目的車が多そう。


カトリック・ローマ教皇が引退し、新しい教皇が選出されました。
何気なくニュースを見ていて、「コンクラーベ」という言葉に琴線が触れました。
おお~、ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」の世界じゃないか・・・

『初回選挙で教皇が決まらなかったようで、バチカン宮殿から黒い煙が上りました・・・』
「ぐは~、まさにダン・ブラウンのサスペンスの世界が始まった~」
小説に書かれていた暗雲渦巻くドロドロの世界が、頭を巡ります。

『再び、黒い煙が上がりました・・・』
「おお~、密室の宮殿内で殺人事件があったんじゃないのか?
宮殿に続く秘密の地下通路が怪しいぞ~」

『数度の黒い煙の後、やっと白い煙が上がりました。どうやら新教皇が選出された模様です。
白い煙の上がる瞬間を捉えようと、徹夜で張り付いていた欧米の多数のメディアから拍手が起こりました・・・』
「ロバート・ラングルドン教授が、舞台裏で大活躍したんじゃないのか?」

なんて、数日のニュースを見ながら、久々にニュースで興奮しました。
家内にコンクラーベがねえ・・・とか、ダ・ヴィンチ・コードがねえ・・・と話しかけましたが、当然のことながら手を休めることもありませんでした。
「あんたカトリックの学校に通ってたやろ・・・プロテスタントに通ってた僕でも気になったのに・・・」って、言ってやろうかと思いましたが、やめときました。

ホワイトデイのプレゼント

今年のバレンタインデイは、家内がショートケーキを買ってきてくれました。
2人で美味しく頂いたのですが、ナイスなホワイトデイのお返しが考えつきません。
息子たちがチビの頃、日曜日ごとに作ってたケーキでも作ってプレゼントしようかな?と浮かんだのですが、何だか面倒でパス。
しばらく作ってないし・・・

バレンタインデイのお返しなんて、ここ10年ほどやってません。
僕は毎年同じ日に・・・と言うプレゼントは、義務になっちゃって適当なものでお茶を濁しちゃうので嫌なんです。
コレというナイス(あくまで僕が思う)なのが浮かんだ時、役日でなくてもプレゼントするのがサプライズもあり、効果倍増になるんじゃないかと思ってます。
だから自然体です。

でも、クリスマスとかお誕生日も含めても、ここ数年は何もしていないので、少々お尻に火が付き気味です。
前回は、僕の好きな数字(完全数28)に引っ掛けて、結婚28年目に贈ったシンデレラのクリスタルシューズでした。
クリスタルの台座に、結婚式でよく牧師さんが引用する聖書の一節(コリント人への手紙第1・13章4~7節)を英文で刻んでもらいました。
中学の時に買った和英聖書が役に立ちました。
玄関正面に鎮座しています。
結婚の翌年に生まれた長男が、31歳になってます・・・

ホワイトデイが翌日に迫った3/13、昼休みに帰宅し交差点で信号待ちしていたら、「あれがいいかも」って僕的にはナイスなアイデアが浮かびました。
斜め前に見えているのは、親父とお袋がここに引っ越してきてから僕ら兄弟・息子たちと3世代お世話になってる自転車屋さんです。

2月に通勤リード110のオイル交換をここでしてもらった時に、「程度のいい中古があるよ」と声を掛けてもらっていました。
交差点でバイクを降り、店の前まで押して行って停めます。
小学生の時よく遊んだ現店主が作業をしていました。
「前言ってたバイク、まだ売れてない?」「あるよ」
「見せてくれない」「自宅倉庫にあるから、先にバイクで行ってて。知ってるよね」と言いながら、チャリンコにまたがりました。

歩いても1分ほどなので、ブーンとご自宅に着くと、すぐに店主さんもキコキコやってきました。
「入って~」とシャッターを開けてくれ、中庭に倉庫からアドレス125を出してくれました。
近所の奥さんが買ったのだけど、バイクが楽しくなってもっと大きいのに乗り換えたので、中古として買い取ったものです。
ずっと自分とこでメンテナンスして素性がわかってて程度がいいので、気心の知れたご近所さんで欲しい人がいたら売ろうと手元に置いておいたそうです。

オイル交換したばっかりで、バッテリーも新品を積んだばかりなので、一発点火しました。
「仮ナンバー付けるから、奥さんに乗ってもらう?」って聞かれたけど、諸事情を話し、それは遠慮しました。
ここのご主人が程度がいいと言うのだから、メカ的なものは信用出来ます。
色はシルバーで、外装のどこにも傷が無さそうで、一度もコケてないみたい。

お店に戻り、名前書いて判子押して・・・
前かごはサービスで付けてくれるそうです。
スクリーンは、僕の通勤リードと同じデイトナ・エアロショートスクリーンを付けてもらうことにしました。
リアボックスは、昨年末にバイクセブンで特価で出てたカッパボックス35Lが余ってるのでOKです。
通勤リード110タンデムの時使ってたカッパボックス26Lをアドレスに付け、35Lをリードにセットしよう。
自賠責保険は5年です。
4月から自賠責保険料が上がるそうなので、3月末に手続きしてもらい、より暖かくなる4月まで塩漬けしてもらいます。

この店の娘が、僕と家内が通った教習所の事務をしているので、家内のバイク免許進捗状況は筒抜けです。
ひょっとすると、家内の顔を浮かべながらこのアドレスを置いておいたのかも?

さあて・・・問題は家内に言うタイミングです。
2年前にAT小型免許を取った時は乗る気満々だったのですが、僕のリード110が教習所で乗ってたアドレスより大柄なので、たまにしか乗ってません。
こないだの京都サイクリングでは、駐輪場に停まってた50ccスクーターを見て、「これなら乗れるかなあ~」なんて言ってたので、乗る気はあるようなんだけど・・・

僕はずっと家内のアッシー君をしてきましたが、1年後に僕がいるという保証はありません。
家内は車免許を持っていないので、出不精になってしまうのが辛いです。
1人になっても、ニコニコお出かけしてて欲しいです。
僕がいなくなるまでに、安心して乗れるようになって欲しいです。

夫婦サイクリング・・・通勤リード夫婦タンデム・・・夫婦トレッキングに続き、
夫婦ツーリングという新たな展開が始まるのかな?
それとも、失意のアドレス塩漬けの展開が待っているのかな?

日本野鳥の会

ちょっと前、家内からプレゼントをもらいました。
渡されたのは、「公益財団法人・日本野鳥の会」と印刷された封書です。
差出人は、「日本野鳥の会・普及室」。
中に、「ミニミニ・野鳥図鑑」が入っていました。

新聞に、「ミニ図鑑無料進呈」の日本野鳥の会の広告が載っていたそうで、申し込んでくれました。
全15ページのミニ小冊子ですが、カラーで一般によく見る鳥が大きさ・泣き声・特徴などのコメントとともに紹介されています。
30種類ほど紹介されているのですが、パッと見で名前が言えるのは3割しかありませんでした。
重くもないので、カメラとともにウエストバックに入れて持ち歩こうと思います。
重宝しそうです。

2人で寺社訪問してる時などに、名前の分からない鳥を見つけては激写して帰宅後図鑑であ~でもないこ~でもないとやってる僕を見てて、「これいいかも?」って思ってくれたようです。
ありがたいな。
サンキュー、スウィートハニー・・・

その小冊子に、「BIRD SHOP CATALOG」というのが挟んでありました。
紅白歌合戦でお馴染みの「カウンター」や「野鳥鳴き声CD」などいろんな商品が紹介されていました。
「双眼鏡・ニコン・スポーツスターEX・8×25D・CF・11025円」、8倍という一番見やすい倍率で300gという軽量&防水、レンズはニコンなのでくっきり綺麗に見えそうです。
ヨットコーチング用に、完全防水の沿岸警備隊使用品・フジノンを持っていますが、野鳥観察ではオーバースペックです。大きいし、重いし・・・

仏像細部観察用に超小型単眼鏡も持っていますが、こちらは視野が狭く野鳥のように動く物体を追うのには不向きです。
他2品双眼鏡が紹介されていますが、ニコンとペンタックスです。
自衛艦や海上保安庁など海のプロ御用達品は、ニコン・キャノン・フジノンしか見たことないので、双眼鏡はこれらのメーカーのレンズを最も優秀なのだと思っています。
さすがに野鳥の会も、いいものを紹介しますね。

「バードウォッチングを始めるならまずこの図鑑から!」・・・「野鳥観察ハンディ図鑑・新山野の鳥・550円」&「同・新水辺の鳥・550円」も、僕が持ってる図鑑よりコンパクトで使い勝手がよさそうです。
トレッキングの時は、リュックに入れておけそう。

むむう~、食指が動きます。
日本野鳥の会の通販戦術にハマりそう。
ということで、注文しちゃいました。
双眼鏡が先に届き、かなり良さげです。
ちょいとウエストバックに入れておけます。

