4/6・こうくん、誕生 母子ともに健康、ありがたい

昨夜、家内が自転車でお出かけで、帰宅が遅くなったので、通勤リード110でサポートしながら一緒に帰宅すると、家内の携帯電話が鳴りました。

「生まれたかな?」
・・・携帯メールを見た家内から、「陣痛が始まった。今夜生まれそう」との長男からのメール内容を教えてもらいました。
PCメールにも同じ内容のものが届いているでしょう。
とうとうです。
第一子の時、陣痛が始まって出産までまる1日かかったので、今回は大きめと聞いているのでお嫁さんの身体が心配です。
夜中に電話が鳴らないといいけど・・・

今朝、PCメールをチェックすると、長男から「3:29、生まれました。3558gのビッグベビーです。母子ともに健康です」のメールが届いていました。
赤ちゃんの写真と、お嫁さんと航成くんの並んで寝ている写真が添付されていました。
お嫁さんの表情も元気そうで良かった。

技術が進み、妊娠・出産が「病気ではないので、元気が当たり前」の世の中になったけど、長く多くのお母さんが出産で命を落とした時代が続いていた。
戦国武将の多くは戦で討ち死し、奥様の死の多くは出産でした。
後添えももらい武将の原因の多くが、妻を妊娠出産で失ったからです。
「母子ともに健康」・・・これが最高の結果です。
ありがたい・・・

7時頃、長男から電話が入り、家内の後に僕も話しました。
前回同様、数日家族3人で病院の寝室分娩個室に泊まっており、夜に陣痛が始まったので、「遼くん」を実家に送り寝かした後、個室に戻り、お嫁さんの出産に立ち会ったそうです。
僕は体験したことないけど、長男は感動して涙でボロボロになったそうです。

長男は4/11からアメリカ赴任なので、出産に立ち会えてよかった。
少しの間だけど親子の時間が持てて良かった。
アメリカ赴任を10日間延期してくれた会社にも感謝です。
お嫁さんと子どもたちは、第2子「航成くん」の成長を待って、8・9月にアメリカに行く予定です。

出産予定日・4/4のビデオで嫡孫・遼成くんが、「・・まだ生まれていません」と言ってたので、「名前、もう決めたの?」と問い合わせました。
4/5昼に、「航成って決めたよ」と長男から返事が来ました。
「成」は、父が僕に付けてくれた名にあり、息子2人にも贈った通字だけど、「航」は何処から?と考えました。

「遼成」の時は、見た瞬間に、長男が好きな作家「司馬遼太郎」からもらったとわかりました。
「航」は・・・「航海」からなのかな?
僕が高校大学とヨット部で、その後もずっとヨットに乗り続けているので、僕をリスペクトしてくれたのかな?
まさか父親をそこまでリスペクトしないよな・・・

帰宅すると家内が、「さ・・(お嫁さん)を思って名前をつけたんだね。優しい」って。
ああそうか、お嫁さんは空を飛ぶ職業で、会社の産休期間・3年が切れるので職場復帰しようと準備していた矢先の妊娠でした。
「航海」じゃなく「航空」に因んだ命名だったんだ。

さて、誕生記念に何をしようかな?
長男誕生の時は、庭に池を掘り、次男の時は8人乗りの車に買い換えた。
長男の結婚時に「ハナミズキ」を庭に植樹し、次男の時は「ヤマボウシ」を植樹した。
嫡孫くん誕生記念に屋敷祠を勧請した。
今回も何をするかなあ・・・植樹候補は、モクレン・コブシ・アセビなど沢山あるけど・・・。
アセビは、すずらんのように可愛い花をたくさんつけるので、女の子が生まれたときに取っておきたい。

植木屋を覗きに行こうかな・・・。
ああ、成長が楽しみです。
早く一緒に遊べる年齢になってほしいな。

またヤンチャな遊びができる男の子だ~
僕が幼児の時、カソリック教会の神父さんに駄々をこねてもらった僕の宝物「蛍光マリア様」は、また僕のお願い「元気な男の子」を叶えてくれた。
弟・長男・次男・嫡孫・孫2人目と、5連勝です。
次は8月出産予定の次男の第一子・・・まだまだ朝晩のお願いは続けます。
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4/1・早生まれ

「生まれたよ」との電話がとうとう入らなかった。
「生まれそうだよ」との電話も来なかった。
とても大事なことなので、復唱します。

長男の2人目の子の出産予定日は、4/4。
この予定日は微妙です。
長男が生まれたのが5/27。
1才から保育園に通ったけど、同じクラスの子を見て、なんだか安心できた。
だって、何でも皆より出来るから。

