8/14・武庫川渓谷JR廃線ハイキング

僕と弟は、車を予約していたJR武田尾駐車場に置きに行きに行きました。
3年前に心筋梗塞を起こした弟は、ハイキングをパスして駅で待ってるようです。

僕は、12:53に駐車場を出発し、みんなを追いかけます。
12:57、廃線路入口。
ここにトイレが有ります。
武庫川沿いの枕木が残る廃線路を早足で歩きます。

13:00、最初のトンネル入口で待っていたみんなに追いつきました。
遼くんが好きなトンネルに入ります。
出口が見えているので、懐中電灯がなくても足元が見えます。

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次男のお嫁さんは、先月の誕生日に家内が贈ったJIBバッグを使ってくれています。
気に入ってくれたようです。
遼くんも僕が手を引き暗いトンネルを抜け、明るくなると走り出します。
みんなで川に落ちないようにサポートしながらですが、話題の中心でみんなを笑顔にさせてくれます。
お喋りが楽しそうで、ずっと喋っています。
マイブームの歌「恋しちゃったんだ 多分気づいていないでしょ・・・」を歌い出し、2才にしてもう恋なのかと、みんなを笑わせます。
帰宅後調べたら、「YUIのCHERRY」という歌のようです。

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13:10「第2トンネル」、ここも懐中電灯なしでも歩けます。
13:20「さくら広場」、母親が健在だった前回のハイキングでは、ここでみんなでお弁当にしました。
横に沢が流れ、武庫川に流れ込んでいます。
サワガニがいそうな遊べそうな沢で、数人遊んでいます。

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長男が、次男夫婦を写真に収めようとカメラを構えると、遼くんがちゃっかり間に入り込み、ポーズを取っています。
綺麗な尻尾のトカゲがいたり楽しい。

13:35「3つ目のトンネル」、これは暗く足元も悪いので、懐中電灯必須です。
ハイカーが適当に向かうからやって来るので、1人で来ても安全です。
スカートで歩いている女性2人組もいました。

「こんにちは」の挨拶が気持ち良い。
トンネルを出たらすぐに、鉄橋がありました。
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鉄橋横の点検橋を渡ります。
武庫川を渡るので、ちょっと怖いです。

鉄橋を渡ると、またすぐに4つ目のトンネルがありました。
ここは、JR武田尾から2.2km地点で、全行程6kmの1/3です。
ここで長男一家と弟一家が、リタイヤして戻ります。
ここで弟とはお別れです。
僕と手をつないで歩いてきたので、遼くんが「爺ちゃん、バイバイ、ダメ~」と一泣きしました。

4つ目のトンネルは真っ暗です。
トンネル天井から地下水が落ちている所もあり、探検気分満点です。
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渓谷美が深まり、豪快に大岩の間を流れる水流で秘境感も味わえます。

JR西日本の「ここはハイキング道ではありません。自己責任で・・・」という看板が目立ちます。
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ヤマユリが満開で群生している場所もありました。

14:12「5つ目のトンネル」、こちらも真っ暗です。
出口付近にあった枕木に座って水分補給休憩します。

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14:48「6つ目のトンネル」、こちらも途中でカーブしているようで真っ暗です。
トンネルを出ると、アオサギが河原にいました。
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続いてコサギが数羽、魚でも狙っているのか、大岩の上にいます。

15:16、「JR名塩」への分岐階段。
登っていけば名塩ですが、反対に田んぼの間の畦道を川の方に下り、「JR生瀬」を目指します。
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15:18「水道橋」、川を渡る水道管をメンテナンスする橋が歩道になっています。
これで武庫川の左岸に渡ります。

住宅地の坂を階段で上ります。
ここがこのルート最大の難所です。
心臓破りの階段(勝手に命名)を登ると、中国道下の公園です。
ここの水道で顔を洗いサッパリしました。

今度は住宅地を階段で下り、15:43再び右岸に渡る「赤橋」。
R176を渡り、JR線路をくぐり、「JR生瀬」到着。
駅前にコープさんがあり、ここでみんなアイス補給です。
僕とお嫁さんは、ガリガリ君を買いました。