書籍の方は、近所の僕の御用達書店に注文したので、まだ届いていませんが、それも楽しみです。

今シーズン初戦 3/3

ハーバー内に入り、バウクルーの僕は、バウアイにもやいをバウラインノットしてバウデッキ上で、メインダウンにも備えます。
風向と桟橋が平行なので、メインを降ろさずクローズで桟橋にアプローチし、ひょいと上って着艇が強風なのでいいと思い、「風向と桟橋が平行です」とスキッパーに暗にアピールします。
先輩だから、指示することは中々ねえ・・・
クローズの角度でゆっくり近づき・・・メインダウン・・・早すぎるんじゃないの?
セイルがなくなり風が強いので一気に艇速を失って行きます。

やばいな・・・
通常はベアしてアビームで桟橋に近づきぐいと上ればいいだけですが、生憎とそこにはレーシングクルーザーがもやわれています。
この風速では横抱きでキッスするだけでも傷が付きそうなので、ジブを出してリラウンドすることになりました。
ジェノアのトリミングはHさんなのですが、メインがコクピットに下りており、ジブシートが上手にコントロール出来ません。
結果論ですが、半分ぐらいファーリングを出すだけで十分な艇速が得られたのでしょうがフルジェノアになったの
で余計にコントロールが難しくジェノアが暴れます。
その暴れでスターボ側のジブシートのノットが外れたようで、シートがリードアイから抜けてしまいました。

エンジンが付いていない上に、セイルの推進力を失い絶体絶命です。
幸いなことに、同じ桟橋に付けようとしていた本部船が近くにいました。
バウラインを持って、大声で声を掛けました。
向こうのヨット乗りなので、こっちの状況がわかっており、すぐに後進で近づいて来ます。
向こうはドライバー1人なので、僕がバウラインを持って飛び移ります。
すぐにサイドのアイにラインを巻き、近づいていた防波堤から離してもらいました。

本部船は後進でうちの船が横抱きされているので余計に行きたい方向に進めません。
一旦離して真後ろにノットするように指示されますが、行脚を失ったドラゴンは岸壁に行ってしまうと思い、僕は絶対に離しません。
2トンの船を1本のロープで必死に本部船から離さないようにありったけの力を振り絞ります。
HさんS先輩も必死で本部船とのゴッツンを最小限にしようとしています。

ドライバーにジェスチャーで伝えると以心伝心、意図を汲み取りそのまま桟橋まで近づいてくれました。
もう安心な場所まで来てラインをドラゴンに投げて任務終了。
その後、本部船に乗ったまま桟橋に着艇しお礼を言って下船しました。
ピンチ脱出です。
しかし暴れまくったジェノアは、傷んでしまいノースセイルのロフト行きになってしまいました。
ジブシートも団子になって皮が向けちゃったし・・・ブ、ブーです。
他のドラゴン艇のクルーさん達にも心配かけちゃいました。
申し訳無い。

ハーバーは赤旗が上がり、上下架クレーンもストップしています。
メインを抜いてコクピットに巻いて直して、KYCウェットバーに撤収しました。
サイレンの音がします。
ディンギーヤードの方に救急車やウェットスーツを着たダイバーポリスまで来たようなので、14時の閉会式までに帰ってくると言い残して様子を聞きに行きます。

まだまだ風は収まらず、雨も降っています。
ディンギーヤードには警官が10人ほどいて、テーブルを出してハーバー地図を見て対策をしているようです。
横には赤色灯を回している救急車がいますが、既に1~2台は救急搬送したみたい。
マズイです。

兵庫ジュニア出身の後輩のKG君がいたので様子を聞きます。
部員は全員無事ですが、低体温で他クラブの数人が救急車で運ばれたとのこと。
でもまあ命に別状があるような重篤な症状ではないみたい。
甲南の部員に聞くと、艇体も部員も無事とのこと。
お隣の近大の艇庫前には傷んだスナイプを見ながら、警官がなにか聞いています。
現場検証なのでしょう。
どうやらここの部員が救急搬送されたみたい。
最悪な状況ではなく、ホッとしました。

14時にヨットクラブ理事長が来られて、表彰式がありました。
Sさん艇優勝!
パチパチ・・・
コメントで、Sさんの会社から全員にプレゼントを差し上げますとの嬉しいコメントが有りました。
ぐふふ、人気のセイルバックだと最高だけどなあ・・・

その後、風が収まりリフターが動き出したので、船を片づけ16時にハーバーを後にしました。
カッパは着ていましたが、シースプレーをふんだんに浴びたので、首から水が入ってて冷たいです。
風も収まり、雨もう降っていませんが、着替えもないので、そのままの格好でR171を自宅に走ります。

16:30に帰宅すると、出かけていた家内が既に帰宅しています。
今日の話を、あ~だこ~だしてニュース見てると、今日のYHの救急搬送を映像付きで伝えていました。
その後、琵琶湖成蹊スポーツ大学のグラウンドでも、強風でサッカーゴールが倒れて骨折の方が出たと伝えていました。
コーチしてる大学ヨット部君達は、練習していたのだろうか?
ニュースに出なかったので人的被害はなかったのでしょうが、艇体やセイルがちょいと心配です。
その後確認したら、新人勧誘準備をしてて練習してなかったみたいでラッキーでした。

今シーズン初戦 2/3

皆さん天気予報は確認済みで、気持ちを引き締めてセイルアップです。
10:30スタートなので、南風だからスタートラインがハーバーを出てからすぐの所だろうと10時前に桟橋を離れました。
母校他2校の大学が練習しています。
学生の練習マークが打たれた海面の南側にレースエリアが設定されました。

10:30、フライングなし・オールクリアでスタート。
4m/sぐらいのフルハイクです。
2艇に挟まれてスタートしましたが、後のS艇がうちに上り落とされてタックして西に向かいます。
リーバウ先行の逆転を狙うT艇がタックしてうちの前を横切り、S艇を抑えに行きます。
うちもT艇がリーバウに見えない所まで出してタック。
この風向は西有利になる事が多いので、皆さん西目のコース選択です。

ポートの走り合いですが、徐々に予想通り西に風が振れて行きリーバウ艇がバウを出していきます。
しかしレグの後半は風が南に振れ戻し、こちらがいい感じに高さを上げていきます。
S艇をバウで抑える形でT艇がスターボで来ました。
後半の振れでスタート直後の負けを取り戻したようで、T艇の前を切れそうですが、向こうが権利艇なので無理せず当方は下受けタックします。
リフトの風を受けて、ギリギリ上マークを回航できそうな時もありましたが、結局少し高さが足らず、マーク際で2タック入れて2位回航しました。

全体的に西に振れたようでランニングレグはポートロングになっています。
こうなると西に出して内側位置を先に取る方が有利なのでジャイブを進言しますが、「右振れブローが入った」ということで自重してしまいました。
その後3位のS艇が先にジャイブし万事休す。
先にジャイブされた時点で逆転されてしまいました。
うちが2位になっちゃうと、S艇の優勝が遠のくのでまあ良いです。

下マークをテールtoノーズで3位回航し、一旦タックして左に出します。
Sさんは2位狙いに切り替えたようで、うちに合わせてタック。
それを抑える形でT艇もタック。
基本西がいいと思ってるので、うちはまたタックして西に向かいます。
10艇身ほどのショートタック2回でしたが、S艇に+3艇身ほどアドバンテージを取られてしまいました。
S艇の航跡を切ったら風速がアップしたので、西から入った小さなブローを取られたようです。

S艇・T艇を大きく抑える形でタックし、また全艇西への走り合いになりました。
最終見通しが迫りタックして先行艇にミートしに行きます。
差を半分ぐらいに縮めましたが追いつけず、ここから西に大きく振れだしました。
3艇ともオーバーセイルです。

上マークを回航すると、下マークに向かってポートのクローズドリーチ1本まで振れてしまいました。
スタート前六甲山上空にあった灰色の雲が東の大阪平野まで流れて寒冷前線先端の線が出来ており、ぐんぐん風速を増します。
下マーク横の本部船にS旗が上がっており、コース短縮でそのままフィニッシュです。

フィニッシュ後改めて上空を見上げると、前線東側の空は白い薄雲なので温度差が大きくなさそうで、猛烈な寒冷前線通過気象にはならなさそうです。
Hさんがジェノアをファーラーしようとしていますが、風速は15m/sオーバーになっており苦戦しています。
ジブラフのサギングが原因のようで、一旦ジェノアを出しきり、僕がジブハリヤードを思いっきり引いてからファーラーすると、何なくファーリング出来ました。