そりゃそうだ、当たり前だ。
だって人間生活を1年経験し、寝返りだって立派にできるし、お座りも出来るんだから。
クラスメイトにはお座りが出来ない子も多いし、寝返りだって無理な子もいたから。

次に生まれた次男、3/28が誕生日。
出産予定日は4/2というとてもデリケートなボーダーな日だったのだけれど、どうしてあと5日我慢できなかったかなあ~って感じで生まれてきちゃった。
彼は生後半年ぐらいから保育園に通ったけど、クラスメイトとは大人と子供ほどの差があった・・・は言いすぎだけど、大きな差があった。
教室に描いた絵が貼ってあったりするのだけれど、次男のは点々なのに、他所の子のは線になってる。
やっと線になったら、他所の子は進化し丸が描けてる。
お母さんの絵が、丸(顔)から手足として線が生えてるだけなのに、他所の子は顔の下にちゃんと胴体の丸があり、そこから手足がでてる。

「う~ん、これが一生続くのかなあ~」
なんて、長男がクラスでリーダーシップ取ってるのを横に見ながら、ちょっと心配した。

長男は小1の時、運動会の選手宣誓選手をし、マラソン大会では学年1番・・・なんて勇姿をみせてくれたのに、次男の小学生時代のあだ名は「坊や」。
チビで可愛いから「坊や」。
大きくなりたいと、牛乳をよく飲んでいたけど、結局卒業するまで学年で一番チビだった。
まあ、そんなことは中学生になってなんのハンディでもなくなって、僕同様男子平均の身長になったし、お勉強だって困ることもなくなった。

でもやっぱり、今度の子が3月に生まれるか、4月かは気になっていたんです。
話題に事欠かない長男の子だから、次男と同じ3/28説・・・
日本中で学年最後に生まれる&エイプリルフール4/1説・・・
が来そうだと思ってたけど、どうやら回避できた。
この際だから、日本中で学年トップバッターで生まれる4/2がいいんじゃないか・・・

次男の初めての子の出産予定日が8月。
どうやら、従兄弟が同じ学年になりそうです。

因みに家内の誕生日が5/27・・・
長男のお嫁さんが10/27・・・
次男が3/28日・・・
みんな、月末に誕生日が集中して、僕の誕生日だけ11/13と、1人だけ中旬で寂しかった。
次男のお嫁さんが中旬なので、ちょっとだけ僕の味方です。


夜になって、長男からメールが届いた。
添付ムービーは、嫡孫くんからのビデオメッセージで、「お爺ちゃんとお祖母ちゃん、まだ・・が生まれてません。バイバイ~、わははは~」でした。
「・・」がよく聞き取れなかったのですが、名前を言ってるみたい、男の子らしいのでもう決めているのかも。

長男のアメリカ赴任は4/1からで、東京の家は引き払い、アメリカへの引っ越しも済ませたそうですが、会社から配慮してもらい、4/11赴任になったそうです。
10日までお嫁さんの実家・新潟にいるそうです。
まあ、それまでには生まれるだろう。

ああ、楽しみだ。
嫡孫の時は、誕生3週間目に新潟に会いに行きました。
来週生まれても、長男が日本にいる間(~4/10)に行くのは、お嫁さんの産後の回復を考えると止めた方が良い。
4/24かGW中かな?

夏過ぎに、お嫁さんも渡米するので、それまでは実家に3人でいます。
嫡孫くんの初宮参りはこちらでやったけど、今度はお嫁さんお負担を考え、新潟でした方が良いように思う。
生後1ヶ月前後にするなら、その時に合わせた方が良いような気がする。
次男夫婦も東京から来れば、次男のお嫁さんの紹介もできるしいいのではないかな?

ああ~楽しみだ~

3/22・春のお彼岸・墓参り

春のお彼岸になりました。
お盆正月を含め、年4回お墓参りするのが我が家の習慣です。
20日、コーチしてる大学ヨット部のレースで琵琶湖に行った帰り、家内の実家が代々分骨している「京都・永観堂」にお参りしました。

一般入場なら拝観料が必要ですが、お墓参りなら必要ありません。
受付で所定の用紙に氏名などを記入して入ります。
分骨なので墓石はなく、納骨堂に収められたお骨に手を合わせます。
費用は一時金7万円のみで、永代供養していただけます。
1年間だったっけ?は、分骨した骨壷のまま置かれ、それ以降は他の方のお骨と一緒に大きな骨壷に収まります。
墓石要らない、墓守りする人もいない・・・なら、こういうのが良いように思います。