駅のホームのベンチに座ってアイスを食べながら電車を待ちます。
10分ほどして新三田行き電車がやってきて、車内で涼みました。
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2/1・中山寺

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いくつも六地蔵がありました。
地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六道輪廻思想が現された地蔵で、子供に正しい道を説いていると言われている。
綺麗な六地蔵には表情があり、子供を戒めているお顔もある。
昔は、奥の院への道を歩きながら、親の言葉から教えられていったのでしょう。
ここにも野鳥が遊んでいます。
見つけると激写タイムに入るので、なかなか先に進めません。

15:38、「奥の院まで0.3km」「中山駅まで2.6km」「やすらぎ公園まで0.9km」。
15丁石は、亨保19年の年号が入っていました。
徳川家康が亡くなって100年後が亨保で、亨保飢饉・徳川三大改革の享保の改革で有名な年号で、幕藩体制が経済面でほころび始めた頃です。

15:42、「中山山頂へ(中央展望所経由)」の分岐がありました。
大流行のトレイルランニングの方が、この日は男女各1人走っておられました。
女性の方と2回すれ違い、ここ~中央展望所~奥の院という三角形を走っているようです。
すごいな。

15:43、「奥の院まで0.6km」「夫婦岩園地まで0.6km」「最高峰まで2km」。
13丁付近で、舗装路が交差していました。
舗装路には開閉フェンスが施されていました。
「ここは国有地です・・・」の但し書きが固定されていました。
自衛隊の演習地が近くにあるはずなので、その関係の道路かな?
南西の宝塚・甲山・西宮方面の展望が木々の切れ間にありました。

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15:59、「夫婦岩園地」到着。
ここからは、南~西の展望があります。
大岩の回りに石が沢山積んである。
『ありがとうございました。長年風雨で落ち着かない状態でしたが、皆様の御蔭でホッとしました。毎日ここまで小石を運んでくださった皆様、素敵な木枠を提供してくださったコイシプレサービング様、本当に数えきれない温かい気持ちを足元から感じております。これからも引き続き、この美しい宝塚の自然とともに、末永くお付き合い頂ますよう、よろしくお願い致します』
どうやら、雨水で足元の地盤が削れ、大岩が移動して危なっかしかったのを、小石と木枠で動かなくしたようです。
雨水の流れで山が削れ谷に流れ、やがて扇状地を形成しながら海に流れていくのが自然の姿です。
その姿を山道を歩きながら感じます。
ここの山道の多くも、石段の回りの地盤が削れ、石段が崩壊しているのが目立ちました。

「売布神社駅まで1.7km」「中山駅まで2km」「奥の院まで1.2km」、ここで売布方面と中山方面に分岐しています。
中山方面に下ります。
更に、右:石段、左:新道が分岐しています。
新道に下ります。

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16:03、東屋があり、大阪平野・大阪湾が一望です。
我が家も見えそうです。
案内板地図を見ると、石段道は直線的に、新道は迂回しています。
山の中を右に左に巡りながら、下ります。

16:17、「夫婦岩展望所」「中山駅まで1.3km」「山頂展望所まで2km」、中山は縦横に山道が巡り、複雑に交差しているようです。
16:27、木製治山ダム。
木をログハウス風に井桁に組み、間に石を積めてダムにしています。
16:30、「中山駅まで0.7km」「山頂展望所まで2.6km」。
かなり下りました。
横の谷を流れていた沢が広くなりました。

16:33、2丁石。
ここは、石段道との合流地点です。
「奥の院を経て中山山頂へ3.1km」「中山駅へ0.6km」。
「卜部左近」という江戸時代の播州三木の儒学者のお墓がありました。

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川を東に渡ります。
少し坂道を上がると、中山寺の墓地でした。
ここに1丁石。

16:39、中山寺到着。
3時間の山歩き終了です。
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本殿など見て歩き、おトイレを拝借して、16:49仁王門です。

阪急中山駅をくぐり、南口からタクシーに乗りました。
阪急タクシー1720円で、中山台7丁目のバイクに到着。
18時前に帰宅し、すぐに風呂で温まり、家内が作ってくれたうどんを夕食にして、1日が終了しました。
ああ、楽しかった。