2年前の25m/sまでは行きませんでしたが、20m/s手前のブローが入り続けます。
T艇はもう一本トップを取らないと逆転できないので、打ち替えられるだろうスタートライン位置に向かって下っていきます。
「次のレースをやろう」というアピールです。
S先輩から、「おいらはリタイヤしよ」と声がかかり、メインだけでゆっくりハーバーに向かって上りだしました。
結局、次のレースはキャンセルになりました。

キールがぶら下がって安定してるドラゴンに比べ、単なるセンターボードな学生艇が数艇沈して悪戦苦闘しています。
後輩達も苦戦していますが、エンジンレスキューが数艇着いてるので安心です。
まあ、みんな経験する道ですね。

今シーズン初戦 1/3

日曜日は、3人乗りヨットDクラスの今シーズン初戦です。
土日2日間の所属するヨットクラブのレースですが、僕は日曜日のみ参加です。
前日の天気予報は、晴れ/雨という微妙で、昼ごろ前線通過で1ミリ以下の雨が降るらしい。
それはいいのですが、3時間毎の詳しい天気予報を見ると、午前中はここ数日の春真っ盛りの高い気温ですが、前線通過後から気温が急激に下がり、夜中0時の予想気温が1℃です。
この下がり方は寒冷前線通過の特徴です。
天気が急変し、大粒の冷たい雨を伴った強風がドカンとやってきます。
気をつけなくちゃ。

日曜日の朝、気象を感じながら早朝自転車で猪名川土手の定番コースを走りました。
先週から始まった春の陽気を感じて、橋の欄干にも小鳥がとまっており、河川敷からはひばりがピーチク鳴きながらズンズン高く上がっていきます。
土手道の脇にも数種類の小鳥が群れており、カメラを持って来るべきだったと後悔しながら、気持ちの良い時間を過ごしました。

そして何より嬉しかったのは、ウグイスの初鳴きを聞けたことです。
夜明け直後、下手くそな鳴き声を聞きましたが、カラスの声が聞こえ出したらどっかに行ってしまいました。
サイクリング中、AGF工場内の竹林からと公園の木々の間からと最低2羽はいるなと確認できました。

僕の春は、2月末早朝のウグイスの初鳴きから始まります。
今年の冬は寒く、ここに来て一気に暖かくなりましたが、ウグイスの声がないので、イマイチ春になったという気分ではありませんでした。
土曜の朝、散歩で近所の公園に行ったけど、メジロがたくさん満開の梅林にやってきてたけど、「梅にウグイス」という花札のような光景はありませんでした。

8時に自宅を通勤リード110で出発しましたが、時計を忘れていることに気づいてUターン、続いて財布&免許証忘れに気づいてUターンと、2度も帰宅したので、8:30出発になっちゃいました。
時計を忘れるなんて、ヨットレースレーサーとしては論外です。

9時過ぎにハーバー着。
センターハウス前を浮き桟橋を見ながら歩きます。
2日間レースの2日目は、よくこっちにレース艇がもやわれているのですがいないので、陸置きスペースを通りながら上下架桟橋に向かいます。
陸置きの所でカッパを出している一緒のチームのHさんに会いました。

桟橋に、ドラゴンが3艇しかいません。
今回は少ないな。
船に着くと、オーナーS先輩がいます。
昨日は上天気で、後半はフルハイクアウトのいい風にも恵まれ、3レース楽しんだそうです。
土曜日の参加艇は4艇で、当方は総合3位だそうです。
トップは常連のT先輩ではなく、Sさん艇だそうです。
S艇が優勝すると、あれやこれやお裾分けがあるかも?なので、出来ても2レースで優勝に届かない当方の狙いはS艇を優勝させることだって。
負け惜しみを言ってます。

新型VTR-f試乗

先週のある日の昼休みに、いつものホンダドリームに行って来ました。
目的は、新型VTR250の試乗です。
先月のバイク定期点検時に、ちょうど新型VTRが納車中でした。
その時、「ナンバー取って試乗車にしますから、乗りに来てください」と言われました。

バイクの試乗は、去年のディオ110に続き2回目です。
店に通勤リード110で乗り付けると、ちょうどメンテナンスの人がいたので、「VTRに試乗出来ますか?」。
名前や住所を書いて、試乗車にご対面。

「マフラーをMORIWAKIに変更していますので、ちょっとうるさいです。試乗コースは知ってますよね」って、キーを渡されました。
カウル付きのVTR-F・白です。
CB400SBのひと回り小ぶりなカウルが付いています。
でもカウル付きなだけで、大きく見えます。
カウル以外は、何も変わってないんだけどね。
トラスフレームが赤で、これが目を引きます。

イグニッションON・・・僕のVTRとエンジンは同じなので同じ鼓動です。
でもマフラーがうるさい・・・静かな方が好きな僕には、なんでわざわざうるさくするのかわからないわ。
まあ好みだからね。

僕の2004・VTRは、アナログ2連メーターだけど、こいつはアナログ・タコメーター1個で、その周りのパネルにデジタルスピードメーター・時計・トリップメーター・オドメーター・左右ウインカー・ニュートラルランプ・各種警告灯が表示されてる。
デジタルスピードメーターは初めてでしたが、特に違和感はないです。

スタンドを払い、アクセルを動かさずクラッチだけをつなぎ公道に出ます。
同じエンジンだけど、新しい方が粘る感じでエンストなしで動き出しました。
CB400ほどトルクはないけど、味付けでよりトルクが有るように感じます。

5速は同じですが、5速3000回転で42~43km/hになります。
僕のは、3000回転で40km/hだから、ギア比が高くなったのかな?
高速道路や田舎道巡航の時、より回転数が下がり良さそう。
エンジン音も少し小さくなるだろう。
僕の4輪・ATキャラバンで自動的にギアダウンする高速道路の登り坂でも、僕のVTRなら5速のままでしっかり加速してくれる。
追い越しでもギアダウンなんて必要なしに加速するから、こっちにギア比を移動させても問題ないでしょうね。

エンジンブレーキが効かなくなっています。
僕のVTRは、5速でアクセルを戻したら、エンジンブレーキが効いているのを実感しますが、これはそのまま慣性で走ります。
5速以下のギアでも、エンジンブレーキの効きは弱いです。
CB400がこんな感じなので、慣れればどうってことないです。

ホンダのスクリーンは小さいな。
CB400SBを北海道で借りた時もそう感じたけど、カワサキなんかの方がもっと大きいのが付いてて、実用的だと思います。
CB買って納車前にスクリーンを交換してもらいました。

途中の「御願塚古墳」で停まりました。
小学生2年で引っ越す前までこの近所に住んでいました。
僕の遊び場でした。
当時は、柵も何もなくて、こんもりなおわん型の膨らみが、昔のお墓だと誰かに聞いて知ってただけです。
今は、周囲に水堀・柵・散策路が整備されています。
おわんのてっぺんにお宮もあります。
道路を隔てて、行基さんの像が立っています。
行基さんは、奈良時代に聖武天皇に頼まれて、奈良東大寺の大仏さんも作ったけど、一部の特権階級だけの仏教の教えを、一般庶民に行動で示された方です。
各地に溜池を作り、農業生産を安定的に効率よく整備されました。

VTRのクラッチが軽くなっていました。
でもニュートラルに入れにくいのは同じでした。
ローからニュートラルは問題ないですが、信号とかでギアダウンして行って最後セカンドからニュートラルに落とす時、ローまで落ちちゃいます。
CB400は簡単にニュートラルに落とせます。
総合的に、やっぱり進化してました。

「VTR-fは新発売だけど、カウル無しは色変更のみです」
と営業さんが言ってたので、この進化は、2009年にEFI化された時にされたのでしょう。
ちょうど僕が免許を取ったのが2008年で、排ガス規制のために新車が相次いで販売中止になり、VTRの新車もありませんでした。
今のVTRがあかんようになったら、またVTRだな。

テーマ : バイク
ジャンル : 車・バイク

京都市内・歴史探索 その7

20130303KyotoS237s
「近又」という聞いたような、だけど小さなお店があったので止まりました。
家内が、「懐石で有名なとこでねえ」って物知りです。

繁華な東西道に出たと思ったら、見慣れた四条通でした。
そのまま南に突っ切り進むと、五条河原町交差点に出ました。
ここから河原町通の大通りを下ります。
立派な長い土塀が続きました。
お寺か神社かなと帰宅後調べると、「渉成園」という東本願寺の別邸でした。
徳川三代将軍・家光から寄進されたそうです。
宗教勢力はおっかないから、手当に抜かりがありませんね。

七条を越え、あとはどうやってJR線路を越えるかです。
河原町通は、線路をくぐっていますが、自転車・荷車通行禁止の道標が立っています。
「ままよ」と線路にぶつかってみようと突っ込むと、河原町通の東側に自転車・歩行者通路がありました。
グア~っと下り、コギコギで上ってJRの南側に出ることが出来ました。