家内の実家のお世話頂いているお寺さんが、浄土宗・西山禅林寺派・総本山・永観堂の末寺なので、本山・永観堂に分骨しています。
分骨時の法要が素晴らしく、法主さんの親しみやすいお言葉にも感動しました。
家内の実家の「京都の本山に分骨する」習慣が気に入り、家内と話し合って僕らも京都の本山に分骨することにしました。
我が家がお世話になっているお寺さんに聞くと、本山は浄土宗七大本山「京都百万遍・知恩寺」だそうで、そこにお世話になろうと考えています。

父が亡くなった時、僕らは知恩寺に分骨するから、父を先に分骨し、母もそこに分骨しないかと勧めましたが、母は嫌だということで、両親の分骨はしていません。
知恩寺の方も同じく10万円ぐらいの費用で永代供養でした。
納骨堂は、知恩寺の方が立派でした。

我が家のお寺さんに更に分骨のことを聞くと、特に本山・末寺のきつい縛りは無いので、どこに分骨してもいいようです。
そこで、浄土宗総本山・知恩院にも聞きに行きました。
こちらも同じようなシステムでしたが、さすが浄土宗総本山だけあって、全てが立派でした。

うちの親が分骨を希望しなかったので、僕らだけだから、家内の両親と同じ永観堂でもいいかなと思うようになりました。
浄土宗・宗祖・法然の死後、弟子が枝分かれして拓いた西山禅林寺派です。
家内の姉夫婦はどうするかわからないけど、家内は死後も実の母親と一緒に眠れます。
僕も家内の両親が好きだったし、知恩寺と永観堂を比べると、長年永観堂に通って来たので、永観堂の方に馴染みがあります。

3/21(月)、朝5時に出発し、家内の実家のお墓参りをしました。
中国道を西に走り、「三木小野IC」下車し、加古川を渡ってJR加古川線・市場駅横を通って墓苑へ。
前日にお姉さんから「お墓参りしたよ」の連絡を頂いていたので、お花の水を替えるぐらいで、墓石の掃除もなしです。
お水を掛け、線香を焚き、手を合わせて、「元気な男の子を2人お願いします・・・」の定番のお願いをしてお終い。

帰路、車で墓苑の周回道路を走り始めたら、目の前をリスが横切りました。
「三木SA」とトイレ休憩し売店を覗いたら、ロールケーキを筆頭に美味しそうなケーキが更に充実していました。
朝からロールケーキを買うのもなあ・・・と思いパス。

3/22(火)、朝5時に出発し、我が家のお墓へ。
フロントガラスの霜が凍っていたので、道路の凍結が心配で、「長尾山トンネル」~r33里山の定番コースはパスし、r13~r12のメインルートでお墓に向かいました。
出発時に星がたくさん見えていたので快晴とわかっていましたが、霊園の駐車場から見下ろすr12の谷が、夜明けの薄明かり&青空の下、とても綺麗に見えます。

我が家の近所でも、例年により遅れてウグイスが鳴き始めたので、ウグイスが鳴いているだろうと車を降りましたが、ピー・ピー口笛のような大きな囀りが聞こえます。
ウソです。
ありふれたウグイスよりラッキー。

こちらも、3/21に弟一家がお墓参り後我が家に寄り、実家の仏壇に手を合わせて行ったので、お花の用意が要りません。
お水を掛け、お花のお水を換え、線香を炊いて定番の「元気な男の子を2人お願いします・・・」をして帰りました。
こちらも、霊園内の通用路を走りだしたら、リスが道を横切りました。
イタチはよく道を横切りますが、リスって路上にいた所を驚いて藪に逃げ込むぐらいで、道を横切ることをするのかな?

霊園からr12に出ようと一旦停止したら、北からスクーターが下ってきました。
それをやり過ごしたら、スクーターの後ろに横バーが付いており、真後ろ30cmをロードバイクが高速で追いかけています。
競技の方の朝練習のようです。
「速いな~」

一応僕らもサイクリングだけどスポーツバイクに乗るので、すぐに追いかけました。
軽く下り基調ですが、60km/hでも全く距離が縮まりません。
僕が早朝に走る猪名川土手道下りと同じぐらいの心持ち下り程度で、僕は28km/hぐらいでこの区間を走ります。
レーサーは凄いな。
とても自転車のスピードではありません。