2/1・中山寺奥の院

僕らが合流した中山台分岐を過ぎ、更に歩いて行くと14:25フェンスが切れました。
チラチラと甲山・六甲山が南西に見える場所もあります。
尾根道なので、北側の羽束山が見える場所もあります。

14:29、「中山駅3.5km・天宮塚270m」への分岐がありました。
「最高峰まで0.6km」「奥の院まで1.2km」。
名札&解説が下がった木もあります。
「ねずみさし」という木は、枝をネズミが通るところに挿すと通らなくなるそうです。
ヒノキ科と書かれていたので、殺菌効果と関係するのかなと想像しました。

14:35、「夫婦岩園地まで1.5km」「最高峰まで1km」「奥の院まで1km」。
「ひさかき」という気はツバキ科でした。
神事に使う如何にも葉っぱというきれいな形の葉を持つ「さかき」より、幅が狭い細長の葉っぱでした。

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14:44、「奥の院まで0.6km」「山頂展望所まで0.5km」「中央展望所まで0.3km」。
ここで真っ黒ワンちゃん家族と4度目のご対面をしました。
山頂から歩き出した僕らを、夫婦岩園地分岐を過ぎたとこでワンちゃん家族が抜いていきました。
しばらくすると引き返してすれ違い、またここで中央展望所方面からやってきて出会いました。
「なんだあ~一緒だ~」と、僕らを見て子供達が笑っています。

「中央展望所」で下界を見ようと寄り道します。
しばらくすると男性が対向してきたので、「展望台の景色はいいですか?」と聞いてみました。
「ここは全然ダメだよ」って教えてもらい、Uターンしました。

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14:51、小石が積み上げられたケルン到着。
14:56、「奥の院まで0.5km」「最高峰まで1.2km」「奥の院西園地まで1km」。
15:05、「山頂展望所まで1.2km」「中山駅まで2.9km」。

15:06、奥の院が見えてきました。
小社が奥の院を取り巻き、山腹に建っています。
真言宗・中山寺は、聖徳太子建立ということなので、600年頃創建だと思われます。
小社の1つに、「応神天皇・武内宿禰・御座」とありました。

応神天皇は、仲哀天皇・神功皇后の息子で、征韓した時皇后のお腹に宿っていたと言われる200~300年におられた15代天皇です。
武内宿禰は、12代景行・成務・仲哀・応神・仁徳5代に仕えた忠臣で、仲哀天皇の父親と言われる伝説のヒーローです。
九州の豪族・熊襲を平定し、蝦夷(当時は中部・関東)をも平定し、地方豪族をなぎ倒し大和朝廷の基盤を作った貢献者です。
その帰路、伊吹山の豪族と戦い傷を得、伊勢にて死亡し、白鳥になって機内~四国へと飛び去ったと言われている。

天照大御神の弟で暴れん坊・スサノオノミコトが中国地方でヤマタノオロチを成敗した時、その尻尾から得た天叢雲剣を叔母の倭姫命より授かり、焼津の草原で火攻めに遭い包囲された時、その剣で身近の草を刈り、逆に内から火を放ち勝利した。
古事記・日本書紀で、男の子を興奮させる名場面のヒーローです。
それ以来「草薙の剣」と名を変え天皇家の三種の神器になっている。

奥の院の名から、侘び寂びを感じる重厚な建物であればと期待したのですが、商売上手で参拝客がいつも多い中山寺だけあって、さすがにお金巡りが良好で、綺麗な佇まいでした。
拝殿(厄神明王拝殿)から奥の本殿を覗くと、岩が見えます。
横に回ると本尊は大岩のようです。
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横の蛇を祀るお宮も本尊は大岩のようで、磨崖仏のように何かが刻まれています。
磐座信仰の名残でしょうか。

中山さんは、息子たちがお腹に宿った時も安産祈願に来たし、頂いた腹帯も丁寧にお返ししたし、何度も訪問したポピュラーなお寺ですが、奥の院は初めてです。
ここから、「やすらぎ広場・清荒神」方面と、「中山寺」方面に分岐しています。

15:22、中山方面に下ります。
コンクリート車道が登ってきていますが、関係者以外走行不可でしょうから、山道を下ります。
丁石と石仏が守る山道です。
最初は18丁石でした。