すぐに右折し、八条通を西進します。
そして、17:18・自転車レンタルショップに帰着しました。
リミット18:00より前なので、追加料金発生なしです。
「あ~お尻が痛かった」
次回は、家からゲルサドルカバーを持ってきて、クッションが入ってるサイクルパンツも履いてこなくちゃ。
後半は、左右にお尻を動かしたり立ち漕ぎを適宜入れたりして、お尻に優しく乗りました。
家内も、御所からは基本軽い下りなのでギブアップすることなく帰ってこれました。
でも、全身筋肉痛だって。グハ。
うちのスポーツ自転車が快適仕様なのを、改めて感じました。

JR京都駅に入り、朝見つけていたクレープのお店で、1人2個ずつ計4個のワッフルを買いました。
高槻から快速になる普通電車に乗り込みます。
次の新快速に乗る方が早いけど、混むからのんびり行きましょう。
それほど混んでおらず、悠々座席を確保出来ました。

ワッフルを美味しく食べて、小腹の空きを満たします。
あ~だこ~だ本日の感想などを述べながら、JR尼崎までその快速に乗りました。
家内はSLに乗れたことが一番良かったそうです。
僕も同じく梅小路機関車館で、特急ツバメ号に再会できたことです。

JR最寄り駅に到着し、ホームから地下道に階段に降り、線路下をくぐって再び地上まで上がったとこで僕はおトイレです。
用足しを済ませて戻ってくると、家内が「足つった~」と顔を歪めています。
1年ほどつらなかったのに・・・。

家内に改札外の階段で座っておくように伝えて、僕は横の二輪置き場に急ぎます。
通勤リード110を回して、ピックアップします。
歩いて来なくて良かったです。
お寺の階段が高さがあったのと、慣れない貸し自転車を漕いだのが足に来たのでしょう。

「今日は走ったねえ」と家内が言いましたが、京都市内だけなのでたいしたことないやろと思いながら概算の距離を調べてみると、30kmは走ってました。
「ダーウィンが来た」が最初から見れたから、19:30前に帰宅しました。
帰宅すると普通に夕食を作ってくれたので、足のつりは軽傷だったようです。
僕は冬でも早朝自転車とかやってるけど、家内は自転車も山歩きもしてないものね。
今シーズンの夫婦サイクリング幕開けは、足つりから始まりました。
ああ、楽しかった。家内と一緒だと、いろんなハプニングもほんわか楽しいです。

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

京都市内・歴史探索 その6

20130303KyotoS207s
拝殿に、平成10年・20年・21年・22年・24年と5回の今上天皇からの幣饌料御下賜札が下がっています。
こんな小さなお宮に、20年から5年間に4回も・・・天皇家の誰かに足腰が弱ってる人がいるのかな?
皇后さんの美智子さんのご病気?
皇太子さんの奥さんの・・・?
ふふふ・・・面白いな。

軍艦のリアル絵馬(絵)?と共に「忠烈の額」というのも張られています。
「軍船・高雄に護王神社のご分霊が祀られていました。ご分霊のご加護により、武運に恵まれ沈没することなく、その任を全うした旧日本海軍の数少ない艦艇である」。
ほほう・・・。

更に南下します。
由緒有りそうな立派な門を備えた「平安女学院大学」がありました。
20130303KyotoS214s
その横には、赤レンガが美しい「聖アグネス教会」があります。
更に下っていると、後の家内から僕を呼び止める声が掛かりました。
何事かと戻ると、「菅原天満宮だって」と。横には、「菅原院天満宮神社」がありました。
家内もだいぶ僕に感化されてるね。
16:02。

20130303KyotoS218s
僕の祖であるという菅原道真さんが生まれた所だそうで、産湯井戸までありました。
ここに、内裏図なるものが貼ってありました。
皇族・公家が住んでいたという現在の京都御苑&御所一帯の家屋図です。
禁裏を中心に、さすがに五摂家である近衛家や一条家などは広い敷地ですが、小さな敷地なのもあります。
それでも、我が家よりは広いんだろうな・・・。
これが売っていたら買うんだけどなあ。

我が在所・伊丹は近衛家の所領でした。
信長に謀反して失敗し失脚した摂津守・荒木村重の居城・有岡城のお膝元だったので、摂津の中心だったけど、以降は公家さんの所領だったから、江戸時代にはお城がありませんでした。

道路脇の高い塀で囲まれた森の中に、洋館が佇んでいます。
緊急ストップ。
壁に「大丸ヴィラ」と銘板が打たれていました。
銘板の下には、「1932年(昭和7年)、当時の大丸社長さんの邸宅としてヴォーリス設計・清水組施工・・・」と書かれていました。

レンタルショップに言った帰着予定17:00に間に合わなくなるけど、最後にもう1ヶ所訪問しましょう。
御所一角の南面を東進します。
南東角まで来て、右側を注意しながら北上開始です。
同志社のマークがあったので、すぐに見つかりました。

16:21、「同志社・新島会館」という赤レンガ風の落ち着いた綺麗な建物が建っていますが、その横に現大河ドラマ・八重の桜の主人公・新島八重夫妻が住んだ家が残っています。
「受付終了」となっていますが、垣根越しに激写です。
この道を少し北上すると、八重が結婚前に奉職していた女学校もあり、八重の桜関係の旧跡は全然回れませんでしたが、まあ次回のお楽しみです。

京都駅に戻るべく南北・「寺町通」を南下開始です。
通りの名からすると、往時はお寺銀座だったはずですが、今はそれほどでもないです。
東西・「御池通」との交差点で信号ストップしたら、左手に素敵な建物が・・・いつも着物を着てTVに登場する京都市長さん率いる京都市役所でした。
いいね。

そのまま直進したら、アーケード商店街に突っ込みました。
入ってすぐ左手に、「本能寺」がありました。
信長が討ち死にした本能寺から移っている現本能寺です。
おトイレ小休憩します。
高校生グループが写真を撮っています。

アーケード通りははるかに続き、お客さんも多いので、一本西の南北道・御幸町通にチェンジします。
細道ですが、良い感じで南下してたら、正面東西道にカーケードが架かっており、「錦」の文字が・・・これが有名な錦市場なのか・・・。
と激写したら、停まった右横に「まねきねこのて」のお店がありました。
僕の「招き猫・CB400SB」の守護神・招き猫ぬいぐるみを購入したお店です。
僕は高台寺店で購入したのですが、錦市場にもありました。
帰宅後調べたら、ここが本店でした。

16:54・店内に入り、新作カラーの「招き猫」530円を買っちゃいました。
前回同様、しばらく仏壇に置いといて、ご先祖様に守り神として乗り移ってもらいましょう。
初代は、山陽道で僕の代わりに風に吹き飛ばされて高速道の藻屑となりました。
2代目はリアシート右側にシートベルト装着で健在です。
3代目は2代目の共に、左側を守護してもらいましょう。
僕の気まぐれルートは、大正解だったようです。

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

京都市内・歴史探索 その5

もうちょっと北上すれば蛤御門や御所なのに、家内の様子を見て砂利道脱出することにします。
少しバックし、梅林で激写休憩。
紅梅が綺麗です。

そこを西進し、一旦烏丸通に出ます。
20130303KyotoS181s
楽なアスファルト歩道を北上開始し、17:52・表から「蛤御門」を見学します。
開かずの門だったので蛤御門と名付けられたそうですが、開いていました。
天皇をかっさらって幕府討伐の綸旨を得て、オセロの駒のように白黒逆転し、錦の御旗を立てて官軍に裏返ろうとした長州藩が、ここから突入しようとしました。
京都所司代の会津藩と薩摩藩が迎え撃ち、長州は破れ、西国街道を長州に退却しました。
わが町を通る旧西国街道にも、逃げゆく長州と追いかける薩摩との戦闘の碑が立っています。

この蛤御門の変は、僕の脳内歴史年譜のランドマークです。
小学生時代大興奮した「1964年・東京オリンピック」のちょうど100年前の1864年に起こりました。
その4年後・1868年が、明治元年です。

御所訪問は諦めました。
南北の烏丸通を東西の今出川通まで北上し、大河ドラマで脚光を浴びる同志社を激写。
左折して、もう一つのメインイベント・北野天満宮に向かいます。
今出川通を西進しますが、とうとう家内がダウンしました。
「あとどれくらい?私はここのバス停で待ってるから、行ってきて」
「じゃあ、何かあったら電話してね」
とスピードアップして西進し始めますが、どうせ家内が気になって向こうでゆっくり出来ないと思い、北野天満宮も諦めて引き返しました。
菅原道真を祀る天満宮の総本山なので、いろんなことを期待していましたが、家内の方が大事です。

数分で戻ってきた僕を、「あれっ、どうしたの?」
「時間がないからさあ、途中にあった気になった神社に寄りながら帰ろう」
更に北上し、「大徳寺」「上賀茂神社」、そこから南下して「相国寺」訪問も企んでいましたが、全部キャンセルです。