軽い上り区間に入ると、足にトルクが掛かり多少左右に自転車が揺れますが、50km/hを切ることはありません。
すげ~。

僕の後ろに2台通勤車が追いついてきたので、コーチバイクが左ウインカーを出して、コースを左に寄せます。
こうなったら、抜くしかありません。
もっと見ていたかったけど仕方なく抜き去り、川西能勢口から帰宅しました。
途中の新名神高架が完成しており、来年の全線開通に向けて工事は順調のようです。

3/6・南河内史跡ツーリング宿題解消 その6 親子と「美しい日本」

コンビニ・イートインスペースで助六弁当を食べていると、それぞれベビーカーを押した2人の若いお母さんが入ってきました。
そして雑誌スペースに行き、立ち読みを始めた。
ベビーカーの子は、棚の商品に手を出した。
よく見る光景です。

幼児は手で触って、口に入れ、その物体を把握して一人前の人になる。
誰でも通る成長の一過程です。
その時、母親が店内に響く大きな声で怒鳴り始めました。

「2~3才ぐらいの子が手を出すのは当たり前じゃん」と見ていると、今度は幼児は持っていたおもちゃを床に落とした。
これもよく見る光景。
大声で母親がとても汚い言葉で怒り、頭を叩いた。
目が点になった。

僕には虐待以外の何物でもないように見え、とても気分が悪くなった。
助六を食べ終わったので、デザートの飲むヨーグルトを買い、駐車場で飲むことにした。
外でドキドキした心を落ち着けていると、そのお母さんがベビーカーを押して出てきて、お子さんへのガミガミが駐車場で始まった。
品がなさすぎる。
お子さんが可哀想でなりません。

「もうあかん、我慢ならん」と意を決しお母さんの方に歩き出したとこで、再び店内に入っていかれたので、一言言うのを止めました。
僕は、弱い者いじめが一番嫌いです。
「愛のムチ」なんていうそれを肯定する言葉も嫌いです。

「保育園落ちた、日本死ね」を書き込んだお母さんと、この虐待お母さんの姿が重なります。
昼休みに昼食を食べながら国会中継見ていて、民主党女性議員が、ネットに書き込まれたこの言葉を取り上げて、安倍首相に質問していました。
安倍首相の答弁は、「匿名のブログなので、確認のしようもない。待機児童の問題には真剣に取り組み、保育所拡充施策を実施している」だった。

民主党議員が、「保育所落ちた、日本死ね」の意味する保育所不足に目を向けているのはわかるのだけど、僕には「日本死ね」の言葉を使った時点で、「対象外」だと思った。
この民主党議員は、目の前で「日本死ね!」を本人から聞いても、それを肯定できるのだろうか?
僕には、「まともな大人じゃない」に映る。

僕は今までの生涯で、誰かに「死ね」なんて言葉を使ったことが一度もない。
同世代の友人が口にするのも聞いたことがない。
最近の若者の会話に、笑い顔ではあるけれど「死ね」他、とても汚い言葉を聞くことがある。
「爆破する」なんて言葉も出るようになったのは、ネットの匿名性からくる安易な書き込みに慣れてしまった結果のように思う。

人は自分の発した言葉に縛られるものです。
「汚い言葉」「マイナス言葉」を発すれば、汚い人生・マイナス人生を送ることになり、汚い人・マイナス仲間が自分の周りに集まってくる。
「美しい言葉」「プラス言葉」を発すれば、素敵な人が集まり素敵な人生を送ることが出来る。

品のない言葉をパネルにして、堂々と国の最高決定機関である国会で発表する女性議員も、「大して変わらない品のない方だな」と思った。
一般企業の会議で、いくら意見が別であっても、「死ね」なんて言葉を使ったら、もう誰からも信用されません。
僕が議長だったら、即刻退席を願います。

国会というところは、実に甘い。
同じ国民の代表である議員に対し、意見が別であるということだけで、平気で罵倒し、とても汚い言葉を使う。
「あなたは悪の総合商社」なんて言い放った馬鹿な女性議員もいる。
自分のヒステリーを全国放映させて恥ずかしいと思わない品の無さ。
立派な大人に対し、公衆の面前で汚い言葉を使って誹謗中傷する自分を情けないと思わず、肯定できる日本人としての感性の劣
化。

僕はむしろ反対意見を言う時ほど、敬語を使います。
多くの方がそうだと思います。
いろんな会議に出てきましたが、国会ほどひどい言葉を使う会議を見たことがない。
小学校の学級会なら、担任先生が注意するだろうし、当該生徒同士で取っ組み合いが始まっても不思議ではない。
国会議長は、汚い言葉の使用に注意すべきだと思う。
これが国民の代表とは情けない。
議論の内容とは関係ない、単なる感情の吐露で、大人とは思えない。