15:27、大岩にしめ縄が張られています。
「宇多天皇御自彫天神」と彫られた石柱が立っていました。
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磨崖仏のように天神様のお姿が大岩に彫られていました。
宇多天皇は、900年頃の天皇で、藤原氏に握られていた実権を取り戻そうと、藤原氏以外の優秀な官僚を抜擢した。
その筆頭が菅原道真で、天皇の后に娘を入れ姻戚として政治の実権を握る藤原氏支配に風穴を開けようとしたが、宇多天皇の譲位とともに後ろ盾を失い、藤原氏の陰謀で大宰府に流されまもなく亡くなった。

死後、藤原氏縁者に落雷するなどの祟があり、藤原氏・朝廷は道真の御霊を慰めようと、雷神・天神様と多数のお宮を建てた。
太宰府天満宮本殿は道真のお墓の上に建てられている。
出家した宇多天皇が天神様を自ら大岩に彫り込んだというこれは、天皇親政を復活しようとしたができなかった自分の犠牲になった道真への贖罪なのかなあ・・・美作管家党の末らしい僕の血が反応しました。

2/1・宝塚中山山頂

とてもハッピーな気持ちになり、仲良く1Fのスーパーに寄りました。
お寿司パック・菓子パン・麦茶を昼食用に購入し、タクシーを捕まえるために阪急売布神社駅前のタクシー乗り場に向かいます。
でも、全然タクシーが来ません。
仕方なく映画館前の旧・R176でタクシーを捕まえようとしますが、全然来ません。

去年見つけた「中山縦走路」最寄りの住宅地・中山桜台7丁目・標高380mまで、タクシーで標高を稼ぐ作戦でした。
300mほど歩けば売布神社~中山山頂登山道・450mで、更に300mほど歩けば中山山頂・478mです。
中山山頂で昼食を食べ、売布神社・50mまで下り基調の道を楽ちんに下りて来ようという軟弱コース作戦です。

タクシーが来ないので、作戦変更です。
バイクに行き・13時、中山桜台7丁目まで上がります。
住宅地内の道もつづら折れで標高を稼ぎます。
ガードレールの向こうに、大阪伊丹空港・大阪中心地のビル街・大阪湾まで広がっています。
ナイスな景色ですが、ここに住むと徒歩移動がきつそうです。
我が家のある旧旧海岸段丘・旧河岸段丘(30m)を上がるだけでも、駅からきついのに・・・。

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中山桜台7丁目の最高所にある住宅の横にバイクを停めました。
更に上にある宝塚市の水道施設まで舗装路がつながっていますが、その車止めからトレッキング開始です。
途中でスクーターに追いつき、僕が行こうとする方向に曲がります・・・怪しいぞ・・・想像通り同じ所に止まりました。
ぐふふ・・・

会釈すると、向こうも僕らのトレッキングスタイルを見てご同輩と感じたのか、ニカっと・・・身軽なソロのご同輩は、先に上がって行かれます。
家内は防寒のために履いていたカッパのパンツを脱ぎ、僕は標高が上がるに連れ小雪がちらついてきたので、カッパのジャケットを着ます。
家内は赤・僕は青のペアルックです。

13:33に出発し、13:36に水道施設に到着。
ここから山道に入ります。
去年2月に、ここで野鳥をたくさん見かけたので期待していたら、今回も野鳥のお迎えを受けました。
コンコンコン・・・家内を静止させ、カメラを周囲の木々に向けますが、ゲラ(キツツキ)の姿を捉えられませんでした。
家内も耳を澄ませ、「キツツキ?」って見上げています。

今朝、我が家の庭もうっすら雪が積もっていたので、道の横に雪が残っています。
そのお湿りで道がぬかるんでるのもいただけません。

13:47、売布神社~中山山頂ルートに合流。
1年前にはあった板の案内板がなくなっていましたが、その柱に直接マジックで「桜台」と書かれていました。
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右手にフェンスを見ながら歩きます。
このフェンスは、何のためなんだろう?