御所まで戻ります。
15:28、「白峯神社」というのがあったので寄り道します。
「球技上達」スポーツの神様だって。
「なでしこジャパン」云々の説明板もあります。
拝殿前に、「左近の桜・右近の橘」が植えられています。
橘は、我が家の庭の金柑とほぼ一緒の実をつけています。
拝殿脇に、サッカー・バレー・ラグビーなどのボールが奉納されています。
20130303KyotoS192s
境内に竹で四方を囲まれた一角があり、「蹴鞠をする所」の説明板が立っていました。
「蹴鞠の碑」というのもありました。
蹴鞠に関係する神社のようで、そこからサッカーやラグビーなどの球技一般に、更にスポーツの神様に領域拡大してるみたい。

御所北西角まで戻り、烏丸通を南下します。
15:45、「護王神社」寄り道。
門に、「足腰御守」の垂れ幕が下がっています。
謂れ板に、「桓武天皇に遷都を進言し、平安京の都造りを推し進めた和気清麻呂とその姉広虫を祭神とする神社」となっています。
ここも菊紋です。

門前に、「手作り市」の看板が置かれており、手作り品が売られています。
「市価の半額でアクセサリーを売っています。見ていって~」と僕らに声が掛かりました。
16時前なので、後片付け中のお店もあります。

20130303KyotoS204s
狛犬ではなく駒猪で、境内はイノシシだらけです。
手水だって猪です。
イノシシの手水なんて、初めて見たわ。

境内の謂れ板に、「イノシシ神社のお話」というのがありました。
『奈良時代、称徳天皇の御代、法皇となって権勢を振るっていた振るっていた弓削道鏡は、天皇の位を我が物にしようと、「自分を皇位に就かせたなら、天下太平になると宇佐八幡よりご神託があった」と嘘をつきます。
それを確かめに派遣された和気清麻呂は、九州宇佐神社に行きます。
ご神託は「天皇の後継者は必ず皇族の者を立てなさい。無道の者は早く追放しなさい」
これを天皇に伝え、道鏡の野望を砕きます。
でも怒った道鏡によって清麻呂は大隅国(鹿児島県)に流されることになり、その旅の途中、道鏡の放った刺客に襲われ、足の筋を切られてしまいます。
それでも清麻呂は、皇室の安泰が守られたことを感謝するため、宇佐八幡に立ち寄ることにしました。
豊前国(福岡県東部)に差し掛かった時、どこからともなく300頭のイノシシが現れ、輿の周りを守り道中を案内しました。
そして宇佐八幡に着くと、足の痛みが治っていました。
1年後、称徳天皇の崩御で道鏡が失脚すると、清麻呂は京に呼び戻され晩年まで人々のために尽くしました』

なるほど、だからイノシシなのね。
称徳天皇は特徴があるので知っていました。
天平の天然痘大流行を平癒するために東大寺盧遮那仏(大仏)建立を僧・行基に命じた聖武天皇の娘で、男子が生まれなかったので聖武天皇の後・孝謙天皇として即位し、退位して上皇になったのに1代おいてまた天皇に返り咲きました。
女帝であることと、天皇に返り咲いたことで印象深い天皇です。
しかし女帝なるがゆえ、たくましく男ぶりのいい僧・弓削道鏡に色仕掛けでつけいられてしまいました。

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京都市内・歴史探索 その4

12:30、精算して西本願寺見学開始です。
巨大木造建築に圧倒されます。
去年は白いホロを被ってメンテナンス修理中だったけど、補修が成っています。
火災とかで焼けちゃったら再建できるのだろうかなあ?柱の巨木なんで再調達が厳しそう。
圧倒的な大きさにやられて、神妙に正座して頭を垂れます。

境内正面に、横に枝振りの木がありました。
「本願寺のイチョウ」となっていました。
イチョウは高木ですが、背が低くイチョウには全然見えません。
若木のうちから選定すると横に伸びるそうです。
秋は真っ黄色になるのだろうか?

20130303KyotoS131s
南東にある檜皮葺の素敵な屋根が見えるので、「あそこに行こう」と一旦東面に出てお隣に移動しますが、なんとますが閉ざされた表門に「本願寺幼稚園」と掛かっています。
「こんな素敵な園舎なの?」。
更に南の「真宗興正派・本山興正寺」に入ります。
ここからも園舎の建物がよく見えます。
「落書きなんて出来ないね」と家内も言うけど、僕には幼稚園として使っているとは思えない。
どう見ても、迎賓館です。
真相はいかに?帰宅後調べたら、「飛雲閣」という建物で、秀吉が建てた「聚楽第」の一部で国宝だそうです。
そうだろうなあ。納得。
一般拝観はしていないのでしょう。
20130303KyotoS142s
境内の紅梅が満開で、とても綺麗です。

次は東本願寺に向かって東進します。
仏具筋なので、ゆっくりとウインドウショッピングしながら走りましたが、目につくものは特にありませんでした。
20130303KyotoS152s
瀟洒なレンガ造りの建物が目に入りました。
「本願寺伝道院」となっていました。
真宗信徒生命保険会社・社屋として明治42年に建てられたと謂れ板に書いてありました。

13:19、世界一でかい木造建物の「東本願寺」到着。
謂れ板によると、西本願寺が秀吉の寄進で再興したのに対し、東本願寺は1602年に徳川家康の寄進を受けて建てられたそうです。
本堂「阿弥陀堂」は、メンテナンス修理中で、白いホロを被っています。
20130303KyotoS157s
境内に入り門脇の鐘楼を振り返ると、バックに上部に網を被った京都タワーが見えます。
タワーもメンテナンス中なのかな?

手水の龍が立派です。
そしてこれまたどでかい「御影堂」が大迫力です。
20130303KyotoS161s
謂れ板には、「世界一の木造建築で、畳927枚となっていました。
中に入ってみて、ここが年末の大掃除の季節になるとTVニュース放映されるあの場所だなって感じました。

ここから京都御所に向かって、烏丸通を北上します。
13:35、でかい菊の紋章が目立つ閉ざされた門がありました。
寺院なのかな?檜皮葺の屋根が素敵です。
家紋は数々あれど、天皇家しか使わない菊紋は、やっぱり「おっ」っと来ます。

20130303KyotoS164s
13:52、「京都国際マンガミュージアム」というのがありました。
淡いピンクのハート型手提げカバンを持った女子が待ち合わせなのか、携帯電話を開いて不安げに佇んでいます。
似合うね。

交通量の多い通りなので、歩道で歩行者を避けながら走ったり車道に下りてグーンと走ったりしながら御所の南西角まで北上し、左折して丸太町通を西進。
京都府庁前交差点を左折し南下します。

20130303KyotoS166s
14:00、戦国グッズのお店「戦国魂」に到着。
来たかったんだよね~。
黒格子の町家に、小さな「毘」旗が揺れ、「戦国」と染められたのれんが出迎えてくれました。
駐車場案内も貼ってあったので、車で行っても大丈夫そうです。
「えっ、何ここ?」、いかにも僕の趣味だなって、家内は喜んでいます。

店内には、女子大生のバイトと言う感じの若い子が、丁寧に説明してくれます。
片隅のTVから、毎回欠かさず見てる「NHK歴史秘話」が流れています。
小さなお店ですが、TVの前に椅子も置いてあり、出してくれたお茶で一服しました。
14:17、戦国魂家紋シール・315円×3+川中島合戦トランプ・1260円購入。

京都御所に戻ります。
案内板をじっくり吟味。
禁裏である京都御所以外は、皇族や公家さん達の家220があったそうです。
御所が東京に移って公園や神社などになったみたい。
建礼門・蛤御門など、ムフフな場所を記憶します。

自転車通行はあかんのかな?と思って歩き出しましたが、あまりに広大で自転車も時々通るので自転車に戻って再出発です。
砂利道で走りにくいけど、一筋の自転車道が砂利中央に通っています。
単に自転車がそこを通るから砂利が退いてるだけなんだけど、この道は楽です。

「宗像神社」参拝。
「平安京に遷都した桓武天皇期に創建され、歴代皇室の御尊信篤く・・・」となっています。
当然、菊の紋です。
他ではあまりお目にかかれませんが、さすがに京都、至る所に皇室との関係厚い菊紋があふれています。

続いて14:45・「白雲神社」訪問。
家内が遅れ気味です。
砂利道にやられてしまったのかな?
家内は腰掛け休憩で、僕だけ参拝しました。

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京都市内・歴史探索 その3

20130303KyotoS050s
「なんか並んでるよ」・・・「SLに乗れるみたいよ。乗ろう~」って家内から。
僕は動いてるのを外から観る方がいいんだけど・・・まあ並びましょうか。
前に並んだお子さんを抱っこしたお父さんは、機関車と新幹線の車輪の大きさを説明しています。
お子さんのリュックは、N700系だし・・・鉄2世作りに余念がありません。