自分は1人だけど、1代25年遡ったら親が2人・2家、2代50年遡れば4家・・4代100年前明治時代16家・・10代250年前江戸時代1024家・・20代500年前戦国時代104万8576家・・30代750年前鎌倉時代10億7374万1824家。
その子孫を考えれば、日本人の殆どは親戚です。
日本人の殆どは、先祖を辿っていけば、源平藤橘という4つの氏に繋がると言われています。
この4氏は、いずれも天皇の孫世代が、臣籍高下した元皇族。
つまり、みんな天皇と血がつながっている。
天皇家という最も古くから続いている家を中心に、時には切磋琢磨し、時には励まし合って成長してきたのが日本国です。

安倍首相が最初に総理大臣になった時のスローガンは、「美しい日本」でした。
太平洋戦争敗戦で否定された「天皇を中心にみんなで築き上げてきた美しい日本の心を取り戻そう」であった。
まず教育改革が実施され、「脱ゆとり教育」方針に転換され、ゆとり教育が廃止される道筋を作った。
「美しく生きる」には、しっかり学問を学び、心身を鍛え、強くならないといけない。
そうしないと、自暴自棄な「汚い言葉」を平気で吐く人になってしまう。
「美しい言葉」を使って生きることで品性が磨かれ、次世代にそれが伝わっていく。

2/7・東京より帰宅

機内のディスプレイを見ていたら、「北朝鮮がミサイルを発射した。沖縄上空を通過して太平洋に落下した」とニュースが流れていました。
でも撃ち落としたとのニュースはありませんでした。
前回同様、防衛大臣からミサイル撃墜命令が出ており、撃墜を期待していたのですが残念です。
アメリカとの合同演習で、マッハ2のミサイルを10/10の100%の確率で、自衛隊迎撃ミサイル部隊が成果を挙げたとのことだったので、迎撃成功失敗にかかわらずチャレンジして欲しかった。
成功すれば自信になるし、失敗しても失敗の原因を探ることで、次の精度が上がります。

ジュニアヨットを教えていた時も、入部2ヶ月のなんとか真っ直ぐ走らせる事ができるようになった子でも、どんどんレースにチャレンジさせていました。
成績はボロボロに決まっていますが、上手な子と自分との差をしっかり認識できるので、その後の練習姿勢が違ってきます。
草レースでも、「1レースは1日の練習に匹敵する」と感じていたので、積極的にチャレンジしました。
レースを経験すればするほど、ぐんぐん実力を上げて行きました。

模試も受けずに大学受験本番に臨んでも、ダメに決まっています。
何度も模試にチャレンジし、自分の学力の位置を把握し続けていないと、本番で結果は出ません。

そんなこと百も承知の自衛隊が、迎撃ミサイルを発射しなかったということは、「人工衛星を打ち上げます」の北朝鮮の発表があったからでしょう。
「北朝鮮の屁理屈だ」とニュースでは言っていましたが、そうであっても撃ち落とさないという他国に対する節度を保ったようです。

同じ日本人である拉致事件被害者を、有無を言わせず実力で取り戻そうとしない日本政府の姿勢と同じ論理が垣間見えます。
自国民を拉致されたのだから、人工衛星だとしても撃ち落として良かったように思います。
日本の本気度を示すチャンスだったのに残念です。

機材は、ボーイング777で、B747の国内運行がなくなった今は、国内最大級の旅客機です。
往路と違い満席でした。
伊丹空港に着陸し、預けた荷物をピックアップする家内をターンテーブルに残し、僕だけスーツケースを持ってバイクに急ぎます。
スーツケース2つは、バイクに積めません。
一旦帰宅し、車でとんぼ返りします。
往復20分ぐらいなので、夜の到着ラッシュなので、家内が出てくる前に戻れるかもしれません。

帰宅し、スーツケースを自宅に置き、車で空港に向かいます。
JAL前の降車レーンに車を停め、家内に電話します。
すでに家内はこのレーンの前の方におり、こちらに来てもらいます。
スーツケースと家内を乗せ、帰宅しました。
「あ~楽しかった。ありがとうね」と言うと、「こちらこそ」
ささっと夕食を作ってもらい、お風呂に入って楽しい1日が終わりました。
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プロフィール

のりまきターボ

Author:のりまきターボ
http://plaza.rakuten.co.jp
/norimakiturbo/
から引っ越してきました。

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