13:52、「中山山頂すぐそこ」と書かれた案内板がありました。
手作りですが、道標が充実しており、安心して迷わず歩けます。
来た道方角は「奥の院・中山寺・清荒神」、この先は「川西多田・万願寺・阪急山本駅」。
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13:54、中山山頂・478.2m到着。
バイクのご同輩さんが、山頂から下りて行かれました。

僕らに続いて、家族5人+真っ黒ワンちゃんチームが到着。
北方角の景色を激写してると、別ルート(たぶん十万辻方面からの中山連山縦走路)から年配のご夫婦到着。
にわかに大盛況になりました。
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谷を隔て「大宝塚GC」のグリーンが見えます。
ゴルファーが歩いています。
小雪舞うのに、吹きっさらしで熱心ね。

午前中は晴れ間もありましたが、西北の空は雪雲が続いています。
遠くに尖った羽束山が見えます。
東の方角に、住宅が密集した川西の平野部が見えます。

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山頂はモロに北西の風を受けるので、フェンス際の縦走路まで撤退し、昼食にしました。
もっと山歩きの方に会うかと思っていましたが、すれ違ったのはソロの年配女性1人だけでした。
十万辻ご夫婦は清荒神方面に下って行き、14:15僕らが出発の用意をしていると、お若いグループが清荒神方面へ。
僕らもそれに続きます。
中山住宅地から大阪平野・大阪湾の絶景が望めたので期待していたのですが、山道からの展望がイマイチです。

1/11・山城登城口探索

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神社を風避けにして、裏で昼食にしました。
家内がお姉さんに、「今、高御位山山頂です」とメールしました。
「よくわかったね、階段しんどかったでしょ」と返信が来たので、「別ルートから登ったから、階段は下りに使います」と送って、12:12・下山開始ました。

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山頂周辺に100人ぐらい登山者がいる人気の山でした。
メイン階段ルートは、大部分が階段の道でした。
家内が途中で、「膝が笑った~」と笑ってるので、数度休憩しました。
全18丁の丁石が立っています。
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12:25、途中にあったベンチ2脚・テーブル1脚の休憩所で休憩。
「阪神タイガース・志方ファンクラブ」が桜数本を植樹していました。

12:53、登山口にある「熊野権現・高御位神宮」到着。
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かっこいい修行者、修験道ですね。
下りは40分、早いです。
「わがまち加古川60選・高御位山」という案内板に、「大正10年にグライダーで関西初飛行を成し遂げた、志方町出身の渡辺信二氏の偉業を称える「飛翔の碑」が建っています」とありました。
山頂にあった碑を差すようです。
確かに山頂まで道路がついていれば、スカイスポーツのテイクオフポイントが出来そうな地形でした。
きっと碑のあった山頂までグライダーを担ぎ上げて、飛んだのでしょう。
凄いな。

舗装路を車に戻り、次の目的地・てるさんの生まれた志方山城を目指します。
r65~r118で志方八幡神社の下部まで来て、山城攻め登山目印の神社の鳥居発見。
でもそこに至る道が狭く、車で突っ込む気になりませんでした。
膝が笑った家内のことを考えると、どうせ登れないのでパスします。
低山だから、獣道さえついていたら15分仕事のようです。

続いて家内の実家のお墓があった元集落墓地を探しました。
日光山墓苑にお墓を移動させてから、初めての訪問です。
いつも八幡神社への登り道が別れる峠にある家内の父親の実家に車を停め、山道を歩いて行くのですが、新しく出来た道が、その山道を分断して通っていました。

新道の峠に車を置き、横の階段を上がると墓地でした。
周囲が森に囲まれ、昼なお暗いいい雰囲気の墓地だったのに、やけに明るくなっています。
息子たちが悪さをした時、夜何度か僕が手をつないで手を合わせに来ました。
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あの雰囲気はもうないな・・・家内もその変わりように唖然としています。

次は、城山公園です。
r118を北上し、志方小学校のとこの交差点に「城山公園」と道標があったので、枝道に入っていきます。
城山は、僕が思っていた低山の山とは別の山でした。
案内板に従って更に枝道を入ると、謂われ板の立つ小さな駐車場がありました。
比高を考えると登り30分でしょうが、これも次回まわしにします。
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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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