11:00から、往復10分で「SLスチーム号」が走ります。
ちびさん連れご家族ばかり並んでいますよ。
11時ちょっと前に、切符売り場オープン。
20130303KyotoS065s
200円×2、お支払い。
しか~し、始発には乗れませんでした。
10分後に帰ってきた次のに乗り込んで、ポー出発。

梅小路電車区所属・C61・2号車と銘板にあります。
まずバックして、水族館前までゆっくり移動します。
客車はオープンエアーなトロッコスタイルで、雨の日用かな?庇からビニールシートが下りる仕様になってるみたい。
僕の一番好きな蒸気が前輪のとこから横に吹き出すシューもやってます。
横のJR本線や新幹線を列車が走る度に、「あれはN700系で・・・」「あれは関空特急の・・・」とかアナウンスしてくれます。
水族館前から、今度は機関車本来の進行方向になって操車場まで戻ります。
「ポー」、いい音だね。
10分の機関車旅を楽しみました。
20130303KyotoS079s
まだちょっと物足りないので、次の出発を外からカメラに収めました。

「帰ろうかな」と操車場を見ると、「C62・2」と銘板が打たれた機関車を、ベテラン鉄道員の方がタオルで磨いています。
石炭も後に載っています。
「楽しくて仕方ないみたいね~」と家内がその鉄道員さんの磨き方を見て微笑んでいます。
それを見ていた僕は、「あ~」。
20130303KyotoS086s
前部側面に「ツバメのマーク」。
これは東海道線を走ってた特急つばめ号じゃないか・・・両親の郷里が北関東なので、毎年僕はこれに乗っていました。
機関車帰省してたのは幼児の頃だけど、保育園マークを迷わず機関車にした僕は鮮明に覚えています。
確かここにつばめマークがあったはず・・・
トンネルに入る手前で窓を閉め忘れて真っ黒な煙が入ってきてビックリした記憶が蘇ります。
「こんなところに、おったんか~」

「D50・140・大正15年日立製造」「三菱製造」の機関車もいます。
「いや~機関車は力強そうだな。かっこいいな」
本日の目的終了の気分で梅小路蒸気機関車館を後にしました。

適当に曲がりながら北東に進みます。
次の目的地は、「西本願寺」です。
「祝・甲子園出場」の横断幕の掛かった甲子園で有名な「平安高校」がありました。
上に「RyukokuUniversity」が付いています。
龍谷の系列校になったのか、元々そうだったのか、龍谷大学とのつながりを強調しています。
その正門前から車でもバイクでも躊躇する道を東に入ると、龍谷大学がありました。

20130303KyotoS113s
有形文化財指定された本館を激写しに敷地内へ入場。
いい雰囲気の建物です。
学生がいる雑踏がありません。
クラブで来てる子もいないのかな?体育会系の部室や運動場は別の場所のようです。

20130303KyotoS110s
入れないけど、西本願寺の素敵な門があります。
龍谷って、西本願寺が作った学校なんだなと、現地に来ると実感出来ます。
ついでに平安高校も、本願寺系なんだ。

南面を東に進み、東面を北上します。
西本願寺は、「でかい」。
「龍谷山・本願寺(西本願寺)」の謂れ板が立っていました。
それで龍谷大学なんだね。

戦国期に宗勢を伸ばした親鸞開祖の浄土真宗・一向宗は、その膨大な動員力で戦国大名並の勢力を張り、加賀のように一向宗一揆を作って一国を支配したこともある。
他宗派、特に京都商人が信心した日蓮宗と抗争し、山科に追い出され、そこも追い出されて大坂城の地・石山に戦国の城と見紛う本願寺を建てた。
その地を日本平定の次のターゲットアジア進出の本拠地にすべく望んだ織田信長と抗争した。
信長後、大坂城を建てた豊臣秀吉からこの地を得て本願寺が建てられましたと謂れ板に書いてありました。

西本願寺の北東角に「太鼓楼」がありました。
謂れ板によると、「新撰組は、池田屋騒動以降、隊士が増えて壬生屯所では手狭になり、屯所を本願寺に移した。
そして、ここ太鼓楼を使用しました。
本願寺は、長州と深い縁があり、長州藩士が何かと頼りにしていた。
そこに屯所を移すことで、一石二鳥の効果を狙った。・・・」。

北東角から北面を西進し、やっと駐車駐輪場です。
ここに、西本願寺聞法会館というのがあり、レストランの看板があります。
地下1F「レストランふかもと」で昼食にしました。
門徒さん向けだから大学の学生会館並みの破格料金を予想しましたが、家内は「牛肉とじ定食・1100円」、僕は「天とじ定食・1100円」というごく普通のお値段でした。
味は美味かったし、さすが宗教関係のレストラン、応対が気持ちよく二重丸でした。
研修に来られているのでしょうか、僧衣のお坊さんや門徒さんがお食事中でした。

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

京都市内・歴史探索 その2

1年前にバイクグループツーリングで入った駐車場に乗り入れたら、係員さんに二輪置き場に誘導されました。
前回と違う場所でした。

20130303KyotoS011s
国宝・「大師堂(御影堂)」を見学したら、東寺が運営する「洛南中高」の陸上部の生徒が手を合わせていま
した。
宗教学校はいいね、僕も家内も毎日礼拝をする中学生生活を送りました。
宗教は違えど、まじめに謙虚に生きることを学びます。
日本神道の道徳教育を復活させなきゃ、生きていく芯が日本人からなくなってしまいそう。

境内から出ると走り出しました。
京都No1の進学校だけど、スポーツ推薦クラスもあるので、運動部も強豪です。
二列に並び半数は女子でした。
「おはようございます」って、みんな礼儀正しいです。
体育系クラブの子はこういうとこがしっかりしてて気持ちがいいです。

檜皮葺の素敵な建物です。
弘法大師が長く京都の布教の場にしていた真言宗の古刹です。
境内に謂れ板が立っていました。
「私は訪問してくる人に京都のお寺を案内するのだが、待ち合わせは「東寺の御影堂の前」にしている。平安最古の遺構であるこの境内を出発点にするのがふさわしく、京都御所などよりはるかに古い形式の住宅建築である御影堂を見てから出発するのが、京都への礼儀のような気がする。・・・古寺巡礼京都・東寺・司馬遼太郎の文章より」
謂れ板ではなく、司馬さんの著書からの引用でした。
この文章の書き方は、今読んでる「街道をゆく」シリーズみたい。
僕の好きな作家No1は藤沢周平だけど、長男の好きな作家No1はこの方です。
彼は長男に、我が家に続く一文字とともに、遼成と付けました。
縁があるね。

「都・七福神・毘沙門天」の立て札に導かれ見学しました。
「なんか、車が多いな」と思ってたら、境内で「骨董市」が開かれていました。
鬼瓦が売られていたり、着物が並んでいたり、掘り出し物があるかな?と巡りましたが、お買い物はなしです。

拝観料800円×2を払い、金堂・講堂・五重塔の国宝群を見に行きます。
薄暗い講堂内でご贔屓の毘沙門天像をじっくり見ました。
この形の毘沙門天像が一番好きです。
上杉謙信本城の春日山城址を訪問し、謙信公が拝んだ毘沙門天像の形を見てこなきゃ。

金堂に入り、薬師如来を支えている十二神将を携帯望遠鏡でじっくり観察します。
薬師如来さんのバックの小さな像群は、みな本体と同じ印を結んでいました。
左右に、日光・月光菩薩を従え、薬師三尊の一般的な配置です。

五重塔に向かう時、前回同様、「お茶いかがですか?美味しいですよ」の呼び止めに従って、梅煎茶を頂きました。
この味が好きで、また買っちゃいました。
「東寺金剛茶金粉入焼梅煎茶・20g・600円」20杯ほど、梅風味のお茶を楽しめるそうです。

20130303KyotoS030s
五重塔が特別拝観されており、彩色された内部壁や天井絵を見学しました。
枝垂れ桜の巨木を見つけた家内が、横に貼られた「夜間ライトアップ拝観」の満開の桜と五重塔の写真にご満悦です。
東寺でいきなり1時間ぐらい使ってしまいました。
毎度だけど、僕の計画した本日の予定も頓挫しそう。

東寺を出発し、適当に北上して、JRの線路をくぐります。
くぐったら進路を西に向けると、新しく出来た「水族館」がありました。
家内がずっと行きたいと行ってた所です。
予定終了後、時間があれば寄ることにしましたが、たぶん無理でしょう。

更に西進し、10:21「梅小路操車場」に到着。
小さな子を連れた家族が、被写体・お母さん&お子さん、写真家・お父さんという僕もやってたスタイルで、立ち代わり入口で記念写真を撮っています。
楽しそうな家族を見ると、こっちまで嬉しくなっちゃいます。

「梅小路蒸気機関車館」に入場券400円×2払って入場します。
今回の僕のメイン・ディッシュです。
JRで京都に来る度に、この半円形の機関車操車場を見ていました。
たまに機関車が走っており、ずっと行ってみたいと思ってた施設です。

20130303KyotoS039s
精巧な機関車モデルを眺め、家内は本物機関車操縦席モデルに乗って、ロープを引っ張ってポーって鳴らしています。
操車場に回り、動態保存されている磨き上げられた車両を見て回ります。
「うわ~かっこいい」「車輪でかいなあ」・・・。
20130303KyotoS051s
菊の紋章を付けた「C581・昭和13年汽車会社製造」がいます。
御用列車だね。
子供そっちのけで、激写しまくってる若いお父さんもいます。
きっとお母さんに呆れられてるね。
子供を出汁に、自分が来たかっただけ・・・だね。
その気持、よ~わかります。

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ジャンル : 旅行

京都市内・歴史探索   その1

日曜日は、京都を貸し自転車で巡りました。
家内もフリーだったので、播磨の山城攻めでも・・・と思いましたが、週半ばに春の兆しを感じた気温が、金曜の少雨後一気に下がったのでお預けにしました。
体育会系に縁のない女子にぬかるんだ山道を歩かせるのは、男としてちょっとかっこ悪いです。

次に浮かんだアイデアが、京都祠・仏像探索の旅でした。
1月に嫡孫が生まれたので、今年中に念願の屋敷祠を勧請しようと思ってます。
あ~だこ~だ思考し、祠の中に鎮座させるのは、一番好きな武将・上杉謙信公が信心した毘沙門天像と、僕の先祖である菅原道真公の像という取り合わせに決めました。
それらのイメージをより明確にするためには、本物を見て見る目を豊かにせねば。
あわよくば、適当なお値段で販売してるお店でもあれば・・・。

京都の観光地に車訪問するのは最低な選択です。
駐車料金や駐車場所で悩まなければなりません。
通勤リード110タンデムは、まだ寒いよ。
家内に風邪を引かせるのも男として最低です。

ということで、移動で適度に暖まる自転車を選択しました。
JR京都駅近くに適当なお店を見つけ、木曜日に予約しました。
一般的なシティーサイクル1日800円・3段変速1000円もありましたが、8段変速小径サイクル1200円を選びました。
その上に電動アシストなど1日2000円のまであります。

家内はウエストバックだけ、僕はウエストバックにソニーNEXC3一眼レフや財布などを入れ、リュックに防寒にもなるので2人分のカッパを入れます。
リュックに、サイクルヘルメット&日焼け防止ハットを2セットぶら下げます。
6:30から借りれるようですが、追加料金+300円が発生するので、正規開店時間9:00到着目標で、7:00に家を出ました。
駅まで歩いてもいいのですが、家内は今年最初の自転車でもあるので、帰路のグロッキーを考え通勤リードタンデムで駅に向かいました。
この予想が当たっちゃいました。
駅でJR「春たび」という小冊子を棚から頂き、城崎温泉とか家内が興味を持って話してる言葉に耳を傾けます。
こういうのを実現してあげると、僕の点数が上がります。

JR尼崎に出て、快速に乗り換えて京都を目指しました。
JR高槻から新快速に乗り換えても良かったのですが、30分も早く着いちゃうので高槻から各駅停車になる快速のままにしました。
山崎に近づき、淀川対岸の男山と線路に迫る天王山を見ながら、「山陽路から京都に攻め上る兵を迎撃する地はやっぱりここだねえ」とか「天王山登山に姉たちを誘ったら来るかなあ?」とか、話しながら楽しい電車の旅です。
僕の興味をストレートに話しても聞いてくれるのはこの人だけです。
「秀吉はね、明智鉄砲隊の優秀さを知ってたから、あえて鉄砲が使えない雨の日に決戦したんだって・・・」なんて話を他所の人にしたら、引かれて友人がいなくなります。

8:30過ぎ、JR京都駅到着。家内のトイレを待ってる間に八重の桜が表紙のJR小冊子を棚から抜き取って、新島八重さん京都縁の地の地図に目を通しました。
南側の八条口側に出ないといけないので、構内を南に歩いていたら新幹線ホームがあるだけでした。
駅員さんに聞いたら、横の通路みたいなとこを東に行けばいいとのこと。
JR奈良線のホームから八条口側の改札口を出ることが出来ました。

龍谷大学響都ホールというのがありました。
新幹線で京都を通過する時は見るけど、こちら側に出る機会はないので新鮮です。
パチンコ屋さんの横の路地を入って・・・と脳内地図に照らし合わせながら歩くとビンゴ・レンタル自転車屋さん
・京都ecoトリップさん発見。
駐車場スペースを数区画借りて営業していました。

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手続きして、返却が18:00に遅れた場合の延長料金などの諸注意を聞きます。
盗難防止ワイヤーのダイヤル錠ナンバーを覚えやすいのに変更してもらいます。
家内用に電動自転車に変更してもらおうと思ったら、家内はそのままでいいと言う。
初体験したらいいのに・・・。
「自転車でまわる京都map」をもらい、諸観光施設の駐輪場場所などを教えてもらいました。

9:00、出発。
すぐに、サドルが硬いと感じました。
最初の訪問地は、「東寺」です。
遠くから見える京都のシンボル五重塔があるので、それを見ながら行けばいいと思ってたら、自転車なのであえて狭い道を選んでたら、五重塔が見えませんよ。
適当に南西方面に走ってたら道標が現れ、9:10・難なく到着。

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お宮参りの相談

先週のある日の昼休みに、我が家の氏宮さん・天満宮に行って来ました。
通勤リード110を置いて境内に入ると、僕の小学生時代の同級生のお母さんが走っていました。
「おお~ご健在だ~」
ここのお宮は、その娘の実家です。
お父さんが宮司さんで、一家で切り盛りしています。
彼女も近所に住んでるので、早朝参拝すると、たまに掃き掃除をしている姿を見ます。

宮司さんに、我が息子たちの名前を授けてもらいました。
僕の名前の一字を入れることだけをお願いしたら、数日後字画などで5つほど候補を出してもらいました。
その中から僕が選びました。

長男は、僕の2人のお婆ちゃんの名前が合体しているという、これ以上ないぐらいご先祖様の加護に恵まれそうな名にしました。
僕の名前のの漢字一字が入り、その読みを家内の名前の漢字一字の読みにしました。
僕的に、最高の名前になりました。
僕同様、武将にもいる名です。

次男の時は、長男の名前に匹敵する名は無理かなあと思っていたのですが、宮司さんはナイスな名を提案してくれました。
家内の出身地・播州姫路城主と同じ読み名です。
長男同様、僕の名前の漢字一字を家内の名前の読みで入れています。
丹波篠山藩主の読み名でもあり、その息子に僕の名や長男の名もあります。
大名が名付けるぐらい、昔から字画のいい名なのでしょう。
息子たちの名前は、僕の最高傑作です。

さすが菅原道真さんのお宮・・・お勉強で気を揉むことなく、親は何もせんのに勝手に大きく育ちました。
その長男の息子が先月産まれたので、彼の初お宮参りの相談で来ました。
当初、長男たちの所在地・東京の近所のお宮でお宮参りを考えていたようです。
そこなら、お嫁さんの実家・新潟からも、我が家からも行きやすいからです。

それが、我が家への初顔見せ旅とお宮詣りをセットしてもいいかな?という案が浮上し、僕に「どんな感じか、聞いてきて」との打診になりました。
息子たち2人も、ここでお宮参りしたのですが、30年も前のことなので忘れてしまいました。
家内の親にプレゼントしてもらったお宮参り着物を着させたのだけ、覚えています。
アルバムを探すと、その時の写真と、同じくプレゼントしてもらった青い着物を着た七五三の時の写真がありました。
家内が和ダンスを探し、それらの着物は綺麗に健在でした。
衣装の準備はOKです。

おみくじ自販機が詰まったので走り回っていたお母さんが手隙きになったので、要件を相談します。
費用は1万円で、1組ずつ1時間掛けて、健やかな成長を祈願してくれるそうです。
都会の大神社ではないので、大安など日の良い日以外は、他の方とバッティングすることはないそうです。
赤ちゃんのことだから、体調が思わしくなかったら、電話でキャンセルでいいですよって。
地元のお宮は、心安いね。
長男にそれを報告し、息子たちの決定に従うだけです。
僕と家内は、まだ小さいので新幹線で大阪まで来る大変さを考えると、僕らが東京に行った方がいいと思うんだけどね。

その後、境内をブラブラしながら帰りました。
玉垣に刻まれた名前を見ると、栄華盛衰をちょっと感じます。
親父の名も神社入口近くにあります。
屋根の修理をした時の寄付のそれですが、僕のもあったはずなのに、どこだったか覚えていません。
僕がまだ小学校だった頃で、その意味も知りませんでしたが、それを見つけた友だちから言われると、すごく誇らしかったのを覚えています。
親父が僕の名でいくら寄付したか知りませんが、親父のより小さかった記憶があるので、裏の参道沿いかもしれません。

大学ヨット部時代にコンビを組んでいた先輩の名もありました。
この先輩は、小・中・高・大とずっと同じ学校でした。
親父のと同じ大きさです。
先輩のお父さんのは更に大きく、百万円との金額も書かれています。
当時の物価を考えると、破格です。
まあ、市会議長とかやってた方なので、選挙運動の一環でもあるのかも・・・

懐かしい気分に浸った昼休みでした。

播磨歴史探索から帰ります

その後R312に向かってのどかな田園地帯をゆるく下りましたが、先ほど書かれていた大鳥居が、田畑に囲まれてその道沿いにありました。
ありゃ~確かにここから社殿までかなりの距離があるぞ。
15時を回ったので、もう寄り道の時間はなくなりました。
とっとと帰りましょう。

R312に出て少々北上し、右折しr81で市川を渡ります。
r117で北東に進み、加西市の中心地・北条電鉄北条町駅横を走り、r24で東進、r24が北向きになったので、r371に乗り換えて東進します。
GPSを見ながら、東へ東へとチェンジしているだけです。
中国道の南側を並行して走っています。

R372に出たので、それに乗っかり、「滝野社IC」の近くで中国道沿いを三田まで走るr17を発見しました。
これに乗れば、もう地図なしで帰宅出来ます。
山陽道沿いを走るr38同様、交通量が多くなく、信号が少なく流れのいいお気に入りの東西道です。

20130224SagoshiS109s
「ひょうご東条IC」のとこで、16:17「道の駅とうじょう」で休憩しました。
1時間走りっぱなしでした。
お腹がすいたので、出店で売ってたコロッケ5個・500円を購入し、1個食べました。
残りは、お土産・・・何でも「ありがとう、嬉しい~」って喜んでくれるんですよね。
「揚げたてで美味しいですよ」と売店のお兄ちゃんが言ってた通り、うまかった。

日没が遅くなったので、明るくて助かります。
気持よくr17を東進し、三田でR176に出ました。
少しR176を南下し、お得意のr327で「JR道場」~「武庫川渓谷」~「川下川ダム」ルートです。
ダム上の新名神高速道路橋脚&橋梁は完成しており、武庫川を渡る部分は天を指すような高い橋脚だけ出来ていました。
これが出来ると中国道宝塚トンネル渋滞が解消されるね。

r33~r325~長尾山トンネルで、大阪平野に降りて来ました。
17:47、宝塚伊丹産業エッソで給油。
277km/12.12L=22.9km/L。
購入してからの平均燃費24.5km/Lに届きません。
寒いからかなあ・・・。

18時に帰宅しました。
倉庫前でいつもの乾拭きをします。
武庫川沿いの道に何故か水たまりがあり、泥跳ねしちゃいましたよ。
明るいうちに帰宅できて良かった。

初焼き牡蠣も美味しかったし、播磨赤松探索も面白かった。
家内がまだだったので、暖房やお風呂スイッチを入れてから、荷物の片付けをしてると帰ってきました。
気合入れて薄着気味に家内は、「寒い寒い」って特急で着替えています。
コートぐらい厚いのを着て行けばいいのに・・・女子はおしゃれ命ですね。
また楽しい1日が終わりました。

赤穂・坂越からの帰路を楽しもう 5/7

テーマ : ツーリングレポート
ジャンル : 車・バイク

赤穂・坂越の牡蠣後に歴史探索 その2

少し北に神社が見えます。
赤松氏の祈願神社なのかな?
「櫃蔵神社」という名前でした。
炊いたお米を入れる「お櫃」に、明日の糧を収納する「蔵」とは、ご利益の有りそうな素敵な名前です。

謂れ板には、「・・・1340年創建。置塩城5代・赤松則房が1577年羽柴秀吉に服して開城の時、城の守護神は当社と糸田の「橿森神社」・恒屋の「櫃倉神社」の3所に分祀された。拝殿には貴重な絵馬が多く奉納されている。・・・」と書かれていました。

創建が室町幕府が始まった頃で赤松円心(前期赤松氏初代)が播磨守になった頃だから、ここに居城を移した後期赤松氏播磨守時代の100年ほど前という延喜式に載るような格式のある神社ではない。
だからメインではなかったかもしれないが、赤松氏と縁が深かったことは分祀されたことで伺えます。
他の2つのお宮の位置も確認しました。
頭の中の赤松氏探索の旅のターゲットに加えておきましょう。

20130224SagoshiS071s
古い絵馬が沢山掛かっていました。
おお~、かなりのお宝です。
最近無住職の田舎のお寺の本尊を盗む罰当たりが出没してるけど、こういうのを盗む輩が出没しなければいいがなあ・・・。
地元の方が定期的に手入れしながら、何の盗難予防もせず、夜中だって誰でも拝見できるこういう日本の素晴らしい治安がずっと保たれるのを願います。

ちょっと戻り、r80で西進開始。
14:33、赤松氏と縁の深い「性海寺」を訪問しました。
僕の母方の先祖・美作菅家党と同じ「梅鉢紋」だ。
菅原氏系の手が入ってるな・・・
謂れ板には、「716年創建。1439年大洪水で壊れた本堂・坊舎を播磨守護・赤松氏と英賀城主・三木氏によって再建された。本尊1.8m・十一面千手観音像の胎内に、置塩城初代・赤松政則の持念仏が収められています。・・・」となっていました。

政則は、室町幕府・山名宗全軍に滅ぼされた赤松宗家を、南朝に奪われていた三種の神器を奪って北朝・室町幕府に戻した功績で再興させた後期赤松播磨守初代です。
この持念仏をずっと懐に入れていたと言われている。
本尊の胎内に収められたから、本尊が壊れでもしない限り世には再び出ないのだろうが、どんな姿をしているのだろう・・・?
僕が幼児の頃、通っていたカトリック教会の神父さんに駄々をこねて頂いた蛍光マリア様のように小さな物だろう。
僕は、ほぼ毎日手を合わせてきた。
お陰様で、幸せな人生を歩んでいる。
余人には分からない、当人だけの思いいれがあるのだろう。

20130224SagoshiS089s
拝殿脇に、木造のお坊さんが、東大寺の盧遮那仏(大仏さん)と同じ印を結んで座っておられます。
あの印は、右手の「恐れることはない」と左手の「願いを叶えよう」の印を組み合わせたものだったはずです。
白目だけが異様に白く、その他は良い感じで年季が入っています。
左手の上に桃のような果物が載っています。
桃は仙人の食べ物で不老長寿の象徴だから、永遠の命を授けようとでも語っているのかな?
ぐふふ、面白いぞ。

20130224SagoshiS091s
裏には、弁天堂に上る階段がありました。
ここは夢前・七福神の弁天様だと、駐車場横の大きな看板に謳っていました。
その階段脇に、子育観音像があり、観音様の足元にまるで母親を慕うように裸ん坊のこの像がまとわりついていました。
珍しい像です。

r80に戻り東進します。
「暮坂峠」を越えて東側に降りると、T字路です。
r80は左折で、R312は右折のようです。
r80を進みますが、しばらく走ると一気に1.5車線になって山中の森の中に消えています。
地図ではR312まで行けそうなのですが、「4t車通行不可」とか書かれてるし、怪しい峠越えでCBをこかしたらあ
かんと思い、Uターンしました。

20130224SagoshiS101s
さっき気になった「式内田川神社」という雰囲気のいいお宮に、14:57寄り道しました。
「式内」となっているので、延喜式に収載されている平安時代には既にあったお宮でしょう。
謂れ板によると、神功皇后(269年頃)にまつわる神社とのこと。
古いなあ。

拝殿には、僕にはお宝に見える素敵な絵馬が何枚も掛かっています。
いいね。
本殿の屋根もかっこいいし、「山神社」「地神社」という手入れされた祠も佇んでいます。
樹齢550年の大ケヤキがドンと本殿裏を守っています。
地元に大事にされているのがよくわかるな。
さらに境内入口に石の石柱が立っていますが、謂れ板によると、「石の大鳥居と灯籠が奥須加院東端に位置し、一の鳥居から社殿まで相当離れており、現在は昔の参道の面影はなくなっているが、距離から見ても往時の勢力がわかる神域の広さである」となっていました。

赤穂・坂越からの帰路を楽しもう 2/7

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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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